名古屋地方裁判所 昭和55年(ワ)493号 判決 1987年11月13日
原告
佐野孝市
同
佐野信子
右両名訴訟代理人弁護士
小島高志
同
水野幹男
同
冨田武生
同
鈴木泉
同
浅井淳郎
同
宮田陸奥男
同
花井増實
被告
名古屋市
右代表者市長
西尾武喜
右訴訟代理人弁護士
鈴木匡
同
大場民男
右訴訟復代理人弁護士
山本一道
同
鈴木順二
同
伊藤好之
主文
一 被告は原告らに対し、各々金六一八万三八七九円及びこれに対する昭和五四年七月二六日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告らに対し各々金二七七二万九六八五円及びこれに対する昭和五四年七月二六日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1(当事者)
原告両名は、昭和四五年三月婚姻し、昭和四六年九月八日に長男である訴外佐野孝仁(以下「孝仁」という。)をもうけた。
被告は名古屋市緑区大高町門田四七番地所在の大高公民館(以下「大高公民館」という。)を設置し管理している地方公共団体である。
2(大高公民館の設備と本件事故に至る経緯)
(一) 大高公民館は、昭和三四年四月、現在地に建設され、昭和三九年、大高町と被告との合併に伴い、名古屋市大高公民館と正式名称を改めた。同館は、鉄筋コンクリート造り二階建で、ホール一、集会室二、和室三、調理室一、図書室一、その他事務室などの設備を有し、右ホール(以下「ホール」という。)は五〇〇人を収容する講堂設備を有する。
(二) 同館正面玄関は、別紙(一)のとおり、左右二つの出入口が設けられ、各出入口は、内外に開閉可能な両開きのガラス扉で構成され(以下、両開きの二枚のガラス扉で構成された開口部を「出入口」といい、出入口を構成する二枚のガラス扉を、それぞれ「ガラス扉」という。)、出入口の両脇と上部は、ガラスをはめ込み固定したいわゆるはめころし窓(以下、出入口の両脇の各はめころし窓を「本件はめころし窓」と総称する。)になつていた。本件はめころし窓のガラスは、高さ約二メートル、幅約1.1メートル、厚さ五ミリメートルの普通透明板ガラスで、硬化性ガラスパテで桟のない鉄枠に取りつけられていた。
右パテは古くなつてところどころはげ落ち、人がはめころし窓のガラスを手で押すとがたがたと動くものも見られ、また、同公民館正面玄関を外側から見て右端のはめころし窓のガラス(別紙(一)記載。以下「本件窓ガラス」という。以下の各扉等の左右の位置は、すべて外側から見た位置をいうものとする。)の右下角の一角には、下辺右下角から約一五センチメートルの距離のところから右斜め上に向かつて右下角から右辺約三〇センチメートルのところに達し、さらにそのまま右辺に沿つて上方に向つていた破壊面(以下「本件割れ目」という。)があり、右割れ目に沿つてセロテープを貼る簡単な補修がしてあつた。
(三) 同公民館の玄関を入ると奥行き約五メートルのロビー(以下「ロビー」という。)があり、このロビーは、ホールに通じている。
(四) 大高公民館は、昭和五四年七月二六日午前一〇時から、ホールにおいて子供向けの無料夏休み納涼映画会(以下「本件映画会」という。)を主催することを予定し、同館の玄関にポスターを掲示するなどしてその旨の宣伝をしたが、右企画においては、児童・年少生徒が単独で参加すること及び参加人員は約百人程度と予定されていた。
本件映画会の当日は、ホール客席後方に設置された映写機からロビー床を横切つてロビー隅のコンセントに電源コードが接続され、右コードは、ロビー床に固定されず、自由に遊動する状態であつた。
(五) 孝仁(当時七歳、小学校二年)は、本件映画会に参加するため、本件映画会当日の午前九時二〇分頃、妹千春(以下「千春」という。)とともに同公民館に入場したが、上映まで時間があつたため、ホールやロビーで遊んでいた。その頃、幾人かの他の子供達も来場し、ホールやロビー周辺を、おいかけつこをするなどして上映までの時間を過ごしていた。
3(本件事故の発生)
(一) 同日午前九時三〇分頃、孝仁は、本件窓ガラスに内側から接触又は衝突し、この衝撃で本件窓ガラスが割れると共に、孝仁は割れた本件窓ガラス面を貫通して外側に転倒し、割れた本件窓ガラスの破片により右大腿部動脈及び静脈を切断され、右切創に基づく出血性ショックにより、同日午後一一時五五分頃、収容先の鳴海病院で死亡した(以下「本件事故」という。)。
(二) 孝仁は次のいずれかの形態で本件窓ガラスに衝突したと考えられる。
(1) ロビー隅コンセントからホール内に引き込まれた遊動状態にある電源コードに足をひつかけ、つまずいて転倒した。
(2) ロビー内で遊んでいるうち、本件窓ガラス近くでバランスを崩した。
(3) 床ですべつたか或はロビー内で遊んでいた別の子供に強く押された。
(4) ガラスの存在に気づかず、そこを空間と錯覚して飛び出そうとした。
(5) 本件窓ガラスを扉と錯覚して強く押した。
4(大高公民館の設置、管理の瑕疵)
(一) 公民館の理念及び大高公民館の利用状況等
公民館は、地域住民のために、実際生活に即する教育、学術及び文化に関する各種の事業を行うため設置、管理されるものである(社会教育法二〇条)から、その役割は、単に、住民の自主的活動の場を提供するという消極的なものではなく、積極的に自ら教育活動の主体として事業を行なう教育機関というべきである(同法二二条参照)。
ところで、公民館が教育機関として実施する社会教育事業は、年齢、性別を問わず多種多様な住民を対象とするから、当然、子供もその重要な対象となつている。
大高公民館の実際の事業活動としては、成人の自主的活動に対して施設を貸与する業務に比重があつたものの、教育機関として昭和五四年度に実施した二つの事業のうちの一つが子供を対象とする本件映画会であり、本件映画会は、同公民館の唯一の単独主催事業であつたこと(他は、山野草展で、共催である。)、少くとも、前年の昭和五三年八月一九日にも本件映画会と同様の企画を実施したこと、同公民館の図書室の二〇〇〇冊の蔵書は、児童生徒にも利用されていたこと、同公民館の運営審議会(社会教育法二九条)の一〇人の委員のうち、五名が、小学校長、中学校長、中学PTA会長、学区母親代表等教育関係者で構成されていることなどの事情を総合すると、同公民館の教育機関としての事業は、子供を重要な対象としていたというべきであり、本件映画会は、その教育活動の中心であつた。
(二) 大高公民館の備えるべき安全性
大高公民館の中心的事業である本件映画会が、保護者の同伴しない子供の来集を予定したものであつた以上、同公民館としては、単独で来集する子供達の行動の特性に見合つた安全性を備えるべきである。したがつて、大高公民館の備えるべき安全性については、学校施設と同様の安全性が要求され、文部省管理局教育施設部の編にかかる「学校施設設計指針」(以下「学校施設設計指針」という。)において、「建物各部の設計に当たつては、児童生徒らは行動が極めて活発であること、危険に対する判断能力が未発達であることなど、その特性を十分に理解し、危険のないように行き届いた配慮が必要である」し、「合理的に検討された動線設計にもとづく」必要があるとされていることが参照されるべきである。
(三) 本件はめころし窓の危険性
(1) 本件はめころし窓は、出入口のガラス扉と隣り合わせに設置されていたから、出入口のガラス扉と錯覚し易いばかりでなく、足下から頭上までの一枚ガラスであるから、内側が暗く外側が明るい場合には、ガラスの存在に気づかず、空間であるとの錯覚を起こしやすい。ことに玄関ロビーという来集者が往来、滞留し、緊急事態の際には避難路ともなる空間に、大きなはめころし窓を設置するときは、来集者が右の錯覚から、はめころし窓に身体をぶつける危険が大きい。ガラス事故例が出入口及びその周辺で最も発生率が高いことは統計的にも明らかである。
以上の本件はめころし窓の性状の特性及び大高公民館が教育事業の対象としていた子供の特性を総合すれば、本件はめころし窓に子供が接触、衝突することは、通常予想しうる危険であり、本件事故の原因として、合理的に推定される孝仁の行動(前記3(二)の(1)ないし(5))も、いずれも幼い児童の行為として自然でごくありふれた動作であつて、本件事故は右危険の現実化したものというべきである。
(2) しかるに、本件窓ガラスに使用されていた厚さ五ミリメートルの普通板ガラスは、予想しうる子供の接触、衝突に対して破損率の高いものであつた。
すなわち、ガラスは極めて容易に脆性破壊を起こす性質を有し、壊れやすいものであることは周知のところであるが、板ガラスの耐衝撃強度に関しては、理論的定量的解析理論は確立されていないため、実験的、統計的な手法でその強度を求めるほかない。板硝子協会の板ガラスの破損確率の集計によれば、六歳の子供の各衝突パターンに対する厚さ五ミリメートルの普通板ガラスの破損確率は次のとおりである。
①
手で叩く
四〇%弱
②
転倒して足で蹴る
四〇%強
③
走りながら頭でぶつかる
八〇%強
④
走りながら全身でぶつかるか又はよろけて手をつく
九〇%以上
⑤
走りながら転倒して頭をぶつける
ほぼ一〇〇%
⑥
走りながら転倒して手をつく
九〇%以上
右のとおり、厚さ五ミリメートルの普通板ガラスは児童の接触、衝突により破損し易い上、一旦破壊を受けた場合には、鋭利な破片が飛散するので、傷害を与える危険が大きい。とくに、人がガラス面を貫通する場合には、破片を身体に抱き込む形となるばかりでなく、大ガラスの場合は、下部が破壊を受けると支えを失つた上部のガラスが落下して身体を傷害する、いわゆるギロチン効果をもたらし、重大な結果を引き起こす。本件窓ガラスは、厚さ五ミリメートルの普通板ガラスの右の一般的脆弱さに加えて、パテが古くなつていたこと、本件割れ目があつたことにより、強度はさらに低下していた。
(四) 事故防止措置
子供のガラス事故を防止するための措置については、前記学校施設設計指針において、「硝子は、児童・生徒やボール等がぶつかりやすい場所には使用しないことが望ましい。なおこのような箇所に窓等を設ける必要がある場合には、使用する硝子の種類、厚さ及び一枚の面積等について安全面から慎重に検討するとともに、必要に応じて防護網を設ける等の措置を講ずる。」と指摘されていることが参照されるべきであり、具体的には、被告は、次のような措置を適切に組み合わせることにより、本件事故のようなガラスの破損事故の発生を防止すべきであつた。
(1) 安全ガラスの使用
強化ガラスは、特殊な熱処理によつてガラスの表面層に圧縮応力を作り出したもので、普通ガラスの三倍から五倍の強度がある上、割れた場合に破片が細かく粒状になつて鋭利な破片が生じないので、人に切創や刺創を与える危険が少ない。
合せガラスは、複数の板ガラスの間にビニール等のシートを貼り込んだもので、物体が貫通することが少なく割れても破片が飛び散らないので人に切創や刺創を与える危険が少ない。
(2) 網入りガラスの使用
網入りガラスは強化ガラスや合せガラスに比べて安全性は劣るが、内部ワイヤーの支えによつて破片の飛散・脱落を防止し、物体の貫通を防止できる。
(3) 飛散防止フィルムの貼付
合せガラスと同様の効果がある。
(4) パイプ、桟の設置
人の接触防止、加撃防止、貫通防止、錯覚防止の効果がある。
(5) 腰板や手すりの設置
大きなガラスに対する人の加撃は、多くの場合その下部に与えられるので、パイプや桟の設置と同様の効果を期待できる。
(6) 錯覚防止措置
シールなどの警戒票や色付ガラス、ロビー内の照明のしかたによつて、錯覚を防止し、ガラスが存在しないものと錯覚して衝突することを防止できる。
(7) 転倒防止措置
滑り止めやマットにより、本件はめころし窓付近での転倒を防止する。
(8) 接近防止措置
鉢植や傘立てを置くことにより、本件はめころし窓への接近を防止できる。
なお、以上の事故防止措置が建築設計上の常識に属し、費用面でも容易であることは、被告の設置している社会教育施設の玄関出入口には、別紙(五)のとおり、前記(4)ないし(8)のうちのいずれかが、しかもほとんどの場合複数の措置が併用してとられていること、大高公民館においても、本件事故直後、玄関ガラスにシール、テープが貼られ、各はめころし窓に金属性パイプ二本がとりつけられたこと、諸外国においては、次のような規制が行なわれていることなどから裏付けられる。
アメリカ合衆国
一九七七年一月から連邦法により、出入口ドアやガラスパネルで九平方フィート未満のものについては、一五〇フィート・ポンドの衝撃に耐えるべきこと、それより大きいものは四〇〇フィート・ポンドの衝撃に耐えるべきことと規制されている。
イギリス
同国には規制法はないものの、イギリス国家規格協会と関係諸団体の代表者による起草委員会によつて作られたCP一五二なる基準が存在し、法的拘束力は持たないが、ガラスの施工基準上の規格として広く一般に遵守されている。右基準によれば、人の往来が激しい場所のドアやサイドパネルの全てのガラスは、合せガラス、強化ガラス、網入りガラスとすべきこと、建物下部のガラスはすべて合せまたは強化ガラスにすべきこと、床に近い部分のガラスには、ガラスの存在が明確にわかるような何らかの標識をつけること等と定められている。
フランス
法的拘束力はないものの社会的基準となつているCSTBの統一技術資料書によれば、全て入口のガラス扉は、安全標識のある安全ガラスを用いること、学校の一定の場所では、床上1.7メートル以下のガラスは安全ガラスにし、かつ扉のガラスには安全標識をつけること等の規制がある。
オーストラリア
同国規格協会の使用規制によれば、枠つきガラス戸、サイドパネル、室内間仕切のガラスはA級安全ガラスを使用すること、枠のないガラス戸、サイドパネル、室内間仕切のガラスは一〇ミリ以上のガラスを使用すること、学校建築で床面から一メートル未満の枠つきガラスにはA級のガラスを使用すること等の規制がある。
(五) しかるに、本件事故当時の大高公民館においては、ガラス事故防止のための前記措置は何らとられていなかつたばかりでなく、来館中の子供の安全管理をするための事前打合わせや任務分担、受付け、整理係等の配備もなく、ロビーには、来館者が落ち着くための休憩施設も作られていなかつた。
右の来館者管理の不備は、大高公民館の人的配備の不備に基づくものである。すなわち、常駐の主事は二名のみで、専門の教育主事資格を持つた者は常駐せず、館長は緑社会教育センター館長兼務で、週に一度木曜日の午後に事務手続を行なうために来館するだけである。
以上のとおり、大高公民館は、ガラス事故防止のための物的措置を欠き、これを補うべき人的配備にも不備があつたのであるから、一〇〇人もの子供の来集を予定する施設が通常備えるべき安全性を欠いていたというべきであり、被告の同公民館の設置、管理には瑕疵があつたというべきである。
5(被告の公務員の過失)
(一) 公権力の行使
本件映画会は、被告の社会教育活動の一環として、大高公民館館長で公民館施設管理責任者である安井鉦一(以下「安井館長」という。)が実施責任者、同館主事で平常の公民館施設管理を担当している堀田久雄(以下「堀田主事」という。)が中心的担当者となつて実施された。
(二) 過失
(1) 安井館長及び堀田主事は、本件映画会に来集する子供に保護者の付添いが要請されていない上、夏休み中の行事であるため、子供達が解放感から各自自由に行動するであろうこと、子供達の中には、大高公民館の構造や危険箇所を知らない者もいること、子供は危険に対する認識判断が不充分であるため、危険な行動に及ぶことがありうること、ロビー前面がすべて硝子で構成されており、人と右硝子面との接触、衝突が生じやすい状況にあつたことなどを認識して、来集する子供達が本件はめころし窓に接触、衝突する可能性があることを予見すべき注意義務があつた。
(2) 安井館長及び堀田主事は、右の危険を予見した上、安井館長は、危険箇所の報告を求め、自ら又は公民館主事に指示するなどして、また堀田主事は自ら、又は館長に危険を指摘してその指示を仰ぐなどして、①本件はめころし窓と人との接触、衝突による事故を防止するための前記4(四)の措置をとること、②映画会開始時刻前に来集する子供達に対して、開始までの行動につき適切な指示を与えたり、来集した子供達の動静を監視し、子供達が危険な行動に及ばないよう必要な注意・指示を与え、万一事故に至るような危険な行動をとる恐れのある場合には即時これを中止させ、もしくはそのための会場整理係等を配置することなどの危険回避の措置をとるべき注意義務があつた。
(3) しかるに、安井館長及び堀田主事は、わずかな注意をはらえば認識し得た筈である前記危険発生の可能性忙対する認識ないし配慮を欠き、右危険回避措置をとらなかつた過失がある。
6(損害)
(一) 孝仁について
(1) 逸失利益
金二七三五万九三七〇円
孝仁は、当時七歳の健康な男児であり、本件事故により死亡しなかつたならば少なくとも一八歳から六七歳まで稼働して相当の収入を得られたはずである。
昭和五四年度賃金センサスによる昭和五三年における全産業用労働者男子一八歳の平均年収からその三分の一を生活費として控除して、これを稼働可能期間中の年収入とし年五分の割合による中間利息を控除して死亡時の現価に換算すると次式のとおりであり、逸失利益は頭書の額を下らない。
(平均年収額) (生活費控除) (ホフマン係数)
218万7000円×(1-1/3)×18.765
=2735万9370円
(2) 慰謝料 金一〇〇〇万円
孝仁は、両親の愛の中で育くまれてきたが、楽しみにしていた映画会の会場でその開始を待つ間の一瞬の事故により傷害を受け、一四時間余の失血に耐えながら迫りくる死と闘い続け、遂に生命を失つたのであり、又よつて従前の家庭家族生活関係から切り離されてしまうと共に有為な人生の大部分を喪失せしめられた無形の損害は何ものにもかえがたい。
右損害を補填するためには金一〇〇〇万円をもつてもなお少ないというべきである。
(3) 原告らは、孝仁の相続人であり、他に相続人はおらず各自右(1)(2)記載の損害賠償請求権の各二分の一を相続した。
(二) 原告らについて
(1) 慰謝料 各金五〇〇万円
七年以上の間育くみ慈しんできたひとり息子を失い、今日まで堅実に築きあげてきた家庭・家族生活を破壊された原告らの悲嘆は筆舌に尽すには余りに深い。
右損害を慰謝するには、少くとも原告各自につき金五〇〇万円を要する。
(2) 葬儀費用 各金二五万円
原告らは、昭和五四年七月二八日原告孝市を喪主として孝仁の葬儀をとり行なつた。
(3) 弁護士費用
各金三八〇万円
原告らは、本件事故調査及び本訴提起を原告ら訴訟代理人に委任し、調査実費、着手金手数料及び成功報酬手数料として各人計金三八〇万円を支払う旨約した。
7(結論)
よつて、原告両名は、被告に対し、国家賠償法二条一項又は同法一条一項による損害賠償請求権に基づき、各自、金二七七二万九六八五円及びこれに対する孝仁死亡の日たる昭和五四年七月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1のうち、被告については認め、原告両名については知らない。
2(一) 同2(一)は認める。
(二) 同2(二)前段(正面玄関の構造)は、本件はめころし窓のガラスの材質が普通ガラスである点を除き認める。
同後段のうち、ガラスの固定状態については、強く押すとわずかにがたがたとぶれを生ずるものがあつたこと、本件割れ目については、外側からみて、別紙(二)のとおりの割れ目があり、破壊面に沿つてセロテープが貼りつけられていたことは認める。
(三) 同2(三)は認める。なお、ロビー及びホールの平面図は別紙(三)のとおりである(以下、ロビーからホールに入る扉を「ホール扉」という。)。
(四) 同2(四)のうち、本件映画会の日時、場所、宣伝方法及び原告ら主張のようにコードを接続していたことは認め、右コードが床に固定されておらず、自由に遊動する状態であつたことは否認する。コードはガムテープによつてロビーの床に固定されていた。
(五) 同2(五)のうち、孝仁が映画を見るため、妹千春とともに来館したこと、午前九時二〇分頃、玄関ドアを開けた際一二、三人の子供が入場したこと、孝仁や他の幾人かの子供達は開始までの時間を過すためホール内にいたことは認め、子供達がロビーで遊んでいたことは否認する。
本件事故当日、大高公民館主事の宮田賢久(以下「宮田主事」という。)、堀田主事及び業務士の浅川(以下「浅川」という。)とも午前八時五〇分頃には既に出勤し、午前九時頃から映写機の設置等を始め、午前九時二〇分頃には大体の映写準備を完了し、その頃、宮田主事が玄関の扉を開けた。その時に一二、三人の子供達が入場した。堀田主事は、入場して来た子供達に、上映まで時間があるから着席しておとなしく待つよう指示した。その後、他の地元の子供達がおとなしく上映を待つていたのにかかわらず、ホール内を妹と走りまわつていた孝仁は、職員から席について待つように注意を受けたがこれに従わず、右側(ホール側から見て左側)のホール扉からロビーへ勢いよく飛び出して行つた。本件事故はその直後に発生した。
職員の指示及び注意を無視した孝仁の右行動は、映画会に参加するために来館する子供として公民館の通常の用法に即しないものであつた。
3(一) 同3(一)の事実は、孝仁の受傷の内容及び死因を除き認める。但し、事故の時間は九時四〇分である。
(二) 同3(二)の各形態のうち、(1)の形態は否認し、その余の形態は不知。
電源コードはガムテープでロビー床に固定してあつたのだから、孝仁がコードに足をひつかけて転倒した可能性は全くない。
孝仁の本件事故時の動作については、むしろ、衝突速度により分類し、ガラス面を全力で通り抜けようとしていた(以下「全力走の状態」という。)か、その直前で停止しようとしていた(以下「急停止の状態」という。)かのいずれかであつたと想定するのが合理的であり、後記4(三)(2)のとおり、右いずれの状態と想定しても、孝仁は、通常予想される速度を超える極めて速い速度で衝突したと考えられる。
4(一) 同4(一)のうち、公民館設置の目的が社会教育法二〇条の規定のとおりであること、その性格が社会教育施設であること、同館の利用状況について、成人の自主的活動に対して施設を貸与する業務が中心であつたこと、昭和五四年度に同館が主催した事業が原告ら主張の二つであること、前年度も本件映画会と同様の催しを実施したことは認め、公民館の社会教育事業が子供を重要な対象としているとの主張は争う。
社会教育の対象は、主として青少年及び成人であつて、大高公民館では、生花講習会、着付け、かな書道等、成人、青年グループへの部屋の貸与が業務のほとんどを占めている。本件映画会は、地域の児童・生徒に社会教育施設に親しんでもらうと共に、社会教育施設の利用のマナーをも学んでもらう趣旨で行なつたものであるから、子供向け映画会を催していることから、直ちに、大高公民館が子供を重要な対象とした教育機関であるとは言えない。
(二) 同4(二)の主張は争う。
公民館と学校とは、別紙(四)のとおり、その対象及び利用の形態が異なるものであるから、公民館が備えるべき安全性は、学校のそれとは異なり、来館者が公共物利用の基礎的ルールを守つて行動することを前提とするもので足り、本件事故のように、来館した子供が公共物利用のルールに反する行動をとることまで予想した安全性を備える必要はない。
(三)(1) 同4(三)の(1)のうち、本件はめころし窓が出入口のガラス扉と錯覚を起こしやすい事実、ガラスの存在に気付かない事実、ロビーが来集者の滞留する空間である事実はいずれも否認し、本件事故の原因となつた孝仁の衝突の形態が、通常予想しうる危険であるとの主張は争う。
本件ロビーは、幅約五メートルにすぎず、本件映画会の際にはホールに入る通路として利用していたもので、通常は、来館者の受付場所として使用し、子供が走り回る程の大きなスペースはない。現に本件事故の目撃者がいないのは、子供達がロビーに誰一人いなかつたからである。
また、事故発生当日は、中央のホール扉は閉鎖していたから、玄関出入口ガラス扉からホールに出入するための人の流れは、別紙(三)記載のとおりであり、とくに、孝仁が飛び出した右側のホール扉の前には机が積み上げられ、本件はめころし窓へは直線的に到達できない上、開けられていた玄関ガラス扉は内側に開けられていたから、出入口は一見して明瞭に認識できたはずである。
さらに、孝仁は、当日午前八時頃、大高公民館に到着し、事故発生の午前九時四〇分頃までの一時間四〇分もの間、同館玄関付近にいたのだから、本件はめころし窓の構造は十分承知していたはずである。
以上の事情を総合すれば、孝仁が後記(2)のとおり極めて速い速度で本件窓ガラスに衝突することは、通常予想しうる危険を超えた異常な行動であつたというべきである。
(2) 同4(三)の(2)のうち、本件窓ガラスに使用されていた厚さ五ミリメートルの板ガラスが、通常予想しうる子供の接触、衝突に対して破損率の高いものであつた事実及び本件割れ目によりガラスの強度が低下していた事実は否認する。
厚さ五ミリメートルの板ガラスは、玄関ドア及びはめころし窓用の資材として、一般に使用されているもので、愛知県図書館、愛知県体育館、津地方裁判所など多数人の来集が予測される多くの施設で大高公民館正面玄関と同様の構造のもとに使われている。これは、厚さ五ミリメートルの板ガラスが通常予想される衝撃等に対し、十分に安全なものだからである。
原告らの主張する板硝子協会の文献は、そこで使用する加撃物がショットバックであり、人体の柔軟性及びガラスに衝突する際の形態を考慮に入れたものではない。
本件事故において孝仁がガラスに衝突した時の状態が、全力走、急停止いずれの状態であつたとしても、仮りに、ガラスの固定状態が原告ら主張のとおりであつた場合でも、孝仁と同様の身長、体重の子供(身長一二〇センチメートル、体重二二キログラム)が少くとも毎秒2.6メートルの速度で衝突しなければ、厚さ五ミリメートルの板ガラスは破壊されない。しかるに、右のスピードは、本件ロビーを想定した五メートル幅で小学校低学年の児童が走る速さとしては、極めて速いものであり、このような速さで、子供が本件ロビーを走り回ることは通常予測できない。したがつて、厚さ五ミリメートルのガラスは通常予想される子供の衝突に対しては安全というべきであり、孝仁は、毎秒2.6メートル以上で走るという異常な行動により、本件事故を起こしたとみるべきである。
なお、事故後に現場を撮影した写真(乙第二号証)によれば、本件割れ目のあつたガラスの角の部分は、縦横三〇センチメートル以上の大きさで枠に残つたままになつていたのだから、本件割れ目は、本件事故とは因果関係がない。
(四) 同4(四)の主張はいずれも争う。
前記(三)(2)のとおり、厚さ五ミリメートルの板ガラスは、通常予想しうる衝突等に対しては、十分な安全性を有するのであるから、その余の措置をとる必要はない。現に、裁判所や区役所等においても、厚さ五ミリメートルの板ガラスが、シールを貼つたり腰板を設置する等の措置をとることなく使用されている。
(五) 同4(五)のうち、大高公民館の館長が緑社会教育センター館長と兼務であり、常駐の主事が二名であることは認め(なお、業務士一名も常駐する。)、本件映画会の実施のための任務分担がなかつたことは否認し、大高公民館が、通常備えるべき安全性を欠き、被告の設置、管理に瑕疵があつたとの主張は争う。
子供向け映画会は、記録に残つているだけでも、昭和四五年以来、毎年行なつているもので、宮田主事は、昭和四七年から、堀田主事は昭和五二年から同館に勤務し、過去の映画会の経験を踏まえて、本件映画会を適宜、分担して実施することとなつていた。
なお、前年までは右両主事が映画会を運営していたが、昭和五四年度は、より有意義にするため、安井館長が緑社会教育センターの中島一社会教育主事(以下「中島主事」という。)を派遣することとしたが、本件事故時には、同主事はまだ大高公民館に到着していなかつた。
本件はめころし窓に使用されていた厚さ五ミリメートルの板ガラスは、前記のとおり、通常予想しうる衝突等に対して安全性に欠けるところはないから、大高公民館の設置、管理に瑕疵はない。
5(一) 同5(一)は認める。
(二) 同5(二)の主張はいずれも争う。
前記4(三)の(1)(2)のとおり、孝仁の本件事故は、予測できなかつた。
6 同6の各事実は、いずれも不知。
第三 証拠<省略>
理由
一(当事者)
請求原因1のうち、被告が大高公民館を設置、管理する地方公共団体であることは当事者間に争いがないから、大高公民館は、国家賠償法二条一項にいう「公の営造物」であると認められ、その余の事実は、<証拠>により、これを認めることができる。
二(本件事故に至る経緯)
1 建物の状況
請求原因2の(一)ないし(三)のうち、大高公民館の沿革及び設備、大高公民館正面玄関の構造、出入口及び本件はめころし窓のガラスの中に強く押すと窓枠のパテが一部剥落しているためわずかにがたがたと動くものがあつたこと及びロビーとホールの位置関係は当事者間に争いがなく(本件はめころし窓のガラスの材質が普通板ガラスであつたことは、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。)、検証の結果により、大高公民館一階の平面図は別紙(三)のとおりであることが認められる。
また、本件割れ目が存在し、右割れ目に沿つてセロテープが貼られていたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件割れ目は右各写真上の計測によつて本件窓ガラスの右下角から下辺に沿つて約七センチメートルの距離のところより右辺に沿つて右下角から約一〇センチメートルのところまで右斜め上に向い、さらにそこから右辺に沿つて上方へ約七センチメートルのところまで達していること、本件事故後も、右割れ目は、それに接する周囲のガラス部分と共に窓枠に残つており、しかも本件事故による本件窓ガラスの破壊は、本件割れ目にまでは達していないことが認められ、証人堀田久雄(以下「証人堀田」という。)の本件割れ目部分はガラスが欠損していた旨の証言は右甲第七号証及び乙第二号証に照らし措信できず、中川正己、大原進一各作成部分については原告佐野孝市の本人尋問の結果により真正に成立したと認められ、その余の作成部分の成立については当事者間に争いがない甲第四四、第四五号証は必ずしも右認定を左右するに足りないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 本件映画会の準備状況
請求原因2(四)のうち、本件映画会開催の日時、場所、宣伝方法は当事者間に争いがない。
また、<証拠>を総合すると、本件映画会は、緑社会教育主事の中島一と堀田主事が相談して企画し、ポスター、ちらし及び区民新聞によつて宣伝広告したこと、人魚姫、鉄腕アトム等四巻の漫画映画を上映する予定であつたこと、一〇〇名程度の小学生の来集を予定していたものの、年齢に限定は加えなかつたこと、保護者の同伴は求めず、受付手続をすることもなく、来集した子供が正面玄関から直接ホールに入つて上映を待つことを予定していたが、ポスターでは特に来館の際の注意は指示していなかつたこと、本件事故の前日、本件映画会に備えて、浅川が正面玄関のガラスを清掃したこと、映写室備え付けの映写機は型が古くて使えないので、ホール一階の座席中央通路部分にテーブルを置き、そこに映写機を設営したこと、ホールのステージにスピーカーを設置したこと、当日、宮田主事は、九時頃に左右両方の玄関出入口の鍵を開けた後、九時二〇分頃、ガラス扉を開いて一二、三人の子供達を入場させると同時に、左側ホール扉を開いたこと、ロビーの電灯はつけなかつたこと、以上の事実が認められる。
つぎに、事故時の電源コードの状態につき争いがあるので、判断する。事故時、すでにロビー右隅コンセントに電源コードが接続され、中央のホール扉からホール内に引き込まれていたことは当事者間に争いがない。また、証人中島の証言により、当日使用された電源コードは丸くて太い黒色のゴムのコードであつたと認められる。
ところで、証人堀田は、右コードを、ロビー右隅コンセントから、中央のホール扉まで床の上にたわみのないように、ほぼ真直ぐに張り、さらに右扉の下をくぐらせる形でホール内に引き込み、ガムテープで床に固定した旨証言し、証人中島もこれに添うような証言をしている。
しかし、証人中島が、ガムテープの貼つてあつたのを自ら確認した箇所として明確に証言しているのは、「電源コードの差し口」(コンセントとの接続部)と「映写機のところまで」の二箇所であり、その外、右事実を裏付ける事情としてホール内に設置された「音声コード」の取りはずしをした女子職員がガムテープがべつたり張つてあるので困ると言つた旨を証言しているにすぎない。
したがつて、右証言もホール内にあるコード及びコンセントとの接続部分が、ガムテープでとめられていたこと以外にロビーの床にガムテープでとめてあつたことまでも証言しているとは認められず、また右証人及び堀田の証言は、ガムテープの固定の方法についても、検証の際のやり方と証人尋問における供述では喰違いのあること並びに証人佐野千春(以下「証人佐野」という。)は、コードはガムテープでとめてなく、「ぐちやぐちや」になつていた旨証言しており、同証人は当時六歳の幼稚園児であつたとはいえ、実兄孝仁が不慮の事故で死亡した当日の状況は極めて印象的であり、かなり正確に記憶していると考えられるから、右証言を幼児時の記憶にすぎないとして簡単に排斥することはできないことに照らすと、右証人堀田の証言もにわかに措信できず、その他、ロビーの床にもコードをガムテープでとめたと認めるに足る証拠はない。
3 事故前の孝仁らの状況
右認定の事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
本件事故当時、孝仁は七歳で小学校二年、千春は六歳で幼稚園児であり、南区に在住していたが、大高公民館附近の側溝の現場工事に従事していた父親佐野孝市が、同公民館に貼つてあるポスターを見て本件映画会を知り、当日午前八時頃、孝仁と千春を同公民館に連れて来た。
当日の天候は快晴で、父親はすぐ工事現場に出かけ、孝仁と千春は、公民館の扉が開くまで、同所で出会つた女の子と三人で近くの川でザリガニを採つて遊んでいたが、九時二〇分頃、公民館の扉が開くと、直ぐに一〇人前後の子供と共に入場した(孝仁と千春がその頃入場したことは当事者間に争いがない。)。
孝仁も千春も同公民館は初めてであつたが、入場後しばらく、孝仁と千春とは、一緒にザリガニ採りをした女の子と三人で、ロビーと正面出入口附近で鬼ごつこをして遊んでいた。この時、ロビーには一緒に入場した一〇人前後の子供らが遊んでいた。
その後、千春はホールに入り、ホール左側奥のステージ前あたりで、他の女の子達とおしやべりを始めたが、孝仁は数人の子供達とロビー周辺を走り回つていた。ホール客席に坐つて待つている子供も数人いたが、他の多くの子供達は、ステージに上がつたり、設営してある映写機の周りに集まつたり、ホール内を走り回つたりしていた。この間、堀田主事が、上映まで着席しておとなしく待つように個別的に子供に注意したが子供達はあまり言うことを聞かなかつた。
以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
なお被告は、入場した他の子供達がおとなしく着席して待つ中を、孝仁と千春だけが走り回つていた旨主張するが、証人堀田及び佐野の証言に照らして、他の子供達がおとなしく着席して待つていたとは認めることはできない。また、本件事故の目撃者がいないことから、直ちに当時、ロビーで遊んでいた子供がいなかつたと断じることはできない。
三(本件事故の発生)
1 当日午前九時三〇分ないし四〇分頃、孝仁が本件窓ガラスに内側から衝突し、この衝撃で本件窓ガラスが割れると共に、孝仁は割れた本件窓ガラス面を貫通して外側に転倒したこと、同人が同日午後一一時五五分頃、収容先の鳴海病院で死亡したことは当事者間に争いがない。
<証拠>を総合すると、本件事故のあつた瞬間、堀田主事は、ホール内の映写機附近に、宮田主事はホール内の暗幕附近に、浅川は事務室にそれぞれいたこと、本件事故時は、ドーンという低くにぶい音のあと、ガチャンとガラスの落ちて割れる音がしたこと、右の音の直後、左ホール扉から宮田主事が最初に現場に駆け付けたとき、ロビーに子供はいなかつたこと、孝仁は頭を北の道路側にして、うつぶせになつて丸まるように倒れており、全身が窓わくの外側に出ていたこと、孝仁は当初、かすかに痛い痛いと言つていたこと、その後、堀田主事が孝仁の体を左出入口わきへ移動したときには、孝仁の意識はなくなつていたこと、ガラスの破片はほとんど外側に落ち、五、六〇センチ程度のものが五、六枚であとは小さな破片であつたこと、窓わくには、破れたガラスがノコギリ歯のように一部上下に残り、中央部は飛び散つていたこと、以上の事実が認められ、これに反する成立に争いのない甲第三、第四〇号証の記載の一部及び原告佐野孝市の本人尋問の結果は前掲証拠に照らしたやすく採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
また、成立に争いのない甲第二号証、第五七号証によれば、本件事故による孝仁の傷害は、右上腕部、腹部、右大腿及び鼠径部、左前腕部、左右の膝部の各切創であり、特に右鼠径部切創により右大腿動脈及び静脈が完全断裂され、出血多量によつて出血性ショックを起こし死亡したものと認められる。
2 事故態様
(一) 姿勢
<証拠>によれば、孝仁の各切創はすべて体の前面に生じていることが認められる。
そして、<証拠>によれば、人体が体の前面で厚さ五ミリメートルの普通板ガラスに衝突し体がガラス前方へ飛び出す場合、衝突によりガラスが破壊されると同時に、鋭角のガラス片を腹部等に抱き込んで前方に飛び出し、着地の際の打撃によつて、抱き込んだガラス片により人体が損傷されることが認められることと、前記孝仁の受傷内容を併せ考えると、本件事故にあいて、孝仁は、体の前面で本件窓ガラスに衝突したものと推認される。
さらに、<証拠>によれば、人体模型(ダミー)を使用して、衝突形態を疾走する時の姿勢である前頭部を前方に突き出した前傾姿勢(以下「全力走」という。)の場合と疾走して急停止しようとする時の姿勢である足の膝が前に出た腰かける様な姿勢(以下「急停止」という。)とに分けて幅一メートル、長さ二メートル、厚さ五ミリメートルの普通板ガラスに加撃する衝撃破壊実験(以下「棚橋実験」という。)の結果によると、全力走の場合、破砕後サッシュに残存するガラスは非常に少ないのに対し、急停止の場合、ガラスは顔面の当つた附近より下の部分が細かく鋭角に破砕し飛散するが、頭部より上の部分は亀裂は入るがサッシュに残存することが多いこと及び全力走の場合、ガラスを破壊して飛び出したダミーは、顔面から腹部に細かく破砕した鋭角のガラスを抱き込むが、抱き込んだガラスの角度は、ダミーに対して直角のものが殆んどで、着地の際の打撃によつてガラスが鋭く突きささることが認められるところ、<証拠>によれば、本件窓ガラスは、窓枠の上部に僅かにガラスが残存するのみで、殆んどのガラスが破砕し飛散していることが認められ、かつ、孝仁が前記のような多数の切創特に右鼠径部に右大腿動脈及び静脈の完全断裂する程の切創を受けたことを併せ考えると、孝仁は、どちらかといえば全力走に近い形態で衝突したものと考えられるが、急停止の場合にも同様のことが生ずる可能性があることを否定することはできないし、また衝突の形態も種々な場合があり得るので、衝突時の形態を精確に確定することはできず、他にこれを認定するに足る証拠はない。
(二) 衝突速度
<証拠>によれば、人体の衝撃によるガラスの耐衝撃強度については、人体の質量、速度のほか加撃部位、衝突角度、ガラスの品種、厚さ、寸法のほか衝撃位置及び支持状態などが複雑な要因となつて、現在のところ、理論的な解析や定量的把握はできていないことが認められる。
しかし、<証拠>によれば、ガラス破損のメカニズムは、曲げ破損(ガラスがたわんでガラス表面に生ずる引張り応力によつてガラス表面から破損する場合)と集中圧力破損(鋭い突起部が加撃点に大きな集中圧力を与え、そのため加撃点又はその近傍から破損する場合)の二つに大別され、人体の衝突による破損の場合は、接触面積が大きいため、全身衝突の場合はもちろん、挙打ちやズック靴前蹴りの場合も含め、すべて曲げ破損であることが、<証拠>によると曲げ破損による破損率は、運動量(質量×速度)との相関関係が高いこと及び前記のガラス傷害のメカニズムにおいて傷害の結果に影響を及ぼすことが認められる貫通率についても、運動量と強い相関関係のあることが、それぞれ認められる。
さらに、<証拠>によれば、棚橋実験においては、身長一二一センチメートル、体重二二キログラムの孝仁と同様の身長、体重を持ち、衝突時の形態を前記の全力走と急停止の二つの状態と想定してその形態を模し、身体各部位の重量を生体計測による重量比としたうえ、硬度を人骨の硬度より高めにして作つたダミーを加撃体に使い、厚さ五ミリメートルの普通板ガラスに対して、その支持状態につきパテ固定とパッキンによる部分的固定(後者は支持状態が悪かつた場合を想定)の二種類、形状につき本件割れ目を想定した縦二〇センチメートル、横一五センチメートルの三角形の切欠きが右角にあるものとないものの二種類として各々の組合わせによる八種類の類型に分けて実験を行なつた結果、最もガラスが破壊し易かつた類型(パッキンによる部分的固定で切欠きのあるガラスに、全力走の形態で衝突させる類型)でも、破壊に要する最小速度は毎秒2.6メートルであつたこと、右の類型で破壊の最小速度で衝突した場合には、ダミーはガラスの破壊時の反動でガラスの手前に倒れ、ガラス面を通過しないこと、最も破壊し難い類型(パテ固定で切欠きがないガラスに、急停止の形態で衝突させる類型)では、破壊に要する最小速度が毎秒4.75メートルであつたこと、ガラスの条件が同じであつても、衝突時のダミーの形態によつて破壊速度には著しい差があり、全力走の形態の方が、急停止の形態に比べて遅い速度でガラスが破壊すること、これは、急停止の形態で衝突する場合には、最初に膝が当たつた後、惰力によつて顔面が当たつてガラスを破壊するため、この間に加撃エネルギーが損失するためと考えられること、以上が認められる。
右のとおり、棚橋実験は、ガラスの曲げ破損による破損率及び貫通率双方に強い相関関係を持つと認められる運動量を決定する因子である加撃体の質量を孝仁の身体と同一に、硬度を人体より高めに設定したうえ衝突時の身体の形態やガラスの支持状態、形状をも因子に加えている点で、本件事故の各条件にほぼ適合していると考えられる。
したがつて、右認定の実験結果によれば、本件事故時の孝仁の衝突速度は、少なくとも毎秒2.6メートルを越えていたものと認められる。
もつとも、<証拠>によると、米国規格協会の手法であるショットバックを加撃体とし、幅九〇センチ、長さ一八〇センチ、厚さ五ミリメートルのフロート板ガラス(<証拠>によれば、フロート板ガラスは、普通板ガラスと光学的特性が異なるだけで、耐衝撃強度は等しいことが認められる。)に対する衝撃実験の結果、二〇キログラムのショットバックを用いた場合の破損率は、四四キログラム・メートル毎秒の運動量(以下、運動量の単位は、kg・m/秒とする。)で五〇パーセント、64.2の運動量で84.1パーセント、89.8の運動量で97.7パーセントである。右の値を孝仁の前記体重で除して衝突速度に換算すると、毎秒二メートルの速度で五〇パーセント、毎秒約2.9メートルで84.1パーセント、毎秒約四メートルで97.7パーセントの破損率と計算される。
右のとおり、米国規格協会の手法で行なつた実験結果を、運動量を基準として前記棚橋実験の結果と比較してみると、棚橋実験における方が、若干、ガラスが割れにくい(破壊速度が高い)傾向がみられる。しかし、前記認定の棚橋実験の結果及び証人棚橋の証言によれば、ガラスの破壊は、運動量の外に、加撃物の硬度、衝突面積、衝撃応力の散逸の有無によつて異なり、右の各因子は、衝突時の加撃体の形態によつて大きく左右されることが認められるから、加撃体の形態を身体に模したものではない米国規格協会の手法による実験に右のような相違があることをもつて、前記棚橋実験と矛盾するものとはいえない。
(三) 総合
前記認定のとおり、本件事故の前日に本件窓ガラスが清掃された上、当日は快晴でロビーは電灯がつけられてなかつたことにより、ガラスの存在が分かりにくかつたと考えられること、孝仁は、大高公民館が初めてであつたこと、前段検討のとおり、孝仁は本件窓ガラスに少なくとも毎秒2.6メートルを越える速度で正面から衝突したと考えざるを得ないこと、証人宮田の証言によれば、右衝突時ロビーには他の子供はいなかつたことが認められ、これらの事実を併せ考えると、本件事故は、孝仁が、本件窓ガラスの存在に気づかず、そこを空間と錯覚して飛び出そうとしたか、本件窓ガラスの直近で止まるか方向を転ずるつもりであつたのに、コードにつまずくとか足を滑らせるとかの理由で体のバランスを崩したり或は避けきれずに本件窓ガラスに衝突したかのいずれかであると推認されるが、そのいずれであるかを確定し得る証拠はない。
四(公民館の設置、管理の瑕疵)
1 国家賠償法二条一項にいう営造物の設置、管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠くことを言い、この要件があつたとみられるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきである(最高裁昭和五三年七月四日第三小法廷判決民集三二巻五号八〇九頁)から、本件事故が、大高公民館の設置、管理の瑕疵に基づくものか否かを判断するには、大高公民館の構造のほか、利用状況及び本件映画会の性格を検討しなければならない。
(一) 請求原因4(一)の各事実のうち、大高公民館の現実の利用状況は、成人の自主的活動に対して施設を貸与することが主であつたこと、昭和五四年度に同館が主催した事業が、山野草展と本件映画会の二つであつたこと、少くとも前年度にも、本件映画会と同様の催しが行なわれたこと、公民館設置の目的が地域住民の教養の向上等(社会教育法二〇条)に置かれていることは当事者間に争いがない。
右事実によれば、大高公民館は、地域住民一般、現実には地域の成人及びその団体を対象とした社会教育機関であつて、児童の集団的教育を目的とする学校とはその性格を異にすると言わざるを得ない。したがつて、その備えるべき安全性につき、一般的に、学校施設の設計段階での指針である「学校施設設計指針」を基準とすべきであるとの原告らの主張は採用できない。
(二) しかし、前記認定のとおり、本件映画会の上映内容が、鉄腕アトム等の漫画であつたこと、保護者の付かない一〇〇名程度の小学生の来集を予定していたこと、証人中島の証言によれば、実際、一〇〇名程度の小学校低学年の子供達が集まり、保護者は幼児を連れた数人にすぎなかつたことが認められること、証人堀田、同宮田、同安井の各証言によれば、昭和五二年を除き以前から同様の企画が実施されてきたこと、大高公民館の図書室は子供達も利用していたこと、土曜・日曜日には子供達が卓球をしに来ていたことが認められ、同公民館が地域の子供達の利用施設としての性格をも持つていたことは明らかであり、特に子供達を対象とする本件映画会は、レクリエーションを公民館自らが企画実施し、その間、保護者に代わつて子供の保護監督を引受けたものと言うべきである(社会教育法二条は、レクリエーションの活動も社会教育の内容と位置づけている。)。このように、もともと子供達のための教育施設でもある公民館が、その運営方針により、事実上、子供の保護監督を引受ける関係に立つ企画を行なう以上は、少くとも当該企画に関する限りは、右企画に参加する子供達の通常予測される行動に対する安全性を備えない限り、同公民館の設置、管理に瑕疵があるものと言うべきである。
2 ところで、前記のとおり、本件映画会には、一〇〇名程度の保護者のいない小学校低学年の子供の来集が予定されていたにもかかわらず、早く入場した子供は、同公民館の構造上、客席のあるホールで待つか、ロビーで待つほかなく、証人宮田の証言及び弁論の全趣旨によれば、ロビーの一部が机等の物置きになつていたほかは、子供が自由に走り回れる状態になつていたこと、保護者の附添のない小学校低学年の子供に、上映時間までの四〇分間(ほぼ小学校の一時限に相当する)を席に坐つて待つことを期待するのは無理であり、そのうえ、本件映画会は前記のとおり、夏休み中のレクリエーションであつたのであるから、余程確り監督しない限り、子供達が、上映時間までの間ロビーやホールを溜り場として遊び回ることは当然予想されるところであるのに、大高公民館はそのような監督の態勢をとつていなかつたのであるから、行動が極めて活発であるうえ、危険に対する判断能力が未発達であるという子供の特性に照らせば、当然、子供達がロビー内を走り回り、本件はめころし窓に衝突ないし接触する危険性があることも通常予測できる範囲のものというべきである。
そして、前記認定の本件事故の態様も、右認定の通常予測しうる子供の行動の範囲を逸脱したものとはいえない。
しかも、前記二、三の事実及び<証拠>によれば、ロビー内を走り回る子供達が、本件はめころし窓のガラスの存在を見誤り或はコード等につまずいたり、滑つたり、人に押されたり、その他何らかの理由でバランスを崩して右窓に衝突する場合、衝突する速度が孝仁と同じ体重の二二キログラムの体重の子供ならば、秒速2.6メートルに達すると破壊される可能性があり、秒速4.75メートルではほぼ確実に破壊され、右より重い体重の子供ならば、体重に反比例した速度で本件ガラス窓が破壊され、破片による傷害が発生する蓋然性が高いと認められ、かつ、後記3認定のとおり、孝仁の右速度は、本件映画会への参加が見込まれていた小学生にとつて決して異常に速い走行速度とはいえず、また、孝仁の体重である二二キログラムは、成立に争いのない乙第一四号証(名古屋市教育委員会編教育要覧)によれば、昭和五四年当時の名古屋市の小学校二年生の体重としては平均的なものであると認められることに照らせば、本件のような事故は十分に予想されるところであつたと言うべきであるから、被告としては、窓ガラスにシール等の警戒票を貼付してガラスが存在しないとの錯誤が生ずるのを防止し、または窓際に鉢植、傘立て、ベンチ等を置いたり、窓に桟や手すりを取付けて窓ガラスの存在を示すとともにガラスとの衝突を防ぎ、或は窓のガラスを普通板ガラスの数倍の耐衝撃強度があり、しかも破損した場合は粒状の破片となるため普通板ガラスのような鋭利な破片が生じないので、破片による大けがを防げる強化ガラスないし右強化ガラスよりも加撃による貫通率が低く、破損しても破片が飛散しにくい合せガラス(<証拠>によつて認められる。)と取り替える等の措置を適宜併用して子供達が本件はめころし窓に衝突して重大な傷害を負う事故の発生を防止する措置を講じるべきであつたにもかかわらず、かかる措置を全く講じなかつたのであるから、本件ガラス窓の設置または管理に瑕疵があつたものといわなければならない。
3 被告は、本件事故時の孝仁の衝突速度が、少くとも秒速2.6メートルであつたところ、右速度は、児童が通常本件ロビーを走り回る速度を超えた極めて速い異常なものであつた旨主張するので、この点につき判断するに、<証拠>によれば、屋内で走るときの最高速度は疾走距離の拘束をうけるので屋外での全力疾走には及ばず、疾走距離を三〜四メートルとした場合には、屋外での疾走最高速度の七割程度しか出ないこと、そこで、屋外での疾走最高速度の七割を屋内における疾走最高速度と仮定すると、六歳から九歳までの児童の屋内の疾走最高速度は、毎秒3.4メートルないし4.2メートルと計算されること、他方、人体が静止した状態から足もとを支点にして前方へ転倒した場合を想定しても、床に垂直な平面に衝突するときの頭部の最高速度は、六歳から九歳までの児童で毎秒2.4メートルないし2.6メートルであり、さらに、疾走しながら転倒した場合には、同年代の児童で毎秒5.8メートルないし6.8メートルに達することが認められる。
<証拠>中には、疾走距離を五メートルとした場合の、小学校の低学年の児童の疾走速度が、毎秒2.24メートルないし2.64メートルと測定された旨の記載があるが、証人棚橋の証言によれば、右の測定は、主に衝突形態の観察をするためであつて、疾走速度測定を目的とする実験ではないうえ、任意に選別した各学年の小学生に、実際に五メートルの距離を走らせて、ストップウォッチで測定したものであつて、その統計的価値には疑問があるうえ、スタートからの距離を五メートルに限定した点で本件事故の態様とは必ずしも一致しないから、前記判断を左右するものではない。
よつて、被告の前記主張は採用できない。
4 被告は、さらに、本件窓ガラスに使用されていた厚さ五ミリメートルの普通板ガラスが、裁判所や区役所等の多数人の来集する施設において、大高公民館と同様の構造で使用されていることを理由に、本件窓ガラスが通常予想される危険の発生を防止しうる安全性を備えていた旨主張する。
しかし、一般に我が国には、建築用ガラスについて、人や物が衝突する際の耐衝撃強度の観点から規制する法令は存在せず、高さ三一メートル以下の建築物については、一般外壁としての構造計算の中で、建築基準法施行令第八七条により風圧力の観点からの規制が(この観点からの規制によれば、地上のはめころし窓のガラスよりも、上層階の窓ガラスの方がより強い強度が要求される。)、同施行令第八八条により地震力の観点からの規制がそれぞれ行なわれているに止まる。そして、特に公の営造物については、一階はめころし窓に用いられるガラスの強度は、あくまで、右施行令の規制に準拠して定められるのが原則であろうから、公の営造物の資材として広く用いられているからといつて、直ちに、人や物の衝突を予測した強度が確保されているとは限らない。したがつて、同施行令の規制 に準拠した強度のガラスが用いられている場合であつても、当該施設の利用状況により、人や物の衝突が通常予測される場合には、別途、何らかの事故防止措置をとらない限り、当該施設が通常備えるべき安全性に欠けるといわなければならないところ、本件ガラス窓の危険性は前記2のとおりであるから、被告の右主張は採用できない。
五(損害)
1 逸失利益
孝仁が本件事故当時、七歳であつたことは当事者間に争いがなく、また<証拠>によれば、当時孝仁は健康な男子であつたことが認められる。そして、第一五回生命表によると七歳の男子の平均余命年数は67.23であるから、孝仁は、一八歳から六七歳までの四九年間稼働し、収入を得ることができたものと推認される。そこで、本件口頭弁論終結時に最も近接した統計資料である労働者労働統計調査部編昭和六一年賃金センサス第一巻第一表により、昭和六一年当時の全産業計労働者男子一八歳の平均年収からその五割を生活費として控除して、これを稼働可能期間中の年収入とし新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して死亡時の現価に換算すると、次式のとおり金一七六一万九三九六円(小数点以下切捨)となる。
187万7900×(1−0.5)×18.765=1761万9396
前記一認定のとおり、原告らが孝仁の両親であることが認められるから、原告らは、それぞれ右逸失利益額の二分の一に当る金八八〇万九六九八円(円未満切捨)の損害賠償請求権を相続したことになる。
2 慰謝料
前記本件事故の経緯、孝仁の年齢その他諸般の事情に照らすと、原告らの慰謝料は相続分と固有分を合わせて各金五〇〇万円の限度で認めるのが相当である。
3 葬儀費用
原告佐野孝市本人尋問の結果によれば、原告らは、葬儀費用として、金六〇万円を支出したものと認められる。このうち、金五〇万円すなわち原告ら各自につき金二五万円をもつて相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
4 過失相殺
前記のとおり、本件事故は、その態様の詳細は明確ではないが、いずれにせよ孝仁がかなりの速度で本件ガラス窓へ略々正面から走つて接近したのでなければ起こりえなかつたものであり、原告佐野孝市本人尋問の結果によれば、孝仁は、当時小学校の二年生で小さな子をいたわる責任感の強い子であつたことが認められるから、事故当時、ロビーで走り回ればいかなる危険があるかもしれないとの事理を弁識してこれに対処し行動しうる能力を有していたものと認められるのに、孝仁は、午前九時二〇分に本件公民館内に入つてから本件事故が発生するまでの約一〇ないし二〇分間本件はめころし窓の存在を認識しながらロビーを中心に走り回つていたことを併せ考えると、仮に孝仁がガラスの存在を見誤つたり、コードにつまずいたため本件ガラス窓に衝突したとしても、本件ガラス窓に正面からかなりの速度で走り寄るという非常に危険な行為をした孝仁にも大きな過失があつたといわざるをえない。右孝仁の過失を斟酌すると、原告らの過失割合は六割とするのが相当である。したがつて、原告らの損害は各金五六二万三八七九円(円未満切捨)となる。
5 弁護士費用
以上によつて認められる認容額、本件訴訟の難易等の諸事情を考慮すれば、本件事故と相当因果関係があると認められる弁護士費用は原告らにつき各金五六万円が相当である。
六(結論)
よつて、原告らの請求のうち、被告に対し、各金六一八万三八七九円及びこれに対する本件事故の日である昭和五四年七月二六日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官猪瀬俊雄 裁判官満田明彦 裁判官中島肇)
別紙 (一)公民館正面略図(玄関部分)
別紙 (二)
別紙 (三)
別紙 (四)
事項
公民館
学校
一 施設の特色
広い階層の人々の多種多様な活動に使いうる施設
同レベルの児童に対して、集団的に教育を行う目的に合致した施設
二 利用時間の長短
三時間とか半日という一定時間の限られた利用
(日常性はない。)
登校してから下校するまで長時間に亘る日常的な生活の場
三 ルール・マナー
習得された基礎的なルール・マナーに従って行動する場所である。
社会生活に必要な基礎的なルール・マナーを教えられ、習得する場所である。
四 施設内に「いること」の義務付けの有無
施設内にいることを強制されるものではない。
学校内にいることが義務付けられている。
五 監督義務
公民館職員は、学校における教師のような義務を負うものではない。
一定の範囲においては、教師は親に代わって監護する義務を負うこともある。
六 事故発生の頻度
危険な事故が発生する可能性は、ほとんどない。
広範な行動形態が予測されるので、怪我等に対応して保健室等が設けられている。
別紙 (五)
腰板
手すり・桟
傘立て・
植物の鉢
シール・
ポスター
線入・網入
色付ガラス
自動ドア
床マット
東図書館
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守山図書館
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守山社会教育センター
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名東社会教育センター
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千種社会教育センター
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千種図書館
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緑社会教育センター
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港社会教育センター
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港図書館
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港福祉会館
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港児童館
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中川図書館
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中川社会教育センター
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中川福祉会館
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中川児童館
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中村図書館
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中村青年の家
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西文化センター
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西図書館
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東社会教育センター
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昭和社会教育センター
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南図書館
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南社会教育センター
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熱田青年の家
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瑞穂図書館
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瑞穂福祉会館
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瑞穂青年の家
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瑞穂児童館
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瑞穂社会教育センター
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天白社会教育センター
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天白図書館
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熱田図書館
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中社会教育センター
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