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名古屋地方裁判所 昭和55年(ワ)90号 判決 1984年2月21日

本訴原告・反訴被告

株式会社ヤングビーナス製造本舗

右代表者

佐分利護

右訴訟代理人

村上文男

今枝孟

本訴被告・反訴原告

有限会社吉川商告事

右代表者

吉川和親

本訴被告

吉川和親

吉川勢子

右三名訴訟代理人

河西龍太郎

本多俊之

主文

一  本訴被告らは各自本訴原告に対し、金三四五万九五二〇円及びこれに対する昭和五四年五月二二日からその支払の済むまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

二  反訴原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴によつて生じた部分は本訴被告らの、反訴によつて生じた部分は反訴原告の負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一1  原告の本訴請求の原因は当事者間に争いがないので、本訴・反訴の帰趨は事実上共通するところの本訴請求の原因に対する抗弁及び反訴請求の原因に理由があるかどうかによつて決せられることになる。

2  原告が昭和五四年一月一日以降、それまで継続的商品販売契約関係にあつた被告会社に商品を出荷しなくなつたことは当事者間に争いがないが、更に被告が昭和五三年一二月二六日が履行期であつた商品代金一〇〇万九九二〇円を支払わなかつたことも当事者間に争いがない。

本件の原告・被告会社間の如く継続的な商品供給契約関係が存在する場合、通常販売店は当該商品の供給を全面的にメーカーないし上位販売者に依存しているものであり、従つてメーカー・上位販売者側の商品出荷停止は下位の販売店側に致命的な打撃を与え得るものであるから、買主・販売店側の如何なる債務不履行も直ちに売主・供給者側に同時履行の抗弁権の行使としての出荷停止を正当化するというわけのものではなく、供給者の出荷停止が正当とされるためには少なくとも買主側に契約の本質的部分に関する債務不履行が存することが必要であろう。しかしながら同様に販売済の代金の回収等を顧慮せねばならぬ売主側の立場も無視されてはならないから、その一事のみをもつて継続的契約関係の破綻を招く程の重大な背信行為があるのでなければ売主側は絶対に出荷停止をしてはならないとすることには疑問が存する。

3 ここで先程の被告会社の一〇〇万円余の代金不払の件に戻れば、およそ既に購入済の商品の代金不払は継続的商品売買契約の債務不履行の最たるものであり、かつ通常は買主の信用不安を推認させるものであるから、この場合には売主は対抗上以後の出荷を停止することができるものと解される。ここで出荷停止は実質上売主にとつて引渡済商品の代金請求権の担保たる性質を有するものであるから、売主は単に不払分の価格に相当する商品のみの出荷を停止することができるとすべきものではなく、買主の不払金額が債務の本旨に従つた履行であるというを妨げない程の僅少なものである場合を除いて、その金額の如何に拘らず、代金支払債務の不履行のある限り、全面的な出荷停止も是認されると解する。代金の支払がない限りそれ以上の商品の出荷には応じられないとするのは商人としてもつともなことであり、これを不当であるとすることは売主側に右不払分だけの金額については最終的な回収不能の危険を負わせることであつて、これに反する被告らの主張は採用できない。

被告会社は昭称五四年一月一日以降も原告に一一九六万円を支払つたと主張するが、それだけの商品を買い入れていたのであればこれに対応する代金を遅滞なく支払うべきことは当然である。また被告らは全面的な出荷停止は販売店の死命を制するものであるから相当の事前警告が必要であるとも主張するが、弁済期の到来している全債務を買主が完済することによつて取引が再開される余地が残されている限り、出荷停止自体が買主に対する警告に他ならず、これに先立つて別途の警告をなす義務が売主にあろうとは思われない。更に後述する通り、被告会社は昭和五三年六月の販売地域割に関する合意、それも、これに反した場合には原告からする出荷停止があり得るという警告付の合意にも拘らず、被告会社はこれを無視してヤングビーナス等を佐賀県外へ販売し、また、同年一〇月二九日に原告に対して支払手形の依頼返却を求め、一回限りとの条件付でこれを了解して貰いながら翌一一月二七日には再び手形を決済できないとしてその依頼返却を求めていたのであつて、これらの事実からすれば原告が被告会社の代金不払という債務不履行に対して改めて警告を発していたところで、その効果の程は疑わしいと言えよう。

以上の通り、買主たる被告会社に代金不払という買主側の債務の根幹的部分の不履行がある限り、これを理由としてなす売主たる原告の出荷停止は正当と推認すべきであり、これを不当とする格別の事実がある場合にはそれは買主側で主張立証せねばならないと考えられる。しかるに後述の通り、本件で被告会社のいう事情はいずれも当裁判所を納得させるに足りないものである。

二1  被告会社は、右一〇〇万円余の商品代金は通常の買掛代金債務とは性格を異にし、これは被告会社の訴外古賀広に対する売掛債権でもあつて、同人が訴外中村武次の圧力によつて長崎県佐世保北松地区でヤングビーナスの特約店としての営業ができなくなつたことに対する補償としてその免除方を原告と交渉中であつたものであると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

2  <証拠>によれば、右の経緯というのは、以下の通りであることが認められる。

(一)  被告会社(但し昭和五二年までは被告和親の個人営業たる吉川商事)は昭和四八年七月三一日、原告の佐賀県代理店となり、原告のヤングビーナス等の商品の供給を受けて主に佐賀県内でこれを販売するようになつた。

右の通り、被告会社が原告から正式に承認を受けた販売地域は佐賀県のみであつたが、当時長崎県内にはまだ原告の代理店がなかつたため、被告会社が原告の商品を長崎県内で販売することも原告は黙認していた。

(二)  古賀広は代理店たる被告会社の下にある特約店であり、被告会社から原告商品の供給を受け、長崎県の佐世保北松地区でこれを販売していた。

(三)  中村武次は昭和四九年頃から被告会社傘下の特約店となつて原告商品を扱うようになり、長崎県内でこれを販売するようになつたが、急速に売り上げを伸ばし、被告会社傘下の他の特約店のみならず、被告会社をも圧倒する程にまでなつた。

(四)  中村は昭和五二年夏、遂に独立の代理店に昇格することに成功し、原告から長崎県を販売地域として与えられた。しかし同県内の佐世保北松地区については原告・被告会社・中村間に確定的な合意が成立しないまま従前通り古賀が被告会社傘下の特約店として原告商品を販売できるものとされた。

要するに右の事態は長崎県内において中村が原告直下の代理店という被告会社と対等の立場に立ち、被告会社は長崎県では佐世保北松地区以外の市場を失つたことを意味する。

(五)  昭和五三年六月八日、福岡市内で原告・被告会社、中村らの会談(いわゆる福岡会談)が行なわれ、長崎県内はすべて中村が代理店として掌握するところとなり、被告会社傘下の特約店としての古賀は佐世保北松地区から同年八月末日限り撤退すべきことが合意された。従つてこの段階で被告会社は市場としての長崎県を完全に喪失したことになる。

なお古賀には代理店中村傘下の特約店として佐世保北松地区で販売活動をする途は残されていたが、同人はこれを肯じなかつたため、結局同人がこれまでに開拓した同地区のヤングビーナスの顧客はすべて中村の得る所となり、古賀は従前の販売ルートと共に生活の途自体を失うことになつた。

3  前掲2の事実(特に(五))によれば、被告会社としては原告から古賀に対して何らかの補償がなければならぬと考えたとしても無理からぬ点があることは否定できないが、被告会社による前記一二月二六日履行期の一〇〇万円余の不払がその時にその補償の内容として原告との折衝の対象となつていたものとは証拠上認められない。更に古賀を事実上長崎県から追放する結果となつた前記合意は昭和五三年六月八日のものであり、その後も原告・被告会社間の取引は間断なく続いていたのであるから、これより半年後の同年一二月下旬に至つて被告会社が突然古賀に対する補償を根拠として買掛債務の一部を不払にするというのは到底合理的な話とは思われないし、また原告・被告会社代表者尋問の結果によれば、被告会社は同年一〇月二九日支払期日の手形を資金繰りの都合で決済することができないとして原告に依頼返却を求め、その上でこれを何口かに分割して結局その後何らの異議を留めずに全部支払うに至つたこと、その後同年一一月二九日に至つて被告会社はまた同様の理由によつて支払手形五四六万円余の依頼返却を要請し、その際二四〇万円は別途手形を振り出し、残金三〇六万円余は手持ち現金ですぐ払うといいながらそのうちの一〇〇万円余が支払われないままとなつて本件出荷停止の根拠となつた前記の債務不履行となつたことが認められるのであつて、この一〇〇万円余が古賀に対する補償となるように原告と交渉中のものであつたとは(これを認めるに足りる証拠のないことは前述したが)論理の運びとしても到底解することができない。

4  また被告らは、原告が出荷停止をしたのは、被告会社の販売地域から長崎県の佐世保北松地区を取り上げようとしたことに被告会社が反対したため、これを不満としてなしたものであるとも主要するが、右主張も採用できない。

かつて被告会社が契約上又は事実上長崎県に対する販売権を有していたかどうかはともかく、昭和五二年八月以降においては被告会社の販売地域は佐賀県のみとされるに至つたことは<証拠>(取引契約書)によつて明らかであり、仮にこれ以前においてこれと異なる合意が原告・被告会社間にあつたとしても右取引契約書によつてこの通り変更されたものと解さざるを得ない。従つて原告が昭和五三年に至つて被告会社の販売地域から長崎県の佐世保北松地区を削除しようとしたことが本件出荷停止の原因につながつたとする被告の主張は失当である。

もつとも前記の通り、昭和五三年八月三一日までは訴外古賀広が被告会社傘下の特約店として、即ち被告会社を通した原告の商品を佐世保北松地区で扱うことができたのではあるが、これは右期日までとする旨の合意が同年六月八日に被告会社も加わつてなされた筈であり(前記二2(五))、佐世保北松地区の削除を被告会社が拒否したという被告らの主張は全く理解し得ない。

以上の通り、被告会社の前記一〇〇万円余の不払は正当な理由を欠いた典型的な債務不履行であると認定する他はなく、従つてこれを根拠とする原告の被告会社に対する出荷停止を不当と難ずることはできないものである。

三1 被告会社が原告に対し、昭和五三年一〇月二九日支払期日の額面五四二万円余の支払手形の、同年一一月二九日支払期日の同じく五四六万円余の支払手形の各依頼返却を要請したことは当事者間に争いがない。通常、手形の依頼返却を求めるということは当該手形を決済する能力のないことを推認させる(というよりその資力のないことを如実に示す)ものであるから、原告がこれによつて被告会社の信用状態に危惧の念を抱くことは当然であろうし、この当時信用状態の低下が原告・被告会社間の契約で原告の出荷停止事由とされている(前記甲第七号証の一)以上、被告会社から前記の如く合計一〇〇〇万円にも上る支払手形の依頼返却の要請があつたということは原告をしてこれ以上の取引を思い止まらせるに十分であるというべく、現にこれが同年一二月二六日の現実の代金不払(前述)に結びついていつたという経過からして、原告の本件出荷停止はこの点においても巳むを得ないものであると考えられる。

原告代表者尋問の結果によれば、原告は右の第一回目の依頼返却の要請を容れた時、これ一回限りとの条件付でこれに応じたことが認められるから、被告会社としてもそれから一箇月を経ずして再度手形の依頼返却を要請し、かつその後現実の不払を惹起したら如何なる結果が生じるか予期していたのではなかろうか。

2  この手形の依頼返却の点について被告会社は、訴外古賀広に対する商品出荷について原告と折衝中であつたためであると主張するが、前述した通りこれを認めるに足りる証拠はなく、却つて原告・被告会社各代表者尋問の結果によれば、これは専ら被告会社の資金繰りが苦しかつたという事情によるものであることが認められる。

3  ここで原告が被告会社に対し、被告会社が別途提供していた人的又は物的な担保を有していた(後述する通り、原告は被告会社との取引から生じる債権を担保するため本件出荷停止直前の昭和五三年一二月、四筆の土地及び一棟の建物に根抵当権を有し、また被告和親及び同勢子を保証人として徴していた。但しこれらの担保が被告会社の買掛債務を十分カバーし得るものであることを認めるに足りる証拠はない。)としても、そのことが右判断を左右することはない。仮に右の如き担保が既に生じている債務額をカバーしてなお余りあるとしてもその担保権実行によつて債権額を回収するには相当の時間と費用とを要するものであり、原告としては担保余力一杯まで商品を供給すべき義務はないし、被告会社としては同様に担保余力に満つるまで代金支払の遅延ないし不払に拘らず商品を供給せよと主張する権利のないことは明らかであるからである。

4  なお被告会社の原告に対する担保について一言すれば、原告・被告会社各代表者尋問の結果によれば、原告は昭和五一年六月、被告会社に対して取引量が増大したことを理由に然るべき資力を有する保証人二人を新たに付することを求めたが、被告会社はこれに応じることができぬままずるずると日が経つたこと、(昭和五二年三月に一旦古賀広、中村武次、小崎福広、田中菊次の四名が被告会社の保証人となつて新基本契約が締結されたが、後に小崎が保証人となることを撤回したため、原告がこの時の契約自体を無効と扱うという事態があつたのであるが、小崎の保証意思撤回が被告会社の責任に基づく理由によるものとは認められないのでここでは深入りしない。)、被告会社は原告のたび重なる督促に応じて昭和五二年六月三〇日に土地四筆建物一棟に原告のため根抵当権を設定したが取引量に比較して担保価値が不足であつたため、原告はその後も担保の追加を要求し続けたが、被告会社は結局これに応じられなかつたことが認められる。これらの事実は単に被告会社の提供し得る担保が取引量に満たなかつたというだけで、原告の出荷停止を正当化し得るものでは勿論ない。しかしながら被告会社が最後まで原告を満足させる担保を提供し得なかつたということは原告が被告会社の信用状態を判断するに当つての一要素にならざるを得なかつたであろうことは考えられる。

ところで<証拠>によれば、原告は昭和五三年一二月八日に至つて単に被告和親(被告会社代表者)及び同勢子(和親の妻)のみを保証人として被告会社との間で新たな取引契約を締結していることが認められるが、これはその段階において原告からみて被告会社の商法や信用状態に何ら問題がなかつたためではなく、原告代表者尋問の結果にある通り、従来個人営業であつた吉川商事が法人化していることを知つたため、急拠被告会社を主債務者として契約関係を整えておく必要に迫られてなしたものと理解するのが相当であろう。

四1 <証拠>によれば、被告会社は、昭和五三年四月頃、既に代金不払によつて原告から出荷停止を受けていた宮崎県の訴外平川稔に原告の商品を出荷・販売したため、地元の代理店の苦情を受けた原告から地域外販売について厳重な警告を受け、結局原告に対して右出荷によつて他の代理店に迷惑をかけたことを陳謝し、今後かような行為を一切しないことを誓約したことが認められる。

更に昭和五三年六月八日、原告・被告会社間において、被告会社が原告の商品を佐賀県外で販売したことが他の販売代理店に迷惑となつたことを改めて確認し、以後被告会社は原告の商品を佐賀県外で販売しないこと、これに反した行為のあつた場合には原告は出荷停止もできる旨の合意が成立したことは当事者間に争いがない。

しかるに被告会社は同年一〇月、原告の商品を宮崎県の平川のために出荷・販売し(この事実も当事者間に争いがない。)、更に長崎県内でも、かかる行為は原告の出荷停止を招くだろうということを予期しながら(被告会社代表者尋問の結果)、原告商品の販売を続けた(証人古賀広の証言、原告代表者尋問の結果)のである。

2 被告会社の右行為は明らかに原告との間の前記合意に反するもので原告に対する別の債務不履行を構成するから、原告・被告会社間の前記合意の内容に従い、原告の取引停止はこの点からも正当化される。

被告は平川に対する出荷につき、これは原告から出荷停止を受けていた平川に同情したためで「平川の生活がかかつていた」からであると主張するが「生活がかかつて」いれば商人間において確認された合意をいつでも反古にしてよいというものではなく、債務不履行の成否が「生活」に左右されては取引・合意の安全は成り立たないであろう。被告会社の右主張は法律上の立論としては余りにお粗末という他はない。

また被告らは、前記合意ないし原告・被告会社間の基本契約に含まれている販売地域割制度は本来商品を自由に販売し得る商人の自由を侵害するものであつて独禁法第二条第九項第四号、第五号に違反して無効であるとも主張するが、当裁判所は右主張にも与しない。右合意・契約は被告会社がこれを是とする自らの判断の下に原告の販売店系列に参加してなしたものであるだけでなく、他ならぬ被告会社自身が右販売地域割制度によつて、他県(例えば隣県)に有能ないし強力な販売店があつてもこれによつて自己の販売地域たる佐賀県内を攪乱されることなくこれだけは確実に保持できるという大きな利益を得てきたものである筈だからである。だからこそ被告会社も本件訴訟の当初において、「販売地域をどこにするかということは被告会社にとつて企業の存立に関わる重大事項であつた」と主張していたのであろう。販売地域制度によつて一面では確かに利益を享受し(従つて本件地域割制は、独禁法第二条第九項、第四号、第五号にいう「不当」なものに該当しない。)、かつ本件訴訟においてもこれを自己に有利となるよう援用していた筈の被告会社がここに至つてこれを非難することは、他業者が原告製品を被告会社の販売地域たる佐賀県内で販売することは不当であるが、被告会社の販売地域を同県内に拘束するのも不当であるというのと実質上同じというべきであり、その失当であることは論を俟たない。

五次に被告代表者尋問の結果によれば、被告和親は昭和五三年七月一二日に、原告に無断で「ヤングビーナス」の商標登録を出願したことが認められる。「ヤングビーナス」は原告の主要商品であつて原告の商号ともなつているのであるから、その販売店である被告会社の代表者がこれをわがものとして原告不知の間に臆面もなく商標登録の出願をするのは甚だ商人としての信義にもとる行為であつて、その信義則違反の程度からして当然原告側からする被告側に対する取引中止を正当ならしめると考えられる。

もつとも原告の取引相手は被告会社であつて被告和親ではないが、被告和親は被告会社(従前の個人営業たる吉川商事が法人化されたものに過ぎない。)の代表者としてこれを主宰し、原告・被告会社間の取引の実情を知悉しているのであるから、ヤングビーナスの商標登録を出願したのは被告会社に関わりのないことであるというようなことを主張し得る筋合のものではない。

従つて被告和親ないし被告会社としては右出願をなす時には当然これが原告に発覚した場合のその事態を予期していた(被告代表者もその旨を供述している。)筈であつて、換言すれば被告和親及び被告会社はこの段階から近々原告と袂を分かつ意思を有していたものとしか考えられない。即ち被告会社は原告の取引中止が遠からず来るものと予見していただけでなく、その原因となる行為を自ら作つていたのであるから、原告のなした取引(出荷)中止が予期とは異なる時期、理由で現実化したからといつて、これを不当であると主張するのは明らかに相当でなく、抑もかような主張をする資格を有しないと言うべきであろう。被告会社の予見した取引中止が現実化したことによる結果は、そこに至る過程に多少の錯誤があつても、これをもたらした被告会社自身が甘受すべきである。

六結局以上の通り、原告のなした被告会社に対する本件出荷停止はどの観点からしてもこれを不当なものであるとすることはできず、被告らの主張はいずれも失当であるとせねばならない。

本件全証拠及び弁論の全趣旨に基づく当裁判所の基本的認識によれば、本件紛争の実体は原告傘下の販売店間の九州北西部(特に長崎県)を舞台とする勢力争いであつて、具体的には、元来佐賀、長崎方面で原告の代理店としてまずヤングビーナスの販路を開拓してきた被告会社と、その下の特約店として出発しながら遂にはこれを凌ぐ程になつた訴外中村武次との抗争の結果、結局後者が勝利を占めるに至つたというだけのことに過ぎず、言わば問屋間の紛議である。しかしながらいずれも原告の傘下にあつて原告の商品を主要な扱い品目とする以上はその間に原告との間の販売基本契約その他の合意を中心とする内部秩序が形成されているのは自明の理であつて、言わば原告及びその代理店・特約店相互間で右合意による独自の内部規律が行なわれていたといえよう。従つて強行法規に反した行為のない限り各販売店間でどのような勢力の消長があろうとも、それは専ら各販売店の商人としての才覚の問題であるに過ぎず、裁判所ないし公権力の関与するところではない。しかしながら本件にあつては、被告会社は中村武次(同人は前記の通り被告会社傘下の特約店であつたに過ぎず、それが長崎県の独立した代理店となつて被告会社をも凌ぐ勢いとなつたことについて被告側としては当然心中快からぬものがあつたであろうことはた易く推察し得るのであるが)に対する対応策を誤つて原告傘下販売店間のいわば内部法に反したため、中村武次だけでなく原告そのものをも敵に回し、その結果、或いは原告をして被告の信用状態を疑わせるに至らしめ、或いは原告との間の合意に反する事態を自ら招来して、結局原告の傘下からはじき出される結果となつて今日の事態を招いたものと評することができよう。

七以上の事実及び判断によれば、被告らの主張する抗弁には理由がないので原告の本訴請求は正当であることになり、よつてこれを認容すべく、また被告会社(反訴原告)の反訴請求についてはその余の諸点について判断するまでもなく(反訴原告の主張する損害はいずれも原告の出荷停止が違法であることを前提とするものであるから、その前提が崩壊した以上、この点に立ち入る必要はない。)理由がないのでこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九三条を、仮執行の宣言については同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文の通り判決した次第である。

(西野喜一)

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