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名古屋地方裁判所 昭和55年(行ウ)1号 判決 1983年3月25日

名古屋市天白区中坪町二一八番地

原告

カネ美食品株式会社

右代表者代表取締役

三輪信昭

右訴訟代理人弁護士

中野直輝

名古屋市瑞穂区瑞穂町西藤家一丁目四番地

被告

昭和税務署長

右指定代理人

鈴木栄

山野井勇作

木村亘

杉本昭一

岡島譲

柴田良平

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告の昭和四九年分法人税について昭和五二年五月一八日付でなした更正(但し、租税特別措置法六三条に規定するる土地の譲渡等に係る譲渡利益金額・所得金額三七三万四六四円・その税額一〇四万四、四〇〇円を超えない部分を除く)及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

(原告の請求原因)

一  本件課税処分の経緯

1 原告は食品製造を業とする会社であるが、昭和五一年二月二〇日、宅地建物取引及び建設を業とする兼美総業株式会社(以下「被合併会社」という)を吸収合併したので、同社の権利、義務の一切を承継した。

2 被合併会社は、昭和四九年三月二一日から昭和五〇年三月二〇日までの事業年度分(以下「本件係争年度分」という)の法人税について、別紙一「課税処分経緯表」記載のとおり、昭和五〇年五月二〇日に同表「確定申告」欄記載のとおり法人税の確定申告をなし、その後昭和五一年二月一七日に同表「更正の請求」欄記載のとおり、右税について更正の請求をなしたところ、被告は同年六月一〇日、右更正の請求を全部認容したが、その後昭和五二年五月一八日付で同表「更正・決定」欄記載のとおり右税について更正決定処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件処分等」という)を行った。

原告は、申立の項に記載した土地の譲渡等にかかる譲渡利益全額及びその税額を除く、その余の部分を不服として同年六月二九日被告に対し異議申立をなしたが、被告は同年九月二八日、これを棄却したことにより、原告は同年一〇月二七日、国税不服審判所長に対し審査請求をなしたが、同所長は昭和五四年一〇月一日付でこれを棄却し、その旨原告に通知した。

二  本件処分等の違法事由

別紙二「取引一覧表」中番号9ないし32、別紙三「取引一覧表」中番号22の各株式の信用取引による売買(以下「本件信用取引」という)の取引主体は、被合併会社代表取締役三輪信昭個人及び同社取締役三輪亮治個人ではなく、被合併会社であるのに、被告は、右取引主体を右三輪両名個人と誤認した。この点において本件更正処分等は違法というべきである。

三  よって、本件更正処分等の取消を求める。

(被告の認否)

一  請求原因一項(本件課税処分の経緯)は認める。

二  同二項(本件各処分の違法事由)は争う。但し、被告が、本件信用取引の取引主体を三輪信昭及び三輪亮次であると認定した事実は認める。

三  原告の後記反論は争う。但し、三輪信昭が昭和四八年一一月一四日以降、三輪亮次が昭和四六年二月四日以降それぞれ訴外岡地証券株式会社(以下「岡地証券」という)に対し信用取引口座設定約諾書(以下「約諾書」という)を差し入れ、株式の信用取引を行っていたこと、右両名が兄弟の関係にあること、本件信用取引に際し、岡地証券に支払われた保証金はいずれも被合併会社振出の小切手によるものであったこと、被合併会社が昭和四九年九月三〇日付をもって定款の業務目的に株式の売買及びその保有を付加したことは認める。

(被告の主張)

一  本件処分等の適法性

被合併会社の本件係争年度における所得金額(租税特別措置法六三条に規定する土地の譲渡等に係る譲渡利益金額については、原告は本訴の対象としていないので除く。以下同じ)は以下のとおりであり、これと同額でなされた本件処分等はいずれも適法である。

1 所得金額 一、四七四万〇、〇四一円

(一) 本件更正処分前の所得金額 三七三万〇、四六四円

(二) 加算金額

(1) 有価証券売買損の損金算入否認分 一、一三七万九、三二七円

(2) 貸付金利息の不計上分 八七万八、五二九円

(三) 減算金額

(1) 雑収入の過大計上分 三六万九、七五〇円

(2) 役員報酬の不計上分 八七万八、五二九円

2 加算・減算の理由

(一) 有価証券売買損の損金算入否認分について

(1) 三輪信昭(被合併会社の代表者)は昭和四八年一一月一四日、岡地証券に対して約諾書を差し入れ、岡地証券は三輪信昭名義の顧客勘定元帳を作成し、同人及び岡地証券は、これに基づき別紙二「取引一覧表一」記載のとおり株式売買(信用取引)を行った。

(2) 三輪亮次(被合併会社の取締役)は、昭和四六年二月四日岡地証券に対して約諾書を差し入れ、岡地証券はこれに基づいて三輪亮次名義の顧客勘定元帳を作成し、同人及び岡地証券はこれに基づき本件系争年度中、別紙三「取引一覧表二」記載のとおり株式売買(信用取引)を行った。

(3) かように右各取引はすべて前記三輪両名個人がそれぞれなしたものである。してみると本件信用取引(別紙二「取引一覧表一」のうち番号9ないし32及び別紙三「取引一覧表二」のうち番号22の各株式の信用取引による損失一、一三七万九、三二七円はすべて右三輪両名が負担すべきであって、被合併会社が負担すべきものではないから、被合併会社の損金の額に算入すべきではない。

(二) 貸付金利息の不計上分について

(1) 被合併会社は、三輪両名に対しそれぞれ別紙四及び五「役員に対する貸付金利息計算明細表一」・「同二」記載のとおり、前記本件信用取引の資金を貸付けていたが、右両名から、右貸付による利息を収受していなかった。

(2) 右貸付により被合併会社が右両名から通常得べかりし利息は、右貸付金に通常の市中貸出利率年一〇パーセントを乗じて算定した別紙四及び五「役員に対する貸付金利息計算明細表一」・「同二」各利息相当額欄の金額の合計額八七万八、五二九円である。

(3) 従って、右利息相当額は、被合併会社の益金の額に算入すべきものである。

(三) 雑収入の過大計上分について

被合併会社が、雑収入として益金の額に算入した岡地証券からの受取配当金三六万九、七五〇円は、別紙二及び三「取引一覧表一」・「同二」記載の各取引から生じたものであるから、被合併会社の収益ではない。

(四) 役員報酬の不計上分について

前記(2)のとおり、被合併会社は、三輪信昭及び三輪亮次から、利息相当額合計八七万八、五二九円を収受していなかった。

このことは、被合併会社が三輪信昭及び三輪亮次に対して報酬を支払ったことになるので、損金の額に算入すべきものである。

二  本件の争点は、本件信用取引の主体が被合併会社であるか、あるいは三輪信昭及び三輪亮治個人であるかに存するので、以下、本件信用取引が三輪両名個人のなしたものであることを明らかにする。

1 信用取引口座設定約諾書について

(一) 株式の信用取引は、将来における株価の騰落を見越して株式の転売、買戻しを行ういわゆる先物取引であるから、予測し難い損失を招く危険性を内包しており、それゆえ株式信用取引を証券会社に委託する者と証券会社との間で債権債務について事実上、法律上の紛争が発生するおそれがある。

(二) そこで、右紛争の発生防止と投資者の保護等を目的として証券取引法が制定され、同法一三〇条一項によって、証券会社は、有価証券市場における売買取引の受託について、その所属する証券取引所の定める受託契約準則によらなければならないものとされ、名古屋証券取引所受託契約準則(以下「準則」という)二条で証券会社に委託して株式取引をする者は準則に拘束される旨の規定がなされている。

すなわち、証券会社は、顧客との取引をすべて準則に基づいて処理せねばならない。

(三) また、株式の信用取引をする者は、準則一一条によって、証券会社に約諾書を差し入れることを要する。また、約諾書の冒頭部分にも準則に拘束される旨の記載がなされている。

(四) 次に、準則及び約諾書に基づいて株式の信用取引をする者は、準則三条によって「<1>氏名又は名称<2>住所又は事務所の所在地<3>特に通信を受ける場所を定めたときは、その場所<4>代理人を定めたときは、その氏名又は名称及び住所又は事務所の所在地並びに代理の権限」をあらかじめ証券会社に通告する旨定められ、約諾書一四条において、その「氏名又は名称、住所もしくは事務所その他の事項」を変更したときは、証券会社に対してただちにその旨を書面をもって届出をすることとなっている。

これら準則及び約諾書の各規定からすれば約諾書を証券会社に差し入れた者が名実共に株式の信用取引の主体であることは明らかである。そして、証券会社の実務においても、右のとおりの取扱いがなされている。

(五) 以上述べたことを本件についてみると、被合併会社の代表取締役三輪信昭は、昭和四八年一一月一四日付けで、被合併会社の取締役三輪亮次は、昭和四六年二月四日付けで、それぞれ株式の信用取引を行うため岡地証券に対して個人名義で約諾書を差し入れ、それに基づいて本件信用取引を行ったのである。

2 証券会社の顧客に対する諸通知について

証券会社は、約諾書に基づいて顧客に対し株式信用取引の委託を受けた月間の取引明細を記載した月間顧客勘定通知書 (その内容は顧客勘定元帳と同一。以下「通知書」という)を送付しているが、右通知の目的は、顧客にその取引内容を確認させて取引内容の確実性を担保し、証券会社と顧客との間の紛争を防止するためのものである。

そして、顧客は、右通知書によって、取引名義人、取引日付け、株式の銘柄、数量、取引価格、取引損益額及び保証金の額を確認ができ、その取引内容が自己の計算と相違していた場合には直ちに証券会社に連絡し、訂正させることができる。したがって、証券会社が顧客に通知書を送付することは極めて重要であり、欠くことのできない事項である。

右のとおり、証券会社の通知及び約諾書の各規定は、約諾書を差し入れた者が株式の信用取引者であることを前提としているのであって、右前提に反し、約諾書を差し入れた者と株式の信用取引者とが相違していれば、証券会社の通知及び約諾書の各規定はすべて無意味なものとなるのである。

これを本件についてみるに、三輪信昭及び三輪亮次は岡地証券に差し入れた約諾書を被合併会社名義に変更しないで従前のまま右両名の名義を使用して本件信用取引をなしたのであるから、この点からして、本件信用取引が右両名個人のものであることは明らかである。

3 本件信用取引に係る被合併会社の経理処理について

(一) 法人税法は、法人の所得計算は一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるものとしており(法人税法二二条)、右基準は、日々の取引を明瞭かつ確実に記帳することを前提としている。

しかしながら、被合併会社の本件信用取引に係る有価証券売買損(雑損失金)は、岡地証券からの通知書によって、その時期及び金額が毎月認識できるにもかかわらず、原告が右損失の経理処理を行ったのは本件係争事業年度末である昭和五〇年三月二〇日以降である(甲三号証の一二の一六行目参照)。

(二) 本件信用取引は、三輪信昭が、以前から岡地証券に設定されていた同人の信用取引口座で始めたものであるが、同人はその際に被合併会社から保証金を借入れたところ、右保証金についての被合併会社の経理は、三輪信昭個人に対する貸付金として処理されており、このことから被合併会社は本件株式の信用取引を三輪信昭個人のものであると認識していたことが明らかである。

(三) 三輪信昭は、昭和四九年九月一三日に被合併会社から金二〇〇万円(甲三号証の一一の上から一一行目)及び金一〇〇万円(甲三号証の一一の上から一三行目)合計金三〇〇万円を借入れ、これをもとに三〇五万円を野村証券名古屋支店 (以下「野村証券」という)に振込み(乙六号証)、ブラザー工業の新株式一万株を取得し(乙七号証)、同年九月二五日に野村証券から右株式を受取り(乙八号証)、岡地証券の現物勘定で右株式を売付け(乙九号証四枚目末尾二行目)、同月二六日代価として金三一八万九三二五円(乙九号証五枚目上から二行目)を受け取っている。

ところが、右株式の取得資金三〇〇万円については被合併会社の経理によると、当初三輪信昭に対する貸付金として処理されていたところ、期末の昭和五〇年三月二〇日に至り被合併会社の保証金勘定に振替えられており(甲三号証の一一の上から一五行目)、この事実からすれば右株式の取引についても被合併会社による本件株式の取引の中に含めなければならないことになる。

しかし、右株式の取引の損益については、被合併会社の経理上は全く触れられておらず、被合併会社の経理処理は一貫性のないものであることが明らかである。

(四) また、岡地証券の顧客勘定元帳の信用勘定(乙九号証)によると、三輪信昭は、岡地証券から昭和四九年九月二八日に金九八〇万円(乙九号証の六枚目の下から三行目)、同年一〇月九日に金五八六万六、八五二円(乙九号証の八枚目の下から五行目)、昭和五〇年二月二二日に金一二万円(乙九号証の一二枚目の下から四行目)の各保証金の返却を受けている。

ところが被合併会社の経理をみると、右保証金の返却を受けた昭和四九年九月二八日には金一、三〇〇万円(甲三号証の一二の上から七行目)、同年一〇月九日には金四〇〇万円(甲三号証の一二の上から八行目)、岡地証券から保証金の返却を受けていない同月一五日に金二二六万二、一六六円(甲三号証の一二の上から九行目)の返却を受けたように装って経理されている。

万一、原告の主張するように本件株式の取引が被合併会社のものであるとするならば、岡地証券の保証金の入出金と被合併会社のそれとは一致すべきであるにもかかわらず、岡地証券の保証金の入出金と被合併会社の保証金の入出金とは一致せず、取引の実態に沿わない処理を行っている。

(五) これらの事実を合わせ考えると、三輪信昭が、本件株式の信用取引による損失を被合併会社に負担させるために、右のような経理処理を行ったことが窺われるのである。

4 本件信用取引開始時の事情について

本件信用取引を開始するに当たり、岡地証券のセールスマンである富田光行は、三輪信昭から、右取引は、被合併会社が行うとの通告ないし説明等一切聞いておらず、また、三輪信昭は、右取引について被合併会社の役員に何ら相談もせず同人の一存で行っていたのである。

5 本件信用取引の取引期間及び取引数量について

原告は、三輪信昭が本件信用取引以前に、個人名義でなした信用取引と本件信用取引を比較すると、本件信用取引は短期間かつ大量であるから、被合併会社が行った旨主張する。

しかし、通常、株式の信用取引をする者は、個人、法人を問わず、取引金額に見合う委託保証金を差し入れれば、信用取引が可能であって、その取引の真の取引者が誰であるかを証券会社が判断するに当たっては、取引期間とか取引数量とかを考慮に入れる余地はない。

6 本件信用取引の保証金支払方法について

原告は、本件信用取引に際し、岡地証券に支払われた保証金は、いずれも被合併会社振出しの小切手によりなされているから、本件信用取引は被合併会社の行為である旨主張する。

しかしながら、被合併会社振出しの小切手によって保証金が支払われたからといって、直ちに本件信用取引が被合併会社の行為であるとすることはできない。すなわち、被合併会社の役員である三輪信昭及び三輪亮治が個人として株式信用取引を行い、これに伴う保証金を被合併会社から借り入れ、同社振出しの小切手により支払うことは他に多くの事例が存する。

また、株式の信用取引において、証券会社が保証金を顧客から受け取る場合、個人で取引をしている者でも会社振出しの小切手でなされていることがよくあり、証券会社としても、顧客から受け取った小切手が現実に現金化されれば良いのであって、小切手の振出し人が誰であろうと支障がない。

したがって、本件信用取引に伴う保証金の支払がすべて被合併会社振出しの小切手によるからといって、本件信用取引が被合併会社の行為であるとは断定できない。

7 被合併会社の定款変更について

原告は、被合併会社の定款を変更し目的に株式売買を追加した経緯について、三輪信昭が、昭和四九年八月一〇日頃、稲垣から被合併会社の営業目的に株式売買を加えるよう進言を受けて稲垣にその旨変更するよう指示し、同年九月三〇日に定款変更をした旨主張する。

しかしながら、被合併会社の定款変更登記がなされたのは昭和四九年一〇月一一日であって(乙五号証の四枚目参照)、三輪信昭が稲垣に定款変更を指示したとする同年八月一〇日頃からすると二か月余も経過していることになる。右の事実からしても、原告主張の時期に三輪信昭が被合併会社の定款変更を決意したか否か疑わしいところである。

すなわち、稲垣は、昭和四八年二月から原告会社に経理担当者として勤務し、それ以前は税理士資格を取得する目的で会計事務所に三年半ほど勤務していたのであるから、商法及び税法に精通し定款変更の意義は十分認識している筈である。

ところで、定款変更手続には各種所定の手続を要するところ、被合併会社は、株主総会を開催せず便宜、登記手続上必要な株主総会議事録を形式上作成して、登記申請手続を司法書士に依頼したのである。従って、仮に、稲垣が日常業務に多忙であったとしても、同人が定款変更の重要性について十分認識していたものと推認できることから、同人は形式上定款変更の株主総会議事録を作成し、司法書士に定款変更登記申請手続を依頼するだけで足り、前述したとおり、事務手続のために二か月余りの日数を要するなどということは、はなはだ不自然である。

結局、被合併会社の定款変更の真の目的は、本件信用取引の最終日である昭和四九年一〇月七日に至って、本件信用取引による損失が明確になったので、被合併会社にその損失を負担せしめるために定款変更登記をなしたものであると言わざるを得ない。

8 まとめ

以上のとおりであって、本件信用取引は被合併会社がなしたものではなく、三輪信昭及び三輪亮次個人がなしたものである。

一般に、取引の主体が何人であるかを判断するに当たっては、特段の事情なき限り、名義と実質とは通常一致すべきものであるという前提に立って社会経済生活が営まれ社会秩序が形成されていることを念頭に置くべきであり、安易に取引の名義人以外の者を取引の主体と判断することは、いたずらに社会経済生活を乱し、法秩序の安定を損うものとして許されない。

(原告の認否)

一  被告主張一項の事実のうち、本件更正処分前の所得金額が被告主張の金額であること、三輪信昭及び三輪亮次名義の約諾書が岡地証券に差し入れられ同人ら名義で別紙二、三記載のとおり株式の信用取引がなされたことは認める。本件の争点は、要するに、本件信用取引の主体が原告であるか、それとも三輪両名個人であるか否かにある。別紙四、五記載の数値自体は、原告の取引であることを前提として認める。

その余は、後記のとおり争う。

二  同二項の事実主張は1項の(五)の事実2項三輪両名各個人名義で本件信用取引をなした事実及び3項(四)主張のとおりの経理処理がなされていることは認める。その余は後記のとおり争う。

(原告の反論)

一  本件更正処分等の対象となった本件信用取引は被合併会社においてなしたものであり、前記各取引が被合併会社取締役三輪両名の各個人名義をもってなされたのは以下の理由による。

1 被合併会社取締役三輪信昭は昭和四八年一一月一四日から、同三輪亮治は昭和四六年二月四日からそれぞれ岡地証券に約諾書を差し入れ株式の信用取引をなしていた。

2 ところで、被合併会社は宅地建物取引を業となしていたが、その実質は建売住宅の建設とその販売であった。そして昭和四九年七月ころには住宅の建設の完了したものもあり、一部については売買契約が成立する段階に至っていた。そこで同年六月当時には右営業により約一、五〇〇万円くらいの黒字が予想されていた。

ところで同年七月一七日ころ、被合併会社代表取締役であった三輪信昭の中学校の同窓生である岡地証券津島営業所勤務の富田光行が同会社を訪れ、同人から株式売買を勧められたことから、前記の事情のもとで株式売買を被合併会社の営利追求行為としてなすことを決意し、本件信用取引を行ったのである。

3 三輪信昭は前記のとおり本件信用取引をなすことを富田光行の来訪により急拠決意したこと、同人とは旧知の間柄であり気易い関係にあったこと、本件信用取引をなした動機を同人に語らなかったこと、前記のとおり本件信用取引に先立ち岡地証券において信用取引口座を設定していたこと等があいまって三輪信昭の意思は本件信用取引を被合併会社としてなすつもりであったにもかかわらず、富田光行は三輪信昭個人の行為としてなすものと誤解した。前記のとおり三輪信昭個人の行為としてなすものと誤解した。前記のとおり三輪信昭は本件信用取引に先立ち岡地証券において株式の信用取引をなしているが、本件信用取引ほど短期間に且つ大量のものはない。

4 本件信用取引の一部が被合併会社取締役三輪亮治の名義によりなされたのは、本件信用取引の途中でてる昭和四九年八月七日三輪信昭が横浜ゴムの株価をゴルフの途上聞き、即座に右会社の株式売買を信用取引によって行うことを決意し、被合併会社取締役であり実弟の三輪亮治に横浜ゴムの株式の購入を指示したところ、同人も三輪信昭の右株式の信用取引の動機等について充分な確認をすることもなかったこと、前記のとおり三輪信昭と同様岡地証券において以前から株式の信用取引をなしていたこと、三輪信昭とは兄弟の関係にあることから、右指示にもとづき富田光行に対し右株式の信用取引方を依頼したところ、本件信用取引の一部が三輪亮次名義でなされたのである。

5 被合併会社代表取締役三輪信昭は本件信用取引を右会社の行為と認識していたのであり、右信用取引の当初、前記のとおり取引名義については念頭になかったのである。

二  前記のとおり本件信用取引は被合併会社の行為としてなされたものであり、同会社において右取引行為は以下のとおり処理されている。

1 本件信用取引に際し、岡地証券に支払われた保証金はいずれも被合併会社振出の小切手(三輪信昭の裏書はない)によりなされている。

2 本件信用取引の途中である昭和四九年九月三〇日付をもって、被合併会社の定款変更がなされ、その目的に株式売買及びその保有が加えられている。

3 本件信用取引についての経理処理は一切被合併会社のものとしてなされている。

4 前記定款の変更が本件信用取引の途中でなされたのは、被合併会社は極めて小規模なものであり、その業務に従事していたのは三輪信昭のみと言ってよい状態であった。ところで、三輪信昭は会計に関してはその知識もあまりないので、被合併会社の経理担当者であった稲垣昌宏に処理させていた。そして実際の処理方法は、被合併会社の会計帳簿を日々記帳することなく、記帳の資料をまとめておいて半期分づつ記帳するものであった。昭和四九年七月中旬ごろ、三輪信昭からその会計処理を依頼された稲垣昌宏は、同年八月一〇日ころまでの会計記帳を一括してなし三輪信昭に提出したところ、同人から本件信用取引についての記帳がなかったことから、右取引は被合併会社の行為としてなされたものであり、記帳漏であることが指摘された。そこで稲垣昌宏は、本件信用取引を会社として行うのであれば会社の定款を変更して、目的に株式売買を加える旨進言したところ、三輪信昭もこれを納得し、定款変更の手続をなすよう稲垣昌宏に指示した。ところが当時被合併会社は急成長の途上で、稲垣昌宏も日々業務に忙殺されており、その変更手続が遅れ同年九月三〇日になってなされたのである。

三  被告は、本件信用取引が三輪信昭等の信用取引口座設定約諾書を利用してなされたことを理由に、本件信用取引は、同人ら個人の取引行為である旨強調しているが、他人名義で取引がなされることは取引社会において多く見られるところであり、法律においても名板貸契約を認めているのである。又、証券会社の見地からすると、信用取引において多大な危険が伴っていることからするなら、顧客の信用状態を重視するのであり、仮に被合併会社が本件取引当時、本件信用取引を依頼しても、被合併会社は、昭和四九年二月五日成立した会社であり(本件信用取引のわずか5ケ月前であり)、その資本金は二〇〇万円であり、従業員が三名の会社であれば、当然本件信用取引口座の開設に応じないのである。事実このような事情で、会社で信用取引をなす場合、やむをえず代表者等の個人名義でなされることは世上しばしば存在し、証券会社としても、代表者個人の信用状態がよければ、真実は個人の口座で取引するのであれば黙過するのである。

第三証拠

(原告)

一  甲一号証、二号証の一ないし七、三号証の一ないし一七、四号証を提出。

二  乙号各証の成立はいずれも認める。

三  証人稲垣昌宏及び同富田光行の各証言並びに原告代表者三輪信昭の尋問の結果を援用

(被告)

一 乙一ないし一一号証を提出。

二 甲二号証の一ないし七の成立はいずれも認め、その余の甲号各証の成立はいずれも不知。

理由

一  本件課税処分の経緯(原告の請求原因一項)、別紙二「取引一覧表」中番号9ないし32の株式信用取引が被合併会社代表者であった三輪信昭の個人名義で、別紙三「取引一覧表」中番号22の株式信用取引が被合併会社取締役であった三輪亮次の個人名義でなされたこと、及び本件信用取引に要する資金は、すべて被合併会社が出捐したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  つぎに弁論の全趣旨によれば、仮りに、本件信用取引の取引主体が、三輪両名個人であるとした場合は、被告主張のとおりの加算減算をすべきであること、及びその数値・算式が被告主張のとおりとなることは、原告の明らかに争わないところである。

してみると、本件の争点は、本件信用取引の取引主体が、被合併会社であるか、それとも、三輪両名個人であるかという点に帰着する。

よって、以下にこの点について考察する。

三(1)  (信用取引の手続的規制と実務慣行)

成立に争いのない乙一、三、一一号証によれば、名古屋証券取引所(以下「名証」という)の開設する有価証券市場における株式の信用取引の受託に関する契約については、準則の定めるところにより行われ、顧客が株式の信用取引を行うには、予め名証の会員である証券会社に信用取引口座の設定を申し込み、その承諾があると、約諾書を差し入れ(準則一一条)、顧客は、この手続を済ませると爾後信用取引の委託をすることができる。顧客が右証券会社に株式の信用取引を委託する場合には右会社に予め(1)氏名又は名称、(2)住所又は事務所の所在地、(3)特に通信を受ける場所を定めたときは、その場所、(4)代理人を定めたときは、その氏名又は名称及び住所又は事務所の所在地並びに代理の権限を通告しなければならず(準則三条)、更に約諾書を右証券会社に差し入れ、信用取引の委託をすることができる顧客が証券会社に届け出た氏名又は名称若しくは事務所その他の事項を変更したときは直ちにその旨証券会社に対し書面をもって届出をすることになっていること(約諾書一四条)が認められる。また、証人富田光行の証言によれば、証券会社の実務においても、前記準則、約諾書の条項どおりの取り扱いが慣行として遵守されていることが認められる。

(2)  (本件信用取引はすべて三輪両名個人名義の約諾書に基づくものであること)

三輪信昭が昭和四八年一一月一四日に、三輪亮次が昭和四六年二月四日にそれぞれ岡地証券に対し約諾書を差し入れたこと、本件信用取引は岡地証券に差し入れられていた右両名の各約諾書に基づく各信用取引口座で処理されたことは当事者間に争いがなく、証人富田光行の証言によれば、三輪両名は、岡地証券に対し本件信用取引を行う際、その取引主体は、被合併会社である旨明示したことは一度もないことが認められ、右認定の趣旨に反する原告代表者三輪信昭の尋問結果部分はたやすく信用し難く、他にこれに反する証拠は存しない。

(3)  本件信用取引をなすに至った経緯と被合併会社の経理処理

本件信用取引に基づく保証金はすべて被合併会社振出の小切手によりなされていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙六号証ないし九号証、証人稲垣昌宏の証言、右証言により成立を認めうる甲三号証の一ないし一七、証人富田光行の証言により成立を認めうる甲四号証、原告代表者三輪信昭尋問の結果によれば、次の事実が認められ他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

(一)  被合併会社は、昭和四九年二月ごろ設立され、原告会社代表者三輪信昭が、代表者となっている同族会社であり、その業務は、「土地を購入し、これを宅地に造成し、造成された土地の分譲ないし造成地上に建売住宅を建築し、これを分譲する」ことであった。右業務中造成工事や販売業務は、専門業者にすべて委託して行わせたので、従業員としては、非常勤の宅地建物取引主任者一名のみで、金銭の出納その他の雑務は、三輪信昭が一人で取り仕切っており、経理関係の諸帳簿の作成等は、当初はしておらず、信昭が、メモに記入する程度であった。

(二)  経理事務は、合併前の原告会社の経理担当者で被合併会社の取締役でもある訴外稲垣が受持つことになっていたが、同人は、三輪信昭の指示で、昭和四九年五月ごろ、第一回目の帳簿記入をなし、同年八月中旬ごろ第二回目の帳簿記入をした。

これより先、被合併会社は、発足以来業績が順調で、同年六、七月ごろには約二、〇〇〇万円の売上金を有していた。三輪信昭は、前記のとおり本件信用取引の保証金を被合併会社振出の小切手で支出しており、訴外稲垣は、前記振出小切手の控の記載に基づき、帳簿記入するに際し、原告会社においても、数回前例があったところから、本件信用取引も、三輪信昭の個人取引であると思い、右小切手相当額は、当然に、被合併会社の貸付金科目に計上すべきであると考え、同年八月中旬の第二回目のとき、その旨の帳簿記入をしていた(例えば、甲号証中同年七月一九日四〇〇万円、八月六日三五〇万円、八月一〇日二三〇万円、二〇〇万円は、貸付金として計上されている)。

ところが、そのころ訴外稲垣は、三輪信昭から貸付金ではなく、被合併会社の取引に基づく保証金であるから、その旨訂正せよとの指示を受け、翌昭和五〇年三月二〇日付で、その旨の科目修正の記帳をした。

(三)  岡地証券の顧客勘定元帳(乙九号証)の信用勘定における本件信用取引の保証金の返却の記載と、被合併会社帳簿における右保証金受入の記載とが、日付、金額において符合していないことは、被告主張のとおりである(右事実は、原告の自認するところである。)。

(四)  本件信用取引に基づき岡地証券に差し入れられた保証金の合計は、三、〇五〇万円であり、本件信用取引により生じた損失金は、合計一、一三七万九、三二七円であり、三、〇五〇万円から、右損失金を控除した金員は、岡地証券から返却されたが、被合併会社の帳簿は、右返戻金の記載について前記のとおり正確を欠いている。そのため、昭和五〇年三月二〇日付で、振替修正の記入をしている。

(五)  三輪両名各個人名義による株式信用取引についての被合併会社の帳簿処理は、本件信用取引についてのみ、被合併会社の取引としての記入がなされ、それ以前及びそれ以後における取引は、三輪両名個人の取引として処理している。

そして本件信用取引及びこれに伴う右のような帳簿処理はすべて三輪信昭の独断専決によってなされており、同人は、他の取締役と協議するというようなことは一切しなかった。

四  以上に認定した事実によれば、(イ)本件信用取引は、三輪両名個人名義による約諾書に基づきなされたもので、被合併会社が取引主体である旨岡地証券に明示したことは一度もないこと、(ロ)被合併会社の帳簿処理は極めて杜撰であり、三輪信昭の独断専決による指示どおりに訴外稲垣が適宜振替修正し、帳尻を合わせていたものであり、被合併会社の右帳簿は、本件信用取引が真実同会社を取引主体としてなしたと認めるに足りる資料となし難いことが明らかである。

してみると、先に認定した準則・約諾書の条項どおり、本件信用取引の取引主体は三輪両名個人であり、被合併会社ではないと認定するのが相当である。

なお、保証金がすべて被合併会社の振出小切手によって支払われたことは、前記のとおりであるが、右事実は前記認定に消長を及ぼす資料となるものではないことは、多言を要しない。

また、原告主張の内容を有する被合併会社の定款変更登記がなされたのは、成立に争いのない乙五号証によれば、昭和四九年一〇月一一日であることが認められ、そのころは、本件信用取引に基づく損失金が相当多額に上っていたことは、前掲甲四号証により明らかであるから、本件信用取引の取引主体を被合併会社とすることにより、三輪両名個人の蒙る損失を免れんとの意図の下になされたのではないかと推測できる余地が多分に存するから、右定款変更の件は前記認定を覆すに足りる資料とはなし難い。

以上の説示に反する原告の主張はすべて採用できない。

五  そして、本件信用取引の取引主体が三輪両名個人であるとされた場合、被告主張のとおりの加算・減算をなすべきであること、その数値・算式が被告主張のとおりとなることは、前記のとおり原告において明らかに争わないところであるから、本件信用取引の取引主体を三輪両名個人であるとの認定の下にした、本件処分等は、もとより正当というべきである。

六  以上の次第であるから、本件処分等の取消しを求める原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本武 裁判官 澤田経夫 裁判官 加登屋健治)

別紙一

課税処分経緯表

課税期間 昭和49年3月21日~昭和50年3月20日

<省略>

(注) 各欄の下段の金額は、租税特別措置法63条に規定する「土地の譲渡等に係る譲渡利益金額」処びこれに対する税額である。

別紙二

取引一覧表一(三輪信昭分)

<省略>

別紙三

取引一覧表二(三輪亮治分)

<省略>

別紙四

役員に対する貸付金利息計算明細表(三輪信昭分)

<省略>

別紙五

役員に対する貸付金利息計算明細表二(三輪亮治分)

<省略>

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