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名古屋地方裁判所 昭和55年(行ウ)12号 判決 1990年10月31日

原告

飯島勲

右訴訟代理人弁護士

郷成文

石川康之

成瀬欽哉

被告

愛知県収用委員会

右代表者会長

畔柳勲

右指定代理人

杉垣公基

外五名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五五年五月一三日付(五四愛収第九号)で原告に対してした権利取得裁決及び明渡裁決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)を所有し、同土地上に精神科を含む矢作川病院(以下「原告病院」という。)を開設している。

2  訴外中部電力株式会社(以下「中電」という。)は、南安城連絡線(第一期)一五号鉄塔から岡崎西尾線一四号鉄塔に至る亘長約九キロメートルの七七キロボルト(一五四キロボルト設計)二回線送電線、すなわち、特別高圧送電線南安城連絡線(第二期)(以下「南安城連絡線」という。)の新設工事と、七七キロボルト岡崎西尾線及び七七キロボルト岡崎依佐美線の一部変更工事(設備内容は、別紙設備内容表に記載のとおりである。以下「本件事業計画」という。)を計画したが、南安城連絡線(第二期)で新設される鉄塔及び高圧送電線(以下「本件送電線等」という。)が通過する路線(以下「送電線ルート」という。)を選定するに当たって、別紙ルート表記載1の矢作川ルート(以下「矢作川ルート」という。)を選定した上、昭和五三年一月二四日、建設大臣に対し、土地収用法(昭和四二年法律第七四号による改正後のもの。以下同じ。以下「法」という。)一八条に基づき、本件事業の認定を求める申請をしたところ、建設大臣は、同年一二月二二日、建設省告示第一九三八号により、本件事業の認定(以下「本件事業認定」という。)をした。

3  しかしながら、本件事業計画の実施に伴い原告病院敷地内に設置される本件送電線等により、入院中の精神障害者の療養に悪影響を与え、その医療環境を著しく破壊することが明らかであること、本件事業計画の目標とする電力供給を可能にする規模の送電線ルートとしては、別紙ルート表2ないし5に記載のような適切な代替ルートが存在することからすれば、本件事業計画は、法二〇条三号の「土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること」との要件を充足していないものと評価するのが相当である。したがって、本件事業認定は、同号に違反し、不適法である。

4  しかるに、被告は、前記のとおり、違法な本件事業計画を遂行するため中電が昭和五四年六月二九日付でした本件土地についての権利取得及び明渡裁決を求める申請に対し、同五五年五月一三日、原告に対し権利取得裁決及び明渡裁決(五四愛収第九号。以下「本件裁決」という。)をし、同月一四日、右裁決書を原告に送達したものであるから、本件裁決は違法である。

5  よって、原告は、本件裁決の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の主張は争う。

3  同4のうち、被告が中電の申請に応じて本件裁決を行い、原告主張の日に右裁決書が原告に送達されたことは認め、その余の主張は争う。

4  同5は争う。

三  被告の主張

1  本件事業認定、裁決に至る経緯

(一) 中電は、昭和四八年四月当時、愛知県西尾市及び同岡崎市南西部の電力需要に対して、七七キロボルト南安城西尾線の一ないし四号線により電力を供給していたが、右地域の電力需要は、過去三年間に平均約10.3パーセントの伸びを示していた上、自動車関連企業の増設、岡崎市南武、中部、上地、羽根及び八帖等の土地区画整理事業の施行に伴う宅地化の推進によって、将来は年約8.2パーセントの需要の増加が見込まれる状況となった。

(二) そこで、中電は、電力の安定供給のため、南安城連絡線(第一期)一五号鉄塔から岡崎西尾線一四号鉄塔に至る亘長約九キロメートルの七七キロボルト(一五四キロボルト設計)二回線送電線、すなわち、南安城連絡線(第二期)の新設工事と、七七キロボルト岡崎西尾線及び七七キロボルト岡崎依佐美線の一部変更工事を計画した。

(三) 中電は、以下のとおり、送電線ルートとして、矢作川ルートを選定するに至った。

(1) 中電は、昭和四八年四月に本件事業の実施の計画を決定したが、この段階で、土地の合理的利用の観点から地形等の自然的要因及び他の工作物との関係等社会的要因を考慮した結果、送電線ルートとして、別紙ルート表記載2の明治用水ルート(以下「明治用水ルート」という。)と、同表記載3の鹿乗川ルート(以下「鹿乗川ルート」という。)の二案を想定していた。

(2) 中電は、右のうち明治用水ルートについて、昭和四九年三月、明治用水の管理者である明治用水土地改良区に対し使用についての検討を依頼したところ、同年四月、同改良区から送電線建設に同意する旨の回答を得た。そこで、中電は、同年五月末、安城市に対し、明治用水ルートの検討を依頼したところ、同年七月、安城市から、右ルートは安城市の都市計画事業(サイクリングロード、緑化遊歩道、都市下水道)に支障となるので他のルートを検討されたいとの回答があった。そのため、中電は、明治用水ルートの採用を断念し、残る鹿乗川ルートの検討を安城市に求めたところ、翌五〇年六月二四日、安城市から、鹿乗川ルートは都市計画上問題はなく、「地域住民の同意を得ること」を条件として承認する旨の回答があった。

(3) 中電は、同年六月から、送電線経過地各町内会に鹿乗川ルートを順次説明すると共に、同年七月には、三ツ川町内会(藤井町、木戸町、寺領町、野寺町)役員に対し、同ルートにつき事業の概要を説明したところ、同町内会から、「鹿乗川ルートは三ツ川町地域を二分するものであること」、「テレビゴーストの発生が予想されること」を理由に、同ルートを一部修正した矢作川ルートを採用されたいとの申出を受けた。

(4) そこで、中電は、三ツ川町内会から申出を受けた矢作川ルートにつき検討したところ、同ルートが中電自身が基本ルートとして選定した鹿乗川ルートの修正案で、自然的要因等についても、ほぼ満足すべきものであったこと、鹿乗川ルート経過地以外の関係町内会については、基本的合意が得られていることを考慮して、同ルートが選定に値するものとの判断に立ち、同ルートの調査を経た後、桜井学区連合町内会(三ツ川、小川、鹿乗、桜井西、桜井東、桜井北、藤野の各町内会より構成されている。)の同意を得、また、同ルートが一級河川矢作川沿いであることから、同ルートにつき建設省豊橋工事事務所に対し河川法に基づく規制等について検討を依頼し、同事務所から、矢作川には河川改修計画があるが、実施年度等の定まっていない青写真的なもので、河川法上の河川区域にも入っていないので、規制の対象にならないとの回答を得た。

(5) 中電は、昭和五〇年八月以降、地権者と権利取得交渉に入り、同五二年一〇月一四日ころまでには、原告を除く関係権利者の了解が得られた。

(四) 中電は、昭和五三年一月二四日、建設大臣に対し、本件事業について、本件送電線を矢作川ルートによって新設する旨の本件事業認定の申請をし、翌二五日、建設大臣はこれを受理し、法二四条一項の規定に基づき、同年二月一〇日、本件起業地の所在する安城市の市長に事業認定申請書及びその添付書類を送付し、愛知県知事にもその旨を通知した。

(五) 安城市長は、同月二一日、起業者の名称、事業の種類及び起業地を公告し、同日から同年三月七日まで、法二四条二項に基づき、事業認定申請書及びその添付書類の写しを縦覧に供したところ、同月六日付をもって安城市桜井北町内会長外九町内会長から、また、同月七日付をもって、安城土地改良区団体営ほ場整備事業藤井中部地区委員長富田賢治から、愛知県知事宛ての意見書が、提出され、同月六日付をもって、原告から「矢作川病院の対中電問題について」と題する書面が提出されたため、同市長は、同月九日、右各書面を同月七日付の自らの愛知県知事宛ての意見書と共に愛知県知事に送付し、同知事は、同月二〇日、右各書面を建設大臣に対して送付した。なお、原告は、同日付、同年五月二日付及び同年七月一八日付をもって、建設大臣に対し、本件事業計画に反対する趣旨の文書を提出した。

(六) 建設大臣は、同年一〇月に、専門的学識を有する者からの意見を聴取した上、同年一二月二二日、本件事業認定をし、法二六条一項、三項、同二六条の二第一項の規定に基づき、その旨官報に告示すると共に、起業者、関係都道府県知事、市町村長に対しその旨通知したことにより、本件事業認定の効果が発生し、安城市長は、昭和五四年一月六日から、安城市役所において、法二六条の二第二項の規定に基づき、起業地を表示する図面の長期縦覧を開始した。

(七) 中電は、同年六月二九日、被告に本件裁決の申請及び法四七条の三第一項の書類を提出した。被告は、同年七月五日、右申請書及び書類を受理した後、同月一一日、法四二条一項及び四七条の四の規定に基づき、本件土地の所在する安城市の市長に本件裁決申請書及びその添付書類の写し並びに法四七条の三第一項の書類の写しを送付し、土地所有者である原告及び関係人にもその旨通知した。

(八) 安城市長は、同月一三日、法四二条二項(四七条の四第二項において準用)の規定に基づき、本件裁決申請及び法四七条の三第一項の書類の提出のあった旨及び収用し又は使用しようとする土地の所在、地番、地目等を公告し、同日から同月二七日まで、安城市役所において、法四二条二項等の規定に基づき、本件裁決申請書及び法四七条の三第一項の書類の写しを縦覧に供した。

(九) 被告は、同年八月一四日、法四五条の二の規定に基づき裁決手続の開始を決定し、同月二九日、法四六条二項の規定に基づき原告及び関係人に審理の期日及び場所を通知し、同年九月三日、法四五条の二の規定に基づき裁決手続開始決定を公告し、同月一〇日、裁決手続開始の登記を嘱託し、同月一一日から翌五五年三月二六日まで、合計六回の審理を開催し、同年五月一三日、本件裁決をして、同月一四日、中電並びに原告及び関係人に本件裁決書を送達した。

2  本件裁決の適法性

(一) 違法性の不承継

原告は、専ら本件事業認定に違法事由が存在すると主張して、本件裁決の取消しを求めるものであるが、本件事業認定の違法事由が本件裁決の取消事由として承継されると解するのは、以下の理由から相当でなく、原告の主張は、それ自体失当である。

(1) 一般に、先行処分の違法事由が後行処分の違法事由として承継されること(以下「違法性の承継」という。)を認めることは、以下の理由から、相当ではない。

(ア) 出訴期間の制限との関係

先行処分の違法事由が後行処分の違法事由として承継されることを認めた場合、先行処分は、実質上行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)において設けられた出訴期間の制限(行訴法一四条)を受けないこととなり、出訴期間を設けて法律関係が早期に安定することを図った行訴法の趣旨を没却することになる。

(イ) 判断の矛盾の可能性

後行処分の抗告訴訟とは別に、先行処分についても抗告訴訟を提起することが可能である場合、違法性の承継を認めると、同一の違法事由について、先行処分に対する抗告訴訟での裁判所の判断と、後行処分に対する抗告訴訟での裁判所の判断に矛盾が生じ得ることになり、混乱を招く。

(2) 仮に、違法性の承継が認められる場合があり得るとしても、本件のような、事業認定と収用裁決との間の違法性の承継は認められない。

(ア) 違法性の承継が認められるのは、先行処分と後行処分が相結合して一つの効果の実現を目指しこれを完成するものである場合である。

ところで、事業認定は、対象土地の形質変更の禁止の効果をもたらし(法二八条の三第一項)、その告示は補償金の価額の算定の基準時となる(法七一条)のであり、これら事業認定に付随する効果が付与されていることからすれば、当該事業の円滑な進行を図るためには、対象土地を任意交渉によって取得するか、収用裁決によって取得するか否かにかかわらず、事業計画確定後速やかに事業認定を受けておくことが望ましいのである。

このように、事業認定は、当該事業の公益性の宣言行為としての性格を有するものであって、必ずしも対象土地の収用裁決に結びつくものではない。

したがって、事業認定と収用裁決との間には、両者が相結合して一つの効果の実現を目指しこれを完成するような関係はない。

(イ) 事業認定に係る対象土地の所有者等利害関係人に対しては、事業認定の内容を知り得るに充分な周知措置が設けられており、また、行政不服審査法に基づく不服申立て及び行訴法による取消訴訟を提起して、その是正を求めることができるのであるから、事業認定に不服のある利害関係人は、直ちに事業認定自体に対する不服申立てないしは取消訴訟を提起すべきであって、それ以上に、事業認定の適否に対する審査権限がなく、したがって、それを是正することができない収用委員会の裁決を待った上で事業認定の適否を争うことまで認めるべき理由はない。

(二) 本件事業認定の適法性

仮に、本件事業認定の違法事由が本件裁決の取消事由になるとしても、本件事業認定は、以下のとおり適法である。

(1) 事業認定手続の適法性

本件事業認定の手続は前記1に記載のとおりであって、法定の手続に則った適法なものである。

(2) 法二〇条一、二及び四号該当性

前記1に記載の事実からすれば、本件事業は法二〇条一、二及び四号の各要件を充たしている。

(3) 法二〇条三号該当性

当該土地が当該事業の用に供せられることによって得られる公共の利益が、それによって失われる利益に優越すると認められる場合には、法二〇条三号にいう「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものである」場合に該当するものであり、具体的には、当該事業認定に係る事業計画の内容、当該事業計画が達成されることによって得られる公共の利益、事業計画において収用の対象とされている土地の状況、その有する私的ないし公共的価値等を総合的に検討した上、建設大臣の合理的裁量によって決定されるべきものであるところ、本件事業認定は、以下のとおり、右要件を充足するものである。

(ア) 本件事業計画によって達成される公共の利益

前記1(一)に記載のとおり、本件事業計画は、愛知県西尾市及び岡崎市南西部における急速な電力需要増加に対応するものであり、右地域の全域にわたり、将来における大幅な電力供給支障を回避し、安定的な電力供給を可能にするものであって、正に同地域住民の文化生活の向上及び産業の発展に寄与するものであり、それによって得られる公共の利益は多大なものがある。

(イ) 原告病院の施設及び敷地に及ぼす影響

本件事業計画の実施により、それによって設置される二一号鉄塔(以下番号の付された鉄塔は、すべて本件事業計画の実施により設置されたものをいう。)は、原告病院建物の西端から約四五メートル西方に設置され、二二号鉄塔は、原告病院建物の東端から約二五〇メートル東方に設置されており、右各鉄塔間には高圧送電線が架けられて原告病院南側敷地上空を通過しており、その限りで本件土地の利用権が制限されている。

しかしながら、原告病院に最も近接する二一号鉄塔は、原告病院建物の西壁面に窓がないことから、原告病院内部からは見ることはできず、二一号鉄塔と二二号鉄塔の間に架けられた送電線も、原告病院建物とは水平距離で約一一ないし12.5メートル離れ、同病院敷地内における送電線の最下垂部の地上高は約28.7メートルであるため、閉鎖病室となっている原告病院二階窓からは見えない位置にある。また、二一号鉄塔の周囲には、高さ約二メートルの昇塔防止用柵が設置され、同鉄塔自体にも昇塔防止装置が設けられている。加えて、右各鉄塔及び送電線の建設は、電気設備技術基準に基づいて設計され、名古屋通産局の事前検査を受けて施工され、その施工内容についても同局の検査に合格している上、送電線支持点付近にアーマロッド及びダンパーを取り付け、また、二一号鉄塔から二二号鉄塔の間の送電線及び地線にも風音を防止するためアーマロッドを取り付けている。

かかる施設状態に鑑みると、右送電線や鉄塔の存在が、前記利用権の制限以上に、原告病院の医療環境に悪影響を与えることはない。

(ウ) 他のルートとの比較

以上のとおり、矢作川ルートに沿って送電線を設置する本件事業計画は、土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであり、そうである限り、原則として、矢作川ルートが本件送電線の設置ルートとして最適のルートであるか否かを問うまでもなく、法二〇条三号の要件を充たすものであるというべきである。しかしながら、本件事業計画の認定に当たって、矢作川ルートよりも明らかに適正かつ合理的な代替案が存在するような場合には、それによって、本件事業計画自体が、法二〇条三号の要件を欠くと評価され得る場合もあるが、矢作川ルートは、以下のとおり、原告が主張する別紙ルート表記載2ないし5の他の想定される送電線ルートに比べても、著しく不相当のものであるとはいえず、むしろ、最良のルートであると評価することができる。

(a) 矢作川ルートは、三ツ川町地域の南端を矢作川沿いに鉄塔を設置し、送電線を通過させるものであるところ、同ルート付近の土地は、ほとんどがビニールハウスによる施設園芸等の農地として利用されており、原告病院のほかは民家五軒、倉庫一か所及び神社等が存在するのみであり、河川沿いであるため将来においても発展の可能性の少ない地域である。

(b) 別紙ルート表記載5の対岸ルート(以下「対岸ルート」という。)は、原告病院を迂回するため矢作川を二回横断することになるが、横断が予定される矢作川の川幅は約二五〇メートルないし二六〇メートルという最大なものであり、そのために建設を要する鉄塔の規模等を考慮すると、鉄塔建設の技術及び費用の観点から、到底矢作川ルートに優る代替案にはなり得ない。

(c) 鹿乗川ルートは、その大半を鹿乗川に沿って千鳥形式で鉄塔を設置するものであるが、同河川をはさんだ周辺地域は将来の宅地化を想定して農業区域から除外されるなど、将来の発展が予想される地域であり、現に、同ルート上に存在する仏供田橋、木戸橋及び北山橋周辺には多くの家屋が存在し、高橋周辺にはガソリンスタンド、花火倉庫が存在し、人家が密集しているのであって、このような土地利用状況に鑑みると、同ルートが矢作川ルートに比べて著しく優れているとはいえない。

(d) 別紙ルート表記載4の小川町ルート(以下「小川町ルート」という。)は、その周辺がわが国有数の優良農業地帯であるところ、同地域は土地改良事業によりほ場の整理、道水路網の整備及び農地の集団化が計られている地域であり、このような周辺土地の利用状況を矢作川ルート周辺における土地の利用状況との比較、本件事業計画の内容並びに本件事業によって制約される利益等を考慮すれば、小川町ルートが矢作川ルートに比して著しく優れているとはいえない。

(e) 明治用水ルートは、その付近において新築住宅が認められ、将来においても発展が予想される地域であり、また、本件事業計画申請時において、既に、安城市によって、同用水路を暗渠にし、その上をサイクリングロードとして利用する計画が立てられていたのであって、このような同用水路をめぐる土地利用計画に鑑みると、同ルートが矢作川ルートに比べて著しく優れているとはいえない。

(4) 結論

以上のとおり、本件事業計画によって得られる公共の利益は極めて大きい(前記(3)(ア))一方、それによって制約される原告の不利益はほとんどない(前記(3)(イ))上、他の想定される送電線ルートに比べて、矢作川ルートが、事業計画全体の合理的実施の観点から、著しく劣ったものともいえない(前記(3)(ウ))のであるから、本件事業認定は、法二〇条三号の要件を充足するものである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1について

(一) (一)及び(二)の事実は知らない。

(二) (三)の事実のうち、中電が送電線ルートを選定する際に、矢作川ルートに先立って、明治用水ルート及び鹿乗川ルートが検討されていたことは認め、その余は知らない。

(三) (四)の事実のうち、被告主張の日に中電が建設大臣に対し本件事業認定の申請をしたことは認め、その余は知らない。

(四) (五)の事実のうち、安城市長が被告主張の日に起業者の名称等を公告し、事業認定申請書等の写しを縦覧に供したこと、及び原告が被告主張の書面を安城市長に提出したことは認め、その余は知らない。

(五) (六)の事実のうち、被告主張の日に建設大臣が本件事業認定を行い、その旨を告示し、関係市町村長等に通知したことは認め、その余は知らない。

(六) (七)の事実のうち、原告に対し被告主張の通知があったことは認め、その余は知らない。

(七) (八)の事実は知らない。

(八) (九)の事実は認める。

2  被告の主張2について

(一) (一)は争う。

(二) (二)のうち、冒頭部分、(3)及び(4)は争い、その余は争わない。

五  原告の反論

1  違法性の不承継についての反論

(一) 出訴期間について

一連の処分からなる行政手続において、先行処分について争訟の機会が与えられているとしても、それは、法が、国民の権利保護の見地から、当該行政手続がより慎重に行われることを企図して、特に先行処分の違法を主張する機会を付加的に与えたものである。被告主張のように、先行処分自体の取消しを求めるについて出訴期間の制限が設けられていることから、後行処分において先行処分の違法を主張できないと解することは、当該行政手続の適正を審査する機会を付加して、その慎重な遂行を図ろうとした法の趣旨を没却するものであり、失当である。

(二) 判断の抵触について

先行処分に対する訴えと後行処分に対する訴えが共に提起されたとしても、このような場合のために、行訴法上、関連請求に係る訴訟の移送及び関連請求の客観的併合が規定されており、これらを適宜用いることにより、容易に判断の抵触を避けることができるのであって、判断抵触の可能性があるとの一事のみから違法性の承継を否定する理由は見出しがたい。

(三) 事業認定と収用裁決の関係について

事業認定は、当該事業に必要な土地を取得する目的のために必要不可欠な前提処分であって、このことは、後に続く土地取得の具体的手段が任意取得、収用裁決のいずれであっても変わることはない。事業認定と収用裁決が相結合して当該事業に必要な土地を取得するという目的実現をめざす関係にあることは、多くの裁判例の肯定するところである。

2  本件事業認定の法二〇条三号適合性についての反論

(一) 原告病院に対する悪影響

原告病院は、安城市及びその周辺市町村における唯一の精神科病院であり、現在も約一四〇名の精神科の入院患者を有する極めて公共性の高い病院であり、入院患者が、一般的な生活環境に対応できないストレスに弱い人々であることに鑑みると、その療養環境の是非を考えるに当たっては、一般人と比較して格段の環境上の配慮と入院患者のストレスの原因となる事由を極力排除することが必要である。本件事業計画の実施に伴う本件送電線等の設置は、その設置状況が被告主張のとおりであるとしても、以下のとおり、原告病院の入院患者に極めて重大な精神衛生上の悪影響をもたらすものである。

(1) 高圧送電線鉄塔や架線の存在自体がもたらす閉塞感、強風時に送電線等から発生する「うなり」、架線の切断や鉄塔の倒壊の危険から来る不安感や恐怖感、更には、高圧電流の送電によって発生する低レベルの放射線、電磁波等の作用が、ストレスに弱い精神障害者に悪影響を及ぼすことは、日本精神病院協会、日本精神神経学会、病院精神医学会を初めとする多くの精神医学者が、一致して指摘するところである。

なお、被告は、原告病院に最も近接して存する二一号鉄塔について、病室から望見することができないことを原告病院に対する悪影響の存しない理由の一つとして挙げているが、これは、入院患者に対する屋外療法、開放治療の重要性を看過したものである。

(2) 精神障害者の中には、希死念慮を持つ者も多く、高所からの投身自殺は、その典型的症例の一つであるが、このような者の身近に送電線鉄塔を設置することは、格好の自殺の誘因を提供するものであって、厳に慎むべきことである。現に、愛知県内において、昭和五三年一二月から同五五年三月までの間に、四名の鉄塔自殺者が現れている。

(二) 他の送電線ルートとの比較

別紙ルート表記載2ないし5の送電線ルートは、以下のとおり、いずれも送電線等を設置するのに支障の認められないルートであるのに対し、矢作川ルートが前記1に記載したとおり、原告病院に対する極めて重大な悪影響をもたらすものである。これからすれば、本件事業計画は、送電線ルートとして想定できる最悪のルートを選択したものであって、到底法二〇条三号の要件を充たすものではなく、それを看過して行われた建設大臣の本件事業認定には、その裁量の範囲を著しく逸脱した違法がある。

(1) 明治用水ルート

明治用水ルートは、被告主張のとおり、中電が、当初その採用を検討しながら、安城市の反対にあったため断念した案であるが、このルートにより送電線等の設置が想定される地域は、見渡す限り人家のない農地である。

被告は、明治用水ルートの通過が想定される地域の将来の発展が見込まれることを指摘するが、その根拠となるものはなく、また、安城市が計画するサイクリングロードにしても、容易に代替案が検討できるものであって、被告指摘の点を考慮にいれても、明治用水ルートが矢作川ルートより劣ったルートとは到底いえない。

(2) 鹿乗川ルート

鹿乗川ルートは、被告主張のとおり、中電が明治用水ルートに次いでその採用を検討し、安城市の了承も得ながら、地元町内会の役員の反対によって断念したルートである。鹿乗川ルートは、鹿乗川ルートに架かる西田橋、北山橋、木戸橋、仏供田橋上空に送電線が架設されるほか、その線下に家屋が存在する場所は全くなく、その全域にわたって建物の上空送電線架設や家屋に接近した鉄塔の設置の生じることのないルートであり、送電線ルートとして、矢作川ルートよりはるかに優れたルートである。

被告は、鹿乗川ルートを採用した場合、宅地化の進む周辺地域の発展を阻害するほか、同ルートの周辺には、多くの人家があるほかガソリンスタンドや花火倉庫等の危険建物が存在することを指摘するが、被告の指摘する人家は、いずれも送電線の設置が想定される地点より充分な距離を隔てた地域に存在するものであり、花火倉庫も、近接する送電線との間に水平距離で優に三〇メートルも離れた地点に存在するものであって、いずれも、送電線等の設置には問題のない距離に存するものであり、被告指摘の点は、いずれも失当である。

そもそも、被告指摘の点が鹿乗川ルートを採用することの支障となり得ない事柄であることは、これらの点が当初中電が鹿乗川ルートの採用を検討していた段階から存在していた事柄であり、中電がこれらの点を考慮に入れた上で、なお、鹿乗川ルートを最適のルートとして選定していたことからも明白である。

(3) 小川町ルート

小川町ルートは、他のルートのいずれよりも距離的に短く、また、通過が想定される地域のほとんどが人家のない農地であり、矢作川ルートより優れたルートであることは、明白である。

被告は、小川町ルートが有数の農業地域であることを送電線ルートとして不適格である理由として挙げるが、送電線等の設置が農業に悪影響を及ぼすことはあり得ない。現に、矢作川ルートをとった場合にも、同様の農業地域を通過することになるが、中電が、これについて何ら考慮することがなかったことは、被告の右主張が失当であることの証左である。

(4) 対岸ルート

対岸ルートは、原告病院付近を避ける形で、矢作川の左岸に送電線等を設置するほか、矢作川ルートと同様の地点を通過するルートであり、前記のような原告病院に対する悪影響のないことだけからも、矢作川ルートより優れた送電線ルートであることは明らかである。

六  原告の反論に対する認否

すべて争う。

七  被告の再反論

原告が指摘する原告病院に入院中の精神病患者に対する悪影響は、いずれも具体的根拠を欠いた主張であるばかりでなく、以下の理由からも、失当である。

1  本件事業計画の実施後、原告病院の入院患者の症状が悪化した具体的症例のないこと。

2  本件事業計画の実施後も、原告病院においてはベッド数を増加させ、さらに入院患者も増加していること。

3  中電の電力供給区域内にある他の精神病院の中には、送電線等の位置が原告病院と類似するものや病院の建物の上空を送電線が通過している例もあるが、それらの病院において入院患者に送電線等の存在が精神衛生上の悪影響を及ぼした事実はないこと。

八  被告の再反論に対する原告の認否及び再々反論

(認否)

すべて争う。

(再々反論)

被告の再反論は、精神障害者における症状の悪化を、通常の病気における血液検査の結果や細胞組織の異変等可視的病変と同一の次元で論じるものであって、失当である。

九  原告の再々反論に対する認否

すべて争う。

第三  証拠<省略>

理由

一争いのない事実

請求原因1及び同2の事実並びに被告が昭和五五年五月一三日付で本件裁決を行い、同月一四日、同裁決書が原告に送達されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二違法性の承継について

原告は、本件事業認定に違法事由があるから、本件裁決は取り消されるべきである旨主張する(請求原因3及び同4)ところ、被告は、本件事業認定の違法を本件裁決の取消事由として主張することは許されない旨反論する(被告の主張2(一))ので、まず、この点について判断する。

1  土地収用法によれば、起業者は、事業のために土地を収用しようとするときは、建設大臣又は都道府県知事による事業の認定を受けなければならず(法一六条、一七条)、建設大臣又は都道府県知事は、起業者の申請に係る事業が法定の要件を充たす場合には、事業の認定をすることができ(法二〇条)、事業の認定がされた場合には、起業者は、事業認定の告示があった日から一年以内に限り、収用委員会に収用の裁決の申請をすることができ(法三九条)、収用委員会は、申請却下の裁決をすべき一定の場合を除いて収用裁決をしなければならない(法四七条、同条の二)と定められている。このように、土地収用法に基づく事業認定と収用裁決は、その直接の効果は異なるものの、結局は、互いに相結合して当該事業に必要な土地を取得するという法的効果の実現を目的とする一連の行政行為であると解するのが相当である。

被告は、当該事業に必要な土地を収用により取得するか、任意買収によって取得するか未定の場合でも、事業認定には、それに付随する各種の効果があることから、事業認定を受けておくことが望ましく、したがって、事業認定は必ずしも収用裁決に結びつくものではない旨主張する(被告の主張2(一)(2)(ア))。しかしながら、前記のとおり、法の規定する手続の流れからみると、事業認定と収用裁決は、いずれも当該事業に必要な土地の取得に向けての一連の手続の中で行われる行政行為であることは明らかであり、実際上事業認定後任意買収によって土地が取得されることがあっても、それにより、右法の定める手続における事業認定及び収用裁決の性格が左右されるものではない。また、起業者の意思としても、土地の取得の手段として任意買収によるか収用裁決によるか未定の場合において事業認定を申請するのは、将来任意買収が不調となり土地を収用しなければならない場合を想定して、それに備えることに主たる目的があり、事業認定自体に付随する効果により事業の円滑な進行を図る目的があるとしても、それは付随的なものにすぎないと解するのが相当である。よって、被告の右主張は採用することができないものである。

2 ところで、土地収用法における事業認定と収用裁決のように、先行行為と後行行為とが相結合して一つの効果を形成する一連の行政行為である場合には、以下の理由から、原則として、先行行為の違法性は後行行為に承継されると解すべきである。

(一) 先行行為と後行行為とが相結合して一つの効果を形成する一連の行政行為である場合には、法が実現しようとしている目的ないし法的効果は最終の行政行為に留保されているのであるから、このような場合にあっては、立法政策上は、先行行為を独立して争訟の対象にならない行政内部の手続的行為とし、先行行為の違法は最終の行政行為の取消訴訟においてのみ主張できるとすることも可能であるが、そのような立法政策を採らず、先行行為を独立の行政行為として扱い、それに対する争訟の機会を設けている場合であっても、なお、先行行為の違法性は後行行為に承継され、後行行為の取消訴訟において先行行為の違法を主張できると解するのが相当である。なぜなら、この場合、法が先行行為を独立の行政行為とし、それに対する争訟の機会を設けた趣旨は、国民の権利利益に大きな影響を及ぼすような行政行為につき、その手続がより慎重に遂行されるようにすることによって、行政手続及び内容の適正さを一層強く担保しようとしたものと解することができ、したがって、先行行為が独立の行政行為であり、それに対する争訟の機会が設けられていることを理由に、違法性の承継を否定することは、右のような法の趣旨に反するものと解せられるからである。

(二) ところで、被告は、事業認定の違法性が収用裁決に承継されることを認めれば、事業認定の取消訴訟について行訴法の定める出訴期間の制限が適用されている趣旨を没却し、事業認定によって生じた法律関係の安定性を害することになり、また、事業認定の適否について、事業認定及び収用裁決の各取消訴訟において、相互に矛盾した司法判断の出る可能性が生じること(被告の主張2(一)(1))、事業認定については周知措置が設けられており、それを争う充分な機会が与えられているのであるから、事業認定の違法性を審査する権限のない収用委員会の裁決を待って事業認定の違法を主張させる必要性はないこと(被告の主張2(一)(2)(イ))を理由に、違法性の承継を認めるべきではない旨主張するが、これらの主張は、以下の理由により、いずれも失当である。

(1)  まず、事業認定に対する取消訴訟については、行訴法上の出訴期間の制限の適用があり、違法性の承継を認めると否とにかかわらず、右期間の徒過により、事業認定自体は形式的に確定し、もはやその取消しを求め得ることができない状態となるのであるから、その限りにおいて、出訴期間の制限を設けた趣旨を没却したり、法的安定性を害することはないというべきである。一方、事業認定が出訴期間徒過により形式的に確定しても、それは、事業認定の内容に違法事由が存する場合にも、それを違法事由なしとして確定するものではなく、この点において、事業認定の取消訴訟において請求棄却の判決が確定している場合とは根本的に事情を異にする(最高裁判所昭和二五年九月一五日第二小法廷判決、民集四巻九号四〇四頁参照。)のであるから、事業認定についての出訴期間を徒過することによって、収用裁決の取消訴訟において事業認定の違法性を主張することまで遮断されるいわれはなく、出訴期間の点を理由として違法性の承継を否定する被告の主張は、採用できない。

なお、被告の指摘する司法判断の矛盾の可能性についても、弁論の併合等訴訟の指揮、運営いかんによって解決可能な問題であって、その可能性の存在のゆえをもって、違法性の承継を否定する根拠とすることは相当でない。

(2)  次に、土地収用法は、被告が指摘するとおり、事業認定の内容について、周知措置を設け、それ自体を争う機会を設けてはいるが、その趣旨とするところは、前記(一)に記載したとおり、むしろ、行政手続のより慎重な遂行を図ることにより、その適正さを担保することにあるのであって、違法性の承継の排除を企図したものではない。また、実際上も、被収用者の立場から見れば事業認定の段階では収用される区域も補償内容も明確ではないのであるから、争訟提起の必要性をさほど切実に感じなかったとしても無理からぬ点があり、被収用者がこの段階で争訟提起をしなかったからといって、そのゆえをもって、事業認定の違法に対する救済手段を失わしめるのは、被収用者に対し酷な結果となるおそれがあり、相当ではないというべきである。

なお、収用委員会自体は、事業認定の違法を審査する権限は有しないが、被収用者の立場に立ってみれば、収用委員会に事業認定の適否の審査権限を与えるかどうかは、行政庁相互間の権限の分配の問題であるにすぎないし、仮に、収用委員会が事業認定の適否を審査する権限を有するのであれば、事業認定が違法であるにもかかわらず収用委員会がこれを適法であるとして裁決をした場合には、裁決自体に固有の瑕疵があることになるから、違法性の承継の問題自体生じないことになるのであって、むしろ、収用委員会が事業認定の適否を審査する権限を有しないからこそ、違法性の承継を認めざるを得ないことになるのである。

また、仮に、収用委員会が原告の主張する事業認定の違法事由につき、その適法性の主張、立証活動を行うために必要な資料を十分に有しない場合などには、必要に応じて事業認定を行った行政庁を訴訟に参加させることも可能であるので、違法性の承継を認めても被告に酷な結果を生じるということはできない。

したがって、収用委員会の権限の点を考慮にいれても、違法性の承継を否定する被告の主張は採用できない。

三本件事業認定の適法性について

そこで、次に、本件事業認定が適法であるか否かについて判断するに、本件事業認定の手続が適法に行われたこと並びに本件事業認定が法二〇条一、二及び四号の各要件を充たしていることについては、いずれも当事者間に争いがなく、結局、本件は、本件事業認定が同条三号の要件を充たすか否かが争点となる。

ところで、法二〇条三号の要件を充たすか否かの判断は、同号の文言及び法一条に掲げられている法目的に照らせば、当該事業認定に係る事業計画の内容、当該事業計画が達成されることによって得られる公共の利益、事業計画において収用の対象とされている土地の状況、その有する私的ないし公共的価値等を総合的に考慮して、当該事業計画が国土全体の土地利用の観点から見て適正かつ合理的であるか否かにより決するのが相当である。その際、想定される代替案との比較検討も、いずれの土地を起業地にすれば当該事業計画の目的に照らして適正かつ合理的な土地利用ができるか、また、容易に土地の確保をして事業を円滑に遂行することができるかなどの観点からなすべきものである。

ただ、右の判断は、事柄の性質上極めて政策的、専門技術的なものであること、法文上も、法二〇条三号所定の要件の文言が「事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであること。」というように概括的なものに止まっていること、法二〇条柱書は「……事業の認定をすることができる。」と規定していることからすると、当該事業計画が法二〇条三号の要件を充たすか否か、また、右要件を充たす場合に事業認定をするか否かの各判断は、第一次的には事業認定権者である建設大臣又は都道府県知事の裁量に委ねられているものと解するのが相当である。したがって、本件事業認定の適否の審査においても、前記の考慮要素についてされた建設大臣の判断に社会通念上著しく不相当な点があり、その裁量権の逸脱濫用があったと認められる場合にのみ、本件事業認定は違法となるものである。

そこで、本件事業認定において右のような建設大臣の裁量権の逸脱濫用があったか否かを、以下判断する。

1  本件事業計画によって達成される公共の利益

<証拠>によれば、以下(一)ないし(三)の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  西尾市及び岡崎市南西部方面における昭和五〇年から同五二年までの三年間の電力需要は、年約10.3パーセント程度の伸びを示しており、また、右地域は、自動車関連企業の増設及び国道二四八号線バイパス沿いの土地区画整理事業(岡崎市南武、中部、上地、羽根、八帖等)の推進に伴う住宅地としての発展が予想されたため、昭和五三年当初において、年約8.2パーセント程度の電力需要の伸びが予想された。

(二)  昭和五三年当初、右地域の電力需要に対しては、七七キロボルト南安城西尾一・二号線、三・四号線により供給しているが、同年夏季には、いずれも常時高稼働(一・二号線については八六パーセント、三・四号線については八二パーセント)を強いられ、一回線でも事故が生じれば、大幅な供給支障が生じる状況であった。

(三)  右電力需要の増加に対処する方法としては、A案として既設南安城西尾一・二号線、三・四号線を建替増強する案が、B案として既設徳原分岐線を建替増強する案が、そして、C案として南安城連絡線を新設する案が考えられた。このうち、A案は、亘長約四キロメートルにわたる本体工事とこれと同規模の五回線鉄塔を要する仮送電線工事を実施するものであるが、経過地の土地利用状況を勘案すると五回線鉄塔用地を二ルート確保することは、対象地域が今後住宅地としての発展が想定されることから、実現困難が予想された。また、B案は、昭和五三年夏季の電力需要には対処できるものの、翌五四年夏季以降の電力需要には対処できないことが予想された。これに対し、C案によれば、既設南安城西尾線一・二号線、三・四号線の供給付加の一部一一九MWの切替供給が可能となり、これによって南安城西尾線の常時高稼働の改善及び一回線事故における供給支障の解消を実現できると共に、西尾市及び岡崎市南西部方面への安定かつ効率的な電力供給の確立を図ることが可能となるものであった。このような見地から、結局、C案が採用されるに至った。

(四)  右事実認定のとおり、本件事業計画が実施されれば、C案の採用により予想されたように、西尾市及び岡崎市南西部方面への電力の安定的かつ効率的供給が実現でき、その方面の電力不足の不安も解消できるものと考えられ、本件事業計画によって達成される公共の利益は多大なものであると評価することができる。

2  原告の私有財産ないし原告病院に対する影響

(一)  原告病院及び本件送電線等の状況について

<証拠>によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 原告病院は、昭和五二年三月、本件土地を敷地とし、二階建ての一〇〇床の入院能力を持つ病棟一棟を有して開設された精神科治療を中心とする病院で、常勤の精神科医一名のほか非常勤の医師数名が医療に従事している。原告病院の昭和五五年当時の入院患者数は一一九名であったが、以後増加し昭和六〇年当時は一三九名となっている。原告病院の敷地や病棟等の位置関係は、病棟が三階建てに増築され、病棟北側に事務棟が新築されたほかは、開設当初から変更がない。

また、本件事業計画の実施に伴い、中電によって、昭和五五年六月ころ、本件送電線等が設置されたが、その位置はその後変更されていない。

(2) 原告病院に近接する鉄塔は、二一号鉄塔及び二二号鉄塔であるが、二一号鉄塔は、原告病院の病棟の西端から約四五メートル西方に設置され、二二号鉄塔は、原告病院の病棟の東端から約二五〇メートル東方に設置されている。

(3) 本件送電線等は、原告病院付近においては、矢作川の北側に沿って設置されているが、二一号鉄塔は、昭和六三年六月八日現在の矢作川河川境界線から約二五メートル北方に設置されており、建設省が定める河川区域外の土地上に位置している。

(4) 二一号鉄塔の周囲には高さ約二メートルの昇塔防止用棚が設置されており、鉄塔には昇塔防止装置が設けられている。また、二〇号鉄塔から二二号鉄塔の間の送電線及び地線にはアーマロッドが取り付けられ、送電線支持点付近にはダンパーが取り付けられている(なお、アーマロッドとは、送電線の表面に起伏を付け、これにより、風の流れの乱れを多くして、風音を減少させる装置であり、また、ダンパーとは、送電線の振動エネルギーを吸収して、送電線の疲労、損傷を防止するために送電線の支持点付近に付ける重りである。)。

(5) 二一号鉄塔と二二号鉄塔との間の送電線は、屋外療養地として使用されている原告病院の病棟南側庭の上空に架かっており、病棟との距離は、水平距離で一一メートルないし12.5メートルである。また、送電線最下垂部の地上高は約28.7メートルである。病棟南側庭からは、上空の送電線、東方の二二号鉄塔及び西方の二一号鉄塔を見ることができ、また、病院西側空地からは二二号鉄塔を見ることができるが、いずれからも、二一号鉄塔は、かなり大きく見えることになる。

(6) 原告病院の病棟一階部分は開放病棟で、窓に格子はなく、扉も施錠されていないが、二階、三階部分は閉鎖病棟で、窓に格子があり、扉も施錠されている。病棟西壁面には窓はなく、病棟一階及び三階のレイルーム南側窓によって見上げると、辛じて送電線が見える程度である。

(二)  原告病院等に対する影響についての判断

本件送電線等の設置状況は前記(一)(1)ないし(6)で認定したとおりであって、右認定事実を前提にすると、原告病院は、前記(一)(1)のような規模の精神科病院として、地域社会に貢献していることが認められ、その存在には公益的価値も認められるが、本件送電線等が設置されても、それによって原告病院に生じる制約は、原告病院の敷地である本件土地上空の利用が前記認定の限度で制限されるほか、二一号鉄塔等の存在により、本件土地ないしは原告病院からの景観が損なわれていることが認められるにすぎないものである。

もっとも、原告は、右のような制約に加えて、前記のような本件送電線等の設置により、原告病院に入院中の精神障害者に対し極めて重大な悪影響が生じている旨主張する(原告の反論2一)ので、以下、この点について判断する。

(1) <証拠>は、社団法人日本精神病院協会(<証拠>)、社団法人日本精神神経学会(<証拠>)及び病院神経学会が作成した書面で、いずれも結論として原告の前記主張を支持する旨の記載があるが、それを裏付ける具体的臨床例やその原因分析、論文等の紹介は何ら示されておらず、僅かに、<証拠>において、作成者の管理する病院において入院中のうつ病患者が病院南方約六〇メートルの距離にある高圧送電線の鉄塔で縊死したとの例が紹介されているが、その原因については「鉄塔が死へ誘ったのだ」との「私語」が紹介されているだけであること、<証拠>においては、本件送電線等が設置されれば原告病院等の精神科病院は閉鎖の止むなきに至るかのような記載があるにもかかわらず、後記(7)に認定するとおり、原告病院及び中電の電力供給区域内の送電線等の通過する精神科病院にあっては、病院運営が行き詰まった例が見当たらないこと、<証拠>によれば、社団法人日本精神神経学会にあっては、建設省に対し「高圧送電線は被害妄想などの対象となることはあり得るとしても一般的に精神障害の原因となることはない」旨の意見を表明したことが認められること等の事実に照らせば、右各甲号証の記載からは、原告主張の事実の存在を推認するに足りないといわざるを得ない。

(2) <証拠>には、高圧送電線が人体に影響を与える可能性があるとの見解が示されているが、それがいかなる内容の、いかなる程度の影響であるかは何ら明らかではなく、本件との関連も希薄である上、右書証中の記載自体からも、右のような影響はないという学説や実験結果が存在することも窺えるのであって、右書証によっても、原告主張事実の存在は認めるに足りない。

(3) <証拠>には、高圧送電線の付近では心電図が測定不能になる可能性があるとの見解が示されているが、後記(7)で認定した各病院の経営状態等からすれば、右甲号証の記載は、にわかに信用することができない。

(4) <証拠>において、原告病院の初代病院長で精神科医である大谷正敏は、本件送電線等が原告病院の入院患者に対する悪影響を及ぼすとの見解を示しているが、その見解は、送電線等が患者の閉鎖心理におよそ影響を及ぼすものであれば、鉄塔のみならず電柱、道路、陸橋も全て好ましくないとするもので(<証拠>)、いわば精神科病院の理想的環境についての意見であると評価することができるものである。加えて、大谷自身、たとえ精神科病院として環境等の物的条件が悪くても、医師の活動等の人的条件で補えるとの見解を示している(<証拠>)のであって、右書証によっても、原告主張事実は認めるに足りない。

(5) <証拠>は、高圧送電線の鉄塔で自殺者が出たことを示す新聞記事であるが、これらの記事の示す自殺の動機は長男に先立たれたことなどにあり、鉄塔の存在自体が自殺の動機となったものではない。また、<証拠>は、精神分裂病者の自殺率が高いことを示す論文であるが、鉄塔との結びつきは何ら示されていない。更に、<証拠>では、昭和五八年から同六〇年までの原告病院における自殺者ないし自殺未遂者の数が上げられているが、前記認定のとおり、本件送電線等の設置されたのは昭和五五年であるところ、それ以前の自殺者ないし自殺未遂者の数が明らかでないため、本件送電線等の存在と自殺者ないし自殺未遂者の数との関連が明らかでない。

(6) <証拠>で、原告は本件送電線等が原告病院の入院患者に悪影響を及ぼす旨結論づけているが、これは、原告自身が精神科を専門とする医師ではないことから、前記(1)ないし(5)に掲げた証拠を根拠にしてそのように結論づけたものにすぎず前記(1)ないし(5)自体が原告主張事実を裏付けるには足りないものである以上、これらに依拠する右原告本人尋問の結果等も、また原告主張事実を認めるに足りない。

(7) 以上のとおり、原告の前記主張に沿うと思われる証拠は、いずれも、それ自体原告の主張を認めるに十分ではない上、かえって、<証拠>によれば、中電の電力供給区域内だけで、付近に高圧送電線の通過する精神科病院が三河病院等五か所あるが、いずれも病院経営が継続されていること、これらの病院のうち三河病院と岩屋病院については、最寄りの鉄塔と病院建物との水平距離が原告病院のそれに比べて短いこと、三河病院、岩屋病院、松蔭病院については、各病院長が高圧送電線の悪影響を肯定する意見を述べているが、一方では、送電線が既に架設されている土地を敢えて病院敷地拡張のために購入していること、原告病院の入院患者数は本件送電線等が設置された昭和五五年以降昭和六〇年までの間毎年増加していることなど、本件送電線等の設置が精神科病院における治療活動や病院経営に対して重大な影響を与えていないことを推認させる事実も窺える上、前記(一)(4)で認定したとおり、中電は、本件送電線の設置に当たって、原告の主張に配慮して、自殺防止のため鉄塔の周囲には昇塔防止用棚を、鉄塔には昇塔防止装置を、それぞれ設置し、また、風音防止のため二〇号鉄塔から二二号鉄塔の間の送電線及び地線には、上述したアーマロッドを、送電線支持点付近には、ダンパーをそれぞれ設置していることが認められるのである。その他、前記(一)(2)ないし(6)で認定した原告病院と本件送電線等との位置関係等の事実を総合すると、原告主張に沿う記載のある前記各証拠を総合しても、なお、前記原告主張事実は認めるに足らず、他に右事実を認めるに足りる証拠もない。したがって、結局、原告の前記主張は採用できない。

3  他の送電線ルートとの比較

(一)  比較対象とすべき送電線ルート

本件事業認定の当否を判断するに当たっては、前記のとおり、矢作川ルートと代替案である本件事業認定当時に想定された他の送電線ルートとの比較検討もすべきところ、<証拠>を総合すると、本件事業認定当時想定された他の送電線ルートは、別紙ルート表記載2ないし5の各ルートであることが認められる。

(二)  各送電線ルートの状況

前記2(一)で認定した事実に加えて、<証拠>を総合すると、各送電線ルートの状況として、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 矢作川ルート

矢作川ルートは、別紙ルート表記載1の地域を通過するもので、南安城連絡線二〇号鉄塔から二六号鉄塔まで矢作川北岸沿いに東進することを特徴としている。前記2(一)で認定したとおり、本件事業認定当時、矢作川ルートの通過が予定される土地には、原告病院を除いては、ほとんどが農地であり、同ルートを採用しても、前記2で認定した原告病院等に土地利用上の制限が生じるほかは、さほど土地利用上の支障は認められなかった。また、矢作川ルートの採用については、安城市及び地元各町内会も同意しており、用地取得の点からも困難は予想されなかった。更に、矢作川ルートは、矢作川の河川地域にも含まれず河川法上の問題もなかった。ただ、当時建設省豊橋工事事務所が計画中であった矢作川拡幅改修工事が実施されれば、矢作川ルートによって設置される鉄塔等が同河川地域内に含まれる状況にあったが、右計画は全くの青写真段階にあり、いつ実施されるか不明であったため、支障とはならなかった。

なお、昭和六三年六月当時においても、二一号鉄塔から二二号鉄塔の送電線下は、ほとんどがビニールハウスによる施設園芸等の農地として利用されており、原告病院の他には何ら民家はなく、二二号鉄塔から二三号鉄塔の送電線下は、倉庫が一か所あるほかは、ほとんどが農地として利用され、二三号鉄塔から二四号鉄塔の送電線下は、民家が五軒あるほかは、ほとんどが農地として利用され、二四号鉄塔から二六号鉄塔の送電線下は、春日神社等があるほかは、ほとんどが農地として利用されている。

(2) 明治用水ルート

明治用水ルートは、別紙ルート表記載2の地域を通過するもので、南安城連絡線一八号鉄塔付近から明治用水路沿いに西徳橋まで約4.5キロメートル北上することを特徴としている。本件事業認定当時、その周辺には、集落は少なく、市街地等もなかったが、安城市において、明治用水上を暗渠にしてサイクリングロード(豊田安城自転車道路)として利用する計画を持っていたため、明治用水ルートを採用すれば、右サイクリングロードの利用に支障が生じることが予想された。このため、安城市からも、中電に対し、明治用水ルートの採用は避けられたいとの意見が寄せられていたこともあって、同ルートを採用した場合には、同市の協力は期待できず、用地取得の点でも困難が予想された。

なお、昭和六三年三月当時には、明治用水路に沿って豊田安城自転車道路が設置され、また、明治用水ルートの線下にある堀内公園付近には、人家があった。

(3) 鹿乗川ルート

鹿乗川ルートは、別紙ルート表記載3の地域を通過するもので、一級河川鹿乗川の西田橋の西方約一五〇メートルの地点から木戸橋樋門東側に位置する南安城連絡線第二七号鉄塔の北方約一〇〇メートルの地点まで、同河川に沿って東進することを特徴としている。本件事業認定当時、鹿乗川ルートは全体としては田畑を中心とする人家の少ない地域であったが、高橋から木戸樋門までの鹿乗川沿いの地域には比較的多くの人家が見られ、木戸橋付近には保育園があり、また、将来、既設道路の県道桜井西尾線、市道になることが予定されていた農面道路の整備が予定され、西尾桜井線の建設も予定されるなど、道路整備計画もあり、同地域が将来宅地として発展することが予想された。また、高橋付近にはガソリンスタンドや計画中の花火倉庫があり、中電の鉄塔設置基準及び火薬類取締法施行規則の制約上、その付近に高圧送電線ないし鉄塔を設置することには、技術的困難の存することが予想された。更に、中電が、事前に鹿乗川ルートについての地元住民に意見を聴くため、地元町内会の役員にその内容を示したところ、鹿乗川北側の野寺町及び寺領町並びに同河川南側の木戸町及び藤井町の四町の住民によって構成される三ツ川町内会の役員が、住民の意見として鹿乗川ルートには反対である旨言明しており、用地取得の点においても困難が予想された。また、安城市からも住民の同意を得るよう要請されており、鹿乗川ルートを採用すれば、同市の意向にも反する状況にあった。

なお、昭和六三年六月当時には、仏供田橋付近に多くの人家が建ち並び、北山橋周辺にも家屋や喫茶店が存在し、高橋付近には花火倉庫が完成し、人家も密集し、三ツ川町内会の戸数も昭和五〇年当時は四九六戸であったが、昭和六二年当時には九〇〇戸に増加している。

(4) 小川町ルート

小川町ルートは、別紙ルート表記載4の地域を通過するもので、アイシン精機株式会社西尾工場の東側に位置する徳原分岐線五号鉄塔又は南安城連絡線一六号鉄塔付近から同連絡線三〇号鉄塔まで東進することを特徴としている。小川町ルートは、右アイシン精機西尾工場上空を通過するほかは、ほとんど農地の上を通過するものであるが、本件事業認定当時、愛知県知事、愛知県西三河事務所長及び安城市長から、土地利用上の問題点として、小川町ルートの通過が想定される地域は農業振興法に基づく農業振興地域であり、かつ、農用地区域にも指定されている優良農業地帯であって、送電線等の設置は土地の利用計画上問題が多いこと、土地改良事業により区画整理が完了し、農業の生産基盤が確立していることが指摘され、また、農業経営上の問題点として、送電線等の設置は集団化された大型農業の経営に及ぼす影響が大きいこと、用地取得の困難も予想されることを理由として、小川町ルートの採用は好ましくないとの意見が寄せられており、同ルートを採用した場合には、右土地利用上の問題点のほか、用地取得等の作業において、関係自治体の協力が期待できない難点があった。

(5) 対岸ルート

対岸ルートは、別紙ルート表記載5の地域を通過するもので、南安城連絡線二〇号鉄塔付近から矢作川を横断し、二三号鉄塔付近で再び矢作川を横断して矢作川ルートに合流するまでの間、矢作川南岸の西尾市内を通過することを特徴とする。対岸ルートは、川幅が約二五〇メートルある矢作川を二度横断することから、経費面及び技術面において困難を伴うことが予想された上、本件事業認定当時、西尾市長から、対岸ルートの採用は、用地取得上相当の困難を伴うとの意見が寄せられており、用地取得等の作業において、関係自治体である西尾市の協力が期待できない難点もあった。

(三)  各送電線ルートの比較検討

以上の認定事実をもとに、事業認定当時想定された代替案である前記(2)ないし(5)の各送電線ルートについて、周辺土地の状況から見た土地利用の合理性及び用地取得や設置技術の点から見た事業遂行の容易性の観点から、矢作川ルートと比較検討してみると、土地利用の合理性の点では、道路設置計画の存在(明治用水ルート)、付近の集落の状況(鹿乗川ルート)、農地の利用状況(小川町ルート)、河川の状況(対岸ルート)から、それぞれ問題があり、事業遂行の容易性の点では、いずれも、地元住民や関係地方公共団体の反対があり、それに伴う用地取得の困難も予想された上、昭和六三年当時においても、前掲(2)ないし(5)の各送電線ルートにおいては、本件事業認定当時に予想された土地利用上の支障は解消しておらず、むしろ、道路が整備され、人家が増えるなど、増大傾向にあることが認められるのであって、これからすれば、前記2で認定した原告病院の公益性、本件送電線等の設置が原告病院に及ぼす影響の程度及び矢作川改修計画の存在を考慮にいれても、なお、本件事業認定当時、右(2)ないし(5)の各送電線ルートは矢作川ルートに比べて送電線ルートとして優れていたとはいえないものであったと認めるのが相当である。

4  まとめ

前記1で認定したとおり、本件事業計画の目的は、昭和五三年以降の西尾市及び岡崎市南西部地域に対する電力の安定的供給を行うことにあり、当時の電力供給が逼迫していたことを考慮にいれると、本件事業計画によって達成される公共の利益は多大なものがあったと認められるのに対し、本件土地の利用の制約や原告病院の運営に対する影響等は、送電線の存在により本件土地の上空の利用が制限され、また、景観が損なわれるなどの影響が生じるほかは、原告主張のような原告病院の入院患者に対する極めて重大な悪影響等の存在は認めるに足りず、更に、本件事業認定当時想定された代替案である他の送電線ルートとの比較においても、本件事業計画の採用する矢作川ルートは、特別劣っているものとはいえない事情の存したことが認められるのであって、これらの事実を総合すると、本件事業計画が法二〇条三項の要件を充たしているとした建設大臣の判断には、その裁量権の逸脱濫用はなかったと認めるのが相当である。

よって、本件事業認定は適法であり、したがって、また、本件裁決も適法である。

四結論

以上の次第であって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用については行訴法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官浦野雄幸 裁判官杉原則彦 裁判官岩倉広修)

別紙<省略>

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