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名古屋地方裁判所 昭和55年(行ウ)4号 判決 1981年12月14日

愛知県犬山市大字羽黒字高橋郷四七番地

昭和五五年(行ウ)第四号事件原告

長谷川清康

名古屋市中区栄一丁目二九番二三号

昭和五五年(行ウ)第五号事件原告

長谷川弥希子

右両名訴訟代理人弁護士

竹下重人

愛知県小牧市小牧一九五〇番地

昭和五五年(行ウ)第四号事件被告

小牧税務署長 石川新三郎

名古屋市中区三の九三丁目三番二号

昭和五五年(行ウ)第五号事件被告

名古屋中税務署長 宮部順一

右被告両名指定代理人

横山静

大山守

梅村石雄

成瀬元久

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告らの請求の趣旨

1  昭和五五年(行ウ)第四号事件被告小牧税務署長(以下「被告小牧署長」という)が同事件原告長谷川清康(以下「原告清康」という)に対し、同原告の昭和五〇年分ないし昭和五二年分各所得税について、昭和五四年三月九日付でした各更正処分(但し、昭和五〇年分、昭和五一年分については昭和五四年六月一二日付、昭和五二年分については昭和五四年七月四日付各再更正処分により一部減額された部分を除く)をいずれも取り消す。

2  昭和五五年(行ウ)第五号事件被告名古屋中税務署長(以下「被告中署長」という)が同事件原告長谷川弥希子(以下「原告弥希子」という)に対し、同原告の昭和五〇年分ないし昭和五二年分各所得税について、昭和五四年三月一二日付でした各更正処分(但し、昭和五〇年分、昭和五一年分については昭和五四年六月一二日付各再更正処分により一部減額された部分を除く)をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文と同旨

第二当事者双方の主張

(原告らの請求原因)

一  本件課税処分の経緯

1 確定申告

原告清康は、昭和五〇年分ないし昭和五二年分各所得税について、昭和五一年ないし昭和五三年の各三月一五日に別表一ないし三の「確定申告」欄記載のとおり被告小牧署長に対し、それぞれ確定申告書を提出した。

また、原告弥希子は、昭和五〇年分ないし昭和五二年分各所得税について、昭和五一年ないし昭和五三年の各三月一五日に別表四ないし六の「確定申告」欄記載のとおり被告中署長に対しそれぞれ確定申告書を提出(但し、昭和五〇年分、昭和五一年分は被告小牧署長を経由)した。

2 更正及び賦課決定処分

被告小牧署長は、昭和五四年三月九日付で、原告清康に対し別表一ないし三の被告中署長は同月一二日付で原告弥希子に対し別表四ないし六の各「更正及び賦課決定」欄記載のとおり各更正及び過少申告加算税の賦課決定処分をなした。

3 異議申立、再更正及び変更決定処分、異議決定処分

(一) 原告清康、同弥希子は、右各更正処分及び賦課決定処分を不服として、いずれも昭和五四年五月八日、それぞれ被告小牧署長、被告中署長に対して各異議申立をなした。

(二) 被告小牧署長は、原告清康の昭和五〇年分、昭和五一年分の更正及び賦課決定処分の税額算出過程における計算の誤りを発見し、昭和五四年六月五日、右両年分の本税及び過少申告加算税について別表一及び二の「再更正及び変更決定」欄記載のとおり一部減額する各更正及び変更決定をなし、昭和五四年六月一二日付をもって原告清康にその旨通知し、更に同年七月四日、原告清康の昭和五二年分の更正及び賦課決定処分について特別減税のための臨時措置法(昭和五三年五月一五日法律第四五号)による特別減税額六〇〇〇円を減額するため、別表三の「再更正」欄記載のとおり減額する再更正をなし、昭和五四年七月四日付をもって原告清康に通知した。

被告中署長は、原告弥希子の昭和五〇年分、昭和五一年分の更正及び賦課決定処分の税額算出過程における計算の誤りを発見し、昭和五四年六月一二日、右両年分の本税及び過少申告加算税について別表四及び五の「再更正及び変更決定」欄記載のとおり一部減額する各更正及び変更決定をなし、昭和五四年六月一二日付をもって原告弥希子に通知した。

なお同原告の昭和五一年分所得税の臨時措置法(昭和五二年五月四日法律第三四号)による特別減税額は、原告清康が控除対象配偶者に該当しないため、三〇〇〇円を納付すべきことになり、その旨昭和五一年分の再更正及び変更決定処分と併せて更正し、これを原告弥希子に通知した。

(三) 被告小牧署長は原告清康の右異議申立について昭和五四年八月六日、被告中署長は原告弥希子の右異議申立について同月七日、それぞれ棄却する旨の決定をなし、各同日付をもって、各原告に通知した。

4 審査請求及び裁決

原告らは、右各異議決定を不服として、いずれも昭和五四年九月五日、訴外国税不服審判所長に対し審査請求をなしたところ、同審判所長は、同年一一月二二日いずれも棄却の裁決をなし、同月二九日付をもって原告らに通知した。

二  本件各更正処分の違法性

1 被告らのなした前記各更正処分(但し、原告清康の昭和五〇年分、昭和五一年分については昭和五四年六月一二日付、昭和五二年分については昭和五四年七月四日付、原告弥希子の昭和五〇年分、昭和五一年分については昭和五四年六月一二日付各再更正処分によりいずれも一部減額された部分を除く・以下「本件各更正処分」という)は、原告清康については、申告にかかる事業所得の損失金額はなかったものとし、株式配当金による配当所得については原告弥希子のそれとを合算することをその内容とし、原告弥希子については株式配当金による配当所得を原告清康の所得に合算する一方、原告弥希子において原告清康を控除対象配偶者とすることを否定したものである。

2 しかしながら、原告清康の事業所得の損失を否認したことは違法であり、原告清康につき純損失の存在が是認されるべきである以上、原告らの配当所得の合算課税、原告弥希子の配偶者控除の否認も違法であるから、本件各処分はいずれも違法であって、取消されるべきである。

(請求原因に対する被告らの認否)

請求原因一1ないし4、二1の事実はいずれも認める。

同二2は争う。

(被告らの主張―本件各更正処分の適法性)

一  原告清康に対する課税処分について

1 原告清康は、訴外株式会社三晃商会(本店所在地・名古屋市中区栄一丁目二九番二三号、以下「三晃商会」という)及び訴外中央ゴム工業株式会社(本店所在地・春日井市春日井町知光院三一番地、以下「中央ゴム工業」という)の代表取締役である。

2 原告清康は、昭和五〇年一月一日から昭和五二年一二月三一日までの三年間に別表九記載のとおり訴外丸村商事株式会社(以下「訴外丸村」という)、訴外岡地株式会社(以下「訴外岡地」という)及び訴外株式会社たかま(以下「訴外たかま」という)で行った商品先物取引による損失額(但し、訴外たかまとの取引は昭和五二年のみである)を事業所得金額の損失額として、昭和五〇年分ないし昭和五二年分各所得税青色申告決算書に別表七「商品先物取引による所得金額の内訳」中の昭和五〇年分ないし昭和五二年分各「事業所得としての申告額」欄記載のとおり記載して申告した。

3 しかしながら、被告小牧署長の調査によれば本件各係争年分の右商品先物取引の損失額は同表昭和五〇年分ないし昭和五二年分各「雑所得としての被告主張額」欄記載のとおり(昭和五〇年分・一二二三万一六〇〇円、昭和五一年分・四〇〇一万五八〇〇円、昭和五二年分・一九三五万六八〇〇円)であり、後記三で述べるとおり右各損失額は事業所得金額の計算上生じたものではなく、雑所得金額の計算上生じたものと認められる。

4 右各年分雑所得金額の計算上生じた損失は、所得税法六九条により損益通算の対象とならないため、本件各係争年分総所得金額の算定にあたっては、これを控除することはできない。

従って、原告清康の本件各係争年分の総所得金額及びその内訳は昭和五〇年分・一一四九万九〇〇〇円(内訳給与所得金額九三九万九〇〇〇円、配当所得金額二一〇万円)、昭和五一年分・一一〇四万三九〇〇円(内訳給与所得金額九九九万三九〇〇円、配当所得金額一〇五万円)、昭和五二年分・一三一六万七五二五円(内訳給与所得金額一二一五万五〇二五円、配当所得金額一〇一万二五〇〇円)となる。

5 ところで原告弥希子は、原告清康の妻であり、その昭和五〇年分ないし昭和五二年分の総所得金額及びその内訳は、後記二2記載のとおりであるから、原告清康は所得税法九六条に規定する主たる所得者に、また、原告弥希子は合算対象世帯員に該当することになり、同法九七条一項により同原告の前記各配当所得金額は、原告清康のそれに合算されるから、原告清康が納付すべき所得税額の計算は、別表一ないし三の各「再更正及び変更決定」及び「再更正」欄記載のとおりとなる。

6 原告清康の本件各係争年分における資産所得の合算課税の計算について

原告清康の本件各係争年分の資産合算所得のあん分税額の具体的な数値、その計算方法は別表一〇記載のとおりである。

7 よって、原告清康に対する本件各更正処分は適法である。

二  原告弥希子に対する課税処分について

1 原告弥希子は、三晃商会の取締役であり、原告清康の妻である。

2 原告清康の本件各係争年分の所得金額は、前一4のとおり、昭和五〇年分は一一四九万九〇〇〇円、昭和五一年分は一一〇四万三九〇〇円、昭和五二年分は一三一六万七五二五円であり、原告弥希子には右各係争年分に配当所得(昭和五〇年分・一五〇万円、昭和五一年分及び昭和五二年分・各七五万円)があるため(その他原告弥希子には以下のとおり給与所得がある。昭和五〇年分・二二二万円、昭和五一年分・二一三万四〇〇〇円、昭和五二年分・二五一万八〇〇〇円)、原告弥希子は、所得税法九六条の規定により原告清康の合算対象世帯員となり、原告弥希子の納付すべき所得税額の計算については、同法九七条一項の規定が適用され、別表四及び五の各「再更正及び変更決定」欄、別表六の「更正及び賦課決定」欄記載のとおりとなる。

3 原告弥希子の本件各係争年分における資産合算所得のあん分税額について

その具体的な数値及び計算方法は別表一〇区分八8欄記載のとおりである。

4 よって、原告弥希子に対する本件各更正処分は適法である。

三  商品先物取引により生じた損失額が雑所得金額の計算上生じたものである根拠について

1 所得税法二七条一項によれば、事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く)をいうとされ、また同法施行令六三条は、事業の範囲を、農業、林業及び狩猟業、漁業及び水産養殖、鉱業(土石採取業を含む)、建設業、製造業、卸売業及び小売業(飲食店業及び料理店業を含む)、金融業及び保険業、不動産業、運輸通信業(倉庫業を含む)、医療保健業、著述その他のサービス業、「前各号に掲げるもののほか対価を得て継続的に行なう事業」と定めている。

ところで、所得税法は、事業所得の基因となる事業の定義について明文の規定を設けていないが、その法意から、事業とは社会通念上「事業」と認められるものを総称するものであると一般に解されており、対価性と継続性のほかに事業としての社会的客観性を要するものとされている。

2 原告清康の行った商品先物取引が、所得税法施行令六三条一号ないし一一号の各号に該当しないことは明らかである。そこで、原告清康の右取引が同令六三条一二号の「対価を得て継続的に行なう事業」に該当するか否かについて考察する。

原告清康の行った商品先物取引が同号にいう「対価を得て継続的に行なう事業」かどうかは、結局のところ、一般社会通念に照らして決するほかないと考えられるが、その判断に際しては、単に取引の営利性、有償性、継続性、反覆性の有無のみならず、取引そのものが事業としてなじみうるか否か、取引の目的、取引における自らの企画遂行性の有無、取引のための人的物的設備の有無、取引資金の調達方法、取引に費した精神的、肉体的労力の程度、その者の職業(経歴)、社会的地位など事業としての社会的客観性があるかどうか検討しなければならない。

3 原告清康の行った商品先物取引は、次に述べる諸事実から社会通念上事業とはいえない。

(一) そもそも事業は、その事業自体のうちに、事業存立の経済的基盤をなす経常的な収益の方途が機構的に保証されて、はじめて自立的存立が可能となる。しかるに、商品先物取引は、商品先物市場における相場の急激な変動を利用して、売買差益を利得する機会をもつという極めて投機性の強いものである。そのため収益性も極めて低く、それを行っている者の大半が損失に終っている。原告清康も、商品先物取引において昭和五〇年は一二二三万一六〇〇円、昭和五一年は四〇〇一万五八〇〇円、昭和五二年は一九三五万六八〇〇円、昭和五三年は七四七八万二〇〇円、昭和五四年は一七三九万七〇〇円(但し、昭和五三年及び昭和五四年は原告清康の申告額である)と毎年商品先物取引による損失を繰り返している。

このように所得の発生が偶発的、投機的である商品先物取引は、特段の事情がないかぎり、事業存立の基礎を欠くものであって、事業所得を生ずべき事業と見なすには、社会通念上なじみ難いものである。およそ経済人としては、利益を得るか損失を蒙るかわからないような不安定な投機的行為を業とすることは通常考えられないことである。

(二) 原告清康は、資本金一、二〇〇万円、売上高年約七億円、従業員約一四名の工業用ゴム製品卸業を営む三晁商会(昭和三一年六月九日設立)、及び資本金一六〇〇万円、売上高年約四億円、従業員約四四名の工業用ゴム製品製造業を営む中央ゴム工業(昭和三三年九月二六日設立)の代表取締役であり、別表八「原告清康の昭和四七年から昭和五四年における収入金額の明細表」のとおり右両社などからの報酬・配当を得て生活の資としている。

(三) 原告清康は、休日以外一週間のうちの約二日程度を中央ゴム工業の、他の日を三晃商会の勤務にあて(毎日午前九時頃出勤)、両社の業務を執行している。本件商品先物取引は、原告清康が右両社の職務を遂行するかたわら、会社の電話を利用して訴外丸村等と電話連絡をする等の簡易な方法で行っていたものであり、原告清康は業界新聞や業界雑誌も購入せず、人的・物的設備も設けていない。右取引は原告清康がもっぱら一人で投機目的のために行っていたものである。

(四) 原告清康が、取扱った商品は、小豆、大手亡、毛糸、ゴム、輸入大豆及びスフであり、右商品について原告清康はまったくの素人であり、過去に商品先物取引に関する職業に関与したこともない。また、商品先物取引をはじめた動機も、訴外丸村の外務員訴外伊藤克彦(以下「訴外伊藤」という)の勧奨によるものである。

(五) 原告清康が本件商品先物取引を始めたのは、岐阜県可児郡可児町に所有していた土地が同町に買収され、その売却代金七〇六五万五七五〇円を昭和四八年一〇月頃に入手したため、これを元手にはじめたものであった。

(六) 本件商品先物取引のための資金は、原告清康の自己資金の範囲内に限られており、銀行借入等の積極的な資金調達はみられず(昭和四九年六月一二日一五〇〇万円、同年八月一四日一〇〇〇万円の大垣共立銀行菊井町支店からの借入金は、いずれも原告清康の定期預金が担保に差入れられ、右預金の満期日である昭和五一年一月一四日に右預金をもって、全額返済されている)、また、右取引のための必要経費は商品先物取引に直接要した費用のみであって、通常事業に付随する必要諸経費は皆無である。

以上のとおり原告清康は、右二社の代表取締役をしていること、本件商品先物取引のために特に事業設備を設けていないこと、商品先物取引について専門的な経験者でないこと、通常事業に必要とされる資料収集もしていないこと、取引回数も別表九記載のとおりさほど多くないこと、及び商品先物取引自体投機性が極めて強く、とほど高度な知識、情報、技術、経験等がなければ事業として成り立つものでないこと等を考慮すれば、本件商品先物取引は、社会的、客観的に事業とは到底認められないものである。

また、事業所得を生ずべき事業を開始した際には、所得税法二二九条により、一ケ月以内に税務署長に対し、開業の届出書を提出しなければならないところ原告清康は、この届出書を提出していない。

以上のことから本件原告清康の商品先物取引により生じた損失額を雑所得上生じたものと認定した被告の本件処分には何ら違法はない。従って右取引によって生じた損失について、同法六九条一項の規定による損益通算をすることはできないのである。

(被告らの主張に対する原告らの認否)

一  被告らの主張一1及び2の事実は認める。

同3中、本件各係争年分における商品先物取引の損失額がいずれも被告ら主張の額であることは認めるが、右が事業所得金額の計算上生じたものではなく、雑所得金額の計算上生じたものとする被告らの主張は争う。

同4中、本件各係争年分における原告清康の給与所得金額及び配当所得金額が被告ら主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

同5は原告弥希子が原告清康の妻で昭和五〇年分ないし昭和五二年分の総所得金額及びその内訳が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

同6は、被告らのあん分税額は否認する。但し、本件先物取引による損失が損益通算の対象とならないと仮定した場合は、被告ら主張のとおりの税額の計算過程となることは認める。

二  被告らの主張二1の事実は認める。

同2中、本件各係争年分における原告弥希子の配当所得金額及び給与所得金額が被告ら主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

同3のあん分税額は否認する。但し、本件先物取引による損失が損益通算の対象とならないと仮定した場合は、被告ら主張のとおりの税額の計算過程となることは認める。

三  被告らの主張三は争う。

但し、同3(一)中、原告清康が昭和五〇年分ないし昭和五二年分について、被告ら主張のとおりの商品先物取引による損失をし、また昭和五三年分、昭和五四年分についても被告ら主張のとおりの申告をなしていること、同(二)の事実、同(四)中原告清康の取扱った商品が被告ら主張のとおりであったこと、原告清康が別表九記載のとおりの商品先物取引を行ったことは認める。

原告清康は、昭和四九年度から商品取引を継続して相当多量に行っており、事業所得を生ずべき事業の定義について所得税法施行令六三条一二号は「対価を得て継続的に行なう事業」と規定しているから、原告清康の本件各係争年分に行った商品先物取引は事業である。

第三証拠

一  原告ら

1  甲第一号証の一、二を提出

2  乙号各証の成立はいずれも認める。

3  証人村橋実の証言、原告清康本人尋問の結果を援用

二  被告ら

1  乙第一ないし第三号証、第四号証の一ないし八、第五、第六号証、第七、第八号証の各一ないし七、第九号証の一ないし三、第一〇号証の一ないし四、第一一ないし第一三号証、第一四号証の一ないし三を提出

2  甲号各証の成立はいずれも認める。

理由

第一本件課税処分の経緯について

請求原因一の事実(本件課税処分の経緯)については当事者間に争いがない。

第二本件各更正処分の適法性について

原告清康は、工業用ゴム製品卸売業を営む三晃商会(本店所在地・名古屋市中区栄一丁目二九番二三号、設立・昭和三一年六月九日)及び工業用ゴム製品製造業を営む中央ゴム工業(本店所在地・春日井市春日井町知光院三一番地、設立・昭和三三年九月二六日)の代表取締役であること、原告弥希子は三晃商会の取締役であり、原告清康の妻であること、原告清康は、本件各係争年分において、訴外丸村、訴外岡地、訴外たかまを介して、別表九記載のとおり商品先物取引を行い、昭和五〇年分は一二二三万一六〇〇円、昭和五一年分は四〇〇一万五八〇〇円、昭和五二年分は一九三五万六八〇〇円の各損失を蒙ったこと、原告清康は本件各係争事業年分の確定申告にあたり、商品先物取引による損失額を事業所得金額の損失額として、昭和五〇年分ないし昭和五二年分各所得税青色申告決算書に、別表七「昭和五〇年分ないし昭和五二年分各事業所得としての申告額」欄記載のとおり記載して申告したこと、本件各係争年分において原告清康は給与所得(昭和五〇年分・九三九万九〇〇〇円、昭和五一年分・九九九万三九〇〇円、昭和五二年分・一二一五万五〇二五円)及び配当所得(昭和五〇年分・二一〇万円、昭和五一年分・一〇五万円、昭和五二年分・一〇一万二五〇〇円)を、原告弥希子もまた給与所得(昭和五〇年分・二二二万円、昭和五一年分・二一三万四〇〇〇円、昭和五二年分・二五一万八〇〇〇円)及び配当所得(昭和五〇年分・一五〇万円、昭和五一年分及び昭和五二年分・各七五万円)を得ていること、被告小牧署長は、本件各係争年分における原告清康の商品先物取引による各損失額を別表七の雑所得とその被告主張額欄記載のとおり昭和五〇年分・一四一六万九一〇〇円、昭和五一年分・四〇二六万二二九〇円、昭和五二年分・一九三八万六八〇〇円となし、これらは事業所得金額の計算上生じたものではなく、雑所得金額の計算上生じたものであって、右損失額は、所得税法六九条の規定により損益通算の対象とはならず、その結果、同法九六条の規定により、原告清康は主たる所得者に、原告弥希子は合算対象世帯員に各該当するとし、被告らは、原告らの納付すべき所得税額の計算について同法九七条一項を適用して、本件各更正処分に及んだこと、以上の各事実については当事者間に争いがない。

そして、原告らは、仮りに本件先物取引による損失が損益通算の対象とならないと仮定した場合、被告らのなした被告ら主張の数額を基礎とする原告らの資産合算所得のあん分税額の計算過程(原告清康については所得税法九八条一項一号、原告弥希子については同法九八条二項二号を各適用してなされたもの)については争っていない。

従って、本件の争点は、原告清康の本件各係争年分における商品先物取引により生じた前記各損失金が雑所得と認定し、他の所得との損益通算を認めなかったことの適否である。

よって、以下この点について検討する。

二 所得税法二七条一項は、事業所得の定義として、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業、その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得と規定し、これを受けた同法施行令六三条は、一号から一一号まで具体的な事業の種類を規定し、かつ一二号で、前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行う事業も含まれると規定している。

従って、本件商品先物取引が事業といい得るか否かは、右一二号にいう対価を得て継続的に行う事業に該当するか否かにある。

そして、本件商品先物取引が右一二号にいう事業に該当するか否かは、結局、一般社会通念に照らして決定するほかないのであるが、これを決定するに際しては、営利性、有償性の有無、継続性、反覆性の有無、自己の危険と計算による企画遂行性の有無、当該取引に費した精神的、肉体的労力の程度、人的物的設備の有無、資金調達方法、その者の職業、経歴及び社会的地位、生活状況などの諸点が検討されるべきものと解するのが相当である。

そこで、右の諸点について考察を進める。

1  原告清康が代表取締役をしている三晃商会は、資本金・一二〇〇万円、年間売上高・約七億円、従業員数・約一四名の規模を有し、中央ゴム工業は、資本金・一六〇〇万円、年間売上高・約四億円、従業員数・約四四名の規模を有する会社であって、原告清康は、別表八「原告清康の昭和四七年から昭和五四年における収入金額の明細表」記載のとおり、右両社からの給与と三晃商会からの株式配当金を得ていること、原告清康が本件各係争年分における商品先物取引により取り扱った商品は小豆、大手亡、毛糸、ゴム、輸入大豆及びスフであり、原告清康が昭和四四年から昭和五二年中に行った商品先物取引の回数・売付数量・買付数量・差引損益は別表五記載のとおりであること、以上の各事実については当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第一号証の一、二、乙第一ないし第三号証、第四号証の一ないし八、第五、第六号証、第七、第八号証の各一ないし七、第九号証の一ないし三、第一〇号証の一ないし四、第一一ないし第一三号証、証人村橋実の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると次の各事実が認められる。

(一)  原告清康は、商品先物取引に関する職業に関与したことはなかったが、昭和三一年頃から商品先物取引に関心を抱き、同年五月頃に商品先物取引を行うようになったところ、当初利益を得たものの、結果的には同年一〇月頃までに最終的には約一〇〇万円余りの損失を受けたため、その頃商品先物取引を中止した。

その後、前記のとおり、昭和四四年から昭和四六年中に、訴外岡地や大同物産株式会社において商品先物取引を行ったが、その取引回数、数量等は小規模のものであった。

昭和四八年六月頃から、原告清康は、訴外丸村の訴外伊藤の勧誘により本件商品先物取引を始めるようになった。

同年一〇月頃原告清康は、岐阜県可児郡可児町に所有していた土地を買収され、その売却代金七〇六五万五七五〇円を得たため、これを商品先物取引に運用して利を図ることを考え、昭和四九年から右取引量を増大した。

(二)  原告清康は、概ね毎月曜日は中央ゴム工業で、その他の週日は三晃商会において、午前九時頃から夕方五時半頃まで勤務し、代表取締役としての職務に専念していた。

本件商品先物取引について、原告清康は、そのための人的、物的設備を有せず、原告清康自身が右勤務時間中に訴外丸村等に電話連絡するなどの方法によって右取引を行っていた。

(三)  原告清康は、訴外丸村、同岡地、同たかま等から届けられる業界紙等を読んだり、経済新聞を購読したり、ラジオの短波放送により商品市況を聴いたり、罫線グラフを作成したりなどしていたが、それ以上に商品先物取引相場の変動予測について自ら専門的な情報の収集や調査等をなしていなかった。そのため、商品先物取引に関する十分な知識を有せず、訴外伊藤の助言と指導により商品先物取引を行っていた。

(四)  本件商品先物取引のための資金は、原告清康の自己資金の範囲内に限られており、銀行借入等の積極的な資金調達はみられず(例えば原告清康は本件商品先物取引の資金として昭和四九年六月一二日に一五〇〇万円、同年八月一四日に一〇〇〇万円を大垣共立銀行菊井町支店から借入れているが、いずれも原告清康の前記土地売却代金等を定期預金としたものが担保に差し入れられ、右預金の満期日である昭和五一年一月四日に右預金をもって全額を返済されている。)、また通常の事業であれば当然生じると思料される必要経費は、右借入金の支払利息以外殆どなかった。

(五)  原告清康は、本件各係争年分における商品先物取引について、所得税法二二九条所定の所轄税務署長(被告小牧署長)に対する開業の届出はしていない。

右認定の趣旨に反する甲第一号証の一、二の各記載部分、証人村橋実の証言部分及び原告清康本人尋問の結果部分は、前掲各証拠に照らし、容易に措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

3  以上1.2の事実に基づいて考えるに、本件商品先物取引の回数、数量ならびに金額等によれば、営利性、有償性、反覆性、継続性は認められるけれども、原告清康は、三晃商会及び中央ゴム工業の代表取締役として、休日以外は終日、専らその職務に専念しており、生活の糧の殆どを右両社からの給与や三晃商会からの株式配当金から得ていること、原告清康は、右取引のための人的物的設備は有していなかったこと、原告清康は業者から送られてくる業界紙などを読んだりなどしていたが、さしたる専門的調査や情報の収集はしておらず、自らの責任で企画を樹立し、これを遂行したり、相当程度の精神的、肉体的労力を用いたものとは認められず、専ら訴外伊藤の提供する情報や助言等に基づいて投機的目的のために商品先物取引を行っていたものであること、原告清康が本件各係争年分の一年前以前に行った商品先物取引は小規模のものであったこと、原告清康は、青色申告決算書を被告小牧署長に提出しているが、右は本件商品先物取引による損失が著しく増加したことから、右損失を事業所得によるものとして申告することにより、所得税の負担を軽減すべくなしたものであると推認されることなどの諸点を総合して勘案すると、本件商品先物取引は社会通念上所得税法施行令六三条一二号にいう「事業」と認めるに足りないものというべきである。

三 以上のとおりであって、原告清康の本件各係争年分における商品先物取引により生じた損失は事業所得の計算上生じたものとは認められず、雑所得の計算上生じたものと認めるべきであって、所得税法六九条一項の規定により他の所得と損益通算することはできないから、これを前提としてなされた原告らに対する被告らの本件各更正処分はいずれも適法というべきである。

第三結論

よって、本件更正処分の取消しを求める原告らの請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本武 裁判官 澤田経夫 裁判官 加登屋健治)

別表一

課税処分表(長谷川清康 昭和五〇年分)

<省略>

(注)1 「更正及び賦課決定」欄及び「再更正及び変更決定」欄は、所得税法九七条適用後の金額である。

2 「更正及び賦課決定」欄及び「再更正及び変更決定」欄の雑所得金額は、△一四一二万一三二三円(原処分額)であるが、損益通算の対象とならないので「〇」と表示した。

別表二

課税処分表(長谷川清康 昭和五一年分)

<省略>

(注)1 「更正及び賦課決定」欄及び「再更正及び変更決定」欄は、所得税法九七条適用後の金額である。

2 「更正及び賦課決定」欄及び「再更正及び変更決定」欄の雑所得金額は、△四〇〇四万五八〇〇円(原処分額)であるが、損益通算の対象とならないので「〇」と表示した。

別表三

課税処分表(長谷川清康 昭和五二年分)

<省略>

(注)1 「更正及び賦課決定」欄及び「再更正及び変更決定」欄は、所得税法九七条適用後の金額である。

2 「更正及び賦課決定」欄及び「再更正」欄の雑所得金額は、△一九六九万八八〇〇円(原処分額)であるが、損益通算の対象とならないので「〇」と表示した。

別表四

課税処分表(長谷川弥希子 昭和五〇年分)

<省略>

(注) 「更正及び賦課決定」欄及び「再更正及び変更決定」欄は所得税法九七条適用後の金額である。

別表五

課税処分表(長谷川弥希子 昭和五一年分)

<省略>

(注) 「更正及び賦課決定」欄及び「再更正及び変更決定」欄は所得税法九七条適用後の金額である。

別表六

課税処分表(長谷川弥希子)(昭和五二年分)

<省略>

(注) 「更正及び賦課決定」欄は所得税法九七条適用後の金額である。

別表七

商品先物取引による所得金額の内訳

<省略>

別表八

原告清康の昭和四七年から昭和五四年における収入金額の明細表

<省略>

(注) 右は、原告清康の確定申告額である。

別表九

(原告清康が行った昭和四四年から昭和五二年までの商品先物取引数量及び差引損益表)

<省略>

(注)1 回数は、訴外丸村が数える方法で同じ日の同じ場の同じ節(立合の時間帯)、に約定されたものを会社別に一回として計算した。

2 差引損益とは売買差金から支払委託手数料を差引した金額である。

別表十

資産合算所得のあん分税額計算表

<省略>

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