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名古屋地方裁判所 昭和56年(ワ)1818号 判決 1982年9月24日

原告

山口貫一

ほか五名

被告

かみの運輸株式会社

ほか一名

主文

一  被告両名は、各自、原告山口貫一に対し金八六万八九五〇円、その余の原告らに対し各金二四万三七九〇円及びこれらに対する昭和五六年三月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その一を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは、各自、原告山口貫一に対し金三〇〇万円、原告下村正行、同山口敏彦、同鈴置美恵子、同服部志づ子及び同山口厳に対し各九〇万円、並びにこれらに対する昭和五六年三月四日以降支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五六年三月三日午前九時四〇分頃

(二) 場所 大阪市共和町久分五丁目五二番地先

(三) 加害車両 名古屋一一き一七六〇号

(四) 右運転者 被告倉田誠

(五) 被害者 訴外亡山口はな子(以下亡はな子ということがある。大正四年六月一六日生、当時六五歳)

(六) 事故状況 被告倉田運転の加害車両が後退した際、右山口はな子に衝突させて轢いたもの

2  帰責事由

(一) 被告かみの運輸株式会社は、加害車両の保有者であり、自賠法三条により賠償責任がある。

(二) 被告倉田は、加害者両を後退させるにつき、全く後方を確認しないまま後退させ、本件事故を発生させたもので、民法七〇九条により賠償責任がある。

3  亡はな子の被害状況

亡はな子は本件事故により、昭和五六年三月三日午後一二時五分死亡した。

4  損害

(亡はな子の損害)

(一) 逸失利益 六八六万七〇九円

亡はな子は農業に従事していたが、その収入を明確にすることができないので、便宜、昭和五五年賃金センサス第一巻第一表企業規模計女子労働者学歴計六五歳にて年収を算出すると、次に記載の通りとなる。

120,000円×12か月+295,500円=1,735,500(円)

そうして、就労可能年数を平均余命一七・七四年の二分の一(八年、新ホフマン係数六・五八八六)として、その逸失利益を算出すると、次の計算により頭書の金額となる。

1,735,500円×6.5886×(1-0.4)=6,860,709(円)

(二) 慰藉料 三五〇万円

右合計 一〇三六万七〇九円

(原告山口貫一(以下原告貫一という)の損害)

(一) 葬儀費 五〇万円

(二) 慰藉料 二五〇万円

(三) 弁護士費用 五〇万円

右合計 三五〇万円

(その余の原告らの損害)

慰藉料 各一〇〇万円

5  相続

原告貫一は亡はな子の夫、その余の原告らは亡はな子の子であつて、亡はな子の損害賠償請求権を、原告貫一は二分の一(五一八万三五四円)、その余の原告らは各一〇分の一(各一〇三万六〇七〇円)宛相続した(そのため、原告らの損害賠償請求権の額は、原告貫一が八六八万三五四円、その余の原告らが各二〇三万六〇七〇円となる。)。

6  損益相殺

原告らは、被告ら及び自賠責保険から、合計一一三四万九二二〇円を受領したので、右金員の二分の一を原告貫一に、一〇分の一をその余の原告らに各充当すると、残額は次のとおりとなる。

原告貫一 三〇〇万五七四四円

その余の原告ら 各九〇万一一四八円

7  結語

よつて、前項記載の金員の内、原告貫一は三〇〇万円、その余の原告らは各九〇万円、及びこれらに対する事故の翌日である昭和五六年三月四日以降完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1はすべて認める。ただし、本件事故直前の加害車両後退時には、後退灯は点灯し、かつ後部警音器が鳴つていた。

2  同2のうち、被告かみの運輸株式会社が加害車両の保有者であつたことは認め、同倉田が後退時全く後方を確認しなかつたとの点は否認する。同倉田は、バツクミラー等を見ながら加害車両を後退させたのであるが、いわゆる死角の範囲内にいた被害者の姿を認め得なかつたのである。

3  同3は認める。

4  同4について

(一) 亡はな子の損害につき、逸失利益に関する部分のうち、同女が農業に従事していたことは認め(そして、同女の属する世帯は専業農家)、同利益の算定基礎として賃金センサスを用いることおよび生活費として四割控除することについてはいずれも争い(同女の実質収入を算定基礎とすべきであるし、生活費として五割控除すべきである。)、慰藉料に関する部分は二〇〇万円を認める。

(二) 原告らの損害のうち、葬儀費は三五万円を、また慰藉料については原告ら六名合計で五〇〇万円を夫々認める。弁護士費用は争う。

5  同5のうち、亡はな子と原告らの親族関係がその主張どおりであることは認め、相続分については不知、各自の相続した損害賠償債権額については争う。

6  同6のうち、原告ら主張の受領金額は認め、その充当関係については不知、損害相殺後の残額は争う。

三  被告らの主張

1  亡はな子の逸失利益について

原告らは、被害者の収入を明確にすることができないので、便宜賃金センサスを用いて年収を算出すると主張するが、到底首肯し得ない。

逸失利益の算定については現実収入を基礎とすべきである。被害者の現実収入の算定は不可能ではない。本件事故当時、被害者の家族は、その夫貫一(七〇歳)、その子敏彦(四五歳)、敏彦の妻とよ子(四〇歳)、敏彦の子美香(一四歳)、同篤(一三歳)、同千香(一〇歳)の七人家族で、露地野菜を主体として田畑一町五反を経営する専業農家である。しかして、本件事故年における右農業経営による年間純収益は、原告らにおいて容易に算定かつ立証できるはずである。そして、被害者の収入は、右収益に対する寄与割合に応じて算定するのが正当である。

なお、原告らは、被害者の家事労働を評価すれば、賃金センサス平均額を基礎として同女の逸失利益を算定することは不当でない旨主張するもののようである。しかし、同意できない。例えば、文字どおり一家の主婦が、家事育児の外に労働して現実収入を得ている場合などは、右家事労働に従事せざるを得ないのであるから、現実収入以外に家事労働分を評価し、平均賃金を用いて逸失利益を算定することには合理性がある。しかし、本件被害者の場合には、一家の主婦としては嫁のとよ子がおり、また孫は既に小学校の高学年以上であるから育児の仕事もないものと思われる。すなわち、被害者は、最早一家の中心的主婦ではなく、家事労働は殆んどしていなかつたものと認めるべきである。

仮に、被害者の逸失利益の基礎として賃金センサス平均額を採用するとしても、就労可能全期間にわたつて、満六五歳の金額を用いるのは不当である。夫々の年齢に応じた金額を用いるべきである。

なお、被害者の就労可能年数は満六七歳までとすべきである。

2  過失相殺

本件は、加害車両が後退するさい、その真後ろにいた被害者と接触したため、被害者が路上に転倒したことにより発生した事故である。

その責任は主として、バツクミラーのみに頼つて死角部分の安全確認を怠つたまま後退させた運転者にあることは認めざるを得ないが、被害者も、大型トラツクが低速で僅か一・五メートル後退したさいに接触されるような近い距離で、しかも後部の陰となる位置にいたことは不注意であつたといわざるを得ない。また、加害車は後退時に、後退灯を点じかつバツクブザーを鳴らしていたのであるから、被害者が機敏に行動していれば、接触を避け得たはずである。よつて、これらを過失相殺事由として、少くとも一割以上の過失相殺をなすべきである。

四  原告らの主張(亡はな子の過失の有無について)

1  本件事故の発生状況は次のとおりである。

(一) 被告倉田は亡はな子を本件事故発生地点北方約一四六メートルの地点で追い越しており、かつ、右追い越しを十分承知しているため、当然のことながら亡はな子の自転車が加害車両を追尾する形で進行して来ることを承知していた。

(二) 被告倉田は、加害車両の運転席に坐つていては、荷台により同車の真後ろに対する視界が全くきかないことを十分承知していた。

(三) それにもかかわらず、かつ、助手席に人を同乗させていたにもかかわらず、全く加害車両の後方を注視することなく同車を後退させ、しかも、訴外小島に「人をひいたぞ」と注意されるまで自転車との衝突に気付かない程漫然と後退を続けさせたものであり、これはまさに、目的地への地図を忘れ、道を間違え、目的地へ行くことのみに気を奪われ、加害車両後方に対する注意を全くしていなかつた運転態度を物語るものである。

2  ところで、加害車両にはバツクブザーが取り付けられ、本件事故当時正常に吹鳴していたと思料されるので、亡はな子に事故回避の可能性があつたか否かにつき考慮すると、被告倉田がバツクギヤーを入れてから事故が発生するまでの所要時間はわずかに約六・〇八秒に過ぎず(内訳、バツクギヤー挿入から発進までが約五秒、発進から衝突までが約一・〇八秒)、しかも大型トラツクが目の前に迫つてくるのであり、当時六五歳の亡はな子に、右のような短時間のうちに、機敏に大型トラツクを回避しろと要求するのはきわめて酷であり、右に述べた状況から判断し、亡はな子に過失は認められないものと思料される。

なお、自転車は加害車両の後部ほぼ中央部分で衝突しており、従つて、亡はな子は本件道路の南行車線の左側を通らず、そのほぼ中央を進行していたのではないか、従つて、その点に過失があるのではないかとの疑問が生じるが、亡はな子は本件事故直前まで道路左側を進行していたものであつて、加害車両が進路前方をふさぐ形で停車してしまつたため、やむなくその右側を進行しようとして南行車線のほぼ中央辺に来たさい衝突されたと考えるのが合理的であり、そうだとすれば亡はな子には過失と認められるような事実は全くなかつたものと思料される。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  山口はな子(被害者)の被害状況

請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

三  帰責事由

1  被告かみの運輸株式会社

同被告が本件加害車両の保有者であつたことは当事者間に争いがないので、同被告は、自賠法三条により、右はな子の死亡による損害を賠償すべき責任がある。

2  被告倉田誠

(一)  事故発生の状況

いずれも成立に争いのない甲第二、第四号証、乙第一、第二、第四号証を併せると、次の事実を認めることができる。

被告倉田は事故当時加害車両(車長一一・九メートルの大型貨物自動車)を運転して、県道名古屋東浦線を南進し、事故現場の約一五〇メートル余り手前で道路左側端を自転車に乗つて同方向に進行中の亡はな子を追い越し、本件事故現場付近に一時停止した。右県道は、車道部分の幅が二・八メートルの片側一車線のアスフアルト舗装の道路で、南へ三パーセントの上り勾配となつていたところ、被告倉田は加害車両を道路左側に寄せて停止させたため、道路左側端は歩行者が横にならなければ通れず、自転車は通行できない状況となつた。他方、本件車両は車幅が二・五メートルあつたので、右のように道路左に寄つて停止させても、なお、その進行車線をほぼ完全に塞ぐ格好となつていた。停止後、同被告は、道順について助手席の助手と相談したりして、約一分後、自車後方の横道まで後退しようと助手に降車させて安全確認させるなどの措置をとらないまま、左右のサイドミラーで後方を確認し、ギアをバツクに入れ、運転席の窓から顔を出して後方を見ながら時速約五キロメートルで後退を開始した。ところで、本件車両は、運転席と荷台の間にしきりがあつて、運転席からは後部を見通すことができず、後方の安全確認は、左右のサイドミラーか、運転席の窓から顔を出して後方を見る方法によるほかなかつた。しかし、いずれにしても、車体の外縁から内側に荷台のため見ることができず、車の真後ろはかなり大きくいわゆる死角になつていた。

被告倉田が後退を始めたさい、たまたま亡はな子は車両後方の死角内に至つており、同被告は同女を全く発見できないまま、本車両を後退させ、約一・五メートル後退したところで、荷台後部の中央付近(地上高〇・九メートル)を同女運転の自転車の左ブレーキレバーに衝突させて、同女をその場に転倒させた上、同女を左後輪で轢過しかかつた。その時、同被告は、道路脇で事故を目撃した人から大声で事故を知らされ、びつくりして直ちに車を停止させた。

(二)  被告倉田の責任

以上の事実によると、同被告は、加害車両を後退させるについて、後方の安全確認が不十分であつたと認められ、同被告は、民法七〇九条により、亡はな子の死亡による損害を賠償する責任があるというべきである。

四  過失相殺の当否

前記乙第一、第四号証によると、加害車両は、後退時、バツクランプを点じ、バツクブザーを鳴らしていたことが認められ、前認定のとおり、加害車が衝突するまでに後退した距離は約一・五メートルであつたことからすれば、過失相殺を一応は問題とし得る。

しかし、右三の2の(一)の事実を前提とすると、亡はな子は、道路左側端を進行して来たが、加害車両の左側を通行できないため、その右側から対向車線に出て進行しようとして、左側車線の中央付近に至つたところを、加害車両に衝突されたものと推認するのが相当であるところ、前認定の事故発生の状況(三の2の(一))に加え、亡はな子の六五歳という年齢や、被告倉田としては亡はな子の追尾を当然予見し得べき状況であつて、同人の過失は重いというべきことをも考慮すると、前段に掲記した事情をもつて過失相殺するのは相当ではない。

五  損害関係

1  亡はな子の逸失利益 三七八万七一二一円

成立に争いのない甲第七号証、乙第三号証によれば、亡はな子は大正四年六月一六日生まれであること、事故当時夫(七一歳)や息子(四五歳)夫婦と共同して露地野菜を主体として農業を営んでいたこと、家族は、右三名に息子夫婦の子供三人(一四歳、一三歳、一〇歳)を加えた七人家族であつたことが認められる。これらの事実によれば、賃金センサスの平均収入額を基礎として同女の逸失利益を算定しても不当ということはない。そこで、昭和五五年度賃金センサス第一巻第一表企業規模計産業計女子労働者学歴計六五歳以上の平均賃金額を基に、亡はな子の残存就労可能年数は五年とし、生活費控除を五割として、ホフマン方式により逸失利益の現価を算定するのが相当である。

算式

1,735,500×(1-0.5)×4.3643=3,787,121

2  相続

原告貫一が亡はな子の夫であり、その余の原告らが亡はな子の子であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告らはいずれも亡はな子の相続人であり、同原告ら以外には亡はな子の相続人はいないことが認められるから、右原告らはそれぞれ法定相続分に応じ、右1の損害賠償債権を、原告貫一は二分の一、その余の原告らは各一〇分の一ずつ相続により取得したものというべきである。

3  葬儀費 五〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告らにおいて亡はな子の葬儀を執り行い、原告貫一が葬儀費を負担したものと認められる。右費用としては、同原告が請求している五〇万円をもつて相当と認める。

4  慰藉料 原告ら合計 九〇〇万円

既述の事情を考慮すると、原告らの被つた精神的苦痛を慰藉するために相当な額は、次のとおりと認める。

原告貫一 四〇〇万円

その余の原告ら 各一〇〇万円

5  損害の填補

原告らが被告ら及び自賠責保険から合計一一三四万九二二〇円を受領したことは当事者間に争いがなく、原告貫一が右金員の二分の一を、その余の原告らが右金員の各一〇分の一をそれぞれ本件損害賠償債権の内払として充当したことは右原告らの自認するところであるから、右原告らのいまだ填補されていない損害は、次のとおりとなる。

原告貫一 七一万八九五〇円

その余の原告ら 二四万三七九〇円

6  弁護士費用 一五万円

弁論の全趣旨によれば、本訴訟の弁護士費用は原告らの間では原告貫一が負担するとされているものと認められるところ、本件訴訟の内容、経過、認容額等に鑑みると、一五万円が相当である。

従つて、原告貫一のいまだ填補されない損害は、八六万八九五〇円となる。

六  むすび

以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、原告貫一については八六万八九五〇円、その余の原告らについては各二四万三七九〇円と、これらに対する事故の翌日である昭和五六年三月四日以降支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩田好二)

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