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名古屋地方裁判所 昭和56年(ワ)3051号 判決 1983年9月30日

原告

宇佐美喬郎

ほか一名

被告

佐藤恭也

主文

1  被告は原告宇佐美に対し、金二二六万七五〇〇円及びこれに対する昭和五六年一〇月二七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告会社に対し、金一〇四〇万二九一五円及びこれに対する昭和五五年五月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告らのその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、原告宇佐美と被告との間で生じた分については、これを二分し、その一を各自の負担とし、原告会社と被告との間で生じた分については、全部被告の負担とする。

5  この判決は、原告らの勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実

一  当事者双方の申立

1  原告宇佐美

被告は原告宇佐美に対し、四七五万六七〇〇円及びこれに対する昭和五六年一〇月二七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告会社

被告は原告会社に対し、一〇九〇万二九一五円及びこれに対する昭和五五年五月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告ら

(一)  訴訟費用は被告の負担とする。

(二)  この判決は、仮に執行することができる。

4  被告

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

二  当事者双方の主張

1  請求の原因

(一)  本件事故の発生

原告宇佐美は、昭和五四年六月一八日午後六時四〇分ころ、自動車を運転し名古屋市東区長塀町一丁目一番地の路上で信号待ちのため停車していたところ、後方から進行して来た被告運転の自動車に追突され、頸椎部挫傷の傷害を受けた。

右事故は、被告の前方不注意の過失によつて生じたもので、被告は、民法七〇九条、自賠法三条により、原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

(二)  原告宇佐美の損害

原告宇佐美は、本件事故の当日から昭和五四年八月二五日まで入院し、以後、通院治療を継続しており、これによる損害は次のとおりである。

(1) 治療費 五八万三一〇〇円

その内訳は、別表Ⅰのとおり。

(2) 通院費 一〇三万九六〇〇円

その内訳は別表Ⅱのとおり。

(3) 入院諸雑費 二三万四〇〇〇円

(4) 慰藉料 二五〇万円

原告宇佐美は、入院中はもとより、退院後も、頭痛、手のしびれなどに悩まされ、高度な知能労働に対し筆舌に尽くしがたい苦痛を受けており、慰藉料としては五〇〇万円以上が必要であるが、本訴においては内金として二五〇万円を請求する。

(5) 弁護士費用 四〇万円

原告宇佐美は、本訴を原告訴訟代理人に委任し、その費用として四〇万円を支払うことを約した。

(三)  原告会社の損害

原告会社は、昭和五一年五月六日、原告宇佐美が代表取締役となつて設立した個人会社であつて、出版、翻訳その他紙製品の製造、加工、販売等及びコンベンシヨン・サーヴイスを業としているものである。その主な内容は、医学専門書の翻訳、出版、医学に関する国際及び国内会議の計画の立案、開催諸手続、運営の受託などである。したがつて、その業務執行には医学の専門知識、医学会における信用等の特別の識見が必要となるが、そのような能力をもつた者は原告宇佐美以外には存在せず、そのため、業務の中枢は原告宇佐美一人が行い、従業員四人を指揮して原告会社を経営しており、従業員は原告宇佐美の手足となつて業務にあたつているのが実情である。

右のように、原告宇佐美は、原告会社として不可欠の存在であつて、機関としての代替性がなく、いわゆる個人会社として両者は経済上の一体性があるから、被告は、原告宇佐美の就労不能に基因して原告会社に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(1) 逸失利益 九九〇万二九一五円

原告宇佐美が本件事故に遭遇した事業年度に計上することが見込まれていた一五〇万円の当期利益と原告宇佐美の就労不能によつて現実に生じた八四〇万二九一五円の損失との差額。

(2) 弁護士費用 一〇〇万円

原告会社は、本訴を原告訴訟代理人に委任し、その費用として一〇〇万円を支払うことを約した。

2  請求の原因に対する被告の答弁及び主張

(一)  請求原因(一)のうち本件事故の発生及び原告宇佐美の受傷の事実は認めるが、その余は否認する。同(二)のうち原告宇佐美の入通院の事実は認めるが、その余は争う。なお、原告宇佐美は昭和五五年四月には症状がほぼ固定していたものである。同(三)のうち原告会社の設立年月日及び代表取締役に関する事実は認めるが、その余は不知ないし争う。

(二)  仮に、原告会社と原告宇佐美とが経済的に一体のものとすれば、原告宇佐美と別個に原告会社の損害を観念することは背理であるばかりでなく、原告宇佐美の就労不能によつて原告会社に損害が生じたというためには、(1)原告会社の業務態様を売上等との関係において具体的に明らかにすること、(2)原告宇佐美の労務の態様を他の従業員の労務との関係を含めて明らかにすること、(3)原告宇佐美が労務に服することができなかつた期間、程度を明らかにすることが必要であり、原告会社主張のような会計年度の損益の対比のみで原告会社に生じた損害が明らかになるものではない。

3  証拠関係

記録中の証拠目録調書記載のとおり。

理由

一  本件事故の発生及び原告宇佐美の受傷の事実は、当事者間に争いがなく、原告宇佐美本人尋問の結果、証人佐藤貴美の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件事故は、被告の前方不注意の過失によつて生じたもので、被告には、民法七〇九条、自賠法三条に従い、原告らに生じた損害を賠償する義務のあることが認められる。

二  原告宇佐美の損害について

原告宇佐美が本件事故当日から昭和五四年八月二五日まで六八日間入院したことは、当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第一一号証、乙第一号証の一、二及び弁論の全趣旨によつて真正に成立したことが認められる甲第二三号証によれば、原告宇佐美は、昭和五四年八月二六日から昭和五五年四月一七日までの間に実日数九〇日通院治療したのち、医師の勧めでマツサージ治療に切り換えたが、右通院打切時の症状は、「悪天候時項部に疼痛あり、左上肢僅かにしびれ感あり、X線上著変なし、症状はほぼ固定していたと考えられる」というものであることが認められ、これに傷病名や右通院打切後にとくに医師の治療を受けたことを認めるべき証拠もないことなどを併せ考えると、原告宇佐美の症状は、その後のマツサージ治療の期間にかかわらず、遅くとも本件事故の発生から約二年半を経過した昭和五六年末(具体的には一二月三一日)には固定したものと認めるのが相当である。成立に争いがない甲第二四号証は、右認定を左右しない。

(1)  治療費 三四万九五〇〇円

原告宇佐美本人尋問の結果とこれによつて真正に成立したことが認められる甲第五ないし第七号証、第九、第一〇及び第一二号証によれば、原告宇佐美が症状固定時までに支出したマツサージ治療費は、次のとおりであることが認められる(書証の全くないもの及びマツサージ治療と関係のないものは除外した。)。

(イ)  堀田整体光線療院 六万円

(ロ)  OTスポーツマツサージ研究所 二〇万四〇〇〇円

(ハ)  石川橋接骨院完誠堂 八万五五〇〇円

(2)  通院交通費 二〇万円

原告宇佐美本人尋問の結果によると、別表Ⅱの請求額はすべてタクシーの利用を前提にしたものであることがうかがわれるが、長谷川外科病院への通院の初期のころは別にして、マツサージ治療のための往復のすべてにタクシーの必要があつたとは直ちには考えがたいうえ、右本人尋問の結果によれば、タクシーのほかに原告会社の自動車を利用した場合もあつたことが認められ、何よりも、実際にタクシー代を支払つたことを示す領収証等が全くないことを総合するときは、本件事故と相当因果関係のある通院交通費は、合計二〇万円を越えるものではないと認めるのが相当である。

(3)  入院諸雑費 六万八〇〇〇円

原告宇佐美の入院期間が六八日であることは、前述のとおりであるから、入院諸雑費は一日につき一〇〇〇円として合計六万八〇〇〇円とするのが相当である。

(4)  傷害慰謝料 一五〇万円

原告宇佐美の傷害の部位、程度、入通院の期間その他諸般の事情を総合すると、傷害慰藉料は一五〇万円をもつて相当と認める。

(5)  弁護士費用 一五万円

本件における事案の内容、難易の程度、認容額その他の事情に照らし、弁護士費用は一五万円をもつて相当と認める。

三  原告会社の損害

原告会社が昭和五一年五月六日原告宇佐美が代表取締役となつて設立された会社であることは、当事者間に争いがなく、原告宇佐美本人尋問の結果とこれによつて真正に成立したことが認められる甲第一三、第一四号証の各一、二、第一五、第一六号証、第一七号証の一、二、第一八号証の一ないし三、第一九、第二〇号証、第二一号証の一、二及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告会社は、出版、翻訳その他紙製品の製造、加工、販売及びコンベンシヨン・サーヴイスを主たる業としているもので、その具体的な内容は、医学専門書の翻訳、出版、医学に関する国際及び国内会議の計画の立案、開催手続、運営の受託などであること、これらの業務執行には医学に関する専門知識、医学会における信用等の特別の素養、能力を必要とするが、かかる素養、能力をもつた者は代表取締役たる原告宇佐美以外には存在しないこと、そのため、業務執行の中枢部分は原告宇佐美が一人でこれを切り回し、従業員四名は、原告宇佐美の指揮を受けその手足となつて業務にあたつているのが実情であること、が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、原告会社は、俗にいう個人会社であつて、その実権は代表取締役たる原告宇佐美に集中し、原告宇佐美には原告会社の機関としての代替性がなく、経済的には原告宇佐美と原告会社とは一体をなす関係にあることが認められるから、被告には原告宇佐美の受傷によつて原告会社に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(1)  逸失利益 九九〇万二九一五円

成立に争いがない甲第二七、第二八、第三〇号証の各一、弁論の全趣旨によつて真正に成立したことが認められる甲第二七、第二八、第三〇号証の各二、原告宇佐美本人尋問の結果とこれによつて真正に成立したことが認められる甲第一ないし第四号証の各一ないし三を総合すれば、原告会社は、設立時から昭和五二年四月三〇日までの第一期の事業年度においては、経営が軌道に乗つていなかつたこともあつて、一六五万一五九一円の欠損を生じたが、その後は順調に売上をのばし、昭和五二年五月一日から昭和五三年四月三〇日までの第二期の事業年度においては一二八万六〇〇九円、昭和五三年五月一日から昭和五四年四月三〇日までの第三期の事業年度においては一四一万五六〇四円の当期利益を計上したこと、ところが、代表取締役たる原告宇佐美が本件事故に遭遇した日の属する昭和五四年五月一日から昭和五五年四月三〇日までの第四期の事業年度においては、原告宇佐美が入通院のためほとんど業務執行にあたることができなくなつた結果、八四〇万二九一五円の損失を計上するに至つたこと、もつとも、昭和五五年五月一日から昭和五六年四月三〇日までの第五期の事業年度においては、原告宇佐美がマツサージ治療を受けながらも平常の業務執行に復帰したことにより、五六七万四五八五円の当時利益を計上したこと、が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実とくに原告会社の各事業年度における損益の推移に鑑みると、昭和五四年五月一日から昭和五五年四月三〇日までの第四期の事業年度においては、仮に原告宇佐美が本件事故に遭遇せずに従来どおりの業務執行に従事することができたものとすれば、少なくとも一五〇万円を下らない当期利益を計上することが可能であつたと推認するに難くはなく、したがつて、右金額と現実に生じた八四〇万二九一五円との差額すなわち九九〇万二九一五円は、本件事故によつて原告会社に生じた損害とみるのが相当である。

(2)  弁護士費用 五〇万円

本件における事案の内容、難易の程度、認容額その他の事情を総合し、弁護士費用は五〇万円をもつて相当と認める。

四  結論

以上のとおりであつて、本訴請求は、原告宇佐美については二二六万七五〇〇円、原告会社については一〇四〇万二九一五円の支払を求める程度では理由があるのでこれを認容すべきであるが、その余は理由がないので失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき、同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 太田豊)

別表Ⅰ

<省略>

別表Ⅱ

<省略>

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