名古屋地方裁判所 昭和56年(行ウ)37号 判決 1983年9月26日
原告
中川茂
右訴訟代理人
佐藤有文
深谷尚司
被告
愛知県警察本部長四方修
右訴訟代理人
佐治良三
外六名
主文
一 被告が原告に対し、昭和五六年七月二一日にした原告の運転免許の効力を同日から同年八月一九日まで三〇日間停止する旨の処分を取消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実《省略》
理由
一被告は、本案前の抗弁として、本件処分の効果は昭和五七年七月二一日の経過により消滅しており、かつ原告には本件処分の効果が消滅したのちになお本件処分の取消を求める法律上の利益は存しない旨主張するので、まずその点について判断する。
1 被告が原告に対し、昭和五六年七月二一日、原告の運転免許の効力を同日から同年八月一九日まで三〇日間停止する旨の処分(本件処分)をしたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、被告が原告に対し、昭和五六年七月二一日、原告が道交法一〇八条の二第一項二号に規定する講習を受講したことにより運転免許の効力停止期間を二九日間短縮し同日一日間とする旨の処分をしたことが認められる(右認定に反する証拠はない。)。
従つて、本件処分による原告の運転免許の効力停止は、右処分の日である昭和五六年七月二一日の経過をもつてその期間が満了したものであることは明らかである。そして、行政事件訴訟法九条は、処分の取消の訴は当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者(処分の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分の取消によつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り提起することができる旨定めているから、原告が本件処分の効果が消滅したのちになお本件処分の取消によつて回復すべき法律上の利益を有する者でなければ、本件処分の取消の訴を提起することができないことは、被告主張のとおりである。
2 そこで、原告が右法律上の利益を有するかについて検討する。
(一) 原告が、本件処分により運転免許の効力停止期間中である昭和五六年七月二一日にした自動車の運転について無免許運転を理由として点数加算され、被告から運転免許停止の点数に達したとの通知を受け、昭和五六年九月三〇日、聴聞会が開かれたことは当事者間に争いがない。
従つて、本件処分が取消されない限り、原告は違反行為に係る累積点数が道交法施行の別表第二第一欄の前歴のない者の少なくとも第五欄に該当することとなり(原告が、右「無免許運転」をした日から起算して過去三年内である昭和五六年六月三〇日に速度超過違反を行なつていることは当事者間に争いがなく、かつ、<証拠>によれば、原告が右「無免許運転」をした日から起算して過去三年内に道交法施行令別表第二備考一号、同法施行令三三条の二第二項二号による違反行為をしたことを理由とする処分を受けたことがないことを認めることができる。)、道交法一〇三条二項二号、同法施行令三八条一項二号に該当する結果となる。
(二) 被告は、原告が道交法一〇三条二項二号、同法施行令三八条一項二号により運転免許の効力停止の処分を受けるか否かは、将来の発生にかかり、かつ、本件処分により当然かつ直接的に招来されるものではない旨主張する。
なるほど、道交法一〇三条二項二号による運転免許の効力の停止処分は、公安委員会(愛知県においては、運転免許の効力停止に関する事務は道交法一一四条の二第一項、愛知県公安委員会規則第六号(愛知県道路交通法施行細則)一五条の二第二号によつて愛知県公安委員会から被告に委任されている。)に運転免許の効力を停止するか否かについて裁量権を認めているから、原告の違反行為に係る累積点数が前記のとおり道交法施行令の別表第二第一欄の前歴のない者の第五欄に該当するに至つたとしても、原告が右を理由として運転免許の効力停止処分を受けること(原告が、いまだ右を理由とする運転免許の効力停止処分を受けていないことは、弁論の全趣旨によりこれを認める。)は、本件処分および原告の前記「無免許運転」の事実により、法律上当然に招来されるものではない。
しかしながら、原告が、法律上当然に運転免許の効力停止処分を受けるものでないとしても、前記「無免許運転」の事実により道交法施行令別表第一の定める基礎点数を付せられること自体で原告に本件処分の取消により回復すべき法律上の利益があるというべきである。すなわち、運転免許の効力停止期間中における自動車の運転は、道交法施行令別表第一に掲げる基礎点数の付される違反行為であつて、道交法一〇三条二項二号、同法施行令三八条一項一号イ、同二項一号イは、一定期間内に付された違反行為に係る基礎点数を合計した点数(累積点数)の多少によりこれを道交法施行令別表第二の第二欄ないし第五欄の区分を基準として運転免許の取消あるいは効力停止の処分の理由とするものであり、かつ、違反行為について基礎点数を付するか否かについて、公安委員会(被告)に載量の余地はないと解される。
そうすると、本件処分を取消さない限り、前記「無免許運転」に係る基礎点数(一二点)が、右「無免許運転」をした日から三年を経過するまでは、原告の累積点数に右「無免許運転」による基礎点数が加算される状態が継続することとなるのであつて、右は原告に対する将来の処分の理由となり、かつ、道交法施行令別表第二の第二欄ないし第五欄のいずれの区分に該当するかについて法令上当然に影響を与えるのであるから、原告は、本件処分の取消を求めるについて法律上の利益を有するというべきである。
(三) なお、被告は、将来処分を受けたときに、当該処分の取消を求め、本件処分の違法を主張することができるから、本件処分の取消を求めることはできない旨主張するので付言するに、仮に将来処分を受けたときに、当該処分の取消を求める訴の理由として本件処分の違法を主張することができるとしても(本件処分と将来の処分とは一連の手続ということはできないから、将来の処分の効力を争う訴訟において本件処分の違法をその取消事由として主張することはできないと解する余地もある。)、将来、本件処分の違法を主張することができ、法律上の不利益を回復することができる可能性が残されていることの一事をもつて、現在既に提起されている本件訴について法律上の利益を否定すべき筋合のものではないから、被告の主張は失当である。
4 従つて、原告には本件処分の取消を求める法律上の利益があるので、以下、進んで本案について判断する。
二1 本件処分が、昭和五六年二月一二日、原告がその使用する従業員に対し積載量を超えて普通貨物自動車を運転するよう命じたこと(本件積載下命行為)をその理由として道交法一〇三条二項三号、同法施行令三八条一項二号二、昭和三五年愛知県公安委員会規定第七号(愛知県警察における運転免許の取扱い等に関する規程)、同年愛知県公安委員会規則六号(愛知県道路交通法施行細則)および同規則に基づき被告の定めた運転免許の効力の停止等の処分量定基準によりされたものであることは当事者間に争いがない。
そこで、本件積載下命行為を行なつたことから、原告が道交法一〇三条二項三号、同法施行令三八条一項二号二にいう「著しく道路における交通の危険性を生じさせるおそれがある」もの(危険性帯有)に該当するということができるか否かについて検討する(なお、被告は、被告の主張5(四)において本件積載下命行為以外にも原告を右危険性帯有と判断した理由が存する趣旨と解されないではない主張をし、証人深津弥もその旨供述しているが、本件全証拠によつても、本件処分当時、本件処分をするにあたつて、本件積載下命行為以外の事由を判断資料とした形跡は何らこれを窺うことはできない。)。
2 道交法一〇三条二項は、免許を受けた者が同項各号に定めた事由のうち、いずれかに該当することとなつたときは、政令で定める基準に従い、公安委員会は、その者の免許を取り消し、又は免許の効力を停止することができる旨定めているところ、同項各号の定めは
(一) 身体の障害で自動車等の運転に支障を及ぼすおそれのあるものが生じたとき(一号)
(二) 自動車等の運転に関し道交法もしくは道交法に基づく命令の規定又は道交法の規定に基づく処分に違反したとき(二号)
(三) 右一、二号のほか免許を受けた者が自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがあるとき(三号)
であり、右道交法一〇三条二項を承けた道交法施行令三八条一項二号は、免許の効力停止の基準として
(一) 違反行為に係る累積点数が道交法施行令別表第二の第一欄に掲げる区分に応じてそれぞれ同表の第五欄に掲げる点数に該当したとき(イ―いわゆる点数制度による免許の効力の停止)
(二) 運転免許の取消基準(道交法施行令三八条一項一号ロ)に至らない程度の身体障害で自動車等の運転に支障を及ぼすおそれのあるものが生じたとき(ロ)
(三) 自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがあると認められる病気にかかつたとき(ハ)
(四) 右イからハに掲げる場合のほか、その者が自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがあるとき(ニ)
を定める。
以上の連交法一〇三条二項および道交法施行令三八条一項二号の規定の各文言に照らすと、道交法一〇三条二項三号においては運転免許者自身には、身体障害や法令違反の事実はないが、その者が運転に関する心理的適性を欠くために交通事故その他道路における交通の危険を生じさせるおそれが多分にある場合を含めて免許の取消もしくは効力停止処分の対象としているものと解するのが相当であり、しかも右処分をするについては運転免許者の右心理的適性の欠除を示す外形的事由と運転免許者自身の運転の危険性との間には一般的に高度の蓋然性が存在することが必要だと解するのが相当である。
かかる前提に立つて本件を見るに、被告が本件処分をなしたのは、原告が本件積載下命行為をしたためであることは前記のとおりであり、原告のなした右積載下命行脱が原告の運転免許者としての心理的適性の欠除を示す外形的事由であることも多言を要しないところであるから、結局被告のなした本件処分が正当であるためには、右外形的事由のほか原告が運転免許者として自ら自動車等を運転する場合に交通事故または道路における交通の危険性を生じさせるおそれが多分にあることが証明されることが必要なところ、右外形的事由が存在することが、直ちに右下命者自身の運転の危険性帯有に結びつくとする経験則は一般に存在するとまではいいがたいうえ、本件全証拠を検討するもこれを認めるに足りる証拠は存しない。
けだし、使用者の積載下命行為は、使用者の法秩序無視の心理的傾向を示すものであるから、積載下命行為を命じた使用者が積載下命行為を命じたことのない使用者に比して、法秩序無視の心理的傾向が強いことは否定すべくもないが、積載下命行為における反規範性と使用者が自ら自動車を運転する場合の運転の具体的危険性とは同一次元において比較考慮することのできないものであることに照らすと、使用者が被用者に積載下命行為をなしたからといつて、その一事によつてその使用者自ら自動車を運転する場合に交通の危険を発生させるおそれが多分にあるものとは推認できないからである。
そして、このことは、原告本人の事情を考慮しても窺われるところである。すなわち、<証拠>を総合すれば、原告は、昭和四六年ごろから、青果業と包装資材の販売を目的とする中川商店の経営を個人で始め、本件処分時七台の自動車を使用していたこと、右営業開始後本件処分時までに原告の従業員が何回積載違反をなしたかを認めうる資料は本件には存しないが、少なくとも本件積載違反以外に昭和五五年四月二二日と同年七月一五日の二回にわたつて、その従業員である河合正信が積載違反をなしたこと、右積載違反のうち、原告が下命したのは証拠上は本件だけであること、原告は、昭和三九年ころ自動車の運転免許を取得し、以降毎日のごとく自動車の運転に従事してきたものの、交通法規に違反したのは、昭和五六年六月三〇日の速度違反(五キロ以上二〇キロ未満)一回だけであることが認められ、これに反する証拠はない。従つて、以上の事実によると、原告は本件積載下命行為をしたものの、その自動車の運転態度は普通もしくは良好なものといつてよい。してみると、少なくとも原告に関する限り、積載下命行為と自らの自動車の運転の危険性との間には高度の蓋然性が存在するものとはいえない。
以上によれば、本記積載下命行為をもつて原告の運転の危険性を推認することができることを前提とする被告の主張は、失当であり、これにそう<証拠>も採用し難い。
三次に、本件処分の適法性を判断するに当つて本件処分の理由となつた事由のほか、本件処分時に存在した事由をも判断資料とすることができるか否かについて検討するに、道交法一〇四条一項には「公安委員会は、一〇三条一項または二項の規定により免許を取り消し、または免許の効力を九〇日以上停止しようとするときは、公開による聴聞を行なわなければならない。この場合において、公安委員会は、当該処分に係る者に対し、処分をしようとする理由ならびに聴聞の期日および場所を期日の一週間前までに通知し、かつ聴聞の期日および場所を公示しなければならない。」旨規定されているものの、九〇日に満たない期間免許の効力を停止しようとする場合の手続については何ら規定が存しないことに照らすと、道交法は、免許を取消もしくは免許の効力を九〇日以上停止する場合には、処分事由の制限をもうけているものの、九〇日に満たない免許の効力の停止の場合には、処分事由の制限を加えない趣旨ともとれなくはない。
そこで、かかる前提に立つて被告の主張を検討するに、被告は、原告の運転者としての心理的適性の欠除を示す外形的事由として、被告の主張5(四)の(1)〜(6)の事実を掲げるが、右事由中(1)の事実(すなわち原告が常習的に積載違反を下命してきたこと)を認めるに足りる証拠はなく、(2)の事実(すなわち道交法七四条の二第一項所定の安全運転管理者を選任せず、しかも使用車両について名義変更手続を怠つていたこと)は運転者の運転に関する心理的適性の欠除を示す外形的事実であるものの、そのことによつて直ちに原告が自動車を運転する場合に道路における交通の危険を発生させるおそれが多分にあると推認することはできず、さらに(3)の事実(すなわち、原告の従業員が交通法規によく違反すること)および(5)の事実(本件処分執行担当警察官に行政処分を免れる方法はないかと頻りに尋ねたこと)は原告の運転に関する心理的適性の欠除を窺わせるに足りる事実ではないことは明らかである。次に、(4)の事実(すなわち本件積載下命行為の態様が極めて悪質であること)が仮に被告主張のとおりであるとしても、それは積載下命行為自体が悪質なのであつて、その具体的な態様が特別に悪質なものとも思料されず、しかも(6)の事実(すなわち本件処分の執行当日自動車を運転しないように注意されたのに自動車を運転したこと)中、本件処分前に自動車を運転したことは運転者としての心理的適性を欠く事由とも解されなくはないものの、右事実をもつて直ちに原告が自ら自動車を運転した場合に交通事故その他道路における交通の危険を生じさせるおそれがあるとまで推認することができず、また(6)の事実中本件処分後に自動車を運転した事実は、本件処分後の事情であるから、本件処分の正当性を判断する資料としえないものと解するのが相当である。
従つて、以上によれば、被告が原告の運転者としての心理的適性を欠除する事由として掲げる事実は、そもそもそれ自体認められないか、または交通事故その他道路における交通の危険を発生させるおそれが多分にあることを推認させるに足りる事実でないか、あるいは本件処分の正当性を判断する資料としえない事実に帰するから、被告の前記主張は理由がない。
他に本件においては原告について、本件処分当時、道交法一〇三条二項三号、同法施行令三八条一項二号を適用すべき事由を認めることはできない。
四以上の次第であるから、結局、被告の本件処分は理由なきに帰するから、その余の原告主張の違法事由を判断するまでもなく、被告の本件処分は違法であるから、これを取消すこととし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、行政事件訴訟法七条を適用して主文のとおり判断する。
(加藤義則 澤田経夫 綿引穣)