名古屋地方裁判所 昭和57年(モ)190号 判決 1984年2月20日
申請人 全日本商業労働組合愛知県支部
右代表者執行委員長 藤沢和興
右代理人弁護士 花田啓一
同 加藤高規
同 富田武生
被申請人 有限会社尚久
右代表者代表取締役 津田雄二
右代理人弁護士 塚平信彦
主文
当裁判所が、当庁昭和五六年(ヨ)第一七三二号建物出入口通行妨害禁止等仮処分申請事件につき、昭和五七年二月三日にした仮処分決定は、金三〇万円の保証を立てることを命じた部分を除き次のとおり変更する。
「1 被申請人は、平日は午前九時以降午後六時まで及び土曜日は午前九時以降午前一二時までの間において、右仮処分決定添付物件目録(二)記載の建物の公道と接する本判決添付図面(一)表示の緑色部分の出入口を閉鎖し又は同図面(一)、(五)及び右仮処分決定添付図面(二)ないし(四)表示の赤色部分の通路を遮断するなどして、申請人の山下分会の組合員が右建物の五階にある本判決添付図面(五)表示の斜線部分の組合事務所に立ち入ることを妨害してはならない。
2 申請人のその申請を却下する。
3 申請費用は、被申請人の負担とする。」
事実
第一当事者双方の申立
一 申請人
1 主文記載の仮処分決定(以下「原決定」という。)を認可する。
2 ただし、仮処分申請書記載の申請の趣旨第二項を取り下げ、同第一項を次のとおり変更する(なお、別紙図面の(一)(五)は本判決添付のものを指し、その余は原決定添付のものを指す。)。
「被申請人は、公道と接する別紙図面(一)表示の緑色部分の出入口を閉鎖し又は同図面(一)ないし(五)表示の赤色部分の通路を遮断し若しくは同図面(五)表示の黄色部分の便所を閉鎖するなどして、申請人の組合員及び申請人が必要と認めた支援団体の構成員が出入口及び通路を通行して組合事務所及び便所に立ち入ることを妨害してはならない。」
二 被申請人
1 原決定を取り消す。
2 申請人の仮処分申請を却下する。
3 申請費用は申請人の負担とする。
4 第一項につき仮執行宣言。
第二当事者双方の主張
《以下事実省略》
理由
一 申請の理由1のうち、被申請人に関する部分は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、同1のうち、申請人及びその下部組織である山下分会に関する部分が疎明される。
二 《証拠省略》によれば、申請人は、昭和四九年六月一一日、申請外会社との間で、申請外会社が山下分会のために組合事務所を無償提供することなどを内容とする労働協約を締結し、これに基づき山下分会が申請外会社からその所有にかかる本件建物の五階にある原決定添付図面(五)表示の斜線部分(本判決添付図面(五)表示の斜線部分と同じ)の組合事務所の提供を受け、これを組合活動のために利用するようになったことが疎明され(る。)《証拠判断省略》
そして、前述したところによれば、山下分会は申請人の下部組織であってその構成分子にすぎないことが明らかであるから、申請人は、山下分会による事実上の支配を媒介として組合事務所に対する占有を取得したものということができる。
この点につき、被申請人は、組合事務所は山下分会が申請外会社の占有補助者として占拠していたにとどまり、申請人がその占有を取得したことはないと主張する。しかし、山下分会による組合事務所の利用が申請人と申請外会社との間で締結された労働協約を前提にしたものであること及び山下分会が申請人の下部組織であってその構成分子にすぎないことと相容れないものであり、採用することができない。
なお、申請人は、本件建物のうち原決定添付図面(五)表示の便所並びに同図面(一)ないし(五)表示の赤色及び青色部分の通路についてもこれを占有使用する権利を取得したと主張するが、右事実を疎明するに足りる資料はない。もっとも、《証拠省略》によれば、山下分会が組合事務所を利用するには右便所及び通路の使用が不可欠であり、かつ、現にこれを使用してきたことが疎明されるが、これは、山下分会が申請外会社の従業員によって組織されていることから、申請外会社によって事実上使用を黙認されていたにすぎないとみるのが相当であって、山下分会ないし申請人が便所及び通路について独自の占有を開始したものと解することはできない。
三 《証拠省略》によれば、申請外会社は、昭和四九年一一月、事実上倒産し、会社更生法の適用申請が棄却されたことから、自主的な整理及び再建の努力が続けられ、これに対しては山下分会も積極的に協力をしたが、社長による金銭の着服やその行方不明の事態が生じ、ついに本件建物及びその敷地に対する任意競売手続が開始されるに至り、昭和五六年三月二六日、被申請人がこれを競落してその所有権を取得したことが疎明される(本件建物及びその敷地に対する任意競売手続の開始と被申請人の競落の事実は、当事者間に争いがない。)。
四 《証拠省略》によれば、本件建物及びその敷地を競落した被申請人は、申請外会社及び山下分会を相手取って本件建物の引渡命令を申し立て、右のうち山下分会に対する申立ては取り下げられたが、申請外会社に対する引渡命令は申立てどおり執行され、本件建物の占有は、昭和五六年九月五日、申請人が占有中の組合事務所を除いて、すべて被申請人に帰したことが疎明される。
そして、被申請人が、その後、本件建物の公道と接する出入口の鍵を取り替え、同年九月一三日以降は午後八時から午前七時三〇分まで、同年九月一七日以降は午後六時三〇分から午前九時まで、同年九月二四日以降は午後五時から午前一〇時までと順次閉鎖の時間を延長し、同年一〇月一八日以降の土・日曜日及び祭日については、午前一〇時から午前一二時までの二時間しか出入口を開けないようになったこと、更に、同年九月一二日、組合事務所から原決定添付図面(五)表示の黄色部分の便所に至る通路を閉鎖したことは、いずれも当事者間に争いがなく、右事実と《証拠省略》を総合すれば、右の状態を放置した場合には、被申請人は、直接に組合事務所を封鎖するとか又はその中にある什器備品を搬出するなどの行動に出ることはないとしても、本件建物の警備上の必要やその全体の利用計画の実現を理由に、公道と接する出入口を閉鎖し又は内部の通路を遮断するなどして、山下分会の組合員が組合事務所に立ち入ることを事実上不可能にしてしまうおそれの少なくないことが疎明される。そして、組合事務所が本件建物の五階に位置していること及び前述した山下分会と申請人との関係からすれば、右のような事態が出現することは、とりもなおさず、組合事務所に対する申請人の占有そのものを妨害する結果となることはいうまでもないところである。
五 したがって、申請人は、組合事務所の占有権を根拠として、被申請人に対し、本件建物の出入口を閉鎖し又は内部の通路を遮断するなどして、少なくとも山下分会の組合員が組合事務所に立ち入ることを妨害してはならない旨を請求することができるものと解すべきである。
しかし、前述したところからすれば、組合事務所を専ら利用してきたのは山下分会の組合員であって、右組合員を除く申請人の組合員が実際にこれを利用してきたことを疎明するに足りる資料はないから、山下分会の組合員を除く申請人の組合員が組合事務所に立ち入ることに対する妨害の禁止を請求することは、その必要性がないといわざるをえないし、また、労使関係の存しない被申請人との関係が問題となっているにすぎない本件では、組合事務所の占有権を根拠としては、申請人以外の団体の構成員が山下分会の闘争を支援するために組合事務所に立ち入ることに対する妨害の禁止を請求することはできないものというべきである。
六 右のように、申請人は被申請人に対し、本件建物の出入口を閉鎖し又は内部の通路を遮断するなどして、山下分会の組合員が組合事務所に立ち入ることを妨害してはならない旨を請求することができるが、更に、本件建物自体は被申請人の占有に属していてその管理に服すべきものであることとの関連において、山下分会の組合員の立入りが右管理上の都合によって時間的に制約を受けたとしても、ある程度まではやむをえないところである。しかるときは、被申請人が夜間や休日に本件建物の出入口を閉鎖したために山下分会の組合員の立入りが不可能となったとしても、これによって組合事務所に対する申請人の占有が妨害されたとみるのは相当でなく、結局、申請人は被申請人に対し、通常の営業時間帯すなわち平日は午前九時以降午後六時まで、土曜日は午前九時以降午前一二時までの間に限って、山下分会の組合員が組合事務所に立ち入ることを妨害してはならない旨を請求しうるにすぎないものと解すべきである。
七 以上のとおりであって、申請人の本件仮処分申請は、右に説示した限度でのみ理由がありその余は失当であるから、山下分会の組合員以外の申請人の組合員、山下分会支援共闘会議等の構成員及び組合活動に必要不可欠な来訪者の立入りに対する妨害禁止をも命じた原決定は変更を免れえないところ、被申請人は、特別事情の存在を理由としてその取消を主張するので、この点について検討する。
《証拠省略》を総合すれば、被申請人は、本件建物とその敷地を四億三七五〇万円で競落したもので、昭和五八年二月、本件建物を総合レジャーセンターとして利用する予定のもとに、一階部分でパチンコ店の営業を開始したが、二階以上の部分についても早急に利用計画を樹立してこれを実施に移す必要に迫られていること、ところが、申請人の山下分会が五階にある組合事務所を利用しているため右計画の樹立に少なからぬ支障をきたしていることが疎明される。しかし、右の事情は、ひっきょう、本権に関する事柄であって、単に占有権に対する事実上の妨害の排除又はその予防を命じたにとどまる本件仮処分の存続を否定すべき理由とはならないから、被申請人の主張は、採用の限りでない。
八 よって、上述したところに従い原決定を変更することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 浅野達男 裁判官 太田豊 田島清茂)
<以下省略>