名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)1463号 判決 1987年3月02日
第一事件及び第二事件原告
大森秋子
同
中村多津栄
同
大森茂朝
右三名訴訟代理人弁護士
大竹正江
同
平田米男
同
加藤謙一
同訴訟復代理人弁護士
吉村公一
第一事件被告
井本慶一こと朴慶一
右訴訟代理人弁護士
冨島照男
同
安井信久
同
中山信義
右第一事件被告朴補助参加人
東京海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役
松多昭三
右訴訟代理人弁護士
田中登
第一事件被告
中村二三男
右訴訟代理人弁護士
稲垣清
第二事件被告
千代田火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
川村忠男
右訴訟代理人弁護士
稲垣清
主文
第一事件被告らは、連帯して同事件原告大森秋子に対し金五四五万三一六四円、同大森茂朝及び同中村多津栄に対しそれぞれ金一六二万六五八二円並びにこれらに対する昭和五四年一二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事件被告は、同原告大森秋子に対し、金一四四万九一〇〇円、同大森茂朝及び同中村多津栄に対しそれぞれ金八三万三三〇〇円並びにこれらに対する昭和五七年八月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第一事件原告らの同被告らに対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一事件被告ら及び第二事件被告について、各被告に生じた費用にそれぞれ第一事件及び第二事件原告らに生じた費用の各四分の一を加えたものを各被告の負担とし、その余の第一事件及び第二事件原告らに生じた費用を同原告らの負担とし、参加によつて生じた費用はこれを三分し、その二を参加人の負担、その余を同原告らの負担とする。
この判決は、第一項及び第二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(第一事件について)
一 請求の趣旨
1 被告井本慶一こと朴慶一(以下「被告朴」という。)及び被告中村二三男(以下「被告中村」という。)は連帯して、原告大森秋子(以下「原告秋子」という。)に対し、金六五三万三八〇〇円、同大森茂朝(以下「原告茂朝」という。)及び同中村多津栄(以下「原告多津栄」という。)に対し、それぞれ金四〇一万六九〇〇円並びにこれらに対する昭和五四年一二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(第二事件について)
一 請求の趣旨
1 被告千代田火災海上保険株式会社(以下「被告千代田火災」という。)は、原告秋子に対し金一四四万九一〇〇円、同茂朝及び同多津栄に対しそれぞれ金八三万三三〇〇円並びにこれらに対する昭和五七年八月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
(第一事件について)
一 請求原因
1 当事者
原告秋子は、訴外大森茂(以下「茂」という。)の配偶者であり、原告茂朝及び同多津栄は、いずれも原告秋子と茂の間の子である。
2 交通事故の発生
(一) 事故年月日 昭和五四年一二月一六日
(二) 事故現場 名古屋市東区板屋町三一番地交差点
(三) 加害者及び加害車両
(1) 被告朴 同被告運転の普通乗用自動車(名古屋五九ひ八八六二)(以下「被告朴車」という。)
(2) 被告中村 同被告運転の普通乗用自動車(名古屋五二ね五一四一)(以下「被告中村車」という。)
(四) 被害者 茂(被告中村車の後部左側座席の同乗者)
(五) 事故の態様 自動信号機により交通整理の行われている本件事故現場交差点において、青色信号に従い被告中村が減速しながら時速約一五キロメートルで東方から北方に右折進行中、被告朴が西方から東方へ向けて時速約六〇キロメートル(制限速度時速五〇キロメートル)で直進し、被告中村の運転にかかる車両の側面に衝突した。
3 責任原因(運行供用者責任及び共同不法行為責任)
被告朴及び同中村は、いずれも本件事故当時各被告車を自己のために運行の用に供していたものであり、また、共同不法行為者である。
4 茂の傷害及び死亡
(一) 茂は、本件事故により事故当日である昭和五四年一二月一六日から翌昭和五五年一月一三日まで、二九日間にわたり名古屋市東区豊前町二丁目八二所在の友田病院に入院して事故により被つた傷害の治療を受けていたが、昭和五五年一月一三日、同病院において死亡した。
(二) 茂の死亡は、本件事故により惹起されたものであり、両者の間には相当因果関係がある。すなわち、茂の本件事故による傷害については、入院した友田病院において左第一・第二肋骨骨折、顔面挫創、右橈骨骨折、胸部・左大腿部・右腰部・右肩挫傷と診断されたが、その他に脳挫傷、左大腿部・腰部の皮下組織における多量の遅発性の出血、肺挫傷等の可能性があり、受傷部位は広範囲にわたるものであつて、右受傷後の摂食状況も不良となり、その結果播種性血管内凝固症候群(DIC)とそれに伴う消化管出血を起こして死亡したものである。
5 損害
(茂関係)
(一) 入院中の損害
(1) 治療費(自己負担分) 金五万四三〇〇円(一〇〇円未満切捨て)
(2) 入院雑費 金二万〇三〇〇円 ただし、入院日数二九日間につき、一日金七〇〇円の割合によるもの。
(3) 文書科、付添婦寝具料等 金三万六一五〇円
(4) 入院慰謝料 金四〇万円
(二) 死亡による損害
過失利益 金五五九万〇九〇〇円
茂は死亡当時六五歳であり、本件事故により死亡しなかつたならば、昭和五四年度の賃金センサス平均給与額月額金一八万一五〇〇円の収入を、以後六年間得ることができたはずである。そこで生活費として年間所得の二分の一を控除し、ホフマン式計算法(係数五・一三四)により中間利息を控除して、茂の死亡時における逸失利息を求めると頭書金額となる(一〇〇円未満切捨て)。
181,500(円)×12×(1−0.5)×5.134=5,590,926(円)
(三) 原告らは、茂が被告朴及び同中村に対し取得した右各損害の賠償請求権合計金六一〇万一六五〇円を、別紙相続関係説明図のとおり、法定相続分に従い原告秋子が三分の一、原告茂朝、同多津栄が各六分の一の割合で相続した。
よつて、原告秋子が右相続により取得した損害賠償請求権額は金二〇三万三八〇〇円(一〇〇円未満切捨て)、原告茂朝、同多津栄の取得した損害賠償請求権額は各金一〇一万六九〇〇円(一〇〇円未満切捨て)となる。
(原告ら関係)
本件事故により原告らは左の損害を被つた。
(一) 慰謝料 各金三〇〇万円
原告秋子、同茂朝、同多津栄が茂の死亡により被つた精神的苦痛を慰謝するのには、各金三〇〇万円をもつて相当とすべきである。
(二) 葬儀代 金五〇万円(ただし、原告秋子について)
原告秋子は茂の葬儀費用として金五〇万円を下回らない支出をしている。
(三) 弁護士費用 金一〇〇万円(ただし、原告秋子について)
原告らは、原告代理人らに本訴提起を依頼し、原告秋子がその報酬として金一〇〇万円を支払う旨約した。
以上により原告らが取得した損害賠償請求権の額を算出すると、原告秋子は金六五三万三八〇〇円、原告茂朝及び同多津栄は各金四〇一万六九〇〇円となる。
よつて、原告らは、被告朴及び同中村に対し、自動車損害賠償保障法第三条、第四条、民法第七一九条第一項に基づき、連帯して原告秋子に対し金六五三万三八〇〇円、原告茂朝及び同多津栄に対し各金四〇一万六九〇〇円、並びにこれらに対する本件事故発生の日である昭和五四年一二月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否及び反論
(被告ら)
1 請求原因1ないし3(ただし、共同不法行為者との点を除く。)及び4(一)の事実は認める。
2(一) 同4(二)の事実は友田病院の診断に係る傷害の点は認めるがその余は否認する。
(二)(1) 因果関係について
茂は本件事故により死亡したものではなく、従前罹患していた特発性パーキンソン氏病の進行及び右疾病の治療薬として使用していたLドーパ剤等の抗パーキンソン剤の副作用により死亡したものである。
すなわち、茂の本件事故による受傷は、左第一・第二肋骨骨折、顔面挫創、右橈骨骨折、胸部・左大腿部・右腰部・右肩挫傷といつたものであり、個々の傷害によつても、またすべてを総合しても、死亡の原因となるものではない。
また、茂の死亡に至る経過をみても、
①昭和五四年一二月一六日、入院(入院時意識は明確)、②同月二七日、でん部褥創処置の開始、③昭和五五年一月五日、鼻腔栄養開始、脈搏微弱、④同月八日、血圧(下)が不明、⑤同月一一日、酸素吸入開始、⑥同月一三日、死亡、という転帰をたどつているところ、茂は昭和四五年ころから特発性パーキンソン氏病に罹患しその治療を受けており、本件事故に至るまでその症状は完治することなく進行し続けていたものである。そしてこの治療の間、治療薬としてLドーパ剤を長期にわたり使用していたが、昭和五二年には突如としてLドーパ剤の薬効が消失するというオン・アンド・オフ現象が起き、また本件事故前には下痢や消化器症状など右薬剤による副作用が出現していた。
更に友田病院に入院した後の昭和五四年一二月一八日ころから、いずれもLドーパ剤の副作用として知られる不眠症状、あるいは大声を出したりどなり続けるなどの興奮・錯乱状態が表われ、また、入院当初から便通も極端に少なく、食欲不振の症状が見られるなど、Lドーパ剤の副作用が顕著に表われている。そして全身衰弱が激しくなり、昭和五四年一二月二七日には褥創が生じ、翌年一月五日には鼻腔栄養がなされ、同月一三日に死に至つたのである。
以上の病状変化の経緯からみれば、茂はパーキンソン氏病の進行及びその治療に伴う薬物の副作用による全身衰弱の結果徐々に死に至つたものであり、右の茂の死亡と本件事故との間には何らの因果関係も存在しないというべきである。
(2) 割合的認定による減額
仮に本件事故の茂の死亡との間に何らかの理由で因果関係が認められるとしても、右に述べたところからすれば、本件における茂の場合は、通常人であれば決して重篤な傷害に至らないような打撃が一種のひきがねとなつて、特異な身体的条件をたまたま持ち合わせている被害者であつたがゆえに、重大な結果が招来された場合にあたるものというべきであるから、右茂の賠償額の算定にあたつては、茂が事故前から有していたパーキンソン氏病及び高血圧症の病的素因を斟酌し、右賠償額を割合的に減額すべきである。なお、茂の死という結果に対する本件事故の寄与の割合は過大に評価されるべきではない。
3 同5については、茂の年令及び原告らの相続関係については認め、その余の損害についての主張はすべて争う。とりわけ逸失利益については、茂が昭和四五年ころから本件事故時までパーキンソン氏病に罹患していた事実からすれば、これを平均賃金を基礎として算定するのは相当ではない。
4 被告中村は、妻(すなわち、原告多津栄)の父である茂が茶の趣味を有し、同人が知人宅へ茶碗を受取りに行く用件のため同人から運転を依頼され、右依頼に基づき同人を車両後部座席に同乗させてその指示により車両を運転していて本件事故に至つたものであり、したがつて、茂は本件事故当時、被告中村車両について運行利益、運行支配を有しておりいわゆる運行供用者の立場にあつたものである。
三 抗弁
1 好意同乗(被告中村)
右二4の事情からすれば、茂は少なくとも好意同乗者であつたから、被告中村の責任は否定され、もしくは限定されるべきである。
2 過失相殺(被告朴)
仮に被告朴に何らかの賠償義務が存するとしても、以下の(一)ないし(三)の事情を考慮のうえ、茂が同乗していた中村車の運転手である被告中村の過失を被害者側の過失として斟酌し、原告らの賠償請求について大幅な過失相殺がなされるべきである。
(一) 茂は被告中村の義父にあたり、同一番地内に住み、親密な関係にあつたものであるところ、被告中村の本件における車両運行は、前記二4のとおりの経緯によるものであり、茂においても被告中村車両の運行供用者ないしこれに準ずべき者であつた。
(二) 茂は前述のとおりパーキンソン氏病に約一〇年来かかつており、昭和五四年には中等度の不安定歩行の症状を示しているなど、自己を支える能力を欠き外部からの衝撃に弱い状態にあつた。このような者を、振動することが多く事故の発生もありうる車両に同乗させて移動しようとして本件事故に至つた。
(三) 本件事故原因は、被告朴が本件事故現場において青色信号にしたがい交差点内に進入してきたのに対し、被告中村において、常に直進してくる車両があることを予想して対向車の動静を十分注視し、安全な速度と方法で進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、被告朴が中央分離帯寄りを進行してきたため右折するものと軽信して時速約一五キロメートルの速度で漫然と右折したという、被告中村の重大な過失に起因している。
3 信義則に基づく減額(被告朴)
仮に右2の主張が認められないとしても、右のごとく被告中村と茂が近住の親族関係にあり、茂が本件事故当時、事実上被告中村車両の運行上の利益・支配を有していたこと、更に本件事故の責任の過半は被告中村にあつたことからすれば、少なくとも、原告らの被告中村に対する損害賠償請求が好意同乗を理由に減額されるならば、信義則に基づき、被告朴に対しても同額の減額がされるべきである。
四 抗弁に対する認否
茂と被告中村の身分及び居住の関係並びに事故に関する事実関係は認めるが、その余は全部否認する。
五 被告らの因果関係論に対する原告らの反論
被告らは、茂が生前特発性パーキンソン氏病に罹患していたこと、あるいは本件事故前後を通じて長期にわたりLドーパ剤等のいわゆる抗パーキンソン剤を使用していたことから、茂は右パーキンソン氏病の進行ないし右薬剤の副作用により衰弱し死亡したものであり、同人の死と本件事故との間には因果関係は存在しない、あるいは仮に存在するとしても主たる原因は右疾病の進行ないし右薬剤の副作用によるものであり本件事故の寄与の割合は過大に評価されるべきではないと主張している。
しかしながら、茂は生前パーキンソン氏病に罹患していたものの、本件事故前の段階においては、その病状は医師の診察・指導による適切な薬剤の使用により管理され軽快した状態が続いており、増悪傾向は見られず、生命の危機を示す徴候は皆無であつたのであり、またLドーパ剤等の抗パーキンソン剤を使用していたことは被告ら主張のとおりであるが、本件事故前、茂の生命に危険を生じさせるような抗パーキンソン剤による副作用は出現しておらず、また、本件事故後の同人の食欲不振、便秘、不眠、興奮などの症状もいずれも右治療薬の副作用によるものではなく本件事故に基づく外傷によるショックなどに起因するものであり、以上のことからしても茂の死亡は前述のとおり本件事故による傷害に起因する播種性血管内凝固症候群によるものというほかはない。
(第二事件について)
一 請求原因
1 第一事件請求原因1、2、4(一)、(二)のとおり。
2 被告千代田火災は、自動車損害賠償責任保険等の事業を目的とする会社である。
3 被告中村は、被告千代田火災との間において、左記のとおり、自家用自動車保険普通保険約款による自動車損害賠償責任保険契約に付加して、搭乗者傷害危険担保特約を締結し(以下「本件保険契約」という。)、保険料を支払つた。
記
(一) 保険期間 昭和五四年一一月一七日ないし昭和五五年一一月一七日
(二) 保険金 金五〇〇万円
(三) 保険料 月額金四六七〇円
ただし、本件保険契約のほか、自動車損害賠償責任保険全部の保険料として
(四) 被保険者 被保険自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者
(五) 被保険自動車 被告中村車
(六) 支払 被保険者が被保険自動車の運行に起因する外来の事故により身体に傷害を被り、その被害の日から一八〇日以内に死亡したときは、保険金額の全額を被保険者の相続人に支払う。
4 茂の死亡により原告らは別紙相続関係説明図記載のとおり同人を相続し、原告秋子がその権利義務の三分の一を、原告茂朝、同多津栄がそれぞれその権利義務の六分の一を相続により取得した。
よつて、被告千代田火災に対し、本件保険契約による保険金請求権に基づき、原告秋子は右により取得した請求金額から既に支払を受けた金二一万七五〇〇円を控除した金一四四万九一〇〇円、原告茂朝及び同多津栄は各金八三万三三〇〇円(いずれも一〇〇円未満切捨て)並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年八月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1において援用された第一事件請求原因1、2及び4(一)の事実は認め、4(二)の事実は、友田病院の診断に係る傷害の点は認めるがその余は否認する。
2 請求原因2ないし4の各事実はいずれも認める。
三 被告千代田火災の主張及び抗弁
1 免責の主張
本件保険契約の内容たる搭乗者傷害条項第四条は、「当会社は、被保険者が第一条(当会社の支払責任)の傷害を被り、その直接の結果として、被害の日から一八〇日以内に死亡したときは、被保険者一名ごとの保険証券記載の保険金額(以下「保険金額」といいます。)の全額を死亡保険金として被保険者の相続人に支払います。」と定め、事故による傷害と死亡との間に相当因果関係の存することを死亡保険金発生の要件としているものであるところ、本件の場合、茂の傷害はそれ自体として「通常なら死亡しないような傷害」であり、茂の死亡と本件事故による傷害との間には右条項にいう直接性を欠くというべきである。
被告千代田火災は、因果関係に関する第一事件についての被告朴及び同中村の主張を援用する。
2 減額の抗弁
仮に何らかの形で事故と茂の死亡との間に因果関係が認められるとしても、前記条項第四条の「直接」の文言は、傷害と死亡との間の因果関係は厳格に理解されるべきことを意味しており、被保険者の死亡の要因の大部分が同人の既往症等の事故以外の要因の影響によると評価すべき事例においては、右影響による部分については因果関係の直接性を否定し、支払保険金の減額を認めるのが公平である。ちなみに、本件保険契約の一内容たる搭乗者傷害条項第八条第一項は、「被保険者が第一条(当会社の支払責任)の傷害を被つたときすでに存在していた身体障害もしくは疾病の影響により、または第一条の傷害を被つた後にその原因となつた事故と関係なく発生した傷害もしくは疾病の影響により第一条の傷害が重大となつたときは、当会社は、その影響がなかつた場合に相当する金額を決定してこれを支払います。」と定めており、保険金の支払が事故と因果関係の認められる範囲の傷害に限定される趣旨が明確にされているものであり、その理由は死亡保険金の場合も同様であると解すべきである。
そして本件において、茂の死亡に対し、仮に事故による傷害の影響が全く否定しえないとしても、死亡の要因の大部分はその既往症の影響によるものと評価すべきであるから、右部分に対応する支払保険金が減額されるべきであり、その割合は過少に評価されるべきではない。
ちなみに被告千代田火災は右搭乗者傷害条項第六条に基づき原告秋子に対し金二一万七五〇〇円を支払つている。
第三 証拠<省略>
理由
(第一事件について)
一請求原因1ないし3(ただし、共同不法行為者との点を除く。)4の(一)(当事者、本件事故の発生、責任原因、茂の受傷と死亡)の各事実及び四(二)の事実中、茂が友田病院の診断に係る傷害を負つたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二因果関係
1 そこで請求原因4(二)(本件事故と茂の死亡との因果関係)の事実につき判断するに、<証拠>並びに鑑定の結果によれば、以下の(一)ないし(五)の各事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
(一) 茂は本件事故時(すなわち昭和五四年一二月一六日)、年令六五歳であつたところ、本件事故後、直ちに名古屋市東区豊前町二―八二所在の友田病院(院長友田正勝医師)に入院し、同日午後九時一八分、茂の診断に当たつた医師友田正勝(以下「友田医師」という。)は、茂を診察した結果、左第一・第二肋骨骨折、顔面挫創、右橈骨骨折、胸部・左大腿部・右腰部・右肩挫傷の傷害と診断し(診察時点と担当医師以外の点は当事者間に争いがない。)、右傷害に対する創縫合、点滴、注射などの措置を講じた。
しかし、友田医師は、当初は茂がパーキンソン氏病であることを知らなかつたため、Lドーパ済、アーテン等の抗パーキンソン剤を投与しなかつたが、その後これを知つて同月一八日に投与を開始し、当日茂に対し、一日三回分服として、ドパストン(錠剤のLドーパ剤の商品名。散薬のものをドパールという。)六錠合計一五〇〇ミリグラム(一錠二五〇ミリグラム)、アーテン三錠の抗パーキンソン剤を投与し、その後のドパストンの投与については、昭和五四年一二月二〇日から同五五年一月四日まで各一日六錠ずつ、一五〇〇ミリグラムを、同月五日から一二日まで各一日三錠ずつ七五〇ミリグラムを投与した。
(二) 茂の入院後の病状は、精神的な面については、入院時の意識は清明で、瞳孔の対光反射も速く、精神状態の異常を窺わせるような徴候はなかつたが、右のLドーバ剤の投与が再開された(従前同人が同剤を服用していたことは後記(三)認定のとおりである。)昭和五四年一二月一八日ころから意識の異常が発生しはじめ、①同日・話続けて夜眠らない、②一二月二四日・しやべつてばかりで眠らない、③同月二七日・うなり続けて眠らない、④同月二八日・大声を出し安眠しないなどの状態が看護婦により確認され、看護記録に記載されるとともに、またそのころ友田医師が回診にあたり診察するに察しても、ぶつぶつと言つているだけで、どこが痛いといつたはつきりとした応答ができず、警察の取調べも受けることができない状態になつていた。
他方肉体面では、入院後昭和五四年一二月一七日午前三時二〇分ころから同六時にかけて強い腰部の痛みを訴え、また午前八時に一回嘔吐があつたほか、入院以降食欲は十分ではなく、右一七日には夕方に番茶を、翌一八日には朝に番茶を昼に五分がゆをとり、以来同様にかゆ食を与えられていたが右の精神状態の異常と共に全身衰弱が進行し、同月二七日にはでん部に褥創が生じ、更に昭和五五年一月五日にはかゆ食をとらなくなつたことから重湯による鼻腔栄養が開始され脈搏は微弱となり、同月一一日には酸素吸入をなすようになり、同月一三日、ついに死亡するに至つた。
なお、この間の茂の特徴的な症状として、右のほか入院以来昭和五四年一二月二八日に軟便があつたほか昭和五五年一月八日まで便通がなく、同日に至つて便通がみられたが同月一二日には大量のタール便(血便)があつた。また、血圧については昭和五四年一二月中には二〇四ないし一一八から一三八ないし五四の間を高下し、昭和五五年一月に入つてからはこれよりはやゝ低めに推移し死亡前日の一二日には一六○ないし一〇〇から一一八ないし七〇の間を高下していた。
そして以上の死に至るまでの間、茂は肉体的、精神的な回復状態を迎えることなく、入院以来その容態は徐々に悪化の一途をたどったまま本件事故以来二九日後に死亡した。
(三) 他方本件事故前、茂は持病として高血圧症と特発性パーキンソン氏病を有していた。その経過は、昭和四六年ころ、高血圧症と診断されたほか、昭和四九年二月に特発性パーキンソン氏病の無動症によるものと推察される寝たきりの状態が出現し、そのため一箇月程城北病院に入院し、脳動脈硬化症及びパーキンソン氏病と診断されたが、投薬により回復し、その後昭和五一年一〇月には東市民病院で診察を受け、同年一一月四日、パーキンソン氏病と診断され、同月二九日から翌五二年七月一一日の間入院し、以来本件事故に至るまで、茂は同病院において医師の指導の下にドパール(ないしドパストン)、アーテンなどの抗パーキンソン剤の服用による治療を受けていたが(なお、この間のLドーパ剤の投与量は一日当たり一五〇〇ないし一八〇〇ミリグラムであつた。)、右薬物治療は茂のパーキンソン氏病によく反応し、日常生活活動はほぼ正常に戻り、本件事故前においては独立して歩行することが可能であるなど持病のパーキンソン氏病はかなりコントロールされた状態で推移しており、長期にわたつたLドーパ剤の使用による目立つた副作用はなく(ただし、下痢という症状は時々みられたが、前記昭和五一年から同五二年にかけての東市民病院入院の際に、肝障害をきたしたことがあり、これが下痢を誘発した可能性があり、Lドーパ剤の副作用と断定できない。)、全身的衰弱も特に認められず、パーキンソン氏病の合併症としての感染症などその生命の危険を示すような徴候は皆無であり現に事故当日は仕事(茶道具等の鑑定)に関し知人方を訪れるため被告中村車に同乗したものであつた。なお、右の昭和四九年にパーキンソン氏病の症状としての寝たきりの状態が出現したところからみて、同人のパーキンソン氏病の発病時期は昭和四五年ころと推測される。また高血圧症は昭和五四年の後半において血圧が極めて安定し、同症による二次的な障害の発生のおそれもほとんどなかつた。
(四) なお、特発性パーキンソン氏病は、四〇歳から五〇歳ころにおいて突如として発病するもので、症状としては手指の振戦(ふるえ)、筋硬直、寡動などが見られ、その疾病により死に至る経過としては病状の進行による筋硬直などにより日常生活動作が著しく障害されその結果いわゆる寝たきりの状態になり、そのため全身的な衰弱をきたし、褥創、膀胱障害、肺炎などの細菌感染の合併症を起こし、右合併症の結果死亡するに至るのが通例で(なお、この死に至る間の期間は一般におおむね一〇年から一五年と医学的に言われている。)、パーキンソン氏病それ自体が病者の生命に危険を及ぼすものではない。
(五) 右のパーキンソン氏病の治療には種々の薬剤が使用されるが(いわゆる抗パーキンソン剤)、その内Lドーパ剤については、日本人の場合一日当りの標準的使用量としては一日一五〇〇ミリグラム程度である。
しかし、Lドーパ剤には副作用があり、その出現の内容としては、消化器症状が最も高頻度にみられ、食欲不振が最も多く次いで悪心嘔吐があり、精神的なものとして幻覚症状、不眠症などがある。そしてこれらの副作用は、通常は徐々に出現するもので、突発することは少ないが、Lドーパ剤投与開始後長期間たつて精神症状が出現した症例では脱水、水・電解質平衡異常、感染症、その他の身体的合併症や入院などの環境変化などがその誘因となることが多い。
2 以上の事実を前提として茂の死因につき検討するに、被告らは、本件事故による茂の負傷は、死に至るようなものではなく、茂の死亡は同人の持病であるパーキンソン氏病の進行及びLドーパ剤の副作用により全身衰弱をきたしてもたらされたものであると主張する。しかしながら、右主張の内パーキンソン氏病に起因する死亡であるとする点については、前記1(三)(四)に認定説示した一般の場合における右疾病の発症から同病を基因として死亡に至る経過と茂の事故前の症状及び生活状況とを対比し、加えて、友田病院において入院中、茂に筋硬直などの増進により寝たきりの状態が余儀なくされたというごとき右疾病の進行による強度の運動障害の症状が出現したことを窺わせる証拠もないことなどを併せ考えると、特発性パーキンソン氏病患者が、一般に発病から一〇年から一五年で死亡するものであり、茂が昭和四五年ころ発病したものと推測されるものであることを考慮しても、茂において、本件事故に遭遇しなかつたとしても昭和五五年一月一三日ころにパーキンソン氏病の進行により死亡した可能性があるものと認めることは到底できないものである。
次に、被告ら主張のLドーパ剤の副作用と茂の死亡との関係について検討するに、同剤による副作用として一般的に指摘されている点は前記1(五)のとおりであり、これによつて前記1(二)の意識ないし精神の異常及び食欲不振と全身衰弱の状況を見るとあたかもこれがLドーパ剤の副作用によるものであるかのごとくである。しかしながら、既に見たようにLドーパ剤の副作用は突発することが少ないものであるところ、前記1(三)のとおり、茂は本件事故前目立つた副作用はなかつたものであること、また、前記1(一)、(五)のとおり、友田病院におけるLドーパ剤(ドパストン及びドパール)の投与量は当初一日当たり一五〇〇ミリグラム(後に七五〇ミリグラム)であるところ、右は一般的な使用量でありかつ茂が従前東市民病院で投与を受けていた量とほぼ等しく、昭和五四年一二月一八日に友田病院においてLドーパ剤の投与を開始した時点における同剤の使用量が過剰であつたとは認められないこと、前掲高城証人の証言によれば、茂の右意識ないし精神の異常と目される状態は、Lドーパ剤による精神症状の副作用とされている症状の特徴がなく他原因による意識障害、意識水準の変化による不眠、興奮と見ることができること、前掲河野証言によれば、茂は本件事故により頭部に相当程度大きな衝撃を受けており、脳挫傷による遅発性の脳内出血に起因する症状である可能性も認められること(このことについては後記のとおり。)、更にまた、食欲不振等の症状は前記1(二)のとおりLドーパ剤の服用の有無にかかわりなく入院以来一貫していること、右高城証人の証言によれば、経管栄養にせざるをえなかつたことも意識状態の変化によるものと推定し得ることなどを併せ考えると、茂の本件における精神症状及び食欲不振等の症状はいずれもLドーパ剤の副作用による可能性は僅少であるとみるべきであり、前掲友田証人及び高城証人の証言を総合すれば、右の諸症状は本件事故による肉体的精神的打撃に起因するものと見ることができ、かつ、右諸症状の増悪とこれに伴う全身衰弱が死亡の原因となつたものと見ることができる(仮に右症状がLドーパ剤の副作用で、かつ環境変化に起因して突発したものであるとしても、本件における右環境変化は単なるパーキンソン氏病の悪化に起因するものではなく、本件事故により広範囲にわたり肉体的な衝撃を受け、これにより傷害を受けた結果の入院であり、むしろ右の本件事故により被つた傷害と右傷害に基づく環境変化が右諸症状を出現させる引金となつたものというべきであるから、本件事故と右諸症状との因果関係はこれを否定しがたい。)。
以上の次第で茂の死亡原因に関する被告らの右の主張はその前提となる事実を認めるに足りる的確な証拠がなく、したがつてこれを採用することができない。
なお、乙ロ第一号証には、茂の死亡二日前に大量のタール便(血便)があることから抗パーキンソン剤の副作用による可能性が高い旨の記載があるが、前掲河野証人の証言に照らし採用することができず、また前掲甲第一〇号証の二の茂のパーキンソン氏病の程度がヤールの臨床ステージⅢ度である旨の記載も前掲高城証人及び河野証人の証言によれば、難病指定による医療補助を得るための記載であることが明らかであるから、右の結論を動かすに足りないし、既に見た血圧の関係が直接の死の原因となつたと認むべき的確な証拠はない。
3 ところで、本件事故が茂が同乗していた被告中村車が時速約一五キロメートルで本件交差点を右折していたところ、被告朴車が時速約六〇キロメートルで直進し、被告中村車の側面に衝突したというものであることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右事故により被告中村車に乗つていた原告秋子は左尺骨骨折、骨盤骨折、前頭部挫創、前胸部打撲挫傷、頭部打撲の傷害を、原告多津栄は左第二ないし第四肋骨骨折、顔面挫創の傷害を、訴外中村徹(本件事故当時八箇月)は右大腿骨骨折の傷害をそれぞれ負つたものでありこれらの事情からするとその衝突により茂に加えられた衝撃はかなり大きなものであつたと推認され、右の事実と前掲鑑定の結果及び河野証人の証言によれば、茂については前記1(一)の友田病院における診断によるもののほか、脳挫傷、腰部・左下腿内出血など各種の遅発性の傷害が生じていた可能性があつたことが認められる。しかるところ前記2で認定説示のとおり、茂の死はパーキンソン氏病自体ないしはこれの治療薬であるLドーバ剤の副作用に直接起因していると認めることができないところであり、本件事故による傷害以外に他に特段の死亡原因を認めることができない。そして、右認定のとおり本件事故により茂の受けた衝撃はかなり大きく、右の遅発性の各種の傷害を受けた可能性のあることと前記1(一)、(二)で認定した受傷及び事故後直ちに友田病院に入院して以来二九日間にわたつて特段の回復を示すことなく衰弱し死に至つたという経過からすると、茂の死亡はその死に至るまでの機序を医学的に解明できないとしても前記のように本件事故による受傷に起因するものと推認するのが相当である(なお、鑑定の結果及び河野証人の証言によれば、鑑定人河野医師は、茂の死因について本件事故による広範な負傷により、同人が播種性血管内凝固症候群DICを引き起こし、これにより死の結果がもたらされたものである旨の推論をしているところであるが、DIC診断のための検査が十分になされていないため、血小板数減少の検査結果以外は必ずしも客観的資料に基づくものではなく、推定による判断をしている点でこれを直ちに採用することには問題がある。すなわち、もともとDICの診断は容易なものではないところ、その診断基準にあてはめて判断するだけの資料が十分といえないから、右推論をもつて直ちに医学的に解明したものと断定することができない。ただし、血小板数減少の数値自体でもDICの可能性を強く推論させるものであり、本件事故が茂に与えた衝撃は大きく、茂の受傷の程度も大きかつたことから、DIC診断に必要な血清FDP、血しようフイプリノーゲンなどの検査が行なわれていれば、DIC診断基準に後に該当する結果を得られたかも知れないところである。)。
なお、被告らは、茂の本件事故による受傷はすべて骨折ないし挫傷といったもので、それ自体が死の原因となるものではないと主張するところ、本件事故直後の友田病院における茂の受傷についての診断結果は前記1(一)のとおりであり、これのみで死に直結するものとは認め難いが、しかしながら一般の傷病において、医師がその注意義務を尽くして患者を診断したとしても、直ちに発見しがたい傷病あるいは遅発性の傷病が存在する可能性を否定することができないところであるのみならず、当初の診断名以外の傷害を受けていた可能性のあることは前説示のとおりである。
また<証拠>によれば、友田医師は茂の傷害について第一・第二肋骨骨折、右橈骨骨折、顔面・胸部・左大腿部・腰部挫傷で安静加療約一箇月と診断し、一般的にはこのような怪我で死亡することはまずあり得ない旨を供述していたことが認められるが、右のとおり茂は友田医師の右診断傷病名以外に脳挫傷、腰部・左下腿部内出血などの傷害を負つていた可能性があり、さらに<証拠>によれば、友田医師は前記乙イ第一号証の見解を修正し、茂の死と本件事故による傷害との因果関係は否定し得ない旨を述べるに至つていることに照らすと右乙イ第一号証の友田医師の見解を採用することはできない。
したがつて、被告らの右主張もまた採用の限りでない。
三損害の算定について
被告らは、茂が生前高血圧症あるいは特発性パーキンソン氏病に罹患していたことからして、右が茂の死に何らかの寄与をなしたこと明らかであり、仮に本件事故と茂の死亡との間に因果関係が存在するとしても右の各疾病の茂の死に対する寄与が存在するものである以上、同人の死亡による損害額の算定に当たつては、右の各疾病の寄与に応じた割合的な減額がなされるべきであり、かつ茂の死に対する本件事故の寄与の割合は過大に評価されるべきではないと主張するので損害額の算定に先立ちまず右主張につき判断する。
被告らのいう損害額を割合的に減額する理論とは、該不法行為が、通常ならば決して重大な結果に至らないような軽微な打撃なのにもかかわらず、被害者側に存した神経症、ノイローゼなどの心因的要素あるいは疾病、特殊体質などの肉体的要素の影響により、当該不法行為によつて通常生ずるであろう傷害よりもはるかに重篤な結果が生じた場合において、衡平の理念に照らしその被害者側の心因的ないし肉体的な特殊素因の影響を勘案して、損害額を適宜割合的に減額するというものである。
しかしながら他方、不法行為法上の原則としては、不法行為による損害は、相当因果関係の認められる限りのものはすべて加害者が負担すべきものといわなければならない。けだし、不法行為法は、人々の社会活動により社会生活上生じる損害の分配の基準については、当該行為の有責性と相当因果関係の存在を定めるのみであつて、これにより当該損害の公平な分配に適するものとしているからであり、これが不法行為法上の衡平の原則であるというべきだからである。
これを被害者側の素因に関して考察するならば、一般社会において疾病・体質などを始めとする種々の精神的・肉体的な特殊素因を有する者が数多く存在することは公知のことであるから、仮にそのような特殊素因をすべて考慮して不法行為による損害額の減額をすべきであるということになれば、そのような人々が存在することを前提とした上で前述のような損害の分配基準を相当とし、これを定めた不法行為法上の衡平の原則に反する結果となり、また実際上もそれらの特殊素因を有する者の社会活動の自由を大幅に制限することになる可能性があり、相当でないということができる。したがつて、以上の不法行為法上の損害の公平な分配という理念に照らせば、前述のごとき被害者の素因による損害額の減額の理論が相当する場合というのは、たとえば神経症、ノイローゼなど被害者側にもある程度の有責的色彩を一般に認めることができ、これにより被害者に損害の一部を負担させても必ずしも不合理ではないと認められる心因的素因によりその損害額が異常に膨大化した場合や、あるいは該不法行為が極めて軽微な打撃であるにもかかわらずそれを単なる引金として、もつぱら被害者側の疾病・体質などの素因により通例では予測しがたいような重大な結果が発生した場合のごとく右結果の全部について加害者にその賠償を命じることが前記理念に照らし明らかに不相当であると認められるような事例に限られるものと解すべきである。
しかるところこれを本件に当てはめて検討すると、茂は昭和四五年以来パーキンソン氏病に罹患していたものであることは前認定のとおりであつて、このことからすれば同人の体力が一般人に比し相当程度低下していたものであろうことは容易に推認しうるところでありまた証人友田の証言中にも右推認に沿う部分が存在し、また前掲鑑定の結果も、右疾病が結果発生の一因をなす可能性を否定するものではない。しかしながら、これらもいずれも右の疾病をもつて結果発生の競合原因として相当程度の割合において寄与しているとするものとは認め難く、既に鑑定説示したところから明らかなように本件において茂に加えられた傷害は決して軽微なものではなく、同人の死は、その死に至る機序が必ずしも確定しがたいものであるにしても、本件事故による受傷に起因するものと推認すべきものであり、これを引金とするパーキンソン氏病ないしLドーパ剤の副作用によりもたらされたものと認めることはできないから、これらの事情を総合勘案すると、本件における茂の死による損害額を算定するにあたり、被告らが主張するように茂の右疾病ないしこれに対して使用された治療薬であるLドーパ剤の副作用という素因を考慮してその減額をなすことは、前述の不法行為法上の損害の公平な分配という理念に照らして相当でなく、本件は被害者の素因の考慮による損害額の割合的減額の理論が妥当しない事例であるというべきであるから、被告らの右主張は採用することができない。
四そこで損害額について判断する。
1 茂本人の損害
(一) 治療費 金五万四三六二円
<証拠>によれば、茂は本件事故後友田病院において国民健康保険を利用して治療を受け、自己負担分として金五万四三六二円の支払をなしたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
(二) 入院雑費 金一万七四〇〇円
茂が本件事故後約二九日間友田病院において入院加療を受けたことは当事者間に争いがなく、入院雑費として一日当り金六〇〇円が相当であるから右入院期間中の入院雑費総額は頭書金額となる。
(三) 文書料、室料差額、付添寝具料等 金三万六一五〇円
<証拠>によれば、茂は友田病院に対し保険給付対象外の費用として右費目で右金額を支払つたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
(四) 傷害慰謝料 金二七万円
茂の本件事故による傷害慰謝料として右金額が相当である。
(五) 逸失利益 金四五八万一五八一円
茂が死亡当時満六五歳であつたことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、茂は本件事故により死亡しなければ以後六年間稼働しえたものと認められる。ところで右期間中の茂の得べかりし所得金額について、原告らは昭和五四年度賃金センサス平均給与額が相当であると主張するが茂の収入額が右平均給与額を上回つていたと認むべき的確な証拠はない。しかしながら、<証拠>によれば、茂は古物鑑定、茶道具の管理などを業とし、本件事故当時においては月額一六万円ないし一八万円の金員を妻である原告秋子に与えていたことが認められるから、右の事実からすれば、同人が生前、前認定の特発性パーキンソン氏病の持病を有しており必ずしも健常な身体状況であつたとはいえなかつたことを併せ考えても、茂はその死亡の時において、少なくとも昭和五四年度の賃金センサス産業計、企業規模計、男子学歴計の該当年齢の平均賃金額二二三万一〇〇〇円の八割程度の所得一七八万四八〇〇円を挙げることができたものと認めるのが相当であるから、右収入に基づき、生活費として所得の二分の一を控除し、中間利息をホフマン式計算法(係数五・一三四)により控除し円未満を切り捨てると、茂の逸失利益額は頭書金額となる。
2,231,000(円)×0.8×(1−0.5)×5.134=4,581,581円
以上の茂本人の損害額は、合計金四九五万九四九三円となる。
2 茂の死亡により原告秋子が同人の権利義務の三分の一を、原告茂朝、同多津栄が同じく各六分の一を相続したことは当事者間に争いがない。
よつて原告秋子は、金一六五万三一六四円の請求権を、原告茂朝、同多津栄は同じく各金八二万六五八二円の請求権をそれぞれ取得したものである。
3 次いで原告らの損害について判断する。
(一) 原告秋子
(1) 慰謝料 金三〇〇万円
茂の死亡により原告秋子が受けた精神的苦痛を慰謝するための金額としては右金額が相当である。
(2) 葬儀代 金五〇万円
<証拠>によれば、原告秋子が茂の葬儀をなしたことを認めることができ、被告らに請求しうべき葬儀代としては右金額を相当と認める。
(3) 弁護士費用 金九〇万円
原告らが原告代理人らに本訴追行を依頼したことは記録上明らかであり、<証拠>によれば原告秋子が右報酬を負担する約定であることが認められ、本件事故と相当因果関係があり第一事件被告らに請求しうべきものとしては頭書金額が相当である。
(二) 原告茂朝、同多津栄
慰謝料 各金一〇〇万円
右両原告が茂の死亡により受けた精神的苦痛を慰謝するためには右金額の賠償をもつて相当と認める。
五次いで進んで茂の運行供用者性及び被告中村の抗弁1(好意同乗)につき判断する。
1 当事者間に争いのない茂と被告中村との身分及び居住に関する事実、<証拠>によれば、被告中村は、茂の娘である原告多津栄を妻とし、茂と原告秋子夫婦及び被告中村と原告多津栄夫婦は近住の関係にあつた者であるところ、本件事故に至る被告中村車運行の経緯は、当日午後八時五〇分ころ、茂が東区所在の知人のところへ茶碗を取りに行くため、原告秋子を通じて被告中村に車による送迎を依頼したところ、被告中村は好意からこれを承諾し、茂、原告秋子夫婦と妻多津栄それに二人の子供を連れて、自己所有の車両を茂の案内に従い運転中に本件事故に至つたものであることを認めることができ、<反証排斥略>、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 そして右認定事実によれば、本件事故当時、被告中村車の地理案内は茂がなしていたものであるが、同車の運行は、被告中村が、自ら茂の依頼を好意から受けてなしていたものであり、当時の被告中村車の運行支配、運行利益は依然として被告中村に帰属していたものであり茂にはなかつたものと認められる。
3 しかしながら、前記認定事実によれば、茂は被告中村に対し好意同乗者の立場にあつた者であるというべきであるから、同被告の好意同乗の抗弁は理由があり、被告中村の損害賠償義務の範囲を適宜制限するのが相当であるが、前認定の被告中村車の本件運行に至る経緯からすれば、損害額全体につき一律に割合的な減額までもなすのは相当でなく、損害費目中の原告らの慰謝料額を前述の事情を斟酌して減額すれば足りるものというべきである。そして右の減額割合としては、二割をもつて相当とすべく、これによれば被告中村に対する慰謝料請求金額は、原告秋子につき金二四〇万円、原告茂朝、同多津栄につきそれぞれ金八〇万円となる。
よつて被告中村は、原告秋子に対し、茂の相続分として金一六五万三一六四円並びに同原告固有の損害として右慰謝料、葬儀代等を含めた計金三八〇万円、合計金五四五万三一六四円の損害賠償債務を、原告茂朝、同多津栄各々に対し、茂の相続分として金八二万六五八二円並びに同原告ら各固有の損害として慰謝料各金八〇万円宛、合計各金一六二万六五八二円の損害賠償債務を負うものというべきである。
六次いで被告朴の抗弁2(過失相殺)、同3(信義則に基づく減額)について判断する。
1 まず抗弁2について判断するに、茂が被告中村の義父で両名は近住の関係にあつたことは当事者間に争いがなく被告中村車の運行は茂の依頼に基づくものであることは、前記五のとおりこれを認めることができるが、同乗者の運転者の過失をいわゆる被害者側の過失として斟酌しうるためには、夫婦関係など身分上生活関係上の一体的関係を必要とするものであるところ、右認定事実のみをもつてしては未だ被告中村と茂との間に身分上生活関係上の一体性を認めることはできず、他に右一体性を認めるに足る証拠はないから、被告朴の右抗弁は採用できない。
2 次いで抗弁3について判断するに、当事者間に争いのない本件事故態様からすれば、本件事故に対する過失割合は、被告中村が七五、被告朴が二五の割合にあるものと認められ、したがつて本件事故発生の責任の過半は茂の同乗していた被告中村にあつたものということができ、また、被告中村車の運行は茂の依頼に基づくものであることは前記五のとおりこれを認めることができ、被告中村に対する関係で同被告の責任をいわゆる好意同乗を理由として原告らの慰謝料額を二割減額するのが相当であることはこれまた前記五のとおりである。そして以上の諸事情によれば、被告中村の好意同乗者である茂の死に起因する損害について、過失割合の低い被告朴をして被告中村より重い責任を負わせることは信義則上相当でなく、かつ、被告中村の好意同乗による減額分もさほど大きくなく被告朴の責任をこれと同様に減額しても被害者の保護にさほど欠けるものではないと認められることなどを彼此勘案すると、本件においては被告朴の責任も、好意同乗を理由として減額された被告中村の責任と同様に減額するのが信義則に照らし相当であり、被告朴の抗弁3は理由がある。
よつて被告朴は、被告中村の責任と同一の範囲内の責任、すなわち原告秋子に対して金五四五万三一六四円、原告茂朝、同原告多津栄に対して各金一六二万六五八二円の賠償義務を負うものというべきである。
七前記の本件事故態様からすれば、被告らが共同不法行為者の関係にあることは明らかである。
八以上によれば、原告らの本訴請求は、被告中村及び同朴各自に対し、原告秋子において金五四五万三一六四円、原告茂朝、同多津栄において各金一六二万六五八二円並びにこれら各金員について、本件事故発生の日である昭和五四年一二月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
(第二事件について)
一請求原因1において援用された第一事件請求原因4(二)の事実を除きその余の請求原因事実はいずれも当事者間に争いがない。
二そこで請求原因1において援用された第一事件請求原因4(二)(本件事故と茂の死亡との因果関係)について、右両者の間に因果関係が認められることは第一事件の理由二記載のとおりである。そして、<証拠>によれば、被告千代田火災の主張するとおり、本件契約の内容たる搭乗者傷害条項第四条が交通事故と被保険者の死亡との間に「直接の結果」たる関係が存在することを保険金請求権成立の要件としていることを認めることができるが、右第一事件についての理由中で判断したとおり本件事故と茂の死亡との間に因果関係が認められるものである以上、右条項第四条の「直接の結果」というべき関係が両者の間にあること勿論である。また、更に右乙号証によれば、同条項第八条第一項が「被保険者が第一条(当会社の支払責任)の傷害を被つたときすでに存在していた身体障害もしくは疾病の影響により第一条の傷害が重大となつたときは当会社はその影響のなかつた場合に相当する金額を決定してこれを支払います。」と定めていることを認めることができ、同条項第一条が搭乗中の事故に基づく損害による死亡保険金も含めた保険金の支払いを定めているものであることに照らすと、右条項第八条第一項の規定は死亡の場合の死亡保険金についても適用があるというべきである(右保険金請求権は、前述の衡平の理念を基礎とする不法行為法に基づくものではなく、当事者間の保険契約に基づき発生するものであるから、右条項の適法であること勿論である。)。
しかしながら、茂の本件事故による受傷と死に至る経緯は、第一事件において認定説示したとおりであつて(茂の死に対する同人のパーキンソン氏病ないしLドーパ剤の副作用の影響の割合についてこれを認めるに足りる的確な証拠はない。)、右条項を適用するに由なしというほかはなく、したがつて減額の抗弁は理由がない。
三本訴訴状が被告千代田火災に昭和五七年八月一六日に送達されたことは本件記録上明らかである。
四以上によれば、被告千代田火災は本件保険金五〇〇万円を原告らの相続分に応じて支払うべきであるから、原告秋子は右の内の三分の一の金一六六万六六六六円の、原告茂朝及び同多津栄は右の六分の一の各金八三万三三三三円の保険金請求権を取得したものというべきところ、原告秋子の請求権はすでに支払いを受けた金二一万七五〇〇円を控除して一四四万九一六六円となる。
以上によれば、原告秋子において金一四四万九一〇〇円、原告茂朝及び同多津栄において各金八三万三三〇〇円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年八月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告らの本訴請求は理由がある。
(結語)
以上の次第で、原告らの本訴請求は、第一事件については被告中村及び被告朴に対し連帯して、原告秋子において金五四五万三一六四円、原告茂朝及び同多津栄において各金一六二万六五八二円並びにこれら各金員について昭和五四年一二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、第二事件については、すべて理由があるからこれを認容し、両事件の訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条及び第九四条を、仮執行宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官上野 精 裁判官駒谷孝雄 裁判官櫻林正己)