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名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)2303号 判決 1989年10月20日

主文

一  被告は、別紙ニ号方法目録記載の方法を用いて別紙物件目録記載のユニオン型接手を生産、譲渡してはならない。

二  被告は、その占有に係る別紙物件目録記載のユニオン型接手を廃棄せよ。

三  被告は、原告に対し、金二二七万一二一一円及びこれに対する平成元年六月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

六  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 主文第一項と同旨

2 主文第二項と同旨

3 被告は、原告に対し、金九〇六万六三二〇円及びこれに対する平成元年六月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4 主文第五項と同旨

5 仮執行宣言

(予備的請求)

1 被告は、原告に対し、金九〇六万六三二〇円及びこれに対する平成元年六月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 主文第五項と同旨

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(主位的請求)

一  請求原因

1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。

発明の名称 ユニオン型接手に於けるユニオンナット嵌装方法

出願日  昭和四七年六月二日(特願昭和四七-五五二四七)

出願公告日  昭和五三年六月一九日

(特公昭五三-一九一二七)

登録日  昭和五四年三月三〇日

登録番号  第九四七〇七八号

2 本件特許権に係る特許請求の範囲(訂正審判事件審決に基づく訂正後のもの)は、次のとおりである。

「ユニオン型接手を使用して接続する管製品を鋳造するに当たり、予め既成のユニオンナットの少なくとも内周面に鋳物砂製の内殻鋳型をセルモールド法によって一体構造に形成焼成し、この内殻鋳型の内径面を鋳造する管製品の管部外面と適合する形に作りおき、しかる後に鋳物砂の中に前述の内殻鋳型を有するユニオンナットを定置し、これに中子を挿通配置して鋳造製品の管端に自然にユニオンナットを緩嵌装置することを特徴とするユニオン型接手に於けるユニオンナット嵌装方法。」

3 本件発明の内容

(一) 本件発明の技術的構成を分説すれば、次のとおりである。

イ 「ユニオン型接手を使用して接続する管製品を鋳造するに当たり」(以下「構成要件イ」という。)

ロ 「予め既成のユニオンナットの少くとも内周面に鋳物砂製の内殻鋳型をセルモールド法によって一体構造に形成焼成し、この内殻鋳型の内径面を鋳造する管製品の管部外面と適合する形に作りおき、しかる後に鋳物砂の中に前述の内殻鋳型を有するユニオンナットを定着し、これに中子を挿通配置して」(以下「構成要件ロ」という。)

ハ 「鋳造製品の管端に自然にユニオンナットを緩嵌装着することを特徴とする」(以下「構成要件ハ」という。)

ニ 「ユニオン型接手に於けるユニオンナット嵌装方法」(以下「構成要件ニ」という。)

(二) 本件発明の作用効果は、次のとおりである。

本件発明によると、ユニオン型接手を使用して接続する管製品を鋳造するに当たり、予め既成のユニオンナットの少くとも内周面に鋳物砂製の内殻鋳型をセルモールド法によって一体構造に形成焼成し、この内殻鋳型の内径面を鋳造する管製品の管部外面と適合する形に作りおき、しかる後に鋳物砂の中に前述の内殻鋳型を有するユニオンナットを定置し、これに中子を挿通配置して鋳造製品の管端に自然にユニオンナットを緩嵌装着するようにしたから、

a ユニオンナットの内面と、これに対する管部外面相当位置との間に位置する鋳物砂の厚さが小であるにかかわらず、注湯に際してもこの薄い鋳物砂部分に損傷を生じることがない(以下「作用効果a」という。)。

b 管製品の鋳造と同時にユニオンナットが良好な状態に嵌装され、製法が簡単容易である(以下「作用効果b」という。)。

c 前記利点を有するにかかわらず、管製品の鋳造後にユニオンナットを嵌装することに起因する従来の欠点を完全に除去できる。すなわち、従来のハンダ付けの工程を要する方法における作業上の面倒さ及びハンダ付け不良に起因する漏水の虞れを完全になくし、また、補助割りリングを使用する方法における、割りリングに捻り圧力を加わることに起因する毀損の虞れ等を完全に払拭できる(以下「作用効果c」という。)。

d 管端の掛止用鍔鈑が一体物であり、締付けも確実に行われるから、漏水の虞れがない(以下「作用効果d」という。)。

4 被告は、昭和五三年初頭から別紙物件目録記載の各製品(イ号物件ないしハ号物件。以下「対象物件」という。)を業として製造、販売している。

5 ニ号発明の内容

(一) 被告の対象物件の生産方法は、別紙ニ号方法目録記載のとおりである。

(二) 右の対象物件の生産方法(以下「ニ号方法」という。)の作用効果は、次のとおりである。

a′ ユニオンナットの内面と、これに対する管部外面相当位置との間に位置する鋳物砂の厚さが小であるにかかわらず、注湯に際してもこの薄い鋳物砂部分に損傷を生じることがない(以下「作用効果a′」という。)。

b′ 完成部品の鋳込型(被覆を施したユニオンナット)を、造型する鋳型に組み込んで鋳造するため、両側端が大きな形状の中間に完成品のユニオンナットを良好な状態に、かつ、遊嵌自在に、また、簡単容易に鋳造することが可能となり<以下「作用効果b′」という。)、

c′ 管製造の鋳造後にナットを嵌装することによる従来の欠点、すなわち熔着不良による多数の不良品ができるとの点を除却できる(以下「作用効果c′」という。)。

d′ 管端の掛止用鍔鈑が一体物で丈夫であり、締付けも確実に行われるから漏水の虞れがない(以下「作用効果d′」という。)。

6 ニ号方法を本件発明と対比すると、以下に述べるとおりニ号方法は、本件発明の技術的構成をすべて具備し、作用効果も本件発明のそれと同一であるから、本件発明の技術的範囲に属する。

(一) 技術的構成の対比

(1) 構成要件イについて

ニ号方法により鋳造される対象物件がまさにユニオン型接手を使用して接続する管製品であり、かつ、ニ号方法が完成品のナット(単なる通常のナットではなく、本件特許権に係る特許公報の各図面に示されているユニオンナットと同様に、一端側に内方に突出した係止用リング部分及び係止用小径部を有するいわゆる「ユニオンナット」である。)を、このナットの一端に設けられた小径部よりも軸方向前後においてそれぞれ大径部を有する管製品に嵌装する鋳造方法であることから、この点について本件発明とニ号方法は全く同じである。

(2) 構成要件ロについて

ニ号方法は、別紙ニ号方法目録のロ′、ハ′及びニ′記載のとおり、

A ナットコーティング用型を用いて、

B ユニオンナットをセットし、

C ユニオンナットの内周面に鋳物砂製の内殻鋳型をセルモールド法により一体構成にセルモールド被覆した鋳込型を作り、この内殻鋳型の内径面を鋳造する管製品の管部外面と適合する形に作り、

D この鋳込型(被覆を施したユニオンナット)を、外砂(鋳物砂)に形成した主型の凹部に嵌合定着し、

E この鋳込型の中に、別途形成した中子を貫通させて、主型に配置する

ものであるから、この点で本件発明の構成要件ロと同じ手段を採るものである。

(3) 構成要件ハについて

ニ号方法は、別紙ニ号方法目録のホ′、へ′及びト′に記載のとおり、

A 下部主型の上に上部主型を重合した後、スナップ枠を取り外して主型を完成し、

B 主型の湯口に注湯し、

C 湯が固化した後、主型を潰して製品を取り出すと、製品本体(接手本体)にユニオンナットが自然に緩嵌装着されているユニオン接手製品を得られる

ものであるから、この点においても、二号方法は本件発明の構成要件ハと全く同じものであることが明らかである。

(4) 構成要件ニについて

ニ号方法は、上記(1)ないし(3)に説明したとおり、それ自体完成品であるユニオンナットを用い、これをユニオン型接手本体の鋳込型製造時に接手本体に嵌装するための鋳造法であるから、「ユニオン型接手におけるユニオンナットの嵌装方法」であることに変わりがない。

(二) 作用効果の対比

(1) 本件発明の作用効果aとニ号方法の作用効果a′とは完全に一致する。

(2) 本件発明の作用効果bとニ号方法の作用効果b′とを対比すると、両者の記載から既に明らかなように、ニ号方法においても、管製品の鋳造と同時にユニオンナットを嵌装するものであるから、同一である。

(3) 本件発明の作用効果cとニ号方法の作用効果c′は、いずれも管製品の鋳造後にユニオンナットを嵌装せざるを得ない従来技術の欠点を除去するもので、その実質的意味内容において全く同一である。

(4) 本件発明の作用効果dとニ号方法の作用効果d′は、全く同一である。

7 不当利得

(一) 被告がニ号方法を使用して製造販売した対象物件の売上高は、昭和五一年六月一日から同六〇年五月三一日までの間については合計金六〇六六万三二〇八円(内訳は昭和五一年六月一日から同五二年五月三一日までの一年間の売上高が金二九万〇八五二円であり、以下各一年間ごとに金二五〇万一九八七円、金三三一万一六七一円、金六八〇万四三二〇円、金八三七万七五七七円、金九四〇万九四一〇円、金八二八万八〇〇二円、金八三六万九二四九円及び金一三三一万〇一四〇円である。)であり、また、昭和六〇年六月一日から平成元年五月三一日までの間については、金三〇〇〇万円を下ることはないので、これを加算すると、総計金九〇六六万三二〇八円となる。

(二) 被告は、右売上高の一〇パーセント相当額(通常実施権の実施料相当額)の金九〇六万三二〇円の支払を免れることによって同額の不当利得を得、原告は、同額の損失を負っている。

8 よって、原告は、被告に対し、本件特許権に基づき、ニ号方法を用いて対象物件の生産、譲渡の差止め及び被告の占有に係る対象物件の廃棄を求めるとともに、金九〇六万六三二〇円の不当利得返還及び右利得金額に対する利得後である平成元年六月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし6の事実は認める。

2 請求原因7の事実について

(一)のうち、被告がニ号方法を使用して生産販売した対象物件の売上高が昭和五一年六月一日から同六〇年五月三一日までの間については各年ごとに原告主張の数値で合計金六〇六六万三二〇八円であることは認める。また、同年六月一日から平成元年五月三一日までの被告の売上額については、合計金一八〇〇万円の限度で認め、その余は否認する。

(二)は争う。通常実施権の実施料率については、本件特許権が権利としての価値が極めて低く、本件発明がそれ自体としては実用性の薄い発明であること、通常の金属製品の場合の実施料率は三パーセント程度が一般的であること、本件発明の実施において極めて困難な内殻鋳型の形成について被告が自ら多大の努力を費やしてこれを完成させたものであること等にかんがみれば、一パーセントより低いものであるべきである。

三  抗弁

1 権利の濫用

(一) 本件発明は、昭和一五年七月三日発行の特許公報記載の発明(特許第一三六四五六号)等と同一の発明であるか、又はこれらの発明に基づき当該技術分野において通常の知識を有する者が容易に発明することができたもので、特許法二九条一項一、三号又は同条二項に違反して原告が誤って特許を受けたものであり、明らかな無効事由を包含する。

(二) 原告がこのような無効とされる蓋然性が極めて高い権利に基づき被告に対しニ号方法による対象物件等の生産、譲渡の差止め等を求め、あるいは不当利得の返還を請求することは、権利の濫用に当たり許されない。

2 中用権(法定通常実施権)

(一) 被告は、かつて「鋳ぐるみ鋳造法」なる特許権(登録番号第八九〇四九九号、昭和五〇年三月五日出願、同五二年一二月一七日設定登録。以下「被告特許権」といい、その発明を「被告発明」という。)を有していたが、被告特許権の出願は本件特許権の出願日(昭和四七年六月二日)よりも後にされたものであり、かつ、被告発明は本件特許権に係る公開特許公報昭四九-一五〇二四号公報(昭和四九年二月九日発行)記載の発明の要旨と発明の内容を同じくする(少なくとも、同公報に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できた。)ものであるとして、特許法一二三条一項により無効審判の対象となり(昭和五三年三月一〇日付請求)、同五四年一一月一四日に無効審決がされた(被告の右審決の取消請求に対しては、同五六年一〇月一五日、東京高等裁判所において請求棄却の判決が言い渡され、同判決は、同年一一月二日確定した。)。

(二) 被告は、(一)の無効審判請求の登録前である昭和五〇年三月ころから、被告特許権について無効事由が存すること、すなわち、本件特許権の出願及び公開特許公報の存在を知らないで、日本国内である被告中川工場(名古屋市中村区所在)において、被告発明による方法に基づいて製品の本格的な製造を行い、もって右発明の実施である事業をしてきたものである。

(三) したがって、被告は、特許法八〇条一項の規定により、本件発明について通常実施権を有するものである。

四  原告の認否及び主張

1 認否

(一) 抗弁1は争う。

(二) 抗弁2について、(一)の事実は明らかに争わない。(二)のうち、被告が被告発明の実施である事業をしていることは認め、その余は否認する。

2 主張

(一) 抗弁1(権利濫用)について

特許権が無効になる蓋然性があったとしても、特許庁により当該特許権が無効であるとされない限り、当該特許権の権利者は、当該特許権の行使を妨げられるものではない。

当該特許権に係る発明が公知公用の技術であり誰の目からみても当該特許権の権利者にその行使を許すことが正義に反するような場合に、例外的にこれを権利の濫用として権利行使を規制する理論が判例上見られるが、被告主張の特許公報の存在をもって本件発明が公知公用のものであったことは到底いえない。

なお、被告は、本件特許権について無効審判の請求を行い抗弁1と同様の主張をしたが、特許庁は、昭和六二年九月一七日、右請求は成り立たない旨の審決を行った。

(二) 抗弁2(中用権)について

A 被告は、以下に述べるとおり、昭和四九年八月ころには、被告発明と同様の内容の本件発明が日本国内において公然実施されていることを知っていたのであるから、特許法八〇条にいう「一二三条一項各号の一に該当することを知らないで」という要件を満たさない。

すなわち、被告は、昭和四九年八月以来、原告の下請として本件発明を実施して製品の製造を行ってきたものであるが、下請取引開始のころ、当時既に株式会社金壽堂により本件発明に基づいて量産されていた製品を原告から見せられたほか、本件特許権を実施するために必要な各種図面を交付されて本件特許権の内容の開示説明を受けたものであり、当時既に原告のほかの下請業者が日本国内において本件発明を公然実施していたことを知ったものである。

B 被告特許権は、原告により完成された発明を冒認(剽窃)することにより出願、登録されたものである。特許法八〇条の規定は、特許権に基づいて事業を行っている者が、当該特許権に瑕疵があったことによって不測の損害を被ることがないようにして既設設備の保護を図るという国の産業経済政策上の公益的見地から設けられているものであって、被告のような冒認者まで保護する趣旨の規定ではない。したがって、被告のような冒認者は、同条一項一号の原特許権に該当しない。

C B記載のような冒認者である被告が本件において中用権を主張することは、権利の濫用又は信義則違反として許されない。

五  原告の主張に対する被告の反論

1 原告の主張(一)について

本件特許権の無効審判請求に係る原告主張の審決は、事実誤認に基づくものであり、被告が提起している右審決の取消訴訟において取消しを免れないものである。

2 原告の主張(二)について

(一) 被告は、原告から本件特許権を実施して製品を製造するに必要な図面の交付を受けたことはないし、本件特許権の内容の開示説明を受けたこともない。被告は、被告特許権について無効事由が存することを知らないで被告特許権の実施をしたものである。

(二) 被告発明は、次に述べるとおり、被告が独自に研究を進め、完成したものであって、原告の完成した発明を冒認したものではない。

すなわち、被告発明は、被告会社工場長安井献彦が、副社長(当時)の安井正敏と共に昭和四七年ころから名古屋工業試験所に通って同所の研究員の指導を受けながら研究を進めたものであり、当初いわゆるロストワックス法による鋳ぐるみの方法による製作を検討したが技術上の難点が多かったため、同所の野崎佳彦研究官の助言と指導によりシェル砂を使っての鋳ぐるみ法であるシェルモールド法に切り替えて、昭和四九年八月ころに製品化が十分できる状態にまでこぎつけたものである。そして、折しもそのころ、大成機工株式会社から一体物としてのユニオン型接手の製作依頼があったので、被告発明により試作品を作り、これに基づいて同社から正式な発注を受けて、同五〇年三月ころから本格的生産に入ったものである。

(予備的主張)

一  請求原因

1 本件特許権

主位的請求の請求原因1のとおり。

2 中用権に基づく実施

主位的請求の抗弁2のとおり。

3 実施料

(一) 主位的請求の請求原因7(一)のとおり。

(二) 右通常実施権の相当の対価としては、右売上高の一〇パーセントの金九〇六万六三二〇円が相当である。

4 よって、主位的請求につき被告の抗弁2の事実が認められ、いわゆる中用権が認められる場合には、特許法八〇条二項に基づき、その対価として金九〇六万六三二〇円及びこれに対する被告が履行を受けた後である平成元年六月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

二  被告の認否

1 請求原因1の事実を認める。

2 請求原因2の事実を認める。

3 請求原因3の(一)に対する認否は主位的請求の請求原因7(一)に対する認否と同じ。(二)は争う。

第三  <証拠>省略

理由

一  主位的請求の請求原因1ないし6(本件発明の内容、ニ号方法の内容及び右両者の同一性)については、当事者間に争いがない。

二  そこで、まず本件差止め等の請求の当否に関し、被告の抗弁について判断する。

1  抗弁1(権利濫用)について

(一)  被告が権利濫用事由として主張するところは、要するに、本件発明は新規性ないし進歩性に欠け本件特許権は無効とされる蓋然性が極めて高いということである。

しかし、特許権の効力は、特許庁における特許無効審判手続によってのみ争えるということが特許制度の建前であり、たとえ当該発明が新規性に欠け特許権を付与すべきものではなかったとしても、当該特許権の無効の審決が確定するまでは一応有効な権利として成立しているものとみるほかないのであるから、右のような特許権の効力に関わる事由のみを理由として当該特許権の行使を権利の濫用ということができるかどうかは疑問のあるところであるが、この点はさておくとしても、<証拠>によれば、被告は本件特許権について無効審判の請求をし、本件訴訟における主張と同様の新規性及び進歩性欠如の主張を行ったが、特許庁は、昭和六二年九月一七日、右審判請求は成り立たない旨の審決を行っていることが認められる。被告は、右審決は事実誤認に基づくもので取消しを免れないと主張し、右主張に沿う弁理士の調査報告書<証拠>も存在するが、これによって右審決の存在にもかかわらず被告主張のように本件特許権が無効とされる蓋然性が極めて高いものであるということは到底できず(そもそも、右審決の当否は、本来右審決の取消訴訟において判断されるべきものである。)、他に本件請求が権利の濫用に当たるとすべき事由の主張も、また、その立証もない。

(二)  したがって、抗弁1の権利濫用の主張は採用することができない。

2  抗弁2(中用権)について

(一)  抗弁2の(一)の事実(被告特許権とその無効審決の存在等)は原告において明らかに争わないから自白したものとみなし、この事実に、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、<証拠>中この認定に反する部分は、首尾一貫性に欠け、上記証拠に照らし採用することができない。

(1) 原告は、水道用の接手類の製造販売、工事等を業とする大成機工株式会社(以下「大成機工」という。)の実質的子会社であり、主に工業所有権、ノウハウの管理等を業とする会社であるが、大成機工が自社製品として販売するポリフィッター(ポリエチレンパイプ用接手)の下請への製造発注及び同社への製品販売納入の業務も行っている。なお、原告の所在地は大成機工の本社内であり、経営者役員等も大成機工と大体同じである。

原告及び大成機工の常務取締役技術部長浜本潔(以下「浜本」という。)は、本体とナットが一体となった水道管用接手の鋳造について昭和四四年ころに着想を得た後、自ら図面を作成するなどしてこれを具体化し、弁理士を通じて同四七年六月二日本件特許権の出願を行った。右出願当時の特許請求の範囲は、「ユニオン型接手を使用して接続する管製品を鋳造するに当たり、鋳物砂の中にユニオンナットを定置し、これに中子を挿通配置して鋳造製品の管端に自然にユニオンナットを緩嵌装置することを特徴とするユニオン型接手に於けるユニオンナット嵌装方法」というものであった。右特許出願については、昭和四九年二月九日に公開、同五三年六月一九日に公告、そして同五四年三月三〇日に登録がそれぞれされるに至った(右出願、公告及び登録の事実並びにその年月日は、当事者間に争いはない。)。

(2) 株式会社金壽堂鋳造所(滋賀県愛知郡湖東町所在。以下「金壽堂」という。)は、原告の依頼を受けて昭和四五年ころから一体型でないポリフィッター(ニップル、短管の部分とナットの部分を別々に製作して、ハンダ付け又はリングにより接合するもの)の製造下請を行っていたが、同四七年半ばころ、原告の依頼を受けて本件発明の実施の検討を開始し、二、三か月かけて試作を行った後、本件発明の方法により生産される一体型のポリフィッターの製造を開始した。金壽堂は、自ら製造を行うほか下請業者も使って右の一体型のポリフィッターの製造を行い、同四八年二月初めころまでに量産態勢を整えて大量の製品を原告に納入するに至った。

一体型のポリフィッターの製品化に当たっては、金壽堂の専務取締役黄地耕造らは、三、四回にわたって大成機工の本社技術部へ出向いて原告及び大成機工の役職員である浜本、櫛山らと打合せを行い、同人らから関係図面の交付を受けて本件発明の方法について説明を受けたが、本件発明の実施の方法については、当初から、シェル砂を用いてナットを鋳ぐるんで鋳造するといういわゆるシェルモールド法を採用することを前提に検討が行われた。なお、本件特許権の出願がされていることは、金壽堂による試作がある程度できて製品化の見通しがついてきたころに、浜本から黄地に対して伝えられた。

(3) その後、ポリフィッターの需要が増加してきたこと、金壽堂は製品を大量に生産する能力には問題があり、納期が遅れることがあったことなどから、原告は、名古屋市に納入する製品の製造を被告に下請させることとした。

原告と被告との間の当初の取引は、大成械工の酒向名古屋支店長を介して昭和四八年一〇月ころから始まった内ねじ、直結ソケット等の製造下請であったが、被告は同四九年二月ころ、原告から一体型のポリフィッター(ユニオン型接手)製造の検討依頼を受けた。同月、右依頼に先立って、浜本は、被告代表者代表取締役(当時の取締役副社長)安井正敏(以下「正敏」という。)に対し、大成機工本社内において、金壽堂が製造した一体型のポリフィッターの製品を見せ、それがどのようにして作ってあるか分かるかという質問をしたが、正敏はこれが分からず、分からないと回答したので、浜本がそれはシェルモールド法により鋳ぐるんで作るものである旨を簡単に説明した。その後間もなく、被告は、大成機工名古屋支店長から、一体型ポリフィッター製品の外形、寸法等を明示した図面を受け取り、これに基づいてその製造の検討を開始した。

具体的な鋳造の方法については、鋳造の専門業者である被告に一任され、原告からは具体的な製法の指示説明等はされなかったが、早期に製造を開始するために先発の下請業者である金壽堂の技術を参考にするようにとの指示がされた(被告は、原告の紹介を受けて後日金壽堂の工場の見学を行った。)。

なお、被告においては、以前から、正敏が接手を一体型のものにしてはどうかということを考え、そのアイデアを被告工場長の安井献彦(「以下「献彦」という。)に伝え、献彦において実際に検討も行っていたが、多忙のため手が回らないこともあって、原告から右製造検討依頼を受けた当時は、まだそういうものを作ってみたいという単なるアイデアの域を出ておらず、その製品化の事業の実施又は実施準備に着手するなどの具体化はされていない段階であった。

(4) 正敏から一体型ポリフィッターの鋳造の検討を指示された献彦は、名古屋工業技術試験所に通ってその研究官の指導を受け、昭和四九年八月ころにシェルモールド法により最初の試作品を作成するに至った。同月ころ、正敏から右試作品を見せられた原告は、被告に対し、名古屋市に納入することを前提に納期を昭和五〇年四月として一体型のポリフィッター量産の発注を行った。被告においては、同年春ころまでに一応量産態勢を整え、被告中川工場において製造を開始し、同年六月ころに最初の納品を行った。

(5) 他方、被告は、昭和五〇年三月五日、「鋳ぐるみ鋳造法」なる被告特許権の出願をした。被告特許権の特許請求の範囲は、「シェルモールドスタック法により完成部品にシェルモールドコーテングを施して、鋳込型を鋳造すると共にその鋳込型を中子鋳型の所望個所へ嵌装して鋳込型と中子鋳型を隔離位置せしめて注湯するようになしたことを特徴とする鋳ぐるみ鋳造法」というものであった。

被告特許権は、昭和五二年一二月一七日一旦設定登録されたが、特許庁は、同五三年三月一〇日付の原告の無効審判請求に基づき、同五四年一一月一四日、被告発明は先願の本件発明と内容を同じくするか、少くとも本件発明に基づいて当事者が容易に発明することができるものであるとして、被告特許権を無効とする審決を行った。

(二)  いわゆる中用権が成立するためには、特許を無効とされた原特許権者が当該特許の無効事由を知らないでその発明を実施することが必要であるところ、上記(一)で認定した事実に基づいてこの点について検討するに、被告が本件発明(これと同旨の被告発明)の実施である一体型の接手の製造事業の準備に取り掛かったのは昭和四九年二月に原告から右製造の検討依頼を受けてからであること、しかし、原告及びその下請である金壽堂は、既に同四八年二月初めころから本件発明を公然と実施して一体型の接手を量産して販売しており、被告は、原告から右検討依頼を受けるに先立って、金壽堂が下請製造した一体型ポリフィッターの製品を見せられていること、また、当時、被告は、金壽堂という先発の下請がいることを知っていたことが認められるのであるから、これらの事実を総合すれば、被告は、被告発明の実施である一体型の接手の製造販売事業又はその準備を開始した当時、被告発明と同旨の内容である本件発明が原告及びその下請である金壽堂により公然実施されていたことを知らなかったとは到底認めることができない。

この点に関し、正敏は、原告に金壽堂という下請がいることは知っていたが、原告から検討依頼を受けた当時、金壽堂が一体型のポリフィッターを作っていることは知らなかった旨供述し、前掲甲第二五号証にはこれに沿う内容の記載があるが、他方、右検討依頼に当たり原告が正敏に見せたのが一体型のポリフィッターの製品その物であったことは正敏の自認するところである(昭和六三年六月二〇日付の被告代表者尋問書三丁裏参照)。被告は、右のとおり製品化された一体型ポリフィッターの現物を見せられてその製造の検討を開始したのであるから、先発の下請業者である金壽堂が既に一体型ポリフィッター製品を製造していたことは明らかに分かっていた筈であり、これを知らなかったという正敏の供述等は到底信用できない。

なお、被告は、被告発明は被告が独自に研究を始め、苦労して完成したものであると主張する。なるほど、<証拠>によれば、本件発明の方法により一体型ポリフィッターを製造するためには、内殻鋳型の内周の狭い隙間にシェル砂をうまくコーティングする必要があり、これが困難な技術上の課題であったこと、そこで、原告から一体型ポリフィッター鋳造の検討依頼を受けた正敏から試作品製作を指示された献彦は、名古屋工業技術試験所に通って同所の研究官の指導を受け、シェルモールド法のほかロストワックス法等の採用も検討するなどしたが、結局、同所の野崎佳彦主任研究官の指導の下に、シェルモールド法に伴う右技術的課題を克服し、ようやく昭和四九年八月ころにシェルモールド法により最初の試作品を作成するに至ったこと、右技術的課題については、シェル砂の装填方法につき、吹込ノズルの口に紙を巻いてその紙に針で小穴を空けて砂が一列にスムーズに入っていくようにし、また、シェル砂の材質について、粒子が丸くて細かなものを用いることなどの工夫をして克服したものであることが認められる。しかし、被告発明は、右のシェル砂の適切なコーティングを行う方法を内容とするものではなく、本件発明と同じく、シェルモールド法により鋳込型であるナットを中子鋳型である管に緩嵌装着する方法を主な内容とするのであるから、シェル砂のコーティングに関し被告が苦労して創意工夫を行ったという事実は、被告発明の実施に基づく中用権の成否に直接関係するものではない。

(三)  したがって、その余の点について判断するまでもなく、抗弁2の中用権の主張は採用することができない。

3  以上のとおり、被告の抗弁1、2はいずれも理由がなく、原告の本件特許権に基づく差止め等の請求を妨げる事由の存在を認めることはできない。

三  不当利得返還請求について

1  上記二の認定によれば、被告は、被告特許権が無効とされた結果、何らの権利なくして本件発明を実施してきたものであるから、本件発明を実施する対価として本来支払うべき実施料相当額の金員の支払を不当に免れ、他方、原告はその支払を受けなかったことによって同額の損失を被ったものであるところ、被告は、被告特許権の無効事由を知っていたのであるから、いわゆる悪意の不当利得者に該当し、原告に対し、本件特許権の通常実施権の実施料相当額の金員を不当利得として返還すべきものである。

ところで、本件特許権は昭和五三年六月一九日に出願公告がされたものであるところ、原告は、右公告前の同五一年六月一日からの実施料相当額の不当利得返還を請求しているが、出願公告前については、出願公開以後に補償金請求が認められる場合があることは格別、当該発明を実施した者があったとしても、この者に対して実施料相当額の不当利得の返還を求めることはできないものと解される。したがって、原告の請求は、出願公告がされた昭和五三年六月一九日以降について実施料相当額の不当利得の返還を求める限度で理由がある。

2  そこで、本件特許権の実施料相当額について検討する。

(一)  <証拠>によれば、鉄鋼、非鉄金属の製造、鋳造等の技術の実施料率をいわゆるイニシャルペイメントがない場合について見ると、三パーセント程度のものが最も多く、かつ、平均値は三パーセント台であることが認められる。原告は、一〇パーセントの実施料率が相当であると主張し、また、<証拠>によれば、精密鋳造の技術の実施料率は比較的高率であるといわれていることが認められるが、本件発明の実施料率が右の最も一般的な実施料率を大きく上回ることを認めるに足りる証拠はなく、かえって、先に認定したとおり、本件発明の実施に当たっては狭い隙間にシェル砂をコーティングする技術の研究開発が必要であること、また、証人浜本の証言によれば、一体型接手の製品であるポリフィッターについては、本件発明のほか抜け止めのためのテーパー部分等の創意工夫にも商品価値があることが認められること、その他本件証拠及び弁論の全趣旨によって認められる本件発明の重要性の程度、実施によって被告の得られる利益と原告の失う利益その他諸般の事情を総合勘案すると、本件発明の実施料率としては、三パーセントと認めるのが相当である。

(二)  次に、対象物件の売上高について検討するに、昭和五一年六月一日から同六〇年五月三一日までの分については当事者間に争いがないところ、上記1で判断したとおり、本件において不当利得返還請求ができるのは、本件特許権の出願公告がされた昭和五三年六月一九日以降の分である。そこで、同日から昭和五四年五月三一日までの売上高については、当事者間に争いがない昭和五三年六月一日から同五四年五月三一日までの売上高金三三一万一六七一円を日数で按分して金三一四万八三五五円とし、これに当事者間に争いがない昭和五四年六月一日から同六〇年五月三一日までの売上高合計五四五五万八六九八円を加えると金五七七〇万七〇五三円となる。次に、昭和六〇年六月一日から平成元年五月三一日までの分については、原告は金三〇〇〇万円を売上高として主張し、被告は金一八〇〇万円の限度でこれを認めているところ、被告が認める同金額を上回る売上げを認めるに足りる証拠はない。したがって、昭和五三年六月一九日から平成元年五月三一日までの対象物件の売上高は、上記認定金額の総合計金七五七〇万七〇五三円であると認めるのが相当であり、これを上回る売上高を認めるに足りる証拠はない。

(三)  以上のとおりであるから、原告の不当利得返還請求は、右金七五七〇万七〇五三円の三パーセントに当たる金二二七万一二一一円の実施料相当額の金員及びこれに対する利得の後である平成元年六月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

四  結論

よって、主位的請求のうち、本件特許権に基づき、ニ号方法を用いて対象物件を生産、譲渡することの差止め並びに被告の占有に係る対象物件の廃棄を求める請求はいずれも理由があるからこれを認容し、また、不当利得返還請求については、金二二七万一二一一円及びこれに対する平成元年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の各支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし(なお、予備的請求については、主位的請求に対する抗弁2の判断において中用権の成立を認めなかったので判断する必要がない。)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浦野雄幸 裁判官 杉原則彦 裁判官 岩倉広修)

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