名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)3503号・昭57年(ワ)1526号 判決
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【判旨】
一(一) 昭和五七年三月半ばころ、愛知県海部郡蟹江町において飲食店「味よし」を経営していた被告平野は、他にも店を経営したいと考えていたところ、「味よし」の顧客であつた暴力団稲葉地一家高村会池田組の幹部であつた緒方和男から山下を紹介され、同月二〇日ころ山下に対し、「兼六園」の店舗を譲受けたい旨申し入れた。山下は、原告から本件建物の管理、入退去の事務を委任されていた水谷進に対し、被告平野の入居の希望を伝えた。同月二五日原告の代理人水谷は、本件居室において山下と被告平野から、山下が本件居室を退去し、被告平野が本件居室を店舗として使用したい旨口頭で申込まれたので、同日被告平野に入居申込書(甲第四号証)を作成させた。水谷は同日蟹江町の「味よし」の付近に出向き、被告平野の知人から被告平野の身上に関して聴取するなどの調査を行い、同日夜原告に対し被告平野からの入居申込につき報告し、翌二六日朝原告から被告平野に賃貸することを承認する旨の回答を得た。同日原告の代理人水谷は山下との間で、本件居室を同月末日付で解約する合意をした(甲第六号証)。同時に、原告の代理人水谷と被告平野とは、賃料月額一二万円、敷金一〇〇万円、期間昭和五七年四月一日から昭和五九年三月三一日までと定めて、本件居室の賃貸借契約を締結し(以下「本件賃貸借契約」という。)、水谷が被告平野に物件説明書(乙第一号証)を交付し、更に、借主、連帯保証人欄空欄の賃貸借契約書(甲第一号証)の書面三通を交付して、後日、空欄に記入のうえ右書面を水谷の許に持参するよう述べた。更に山下と被告平野とは、「兼六園」の店舗を備品等を含めて金四五〇万円で譲渡する旨の契約を締結した(乙第二、第五号証)。被告平野は右各契約後、その場で、原告代理人水谷に対し、敷金として金一〇〇万円、昭和五七年四月分の賃料として金一二万円を支払い、山下に対しては、店舗・備品譲渡代金として金四五〇万円を支払つた。
(二) 原告代理人水谷は、右同日とその前日、山下と被告平野と会談した際、被告平野が蟹江で飲食店「味よし」を経営していること、「兼六園」の店舗を備品も含めて譲受けること、被告平野が飲食業が本件居室で経営したい旨述べたことから、被告平野が本件居室を飲食業の店舗として使用するものと解し、賃貸借契約書(甲第一号証)第五条二の店舗使用目的の項に「飲食業」と記入した。ところが同年四月三日被告平野が水谷の事務所を訪れ、右賃貸借契約書三通を、借主欄、連帯保証人欄に記入して持参したうえ、右契約書第5条2の「飲食業」を「飲食業兼金融業」に訂正してほしい旨申し入れた(甲第二号証)。同月四日ないし五日ころ水谷は本件居室が飲食店でなく事務所に改装工事がなされているのを発見し、同月七日平野に対し、本件居室で金融業を経営したい旨の申し入れを拒否する旨申し述べると共に、賃貸借契約第5条2違反により、本件賃貸借契約を解除する旨口頭で申し入れた。更に同月一二日水谷が本件居室に被告平野を訪れた際、池田組組長の被告田添が本件居室内に居り、同人から、池田組の組員らが本件居室において、被告平野と共に会社組織で金融業を営む旨聞かされたが、水谷は同意しなかつた。そして、原告は同月二〇日到達の内容証明郵便により、被告平野に対し、用法違反及び組関係者に使用させるという信頼関係破壊の行為を理由として、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。<中略>
二被告平野の占有権原について
1 まず本件賃貸借契約が錯誤により無効であるとの原告の主張につき検討する。
被告平野が本件居室を池田組の事務所として使用させる目的を有していたとの事実を認めるに足りる証拠はないが、被告平野が被告会社や被告田添に本件居室を使用させる目的を有していたことは前認定の事実から認められる。ところで、賃借人が第三者に使用させる目的を有していながらそれを秘していたため、賃貸人が右目的を知らずに賃貸借契約を締結し、その後賃借人が第三者に無断使用させた場合、賃借権の譲渡或いは転貸に関する民法の規定或いは特約違反による解除の問題とはなりうるが、賃借権の譲渡或いは転貸に関して契約締結時になされた合意内容自体(特段の合意がない場合は、民法の規定に拠る旨の黙示的合意も含む。)について、賃貸人に錯誤があつたということはできない。
次に、本件居室で営業する業種について原告は意思表示に錯誤があつたから本件賃貸借契約が無効であると主張するので検討する。
昭和五七年三月二六日の本件賃貸借契約締結の際、本件居室の店舗で営業する業種について、原告代理人水谷は被告平野自らが飲食業を行うものと理解し、賃貸借契約の店舗使用目的の項に飲食業と記入したこと、その後同年四月三日に至つて被告平野が使用目的の項を飲食業及び金融業と記載してほしい旨水谷に申し入れたが、永谷はこれに同意しなかつたこと、したがつて、本件居室において金融業を営むことについて原告と被告平野との間に合意が存しなかつたこと、それにも拘らず、被告平野は被告田添ら池田組関係者をして本件居室を金融業の事務所に改装させ、自らが代表取締役となつて池田総業有限会社を設立して本件居室を本店とし、金融業を行つたことは前認定のとおりである。
右の経緯からみれば、原告代理人水谷と被告平野の間において、本件居室が飲食業の店舗に使用されることについては明らかに合意が存在したということができ、本件賃貸借契約書においても右のとおりの記載があるのであるから、この点に関する原告代理人水谷の意思表示には何らの錯誤も存せず、右合意に違反して被告平野が本件居室において金融業を行つた点は、解除事由の有無の問題になるにすぎない。
よつて、本件賃貸借契約当時、被告平野が本件居室を被告会社等に使用させたり、金融業の事務所に使用したりする目的を有していたことを知らないで、原告が本件賃貸借契約を締結したことが要素の錯誤に当たるから右契約は無効であるとの原告の主張は、失当といわざるをえない。
2 次に、解除の主張について検討する。
被告平野が、本件居室の使用目的に関し、原告との間で、金融業を営むことにつき合意がなかつたにも拘らず、被告会社を設立して本件居室で金融業を行つたことは前示のとおりである。
本件建物の如き賃貸ビルの店舗の賃貸借契約においては、店舗の営業目的は、他の店舗賃借人の営業との関係や賃料の確保の点からみても、賃貸人にとつて重要な事項と解されるから、業種指定の特約に明白に違反する営業を賃借人が行つた場合は、特段の事情がある場合を除き債務不履行として解除事由に当たると解されるところ、被告平野の前認定の行為は明らかに店舗使用目的(業種の指定)に関する原告・被告平野間の約定に違反しているから、解除事由に該当するということができる。
そして、原告は、被告平野に対し、昭和五七年四月二〇日到達の内容証明郵便をもつて解除の意思表示をしたのであるから、本件賃貸借契約は右同日解除されたものと解するのが相当である。
(稲葉耶季)