大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和58年(ワ)1254号 判決 1985年12月20日

原告

石黒利正

右訴訟代理人

景山米夫

山田高司

右訴訟復代理人

福間昌作

被告

北村国春

田中明子

右被告両名訴訟代理人

山岸赳夫

右訴訟復代理人

成田龍一

主文

一  被告らは別紙物件目録(二)記載の鳩舎を撤去せよ。

二  被告らは原告に対し、別紙物件目録(一)記載の建物を明渡し、かつ昭和五八年五月一八日から右建物の明渡し済みに至るまで各自一か月金四万一〇〇〇円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

主文同旨の判決並びに仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告の亡父石黒千代次(以下「亡千代次」という。)は、昭和五二年頃、その所有にかかる別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件賃貸建物」という。)を、使用目的をスナック、バーの営業及び居住用とする約定で被告らに賃貸した。

後記原告が右賃貸借契約の解除の意思表示をなした当時の賃料額は一か月金四万一〇〇〇円である。

2  亡千代次は昭和五六年一二月一〇日死亡し、原告は相続により本件賃貸建物の所有権及び前項の賃貸借における賃貸人たる地位を承継した。

3  被告らは、昭和五六年頃、本件賃貸建物の敷地内に別紙物件目録(二)記載の鳩舎(以下「本件鳩舎」という。)を設置し、被告北村国春において約一〇〇羽の鳩を飼育している。

4  右は、次のとおり賃借人の義務に違反するものである。すなわち、

(一) 原告は、本件賃貸建物の敷地である別紙物件目録(三)記載の土地の所有者でもあるところ、本件鳩舎は独立した建物たる形態を有しているから、本件鳩舎の設置は本件賃貸建物の敷地上に建物を無断建築したものとみるべきである。そして、右は本件賃貸建物の敷地利用方法を著しく逸脱するものであることが明らかであるから右は賃借人の用法違反である。

仮に本件鳩舎が建物とはいえないとしても、本件鳩舎が本件賃貸建物の敷地を利用している点は同様であり、右が本件賃貸建物の敷地利用方法を著しく逸脱するものであることは同様である。

(二) 本件鳩舎の設置は前記賃貸借の賃借目的(スナック、バーの営業及び居住用)に反するものであるから、これまた賃借人の用法違反である。

(三) 本件鳩舎は本件賃貸建物に接続して設置されているものであるから、本件鳩舎の設置は本件賃貸建物について被告らが負担する善管注意義務に違反するものである。

5  前記のとおり被告北村国春は本件鳩舎において鳩を約一〇〇羽飼育しているところ、右の如き多数の鳩の鳴き声、臭気等によつて近隣住民の生活は著しく害されており、原告に対して賃貸人としての責任を追及する苦情が絶えない。

右は被告らの背信行為というべきである。

6  原告は被告らに対し昭和五八年四月六日到達の内容証明郵便により本件賃貸借契約を本件鳩舎の無断建築及び鳩の騒音、汚臭を理由として解除する旨の意思表示をした。

7  よつて、原告は被告らに対し別紙物件目録(三)記載の土地所有権及び本件賃貸借契約の終了に基づき、本件鳩舎の撤去並びに本件賃貸建物の明渡し及び本件訴状送達の日の翌日である昭和五八年五月一八日から右建物の明渡し済みに至るまでの各自一か月金四万一〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払いを各求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1、2は認める。

但し、原告主張の本件賃貸借の賃料額は昭和五七年六月に値上げされた後のものである。

2  同3のうち、本件鳩舎の設置年月日を除くその余の事実は認める。本件鳩舎を設置したのは昭和五五年六月である。なお、被告北村国春の飼育する鳩はレース鳩であり、レースの後は帰らない鳩がいるため約六〇羽に減少している。

3  同4は争う。

本件鳩舎は人の起居を目的としたものでないことは勿論、内部が二層に仕切つてあり、人は腰をかがめて出入りする鳥小屋としての構造を有するもので、本件賃貸家屋ともボルトで連結されているに過ぎないのであるから、建物ではなく造作である。

4  同5は争う。

鳩の鳴き声は低音かつ小音であり、多数の鳩がいても「うるさい」という状態にはならない。また、鳩の糞は臭いは殆んどなく、すぐ乾燥してバラバラになるものであり、鳩は鳩舎の近くでは鳩舎外で糞をしない習性をもつていて、本件鳩舎の屋根にも糞は殆んどない。

5  同6は認める。

6  同7は争う。

三  被告の主張

1  被告北村国春は、本件鳩舎を設置するに当つて予め亡千代次からその設置についての承諾を得ている。

2  仮りに本件鳩舎の設置について亡千代次の承諾がないとしても、原告は本件訴訟提起に至るまで本件鳩舎の設置に異議を述べることもなく、また、本件鳩舎が設置されていることを知りながら、昭和五七年六月には本件賃貸借契約賃料を値上げするとともに新たに契約書を作成したのであるから、右契約書の作成により原告は本件鳩舎の設置を追認したものというべきである。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1、2、6の事実及び同3のうち本件鳩舎の設置時期を除くその余の事実は、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、被告らが本件鳩舎を設置したのは昭和五五年五、六月頃であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

二被告らは、本件鳩舎を設置するについては予め亡千代次の承諾を得ている旨主張するので、まずその点について判断する。

被告北村国春、同田中明子はいずれも、被告らが本件賃貸建物を賃借するに際し、被告北村国春が当時鳩を飼育していることを亡千代次に話し、同人から鳩舎を設置することの了解を得、その後本件賃貸建物で被告らが営業を開始したスナックに亡千代次が来店した際にも、鳩舎を設置することの了解を得ている旨各供述する。

しかしながら、本件鳩舎は後記説示のとおり建物とはいえないまでも木造亜鉛メッキ鋼板ぶき二階建の構造を有し、床面積一五・六平方メートルに達するもので、本件賃貸建物そのものを支えとする相当大きな構造物であつて、単に鑑賞用、愛玩用の鳥類を飼育するためのいわば鳥籠程度の工作物とは規模において全く異なるものといわなければならないところ、かかる大規模な構造物の設置を賃貸借の当初から無条件で認めることは通常考え難いことであり、しかも本件賃貸借の開始から被告らが本件鳩舎を設置するまでの期間が二年以上も存すること、<証拠>により被告らが本件鳩舎を設置するまでの間被告北村国春が本件賃貸借開始以前から飼育していた鳩は被告らが居住していた春日井市所在の家屋で飼育していたことが認められることからすれば、本件賃貸借の当初から将来本件賃貸建物で鳩を飼育する計画を被告らにおいて有していたかは極めて疑わしいのであるから、被告北村国春、同田中明子の各供述をもつて本件賃貸借契約をなす際に既に亡千代次において本件鳩舎を設置することを承諾していたものとみることはできない。他に右を認めるに足りる証拠はない。

次に、本件賃貸借開始の後、本件鳩舎設置に至るまでの間に、亡千代次において本件鳩舎を設置することを承諾したことが認められるかについてみるに、<証拠>によれば、亡千代次は、昭和五二年七月二五日から同年一二月一六日まで脳血管障害後遺症、高血圧症等の疾病により名古屋市東区所在の国立療養所東名古屋病院に入院していたこと、右病院退院後も右片麻痺が存し約五分程度の散歩をする程度でそれ以上の歩行は困難な状態にあり、頭ははつきりしていたもののろれつも多少回らない状態にあつたこと、昭和五四年六月頃からはその死亡に至るまで歩行不能であつたこと及び右国立療養所東名古屋病院退院後における亡千代次の居住地から本件賃貸建物までは徒歩一〇分程度の距離が存したことの各事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実からすれば、右国立療養所東名古屋病院に入院するまでの期間中に本件鳩舎を設置することを承諾したことは、前記本件賃貸借の契約をなす際に承諾を与えたことが認められないことと同様の理由によりこれを認めることができないし、その後においては本件賃貸建物に亡千代次が来店することは考え難い点で前記被告北村国春、同田中明子の各供述は採用し難いものというほかはない。他に亡千代次において本件賃貸借開始後に本件鳩舎の設置を承諾したことを認めるに足りる証拠はない。

三被告らは、また、原告は本件鳩舎の設置を追認した旨主張する。

なるほど、<証拠>によれば、本件鳩舎の存在は外部から容易に看取されるものであること、原告と被告らとの間において本件鳩舎設置の後である昭和五七年六月一一日付で本件賃貸建物に関して契約書が作成されていることの各事実が認められるから、被告ら主張の如く原告において本件鳩舎の存在を知悉してなお本件賃貸借の継続を認めたものと解されないでもない。

しかしながら、<証拠>によれば、本件賃貸借の賃料は銀行振込みになつていること及び原告方と本件賃貸建物とは約四〇〇メートル程度離れていることの各事実が認められ、他に特段本件鳩舎の設置から右契約書作成に至るまで原告において本件賃貸建物の見廻りをした等の事情も窺われないから、本件鳩舎の存在が外部から容易に看取されるものであるとの一事で原告が当然に右契約書作成当時本件鳩舎の存在を知悉していたものともいい難いのみならず、右契約書(乙第一号証)中には本件鳩舎の存在について何ら触れられておらず、かつ、本件において右契約書作成時に本件鳩舎が話題となつた形跡は全く窺われないのであるから、前記のとおり本件鳩舎の如き大規模な構造物の設置を賃貸人においてたやすく認めることが通常考え難いことからしても、前記事情の存在から被告らの前記主張を肯認することはできない。他に前記被告らの主張を認めるに足りる証拠はない。

四そこで、本件鳩舎の設置が賃貸人の義務に違反するものであるか否かについて判断するに、本件鳩舎の規模、構造は前記のとおりであり、本件賃貸建物そのものを支えとするものである(本件鳩舎は別紙物件目録添付図面のとおり本件賃貸建物の平家部分の上部にある鉄骨柱二本、木柱二本及び本件賃貸建物の壁を支えとし、本件賃貸建物の平家部分の屋根上に設置されている。右鉄骨柱及び木柱は本件賃貸建物の敷地に設置されている。)点で独立した土地の定着物ということはできないし、弁論の全趣旨によれば本件鳩舎と本件賃貸建物の連結はボルトによりされていて撤去も比較的容易であることが認められるから、本件賃貸建物の増築部分ということもできない(結局、建物若しくは建物構成部分でない工作物というほかはない。)。従つて、本件鳩舎が建物であることを前提とする原告の被告らの義務違反の主張は理由がないが、本件鳩舎が本件賃貸建物の敷地に基礎を置く鉄骨柱及び木柱を支えの一部とする点で本件賃貸建物の敷地を利用していることは明らかであり、かつ、本件鳩舎の規模を考えれば、右が賃借人の敷地利用方法を逸脱するものとみるべきことは明らかである。

一方、被告北村国春が本件鳩舎において約一〇〇羽の鳩を飼育していることは前記のとおりであり、仮に被告ら主張のとおり鳩の鳴き声が低音かつ小音であり鳩の糞は臭いが殆んどないものとしても、その騒音、臭気が絶無のものとは到底考えられないのであつて、殊に本件賃貸建物の如き共同住宅にあつては、他の居住者に対する配慮の点からも右の如き多数の鳩の飼育は慎まなければならない行為であることはいうまでもない(現に弁論の全趣旨によれば、被告北村国春の飼育する鳩を原因として被告らと近隣住民との間で軋轢を生じ、近隣住民から被告らに対する訴えが提起されるまでに至つていることが認められる。)。従つて、右の如き多数の鳩の飼育は愛玩用小動物を少数飼育する場合と全く異なるものというべく、居住を目的とする建物賃貸借契約において当然に賃貸借契約の内容として許容されるものとはいい難いものである。

してみると、被告北村国春が約一〇〇羽の鳩を飼育する行為は、本件賃貸借の目的(前掲乙第一号証によれば住居若しくは店舗用であることが認められる。)に反するものというべきである。

更に、本件鳩舎が本件賃貸建物にボトルで連結されていることは前記のとおりであるところ、右が増築に該らないにせよ本件賃貸建物に変更を加えるものであることは明らかであり、被告らが負担する注意義務に違反するものであることこれまた明らかである。

以上の被告らの各義務違反行為について考えるに、右各義務違反行為はその各々のみをとり上げるときは或いは本件賃貸借を解除する原因たるべき背信行為に該るものでないと考える余地もないではないが、右はいずれも被告らが本件鳩舎を設置し、被告北村国春において多数の鳩を飼育するという行為をその違反原因とするものであつて、右を総合すれば、これを被告らの背信行為とみて何ら差支えないものである。従つて、前記各違反行為は本件賃貸借の解除原因となるものと解するのが相当である。

五以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条一項を適用し、仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官加藤義則 裁判官高橋利文 裁判官綿引 穣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例