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名古屋地方裁判所 昭和58年(ワ)1460号 判決

【事実】

第一  当事者の求める裁判

一  原告

被告は原告に対し金六九万五四二五円及びこれに対する昭和五七年一二月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言

二  被告

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  破産者藤野一男(以下「藤野」という)は昭和五八年二月七日自己破産の申立をなし、同年二月一二日午前一〇時名古屋地方裁判所半田支部において破産宣告を受け(同庁昭和五八年(フ)第五号事件)、同日原告がその破産管財人に選任された。

2  藤野は、日本碍子株式会社(以下「日本碍子」という)に雇用され、専ら同社知多工場成型部門の労働に従事していたものであるが、昭和五七年一二月一六日同社を退職した。右退職に伴い日本碍子から退職手当金として二二一万六八〇〇円が支給されることになつた。

3  しかして日本碍子は、昭和五七年一二月二四日藤野に右退職手当金を支払うに当り、労組関係金として六九万五四二五円を予め控除したうえ、これを日本碍子労働組合(以下「組合」という)を介して被告に支払つた。

4  しかし、藤野は右控除に同意していないし、これをもつて被告に対する債務の支払に充てる意思もなかつた。

仮に、藤野に右同意及び弁済の意思があつたとしても、日本碍子による右のような退職金の控除と弁済は、労働基準法二四条に規定する賃金の直接・全額払の原則に抵触し無効である。

右のとおり、被告は法律上の原因なくして六九万五四二五円を利得したものであるから、原告は被告に対し、これが返還を求める。

5  仮に、右支払が弁済として有効と認められるならば、破産法七二条一号に該当する行為であるから、原告は本訴においてこれを否認し、右六九万五四二五円の返還を求める。

すなわち藤野は、昭和四九年頃住宅の増築をなすに際し日本碍子から一五〇万円を借入れたほかいわゆるサラ金業者から金銭を借入れて右建築の資金としたが、その後のオイルショックによる給与収入の減少や昭和五六年秋頃に病に倒れたことから借入金の返済に窮し、このため他の金融機関、サラ金業者から借財をするといつた悪循環に陥り、雪ダルマ式に借金が増え、昭和五七年一二月頃には、その額が約一〇〇〇万円近くに達していた。この借財の返済のため、藤野は日本碍子を同年一二月一六日退職するのやむなきに至つたのである。

したがつて藤野としては右弁済当時、自己の責任財産が他の債権者への弁済に相当以上不足しており、右弁済によつて他の債権者を害することになることを当然知つていた。

6  よつて、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権もしくは否認権行使に基づき、金六九万五四二五円及びこれに対する被告がこれを受領した日の翌日である昭和五七年一二月二五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1は認める。

同2中藤野が日本碍子知多工場に勤務していたことは認めるがその余は不知。

同3中被告が昭和五七年一二月二四日組合から(但し藤野に対する貸金の返済金分として)六九万五四二五円の支払を受けたことを認めその余は不知。

同4は否認する。

同5中藤野の退職の理由と経緯は不知、その余は否認する。同6は争う。

三  抗弁

1  被告は昭和五六年二月二四日被告の会員である組合を介して、同組合員である藤野から一〇〇万円の借入の申込みを受け、審査のうえ貸付を決定し、同年三月三日次の約定で、一〇〇万円を貸渡した(以下「本件消費貸借」あるいは「本件貸金」という)。

(1) 利率 年8.52パーセント

(2) 返済方法 昭和五六年四月から同六一年三月まで毎月二七日に元利金二万六〇〇円宛(但し初回は二万六四三五円)

(3) 藤野が会員の構成員(組合員)の資格を喪失したときは当然に期限の利益を失い、ただちに残債務を一括弁済する。

2(一)  組合は、藤野が本件消費貸借契約を締結するについて担保提供をしている関係から、藤野との間において、同人が本件貸金全額の弁済をせずに退職したときは同人の退職金その他の支給金から未返済額を差引き返済させることを合意していた。

(二)  また組合は、三〇年以前から日本碍子との間において、退職金については直接明記した書面はないけれども、賃金等から被告に対する返済金をチェックオフする旨の協定を締結しており、藤野を含む組合員は全てこれを承諾していたものである。

(三)  そのうえ、組合は、退職金支給前に、同組合知多支部の女子事務員が藤野に対し、退職金から本件貸金残額を一括返済しなければならない旨話したところ、藤野はこれを了承していた。

3  しかして、被告は、藤野の使者もしくは代理人である組合から、昭和五七年一二月二四日本件貸金残元金及び利息の一括弁済として六九万五二二五円の支払を受けた。

4  被告は、右弁済を、本件消費貸借契約中の約定に基づき、従前の取扱いのとおり他の組合員への貸金の返済分と合せて組合から支払われたので、何ら問題のない一括弁済と信じてこれを受領したにすぎず、藤野の退職の理由と経緯はもとより、組合がこれを退職金の中から差し引いた事情も関知していない。

従つて、被告は藤野から本件貸金の一括弁済を受けるにつき、これが他の債権者を害することを知らなかつたものである。

四  抗弁に対する認否と反論

1  抗弁1中本件消費貸借契約の成立を認め、利率と返済方法についての約定は不知、期限の利益喪失についての約定は否認する。

同2の(一)は不認し、同(二)は不知、同(三)中藤野に組合知多支部の女子事務員から本件貸金残額を一括返済しなければならない旨の話のあつたことを認め、その余は否認する。

同3中組合が藤野の使者もしくは代理人であることは否認し、その余は不知。

同4中前段は不知、後段は否認する。

2  労働金庫法の諸規定、及び組合員が被告から貸付等を受けるについて組合が定めている「労働金庫対策委員会規定」の諸条項並びに組合が藤野から本件貸金を申込みを受けて本件消費貸借契約が締結され、組合をとおして貸付金が藤野に交付され、以後賃金からの返済と退職金からの一括弁済がなされるに至るまでの組合のとつた諸手続の実際、更には組合はこれを被告からの指導を受けて実施していたこと、藤野が組合と被告との法的関係を知らず、組合を被告の使者もしくは代理人と考えていたこと等に照らすと、組合は被告の使者もしくは代理人とみなされるべきである。

しかるところ、組合の貸付担当者は藤野の退職の理由と経緯を知悉しており、従つて組合は被告への本件貸金残債務の一括弁済が他の債権者を害することを知つていたものであるから、当然本人と同視されるべき被告もこれを知つていたものとして、右弁済行為は否認されるべきである。

第三  証拠<省略>

【理由】

一請求原因1の事実及び藤野が日本碍子知多工場に勤務していたこと、被告が組合から六九万五四二五円の支払を受けたこと、藤野と被告間に本件消費貸借契約の成立したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件消費貸借締結に伴つて被告主張のとおり利率、返済方法、期限の利益喪失に関する約定のなされたこと、藤野は昭和五七年一二月一六日日本碍子を退職し、同社から退職手当として二二一万六八〇〇円が支給されることになつたこと、日本碍子は同年同月二四日右退職手当金の中から労組関係金として六九万五四二五円を控除(チェックオフ)してこれを組合へ引渡し、組合は本件貸金の一括返済分として、前記のとおり被告へ支払つたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

二<証拠>によれば次の事実が認められこの認定を左右するに足りる証拠はない。

1  被告は労働金庫法により設立された法人であり、組合は被告の会員、藤野は組合員として会員を構成する間接構成員であつたものである。

組合は、被告と間接構成員の貯蓄、資金の借入れに関して「労働金庫対策委員会規定」なる取扱い準則を設け、これを組合の規約の一部として組合員に周知を図つている。同規定には生活資金の貸付(六、七条)融資の申込(八条)融資の審査(九条)利息(一〇条)についての定めがあるほか貸付金の返済(一一条)として「貸付金の返済は労働金庫の定める月賦償還方式によるものとし、毎月の返済金は融資を受けた者の給料から引去り委員会を通じて労働金庫に納入するものとする。」との定めが、また特別の返済(一二条)として「借受人が全額を償還せずして退職又は死亡したときはその者の退職金又はその他の支給金から未償還額を差し引き返済せしむるものとする。」との定めがなされている。

そこで組合員が被告から融資を受ける場合の処理手続をみてみるに、組合は組合員からその旨の依頼を受けると右規定に則つて、組合員が融資を受けるための資格、要件を充たしているか否かを審査し、ついで被告宛の借入申込書、金銭消費貸借契約書の申込人欄、連帯保証人欄等にもれがないかどうか、印鑑登録証明書等附属書類の添付がなされているか否かを確認したうえ、右借入申込書に「組合(労働金庫対策委員会)」において右借入申込みを承認した」旨及び「被告の規定を遵守し返済完了まで協力する。」旨を附記してこれら関係書類を被告に提出する。なお、組合は組合員たる間接構成員の生活資金の借入れについて、予め被告に対し被告との間で取り決めた額の定期預金を担保として提供している。被告は組合から右借入申込書等の書類の提出があると形式的に書類審査をしたのみで、これが整つていれば融資の決定をし、組合をとおして借入申込人へ貸付金を交付する。被告は右のような生活資金の貸付金の返済について、個々の組合員から直接取り立てることはせず、組合が組合員の給料等から差し引いた分を、他の組合員の返済金と一括して、組合から受け取つている。

そして本件貸金は藤野の生活資金としての貸付であるところ、その契約の締結から貸付金の交付及び分割弁済金の被告に対する返済手続と方法は右に記した一般的取扱いと全く同一であつた。

2  組合は日本碍子との間に、遅くとも十数年以前から、組合員の賃金の中から被告に対する借入金の返済分を控除して組合へ引渡す(チェックオフ)協定を結び、その旨の労働協約書を取り交してそのとおり実行してきている。

ところで退職金については労働協約書にチェックオフに関する明文の取り決めはないけれども、双方とも賃金と同性質のものであるとの前提で、日本碍子は組合から知らされている「労働金庫対策委員会規定」に基づき、賃金と同様チェックオフの対象として取扱つてきている。

3  右12に認定した事実に加えて藤野が十数年来、日本碍子の社員でかつ組合員であつたこと、本件消費貸借の他に、かつて被告から生活資金の融資を受けたことがあり、その時の借入れ、返済手続等についても、組合及び被告らによつて前同様の処理がなされたが、藤野はこれに対し何ら不満がなかつたことなどを総合考慮すると、藤野は本件消費貸借契約の締結から返済に至るまでの処理手続について、組合が前記規定に従つてなすことを組合に一任していたことが認められる。

三以上によれば、被告は昭和五七年一二月二四日、藤野の使者もしくは代理人である組合から、藤野が日本碍子を退職し、組合員の資格を失つたことにより当然に期限の利益を喪失し直ちに一括弁済すべきこととなつた本件貸金の元利金残額への弁済として、同人の退職金からチェックオフされた六九万五四二五円の支払を受けたものというべきである。

もつとも藤野において、本件消費貸借契約を締結する際、被告と組合の人格の異同につき明確な認識はなく、また前記労働金庫対策委員会規定や労働協約のチェックオフに関する個々の項目及び処理手続の実際を一一承知していたわけではないことは同人の証言によつて窺えるけれども、本件消費貸借についての処理手続は「労働組合の福利共済活動のために金融の円滑を図りもつて健全な発達を促進するとともに労働者の経済的地位の向上に資する目的」で制定された労働金庫法に基礎を置く被告労働金庫とその会員である組合及び間接構成員である組合員藤野の間でなされたものであること、それ故、被告は公益的見地から貸付等についても種々制約を受けており、貸借の内容の決定からその処理手続について組合員の実状を良く把握しうる立場にある組合の協力を得て、統一的、画一的に処理することが望まれること等に照らすと、藤野において、組合をとおして、自己の退職金から本件貸金に対し一括弁済する意思がなかつたとみるのは相当でない。

四原告は右一括弁済金の退職金からのチェックオフが労働基準法二四条に違反して無効である旨主張するけれども、退職金についても、組合と日本碍子との間において、永年賃金におけるのと同様にチェックオフの対象とされて来ていたこと、それが藤野にとつて何ら不都合をもたらすものではなく、藤野がこれを承認していたことは二の23に設定したとおりであるうえ、組合から会社に提示されていた「労働金庫対策委員会規定」は右チェックオフ協定を成文化した書面と同視し得ることなどに照らすと、右チェックオフが労働者への賃金の直接、全額払の原則に背馳する違法なものとは解されず、他にこれが同法条に違反する事由も見出せないから原告の右主張は採用しない。

五原告は右一括弁済が有効とすれば、破産法七二条一号に該当する行為であるからこれを否認する旨主張するので検討する。

<証拠>によれば、藤野は昭和五七年一二月中頃、サラ金業者からの分を含め、一〇〇〇万円近い借金をかかえて、その金利の支払にも窮していたこと、そのため退職金によつて高利の借金だけでも支払いたいとの考えもあつて退職を決意したものであること、ところが退職金を受取る前に、組合知多支部の女子事務員から退職金の中から前記のとおり被告に対する一括弁済分が差し引かれる旨を聞かされ(この事実は当事者間に争いがない)不満もあつたがやむを得ないとしてこれを了承したことが認められ、これらの事実によれば藤野は自己の退職金から被告への一括弁済のなされることによつて、他の一般債権者を害することになることを認識していたことが認められる。

しかしながら右弁済を受けるべき被告において、そのような事情を一切認識していなかつたことは前掲各証拠及び被告が右一括弁済金を受領した経過に照らして明らかである。

原告は、組合は被告の使者もしくは代理人とみるべきものであるとの前提で、組合において右事情を知悉していたから被告も知つていたとみなされるべき旨主張するけれども、その前提事実の認め難いことは前認定のとおりである。なお、本件消費貸借の貸主及び借主の双方に密接な関係のある組合が、借主である藤野のためにした行為が、事実上、貸主である被告の利益となることがあること、それが債務の弁済行為であるような場合はなお更のこと、は確かであるが、そのこと故に、借主の使者もしくは代理人であつた者が、弁済の段階において法的に、貸主の使者もしくは代理人の立場に変ずるということは通常考えられないことであるばかりか、仮にも、組合が被告の構成会員であるといつた関係にあることを理由に破産法七二条一号但書の他の債権者を害することを知つていたか否かにつき、原告主張のように組合についてこれを考えるとすれば、それは労働金庫法の前記立法の趣旨にも反し、一般の貸主であれば、債務弁済の際、借主の使者もしくは代理人が他の債権者を害することを知つていたか否かにかかわらず、貸主につき別個独立に判断されるのに、被告の場合は、労働金庫法による前記貸付制度の運用実態などからして、そのような判断の余地を封ぜられることになり、結果的にも、却つて被告を他の一般債権者より不利益に取扱うことになり公平を欠くというべきであるから原告の右主張は採用しえない。

したがつて、右一括弁済行為をもつて、破産法七二条一号による否認の対象とすることはできない。

(川端浩 福田晧一 佐藤明)

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