名古屋地方裁判所 昭和58年(ワ)1546号 判決 1987年4月15日
原告
藤村伸次
右訴訟代理人弁護士
渥美裕資
被告
愛知県
右代表者知事
鈴木礼治
右訴訟代理人弁護士
棚橋隆
同
大道寺徹也
同
立岡亘
右指定代理人
鈴木隆俊
外五名
被告
碧南市
右代表者市長
小林淳三
右訴訟代理人弁護士
四橋善美
右指定代理人
石川安雄
外三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の申立
一 原告
被告らは原告に対し連帯して金九〇万円及びこれに対する昭和五八年四月一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
仮執行の宣言。
二 被告ら
主文と同旨。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、昭和四八年慶應義塾大学文学部史学科を卒業の後、同年六月三〇日社会科中学校教諭一級普通、同高等学校教諭二級普通免許状を取得した教諭であり、昭和四九年四月一日、愛知県碧南市公立学校教員に任命された。
右採用後、原告は、昭和四九年四月から同五二年三月までの間、碧南市立新川小学校に、同年四月から同五三年三月までの間、同市立西端小学校に、同年四月から同五四年三月までの間、同市立日進小学校に、同年四月から現在に至るまで同市立南中学校(以下「南中学校」という。)に配置され、教諭として勤務しているものである。
2 原告は自らの教育信念に基づき、教科書の記載事項の単なる伝授を超え八ミリビデオその他の各種教材を使用して生徒に問題提起をし、共に考えるという教育を実践してきた他、次のとおり不当な教育慣習、学校運営、勤務条件について反対し、これを是正するための行動を採つてきた。
(一) 勤務条件に関する措置要求
昭和五六年六月二六日、原告は勤務時間に関する措置要求を愛知県人事委員会へ提出し、拘束時間外の超過勤務の是正を求めた。
(二) 財団法人愛知教育文化振興会編纂の副教材等の事実上の強制的購入と使用を是正するための行動
右財団法人は、愛知第二師範、岡崎師範、愛知学芸大学、愛知教育大学の出身者で構成する竜城会と一体となつて、東西三河地方の教育現場を学閥により支配し、教育の画一化をもたらしているので、原告は、右教材等の一括購入に反対し、これを返品するなどの行動をした。
(三) 定期試験において授業担当者作成の試験問題を許さないことに対する異議申立
南中学校においては、中間期末等の定期試験は、学年共通の試験問題で実施することになつていた。これに対し原告は自己担当学級については授業担当者である原告作成の問題で試験を実施することを希望し、これを要求してきた。
(四) 「中部統一テスト」等の強制的受験に対する異議申立
原告は、南中学校においては業者テストである中部統一テストを三年生(年六回)のみならず一、二年生(年三回)に対しても強制的に受験させ、授業時間内に実施したり、教員に対しても半強制的に試験の監督に従事させたりなどしたことに対し批判してきた。そして昭和五六年七月末実施の一年生の同テストにおいてやむをえず試験監督を行つたところ、近藤校長から一〇〇〇円の支給がなされたので抗議して返金した。なお文部省の見解も、教員がテスト業者から金銭を受け取ることは許されないというものである。
(五) 胸部エックス線撮影拒否減給処分に対する不服申立
原告は、昭和五六年五月、胸部エックス線間接撮影を健康上の理由(原告自身のこれまでのエックス線被曝量とエックス線撮影によるリスク)で拒否し、これに代えてかく痰検査、血沈検査を受けた。これに対し、愛知県教育委員会は、昭和五六年一〇月一日、原告に対し一〇分の1.1ヵ月の減給処分を行つた。原告はこれに対し、愛知県人事委員会に不服申立を行い、現在審理中である。
(六) 県費旅費につき適正な運用を求める請求
愛知県下の小中学校では、教師一人あたり五万円以上の県費旅費が予算化されていてプール制がしかれ、各学校の校長等管理職がこれを管理している。
しかるに、昭和五六年度、原告の要求にもかかわらず、南中学校近藤校長は原告に対し一度も県外視察の出張命令を出さず、二年生担当である原告に対し、同五七年七月一四日から一六日の間の「みどりの学校」(二年生参加の林間学校)への主張命令も出さなかつた。二年生担当の教員に命令を出さない前例はない。また、原告が要求しても、同校では県費旅費の経理が一切公開されなかつた。そこで、原告は昭和五七年四月二六日、同校管理職に対する県費旅費に関する委任を解除する旨を西三河教育事務所へ届け出た。
さらに、昭和五七、五八年度も県外視察(同五八年度は春秋の遠足も)の出張命令が原告に対し出されなかつた。
なお、原告が前記日進小学校(当時、近藤彰一校長)に勤務していた頃、原告名の県費旅費請求の委任状が無断で作成されている事実を知り、委任状の無効を愛知県教育委員会に通知した。
(七) 碧南市教育委員会の学校訪問に対する異議申立
碧南市の小中学校では、毎年春秋一回、教育長、教育委員ら市教育委員会関係者による「学校訪問」が行われる。この学校訪問では、教育委員会関係者が各教員の授業を視察し、授業内容について意見を述べることが珍しくなく、原告は右学校訪問は学校教育に対する「不当な支配」(教育基本法一〇条)に該当し、戦前の視学官制度と性質を同じくするものであると考え、これに異議を申立てた。
すなわち、南中学校において、昭和五六年一〇月一四日中根仙吉市教育委員会教育長、鳥居拓同指導室長外の市教委関係者による学校訪問が行われた際、原告は右教育長らに対し、その法的根拠、法的権限について問い質した。その結果右期日には原告が授業を行つていた教室についてのみ学校訪問が行われなかつた。その後、同校校長は、同年一一月一九日口頭で、同月二六日書面で、実質的根拠を示すことなく同月二七日の学校訪問に応ずるよう指示し、原告はやむなくこれに従つた。
なお昭和五七年一一月九日も、職務命令の結果、原告はやむなく学校訪問に応じた。
3 本件処分
(一) 原告は、南中学校で勤務を開始した昭和五四年度から、生徒との直接的指導教育の場を多く持つため、学級担任の校務分掌を希望していたが、受け入れられず、昭和五四年ないし五六年度は一年生副担任、同五七年度は二年生副担任を命じられた。
(二) 昭和五八年度の校務分掌は同年四月一日同南中学校長近藤彰一(以下「近藤校長」という。)より命じられたのであるが、原告に対しては、希望した学級担任のみならず前年度までの学年副担任すら外され、各学年の学級担任から全く除外された校務分掌が命じられた(以下「本件校務分掌決定」という。)。これを端的に言えば、学級担任・学年副担任(以下「学級担任等」という。)から外す配置替え処分(以下「本件処分」という。)が行われたものと言うべきである。
(三) 同校においては、これまで、校長、教頭、教務主任、校務主任、保健主事、生徒指導主事、進路指導主事といつた管理職及び養護、適正学級(知恵遅れ児童等対象)担当教員、事務主事以外の一般教員は全員がいずれかの学級の担任または学年副担任となり、各学年の学級担任等で構成する学年会の一員となつていた。しかるに原告については、本件処分当時、同校長より「生徒指導等補佐してもらう」と一回言われただけで、とくに役職に任じられることもなく具体的に担当職務を与えられたこともなく、これまでにない異例の校務分掌である。ちなみに、昭和五八年度においても、原告以外の教員は前記管理職等を除き全員が学級担任等を命じられている。
4 本件処分の違法性
(一)(1) 教師には学問の自由(憲法の保障する学問の自由は、学問研究の自由ばかりでなく、その結果を教授する自由を含む)の一内容として、また子どもの教育を受ける権利に対応するものとして(教育活動は高度の専門性・創造性・自主性が要請されるものであり、教育の専門的自律性や自主的責任性にねざす教師の教育の自由・教育権が子どもの教育を受ける権利の積極的保障に含まれる制度原理をなすと解される。)、あるいは教育基本法一〇条の保障する教育の自主性の法的保障(法律的、行政的不当な支配からの独立)等を根拠に、教師の教育の自由、教育権が保障されているというべきである。
(2) 原告は、教諭として、右の教育の自由、教育権に由来する権限として、生徒の教育を掌る法的権利を有するところ(学校教育法四〇条、二八条六号)、本件処分により学級担任等として生徒を教育することが不可能となつたほか、教科指導外の場での教育についても制約を受け、右権利が侵害され、とりわけ、原告には次のような事態が生じている。
(イ) 南中学校においては、前記管理職等を除いた全員が学級担任等となり学年会を構成しているが、学校行事の方針、定期試験・業者試験の実施生徒指導の方針等は主として右学年会で討議し決定されている。これに対し全員で構成する職員会は事実上は伝達機関にすぎない。原告はこれまで前記のとおりの教育実践を行つてきたが、学年会ないし学年としての研究活動は原告の右教育実践において重要な位置を占め、本件処分によりこれが不可能となつた。
(ロ) 学校行事(遠足・林間学校「みどりの学校」等)は学年単位で運営され、右学校行事を通して生徒の教育を行うことが不可能になつた。
(二) 本件処分は校長がその職務権限を越えて濫用したものである。
(1) 校務分掌決定権の帰属
(イ) 前叙のとおり、教師には教育の自由、教育権が保障されているところ、この教育権に含まれる基本原理として各教師が担当の教育活動に関する内容決定権のほか、教育活動によつては、性質上、学校教員全体で決定し責任を負つていくべきものがあり、この場合、教員集団が職員会議を通して決定するという教育自治権が認められるべきである。
(ロ) 学級担任や専科担当などの校務分掌の決定は、校内人事ではあるが、各学校による教育課程編成(教育活動の一部であることはいうまでもない)の人的側面を成している。従つて、この教育校務分掌の決定権は前述した学校教員集団の自治に属し、教育校務分掌に関しては、生徒の教育に直接責任を負つている教師の教育権の行使の一環として、職員会議を通じる教員集団の自治権が認められなければならないのであり、どのような教育方針に基づき、どのような教員配置体制のもとで学校生徒全体の教育を行うかについては教員集団が主導的に審議決定すべきことである。
(ハ) たしかに、中学校の校長は、学校教育法(以下「学校法」という)により、校務をつかさどり、所属職員を監督するとされている。しかし、前記の教師の教育の自由、教育権の保障に照らせば、校長の職務権限として教育課程、教育活動に関する校務分掌についての強制的命令権は含まれていないというべきであつて、その決定権は職員会議に属し、校長はそれへの助言的参加と対外的公示に関する権限を有するにすぎないというべきである。
(ニ) 従つて、教員集団の協議によつて決すべき校務分掌を校長において専決した本件校務分掌決定は、手続的に著しい瑕疵があり、かつ原告の教員集団の構成員として校務分掌決定に参加する権利(教師としての教育権)を無視した違法な決定である。
(2) 校長の裁量権の逸脱
校長は本来校務分掌の決定権を有しないのであるが、仮に最終的な決定権が校長に属するとしても、本件校務分掌決定は次のとおり同決定にさいしての裁量権を逸脱した違法なものである。
(イ) 被告は、校務分掌は「学校運営を能率的に行うためのものであり、校務を配置された職員によつて円滑に実施する」点に基準を置いて決定すべきものと主張する。しかし、校務分掌は前記のとおり教育課程編成の人的側面を有するものであるから、これを捨象して単に能率的効果的学校運営という管理的側面のみに判断基準を置いてなした本件校務分掌決定は、判断基準を誤つた違法がある。
(ロ) 校務分掌の決定に当たつては、教師の教育の自由、教育権を尊重すべきであつて、これを侵害することは「不当な支配」に該当し許されない。しかるに、本件校務分掌決定は原告の右権利を侵害するのみならず原告の従前の教育的実践(定期試験の実施方法、学年会での多数決方式への反対、その他前記行為は正に教育の内的事項にほかならない)を評価の根拠として不利益な決定をなしたものであるから違法である。
(ハ) 仮に校務分掌についての最終的決定権が校長に委ねられているとしても、これを決定する際には、事柄の性質上教師の意見を十分に聴取尊重し、特別の合理的理由なくしては教師の意思に反した決定をなすべきものではない。しかるに、本件決定は原告について担任等に就かせないという異例な校務分掌を命ずるものであるにもかかわらず、原告の意見の聴取も事前の内示もなく突然言渡されたものであるから違法である。
(ニ) 本件校務分掌決定は、原告のこれまでの教育実践を不当に評価し、同学校内外における原告の教師としての評価、信用、名誉を著しく侵害する見せしめ的決定であり、校務分掌の本来の判断要素外の目的でなされた違法なものである。
(3) なお、教師の右のような教育の自由、教育権に基づく法的地位は、教師個人に対して法的に保護されるべき利益であるから、これが侵害された場合は国家賠償法の対象とされるべきである。
5 損害と責任
(一) 原告は、本件処分により、教員として生徒の教育を掌る権利を侵害されると共に、同校の内外における自己の教育実践を不当に評価され、原告の教員としての評価、信用、名誉を侵害された。また、近藤校長が教員の校務分掌決定権を無視し、一方的に本件処分を行つたことにより、多大の精神的苦痛を被つた。これらの精神的損害を金銭に見積もるなら金九〇万円を下まわることはない。
(二) 右損害は、被告碧南市(以下「被告市」という。)の公務員である同校校長がその職務を行うについて原告に加えたものであるから、被告市は国家賠償法一条により、被告愛知県は右校長の給与等の費用負担者として国家賠償法三条により右損害を賠償する責任がある。
二 被告両名の請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2冒頭事実のうち前段は不知。同2のうちその余は争う。
但し、(一)中原告主張の措置要求のなされたこと、(二)中教材等の一括購入に反対しこれを返品するなどの行動に出たこと、(三)中南中学校においては中間期末試験(定期試験)では学年統一の共通問題による試験が実施されることになつていたが、原告は自己作成の問題で試験を実施することを希望したこと、同(四)中南中学校において中部統一テストを実施していること、近藤校長が原告にその主張のような金員を支給したこと、原告が抗議して返金したこと、文部省の見解がその主張のとおりであること、同(五)中胸部エックス線間接撮影を拒否したこと、愛知県教育委員会が原告を減給処分にし、原告がこれに対して不服申立をし、現在審理中であること、同(六)中昭和五七年、五八年度も原告に対して出張命令が出されなかつたこと、同(七)中原告主張のとおりの学校訪問に対する異議の申出があり、学校訪問の期日を延期したことはいずれも認める。
3 同3(一)を認め、同(二)のうち、「これを端的に言えば」以下は否認するが、その余は認める。同(三)のうち、本件処分当時、同校長より「生徒指導等補佐してもらう」と一回言われたこと、昭和五八年度において、原告以外の教員は前記管理職等を除き全員が学級担任等を命じられていることは認めるが、その余は否認する。
4 同4は否認する。なお、被告らの主張は後記のとおりである。
5 同5は争う。
三 被告の主張
1 原告の主張する教育権の侵害について
原告は、本訴請求において「教員としての生徒の教育を掌る権利」が侵害された(付随的に自己の「教員としての評価・信用・名誉」が侵害された)と主張し、国家賠償法に基づき、その精神的損害につき賠償請求をなすが、主張自体失当である。
(一) 国家賠償法一条一項には、「違法に他人に損害を加えたときは」とあり、法的保護に値する(私的)利益の侵害の存することが、その請求の前提要件とされているところ、原告にはかかる(私的)利益の侵害事実が存しない。
原告は、自己の個人的利益として、教育権(生徒の教育を掌る法的利益)があると主張するが、これは原告の独自の見解である。すなわち、公立学校教員は、法令の規定、学校長の監督の制約の下に、その範囲内で、自らの創意工夫において授業を中心とする学校教育をつかさどるものであるが、かかる教員の創意、自発性について、学校の自主性とともに教員の自主性が尊重されなければならない(教育基本法一〇条一項及び六条二項参照)としても、そのことが直ちに教員個人に対して私的権利としての自由を保障するものでもなければ、教員個人の私的利益を保護する趣旨のものでもなく、およそ原告の主張するような私権としての教育権を観念する余地はないのである。
(二) また、校長の校務分掌権が校長の専権に属し、従つて、校務分掌の決定に関しては学校長に極めて広汎な裁量権があり、特段の事情のないかぎりその校務分掌決定が違法とされることのないことは後に詳述するとおりである。
(三) しかるに、本訴における原告の主張は、学校長の具体的な違法行為の主張もなければ原告の私的利益の侵害事実の主張もないのであるから主張自体失当というべきである。
2 校務分掌の決定について
(一) 中学校の校長は、学教法四〇条、二八条三項に基づき、校務をつかさどり、所属職員に対し一般的な指揮監督権を有している。具体的には、校務分掌に関する組織を定め、所属職員に分掌を命じ、校務を処理する権限を有するものである。
(二) 中学校の校長は、右のとおり校務分掌の組織を定め、職務命令として個々の職員に対し校務を分掌させているのであるが、学級担任等を決定するのもその一部である。校務分掌とは、学校運営について、校務を、配置された職員によつて能率的効果的に円滑に実施するため、個々の職員の能力、適性、特性、組織体における他職員との協働性・協調性等の複合的な要素を、校長が総合的に調整、考慮して判断し、決定するものであり、かかる校長の校務分掌権の行使に当たつて、校長が職員会議の議決又はその作成に係る案に拘束されるものではないことはいうまでもない。つまり、校務分掌決定権は、教員集団に属するものではなく、校長の専権なのである。また、校長がその権限に基づき、校務分掌決定をなすに当たつては、組織体としての当該学校における教育目的がより良く達成できるよう裁量をなし、これを決定すればよく、かかる観点からの能率的効果的な学校運営を図られれば足りるのである。したがつて、校務分掌決定手続において、各教員の同意又は了解を前提とすべきものでないことはいうまでもない。
(三) 以上の如く、校長の判断には、その高度な専門的・行政的判断に照らして相当の裁量権が認められており、それなくして時宜を得た適切妥当な処置が期待できないものである。したがつて、特に客観的な事実誤認など、その裁量権の行使に顕著な過誤が認められない限り、違法の問題を生ずる余地はない。
(四) 南中学校近藤校長は、南中学校の学校運営を能率的かつ効果的に推進すべく、前年度までの教育実践、生徒に対する教育成果、昭和五八年度定期教職員人事異動によつて新たに同校の構成員となる者を含めた職員構成、個個の職員の能力・適性・特性、職員間における協働性・協調性等の点について総合的な勘案をしたうえ、昭和五八年度の校務分掌に関する組織の策定及び職員の配置を決定したものである。
3 中学校における教科等の校務分掌の組織について
(一) 中学校における教科等に関する校務分掌の組織としては、通例、教科担任制がとられている。教科担任制とは、各教科をその専門の教員が担任して生徒の教育に当たる制度である。ちなみに、原告に関していえば、原告は、昭和五四年四月、南中学校に勤務して以来、一貫して社会科を担任してきているものである。
(二) ところで、教科担任制のもとにおける学級担任の役割とは、担任する学級の各教科以外の教育活動、すなわち、①生徒の健康状態の把握、観察②学級会活動の指導③給食指導④生徒個人の生活、行動状況の把握、指導⑤学業、進路指導等を含めた生徒指導⑥道徳及び安全の指導を、各担当するものであり、いずれも学級生徒の教育指導上、極めて重要なものである。
また、学年副担任の役割は、学年における各学級担任の役割を補佐ないし強化するものである。具体的には、当該学年の学級担任が出張、休暇等で不在の際の学級担任事務の代行をするものであり、学級担任及び学年副担任で構成される学年会に出席し、当該学年の学業、学級会活動、進路指導等も含めた生徒指導等の企画、立案及び運営に参画することも、学年副担任の重要な職務である。
(三) そもそも教育活動は、極めて精神的な活動であり、物品の生産の如くある程度計量化できる活動と異なり、日日一瞬一瞬成長してやまない生徒を対象とした、その時その時における活動の積み重ねによつて発展形成されていくものである。したがつて、授業を受ける個々の生徒にとつては、唯一回的、不回帰的なものであつて、計量しえない貴重なものである。
そのため、学級担任・学年副担任は、他の学級担任ないし学年副担任らとともに協働して、計画的かつ組織的な生徒指導に努め、生徒が基本的な知識や技能等を吸収しうるよう、学年全体の雰囲気を醸成させる必要があるのである。
したがつて、学級担任はもちろんのこと学年副担任は、生徒のために前記活動をなし、学年運営の円滑な進展を図るべく重要な役割を担つているのである。そのため、学年会への積極的参画、他の同僚教員との協調性、協働性が強く要求されている職務である。
4 原告の昭和五七年度までの言動等について
年度
学級関係
教科(社会科)関係
五四年度
一年副担任
一年の三学級、二年の三学級、計六学級
五五年度
一年副担任
一年の四学級、二年の二学級、計六学級
五六年度
一年副担任
一年の五学級
五七年度
二年副担任
一年の三学級、二年の二学級、計五学級
原告の南中学校における教科等の担任の経過は次のとおり<編注・前掲表>であるが、原告には以下に述べるとおりいくつかの問題となる言動等があつた。
(一) 原告は、定期試験に際し、担任教科に関する共通問題の作成及び採点を拒否した。
(1) 南中学校においては、従前から国語、数学、理科、社会、英語の五教科について、同一学年の全生徒を対象として、中間及び期末(一学期、二学期)、学年末(三学期)の年間五回、共通問題による定期試験を実施してきた(なお、各教科の担任教員は、定期試験のほかに、自己の担任する生徒に対し、授業の進行過程において、随時、自己の判断に基づき個別的に試験を実施している。)。
これは、各学年全生徒の学習到達度をみるため、共通の試験問題を受験させてその実態を把握し、かつ、今後の教科指導を進めていくうえに必要不可欠なものであり、また、各生徒の三年間の学習到達度合を系統的に理解し、併せて将来の進路指導等の参考に資するため重要なものである。
(2) このため、いずれの学年においても、当該学年の教科担任教員(二名ないし三名の複数)が事前に定期試験の試験範囲等を協議するとともに、各自分担して試験問題を作成してくることとなつているものである。
(3) 原告は、「試験問題は、授業者が直接、作問すべきだ。」との独自の見解のもとに、学級担任及び学年副担任で構成する学年会での話合いの席上、ただ一人、常に共通問題による定期試験の実施に反対し自説に固執したため、結論を得るに至らず、学年会としての共通理解の形成が乱された。
(4) 原告は、その担任する社会科の定期試験における共通問題の作問を拒否しつづけたため、他の教員だけでもつて共通問題を作成せざるをえなくなつたり、また、共通問題による試験の採点を原告が拒否したため、校長等が右定期試験の採点の代行をせざるをえなかつたりした。
なお、原告は、採点業務に関しては、昭和五六年度まではこれを拒否していたが、五七年度に至り、「将来、不利になるといけないから採点だけは参加する。」と発言し、これに従事するに至つた。
(二) 原告は、学年会の運営をしばしば阻害した。
学年会は、前述したとおり当該学年の諸種の問題(生徒指導、行事等)を協議するためのものであり、学年内の意思疎通の場として重要な役割を果しているところ、学年会が開催されていても、休憩時刻になると、原告は休憩時間だからと称して退席し、退席後なされた協議事項には何ら関与していないから自分は拘束されないとか、多数決方式には反対するなどとの言動をなすため、学年会の運営が阻害されることがしばしばであつた。
(三) 原告は、給食指導の応援を拒否した。
(1) 南中学校においては、従前から、月曜日から金曜日までの週五回、学校給食が実施され、特別の事情のない限り、学級担任が担任の学級生徒とともに教室で会食しながら給食指導に当たることとされていた。
ところで、給食指導は、生徒に給食の準備や後片付けなどを体験させ、協働ないし協調の精神を身につけ、また、正しい食習慣や食事態度等を体得させるとともに、教員と生徒とが会食することにより、好ましい人間関係を育成する機会ともなることから、学級指導の重要な一分野とされていたのである。
(2) 近藤校長は、給食指導の重要性を考慮して、学年主任等に対し、給食指導を欠かさないように指示し、学年会においても、学級担任が出張等で不在となる場合には、学年副担任が当該学級の給食指導を応援、代行するように申し合わせてきた。しかし、原告ただ一人のみ、昭和五七年度の当初からかかる学級担任に代わつての給食指導を「お断りします。」と述べ、学年主任等から依頼を受けてもこれを拒否し、給食指導に一切手を貸さなかつた。
(四) 原告は、全校集会にほとんど参加しなかつた。
(1) 南中学校においては、毎週月曜日、その第一時限目に全校生徒及び全教員が参加する全校集会を体育館で催し、教員側から訓話、表彰の伝達、その週における学校行事の説明、学習・生活態度等の諸注意、生徒側から生徒会活動の報告等がなされていた。
この全校集会は、入学式、始業式等と同じく、儀式的行事として教育課程に組み込まれており、教科教育と並ぶ重要な教育活動とされていたのである。
(2) 近藤校長ないしその前任の校長は、かかる重要な意義を有する全校集会には、必ず全教員が参加し、生徒の指導に当たるよう常々指示してきたところであるが、ただ一人、原告のみが「副担任のため、直接指導に当たる必要がないから。」との理由で、これにほとんど出席せず、また、敢えて、この時間にしなければならない緊急の仕事もないのに全校集会に参加しなかつた。このため、原告には全般的な学校運営、生徒指導等の方針、状況を十分に把握していたか大いに疑問があつた。
5 昭和五八年度校務分掌決定の経緯
(一) 近藤校長は、昭和五八年三月上旬、全教員に対して、昭和五八年度の学級担任等の希望調査を実施したところ、原告より三学年の学級担任と生徒指導を希望する旨の書面が提出された。
ところで、近藤校長は、次年度の校務分掌の決定をするに当たつての参考に資するため、同月下旬開催された学校委員会(校長・教頭・教務・校務・学年主任等一三名で構成しており、学校全体にわたる行事、諸問題に関し、校長の諮問に応じて、検討をする組織である。)において、その意見を聴取したところ、原告の言動が協働性や協調性に欠け、学年全体としての指導に支障を来すので、学級担任はもちろんのこと学年副担任としても不適当であるとの意見が続出した。
(二) そこで、近藤校長としては、原告の言動、性格、他教員の構成、学校全体の経営といつた諸要素及び希望調査の内容、学校委員会における意見を考慮し、併せて先年度から特に重視せざるをえなくなつた生徒指導の校務分掌をも勘案した結果、昭和五八年度の校務分掌として、原告には二年の九学級(障害児学級一を除く。)中四学級の教科担任及び生徒指導等補佐(具体的には生徒指導主事のもとでの校内生活関係の指導及び拾得物の処理)を命じたのである。
(三) 右に述べた生徒指導面の強化とは、南中学校において昭和五七年度における生徒の問題行動、非行が前年度に比較して急増したことから、これに対処するため、昭和五八年度の重点目標とされたのである。
また、それまで、生徒指導主事として長年月勤務していた江坂教諭の転出により、生徒指導体制の補強、充実を図る必要が生じたこともあり、原告に生徒指導等補佐を命じたものである。
6 まとめ
近藤校長は、以上の理由と経緯により、南中学校における昭和五八年度の校務分掌を決定したものであつて、これが正当なことは明らかであるから、本件処分に違法の点はなく原告の本訴請求は失当である。
四 被告の三4、5の主張に対する原告の認否
1 4冒頭事実のうち、昭和五四ないし五七年度の原告の担任経過は認める。
(一) 4(一)(1)のうち、南中学校において、昭和五四年以降(それ以前は不知)被告主張のとおり定期試験が実施されてきていることは認める。後段については争う。同(2)(3)は認める。但し、「このため、学年会としての共通理解の形成が乱された」ことは争う。同(4)のうち、原告が近時共通問題の作成及びその採点を拒否したことがあること、校長が昭和五六年度に一回採点を代行したことは認める。原告は共通問題の強行に常に反対し、これに異議申立する意味で拒否したものである。
(二) 4(二)のうち、学年会の機能が被告主張のとおりであること、原告が学年会の休憩時間に退席したことがあること、その決定に反対する言動をしたことは認めるが、学年会の運営が阻害されることがしばしばであつたとの点は争う。
(三) 4(三)(1)の前段のうち、昭和五六年度以降は認める。同後段につき、一般論として給食指導に被告主張の側面があることは否定しないが、これが学習指導の重要な一分野とされていたことは否認する。同(2)は認める。但し、「お断りします」と述べ拒否したのは学年会の最中に副担任のみに対しなされた給食指導(教室見回り)についてである。4(四)(1)のうち、南中学校において全校集会が月一回程度催され、表彰の伝達が行われていること、これが教育課程に組み込まれていることは認めるが、南中学校における全校集会が重要な教育活動であるとの主張は否認する。同(2)のうち、近藤校長が全校集会に全教員が参加するよう指示したこと、原告が全校集会に参加しなかつたことがあることは認める。但し、これに参加しない教員は原告だけではなかつた。
2(一) 5(一)の前段は認める。同後段は不知。
(二) 同(二)のうち、原告の校務分掌の内容(昭和五八年度)は認め、その余は否認。
(三) 同(三)の前段は認める。同後段は否認。
第三 証拠関係<省略>
理由
一請求原因1の事実、同4(一)同(二)中本件校務分掌決定及び本件処分(配置替え処分とみるか否かは措く。)のなされたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、南中学校においては、学級担任・学年副担任で構成されている学年会において、学校行事、学習指導(定期試験・業者試験の実施、副教材の採用等)生徒指導等の具体的方針が討議され、当該学年の方針が決定されているところ、原告は本件処分により、学年会の討議決定に参画することができなくなり、そのため学校行事、学習指導、生徒指導の面で自己の教育信念に従つた教育活動及び教育実践に制約を受けることになつたことが認められる。
二原告は、教師として憲法、教育基本法により保障されている教育の自由、教育権を侵害された旨主張するのに対し、被告は、教師個人に対し私的権利としてそのような教育の自由、教育権を観念する余地はない旨主張するので、まずこの点について検討する。
1 思うに、憲法二三条の保障する学問の自由が、教育ないし教授の自由と密接な関係を有することは、一般に認められているところであり、とりわけ「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」大学(学教法五二条)における教授の内容は、歴史的にも又その性質上も、学問の自由を確保するために、公権力の干渉から自由でなければならないというべきであるが、小、中学校における普通教育の内容は、歴史的にも又性質上も、大学と同一に解するのは困難である。蓋し、普通教育の目的は、本来、心身ともに未だ発展段階にあり、十分な判断あるいは批判能力を備えていない児童に対して、民主社会の構成員として必要な資質を養い、基礎的知識、技能、徳性を備えさせることにある(同法一七条、一八条、三五条、三六条)と考えられるうえ、歴史的にも、普通教育が親から子への、あるいは私塾等における私的な教育から、次第に国又は地方公共団体による質的にも高められた公教育に中心が移行し、国民は子どもに対し普通教育を受けさせる義務を負う反面、国又は地方公共団体は国民に対し子どもたちが前記のとおりの民主社会の構成員に成長するため、地域によりあるいは学校間で格差のない一定以上の水準の教育が受けられるように教育条件を整える責務を負うに至つたものであること(憲法二六条については後に敷衍する)に鑑みると、普通教育においては、教育の内容及び教師の実践活動に、法律上合理的範囲内で、一定の制約を受けることになるのはやむをえないことといわなければならないからである。
したがつて、憲法二三条により学問の自由が保障されていることから、直ちに、小、中学校の教師についても、右のような制約を受けることのない教育の自由、教育権がある旨の原告の主張は採用できない。
2 また、原告は、子どもの教育を受ける権利(憲法二六条)に対応するものとして、教師は教育の自由、教育権がある旨主張する。確かに、憲法の右規定は、一面、子どもたちが民主社会の一構成員として成長、発達し、人格を完成実現するために必要な教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利としてのいわば学習権を認めたものと解されるのであり、換言すれば、子どもの教育は、教育を施す者の支配的権能ではなく、何よりもまず子どもの学習する権利に対応してその充足をはかることのできる立場にある者の責務と考えるべきものである旨を定めたものと解されるのである。したがつて、子どもの教育に関し、子どもが独立の人格として成長することを妨げるような公権力や一部の外部の勢力による支配、介入の許されないことは言うまでもないことである。しかも、教育に不可欠な人間的主体性とか教育の専門性及びこれにともなう自律性、自主性は十分尊重されなければならないこと等を考えれば、教育を実際に掌る教師には、右のような学習権に対応するものとして、広い意味での教育の自由、教育権を観念することができる。
しかしながら、このような子どもの学習権に対応するものとして教師の教育の自由、教育権を考えることができるからといつて、このことから直ちに原告の主張するような極めて広範囲の教育の自由、教育権を認めることは困難であり、かえつて、憲法の右規定は、第一義的には福祉国家の理念に基づき、就学条件の整備や教育の機会均等の原則について定めたものと解するほかないものであるうえ、そもそも、小、中学校等における普通教育には前示のような沿革と特性からする制約を免れないことからすれば、右のような結論に至るのも蓋しやむを得ないところである。したがつて原告の右主張も採用できない。
3 さらに、原告は、教育基本法一〇条を根拠に、教師には教育の自由、教育権が保障されている旨主張する。確かに、教育は、前叙のとおり学問の自由及び子どもの教育を受ける権利と密接な関連性を有するものであるうえ、本質的にも、すぐれて価値に関係した実践的活動であるだけに、普通教育といえども、その時どきの公権力や外部の勢力によつて影響を受けるのは望ましいことではなく、個々に子どもたちに接触する教師の専門的知識、判断を尊重し、これに委ねるのが相当と考えられるのであるが、その反面、普通教育においては、前叙のとおり教師の教育の自由に一定の制約を受けることを免れず、国又は地方公共団体は一定の教育水準維持のため教育条件を整える責務を負つており、そのため教育の内容に関与する必要の生ずることも予測されるところである。このようなことから教育基本法一〇条も、公権力その他外部的勢力が、右のような合理的範囲を越え、教育が国民の信託に応えて自主的に行われることを歪めるような不当な支配介入を禁じた規定と解されるのであつて、それ以上に教師に教育の自由、教育権を認めたものとは解されないから、原告の右主張も採用できない。
三原告は教師に教育の自由、教育権があるとして、教員集団である職員会議が教育自治権を有し、校務分掌の決定権も職員会議に属する旨主張する。
1 しかしながら、原告の主張するような教育の自由、教育権の認めがたいこと及び小、中学校等の普通教育において大学におけるのと同様な意味において教員あるいは教員集団による教育の自治の認めがたいことは前叙のとおりである。
一方、学教法二八条三項は、校長は校務をつかさどり、所属職員を監督する権限を有する旨を定めており、右権限の中に、校長が当該学校における校務分掌に関する組織を定め、教師を含む所属の職員にその分掌を命じ、校務を処理することも含まれていることは明らかである。これを本件に即して言えば、校長は個々の教師に対して学級担任等を命じ、あるいは命じない権限を有するものというべきである。ただ、右規定の解釈にあたつては、教師につき原告の主張するような意味での教育権を肯定することはできないとはいえ、教師が授業の内容や方法等について創意工夫し、その裁量を生かすことにより自己の教育信念を実現していくことは一定の限度でこれを認めるべきもので、これなくして自由にして濶達な教育を期待できないことを十分に考慮すべきである。しかし、このことは校務分掌決定権が最終的に校長に帰属することを否定するものではなく、ただ教科担任や学級担任の決定等教育内容に密接な関係をもつ事項については、必らずしも校長の完全な自由裁量に任されているとみるべきではなく、校長としては、教育活動の特色が有意義に生かされ、普通教育の目的が達成されるようにこれを行使しなければならないものである。勿論このように解しても、原告の主張する教師の教育権と衝突することになるのであるが、教育権に関する原告の主張が肯認できないことは前記のとおりであり、また学教法その他教育関係諸法令をみても、右権限を否定すべき根拠を見いだすことはできないところである。
してみれば、近藤校長が本件校務分掌決定を専決したのが違法である旨の原告の主張は採用できないというほかはない。
2 次に、本件校務分掌決定につき校長が裁量権を濫用したか否かを検討することとする。
(一) 校務分掌決定の目的と基準について
そもそも普通教育の目的は児童に対し民主社会の構成員として必要な資質を養い、基礎的知識、技能、徳性を備えさせることにあるわけであるから、校務分掌の決定がその趣旨に沿つてなされなければならないことは言うまでもないことであるが、学級担任等の担務指定が校長の校務分掌権限に含まれるべきことは前叙のとおりであるから、<証拠>によつて認められるように、近藤校長が、相当数の教師等から成る組織体としての学校を効率的かつ適正に構成按配し円滑に運営する目的のもとに本件校務分掌の決定をしたからといつて、このことが直ちに同校長が管理的側面のみを判断の基準としたことにはならないし、前記校務分掌決定の際に考慮すべき趣旨に背馳するものでないことは明らかである。
(二) 本件校務分掌決定に至る経緯
<証拠>を総合すれば次のとおりの事実が認められる。
(1) 南中学校における学校の組織、教育計画
南中学校において、校長は、碧南市教育委員会が定める学校管理規則に基づき、毎年、学校の組織運営機構(校務分掌)、教育課程、学校行事等の教育計画等に関して、学校管理案を定めて(校長にかかる権限の認められることは前に校務分掌決定の権限につき認定したところ及び地方教育行政の組織及び運営に関する法律三三条一項の規定の趣旨に照らして明らかである)これに基づき校務分掌の決定をしているわけであるが、近藤校長が昭和五八年度の校務分掌を同様の手続きを経て決定したものであることはいうまでもない。
ところで、中学校においては、通例、教科担任制がとられており、原告は南中学校に昭和五四年四月に勤務以来、社会科を担任してきたものであり、昭和五八年度においても社会科の担任となつている。また、教科担任制のもとにおける学級担任は、担任する学校の教科のほか、生徒の健康状態の把握を始め、学級会活動、給食、生徒の生活行動、学業進路、道徳、安全等の指導、教育活動を担任するものであり、学年副担任は、学級担任が不在の際等に学級担任事務を代行するものである。
また、学級担任及び学年副担任は、これらの者で構成される学年会に出席し、当該学年の学業、学級会活動、その他生徒指導等の企画、立案及び運営に参画する任務を担つている。
(2) 原告の昭和五七年度までの言動等
原告は昭和五四年度から同五七年度まで被告主張のとおり学年副担任として社会科を担任してきたのであるが、その間、次のような言動等があつた。
(イ) 原告は、試験問題は授業者が直接作問すべきである、との信念のもとに、南中学校において、従来から同一学年の全生徒を対象に共通問題で実施していた中間、期末、学年末の定期試験の実施に反対したため、社会科担任の他の教員だけで、共通問題の作成を余儀なくされ、あるいは共通問題による試験の採点を拒否したため、校長等が右試験の採点をせざるをえないなどということがあつた(昭和五四年以降において以上の事実のあつたことは当事者間に争いがない。)。
(ロ) 原告は、前叙のとおり学業、生徒指導等のうえで重要な役割を担つている学年会が開催された折、休憩時間になると、協議中であつても退席してしまい、あるいは自説に固執して多数決方式に反対し、その結論に拘束されないなどと主張するため、他の教員は大いに困惑することがあつた(原告が休憩時間に退席したことのあること、その結論に反対したことのあることは当事者間に争いがない。)。
(ハ) 南中学校においては、学校給食が実施され、学級担任が学級生徒とともに教室で会食しながら給食指導に当たることとされていた(昭和五六年以降について当事者間に争いがない。)。これは、給食指導が生徒に給食の準備や後片付けなどを体験させ、協働と協調の精神を身につけ、また、正しい食習慣や食事態度等を体得させるとともに、教師と生徒とが会食することにより、好ましい人間関係を育成する機会ともなることから、学級指導上重要な意義を認められていたことによるものであつた。
このようなことから近藤校長は、学年主任等に対し給食指導を欠かさないように指示し、学年会においても、学級担任が不在の場合は、学年副担任が当該学級の給食指導に当たるよう申し合せるなどしていたが、原告は昭和五七年度の初めからこのような給食指導に当たることを拒否してきた(「近藤校長は」以下に記載の事実は当事者間に争いがない。)。
(ニ) 南中学校においては、毎週月曜日の一時間目に全校生徒及び全教員が参加する全校集会を行い、教員等の側からは訓話、表彰の伝達、学校行事の説明、生活態度についての注意等がなされ、生徒の側からは生徒会活動の報告がなされていた。近藤校長は、このような全校集会を入学式や始業式と同様、儀式的行事として重要な教育活動の一環と考え、原告に対しても常常これに参加し生徒の指導に当たるよう指示してきたが、原告は、敢えてこれに参加しない態度であつた(南中学校において全校集会が開催されていたこと、原告がこれに参加しなかつたことのあることは当事者間に争いがない。)。
(3) 昭和五八年度校務分掌の決定
(イ) 近藤校長は、昭和五八年三月上旬、全教員に対し、昭和五八年度の学級担任等の希望調査を実施したところ、原告からは三学年の学級担任と生徒指導を希望する旨の書面が提出された。しかし、同年度の校務分掌を決定するに当たつての参考に資するため、同月下旬に開催された学校委員会(校長、教頭、教務、校務、学年主任等校長の指名した一三名で構成されており、学校全体に亘る行事、校務分掌等の諸問題について、校長の諮問に応ずる機関である)において、委員の意見を聴いたところ、原告の性格及び学年会その他における言動が自己中心的で協調性に欠け、学年全体としての運営と教育指導の面で支障を来すので、学級担任はもとより学年副担任としても不適当であるとの意見が強く出され、これに反対する意見は全くなかつた。
(ロ) 近藤校長は、右学年委員会の意見や日頃見聞していた原告の前記(2)の言動等を考慮した結果、今後円滑に学校および学年の運営をすすめるには、この際原告を学級担任のみならず学年副担任からも外し、ただ、南中学校においては昭和五七年秋ころより、生徒の問題行動が増加したところへ、同五八年春の移動でそれまで生徒指導主事であつた教諭が転出したことから、生徒指導体制強化の見地にたつて、原告を生徒指導主事の補佐を務めさせることとし、同年四月一日原告に対し二学年の四学級の教科担任と生徒指導係補佐の校務分掌を命じた。
(三) そこで、以上の校務分掌決定の目的と基準並びに本件校務分掌決定に至る経緯に照らして本件校務分掌決定につき校長に裁量権の濫用があるか否かにつき判断する。
本件校務分掌が、原告の希望に全く反するものであり、そのため、原告は南中学校において具体的教育活動をするうえで重要な位置を占める学年会に出席することができなくなり、その結果、定期試験の実施方式その他学年会をとおしての教育活動に制約を受けることになつたこと、一般の教員として見た場合、原告のこれまでの経験年数などからすると、学級担任等に就かないことが異例に属することは否定しえないところである。しかしながら、原告は教師の教育活動に最も直接的密接に関係する社会科の教科担任を外されたり、その教育内容に直接変更を強いられたりしたわけではないし、また、原告は教育活動の上で、生徒との直接的接触ということを強調するけれども、この点も必ずしも学級担任等でなければ不可能というものではなく、現に教科担任としてあるいは生活指導係補佐として生徒に接触する機会は十分に与えられているのであつて、これをどのように生かすかはむしろ原告の心がけ次第というべきものと考えられること、一方、近藤校長としては、原告が、たとえそれが教育権という考え方に立脚しているものとしても(なお、原告が給食指導を拒否しあるいは全校集会に出席しないことが教育権の尊重ということと果たしてどれほどの関連性があるのか疑問なしとしないが、この点はひとまず措く。)学年会において多数決で決められた事項に対しても自己の見解に反するものには従わないという民主主義の基本的ルールをも無視した言動に固執していて、そのため、昭和五八年三月下旬に開催された学校委員会では、原告が学級担任はもとより学年副担任としても不適当であるとの意見が強く、これに反対するものがいないといつた状況下において、南中学校における教育を円滑、適正に運営する目的から、原告を学級担任等から外す校務分掌を考えたことはやむをえない措置というべきである。
原告は、南中学校における不当な教育慣習、学校運営、勤務条件に反対したことに対する報復的人事である旨主張する。原告がこれまでその主張の教育実践(請求原因2)のうち、原告が主張のような措置要求をしたこと、教材等の一括購入に反対しこれを返品する等の行動に出たこと、南中学校においては、定期試験では学年統一の共通問題による試験が実施されることになつていたが、原告は自己作成の問題で試験を実施することを希望したこと、南中学校では中部統一テストを実施しているが、近藤校長が同試験の監督立会につき原告に金員を支給したので、原告が抗議して返金したこと、原告が胸部エックス線間接撮影を拒否したこと、このため原告は愛知県教育委員会から減給処分をうけたが、これに対し同県人事委員会へ不服申立をし現在審理中であること、昭和五七年、五八年も原告に対し出張命令が出されなかつたこと、原告が教育委員会関係者の学校訪問に異議の申立をし、このため学校訪問の期日が延期されたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、その余の点については<証拠>からこれを認めることができるところである。しかし、同校長が原告のこれらの行動に対する報復的措置として、本件校務分掌決定をしたことを認めるに足りる証拠はなく、右決定は先に認定した事情によるものであつて、他に同校長が何らかの違法な動機に基づいて本件校務分掌の決定をしたことを認めるべき証拠はない。
よつて、原告の裁量権の濫用についての主張も採用できない。
四以上の次第で、本件処分が違法であるとか、また、原告の主張するところの教育実践に対し一定の評価をした結果、本件の処分に至つたものとは認められないから、損害賠償を求める原告の本訴請求はその余につき判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官宮本増 裁判官福田晧一 裁判官佐藤明は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官宮本増)