大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和58年(ワ)2921号 判決 1985年7月19日

原告 北川タヅ子

右訴訟代理人弁護士 岡本弘

被告 橋本信一郎

<ほか三名>

右被告四名訴訟代理人弁護士 小栗孝夫

同 小栗厚紀

同 石畔重次

同 渥美裕資

被告 株式会社名鉄レジャック

右代表者代表取締役 長尾芳郎

右訴訟代理人弁護士 河内尚明

主文

一  被告橋本信一郎、同株式会社太一商店、同大河内幸夫は、各自、原告に対し、金一三八、三一〇円およびこれに対する昭和五八年四月二九日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告橋本信一郎、同株式会社太一商店、同大河幸夫に対するその余の請求、被告株式会社中部太一、同株式会社名鉄レジャックに対する請求は、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の五分の三と被告橋本信一郎、同株式会社太一商店、同大河内幸夫に生じた費用を合算し、その七分の六を原告の負担とし、その七分の一を右被告らの負担とし、その余の費用はすべて原告の負担とする。

四  この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  被告らは、各自、原告に対し、金一、〇八八、三一〇円およびこれに対する昭和五八年四月二八日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  原告の請求原因

1  (事故の発生)

原告は、昭和五八年四月二八日午後一時五〇分頃、名古屋市中村区名駅南一丁目所在名鉄レジャックビル内において、一階から二階に至る歩行客専用のエスカレーターに乗り昇行中のところ、前方で手押車を押して昇行中の被告橋本信一郎(以下、被告橋本という。)が手押車をニスカレーターの固定部分あるいは二階床部分に引っ掛け、昇行を停止して足踏み状態を繰り返し、折から同ニスカレーターで昇行してきた原告の進路を妨害し、同被告の背部に原告を接触させて数段押し落し、そのため原告は、転倒転落の危険を感じて恐怖心にかられ、やっとの思いで踏んばり、右肩で同被告を押し上げて二階床にたどりついたが、そのショックにより、頭痛、吐気などの症状を呈する高血圧脳症の病傷を負った。

2  (責任)

(一) 被告橋本は、同ビル二階の焼肉店南山「共生グループ」レジャック店(以下、焼肉店南山という。)に精肉を配達すべく、手押車でこれを運搬中であったが、本件エスカレーターは歩行客専用のもので、幅員も狭く、二階への昇行客で混雑するのであり、これに手押車を乗せて昇行すれば思わぬ事故を発生させるおそれもあるので、かかる場合、手押車で荷物を運搬する者としては、業務用エレベーターを使用して昇行し、歩行客専用のエスカレーターの使用を回避すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然本件エスカレーターに手押車を押して乗り込み、前記事故を発生させたもので、過失がある。したがって、同被告は、本件事故につき、民法七〇九条により不法行為責任を負う。

(二) 被告株式会社太一商店(以下、被告太一商店という。)は、精肉販売業者であり、かつ被告橋本の使用者であって、同被告を右事業のため精肉配達業務に従事させていた際、右事故が発生したのであるから、民法七一五条一項により、被告橋本の不法行為につき使用者責任を負う。

(三)(1) 被告大河内幸夫(以下、被告大河内という。)は、被告太一商店の代表取締役であり、同会社の業務全般について統括していたのであるから、民法七一五条二項により、「使用者に代わりて事業を監督する者」として前項と同じく使用者責任を負う。

(2) 仮に右主張が認められないとしても、被告大河内は、本件事故後の昭和五八年七月一日、被告太一商店の精肉販売営業を被告株式会社中部太一(以下、被告中部太一という。)に譲渡し、被告太一商店を実体のない休眠会社となして損害賠償をなす資力を失わせたので、商法二六六条の三に基づき、原告の蒙った損害を賠償すべき責任がある。

(四) 被告中部太一は、昭和五八年七月一日に設立され、同日被告太一商店から精肉販売営業の譲渡を受けた者であるが、

(1) その商号は、被告太一商店の商号八文字中六文字を共通にするものであるから、商号を続用する者に該るので、商法二六条により、被告太一商店の前記債務の支払義務を負う。

(2) 仮に前項の主張が認められないとしても、取引先に対し、「合併し社名を変更しただけであるから、引き続き御愛顧のほどを願う。」旨の挨拶状を送付し、かつ、同旨の新聞広告をなしたのであるから、「債務を引受ける旨の広告をなした」場合に該り、商法二八条により、被告太一商店の前記債務の支払義務を負う。

(五) 被告株式会社名鉄レジャック(以下、被告名鉄レジャックという。)は、名鉄レジャックビルの経営管理者として、歩行客専用のエスカレーターに手押車を乗せて荷物を運搬する者がないように管理を徹底し、かかる不心得者のエスカレーターへの進入を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠った過失があるので、民法七〇九条により、不法行為責任を負う。

3  (損害)

原告は、本件事故のショックにより急激に血圧を亢進させ、いわゆる高血圧脳症を呈するに至り、半ば意識を失うとともに、頭痛、吐気に見舞われ、救急車で菊井外科病院に搬送された後、絶対安静を命じられ、九日間の入院加療を要した。その間、吐気が強く食欲不振により、点滴を受け、また小水の排泄には管の捜入を要するなど、重篤な状態が続いた。原告は、同年五月六日に同病院を退院したが、その後も通院治療を要し、同年六月四日まで毎週二、三日の実通院をなしたものであった。これによる原告の損害は次のとおりである。

(一) 治療費 三八、三一〇円

右は、菊井外科病院における治療費のうち、国民健康保険診療自己負担金である。

(二) 休業損害 五〇〇、〇〇〇円

原告は、有限会社赤星金属工業の代表取締役であり、昭和五七年度には六、〇〇〇、〇〇〇円の年間給与所得を得ていたものであったが、本件事故のため一か月余の休業を余儀なくされ、そのため五〇〇、〇〇〇円以上の休業損害を蒙った。

(三) 慰謝料 五五〇、〇〇〇円

原告は、本件事故のショックとその後の治療期間中に多大な精神的苦痛を蒙った。しかるに被告らは、原告に対し、何ら見舞も謝罪もなさず、全く誠意を示さなかった。

4  よって原告は、被告ら各自に対し、右損害金合計一、〇八八、三一〇円およびこれに対する不法行為の日である昭和五八年四月二八日より支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅廷損害金の支払を求める。

二  請求原因事実に対する被告橋本、同太一商店、同大河内、同中部太一の認否

1  請求原因1の事実のうち、原告主張の日時、場所において、手押車を押した被告橋本がエスカレーターで、二階床手前で手押車を引っ掛けて、後より昇行してきた原告の進路を妨害したこと、同被告の背部が原告に接触したこと、二階に上っていた原告がしゃがみこんでいたことは認めるが、その余の事実は争う。

被告橋本が原告を押し落したことはなく、足踏みしている同被告のところに原告が上ってきて、後ろからつかまり、一緒に二階床へ上ったものである。

2(一)  同2(一)の事実中、被告橋本が焼肉店南山へ配達するため精肉を手押車にのせて運搬していたこと、本件エスカレーターが歩行客専用のものであることは認めるが、その余の事実は争う。

(二) 同2(二)の事実中、被告太一商店が精肉販売業者であり、かつ被告橋本の使用者であって、同被告をその事業のため精肉配達業務に従事させていたことは認めるが、その余の事実は争う。

(三) 同2(三)、(1)、(2)の事実中、被告大河内が被告太一商店の代表取締役であること、昭和五八年七月一日に被告太一商店の精肉販売営業を被告中部太一に譲渡したことは認めるが、その余の事実は争う。

(四) 同2(四)、(1)、(2)の事実中、被告中部太一が昭和五八年七月一日に設立され、同日被告太一商店から精肉販売営業の譲渡を受けたことは認めるが、その余の事実は争う。

(五) 同2(五)の事実は不知。

3  同3の各事実中、原告が救急車で菊井外科病院に搬送されたことは認めるが、その余の事実は争う。

原告は、高血圧その他の持病があり、原告の主張する症状は、たまたまこの時に持病が顕在化したにすぎないのであって、被告橋本の行為とは相当因果関係がない。

4  同4項は争う。

三  請求原因事実に対する被告名鉄レジャックの認否

1  請求原因1の事実中、原告がその主張の日時、場所において一階から二階に上る歩行客専用のエスカレーターに乗り昇行中のところ、前方で手押車を押して昇行中の被告橋本が手押車をエスカレーターの固定部分あるいは二階床部分に引っ掛け、昇行を停止して足踏み状態を繰り返し、原告の進路を妨害したことは認めるが、その余の事実は不知。

2  同2(一)ないし(四)の各事実は不知。同2(五)の事実中、被告名鉄レジャックが名鉄レジャックビルの経営管理者であること、本件エスカレーターが歩行客専用のものであることは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の各事実中、原告が救急車で菊井外科病院に運ばれたことは認めるが、その余の事実は争う。

4  同4項は争う。

第三《証拠関係省略》

理由

一  原告と被告橋本、同太一商店、同大河内、同中部太一との間においては、昭和五八年四月二八日午後一時五〇分頃、名古屋市中村区名駅南一丁目所在名鉄レジャックビル内において、一階から二階に至るエスカレーターで、手押車を押した被告橋本が二階床手前で手押車を引っ掛けて、後より昇行してきた原告の進路を妨害したこと、同被告の背部が原告に接触したこと、二階に上った原告がしゃがみこんでいたこと、その後原告が救急車で菊井外科病院に搬送されたこと、以上の各事実については争いがない。

また、原告と被告名鉄レジャックとの間においては、右日時、場所において、原告が一階から二階に上る歩行客専用のエスカレーターに乗り昇行中のところ、前方で手押車を押して昇行中の被告橋本が手押車をエスカレーターの固定部分あるいは二階床部分に引っ掛け、昇行を停止して足踏み状態を繰り返し、原告の進路を妨害したこと、その後原告が救急車で菊井外科病院に運ばれたこと、以上の各事実については争いがない。

二  右争いがない事実と、《証拠省略》によれば、次の各事実が認められる。《証拠判断省略》

1  名古屋市中村区名駅南一丁目に所在する名鉄レジャックビルは、被告名鉄レジャックが経営管理する地上八階、地下二階のビルで、同ビル内には多数のテナントが出店、営業をなしているもので、これらの店舗を訪れる多数の客が常時出入りしているところである。同ビルにおいては、一般の来客は、一階正面出入口よりビル内に入り、出入口右のエレベーターを利用して他階に昇降するほか、出入口正面にある本件エスカレーターを利用し、一階から二、三階まで昇降できるものであった。木件エスカレーターは、一人用の狭いもので、歩行客専用のものとされていた。各テナントの従業員ないしテナントに出入する納入業者らは、その館内規則により、正面出入口とは別にある従業員出入口から出入りし、その右にある第二階段ないしエレベーターを利用すべきものとされ、荷物の搬入も、右従業員出入口かその近くにある駐車場から荷捌き室に揚げて、右エレベーターにより運搬すべきものとされていた。

2  被告橋本は、昭和四三年頃から被告太一商店に勤務し、商品配達の業務に従事していたが、昭和五四年頃脳血栓を患い、以来体力、特に握力の低下が著るしく、配達の業務が困難となって販売先の開拓を主とする営業に従事するようになっていた。昭和五八年四月二八日、被告橋本は、たまたま配達要員が不足していたため、自らすすんで配達業務を担当し、同日午後一時過ぎ、同ビル二階の焼肉店南山に精肉約三〇キログラムを配達すべく、同ビル従業員出入口付近まで車両を運転して至り、車両の荷台から持参した手押車に精肉の入った三個口の段ボール箱を積み卸し、同出入口から従業員荷物専用のエレベーターを利用して二階に下ろうとしたところ、同出入口から右エレベーター前に至る通路には四段の階段があり、手押車では通行ができず、かつ、握力の低下のため右荷物を手で担うこともできなかったので、同ビル正面出入口に廻り、同所より手押車を押して同ビル内に入り、同日午後一時五〇分近く、歩行客専用の本件エスカレーターに手押車を押し入れて、二階への昇行をはじめた。

3  被告橋本は、手押車(キャスター)の前輪をエスカレーターに乗せ、後輪を浮かせたまま、手押棒を胸あたりに持ち、エスカレーターの進行にまかせて昇行していったが、二階床に至る直前で、エスカレーターの左側ベルトが下に巻き込んでいく部分に、手押車に乗せたダンボール箱をつかえさせ、エスカレーターの進行にもかかわらず前進することができない状態になり、足踏みを何度か繰り返して停止した。原告は、同日午後一時五〇分頃、被告橋本の下方より同エスカレーターに乗ってたまたま昇行してきたものであったが、一階の遊技場の様子に目を向けていたため、足踏みして停止する被告橋本に接触するまで被告橋本の右状態に気付かず、被告橋本の背後腰部に肩ないし胸部を接触させて驚ろき、足を後に踏みはずしつつ転落の危険を感じ、必死の思いで被告橋本にしがみついた。程なく、被告橋本は、手押車の引っ掛りをはずして二階に押し上り、同時に原告も二階に倒れ込むように上ったが、原告は、突然の事態にショックを受け、そのまま二階床にうずくまってしまった。

4  そのため被告橋本は、同ビルを管理する被告名鉄レジャックの従業員である守衛職員に連絡し、原告を焼肉店南山の和室に運んで休ませ、その後間もなく守衛職員の手配で原告を救急車で菊井外科病院に搬送した。

三  《証拠省略》によれば、原告は、過去にホルモンのバランスを崩して通院したり、血圧が日頃高いこともあったが、本件事故当日には特に体調の不調はなかったこと、原告は、本件事故により、直接の外傷を受けることはなかったが、そのショックにより急激な血圧の上昇をきたし、高血圧の亢進によりいわゆる高血圧性脳症といわれる病症を呈し、頭痛、吐気が著るしく、事故当日より同年五月六日までの九日間、菊井外科病院で入院治療をなし、その間血圧も正常化し、いわゆる「軽快」の状態で退院したことが認められる。原告の右病症は、内科的なものではあるが、本件事故によるショックが直接の原因となって発症したものであることは容易に認められ、本件事故との因果関係を否定することはできない。

一方、《証拠省略》によれば、原告は、菊井外科病院を退院後、頸部に痛みを感じ、ミツハシ医院で診察を受けたところ、頸椎捻挫の診断により、同年五月九日より同年六月四日までの間通院治療を受けたことが認められる。《証拠省略》中には、右の頸部捻挫は、原告が被告橋本と接触した際、原告が同被告を肩で押し上げて二階に上ったときの衝撃が原因である旨の供述があるが、前示二の認定事実による本件事故の態様からは、右供述をたやすく措信することはできず、他に本件事故と原告の頸部捻挫との因果関係を認めるに足る証拠はないので、この点に関する原告の主張は採用することができない。

四  そこで本件事故による原告の高血圧性脳症に伴う損害について、被告らにその賠償責任があるか否かを、以下、検討する。

1  被告橋本は、前示二の認定事実によれば、多数の来客が常時出入りする名鉄レジャックビルにおいては、納入業者らが利用する業務用の出入口、エレベーターが設備され、かつ同ビルの管理者からは、一般客の利用する正面出入口にある歩行者専用の本件エスカレーターによって業務用荷物の運搬をなすことはしないよう指示されていたにもかかわらず、荷物の持上げができないとの理由で、手押車により本件エスカレーターで荷物の運搬を行おうとし、エスカレーターのベルトに手押車上の荷物を引っ掛けて立ち止まり、昇行してくる歩行客である原告の進路を妨害し、本件接触事故を惹起したものであって、納入業者が荷物を搬入する際には、一般客に思わぬ危害を与えないよう、歩行客専用の本件エスカレーターの利用を差し控えるべき注意義務があるのに、これを怠った過失があることは明らかである。したがって、被告橋本は、民法七〇九条に基づき、不法行為責任を負うものである。

2  原告と被告太一商店との間において、被告太一商店が精肉販売業を営み、被告橋本を雇傭して、同被告をその事業のため精肉配達業務に従事させていたことについては争いがなく、前示二の認定事実によれば、被告橋本は、右業務に従事中に本件事故を発生させたものであることは明らかである。したがって、被告太一商店は、民法七一五条一項に基づき、被告橋本の右不法行為につき、使用者責任を負うものであることも容易に認められる。

3  原告と被告大河内との間において、被告大河内が被告太一商店の代表取締役であることについては当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告太一商店は、被告大河内の同族会社というべきものであり、被告大河内がその業務全般を統括していたもので、被告橋本が脳血栓による体力、特に握力の低下をきたして、配達業務が不適切となり、これを営業業務にかえさせていたものの、漫然と当日配達業務に従事することを放置していたものであることが認められるものであって、被告大河内が、民法七一五条二項に基づき、被告橋本の不法行為につき代理監督者責任を負うものであることも明らかである。

4  原告と被告中部太一との間において、被告中部太一が昭和五八年七月一日に設立され、同日被告太一商店から精肉販売営業の譲渡を受けたものであることについては争いがない。そして、《証拠省略》によれば、被告中部太一が被告太一商店と、その商号において八文字中六文字を共通にするものであることは認められるものの、右両被告の商号が同一であるとは言えないので、被告中部太一が被告太一商店の商号を続用する者に該らないことは明らかである。また、被告大河内本人尋問の結果によれば、被告中部太一は被告太一商店と訴外中部食肉産業協同組合の営業の譲渡をうけ、事実上右両者を合併する機能を果すべく設立されたものであって、その設立にあたり、「右両者を合併し、社名を変更したにすぎないのであるから、引き続き御愛顧を願う。」旨の挨拶状ならびに新聞広告をなしたものであることは認めることができる。しかしながら、右広告が、ただちに「債務を引き受ける」旨の広告とはみなしうるものではないことも明らかである。よって、原告の請求原因2(四)の主張は、いずれも採用することができない。

5  原告と被告名鉄レジャックとの間において、同被告が名鉄レジャックビルの経営管理者であることについては争いがなく、右事実と《証拠省略》によれば、被告名鉄レジャックにおいては、同ビルの管理にあたり、館内規則を定め、各テナントの従業員の通用口、エレベーター、階段利用について、一般客が利用するものとは別に指定し、各テナントへの納入業者の出入りについても従業員に準ずる者として右規則を遵守するよう指導を重ね、特に正面出入口ならびに歩行客専用のエスカレーターによる納入業者の出入りについては見掛け上および客の安全確保上も好ましくないものとし、テナントの店長会議において何度か注意をしてきたこと、また六名の警備員を交替で常時三名は配置し、一名は警備室に詰めているものの、二名は館内を巡回し、本件の如きエスカレーターの不正規な利用を規制することにも努めていたこと、以上の事実が認められ、右はビルの管理者に要請されるエスカレーターの利用に関する注意を基本的に尽くているものということができるので、右以上に原告が主張する如き過失を認めることはできない。したがって、請求原因2(五)の主張も採用することはできない。

五  したがって、被告橋本、同太一商店、同大河内には、本件事故により原告に生じた高血圧性脳症による損害について賠償する責任があるので、その損害額を検討する。

1  《証拠省略》によれば、原告は、右高血圧性脳症の治療のため、昭和五八年四月二八日から同年五月六日までの九日間菊井外科病院に入院して治療を受け、その間の治療費のうち国民健康保険以外の自己負担分として金三八、三一〇円を支出したものであることが認められ、これが原告の本件事故による損害にあたることは明らかである。

2  《証拠省略》によれば、原告は、訴外赤星金属工業有限会社の代表取締役であり、年間六、〇〇〇、〇〇〇円の役員報酬を受けているものであるが、同会社は、原告の夫が実質上の経営を担当し、原告はその経理事務を担当しているにすぎないこと、本件事故により原告が出勤を停止したものの、原告は、仮払名義ではあれ、報酬の支払を受けていたこと、の各事実が認められ、原告の報酬が日々の稼働の対価というものではなく、その代表取締役たる地位に対し支払われるべき性質のものであること、原告が右高血圧性脳症の治療のため入院、休業した九日間のうち休日が四日を含むこと、かつその間も報酬の支払を受けていたことからみれば、原告が本件事故により休業損害を受けたものとは容易に認めることができない。他にこれを認むべき証拠はない。

3  ところで、原告が本件事故によるショックとこれによる高血圧性脳症の治療の間、原告が一定の請神的苦痛を蒙ったものであることろは容易にこれを認めることができる。右治療期間ならびに本件の諸般の事情を考慮すれば、これを慰謝すべき金額としては、金一〇〇、〇〇〇円をもって相当と認められる。これを越える原告の主張は採用することができない。

4  以上のとおり、本件事故により原告に生じた損害は合計金一三八、三一〇円であると認めることができる。

六  そうであれば、被告橋本、同太一商店、同大河内は、各自、原告に対し、右損害金一三八、三一〇円およびこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和五八年四月二九日より支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅廷損害金を支払う義務がある。

よって、原告の本訴請求は、右の限度において理由があるからこれを認容するが、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内捷司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例