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名古屋地方裁判所 昭和58年(ワ)3441号 判決 1985年1月28日

原告

今井孝子

ほか四名

被告

日新火災海上保険株式会社

主文

一  被告は原告今井孝子、同今井さちえ、同細江まち、同田口達也各自に対し、各金四七七万一四八三円及びこれに対する昭和五八年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  被告は原告松嶋かずかねに対し、金九一万四〇六七円及びこれに対する昭和五八年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨の判決及び仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告今井孝子、同今井さちえ、同細江まち及び同田口達也(以下、以上四名を「原告孝子ら」という。)は訴外亡田口佐一(以下「佐一」という。)と同亡田口貞子(以下「貞子」という。)との間の子であり、原告松嶋かずかね(以下「原告かずかね」という。)は貞子の母である。

2  佐一は、昭和五八年二月一六日午後八時ころ、岐阜県益田郡下呂町蛇之尾一〇六九番地の八五の坂道上に普通特殊タンク車(岐八八ら五五八九。以下「本件自動車」という。)を駐車して貞子とともに本件自動車後部で集乳作業に従事していたところ、サイドブレーキの不完全さから本件自動車が突然後退し始めたため、貞子とともにこれを手で支えようとしたが支えきれず、本件自動車もろとも路外谷川に転落し、貞子は本件自動車左後車輪の下敷きとなつて脳損傷により即死し、佐一も傷害を被つて六日後の同月二二日死亡した(以下「本件事故」という。)。

3  訴外岐阜県酪農農業協同組合連合会(以下「連合会」という。)は、本件自動車の所有者で、本件事故当時これを自己のために運行の用に供していたものであるから、本件自動車の保有者である。

4  貞子は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の「他人」に当たるから、連合会は貞子に対し、本件事故による生命侵害に関する損害を賠償する義務がある。

5  貞子の本件事故に基づく損害賠償請求権は、昭和五八年二月一六日同人の死亡により佐一がその二分の一を、原告孝子らがその余の二分の一を各四分の一の割合で相続(以下「第一の相続」という。)し、次いで、同月二二日佐一の死亡により原告孝子らは佐一が相続した右権利を各四分の一の割合で相続(以下「第二の相続」という。)した。

6  原告孝子らは貞子の子であり、原告かずかねは貞子の母であつて、いずれも自賠法三条の「他人」に当たるから、連合会は原告ら各自に対し、貞子の死亡に基づく民法七一一条所定の遺族固有の損害(主として慰謝料)を賠償する義務がある。

7  被告は、昭和五七年一〇月一八日連合会との間で、本件自動車を目的とし、保険金額を二〇〇〇万円、保険期間を同月二四日から昭和五八年一〇月二四日までとする自動車損害賠償責任保険契約を締結した。

8  原告らは、昭和五八年三月三一日被告に対し、連合会に対する前記損害賠償請求権に基づいて保険金額の限度において損害賠償額の支払を請求した。

9  本件事故により原告らの被つた損害は、次のとおりである。

(一) 原告孝子らの相続した貞子の損害

(1) 逸失利益 一七三二万〇三五〇円

貞子は本件事故当時満五〇歳の主婦で家事労働に従事していたものであり、本件事故に遭遇しなければその後六七歳まで一七年間にわたり稼働し、その間少なくとも同人の年齢に対応する昭和五七年賃金センサスの産業計、企業規模計、学歴計の女子労働者の平均賃金である年間二二〇万六四〇〇円を下回らない収入を得ることができたものであり、また、その間の同人の生活費は年収の三五パーセントを超えないから、これを基礎として新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して貞子の逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり一七三二万〇三五〇円(但し一円未満切捨)となる。

220万6400円×0.65×12.077=1732万0350円

(2) 慰謝料 八〇〇万円

貞子は本件事故で死亡したことにより多大の精神的苦痛を被つたものであるから、これに対する慰謝料としては八〇〇万円が相当である。

(3) 以上の合計額は二五三二万〇三五〇円で、前記5のとおり第一及び第二の相続により原告孝子らは各自その四分の一を相続したことになるから、原告孝子らが相続した貞子の損害は各自六三三万〇〇八七円となる。

(二) 原告ら固有の慰謝料 各一五〇万円

原告孝子らは貞子の子であり、原告かずかねは貞子の母であつて、原告らは貞子が本件事故で死亡したことにより精神的苦痛を被つたものであるから、これに対する慰謝料としては原告ら各自につき一五〇万円が相当である。

(三) 以上によれば、原告孝子らが被つた損害は各自七八三万〇〇八七円、原告かずかねの被つた損害は一五〇万円で、原告らの損害額の合計は三二八二万〇三五〇円となり保険金額の限度を超えているので、原告らが被告に対して請求できる損害を算定すると、次の計算式のとおり、原告孝子らについては各自四七七万一四八三円となり、原告かずかねについては九一万四〇六七円となる。

783万0087円×2000万円÷3282万0350円=477万1483円

150万円×2000万円÷3282万0350円=91万4067円

よつて、原告らは被告に対し、自賠法一六条一項に基づき、原告孝子らについては各自四七七万一四八三円、原告かずかねについては九一万四〇六七円、及び右各金員に対する損害賠償額の支払請求の日の翌日である昭和五八年四月一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし8の事実は認める。

2  同9の事実のうち、(一)(1)は認め、その余は争う。

本件事故は、請求原因2のとおり佐一の過失によつて発生したものであり、佐一と貞子及び原告らの身分関係は請求原因のとおりであるから、このような場合の貞子及び原告らの被る精神的苦痛は、他人の過失による事故の場合に比し質的にも量的にも小さいといわなければならず、かつ加害者である佐一を宥恕するのが普通である。従つて、貞子及び原告ら固有の慰謝料としては、他人の過失による事故の場合の半額とするのが相当である。

三  抗弁

1  混同その一(貞子の連合会に対する損害賠償請求権のうち、第一の相続により佐一の取得した二分の一の権利の消滅)

(一) 本件事故の態様(請求原因2)に照らすと、佐一は、本件事故の直接の加害者であり、本件自動車の保有者である連合会と並んで、貞子に対し本件事故による生命侵害に関する損害を賠償する義務があるものであるが、佐一の貞子に対する右損害賠償債務は第一の相続により二分の一の範囲で債権債務の混同を生じて消滅した。

(二) ところで、連合会の貞子に対する損害賠償債務と佐一の貞子に対する損害賠償債務は、原則として不真正連帯の関係に立つものと解せられるが、本件のように加害者が被害者を相続したような場合には、例外的に民法四三八条の適用ないし準用があると解すべきである。そう解しないと、共同不法行為者の一方が他方に対し請求権を有することになつて、条理上まことに不合理な結果となるからである。従つて、連合会の貞子に対する損害賠償債務は、民法四三八条の適用ないし準用により、佐一の貞子に対する損害賠償債務が二分の一の範囲で債権債務の混同によつて消滅したことに伴つて同範囲で消滅したというべきである。

2  混同その二(貞子の連合会に対する損害賠償請求権のうち第一の相続により原告孝子らが取得した二分の一の権利及び原告孝子らの連合会に対する損害賠償請求権の消滅)

(一) 前記のとおり佐一は本件事故の直接の加害者であるから、本件自動車の保有者である連合会と並んで、貞子に対しては本件事故による生命侵害に関する損害を、原告ら各自に対しては貞子の死亡に基づく民法七一一条所定の遺族固有の損害(主として慰謝料)を、それぞれ賠償する義務がある。

(二) 佐一の貞子に対する右損害賠償債務は、前記のとおり、第一の相続によりまず二分の一の範囲で債権債務の混同を生じて消滅し、次いで、第二の相続によりその余の二分の一も最終的に債権債務の混同を生じて消滅した。

また、佐一の原告孝子らに対する右損害賠償債務も、第二の相続により最終的に債権債務の混同を生じて消滅した。

(三) 原告孝子らが貞子から第一の相続により取得した損害賠償請求権に対応する連合会の貞子に対する損害賠償債務は、民法四三八条の適用ないし準用により、佐一の貞子に対する損害賠償債務の二分の一が混同によつて消滅したことに伴つて消滅し、また、連合会の原告孝子らに対する損害賠償債務も、右同様、民法四三八条の適用ないし準用により、佐一の原告孝子らに対する損害賠償債務が混同によつて消滅したことに伴つて消滅した。

3  権利の濫用

仮に、請求原因5の第二の相続が認められたとしても、佐一はもともと本件事故の直接の加害者であり、共同不法行為者として連合会とともに本件事故に基づく損害を賠償する責任あるものであるから、佐一が共同不法行為者の他方である連合会に対し請求原因5の第一の相続にかかる損害賠償請求権を行使することは、権利の濫用として許されないものというべく、従つて、原告孝子らが連合会に対し佐一からの相続にかかる損害賠償請求権を行使することも、右相続にかかる損害賠償請求権自体行使を許されない性格を帯びたものであるから、右同様権利の濫用として許されないものといわなければならない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)及び2(一)、(二)の各事実はいずれも認め、その余の主張は争う。

連合会の貞子及び原告孝子らに対する損害賠償債務と佐一の貞子及び原告孝子らに対する損害賠償債務は、各自の立場において別個に生じ、ただ同一損害の填補を目的とする限度において関連するにすぎない、いわゆる不真正連帯の関係に立つものであるから、債権を満足させる事由以外には、債務者の一人について生じた事項は他の債務者の債務に効力を及ぼさないと解すべきである。従つて、被告の主張は理由がない。

2  同3の主張は争う。

権利濫用の法理は、ある権利行使が具体的な場合に即してみるとき、権利の存在意義に照らし是認できないとされるとき適用される法理であり、その適用は個別的、具体的、人的であり、その効果は相対的である。従つて、本件事故について何ら責任を有するものでない原告らの本件請求が権利濫用の条項に抵触することはない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載されたとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし6の事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁1(一)及び2(一)、(二)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

そこで、以下、佐一の貞子及び原告孝子らに対する損害賠償債務が混同により消滅したことに伴つて連合会の貞子及び原告孝子らに対する損害賠償債務も消滅するかにつき検討するに、右佐一及び連合会の貞子及び原告孝子らに対する責任は、各自の立場において別個に生じ、ただ同一損害の填補を目的とする限度において関連するにすぎないものであつて、いわゆる不真正連帯の関係に立つものと解するのが相当であつて、右解釈は被害者の保護、救済を目的とする不法行為法ないし自賠法の趣旨にも合致するものである。そして、不真正連帯債務の債務者相互間には、右に述べた限度以上の関連性はないから、債権を満足させる事由以外には債務者一人について生じた事由は他の債務者に効力を及ぼさないものというべく、連帯債務に関する民法四三八条の適用はないものと解するのが相当である。従つて、連合会の貞子及び原告孝子らに対する損害賠償債務は、佐一の貞子及び原告孝子らに対する損害賠償債務の混同による消滅にもかかわらず存続するものというべきである。

従つて、原告孝子らは、佐一が第一の相続により取得した貞子の連合会に対する損害賠償請求権を第二の相続により各四分の一の割合で相続したから、原告孝子らは連合会に対し、各自貞子の連合会に対する損害賠償請求権の各四分の一を有している。なお、この点につき、被告は、本件のように加害者が被害者を相続したような場合には例外的に民法四三八条の適用ないし準用があると解すべく、そう解しないと共同不法行為者(被告は連合会と佐一との間を共同不法行為者というが、両者は自賠法三条と民法七〇九条によりそれぞれ責任を生じた者らの共同の関係である。)の一方が他方に対し請求権を有することになつて、条理上まことに不合理な結果になると主張するけれども、加害者が被害者を相続した場合とその逆の場合であるとを問わず、権利義務の同一人への帰属に関する債権法上の混同の法理に差異を生ずる理由は見い出し難いから、加害者が被害者を相続したからといつて右と別異に解する理由はない。

三  抗弁3について判断するに、被告は、佐一はもともと本件事故の直接の加害者であり、共同不法行為者として連合会とともに本件事故に基づく損害を賠償する責任あるものであるから、佐一が連合会に対し貞子から相続した権利を行使することは権利の濫用となつて許されず、従つて、かような性格を帯びた権利を佐一から相続した原告孝子らの連合会に対する権利の行使も、権利の濫用となつて許されないと主張するが、前項で述べたと同様の理由で、佐一が本件事故の直接の加害者であることをもつて、佐一の相続した権利の行使及び佐一から権利を更に相続した原告孝子らの権利行使が直ちに権利の濫用となつて許されないとする理由はないというべく、よつて被告の本抗弁も採用することができない。

四  請求原因7及び8の事実は当事者間に争いがない。それによれば、被告は、自賠法一一条により、連合会が本件自動車の保有者として負担した貞子及び原告らに対する損害賠償債務を填補する義務がある。

そして、自賠法一六条によれば、被害者は保険会社に対し保険金額の限度において損害賠償額の支払を請求できるから、同条の「被害者」である貞子の相続人であり、かつ自らも同条の「被害者」である原告孝子ら及び自ら同条の「被害者」である原告かずかねは、各自連合会に対する損害賠償請求権に基づいて、直接被告に対し保険金額の限度において損害賠償額の支払を請求することができるといわなければならない。

五  そこで、以下、損害額について検討する。

1  原告孝子らの相続した貞子の損害

(一)  逸失利益 一七五三万六二二六円

貞子は本件事故当時満五〇歳の主婦で家事労働に従事していたものであることは当事者間に争いがなく、これによれば本件事故に遭遇しなければその後六七歳まで一七年間にわたり稼働し、その間少なくとも同人の年齢に対応する死亡年度の昭和五八年賃金センサスの産業計、企業規模計、学歴計の女子労働者の平均賃金である年間二二三万三九〇〇円を下回らない収入を得ることができたものであり、また、その間の同人の生活費は年収の三五パーセントを超えないことが認められるから、これを基礎として新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して貞子の逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり一七五三万六二二六円(但し一円未満切捨。以下同じ。)となることが認められる。

223万3900円×0.65×12.077=1753万6226円

(二)  慰謝料 五〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、貞子は本件事故で死亡したことにより精神的苦痛を被つたものと認められるところ、本件事故の態様、佐一との身分関係等諸般の事情を考慮し慰謝料としては五〇〇万円が相当であると認められる。

(三)  以上の合計額は二二五三万六二二六円であり、前記のとおり原告孝子らは各自その四分の一を有しているから、原告孝子らが相続した貞子の損害は各自五六三万四〇五六円となる。

2  原告ら固有の慰謝料

原告孝子らが貞子の子であり、原告かずかねが貞子の母であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告らは貞子が本件事故で死亡したことにより精神的苦痛を被つたものと認められるから、これに対する慰謝料としては、原告ら各自について一〇〇万円が相当であると認められる。

3  以上によれば、原告孝子らは連合会に対し各自六六三万四〇五六円の、原告かずかねは一〇〇万円の損害賠償請求権を有するところ、原告らの被告に対する請求金額は、いずれも右認定額の範囲内であつて、かつその合計額は保険金額の限度内であり、原告らはこれにつき被告に対し請求原因8で述べたとおり支払請求をしているから、被告は原告ら各自に対し、右各請求金額及びこれに対する請求の日の翌日である昭和五八年四月一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

六  以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅野達男 駒谷孝雄 田島清茂)

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