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名古屋地方裁判所 昭和58年(ワ)635号 判決 1985年9月25日

原告 朝銀愛知信用組合

右代表者代表理事 朴日楽

右訴訟代理人弁護士 郷成文

同 成瀬欽哉

被告 日動火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 久保虎二郎

右訴訟代理人弁護士 加藤猛

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告「被告は原告に対し金四三二七万九六五六円及び内金三五〇万円に対する昭和五七年四月一日より、内金三九七七万九六五六円に対する同月一八日より各支払済まで年一四・五パーセントの割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

二、被告 主文と同旨の判決

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は岩田武こと朴武(以下「岩田武」という)に対し、昭和五五年九月三〇日金五四六〇万円を、昭和五六年一月一七日から昭和六六年一月一七日まで毎月四〇万円宛一二〇回に分割弁済すること、利息は年一一・五パーセント、遅延損害金は年一四・五パーセントとし、同人に手形交換所の取引停止処分があった場合には期限の利益を失う旨の約定で貸渡し、更に、昭和五六年一一月一一日有限会社関取に対し金三五〇万円を弁済期昭和五七年三月三一日、遅延損害金年一四・五パーセントの約定で貸渡し、右貸渡日に岩田武は右有限会社関取の債務につき連帯保証をした。

2. 岩田武は、昭和五七年一月二一日被告との間で被保険者を岩田淑子とし、同人所有の別紙目録記載の建物及び建物内部の什器・備品、商品を目的として別紙「保険契約の内容」の火災保険契約(以下「本件火災保険契約」という)を締結したが、右保険契約と同時に岩田淑子は原告に対し岩田武の一切の債務を被担保債権として右保険金請求権につき質権を設定し、被告は同年二月六日右質権設定を承認した。

3. 岩田武は昭和五七年二月一五日手形交換所の取引停止処分を受け、期限の利益を喪失したが、同人の原告に対する昭和五七年四月一七日における貸付金残元本は金三九七七万九六五六円である。

4. 昭和五七年一〇月二二日右保険契約の目的物が火災に罹災した。

よって原告は右質権に基づき原告の岩田武に対する前記貸付金残元金及びこれに対する昭和五七年四月一八日から支払済まで約定遅延損害金、前記保証債務金三五〇万円及びこれに対する昭和五七年四月一日から支払済まで約定遅延損害金の支払を求める。

二、被告の答弁及び抗弁

1. 請求原因のうち、2、4の各事実は認めるが、その余の各事実は不知。

2.(一) 本件保険契約には、別紙火災保険普通保険約款の条項を含むものであるところ、岩田淑子は保険の目的物の所有権を保険契約締結直後の昭和五七年一月末頃、第三者に譲渡しており、右約款八条一項二号により遅滞なく書面をもってその旨原告に申出て保険証書に承認の裏書を請求しなければならない。しかるところ、岩田武、岩田淑子は右手続を怠っており、被告が裏書承認請求書を受領するまでに本件損害が生じているのであるから、同約款八第二項により被告は保険金支払義務を有しない。

(二) 右保険の目的物譲渡の経緯は次のとおりである。

岩田武は昭和五六年一一月新栄ハウス有限会社より三〇〇〇万円の融資を受け、岩田淑子は岩田武の右債務につき保証人となり、併せて、同月二七日右債務の担保のために右会社に対し別紙「保険契約の内容」(四)(1)(イ)、(2)(イ)記載の建物(以下「本件建物」という。)に根抵当権を設定し、同時に、根抵当権の確定債務の不履行を条件とする代物弁済契約を締結し、条件付所有権移転仮登記をなした。その後岩田武は昭和五七年一月二一日本件火災保険契約を締結したが、その直後の同月二九日保険の目的物の一部である本件建物内の営業用什器備品を有限会社関取に売却し、同月三一日岩田淑子は新栄ハウス有限会社に対し本件建物の所有名義の変更に必要な一部の書類を渡し、岩田武の前記三〇〇〇万円の債務の弁済に代えて右建物の所有権を移転した。更に新栄ハウス有限会社は本件建物を有限会社関取の代表者加川巴に譲渡し、同年五月二一日前記条件付所有権移転請求権仮登記の移転登記をなした。

また、什器、備品と共に保険の目的とされた商品については、飲食店の製品、材料と考えられるが什器備品と同時に譲渡され、或いは、同年一〇月二二日の火災発生当時までには残存していなかったものである。

三、右2に対する原告の答弁及び主張

1. 本件火災保険契約には被告主張の火災保険普通保険約款の条項を含むことは認めるが、岩田淑子が保険の目的物を第三者に譲渡した事実は否認する。

2. 保険の目的物の譲渡があった場合保険契約者または被保険者は遅滞なくその旨を保険者に通知して承認の裏書請求をなさねばならず、右裏書請求をなすまでの間に損害が発生した場合には保険者は保険金の支払を免れる旨の約款の規定は商法六五〇条、六五六条、六五七条の趣旨と著しく隔たる保険契約者に不利益なものであり、譲渡により危険が著しく増大しない場合には右条項は無効というべきものである。

3. 附合契約である約款の適用は信義則により制限されるべきであり、右約款の条項は譲渡により危険が著しく増大する場合にのみ適用されるべきである。

4. 仮に被告主張の保険の目的物の譲渡があったとしても、岩田淑子が本件建物に根抵当権の確定債権の債務不履行を条件とする代物弁済契約を原因とする条件付所有権移転仮登記を経由した後に本件火災保険契約が締結されていること、右譲渡によって何ら危険が著しく増大していないのであるから被告主張の約款の適用は認められない。

四、右に対する被告の答弁

右2ないし4の主張は争う。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、請求原因2、4の各事実は当事者間に争いがない。

二、そこで被告の抗弁について検討する。

1. 本件火災保険契約の内容として被告主張の火災保険普通保険約款(以下「約款」という)の条項が含まれていることは当事者間に争いがない。

2. <証拠>を総合すると以下の各事実が認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  岩田武は実体は同人の個人企業である飲食店である岩田産業有限会社の代表者として同人の妻岩田淑子と共に右会社を経営していたが、右会社、岩田武、岩田淑子は経済的に一体のものであった。

(二)  岩田武は、右会社運営資金として昭和五六年一一月一七日新栄ハウス有限会社より三〇〇〇万円を借り受けた。右借受けに際し、岩田淑子は、右岩田武の債務につき保証し、岩田産業有限会社振出の約束手形の裏書人となったほか、新栄ハウス有限会社に対し本件火災保険契約の目的物である本件建物に極度額五〇〇〇万円とする根抵当権を設定すると共に、右根抵当権の確定債権の債務不履行を条件とする代物弁済契約をなし、同月三〇日その旨の登記(代物弁済契約については条件付所有権移転登記)を経由した。

(三)  岩田産業有限会社は本件火災保険契約締結後の昭和五七年一月二九日右火災保険の目的物たる本件建物内の営業用什器、備品を営業権(建物内の商品を含む)と共に有限会社関取に代金三〇〇〇万円で売却し、更に同年一月三一日頃岩田淑子は前記岩田武の債務金三〇〇〇万円の支払に代えて新栄ハウスに対し本件建物の所有権を移転する意思表示をなし、そのため岩田武、岩田淑子の白紙委任状、不動産売渡証書、印鑑証明書等の書類を交付した後、所在不明となった。

(四)  岩田産業有限会社は同年二月初旬不渡手形を出して倒産した。

(五)  有限会社関取は本件建物内で営業をなし同年二月一五日本件建物及びその内部の什器備品等につき安田火災保険株式会社との間に火災保険契約を締結した。

(六)  新栄ハウス有限会社は同年五月一七日本件建物を有限会社関取の代表取締役加川巴に代金三〇〇〇万円で譲渡し同年五月二一日前記条件付所有権の移転登記をなした。

(七)  同年四月一七日岩田武は名古屋地方裁判所豊橋支部に自己破産の申立をなしたが、右申立書において同人は本件建物は加川巴に代物弁済として譲渡したことを自認している。

3. 以上認定の各事実によると本件火災保険の目的たる本件建物及び建物内の什器備品等が保険契約締結時の所有者より第三者へ譲渡されたものと認定することができる。

4. 本件建物等火災保険の目的物が火災に罹災した昭和五七年一〇月二二日までに保険契約者または被保険者から右保険の目的物の前記譲渡につき書面により、被告に申出がなされ保険証券に承認の裏書請求のなされたことを認めるに足りる証拠はない。

5. そうすると右保険契約者又は被保険者は前記約款八条一項に定める通知義務に違反し、その結果保険者である被告は同条二項により通知義務未履行の間に生じた損害てん補責任を免れることとなるものである。

原告は右約款の規定は商法六五〇条、六五六条等の趣旨に反し、保険契約者に不利益であり無効であるとか、右約款の規定は譲渡による危険が著しく増大した場合にのみ適用すべきである旨主張する。

しかしながら、保険の目的物が譲渡された場合このことが抽象的に危険増大の可能性につながるものであり、保険者はその事実についてこれを知る正当な利益を有しているものであり、約款において保険の目的物の譲渡を画一的に通知事項としたうえ、その通知義務の履行を強制するため、一定の制裁措置を講ずる必要のあることは当然であり、保険契約の目的物の譲渡という保険契約者、保険者の双方にとって重大な事項が発生したときに通知をなすという手続を怠って始めて失権の効果を生ぜしめるのであるからこのことが保険契約者、譲渡人らに特に不利益を与えることにはならず、また、右約款八条は商法六五〇条、六五六条と異なり保険の目的物の譲渡或いは保険の目的の場所的移転により著しく危険が増加した場合にも保険契約を当然無効とはせず(同約款八条三項)追加保険料の請求によりこれを承認する(同約款九条)途を開いているのであり、商法の原則より右約款の規定が保険契約者に必ずしも不利益なものでありこれを無効とすべきものであるとか、目的物の譲渡により著しく危険の増大した場合にのみ適用すべきものであるとの主張は理由がない。

また本件建物に岩田淑子が根抵当権の確定債権の債務不履行を条件とする代物弁済を原因とする条件付所有権移転仮登記がなされた後に本件保険契約が締結されているとしても所有者岩田淑子が本件保険契約後に第三者に本件建物を譲渡したことにかわりがなく、右約款の適用について差異を生ずる理由とはならず、右に関する原告の主張も採用の限りではない。

6. そうすると右約款八条二項によって被告は本件火災保険金の支払責任を免責されることになり被告の抗弁は理由があることとなる。

三、以上のとおりであって被告が本件火災保険契約による保険金の支払義務のあることを前提とする原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないことに帰する。

よって、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松村恒)

<以下省略>

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