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名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)3233号 判決 1985年11月15日

原告

倉知伸子

被告

福岡光伯

主文

一  被告は、原告に対し、金五〇四万四、七六〇円及びこれに対する昭和五八年一二月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は一〇分しその八を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金六〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一二月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、倉知久子(以下「久子」という。)の養子であり、久子の唯一の相続人である。

2  被告は、昭和五八年一二月二七日午後五時四〇分、被告所有の普通貨物自動車(登録番号名古屋四五ほ九五二一、以下被告車という。)を運転して、愛知県犬山市横町九六番地先県道を南進中、被告車の前方を東から西へ乳母車を押して横断中の久子をはね、そのため、久子は脳挫傷及び頭蓋内出血の負傷をし、同月二八日、午後五時、愛知県厚生農業協同組合連合会昭和病院において死亡した。

3  被告は本件事故の当時被告車を自己の運行の用に供していたものであるから、久子の右死傷により生じた損害を賠償する義務がある。

4  本件事故により生じた損害は次のとおりである。

(一) 久子の逸失利益 金五四九万七、〇〇〇円

久子は明治四四年二月一五日生まれで本件事故当時満七二歳であり、農業に従事するとともに、原告の園芸店手伝いし、また原告方の家事等もしていたので、少なくとも同年齢の女子労働者の平均賃金に相当する年間金二一四万一、六八五円の収入があり、また昭和五五年簡易生命表によれば七二歳女子の平均余命は一二・八五年であるから、少なくとも本件事故以後六年間は右金額の収入を得ることが可能であつた。従つて久子の逸失利益の本件事故時における現価について、生活費控除の割合を収入額の五〇パーセントとし、中間利息を新ホフマン式計算によつて控除して算出すると、左のとおりとなる。

二、一四一、六八五×(一-〇・五)×五、一三三六=五、四九七、〇〇〇

(千円未満切り捨て)

(二) 久子の慰謝料 金一、五〇〇万円

久子が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰謝料は右金額が相当である。

(三) 葬儀関係費用 金七九万七〇〇円

原告が久子の葬儀に支出した費用が右金額であり、この程度の金額は、葬儀関係費用として相当である。

(四) 弁護士費用 金八〇万円

5 しかして原告は久子の右(一)(二)の損害賠償債権を唯一の相続人として取得したものであるところ、右(一)ないし(四)の金額の合計は、金二、二〇八万七、七〇〇円となるが、原告は、自動車損害賠償責任保険より、右損害の填補として金一、〇四〇万四、二〇〇円の支払を受けたので、右金額を控除した金一、一六八万三、五〇〇円を被告は原告に支払う義務がある。

よつて、原告は被告に対し、運行供用者に対する損害賠償請求権に基づき、金一、一六八万三、五〇〇円のうち金六〇〇万円及びこれに対する本件事故の日である昭和五八年一二月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2はいずれも認める。

2  同3のうち被告が本件事故の当時被告車を事故の運行の用に供していた事実は認めるがその余は争う。

3  同4について

(一) 4の(一)のうち、久子が明治四四年二月一五日生まれで、本件事故当時満七二歳であつたことは認めるが、久子が農業に従事するとともに園芸店手伝いをしていたことは不知。その余の事実は否認し、損害額については争う。

(二) 4の(二)ないし(四)の損害額については争う。

4  同5のうち原告が自動車損害賠償責任保険より金一、〇四〇万四、二〇〇円の支払を受けたことは認める。

三  抗弁

1  免責

(一) 本件事故には、次のとおりの事情があつたから、被告には過失がない。

(1) 本件事故現場は、時速四〇キロメートルの速度制限がなされており、被告は、制限速度内の時速三〇ないし三五キロで走行していた。

(2) 久子は、被告車輌の直前を突然に横断してきたのであり、被告には、久子が横断することにつき予見可能性がなかつた。

(3) 本件事故は、夜間の事故であり、しかも、久子は、本件事故当時黒つぽい服装していて、他から発見しにくい状況であつたところ、被告は久子を発見して、すぐ急制動をかけたが間にあわず久子に衝突したのであり、被告には回避可能性がなかつた。

(二) 本件事故は久子の過失により発生した。すなわち、本件事故現場の道路は、日頃交通頻繁な幅員約九・六メートルの幹線道路であり、本件事故の時間帯は、最も交通量の多い時であつたところ、久子は腰がほぼ九〇度近くに曲がつており、下向きの姿勢で乳母車を押し左右に対する安全確認が十分できない状態であるのに、本件事故現場から北へ約一二〇メートルの地点に横断歩道があり、南へ約一五〇メートルの地点に歩道橋があつたがこれらを利用せず、かつ横断するにつき、道路の左右の安全を十分に確認したうえで横断を開始する義務があるのに、これを怠り漫然と横断を開始した過失があつた。

(三) 本件事故当時、被告車の構造上の欠陥または機能の障害がなかつた。

2  過失相殺

本件事故は、前記1の(二)の事実に基づく久子の過失ならびに次の事実に基づく被害者側たる原告の監督義務違反の過失があるので、原告側の過失割合を七として過失相殺すべきである。

(一) 久子は、本件事故当時腰が曲がつて歩行がやや不自由であり、また左右の安全確認が十分できない状況であつた。

(二) 本件事故は、原告が勤務している倉知園芸店の真前で発生した。

(三) 原告は、久子と同居し、かつ生計を共にしてきており、久子と身分上ないし生活上一体をなす関係にあつた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1について

(一) 抗弁1(一)の事実はすべて否認する。

(二) 同1(二)について

同1(二)のうち、本件事故現場の道路の幅員が約九・六メートルであつたこと、被告主張の横断歩道及び歩道橋の存在は認めるが、その余は否認する。

(三) 同(三)は否認する。

2  抗弁2(一)ないし(三)はすべて争う。

第三証拠

本件記録中、証拠関係目録の記載と同一であるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1、2の各事実及び同3のうち被告が本件事故当時被告車を自己の運行の用に供していた事実は当事者間に争いがない。

二  よつて被告の抗弁1(自賠法第三但書の免責の主張)について検討するに、被告は、本件事故に際し久子が被告車の直前を横断したとしてその予見可能性がなかつた、あるいは回避可能性がなかつたとして被告の過失がないこと、また久子が交通頻繁な道路を老躯をもつて歩道外を横断したなど本件事故はもつぱら久子の過失によつて発生したと主張するが、本件全証拠によつても右主張事実を認めることはできないから、採用の余地はない。

三  そこで久子死亡による損害について検討する。

1  請求原因4の(一)(逸失利益)について

同4(一)のうち、久子が明治四四年二月一五日生まれで、本件事故当時、満七二歳であつたことは当事者間に争いがなく成立にいずれも争いない甲第二号証、乙第二、第三号証、及び原告本人尋問の結果によれば、久子は老齢ではあるが原告方の農業、園芸店及び家事手伝いに従事していたことが認められ右労働は家事使用人としての労働及び家事労働と目すべきものであり、その逸失利益額は昭和五八年賃金センサス女子労働者六五歳以上の平均賃金の年間合計金一九九万五、六〇〇円を基準とするのが相当である。そして成立に争いのない乙第三、第四号証、原告本人尋問の結果によれば、久子は格別病気もしておらず、健康であつたことを認めることができ、本件事故以降、七二歳の平均余命一二・八七年の約二分の一である六年間は、右の財産上の利益をあげることができたとするのが相当である。

従つて久子の逸失利益の本件事故時における現価は右金額を基礎とし、生活費控除の割合を収入額の五〇パーセントとして、中間利息を新ホフマン式計算によつて控除して算出した金五一二万二、三〇六円とするのが相当である。

一、九九五六〇〇×(一-〇・五)×五・一三三六=五、一二二、三〇六

2  同(二)(慰謝料)について

前記認定の久子の年齢、健康状態、生活状況、その他本件にあらわれた諸般の事情を勘案すれば、本件事故によつて久子が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は金一、二〇〇万円とするのが相当である。

3  同(三)(葬儀関係費用)について

前記久子の年令、生活状況等に照らせば久子の葬儀関係費用として、金七〇万円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害とするのが相当である。

四  次に抗弁2(過失相殺)について検討するに、成立に争いのない甲第三ないし第五号証、乙第三、第四号証を総合すれば次の事実を認定でき、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

1  本件事故現場は車道幅員九・八メートル(片側一車線、中央にはみ出し禁止標示線がある。)でその両側に幅員一・二メートルの歩道が設置された南北方向の道路上であり、同所の速度制限は時速四〇キロメートルであり、交通頻繁な場所であるが、ほぼ直線で双方からの見通しは良い。

2  本件事故発生当時は日没後であるが本件事故現場の東側歩道上に水銀灯があり車道上はやや明るく、約三五メートル手前から人体等を発見しえた。

3  本件事故直前、被告は被告車を運転し北から南に向け時速約三〇キロメートルで進行してきており、久子は乳母車を押し東側歩道上から西に向け横断を開始した。

4  被告は右久子が中央線の直前にいたつたところを、その手前約六・五メートルではじめて発見し、急ブレーキをかけてたが間にあわず、久子を被告車の前部に衝突させ、約七メートル先にはね飛ばした。

5  被告は事故直前約三〇〇メートル先の対向車のライトに気をとられ久子の発見が遅れたものであり、一方久子は黒ぽい服装で背をまげ乳母車を押しゆつくりと横断していた。

6  本件事故当時、被告車は数台の車の先頭を走つており、また反対車線上には前方二、三〇〇メートル先まで走行中の自動車はなかつた。

右各認定事実によれば、久子は本件道路を横断するにあたり、右方(北方)道路からの自動車の進行の有無を確認して横断するのが本件事故を防止する上で相当であつたことは否定できない。また前掲各証拠によれば本件事故現場から北へ約一二〇メートルの地点に横断歩道が、また南方一五〇メートルの地点に歩道橋が設置してあることが認められ、右のいずれかを利用すれば久子にとつて、より安全ということができる。

しかしながら、右の注意を七二歳の久子に求めること自体やや無理があるうえ、被告は見通しのよい道路上を前記のような前方注視義務を怠つた重大な過失がある点、自動車対歩行中の老人の事故という点等諸般の事情を考慮すれば過失割合は、久子が一五被告が八五とするのが相当である。なお、被告は原告の久子に対する監督義務なるものを主張し原告側の過失となるというが、右主張認めるに足りる証拠はない。

そうとすれば、以上の被告の損害賠償額は金一五一四万八、九六〇円となるところ、原告は久子の唯一の相続人(この点は当事者間に争いがない。)として右逸失利益金及び慰謝料金を相続取得したものである。

五  しかるところ原告が自動車損害賠償責任保険から金一、〇四〇万四、二〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので右支払済額を控除すると金四七四万四、七六〇円となる。

六  そこで弁護士費用についてみるに、原告が本件代理人に本訴の追行を委任し、かつ報酬の支払約束をしたことは、弁論の全趣旨により認められるところ、本件事案の難易、審理経過、本訴認容額等を勘案すれば、本件事故と相当因果関係ある損害として被告に請求しうるべき弁護士費用の額は金三〇万円とするのが相当である。

七  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告に対し、金五〇四万四七六〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和五八年一二月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅野達男)

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