名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)560号 判決 1984年11月28日
原告 愛知県信用保証協会
右代表者理事 篠塚行夫
右訴訟代理人弁護士 河野正実
同 初鹿野正
同 石上日出男
被告 丹下由太郎
被告 丹下理恵子
右法定代理人親権者父 丹下康廣
右法定代理人親権者母 丹下照子
右両名訴訟代理人弁護士 那須国宏
同 渡辺直樹
主文
一、被告丹下由太郎は原告に対し金九九四万三六九四円並びに内金八三六万四四九四円に対する昭和五七年一〇月三〇日以降完済に至るまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。
二、原告の被告丹下理恵子に対する請求を棄却する。
三、訴訟費用中、原告と被告丹下由太郎との間に生じた分は被告丹下由太郎の、原告と被告丹下理恵子との間に生じた分は原告の各負担とする。
四、この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
一、原告
1. 主文第一項同旨。
2. 被告丹下由太郎と同丹下理恵子間の、別紙目録記載の不動産についての昭和五七年二月一〇日付贈与契約を取消す。
被告丹下理恵子は原告に対し右不動産についての別紙登記目録記載の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
3. 訴訟費用は被告らの負担とする。
4. 第1項につき仮執行宣言。
二、被告両名
1. 原告の請求をいずれも棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者双方の事実の主張
一、原告の請求原因
1. 原告は、中小企業者が銀行その他の金融機関から資金の貸付け、手形の割引又は給付を受けること等により金融機関に対して負担する債務の保証をすることを業務とする。
2. 訴外有限会社西春ハウヂングセンターは、左記金融機関から金銭を借用するに先立ち、左記期日に、左記約定で原告に信用保証を委託した。
記
(金融機関) 株式会社中央相互銀行(信用保証委託契約日)
昭和五六年二月二五日(約定)
(1) 右訴外会社が借入債務の全部又は一部の履行をしなかったときは、原告は右訴外会社に対し通知催告なくして、残元本債務並びに利息を代位弁済できる。
(2) 原告が代位弁済をしたときは、右訴外会社は原告に対し代位弁済金およびこれに対する代位弁済の日の翌日から年一四・六パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
3. 被告丹下由太郎は、前同日、右訴外会社の原告に対する右信用保証委託契約に基づく一切の債務を連帯保証した。
4. 右訴外会社は、左記のとおり第2項記載の金融機関より金銭を借り受け、原告は、この借り受けにつき保証をなした。
記
(1) 貸付日 昭和五六年二月二八日
(2) 貸付金額 金八四〇万円
(3) 特約 手形交換所の取引停止処分を受けたとき等は、期限の利益を失うものとする。
5. 右訴外会社は、昭和五六年四月四日取引停止処分を受け、期限の利益を失ったが、右借受金を返済しなかったので、原告は、昭和五六年七月一六日、株式会社中央相互銀行に対し、金八四〇万円を代位弁済した。
6. 被告らは右代位弁済金合計分に対し、別紙損害金計算書の通り金三万五五〇六円を支払ったので、その弁済金残額は、金八三六万四四九四円である。
7. 第二項の約定遅延損害金は別紙損害金計算書のとおり金一五七万九二〇〇円である。
8. また被告丹下由太郎は、右の支払義務を有することを知りつつ、別紙物件目録記載の不動産(以下本件建物という)のほか財産がないのに、同人所有の本件建物を昭和五七年二月一〇日、同人の孫(被告丹下由太郎の長男丹下康廣の長女)である被告丹下理恵子に対し贈与し、同月一九日、その旨、別紙登記目録記載のとおりの登記を経由した。
9. 原告は被告丹下理恵子に対し、右贈与につき詐害行為取消権を行使してこれを取り消す。
10. よつて、原告は被告丹下由太郎に対し代位弁済金残額と遅延損害金の合計金九九四万三六九四円並びに内金八三六万四四九四円に対する昭和五七年一〇月三〇日から完済に至る迄年一四・六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告丹下由太郎と被告丹下理恵子間の前記贈与を取消し、かつ、同被告に対し別紙登記目録記載の登記の抹消登記手続を求める。
二、請求原因に対する被告両名の答弁並びに被告丹下理恵子の抗弁
1. 請求原因9項は争う。その余の事実はすべて認める。
2. 被告丹下由太郎は、本件建物を孫の被告丹下理恵子可愛さから同被告に贈与したものであり、このことは、原告から被告丹下由太郎への代位弁済金請求からかなり後になって贈与がなされたことからも明らかである。
3. 本件贈与は昭和五七年二月一〇日になされ、その旨の登記は同月一九日になされているが、原告は昭和五六年一一月ころから被告丹下由太郎の資産調査をしているのであるから、遅くとも昭和五七年二月二八日には右贈与の事実を知っていたのであり、このことは、昭和五九年三月六日被告丹下理恵子の父丹下康廣が原告の担当者に「仮に詐害行為取消権があるとしても時効にかかっている」旨主張したのに対し、原告担当者が「時効のことは知っている」と述べていることからも明らかである。従って、昭和五九年二月二八日には原告の詐害行為取消権については消滅時効が完成している。よって、被告丹下理恵子は本訴においてこれを援用する。
4. 仮に、右主張が認められないとしても、原告は昭和五七年三月始めには本件贈与を知っており、その後も本件建物への抵当権設定等本件建物による債権回収の手段があったにも拘らず、本件建物には担保価値がないとして放置しておきながら、贈与から二年余も経過して本件建物が改築されるや、担保価値の上昇を見込んで本件建物から債権の回収を計ろうとするものである。このように、原告の詐害行為取消権の行使は、同制度を濫用するものであって許されない。
三、抗弁に対する原告の答弁
抗弁事実はいずれも否認する。なお、原告が本件贈与の事実を知ったのは、昭和五八年一一月一八日付の登記簿謄本によってである。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、請求原因1ないし8項の事実は全部当事者間に争いがなく、それによれば、原告の被告丹下由太郎に対する請求は理由がある。
二、証人丹下康廣の証言によると、原告に対する求償金債務の主債務者である訴外有限会社西春ハウヂングセンターの代表者であった訴外丹下康廣は、被告丹下由太郎の子であり、かつ被告丹下理恵子の父であるところ、右訴外会社は昭和五六年四月倒産したこと、一方、同会社の原告に対する債務の連帯保証人であった被告丹下由太郎は本件建物の他にこれといった資産を有していなかったけれども、前記倒産後の昭和五七年二月、本件建物を孫である被告丹下理恵子に贈与し、同年二月一九日その旨の移転登記を経由したことが認められる(なお、被告丹下由太郎が前記債務の連帯保証人であったこと及び本件建物の贈与と移転登記の事実は当事者間に争いがない)。
右の事実によれば、右贈与に際し、被告丹下由太郎と被告丹下理恵子の親権者で父である丹下康廣及び母において、この贈与により被告丹下由太郎が無資力となり債権者である原告を害することを認識していたことは明らかであるから、これが詐害行為を構成することは充分考えられるところである。
三、そこで、更に検討するに、前記証人丹下康廣の証言によると、本件建物は昭和二三年に建築されたもので、原告が訴外銀行に代位弁済した昭和五六年の時点ではかなり老朽化し、建物自体やや傾斜しているという状況で、その担保価額は極めて低く、現に原告を含めて被告丹下由太郎に対する債権者らもこれを担保に取ろうとはしなかったのであるが、本件贈与後の昭和五八年八月に丹下康廣が金一五〇万円から金二〇〇万円の費用をかけて改築したことにより、その財産価値は大幅に増大したことが認められ、この認定に反する証拠はない。
しかるところ、詐害行為取消権は、債権者が債務者の財産を減少させる行為を取消し、この減少分を債権者のために回復することを目的とするものであるから、債権者が回復できるのは、あくまでも債務者の行為によって逸失減少した価値の範囲内に止まるものというべきである。とすれば、本件においては、右認定のように、贈与後に第三者が新しく資金を投下したことにより、建物の価値が増加したものであるから、原告が詐害行為取消権の行使により取消回復できるのは、本件建物の一部、即ち、右贈与契約時の価額の限度である。そして、本件のように対象財産が建物という不可分の性質をもつものであるときは、原告としてはこれを金銭に評価し、前記贈与時における価額の賠償を求めるより他なく、従って、原告は、右時点における本件建物の価額を立証し、その賠償請求をすべきである。しかし、原告は本訴においてそのような主張立証をせず、本件建物についての前記贈与全部を取消し、これを原因とする被告丹下理恵子への所有権移転登記の抹消登記手続を求めるものであるから、被告丹下理恵子の抗弁について判断する迄もなくこれを肯認することはできない。
四、以上説示のとおりであるから、原告の被告丹下由太郎に対する請求を正当として認容し、被告丹下理恵子に対する請求を失当として棄却することとし、民事訴訟法八九条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 宮本増)