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名古屋地方裁判所 昭和60年(レ)48号 判決 1986年9月10日

控訴人

梅村勲

右訴訟代理人弁護士

楠田堯爾

加藤知明

田中穣

被控訴人

名古屋三菱ふそう

自動車販売株式会社

右代表者代表取締役

中村隆三郎

右訴訟代理人弁護士

佐藤正治

右訴訟復代理人弁護士

鈴木高広

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  被控訴人の請求原因

1  訴外株式会社明和運輸(以下「明和運輸」という)は、被控訴人に対し別紙目録記載の約束手形金債務二四〇万円を負担していたところ、控訴人は昭和五七年三月一二日被控訴人に対し右債務のうち一〇〇万円を重畳的に債務引受をしたうえ、これを同年三月から同年一二月まで毎月末日限り一〇万円宛分割して支払う旨を約した(以下「本件債務引受」という)。

2  控訴人は昭和五八年一〇月末日までに本件債務引受に基づき八〇万円を支払つた。

3  よつて被控訴人は控訴人に対し右残金二〇万円及びこれに対する最終支払期日の翌日(昭和五八年一月一日)から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

総て認める。

三  控訴人の抗弁

1  本件債務引受は以下述べるとおり、和議法四九条二項が準用する破産法三〇五条所定の特別利益の供与(以下単に「特別利益の供与」という)に該当し無効である。

(一) 控訴人が主宰する明和運輸は経営に行詰り昭和五六年一一月名古屋地方裁判所に対し和議開始の申立をした(同裁判所昭和五六年(コ)第一六号和議事件)。

(二) 明和運輪が右申立の際申出た和議条件は、和議債権のうち利息・損害金の全額及び元本金額の七〇パーセントを免除し、残額(元本の三〇パーセント相当額)を五年間にわたり毎年六パーセント宛均等年賦返済するというものであつた。

(三) 明和運輸は和議開始の申立後、昭和五七年三月二三日に予定された和議債権者集会(同日和議認可決定)において右和議条件について法定多数の賛成決議を得られなければ必然的に破産宣告を受ける立場にあつたため、明和運輸の代表者である控訴人としても賛成決議を得るため必死で債権者に懇願を重ねていたものである。

(四) このような状況の中で、控訴人は大企業でかつ有力な債権者である被控訴人から右和議に同意するとともに今後も今までどおり自動車の販売、定期点検、整備等の取引を継続してやるから本件債務の引受をするよう求められたため、前記のとおり、他の債権者等には内密にして本件債務引受をしたものである。

(五) したがつて、本件債務引受のことは他の和議債権者には全く知らされていないし、もとより和議条件として和議債権者集会において同意を得てもいない。

2  仮に本件債務引受が、被控訴人に対する特別利益の供与に当たらないとしても、明和運輸のように代表者即会社というような零細会社からの和議申立事件において、被控訴人のように和議の成否及び和議申立会社の維持存続に重大な影響力を有する一部債権者が他の多数の債権者に内密にして、和議申立会社の代表者個人に和議債務の引受を迫り、あるいは裏保証を獲得することを容認するならば、何れの債権者も代表者個人に対し和議債務の引受等を強要することになり和議制度の趣旨は根底から覆され、和議法の存在の意味と存立の基礎は完全に失われることになるから、右のような債権者の行為は、和議法の趣旨を潜脱するものであつて、公序良俗に反し無効である。

3  時機に後れた攻撃防禦方法の却下に対する反論

(一) 被控訴人は控訴人による特別利益供与の無効の主張は、時機に後れた攻撃防禦方法であるから、却下さるべきであると主張しているが、控訴人は第一審のときから既に本件債務引受は、和議債権者間の公平に著しく反するのみならず、和議制度を潜脱し、且つ和議制度を根底から覆しかねない公序良俗に反するものとしてその効力を否定すべきであると主張し、右は当控訴審においても繰返し主張してきたところである。

(二) 控訴人が第一審及び当審でなした右無効の主張は、正に和議法四九条二項の準用する破産法三〇五条の主張に外ならず、右無効の主張が和議法四九条二項の準用する破産法三〇五条に該当するから無効であると適用条文を示して主張しなければ、訴訟において主張したことにならないというが如き被控訴人の論旨は、被控訴人の独自の見解であり、全く不当である。

四  抗弁に対する認否と主張等

1  時機に後れた攻撃防禦方法の却下(民事訴訟法一三九条一項)

控訴人による特別利益供与の無効(和議法四九条二項、破産法三〇五条)の主張は時機に後れた攻撃防禦方法であるから、却下されるべきである。すなわち、控訴人の右主張は、本年三月三日、本件訴訟の弁論を終結した後に、再びこれを再開し、そこで初めて提出されたものであるところ、右主張を、より早い時期に提出出来たことは明らかであり、かつむしろ、第一審で主張されて然るべきものであるから、時機に後れたものであることは明白である。また控訴人は、本件債務引受行為が無効であるとの主張をしている以上、特別利益供与の無効の主張(和議法四九条二項、破産法三〇五条)は、熟知しているか少なくとも気付くべきものであり、本件訴訟が本人訴訟ではない点をも併せ考えれば、右主張の提出が遅れたのは、少なくとも重大な過失に基づくものと言わざるを得ない。さらに、控訴人の右主張を審理するためには、その要件の存否の点につき、証人尋問等の証拠調べが必要になり、訴訟の完結が遅れることは明白である。

2  認否

本件債務引受が特別利益の供与に当たり、あるいは公序良俗に反し無効であるとの抗弁はいずれも否認する。

3  本件債務引受は次のような事情から特別利益の供与に該当しない。

(一) 本件債務引受は和議債権者(被控訴人)が和議申立人の和議条件に賛成することを条件に、控訴人が債務引受をしたものではない。

(二) 本件債務引受の特殊性

被控訴人は明和運輸に対し、昭和五三年から同五四年にかけて、車両一〇台を売却し(所有権留保付割賦販売)控訴人がその連帯保証人になつていたものであるところ、明和運輸が右代金残金の支払いのために被控訴人に振出ないし裏書譲渡したのが本件の約束手形四通合計金二四〇万円である。従つて、控訴人は被控訴人に対し、本件債務引受をするか否かに拘わらず、右代金二四〇万円につき連帯保証債務として支払義務を負担していたものである。ゆえに本件債務引受はいわば形式に過ぎず、実質的には右連帯保証の履行であつたものであり、また本来被控訴人は控訴人に対し、右連帯保証に基づき即時全額請求しうるところ、控訴人の希望を聞き入れ、内金一〇〇万円につき支払いを猶予したとも言えるものである。すなわち、本件債務引受は何ら和議の決議に賛成することを条件にしたものではなく、控訴人は、自らの連帯保証債務の一部につき、被控訴人から支払期日の猶予を得て、自ら進んで自己の債務を弁済したにすぎないのである。むろん、本件債務引受の交渉にあたつては、控訴人が、明和運輸との間の将来の取引の継続を約した事実はない。

以上より、本件債務引受は、特別利益には該当しない。

(三) 仮に、形式的には、特別利益の供与に当たるとしても、破産法三〇五条が第三者の特別利益の供与を無効とした立法趣旨は、和議の決議が公正に行われることを期し、強制和議の提供者(又は和議申立人)が和議の成立を容易にさせるために、第三者の名を借りて、特別利益を供与することを防止することにあり(単に「第三者」としたのは、第三者が真に自己の出捐において利益供与した場合と立証上区別することが困難なことによる。)、そうであれば、右(二)記載の通り控訴人自身がもともと法的に支払義務を負担し、名実共に控訴人自身の出捐にかかることが明らかであるという特殊事情がある本件においては、少なくとも信義則上、破産法三〇五条は適用されるべきではない。

4  主観的意思(和議決議成立に利用する意思)の欠除

右記載の通り、本件債務引受は、形式的には和議申立人の代表者による債務引受であるが、実質的には控訴人自身の既存債務の支払いという面を有し、また被控訴人は和議成立後の取引継続を約していないことなどの事情があることなどからすれば、被控訴人には本件債務引受を和議決議成立に利用しようとする意思を欠いていたものであるから、破産法三〇五条の適用はない。

五  被控訴人の主張に対する認否

総て争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因事実は当事者間に争いがない。

二そこで本件債務引受が特別利益の供与に該当するか否かにつき検討する。

1  <証拠>によれば、次のとおりの事実が認められこの認定に反する証拠はない。

(一)  控訴人は一般貨物運送業を営む明和運輸の代表者としてその経営を主宰してきたものであり、被控訴人は貨物自動車及びその部品等の販売並びに自動車の整備、点検、修理を営む会社であるが、明和運輸と被控訴人間には明和運輸が営む運送事業用貨物自動車及びその部品等の販売並びに販売自動車の整備、点検、修理等に関して年間三〇〇〇万円位の取引関係があつたものである。

(二)  明和運輸は、昭和五六年一一月経営の破綻を来し、名古屋地方裁判所に対し和議開始の申立をするに至つた(同裁判所昭和五六年(コ)第一六号和議事件、以下「本件和議事件」という。)。明和運輸の提供した和議条件は、和議債権中利息・損害金の全額と元本金額の七〇パーセントの免除並びに残額(元本残額の三〇パーセント)を五か年の均等年賦払というものであつた。

(三)  右のような和議案に対し、法定多数の債権者の同意を得ることは困難な状況にあつたことから、和議申立会社の代表者である控訴人は、和議開始の申立時から和議債権者集会にかけて和議債権者の賛成を得るため、個々の債権者と折衝を重ねていたのであるが、そのような折、被控訴人から控訴人に対し、右和議案に同意する代りに、賦払金七二万円(被控訴人の届出債権額二四〇万円の三〇パーセントに相当する)とは別に、和議債権中一〇〇万円について、控訴人個人が債務引受をして欲しい旨の要求がなされた。昭和五七年三月一二日控訴人は、和議を成立させ明和運輸の経営を続けたいとの強い希望から、右要求を受け入れ、前記のとおり本件債務引受をなすに至つた。

(四)  その際、控訴人は、折衝に当たつていた被控訴人会社管理部長に対し、右合意を口頭での約束に止めたい旨を述べたけれども、同管理部長は自社事務用箋を示したうえ、合意の内容は後日被控訴人において補充するので、明和運輸及び控訴人の記名押印を得ておきたいと言うので、控訴人はこれに応じて右用紙に明和運輸及び控訴人の名前を連記し、その名下にそれぞれ明和運輸の社印と控訴人の印鑑を押捺して、同管理部長に手渡した。

右書面には、その後被控訴人により念書との表題が付され、別紙のとおりの合意の内容が記載されている。

(五)  その後昭和五七年三月二三日、明和運輸の申立にかかる前記和議案は、債権者集会において賛成の決議がなされ、裁判所の認可も得て和議が成立した(以下「本件和議」という。)。

(六)  右債権者集会において、控訴人と被控訴人を除く他の一般債権者及び管財人、整理委員等の関係者には、控訴人と被控訴人との間で本件債務引受のなされていることは全く知らされていなかつたし、本件和議の決議及び裁判所の認可も右のような事実は存在しないとの前提でなされたものである。

(七)  なお、昭和五七年三月二三日付管財人、整理委員連名の届出債権調査報告書によれば、届出債権者総数五五名、破産の場合において別除権の行使によつて弁済を受けることのできない債権額(議決権行使の総額)は二億五〇一四万四六〇一円で和議の可決に要する、四分の三に相当する債権額は一億八七六〇万八四五〇円であり、そのうち被控訴人の債権額は二三九万九万九五〇八円(異議ある債権額四九二円)で上位から一一番目の債権額であつた。

ちなみに、その他の大口債権者を見てみると、第一位が東洋石油商事株式会社で債権額一億〇六六二万三四六四円、第二位が株式会社福徳相互銀行の三一八九万八二〇二円、第三位が藤本某の二五六八万四〇〇〇円、第四位が控訴人の一八九三万七五六八円となつている。

(八)  本件和議が成立したことにより、明和運輸は営業を続けられるところとなり、被控訴人を含む和議債権者らに対して和議条件に従つた債務の弁済がなされている。

(九)  また、控訴人は、本件債務引受に従つて、右和議債務金とは別に、遅れ勝ちながらも昭和五八年一〇月まで合計八〇万円を被控訴人に支払つたが、被控訴人の従業員が、控訴人の入院先まで残金の取立に来たなどといつた感情的問題から、右残金の支払を拒否する態度に出て、今日に至つている。

(一〇)  なお、本件債務引受金の支払に対して被控訴人から控訴人に渡された領収証には、明和運輸が本件和議に従つて支払うべき金員との混同を避ける趣旨で「念書に基く和議外の支払分」との記載がなされている。

2 以上認定の被控訴人と明和運輸及び控訴人との取引関係、本件債務引受の性質、本件債務引受がなされた経緯、本件和議事件における控訴人、明和運輪及び被控訴人らの占める地位、役割及びその重要性、その他本件和議が成立に至る経緯等の事実に弁論の全趣旨を併せ考えれば、本件債務引受が和議法四九条二項が準用する破産法三〇五条所定の特別利益の供与に該当することは明らかというべきである。

三これに対し、被控訴人は本件債務引受が破産法三〇五条が禁止する特別利益の供与に該当しないとして種々主張するので以下検討する。

1 まず、本件債務引受は、本件和議条件に賛成することを条件になされたものではないから特別利益の供与に当らない旨主張するけれども、本件債務引受は、被控訴人が本件和議条件に賛成することを当然の前提としてなされたものであることは前記1の(二)(三)(四)において認定したとおりであり、右債務引受行為が特別利益の供与に当たるというためには、後記「和議成立に利用する意思」の点を除けば、本件債務引受と本件和議との間に、右の程度の関連性があれば十分というべく、それ以上に和議条件に賛成することがいわゆる法律行為としての条件関係にあることまでの必要性はないものというべきであるから、被控訴人のこの点の主張は採用し得ない。

2 次に、被控訴人は、本件債務引受にかかる約束手形四通は、明和運輸が被控訴人から購入した車両代金の支払のため振出されたものの一部であるところ、控訴人はもともと右車両代金につき連帯保証人となつていたものであるから、実質的には本件債務引受は控訴人が本来負担していた連帯保証債務金二四〇万円の内金一〇〇万円についてその支払を猶予したにすぎない旨主張する。しかしながら、本件全証拠によつても、右約束手形四通が、控訴人の連帯保証にかかる明和運輸の被控訴人に対する車両代金の支払のため振出されたものであることを認めるには足りないのみならず、仮に右約束手形と車両代金との間に被控訴人主張のとおりの関係が認められるとしても、右約束手形については控訴人は裏書人、保証人等として手形上の債務を負つていないことが弁論の全趣旨から認められるのであつて、このような約束手形金債務について、控訴人が債務引受をすることは、それ自体被控訴人に特別の経済的利益を供与することに外ならないというべきであるから、被控訴人のこの点の主張も採用し得ない。

したがつてまた、本件債務引受に右のような特殊な事情があることを前提として、信義則上破産法三〇五条が適用されるべきでない旨の被控訴人の主張も、その前提を欠き採用し難く、他に信義則上同条項の適用を否定すべき事由も見当たらない。

3 更に被控訴人は、被控訴人において本件債務引受を本件和議の決議成立に利用する意思がなかつた旨主張するけれども、本件債務引受が和議債権者である被控訴人に特別の利益を供与するものであり、右供与行為と本件和議の成立との間に密接な関連性が認められること、しかも本件債務引受について被控訴人の主張するような特殊の事情も認め難いこと等からすれば、被控訴人は、本件債務引受を本件和議の成立に利用する意思のあつたことが推認されるところである。したがつてそのような主観的意思を欠く旨の被控訴人の主張も採用し得ない。

四最後に、控訴人が当審においてなした本件債務引受が特別利益の供与に該当し無効である旨の主張は時機に後れた攻撃防禦方法であるから却下されるべきであるとの被控訴人の主張につき判断する。

控訴人が、第一審以来当審において弁論終結後、弁論の再開を申立て、右無効の主張をするまでの間、本件債務引受が、これが成立に至る経緯などの諸事情から、和議法の趣旨を潜脱するものとして公序良俗に反し無効である旨を一貫して主張して来ていることは本件記録上から明らかである。そして控訴人が右のように本件債務引受が公序良俗に反するものであることを理由付けるため主張した諸事情は、法的観点を変えてみれば、正に和議法四九条二項が準用する破産法三〇五条の特別利益の供与に該当することを理由付ける事実の主張に外ならないと解されるものであるうえ、控訴人の右特別利益の供与による無効の主張の当否を判断するため、弁論再開後に格別の証拠調べの必要性もなく、実際にも証人調べ等は行われていないことなどの本件審理の経過に照らすと、控訴人から右主張のなされたことにより訴訟の完結が遅延したことはなかつたことが認められる。

そうすると、控訴人による右無効の主張が時機に後れた攻撃防禦方法であるから却下されるべき旨の被控訴人の主張は理由がないから採用し得ない。

五以上の次第で控訴人の抗弁は理由があるから被控訴人の本訴請求は理由がなく棄却を免れない。

よつて、右と結論を異にする原判決は不当であるからこれを取消して、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宮本 増 裁判官福田晧一 裁判官佐藤 明)

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