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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)1193号 判決 1989年8月15日

主文

一  被告川口敏郎、同ワールドエンタープライズ株式会社、同吉塚強一は連帯して原告に対し、金一四八六万二四七三円及びこれに対する昭和六〇年五月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告田中正道、同川口敏郎、同吉塚強一、同ワールドエンタープライズ株式会社は連帯して原告に対し、主文第一項の金員中の金六五〇万円及びこれに対する昭和六〇年五月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告川口敏郎、同田中正道、同吉塚強一、被告ワールドエンタープライズ株式会社に対するその余の請求及び被告豊島洋に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は被告川口敏郎、同田中正道、同吉塚強一、被告ワールドエンタープライズ株式会社らの連帯負担とする。

五  この判決は、主文第一項、同第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し、金一七〇六万二四七三円及びこれに対する昭和六〇年五月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1(当事者)

(一)  被告ワールドエンタープライズ株式会社(以下「被告会社」ともいう)は、金地金の販売や商品取引業等を目的として、昭和五五年五月一〇日に設立された会社である。

被告吉塚強一(以下「被告吉塚」という)は右会社の代表取締役で被告会社の業務を統括する者であり、同川口敏郎(以下「被告川口」という)は同会社名古屋支店の前支店長兼営業担当者、同豊島洋(以下「被告豊島」という)は現支店長兼取締役である。訴外高木良(以下「訴外高木」ともいう)は同じく名古屋支店の営業部課長、被告田中正道(以下「被告田中」という)は名古屋支店の営業部主任、訴外佐々木研(以下「訴外佐々木」という)は名古屋支店の営業部所属であり、三名とも営業担当者である。

(二)  原告は、昭和五八年三月に退職勧奨により小学校教員を退職し、現在は年金生活者である。なお、同人の夫は既に死亡しており、独り暮らしをしている。

2(一) 原告は、昭和五八年一二月九日、被告会社に対し香港商品取引所における砂糖の先物取引について、原告のために売買取引を注文することを委託し、被告会社はこれを承諾した。(以下「本件基本契約」という)

(二)  原告は、本件基本契約に基づき、別表の先物取引勘定元帳(以下「別表」という)記載のとおりの取引をして右同日から、昭和五九年三月五日までの間に委託証拠金名下に合計一二五〇万円及び貸付信託通帳一冊を被告会社に預託していた。

(三)  しかし、被告会社は、別表記載の取引の結果損金が生じたので、右委託証拠金を充当したと主張し、損金不足分金一一六万二四七三円を支払わなければ、右貸付信託通帳を返還しないと述べたので、原告はやむなくこれを支払って、返還を受けた。

(四)  この結果、原告は合計金一三六六万二四七三円の金員を被告会社に対して出捐した。(以下、便宜上、原告と被告会社の右各取引を「本件取引」という。)

3 本件取引は、海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律(以下「海先法」という。)第八条に違反してすべて無効である。

海先法第八条一項本文は、「海外商品取引業者は、海外先物契約を締結した日から、一四日を経過した日以後でなければ、当該海外先物契約に基づく顧客の売買指示を受けてはならない。」旨規定し、同項違反の取引は、すべて当該海外商品取引業者の計算によってしたものとみなし(同二項)、軽率に契約を締結させられた者に対し、いわゆるクーリング・オフ期間を設けて、その保護を図っている。もっとも、同条一項但書は、「ただし、海外商品取引業者の事業所においてした顧客の売買指示については、この限りでない。」と規定し、海外先物取引の仕組や危険性を熟知し、自ら積極的に取引をなす者に対し、例外を定めている。そして、本件取引は、後述の通り形式的には、被告会社の事業所においてなされたものであるが、その実質は、原告を勧誘した被告田中と、訴外佐々木が、「一度会社を見に行ってほしい」等のうそを言って、原告宅から被告会社の名古屋支店まで車で連れて行って説得してなされたものであり、典型的な海先法八条一項本文の脱法行為である。

よって、海先法第八条違反に基く本件取引は、クーリングオフ期間経過後に出されたものも含め、全注文が、同法八条一項本文及び民法九〇条に違反して、無効である。

4(一) 本件取引は、被告会社の組織ぐるみの詐欺(刑法二四六条、民法九六条)の故意に基き導びかれた一連の共同不法行為によるものである。即ち、被告吉塚を中心として、被告らは、「売り買いの注文数及び未決済残玉を同数とする玉管理を基本手段とし、海外先物取引の知識がなく被告会社の意のままに操れる者(不適格者)を勧誘して、種々の客殺し手段のもとに顧客に損失を生じさせ、それを自己玉の利益として被告会社に帰属させる意図であるのにこれを秘匿し、あたかも被告会社の営業活動が通常のものであり顧客のために営業活動を行うかに装って委託証拠金名下に金員等を騙取しようと企て」て順次共謀の上、本件取引名下に原告から前記各金員を騙取した。

(二) この詐欺の構造を詳説すると以下の通りである。

被告会社は、かつて「関門筋」としてならした訴外オリエント貿易の出身である被告吉塚が昭和五三年一〇月設立した訴外ワールド貿易を前身としている。

被告豊島も、オリエント貿易出身で、ワールド貿易設立時から同社に入社している。

被告川口は、昭和五四年四月にワールド貿易に入社している。

ワールド貿易は、国内の金の私設市場(ブラックマーケット)において自己玉で巨利を得たが、昭和五五年一〇月設立された被告会社も自己玉で莫大な利益をあげ続けた。

被告吉塚は、昭和五七年右自己玉で得た巨利を脱税した結果、福岡国税局査察官に摘発され、法人税法違反の罪で有罪判決を受けたが、その捜査過程で、裏金となっていた利益金の一部金三億八一〇〇万円を被告豊島を含む仲間四人で分配していた。

(三)  私設市場では、ノミ行為や、全量向い玉による実質的ノミ行為で、業者は市場で勝負せず、顧客が手玉にとられ、証拠金を損金や手数料名目で丸ごと収奪される被害が続出したので、政府は、昭和五六年、金を政令指定商品に指定した。

昭和五五年外為法改正により、商品取引の為の海外送金が原則自由になった為、金の私設市場ができなくなることを予想したブラック業者が、海外先物取引市場への注文取次業者に衣がえした。被告会社の設立の経緯と本質は、その前身であるワールド貿易同様である。即ち、不適格者の積極的勧誘、証拠金の引き出し、各限月商品の買建玉及び売建玉の増加数若しくは減少数の完全一致による玉管理に基き、本来香港商品取引所の正会員で被告会社と契約しているチャートトップ社の口座に顧客から預った証拠金を送金すべきところ、

<1> 精算損が生じた場合に備えて預託する売買本証拠金を香港まで送金する必要をなくし、

<2> 決済玉に損益が生じても精算する必要をなくし、

<3> 未決済玉に評価損が発生しても追証を預託する必要をなくする

状況を発生させ、顧客からの証拠金をチャートトップ社の口座に送金せず、若しくは、チャートトップ社と協力して、チャートトップ社指定口座の金の運用を可能ならしめて、顧客から預かった委託証拠金を自己の実質的管理下におき続け、取引所との関係を実質的に形骸化して、右委託証拠金を、自らの手数料若しくは自己玉の益金として費消していた。

委託玉が、偶々益金を出し、自己玉が損金を出すことも想定し得るし、売買の注文数を常に同数にし、未決済残玉数を同数にする手法は、いわゆる完全な全量向い玉と異なり、常に同時に反対玉を同数たてて、同時に仕切る訳ではないから、一時的には、確定損に見合う益が、被告会社の他の顧客の委託玉に生じることも有り得るが、実際は、商品知識に乏しく、実質一任売買を被告会社にゆだねている不適格者を大半の顧客とする被告会社においては、客の操作は自由であり、顧客に益が出ている時は仕切らせず、若しくは、利乗せ満玉で取引を継続させ、損金の出たところで仕切らせる手法で、客から預託された委託証拠金を取引所にも他の顧客にも流出させない手法が可能となるのであって、「利乗せ満玉」「頻繁売買」「利幅制限」「解約引き延し」の手段は、取引対象不適格者の存在を前提として、無断若しくは一任売買がその根幹に存するものである。

(四)  従って、被告会社を除く被告らは、組織的に担当を分担し、真実は原告からの委託証拠金を、被告らの利益に帰属せしめる意思であるのにこれを秘して、あたかも、正常ないし通常の取引として、原告の利益を図って営業活動を行うかの如く詐言を用いて、委託手数料名下に金員を騙取したものである。被告吉塚、同豊島、同川口は、ワールド貿易以来の経験から、右詐欺の構造を知悉していたと推認されるし、被告田中が、仮に被告会社の自己玉について知らなかったとしても、原告が不適格者であることを知りつつ、後記の通り虚言を用いて誤信させ、原告から委託証拠金を交付させているから詐欺の故意として欠けるところはないというべきである。

(五)  仮に、本件取引が、被告らの組織ぐるみの詐欺の故意に基く行為と断定できないとしても、被告会社の組織ぐるみの詐欺的故意、即ち、「売り買いの注文数及び未決済残玉を同数とする玉操作を行い、専ら被告会社の自己玉に益を生じさせ、もしくは被告会社に手数料を得させる目的で、そのためには顧客(原告を含む)らに多大の損失を蒙らせることもやむをえないと認識、認容しているにもかかわらず、原告に利益が生じることが確実であるかの如き言辞を弄し委託証拠金を取得する意思」をもってしたものであるから、可罰的違法性を有する行為として、本件取引全体が民法九〇条により無効となると言うべきである。

5 本件取引における被告らの違法行為は、左記の通りである。

(一)  海先法九条、一〇条は、海外商品市場における相場の変動その他海外商品市場における先物取引に関する事項について不実のことを告げる行為や、利益が生じることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して勧誘すること等を禁じている。

しかるに、訴外佐々木と被告田中は、昭和五八年一二月九日原告方を訪問し、訴外佐々木において「絶対に儲かります。」被告田中において同人は経験上最終的に損を出した者が被告会社において八〇パーセントに達することを知悉しつつ、「まかして下さい。今まで損を出した人は一人だけで、他の人は全員儲けています。損を出したと言っても一五〇万円だけで、私が続けろと言ったとき続けていれば絶対儲かっていたのにやめたから損となってしまった。絶対大丈夫です。」とか、「三割位の線であったら、ぼくは一か月もあれば、十分取れると思うから、年内に決済できたらいいですね」等と述べて原告を勧誘し、欺罔している。

(二)  又、国内商品取引についての顧客保護の為の商品取引員の受託業務に関する禁止事項は、国内商品取引以上に、複雑(自国通貨から外国通貨に換えるため為替の変動の危険が加わり、値動きには複雑な国際的経済的要因がからみ、時差や地理的関係から相場情報に乏しい。)で危険性の高い海外先物取引に類推適用されるべきである。

しかるに、訴外佐々木は、同禁止事項とされる無差別電話勧誘により原告を取引に勧誘し、訴外佐々木及び被告田中並びに、同川口は、原告が、年金生活の無職の未亡人で、商品取引の不適格者であることを知りつつ、本件取引が前記の通り投機的要素の少ない取引と説明して勧誘している。

(三)  被告会社は、右記の通り、先物取引不適格者であり、先物取引の経験、知識のない原告を本件基本契約締結に至らせるや、以後、同人を自由にあやつり、本件取引について、すべて被告川口、同豊島において実質上の一任売買をしている。その上、右一任状態の下で、被告会社は、委託玉に対し、自己玉をたてていたのであるから、顧客(原告を含む)と被告会社の利害は直接対立し、相反する。別表記載の昭和五八年一二月二二日の両建、昭和五九年一月一三日の両建玉中の損のでている買建玉を放置し、益の出ている売建玉を仕切り、その益金を原告に返還せず、利乗せして証拠金に振りかえ、途転買に転じさせたことは、当初からの被告会社の客殺しの実践にほかならず、被告川口が、昭和五九年一月二四日原告に損切りをさせ、確定損を出させた後、同年三月一日再び両建をさせ、同年四月八日損の出ている建玉を放置したまま益の出ている建玉を仕切らせているから、利幅制限を行っている可能性が高い。又、同年五月八日訴外高木が損切りをして原告に確定損を出させると同時に、途転売りを、同年七月五日には、被告豊島が途転買を、同年八月八日には損切りをさせて途転売りをしている。

なお、昭和五九年五月八日の売建玉及び同年八月八日の売建玉には益金が出ている。しかし、その後の証拠金全額を用いての途転の繰り返しは、原告に確定損を出させる為の被告会社の営業方針を示している。又委託者に損失が出た場合等において、営業連絡不十分のまま、当該委託者にかかる担当外務員又は社内における営業担当者の交代は、国内の公設市場において禁じられている事項である。

そして、昭和五九年八月一四日、原告は、はじめて自らの意思で明確に被告豊島に対し、手仕舞(最終的仕切)を要求し、精算金の返還を求めた。

ところが、被告豊島は精算金を返還せず、原告の前担当者であった被告川口に連絡し、同年八月二〇日、被告川口は、原告に売建玉を建てさせている。海先法一〇条第五号は、「海外先物契約に基づく売り付けもしくは買い付け又はその注文をすること、その他の当該先物契約に基づく債務の全部又は一部の履行を拒否し、又は不当に遅延させること」を禁じているが、被告川口、同豊島の右行為は、典型的な解約引き延しであり、原告は、弁護士に手仕舞を依頼せざるを得なくなった。

6 原告の損害

被告らの詐欺により原告が蒙った物的損害は委託証拠金名下に被告会社に交付した金一二五〇万円及び損金名下に交付した金一一六万二四七三円の合計金一三六六万二四七三円である。

更に原告は被告らの詐欺行為により老後の蓄えをはき出させられ多大な精神的苦痛を蒙った。右精神的苦痛をやむなく金銭に換算するに金二〇〇万円は下ることがない。

また、原告は被告らの詐欺により蒙った被害を回復するためには弁護士に依頼して本訴を提起せざるをえなかった。原告が弁護士に約した報酬金は金一四〇万円であるが、これも被告らの詐欺による損害である。

よって原告が被告らの詐欺により蒙った全損害は金一七〇六万二四七三円になる。

7 よって、原告は被告らに対して民法七〇九条、七一九条により、(被告会社に対しては、さらに民法四四条予備的に被告会社以外の被告らの使用者として民法七一五条により)各自金一七〇六万二四七三円及び被告らに対する訴状送達の翌日である昭和六〇年五月三日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告らの主張

1  請求の原因1(一)の事実は認める。同(二)の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は否認する。

4  同4(一)ないし(五)の事実はいずれも否認し、主張事実は争う。

5  同5の事実中、本件取引の内容は認めるが、原告の主張は争う。

6  同6の事実は争う。

訴外佐々木は、昭和五八年一二月初めころ原告に電話して、訪問の許可を得たので、同月八日午後一時頃原告宅を訪れ、約二時間程、先物商品取引に関するパンフレットやしおり、けい線を示すグラフ等の資料を示して原告を先物取引に勧誘した。原告は興味を示したが一晩考えてみたいというので、佐々木は、翌日、被告田中と共に午前中原告宅を訪問し、被告田中が原告に対し取引の仕組み、現況等についてあらためて説明した。

原告は、取引を始めたい旨意思表示したので、その場で香港商品交易所有限公司の商品市場における売買取引の委託に関する受託契約の承諾書に原告の署名、押印を得た。さらに、海外先物取引委託のしおりを原告に交付してその内容を説明し、回答書に署名、捺印を得た。受託契約準則もその場で原告に手渡した。佐々木と被告田中はクーリングオフの説明をし、被告らの事務所に来所すれば、当日から取引が開始できる旨説明したところ、原告が直ちに取引したい旨の意思を表明したので、被告会社の名古屋支店に三名で行って契約をした。

被告会社は、売買の都度、事前に原告から電話あるいは直接口頭で注文を受け、それに基づいて売買をして来たものであって、注文を受けた時点で受注伝票を起こし、同時に売買指示書を作成し、原告に送付し、後日原告から同指示書に署名、捺印してもらったうえ送り返してもらっていた。

さらに、被告会社は、原告に対し、売買の都度売買報告計算書および残高照合通知書を送付し、原告から残高照合通知回答書を送り返してもらっていた。本件取引についてはすべて原告に対し、その方法、意味を十分説明し、納得の上なされたものである。

したがって、仮に被告らに海先法八条違反の行為が存したとしても、同法は単なる行政取締法規であって、本件取引を無効にするものではないし、仮に同法違反の取引が無効とされる強行法規としても、その無効主張は一四日経過以前の注文に限定されなければ、取引に習熟した顧客が、後日損害回復目的をもって、取引の始まりに海先法八条違反が存したことを理由に全取引の無効主張を許す不合理が生じる。

被告会社は、香港商品取引所における正会員の資格を有していなかったことから、香港在住のベリータ株式会社及びチャートトップ社(以下、チャートトップという)と順次売買取引契約を締結し、それぞれ国内の顧客から受託した注文を同取引所につないでいたものであり、原告との取引期間中は、チャートトップを通じて取引していた。

顧客の具体的な買付け、売り付け、仕切りに関する助言は、被告会社は本店、支店を問わず、担当者の判断に任せていたもので、被告会社が統一的ないし画一的指示をしていたことはない。又、個々の担当者は、すべて顧客の選択、指示により行動し、無断売買や一任売買をすることは全くなかった。

又、被告会社が自己玉を建てていた事実は存するが、これは、顧客の売り買いの注文数に差異が生じた場合、これをそのまま香港取引所の場に出すと、同取引所の値が予想外に変動する危険が大きいことからこの回避目的で売りか買いのいずれかの玉について少ない分の枚数だけを自己玉として建てるものである。枚数的にも総量の一割ないし二割程度であり、自己玉の決済は同じ日に建玉した顧客と符号することはほとんどなく、損益が原告の主張する如く、顧客のそれと対立関係にあるものではない。

売り買い同枚数の注文は、被告会社に特有のものではなく、国内の先物取引においても自己玉あるいはバイカイ付け出しの方法によって、その殆どが売り買い同枚数による注文が通例であり、何ら違法なものではない。

従って、被告会社が右の方針を採用し、被告吉塚が代表取締役として右営業方針を推進した事は、被告吉塚個人の不法行為になるものではなく、原告主張の客殺しを指示したり、自己玉の益金を個人的に領得したこともない。

又、被告豊島、同川口、同田中らの本件取引に関する行動は客殺しの通謀に基くものではないし、個々人に故意過失は存しない。

仮に、被告らに何らかの不法行為責任が存するとしても、原告は長年教職にあり、相当の学識、判断力がある人物であったから、国内の商品取引における新規委託者保護管理規則に照らしてみても、特別担当班の管理下におくことが要請される三か月の期間経過後は、自ら取引中止の判断をなし得ると言うべくそれ以後の損害の発生ないし拡大は、委託者である原告の負担とするのが道理であると思料される。

損害の公平な分担の観点からみても、商品取引がゼロサムの世界であることは自明であるが、これは、公設市場に限ってみても、株式の信用取引、債権、為替の先物取引、金先物取引株式指数の先物取引に共通のものであり、損害を会社に転嫁する言い方は正鵠を得ていないというべきである。

先物取引に参加する人は、妙味の反面危険が伴う取引であることは、少くとも取引の一定期間経過後は十分自覚して取引すべきものと思料されるものである。

三  原告の被告らの主張に対する反論

本件取引は、もともと豊富な情報量と資金力を持つ会社組織を利用して、原告から種々の客殺しの取引手段で金員を収奪しようとした不法行為であるから過失相殺の理由は原告に存しない。又、民法九〇条違反ないし同法九六条に基く不当利得返還請求に対して、過失相殺の適用はないことを対比して考えれば、本件に過失相殺の法理を適用する合理的理由は存しないというべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一  原告が昭和五八年一二月九日被告と香港商品取引所の砂糖の先物取引を委託する旨の本件基本契約を締結し、別表記載の内容の本件取引をしたこと、及び請求原因1(一)(被告会社の内容と被告らの被告会社内の地位)はいずれも当事者間に争いがない。

二  <証拠>によると、原告は、大正一三年生まれの女性で、臨時教員養成所卒業後、約四一年間小学校教師を勤めた経験があるが、昭和五八年三月三一日勧奨退職後は、職に就かず、無職で年金暮らしをしていたうえ、夫は、昭和五〇年に死亡し、息子は独立して別居していた境遇であり、本件取引前には、先物取引はもとより株式相場での売買経験を有していない者で、<証拠>によると、国内商品取引においては取引を禁止されている「恩給、年金、退職金、保険金等により主として生計を維持する者」であって、いわゆる取引不適格者に該当することが認められる。

本件取引は、前記一のとおり海外先物取引であって、国内商品取引員に対する右規制が直接に適用されないことは明らかであるが、右規制の趣旨が、当該商品についての公正な価格形成の為に、商品取引制度の仕組や、商品についての基礎知識を備え、判断力のある余裕資金を持った者を先物市場に参加させると共に、不適格者を勧誘して不測の事故を発生させず、もって適正、公平、健全な商品取引所制度を運営させることを目的として、社団法人である全国商品取引所連合会が、昭和五三年三月二九日全国の商品取引員大会において商品取引員に対して課せられた注意規定である事に鑑みると、同規制の根拠とされている先物取引の危険性、一般大衆から取引対象不適格者を除外して、新規取引不適格者参入ないし、勧誘を防止すべきことは、海外先物取引に携さわる者にとっても当然の共通課題であることは、自明の事柄であると思料されるから、委託者に対する注意義務として海外先物取引に携わる者にとっても、順守されるべき行為規範として類推適用するのが相当である。

もっとも、国内商品取引における規制がいわば、自主的行動規制にとどまっていることに照らして判断すると、右規定違反の一事をもって、本件基本契約ないし本件取引が民法九〇条に違反して無効になるとか、直ちに違法な行為として不法行為を構成するとまでは解し難いので、以下、本件における被告らの各行為を具体的に吟味し、その違法性の有無、内容を吟味することとする。

三  本件取引に至る事実経過

前記一、二の事実に、<証拠>を総合すると以下の事実を認めることができ、左記認定に反する<証拠>はたやすく採用し難い。

1  無差別勧誘電話

被告会社の従業員である訴外佐々木は、昭和五八年一二月七日無差別に原告に電話して、砂糖の海外先物取引を熱心に勧誘すると共に原告宅訪問の承諾を求めた。

2  原告は、海外先物取引の知識も経験もなく、加えて当時胆石の手術後二〇日余りを経過し自宅療養中であったことから右佐々木の取引申出を拒否したが、いつも家にいる旨解答して、自宅訪問については、明確に拒否の回答をしなかった。

3  訴外佐々木は、翌日原告宅を訪問し、昼過ぎから、夕方六時頃まで五時間以上原告宅の玄関先で、「砂糖の値が下がっているので、値が上がる。絶対に儲かる。」と断定的に述べ、原告に対し、砂糖の値動きを示すグラフや、新聞のスクラップを示して海外先物取引を勧誘した。原告は、「友人が相場で失敗したことがあり、恐いからいやだ。」と拒絶していた。

4  被告田中は、訴外佐々木から原告が被告会社との取引に関心がありそうだとの報告を受け、同人と共に昭和五八年一二月九日午前一〇時前頃原告宅を訪問し、「友人で相場で失敗し、夜逃げした人がいる。」「恐い。」「わからない。」「お金がない。」と拒否する原告に対し、「相場で失敗するのは昔の話で、今は、夜逃げする様になる前に、手が打てる。被告会社の先物取引で損をしたのは、一人だけだ。その一人も被告会社と取引を続けておれば儲かる筈であった。」と述べ、「市況にソビエトの買付け動向があるので年内一か月以内に元金の三割以上の値上りが期待できる。儲けたお金で旅行でもされませんか。」等と言葉巧みに原告を勧誘し、「退職金は、定期預金と貸付信託に振りわけてあり、自由に使えるお金はない。」と拒絶の理由を述べる原告に対し、「定期預金を担保にすれば、すぐお金が借りられる。」「今がチャンスです。任せておきなさい。」「これでも信用できないのか。」と被告田中において原告の腕を何回もつつき、繰り返し取引を求め、「銀行へはよういかん」と拒否する原告に対し「車がある」と言って、原告に印鑑を持参させて、同乗させ同日二時ころ原告の取引銀行まで送り、同所で三五〇万円を借りた原告に対し、「会社を一度見て下さい。」と言ってそのまま原告の自宅に戻らずに被告会社の名古屋支店へ同道させ、同支店において、砂糖七枚分三五〇万の保証金の取引を了解した原告に対し、被告田中、同川口は、「大きく儲けましょう。」被告田中は、「貸付信託の分も本社に問い合わせたら間に合うから、いいでしょう。」とこもごも述べて、その場で貸付信託を担保とする五枚分二五〇万円の保証金の取引を同時に承諾させ、その取引に必要な貸付信託の証書及び印鑑を同日午後七時頃原告を自宅に送り届けると共に佐々木及び被告田中が同行して受け取って、本件取引を開始するに至った。

5  被告田中は、原告に対し、被告会社のパンフレット、海外商品先物取引委託のしおり、受託契約準則等の書類を、原告宅から銀行へ出発する一〇分位前に渡し、内容については、「質問があれば答えます」と言って、「これも説明しましたね。これも説明しましたね」と簡単にページをめくって一覧させただけで、もとより海外先物取引の基本的な専門用語について解説を与えず、右書類の内容について詳細に検討する時間的余裕を与えず、同書類を一読しただけでは、海外先物取引の複雑な仕組みや、高い投機性、為替の変動による危険があることについて十分理解することは著しく困難であったことから、原告は漠然と本件委託証拠金は、海外先物取引砂糖の売買代金と誤解していた。

ちなみに、右パンフレットは、ゴシック体で「だれにでも参加できます。」「安全かつスムーズな売買取引」とうたい、商品先物取引の特徴として「二重利殖」(有価証券を預け、配当を受け取りながら参加できる。)「少ない資金で大きな利益」(総代金の約六分の一の証拠金で取引に参加できる。)「期間が短い」(情況次第では短期間で二、三割の利益)「換金自由」(電話一本で、預託証拠金及び売買差金(利益)を届ける。)「為替変動による利殖」(外貨で出た利益を日本円に換算する際に利殖可能)等と専ら海外先物取引の安全、有利な利殖を強調し、一般大衆に対し、高度の知識や余裕資金による参加が不要であるかの如き誤解を与えかねない記載内容となっていた事実が認められ、これらを用いて取引勧誘する場合には、原告の当時の生活状況、家族関係、資力等に照らしてみて慎重に説明し、記載の内容の反対の局面展開の可能性についても十二分に説明し、自己の得る利益と損失の危険の関係につき納得を得る必要性が高いと認められるものであった。

6  ところで、被告田中は、昭和四八年都立杉並工業高校中退後約一〇年の社会人の経験を有していたが、以前に先物取引の業務にたずさわったことはなく、昭和五七年四月被告会社の岡山支店での社員募集により同社に入社し、先物取引の仕組や金融につき一か月の研修を同支店で受けて、同年五月から営業社員として勤務し、原告との本件取引時には営業主任として訴外佐々木の上役であったものであるが、当時から昭和五九年六月まで被告会社名古屋支店長であった被告川口から国内商品先物取引業界における取引の指示事項としては、身体障害者や年金受給者等の不適格者を勧誘してはいけない旨の教育を受けて、原告が病みあがりの年金生活者であるから、国内先物取引の不適格者であると認識していたのに、海外先物取引の勧誘は単なるモラルの問題と判断していた。

四  右記一ないし三認定の事実経過に照らすと、被告田中、同川口の勧誘手法に基く本件基本契約及び別表の本件取引は、海先法九条、一〇条の規制する海外先物商品市場における相場の変動その他海外商品市場における先物取引に関する重要事項について、故意に事実を告げず、利益が生じる事が確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して利益保証をしたに等しい言動の結果招来されたものであることが認められるから顧客の自由な自主的判断を著しく阻害する態様でなされたものとして社会的相当性を逸脱しており違法と判断される。

又、海先法八条一項本文が、「海外先物契約締結後二週間を経過した日以後でなければ当該海外先物契約に基く顧客の売買指示を受けてはならない」旨規定するのは、基本契約締結後二週間のいわゆるクーリングオフの期間を与え、その間の市況変化等を観察させ冷静な判断に基く相場観により、売買指示をさせ、もって主として新規委託者の保護を図った趣旨と解釈されるから、同条一項但書が、「但し、海外商品取引業者の事務所においてした顧客の売買指示についてはこの限りでない。」と規定しているのは、顧客が海外先物取引について十分な知識があり、自ら自発的、積極的に業者の事務所に赴いた場合にこれを保護する理由と必要に乏しいことから定められた例外規定と解され、本件の如く専ら業者の主導に基き事務所においてなされた場合は、十分な説明と納得の期間の客観的保障に乏しく、原告に対して保障されるべき熟慮期間を奪う同法の立法趣旨を潜脱する脱法行為に等しいから、これは、海先法八条一項本文の規定に違反する違法な所為と判断すべきものである。

そして、海先法八条違反に基く取引の場合当該取引は、民法九〇条の公序良俗に違反するものとして無効とまでは解されないが、違法な不法行為と評価すべきものである。よって、同条の定める規制期間以後になされた取引が直ちに全部違法となるまでの違法性を承継するかは、当該取引のなされた時期、内容、顧客の経験や知識の集積度及び自発的取引か否か等を個別的に吟味して判断せざるを得ないと考えられ、一律に全部が違法、無効とする原告の主張は採用し難い。

五  そこで、次に海先法八条の期間以後の本件取引について吟味する。

<証拠>を総合すると、被告川口、同豊島は、請求原因5(三)記載の通りの内容で、原告から実質上の一任売買に等しい形態で、海先法八条の期間経過後の取引をなしていること、その取引内容は、別表の通り今日ほとんど顧客の利益にとっては無意味に近いと言われている「両建」がなされたり(ちなみに、海先法八条一項の期間内の両建は、いまだ追証のかかる前の状況であったことが認められる。)、手数料狙いとも思われる「頻繁売買」、いわゆる「利乗せ満玉」「解約引き延し」の方法が組み合わされており、特に、原告が初めて自発的に手仕舞を要求した昭和五九年八月時点で、被告豊島は、既に同年七月岡山支店長に転勤していた被告川口に連絡し、被告川口において、直接「もう一度やらせて下さい。八〇〇万円位の損は取り返せます。」と原告に話をさせて、同月二〇日六枚の売建を建てることを承知させ、原告の損失を拡大させ、原告は、弁護士を通じてはじめて、請求原因2(三)記載の経過で取引終了になったと認められる事実は、海先法第一〇条五号で禁止される「当該海外先物契約に基づく債務の全部又は一部の履行を拒否し、又は不当に遅延させること」に該当し、同条が、仕切り拒否ないし遅延に伴う顧客の被害防止ないし利益確保を目的とした規定であることに鑑みれば、同条違反に刑罰の罰則規定は存しないけれども、民事上の不法行為を構成する違法な行為としてこれを禁止するのが相当であると解される。

そして、前掲証拠により、右取引の態様を分析すると、被告川口に対し、原告から、昭和五九年二月ころから話が違う旨の苦情電話が多くなると、訴外高木良(分離前相被告)に担当を交代、同人から被告豊島、そして前述の如く被告川口へとリレー式に担当者を交代させているほか、その取引継続につき、原告は年金生活者で十分な資産がない事を、勧誘した被告川口において、これを十分に知りつつ、建玉させ、多額の追加保証金を求めていたことが認められる。

右事実によれば、海先法八条の期間経過後の全取引について、被告川口は原告の境遇や資力判断能力欠如等の全体を知悉しつつ取引継続させ、新たな建玉をたてさせる等して取引を継続、拡大することを積極的に推進したと認められるから、同人は原告に対するすべての不法行為責任を免れない。

しかし、被告豊島は、昭和五九年七月一日被告会社名古屋支店長に着任したもので、原告に対する本件取引の当初からの全貌を知らず、その直前は、被告会社岡山支店の営業担当者であり、被告会社が原告主張の通りの詐欺を目的とした会社であったことについて知っていたと認定するに足る証拠がないこと、同人の関与した別表記載の原告との取引には結果的には両建がなく、その取引の結果には一部差益を生じた取引も存すること、原告に対する委託証拠金の詐取は、その交付の段階で既遂に達していると判断されるところ、被告豊島が、被告会社の名古屋支店長として着任した昭和五九年七月一日時点以降に原告からの委託証拠金の提供がないことに照らすと、同人が、被告川口、同田中、同吉塚と通謀して、右各取引をなしたと認めることはできず、損金不足金の交付に関しても、本件証拠上同人に、詐欺ないし詐欺的犯意を認めることは困難と判断せざるを得ない。又、被告田中は、同川口と共謀して、当初の委託保証金合計金六〇〇万円の交付をさせた違法が認められるけれども、その後の原告の取引につき他の被告らと通謀して委託保証金等を交付させた事実は認め難い。

六  そこで、被告会社の詐欺行為について検討する。

<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、被告川口、同豊島、被告兼被告会社代表者吉塚強一が被告会社を設立ないし入社した経緯と、社会的背景、自己玉で利益をあげ、脱税した金を吉塚らで分配した事実が存したことが認められるうえ、国内先物取引業界から転進しつつ、国内先物取引業界の取引対象不適格者を勧誘していること、被告会社において二割位の自己玉をたて従業員の給料中、歩合制による割合が二割位であること及び被告会社が、顧客から委託を受けた受託証拠金を直ちに取引先である香港市場の正会員であるチャートトップ社に全額送金せず、顧客の建玉と反対の建玉を同数自己玉として建てて(但し、他の顧客の反対の建玉がある場合はその差の玉数)、実質上自己の経費支弁に充当することも可能な預金口座にこれを預金し、時には、これを被告会社の経費等の支弁に充てていたこと、右チャートトップ社への委託本証拠金、追証拠金等は、全体として顧客から委託された三、四割の金額を預けるにとどめ、取引の個々的発注、決済はテレックスによる益金、損金の出入によっていたが、常に同数の建玉をする以上、計算上は、対チャートトップ社との間では単に同社との約定に基く手数料を差額決済すればよい仕組になっていた事実が明らかである。

ところで、被告会社は、右方法が、急激な値動きを防止するのに必要であり、個々の顧客とは直接対立関係にたたないものであるから、何ら違法ではなく問題はない旨主張するが、右の手法によるべき合理性は自由で公正な市場価格の形成という観点及び、市場から得るべき差益金の流入資金が、実質上被告会社の市場とは切断ないし固定された預金にゆだねられ、かつ当該委託証拠金を被告会社の他目的流用を可能ならしめる諸点で不合理である。

即ち、被告兼被告会社代表者吉塚強一本人尋問の結果によれば、チャートトップ社への送金は、「証拠金」のみであり、「追証拠金」の授受は、被告会社と顧客の関係のみで問題になると述べている事はこのことを推認させるし、同人は、個々の顧客の精算は一か月毎にチャートトップ社と個別的に処理していた旨述べるが、前掲<証拠>によると、原告の手仕舞後の処理について同人の供述通りの処理がなされていたのかについては疑問の生じる所である。右各認定事実によれば全体として業者と顧客の利害関係は対立する危険が大きく、委託証拠金、追証の取扱内容は、顧客の委託の趣旨に反するものである。

よって、少くとも、被告会社としては、かかる手法を採用していることが海外先物取引の業界の通例であるとしても、信義則上、新規顧客には十分これを説明し、理解を得て承認を得るべき説明義務が存すると言うべく、この説明を欠いて委託証拠金を徴集することは詐欺的な違法な行為と判断される。

もっとも、前掲関係証拠によれば、右全体の経理や資金決済については、被告会社の本社でこれを行っているものであり、被告田中、同川口、同豊島においては、その複雑な取引内容や、個々的な顧客の委託証拠金の処理につきこれを知っていたとまで認めるに足る証拠はないから、同人らに被告会社との通謀による詐欺を理由として右手法に加担したとして本件取引全体についての共同不法行為責任を問うことはできないと判断される。

被告兼被告会社代表者吉塚強一は、右手法を採用し、現に実行していたものであるから、原告の委託証拠金勧誘に際し自ら直接担当していないとはいえ、これを十分部下に説明し、顧客に伝達すべき義務があるのにこれを秘し、情を知らない被告会社従業員を使役して違法な行為をさせた者であるから、自ら直接民法七〇九条の責任を負担するのが相当と解される。又、同人の行為は一面被告会社の機関としての所為であるから、被告会社も商法二六一条三項、同七八条、民法四四条により、原告の損害全体につき被告吉塚と共に民法七一九条の共同不法行為責任を免れないと判断される。

又、被告会社らの右不法行為責任について、自らが直接関与した範囲の不法行為責任について、被告川口、同田中各自の不法行為責任については、行為の客観的一体性からして右被告らにおいて、全部若しくは、一部の連帯責任を負担すべきことは当然である。

七  そこで、原告の損害について検討する。

原告は、本件取引に伴い、被告会社に交付した金員は請求原因2(二)、(三)の通り合計金一三六六万二四七三円であることは当事者間に争いがなく、前示一ないし六認定説示の通り、右損害は被告豊島を除く被告ら(但し、被告田中に関しては、金六〇〇万円の限度)の共同不法行為による損害と認めることができる。

原告が、原告訴訟代理人に本件訴訟を委任し報酬支払を約束したことは弁論の全趣旨により首肯され、本件事件の困難さ等一切の事情に照らし、右被告らの共同不法行為と相当因果関係のある損害は、金一二〇万円をもって相当と判断される。(但し、被告田中については、右金員は金五〇万円と判断する。)

しかし、本件不法行為の経過に照らして判断すると、原告は、被告らのたび重なる勧誘の際の虚言性について、少くとも一七回の取引を継続する間に交付されたパンフレットやしおり、受託契約準則等を熟読し、若しくは専門家の助言を得て損害を拡大しないようにすることが可能であり、原告の年令教職の経歴からすると、このことはさして困難な状況にあったとも認め難く、金銭の損害については特段の事情ない限り原則として金銭の回復により精神的損害も慰謝されるのが通常であること等に照らし、被告らに対する慰謝料請求権は発生しないと判断される。

もっとも、被告らが主張する過失相殺の主張に関しては、本件取引が被告側からの終始一貫した積極的攻勢により、原告は、貴重な老後資金の大部分を奪われたと推認されること、被告会社の行為は、国内取引の対象不適格者であることの明らかな顧客(原告)を育成し、健全な取引市場形成を図る目的というよりは、詐欺的な手段で、委託証拠金獲得に走り、原告の自主的で自由な判断を奪った状態のまま取引を拡大させたものであるのに対し、当初以後の本件取引は、すべて被告会社との取引で生じた損害を回復する為やむなく被告会社の担当者の言動に従っていたものであることを考慮すると、原告に過失相殺を認めるに足る落度までは認め難いと判断されるから、被告の主張は採用できない。

八  結語

本件取引は、前述の通り海先法八条、九条、一〇条に違反し、かつ取引対象不適格者を勧誘した点で、違法であり、全体として不法行為を構成する。

但し、被告豊島及び被告田中に関しては、被告会社の組織的詐欺の共謀の立証を認めるに足る証拠はないから、詐欺的商法を立案実行したと認められる被告兼被告会社代表者吉塚強一と被告会社が、全体につき民法七〇九条、七一九条の責任を負い、被告川口は当初から最後まで右詐欺的商法の実行行為の中枢にあった者として同様に被告会社及び被告兼被告会社代表取締役吉塚強一と共に民法七一九条の責任を負うが、全体につき関与せず、詐欺的手法を行使した結果原告に損失を与えたとまでは認められない被告豊島に対する請求を棄却し、原告から、詐欺的言辞により本件取引当初の委託保証金合計六〇〇万円を交付せしめた被告田中は、右金額及びこれと相当因果関係の存すると思料される弁護士費用金五〇万円の合計金六五〇万円について、被告会社及び被告兼被告会社代表者吉塚強一、同川口と共に民法七〇九条、七一九条の各責任を負担させるのが相当である。

よって、原告の被告らに対する本訴請求は、不法行為に基く損害賠償請求のうち、

(一)  被告川口敏郎、同吉塚強一、同ワールドエンタープライズ株式会社各自に対する金一四八六万二四七三円及びこれに対する右被告らの訴状送達の翌日である昭和六〇年五月三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、

(二)  被告田中正道、同川口敏郎、同吉塚強一、同ワールドエンタープライズ株式会社は各自原告に対し、右(一)項の金員中の金六五〇万円及びこれに対する同被告らの訴状送達の日の翌日である昭和六〇年五月三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、

(三)  原告の被告川口敏郎、同田中正道、同吉塚強一、被告ワールドエンタープライズ株式会社に対するその余の請求及び被告豊島洋に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、

訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大谷吉史)

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