名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)1492号 判決 1987年7月15日
原告
西川いそ子
ほか二名
被告
千代田火災海上保険株式会社
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告西川いそ子に対し金九五〇万円、原告西川典孝、同西川崇に対し各金四七五万円及びそれぞれこれらに対する昭和六〇年六月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 加古工務店こと加古茂は、被告(代理店タカハシ損害保険事務所こと高橋輝男)との間で、昭和五二年以前から、保険期間を毎年五月一九日午後四時から翌年五月一九日午後四時までとする自家用自動車保険契約を締結し、以後毎年締結してきた。
2(一)加古茂と被告が前項記載の保険契約を締結した最初の年(昭和五二年以前であるが、正確に年度を特定することができない)に、被告は、加古茂が特段の意思表示をしない限り毎年契約を継続し、そのために前年度の保険期間満了前に、前年度の自家用自動車保険契約と同一内容の翌年度の自家用自動車保険契約を締結するに必要な手続をとり、保険料の立替払をし、もつて万一の事故による損害賠償填補に欠けることがないようにする旨の無名契約を加古茂との間で口頭又は黙示の意思表示により締結した。
(二) 昭和五八年五月一九日以前に被告代理店高橋輝男は加古工務店の保険事務担当者亡西川文彦と電話で連絡をとり、自家用自動車保険契約継続の意思を確認しているから昭和五八年度の自家用自動車保険契約は成立しており、被告は右契約上の義務として事故発生時の保険金支払に支障がないよう保険契約者に保険約款の趣旨を十分説明し、早期に第一回保険料の取立てをすべき義務があるのに、被告はその義務を怠つた。
3(一) 前記無名契約に基づき、その後、毎年被告代理店高橋輝男が前年度の保険期間終了までに加古茂方におもむかないときにも、被告代理店右高橋は、代印、代筆、保険料立替払いで各翌年度の保険契約締結手続をとつてきた。
(二) 仮に前記2(一)無名契約が認められないとしても、3(一)の長年にわたる代印、立替払による契約継続手続の連続により、被告は信義則上前記2(一)同旨の義務を負担している。
4 前項(一)の手続により、加古茂は、被告との間に、昭和五七年五月一九日、次のごとき自家用自動車保険契約を締結した。
(一) 保険契約者 加古工務店こと加古茂
(二) 保険者 被告
(三) 被保険自動車 日産ローレル(名古屋五五ろ七五八七号)(以下本件自動車という)
(四) 運転者限定 加古鈴夫
西川文彦
加古茂
(五) 保険金 対人賠償五〇〇〇万円、自損事故一四〇〇万円、無保険車傷害五〇〇〇万円、対物賠償一〇〇万円、搭乗者傷害五〇〇万円。
(六) 保険期間 昭和五七年五月一九日から昭和五八年五月一九日午後四時までの一年間
(七) 保険料 一か月二一九〇円
5 前項の保険契約終了日時までに、被告代理店高橋輝男は加古工務店こと加古茂方におもむかず、しかも第3項(一)記載の保険料立替払いもなされなかつた。
6 昭和五八年五月二四日、被保険自動車(本件自動車)の運転者で被保険者たる西川文彦(以下亡文彦という)は自損事故により死亡した。(以下本件事故という)
7 原告西川いそ子は亡文彦の配偶者であつて二分の一の相続分を、原告西川典孝、同西川崇はそれぞれ亡文彦の子であつて、各四分の一の相続分を有している。
8 原告らは、第2項(一)記載の合意又は同項(二)、第3項(二)記載の被告の義務に基づき、自家用自動車保険契約が継続され、本件事故前に保険料が支払われていれば得られたであろう保険金一九〇〇万円(自損事故条項による保険金額一四〇〇万円、搭乗者傷害条項による保険金額五〇〇万円)と同額の損害をこうむつた。
9 よつて被告に対し、原告西川いそ子は金九五〇万円、原告西川典孝、同西川崇は各金四七五万円及びこれらに対し本訴状送達の翌日である昭和六〇年六月一日から完済に至るまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因第1項は認める。
2 同第2項は否認する。
3 同第3項は否認する。
4 同第4項中、「前項(一)の手続により」とある点を否認し、その余は認める。
5 同第5項は否認する。
昭和五八年五月一九日から昭和五九年五月一九日午後四時までを保険期間とする自家用自動車保険契約の第一回の分割保険料が支払われていないのは、加古工務店の手許不如意に由来するものである。
6 同第6項は認める。
7 同第7項は不知。
8 同第8項は否認する。
第三証拠
本件記録の調書中の各書証目録、各証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。
理由
一 請求原因第1、第6項の各事実及び加古茂と被告との間に昭和五七年五月一九日請求原因第4項(一)ないし(七)記載の自家用自動車保険契約が締結されたことは当事者間に争いがない。
原告西川いそ子の本人尋問の結果によれば、原告西川いそ子は亡文彦の妻、原告西川典孝、同西川崇は亡文彦の子であり、亡文彦の死亡により、それぞれ亡文彦を相続したことが認められる。
二 以下請求原因第2ないし第4項の事実について判断する。
三1 (加古工務店代表者、自動車保険事務担当者)
証人加古鈴夫の証言によれば次の事実が認められる。
加古茂は加古工務店(建設業)の代表者であつたが、昭和五七年一〇月ころ死亡し、その後一時期はその妻加古志げ子がその代表者をしていたが、昭和五八年後半、加古茂の子加古鈴夫が加古工務店の代表者となつた。加古工務店の自動車保険契約手続、保険料の支払については、昭和五五年以前は加古鈴夫が担当していたが、その後、亡文彦が担当するようになり、亡文彦が死亡した昭和五八年五月二四日以降は再び加古鈴夫が担当している。
2 (昭和五七年度保険契約の保険料支払状況)
証人鈴木幸三の証言及び成立に争いのにない甲第一五号証の一ないし四、乙第二号証によれば次の事実が認められる。
前記昭和五七年五月一九日締結の自家用自動車保険契約による保険料は分割払(第一回分は三か月分、第二回分以降は一か月分毎)の約束であつた。
右分割保険料は名古屋相互銀行枇杷島支店の加古茂名義の当座預金口座から支払われる約束となつており、昭和五八年一月分の保険料は同年一月二六日に支払われたが、同年二月二一日時点(その後同月二六日までの間に入金はない)の預金残高は三八二六円、同年三月二六日時点の預金残高は一〇四九円しかなかつたため、同年二、三月分の右分割保険料はいずれも期日に支払われず、同年四月二〇日になつてその支払がなされたため、右保険契約は継続された。
3 原告西川いそ子の尋問結果及び成立に争いのない甲第一五号証の一ないし四によれば、次の事実が認められる。
昭和五八年当時、原告西川いそ子は加古工務店において帳簿や伝票の整理の仕事をしており、名古屋相互銀行から毎月送られてくる当座預金取引照合表を受け取り、加古工務店の帳簿に記載していた。右取引照合表のうち昭和五八年一月分(右分割保険料支払の記載あり)は同年二月四日、同年二月分(右分割保険料支払の記載なし)は同年三月四日、同年三月分(右分割保険料支払の記載なし)は同年四月六日にそれぞれ加古工務店に到達し、原告西川いそ子がこれを受け取つている。
四1 証人高橋輝男の証言及び成立に争いのない甲第七号証の一、二、第一四号証の一、二、第二七号証によれば、次の事実が認められる。
亡文彦は昭和五八年五月二四日午後一時一〇分ころ名古屋市中村区内の道路で前記のとおりの本件(交通)事故により死亡した。
右同日午後二時ころ被告代理店右高橋は喫茶店において加古工務店の加古鈴夫の友人から右事故を知らされ、加古工務店に電話をし、「きよう集金に行くことになつていたが、(とりこんでいるでしようから)一応私が立て替えましようか」と言うと、加古工務店が「一応立替えておいてくれ」と答えたので、右高橋は昭和五八年度第一回分(三か月分)の自家用自動車保険料(本件自動車分及びその他の自動車分)を立て替えた。
2 証人鈴木幸三の証言によれば、被告は被告の代理店が保険料を立て替えすることを認めておらず、そのような扱いをすることのないよう代理店を指導していたことが認められる。
3 前記認定事実及び証人鈴木幸三の証言、成立に争いのない乙第三号証によれば、昭和五八年五月当時の被告の自家用自動車保険約款には「保険期間が始まつた場合でも、保険料領収前(分割払特約がある場合は第一回分割保険料領収前)に生じた事故については被告は保険金を支払わない」旨の条項があり、被告と加古工務店間の同年五月締結の自家用自動車保険契約は右約款に基いてなされたものと認められ、前記認定事実及び証人高橋輝男の証言及び成立に争いのない甲第七号証の一、二によれば、本件事故は第一回分割保険料支払前に発生したと認められるから、右約款の条項により、被告は右保険契約に基づく保険金(本件自動車による本件事故について)の支払義務を負わないことになる。
五1 成立に争いのない甲第一九号証の一、二、第二〇号証の一、二、証人加古鈴夫の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二四号証の一、二、第二六号証の一、二、証人高橋輝男の証言によれば、加古工務店こと加古茂は、被告との間で、右高橋を通じて、昭和四九年頃からいわゆる対人、対物、搭乗者、傷害を含む自家用自動車保険契約を、さらに昭和五四年長期総合保険(ホームイン保険)契約を締結してきたこと、右自家用自動車保険は毎年継続締結されたこと、右高橋は加古名義の印鑑を所持しており、昭和五二年度、同五三年度、同五五年度、同五六年度、同五八年度の各契約は右高橋所持の加古名義の印鑑を使用して加古名義の申込書を作成し、さらに昭和五五年度、同五八年度の各第一回分分割保険料については右高橋が立替払をしていること、被告代理店の所在地が愛知県稲沢市にあることは認められるけれども、右認定の事実によつて、原告ら主張の請求原因第2項(一)の事実を推認するに足りず、請求原因第3項(二)の信義則上の義務の成立を認めるに足りない。
なお原告らは、右高橋が昭和五二年度、昭和五三年度も保険料の立替払をしたと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。
2 けだし、証人高橋輝男の証言によれば、同証人と加古工務店の間で請求原因第2項(一)記載の明示の約束はなされなかつたこと、右高橋が保険料の立替払をする場合には、その都度加古工務店と話し合つたうえでしていること、昭和五八年度の保険契約保険料立替については、前記のとおり昭和五八年五月二四日の午後二時より後(亡文彦の本件事故より後)に加古工務店と話し合いのうえ右高橋が立替えたものであることが認められ、これに前記三、四認定の各事実を総合すると、請求原因第2項(一)の明示の合意は認められず、黙示の合意を推認する根拠も薄弱であり、請求原因第3項(二)の信義則上の義務を認める根拠も不十分であるからである。
六 また原告らは請求原因第2項(二)のとおり、昭和五八年度成立の保険契約上の義務として、被告に約款説明義務違反、保険料早期取立義務違反が存すると主張するが、加古工務店こと加古茂は前記のとおり昭和五二年以前から自家用自動車保険契約を結んでおり、弁論の全趣旨によれば「保険料支払前発生の事故については保険金が支払われない」旨の条項は昭和五八年度より前から約款上存在していると認められ、右条項は格別理解困難とは認められないこと、昭和五八年五月一九日(保険期間始期)から同年五月二四日(本件事故日・保険料立替日)までの期間は比較的短期間であること等を総合すると、本件において被告に、原告らの損害発生と相当因果関係のある約款説明義務違反、保険料早期取立義務違反を認める余地はない。
その他、原告らの本訴請求を認めるべき事実を認めるに足る証拠はない。
七 結論
以上のとおりであるから、原告らの本訴請求はその余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 神沢昌克)