名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)2142号 判決 1988年5月27日
原告
川瀬邦行
被告
日置藤雄
主文
一 被告は、原告に対し、金一二万八六九二円及びこれに対する昭和六〇年七月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金六四万三四六〇円及びこれに対する昭和六〇年七月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五七年九月二九日午後八時五分ころ
(二) 場所 一宮市大字浅野字大西東五三番地先国道二二号線路上
(三) 第一車両 自家用普通乗用自動車(名古屋五五ろ五六九二)
右運転者 被告
(四) 第二車両 自家用普通乗用自動車(尾張小牧五五ぬ六六二二)
右運転者 原告
(五) 事故の態様
第一車両(以下「被告車」という。)が右国道の片側三車線の中央の車線(以下「中央車線」という。)上を南から北へ進行中、被告車の前方を同方向に走行していた第二車両(以下「原告車」という。)を追い越そうとして、時速約一〇〇キロメートルで右国道の片側三車線の右側の車線(以下「右側車線」という。)に進路変更したところ、制動及びハンドル操作を誤り、右国道の中央車線上を被告車と並進していた原告車右前部に、被告車左前部が衝突したため、原告車は進行方向左側の側道分離帯(走行車線と外側の側道とを分離するグリーンベルト)に乗り上げ、大破した(以下「本件事故」という。)。
2 責任原因
被告は、原告車の追越しをするに際して、法定速度を守り、制動及びハンドル操作に十分注意して進行し、被追越し車両の安全を確認すべき注意義務を怠り、本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により損害賠償責任を負う。
3 傷害及び治療経過等
原告は、本件事故により、顔面挫創、頭部外傷、右膝挫創、右肩打撲及び尿道損傷の傷害を負い、その治療のため昭和五七年九月二九日から同年一〇月一〇日まで入院し、同月一一日から同年一一月三日まで自宅静養した。
4 損害
(一) 休業損害
原告は、右入院及び自宅静養のため、昭和五七年九月二九日から同年一一月三日まで勤務先を欠勤せざるを得ず、この期間(計三六日間)の賞与減額分四万三四六〇円の損害を被つた。
(二) 車両損害
原告所有の原告車は、本件事故により走行不能、廃車となり、原告は、原告車の時価相当の五〇万円の損害を被つた。
(三) 入院等慰謝料
本件事故による入院等により原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、一〇万円が相当である。
よつて、原告は、被告に対し、以上合計六四万三四六〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年七月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因第一項の(一)ないし(四)の事実並びに(五)の事実のうち被告車が中央車線を走行中に右側車線に進路変更した事実、右国道の中央車線上を被告車と並進していた原告車右前部に被告車左前部が衝突した事実及び原告車が進行方向左側の側道分離帯に乗り上げ大破した事実を認め、その余の事実は否認する。
本件事故の態様は、本件事故現場の直前で、右国道の片側三車線の左側の車線(以下「左側車線」という。)を走行中の原告が、前方不注意により、前方左側の側道分離帯の切れ目より本線上に進入しようとして停止していた車両に気付くのが遅れ、右車両停止位置の直前になつて気付き、右に急ハンドルを切つて減速しつつ中央車線上に進路変更したため、折から原告車の右後方中央車線上を時速七〇キロメートルで走行中の被告は、原告車を避けようとして右に急ハンドルを切つたところ、中央分離帯に衝突しそうになつたため、さらにこれを避けようとしてハンドルを左に切り返したところ、中央車線を並進していた原告車と衝突したものである。
2 同第2項の事実は否認する。
本件事故は、事故直前の原告の前方不注意及び被告車に対する進路妨害が原因であり、原告の過失に基づき発生したものである。なお、被告の原告車に対する回避措置は、瞬時のハンドル操作であり、被告は無過失である。
3 同第3項の事実は知らない。
4 同第4項の事実は知らない。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因
1 事故の発生
請求原因第1項(一)ないし(四)の事実並びに(五)の事実のうち被告車が中央車線を走行中に右側車線に進路変更した事実、右国道の中央車線上を被告車と並進していた原告車右前部に被告車左前部が衝突した事実及び原告車が進行方向左側の側道分離帯に乗り上げ大破した事実は、当事者間に争いがない。
そこで、争いのあるその余の事実につき判断する
(一) 被告車の追越しの有無及び原告車の走行車線について
原告は、中央車線上を走行していた原告車を同車線上の後方を歩行していた被告車が追い越そうとした旨主張し、成立に争いのない乙第三号証の一、二、証認川瀬兼元の証言及び原告本人の供述中には、右主張に沿う部分がある。
しかしながら、右主張事実を裏付ける客観的な証拠がないばかりか、いずれも成立に争いのない甲第一〇号証、乙第一号証の一ないし一三、第二号証の一、二(原告の指示説明が警察官の成圧又は誘導に基づく虚偽の内容であるという原告本人の供述は、証人葛谷宣夫の証言及び被告本人尋問の結果に照らすと、にわかに措信しがたい。)、第四号証の一、二、証人葛谷宣夫の証言及び被告本人尋問の結果に照らすと、原告の主張に沿う前記各証拠はこれをたやすく措信することはできず、かえつて右甲号証、乙号各証、右証人の証言及び被告本人尋問の結果によれば、原告車は、左側車線を走行中、前方左側の側道分離帯切れ目より本線上に進入しようとして停止していた車両を避けようとして、左側車線から中央車線へ進路変更したこと、被告車は、右原告車を避けようとして、中央車線から右側車線に進路変更したことが認められる。
なお、乙第四号証の一、二(実況見分調書)における葛谷宣夫の指示説明と本訴における同人の証言内容との間に厳密な意味で一致しない部分があるとしても、両者を比較検討すると、それは目撃証人の指示説明にあり得る誤差の範囲に属するものと認められ、同人の証言の信用性を揺るがすに足りるものとはいえない。
(二) 被告車のスピード及び衝突直前の状況について
原告は、被告車が時速約一〇〇キロメートルで走行し、原告車を追い越そうとしていた旨主張し、証人川瀬兼元は、原告車と被告車の衝突地点は、前掲乙第四号証の一、二により指示された地点より数十メートルも北方であり、しかも、被告車は原告車に対し七〇度の角度で衝突しているから、被告車は時速約一〇〇キロメートルで原告車を無理に追い越そうとしたためスピンしたものである旨証言している。
しかしながら、右証言を裏付ける客観的な証拠はないものといわざるを得ない。すなわち、仮に同証人が証言中で衝突地点と主張している位置付近の路面上にチヨークで丸印が記載されていたとしても、前掲乙第一号証の一ないし一三、第二号証の一、二、第四号証の一、二に照らすと、実況見分を行つた警察官によつて、右地点が衝突地点と認定された事実は認められないし、甲第一号証の一ないし五、第二号証の一ないし三、第三号証の一ないし三を比較検討しても、被告車が原告車に七〇度の角度で衝突したとする点は、同証人自身の独自の見解にすぎず、工学的にこれを裏付ける資料は認められない。
さらに、同証人は、被告車のスピードについても、被告車が衝突の直前に急制動及び急ハンドルの操作によつてスピンをしたことを前提として推認しているのであるが、被告が急制動及び急ハンドルの操作をしたことによつて被告車がスピンをしたことは本件全証拠を総合してもこれを認めることができず(かえつて、前記のとおり原告車、被告車は同一方向に進行中の車両であつて、前掲乙第一号証の一ないし三によれば、被告車は、中央分離帯に接触することなく、原告車と衝突後六〇メートル以上も前方へ走行していることが認められるのであるから、被告車はスピンを起こしていなかつた蓋然性が大きい。)、しよせん同証人の言うところは憶測の域を出るものではなく、これをもつて被告車が時速約一〇〇キロメートルで走行し、原告車を追い越そうとしたものと認めるに足りないというべきであり、他に右事実を認めるに足りる証拠もない。
2 責任原因
(一) 前認定の事実によれば、本件事故は、原告の前方不注意に基因する急な進路変更という原告の過失が主たる原国であつて、被告が原告車を追い越そうとした事実は認められず、これを前提とする被告の被追越し車両の安全を確認すべき注意義務を怠つた過失を認めることはできない。
(二) しかし、右の注意義務の主張には、被告が、進路変更するに際して、法定速度を守り、制動及びハンドル操作に十分注意して進行し、周囲の車両の安全を確認すべき注意義務を怠つた旨の主張も含むものと思料されるから、この点につき判断する。
前掲甲第一〇号証、乙第一号証の一ないし一三、第二号証の一、二、同第四号証の一ないし二、証人葛谷宣夫の証言、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原・被告車のスピードは共に時速約七〇キロメートルであり、法定速度を約一〇キロメートル上回つていること、原告車は前方左側の側道分離帯の切れ目より本線上に進入しようとして停止していた車両を避けようとして、右に急ハンドルを切つて左側車線から中央車線へ突如進路変更したこと、原告車の右後方を並進していた被告車は原告車を避けようとして中央車線から右側車線に急に進路変更したこと、続いて被告車は中央分離帯に衝突しそうになつたためこれを避けようとしてハンドルを左に切り返したところ本件事故が発生したことが認められる。
右の事実及び弁論の全趣旨によれば、被告に本件事故を回避するための時間的余裕が少なかつたことは認められるが、前記のとおり、被告車は、法定速度を約一〇キロメートル上回る速度で走行しているのであつて、仮に法定速度を守り、適切な制動及びハンドル操作をしておれば、原告車との衝突を回避する可能性があつたと推認できるから、この点において被告は安全運転義務を怠つた過失があるというべきである。
3 傷害及び治療経過等
成立に争いのない甲第四号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により、顔面挫創、頭部外傷、右膝挫創、右肩打撲及び尿道損傷の傷害を負い、その治療のため昭和五七年九月二九日から同年一〇月一〇日まで大雄会病院に入院し、同月一一日から同年一一月三日まで自宅静養(なお、同年一〇月二五日に一回同病院に通院)したことが認められ、他にこれに反する証拠はない。
4 損害
(一) 休業損害
原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証及び同尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時明治エンジニアリング株式会社に勤務していたが、本件事故により前記傷害を負い、昭和五七年九月三〇日から同年一一月三日までの三五日間(休日一〇日間を含む。)欠勤せざるを得ず、この期間に対応する賞与減額分四万三四六〇円の損害を被つたことが認められ、他にこれに反する証拠はない。
(二) 車両損害
弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第七号証、同尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告所有の原告車は、本件事故により走行不能、廃車となり、原告は、原告車の時価相当の五〇万円の損害を被つたことが認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。
(三) 入院等慰謝料
前記3認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、本件事故による入院等により原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、一〇万円が相当と認められる。
二 過失相殺について
被告は、本件事故について、原告の過失が原因であると主張し、証拠を提出しているので、この点を原告の損害の算定に斟酌することができるところ、前記認定の本件事故態様、原告と被告の過失の程度等諸般の事情を考慮すると、原告の損害について八割の過失相殺をするのが相当である。
よつて、前記一4(一)ないし(三)の合計額六四万三四六〇円から八割の過失相殺をすると、残額は一二万八六九二円となる。
三 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、右一二万八六九二円及びこれに対する事故後である昭和六〇年七月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 芝田俊文)