名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)3065号 判決 1986年12月26日
原告 相銀住宅ローン株式会社
右代表者代表取締役 中嶋晴雄
右訴訟代理人弁護士 小川剛
同 村橋泰志
同 滝沢昌雄
被告 上杉謙一
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 向田文生
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金一七三四万三四六八円及びこれに対する昭和六〇年九月七日から支払ずみまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告らの負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一、二項と同旨
2 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、被告上杉謙一に対し、昭和五七年一月一四日、金二八〇〇万円を次の約定で貸し渡した。
(一) 利息は月〇・八二パーセントとする。
(二) 昭和五七年三月から昭和七七年二月まで毎月一二日限り元利金合計金二六万七二四四円宛割賦弁済する。
(三) 割賦金の弁済を一回でも怠ったときは、当然期限の利益を失い、即時残債務全額を支払う。
(四) 割賦金の弁済を遅延したときは、年一四・六パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
2 被告上杉謙一は、昭和五九年一月一二日に支払うべき割賦金の弁済を怠った。同被告の原告に対する残債務は次のとおりである。
(一) 残元本金二七〇九万六四五四円
(二) (一)に対する昭和五八年一二月一三日から昭和五九年一月一二日までの利息金二二万二一九〇円
(三) (一)に対する昭和五九年一月一三日から支払ずみまで年一四・六パーセントの割合による遅延損害金
3 被告上杉晴子は、原告との間で、昭和五七年一月一四日、第1項の被告上杉謙一の原告に対する借入金債務について連帯保証した。
4 原告は、昭和六〇年九月六日、訴外山田孝子(別紙物件目録記載の不動産の第三取得者)から金一六五〇万円の弁済を受け、これを前項の(二)の利息金二二万二一九〇円、(三)の遅延損害金六五二万四八二四円(昭和五九年一月一三日から昭和六〇年九月六日まで)及び(一)の残元本の内金九七五万二九八六円に弁済充当した。
5 よって、原告は、被告らに対し、連帯して、残元本金一七三四万三四六八円及びこれに対する昭和六〇年九月七日から支払ずみまで年一四・六パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
全部認める。
三 抗弁(被告上杉晴子)
1 免責(民法五〇四条)
(一) 請求の原因第1項の被告上杉謙一の原告に対する借入金債務担保のため、昭和五七年二月一三日、原告と被告上杉謙一との間で、別紙物件目録(一)及び(二)記載の不動産(以下「本件不動産」という。)についてそれぞれ被告上杉謙一を債務者、原告を抵当権者とする債権額金二八〇〇万円第一順位の抵当権設定契約が締結され、同日その旨の抵当権設定登記が経由された。
(二) 原告は、昭和六〇年九月六日、訴外山田孝子(本件不動産の第三取得者)から金一六五〇万円の弁済を受け、同日付弁済を原因として右抵当権設定登記の抹消登記手続をした。
(三) 本件不動産の時価は金三〇〇〇万円を下らない。
(四) 被告上杉晴子は、連帯保証人として原告の求償に応じて弁済したときは当然原告に代位して本件不動産につき設定された抵当権を取得し、代位弁済額全額の償還を受け得る地位にあり、従って原告による右抵当権の放棄により取得すべき求償権の全額につき償還を受けることができなくなったのであり、かつ、原告には右抵当権の放棄について故意又は過失があったから、被告上杉晴子は連帯保証人として原告に対して負担する債務の全部について免責された。
2 相殺
(一) 原告は、前記のように本件不動産の抵当権を放棄することにより被告上杉晴子の有する求償権を故意に侵害したものであり、これによって右被告が蒙った損害は原告が請求する額を下らない。
(二) そこで、被告上杉晴子は、原告に対し、昭和六一年四月一一日の本件口頭弁論期日において右不法行為による損害賠償請求権と原告の主張する本訴請求債権とをその対当額で相殺する旨の意思表示をした。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実について、(一)、(二)は認め、(三)、(四)は否認する。
2 同2の(一)の事実は否認する。
なお、原告は、昭和六〇年九月六日、本件不動産の第三取得者である訴外山田孝子から金一六五〇万円の弁済を受けて右抵当権の放棄及び登記抹消手続をした。原告が依頼した財団評価研究所の鑑定評価によれば本件不動産の評価額は金二一九四万一〇〇〇円であったが、本件不動産の第一譲受人訴外森高夫、抵当権者丸山春彦及び現在の所有者訴外山田孝子はいずれも広域暴力団に所属していること、本件不動産の北側に右森高夫の事務所が所在すること、本件建物の敷地の一部が賃借地であること、等の事実から競売申立をしても買受人が出現することが極めて困難な事情があった。このような事情の下で、原告は、昭和五九年中頃から右山田孝子との間で右森高夫を通じて交渉を重ねた結果、金一六五〇万円の弁済を受けて抵当権を放棄するに至ったものである。
第三証拠《省略》
理由
一 請求の原因について
請求の原因事実はすべて当事者間に争いがない。
二 被告上杉晴子の抗弁1(免責)について
原告が昭和五七年二月一三日原告主張の債務担保のため被告上杉晴子主張のとおりの順位一番の抵当権を設定したこと及び原告が昭和六〇年九月六日訴外山田孝子から金一六五〇万円の弁済を受けると同時に右抵当権を放棄し、その登記の抹消登記手続をしたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。
1 被告上杉謙一が昭和五九年一月一二日の割賦金の弁済を怠ったため、原告において調査したところ、本件不動産について昭和五七年九月一四日受付で訴外森高夫に、さらに、昭和五八年三月三日受付で訴外山田孝子に順次所有権移転登記がなされており、本件不動産には訴外山田孝子が居住していることが判明した。
2 昭和五九年なか頃から、訴外山田孝子が訴外森高夫を通じ、原告に対し、本件不動産についての被告上杉晴子主張の抵当権設定登記の抹消登記手続を求めて来たが、交渉を重ねた結果、原告は、前示のとおり金一六五〇万円(当初、訴外山田孝子側は金一〇〇〇万円を主張していた。)の弁済を受けてこれに応じた。
3 財団評価研究所の鑑定評価によれば、本件不動産の当時の評価額は金二一九四万一〇〇〇円であったが、本件不動産の第一譲受人及び現在の所有者等がいずれも暴力団関係者であって、本件不動産の北側に近接して暴力団事務所が所在すること及び本件建物が一部隣地にくい込んで建っており、権利関係が複雑であったこと等から原告は、本件不動産について競売の申立をしても、買受人が出現することが極めて困難な状況にあると判断し、前示のとおり金一六五〇万円の弁済を受けて登記済の抵当権を放棄するに至ったものである。
4 なお、原告と被告らとの間の金銭消費貸借契約証書(甲第四号証の一七条)には、連帯保証人は原告の都合によって担保もしくは他の保証を変更・解除されても異議がない旨の担保保存義務免除の特約の記載がある。
以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
右認定の事実によれば、本件不動産については、競売手続において買受人の出現を期待し難く、また、買受人があってもその競売価格は通常の鑑定評価額を著しく下まわらざるを得ないものというべきであって、原告が抵当権実行手続によって本件不動産から弁済を受け得る額は、金一六五〇万円を超えることがなかったものと認めるのが相当である。
また、他方、原告の行為の面からこれをみれば、故意又は懈怠により担保を喪失したとは、担保保存義務に反する違法な行為又は不作為によって担保を喪失した場合をいうものと解すべきところ、前示原告の判断は、取引界の実情から見て信義則に反するほど失当であるということはできず、したがって、担保保存義務を履行しなかった違法な行為又は不作為ということはできない。
そうすると、原告の前示所為は、故意又は懈怠により担保を喪失した場合に該当するとはいえないものである。
以上の次第であるから、原告が故意又は懈怠により担保を喪失し、被告上杉晴子の償還請求権の行使を不能ならしめたことにより右被告の保証債務が免責されたとする抗弁1は、理由がない。
三 同抗弁2(相殺)について
前示のとおり原告の本件抵当権放棄は、担保保存義務に反する違法な行為又は不作為により担保を喪失した場合に該当しないのであるから、その余の点について判断するまでもなく、右被告主張の不法行為の成立の事実を首肯することができず、本件全証拠によっても右事実を認めることができない。
したがって、抗弁2も、理由がない。
四 結論
そうすると、被告らは、連帯して原告に対し、原告が既に支払を受けたことを自認する金一六五〇万円(原告主張のとおりの弁済充当)を控除した残貸金一七三四万三四六八円及びこれに対する昭和六〇年九月七日から支払ずみまで年一四・六パーセントの割合による約定遅延損害金を支払う義務がある。
五 よって、本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 日高千之)
<以下省略>