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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)3444号 判決 1990年1月16日

主文

一  被告は原告に対し、金二三一三万九二九六円及びこれに対する昭和六〇年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その四を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は第二項を除き仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一  被告は原告に対し、金四一六二万二一六〇円及びこれに対する昭和六〇年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(請求の原因)

一1  原告は昭和五八年九月当時四二歳の男性で、中学卒業後菓子職人や、トラックの運転手をしたあと、青果商の見習いを経て二六歳から独立して妻と二人で露店方式の青果業を営んできた。原告はこれまで、昭和五八年七月ころに武友という悪質な海外商品先物取引業者にだまされて、先物取引に誘い込まれ、最終的に約金一〇〇〇万円の損害にあったほか、株式を一回購入した以外に投機的取引の経験を持っておらず、その種取引についての知識は全く持たないものである。

2  被告は昭和二八年七月九日に設立された、商品先物取引の受託を主たる業務とする株式会社であり、訴外倉畑治谷は被告の営業担当(登録外務員)である。

二  (被告との取引)

1 原告は被告との間で昭和五八年九月四日、東京砂糖取引所における粗糖に関する商品先物取引契約を締結し、同年一二月二七日に東京金取引所における銀に関する商品先物取引契約を締結した。

2 原告は右契約に基づき、別紙売買一覧表記載のとおりの粗糖及び銀の先物取引(以下「本件取引」と総称し、個々の取引については別紙売買一覧表の記載にしたがい「粗糖1番、銀2番」などという)をおこないそれにともなって、左記のとおり昭和五八年九月五日から昭和五九年八月一〇日まで一六回にわたり合計三四二三万二一六〇円を証拠金または損金(以下「証拠金等」という)の名目で被告へ預託した。

昭和五八年 九月 五日 二七〇万円

一七日 二五〇万円

一〇月一七日 一七一万四〇〇〇円

二五日 一八五万円

二七日 一八五万円

三一日 三〇〇〇万円

一一月 二日 三〇〇万円

八日 三一七万四〇〇〇円

一六日 二〇〇万円

一七日 二七二万二〇〇〇円

二四日 六〇万六〇〇〇円

昭和五九年 二月 一日 三〇〇〇円

三月 七日 一五〇万円

四月一三日 七五万二〇〇〇円

二三日 三〇〇万円

八月一〇日 八六万四一六〇円

三  (本件取引の違法性)

被告従業員倉畑治谷(以下「倉畑」という)は本件取引にあたり、次のような種々の商品取引所法、同法施行規則などの商品先物取引に関する諸法規や商品取引所指示事項に違反する行為を行なっており、本件取引は全体として違法な取引行為というべきである。

1 断定的判断の提供、利益保証(商品取引所法九四条一号、二号等)

商品取引員およびその使用人である登録外務員は、一般の大衆投資家に対し、商品先物取引を勧誘するに際しては、商品先物取引が通常の物品の売買と異なり、わずかな証拠金で大量の品物を帳簿上で売買し、将来の値動きを予測してその値動きによる差金決済によって損益が生ずるものであり、損益の予見が難しいうえに、客が預託した保証金(預託金)の元金は保証されないのみでなく、損害が拡大した場合には追加証拠金(以下「追証」という)を預託する必要があるなど極めて投機性が高く、非常に危険性の高いものである。そのため投機性を誤認させるような、取引によって利益の生じることが確実と誤信させるような言辞での勧誘、または取引の安全性や有利性のみを強調し、あるいは利益の全部または一部を保証して取引の勧誘を行なうことは禁止され、外務員には勧誘にあたり商品先物取引の投機性とそれにともなう取引の仕組みを顧客に理解できるよう十分に説明すべき義務がある。

しかるに、原告に対し、本件取引を勧誘した被告営業担当者倉畑は、昭和五八年八月ころより最初の契約締結にいたる同年九月四日までの間に、原告が前記の武友という海外先物取引業者との取引で約一〇〇〇万円の損失を被っている事実を聞き込み、「武友は悪質業者だからやめなさい。うちは国内だから安心です」「粗糖は倍率も高いし、期限も一年と長く私どもに任せてくだされば損をすることは絶対にない。武友で損をした一〇〇〇万円はすぐに取り返すことができる」などとあたかも粗糖が必ず値上がりするかのような断定的判断を提供し、かつ利益保証をして、同年九月五日に本件取引を始めさせた。

倉畑はその後も、「これからは上がる。年末に近づくにしたがって砂糖の需要が多くなるから絶対に上がる」「損が出て追証がかかります。両建をすれば元金は取り戻せますので、両建をしてください」と申し向けて粗糖についての知識も相場に対する判断力もない原告から次々と証拠金等を出させた。また昭和五九年二月には「粗糖は動かないから動くまでほかっておいて、銀がすごく上がり始めたから銀にしなさい」などと申し向けて、銀取引の名目で証拠金を預託させた。

2 一任売買、無断売買(商品取引所法九四条三号、四号等)

原告にはもともと積極的に商品先物取引の注文を出せる先物についての充分な知識がなく現実にも原告は前項指摘のとおり露店による青果商を営んでおり、朝七時過ぎより午後五時過ぎまではまた行商に出て、帰宅後も売上の整理と次の日の用意をしており、先物取引の場節に合わせて注文を出すことは困難であるから、本件取引に関して原告は一度も被告に対して電話や訪問による注文をしたことはなく、本件取引は倉畑に全面的に任された形で行なわれた。倉畑は取引の初めのころに原告に対して一応電話等で注文についての説明をしたこともあるが、原告がしたとされる取引の多くについては原告が仕事に忙しいことを理由にして原告に無断で先物取引に無知な原告の妻に原告名義で委託をさせ、倉畑の思うままの取引をさせたものであり、これらの取引は法に禁止されている一任売買または無断売買に相当する。

3 無意味な反復売買(取引所指示事項)

本件粗糖の取引においてその全建玉数の五二・五パーセントは建玉日数一日ないし五日という短期間の建玉であり、その差引損金は合計金二八八四万円でそのうちに占める手数料の額は、合計で金九五四万六〇〇〇円となっており、その一方で建玉日数が五〇日を超える長期のものはすべて大幅な損を生じている。このような取引の状況は銀の取引においてはいっそう顕著であり、このように倉畑は前項の原告の一任のもとで、多額の損金を生ずる建玉を長期放置する一方、手数料稼ぎを目的とするいわゆる「ころがし」と称される短期日の間に頻繁に建て落ちを繰り返す無意味な反復売買を行った。

4 両建(取引所指示事項)

前項のとおり本件取引では粗糖1番、同2番、同16番の買玉が最高一年以上放置されている一方で同一限月の売玉が短期間で建て落ちを繰り返され、銀2番、同3番、同4番の売玉がいずれも一〇〇日以上放置されている一方その間に同一限月の買玉が短期間に建て落ちを繰り返され、全取引期間を見るとほとんど常時いわゆる両建の状態となっている。

このような両建は建玉の時点で損金が確定し、売り買い双方に証拠金を必要とする上、委託手数料も両建しない場合の倍額を必要とすることになり、取引として意味がない。取引所指示事項では両建処理により「局面の好転をはかることは至難に近いことであるから、未熟な委託者に対してはとるべき方法ではなく、むしろ損失の軽微な段階で仕切らせるように委託者を説得指導すべきである」とされているにもかかわらず、倉畑は、原告やその妻に対し、両建が意味のないことを知らせないまま、取引の継続をさせ、手数料を稼ぐために「追証がかかりました」「両建をするのがいちばんいいので両建にします」「両建にしておきました」などと言って、両建を勧め、両建の事後承認を求めた。

5 新規委託者保護管理協定違反

被告は社内規則として設けた新規委託者保護管理規制によって新規に取引を開始した委託者に三ヶ月の保護育成期間を定め、新規委託者からの売買取引の受託にあたっては建玉枚数が二〇枚を超えないこと、新規委託者から二〇枚を超える建玉の要請があった場合には、売買枚数の管理基準にしたがって適格に審査し、過大とならないよう適正な数量の売買取引を行なわせることと定め、要請に対する審査は、顧客カードの記載内容を調査するとともに商品取引に関する知識・理解度と勘案し、必要に応じて顧客から直接事情聴取を行ない判断すること、調査及び審査内容を具体的に記載した調書を作成することとされている。

しかるに、本件取引では、倉畑は原告にいきなり三〇枚という大量の建玉をさせているうえ、取引開始から二週間たった昭和五八年九月二〇日の時点では合計六〇枚もの建玉をさせており原告を新規委託者として保護していないし、その意思もなかった。

四1  原告は被告もしくは従業員の右不法行為により証拠金等の名目で合計金三四二三万二一六〇円を出損しており同額の損害を負った。

2  原告は右金員を親戚などからの借金によりながら騙されたまま支払っており、結局全ての金員を騙取されたことで計り知れない精神的苦痛を受けた。その精神的損害を金銭に換算すれば金三〇〇万円を下らない。

3  原告は本件訴訟を弁護士に委任せざるを得なかったが、その費用は金四三九万円である。

五  倉畑は原告の東京砂糖取引所における粗糖及び東京金取引所における銀の各先物取引につき以上の違法な勧誘、受託行為を行なったものであり、同人の行為は被告の事業の執行につきなされたものであるから被告はその使用者として原告の被った損害を賠償すべき義務がある。

よって原告は、被告に対し、不法行為に基づき、合計金四一六二万二一六〇円及びこれに対する不法行為成立後である訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで民事法定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求の原因に対する答弁)

一  請求の原因一1の事実中原告が投機的取引の知識を持たないとの点は否認し、その余の事実は認める。

同一2の事実は認める。

二  同二1の事実は認める。但し、銀に関する商品先物取引契約を締結したのは昭和五九年二月二八日である。

同二2の事実中原告が別紙売買一覧表のとおりの本件取引をしたこと、委託証拠金を預託したことは認めるが、その預託総額は三三三六万八〇〇〇円と日本石油株式会社の株式一〇〇〇株であり、昭和五九年八月一〇日の預託は否認する。

三  同三の本件取引の違法性の主張は全て争う。

1 同三1の事実中倉畑が原告を勧誘した際に原告から武友という業者と海外先物取引をしているが上手くいっていないと聞いたこと、倉畑から原告へ武友が悪質な業者と告げ、粗糖は限月の長い商品であると説明したことは認め、その余の事実は否認する。

倉畑は原告より「限月のもっとも長いものは何か」とたずねられて粗糖が限月の長い商品であると説明したものである。

2 同2の事実中原告の営業形態、倉畑がしばしば原告の妻に対し取引の説明をしたことは認めるが、一任売買、無断売買との主張は争う。

本件取引中倉畑は少なくとも二〇回以上は原告方を訪問しその都度相場の動向等について説明し、また取引開始に際し原告より露店のある日は夜に連絡してもらいたいと言われていたので取引の前日の夜に原告方に電話して予め注文をもらうようにしていたし、原告の妻に説明をしたときはご主人とよく相談した上で決めるようにいい、原告からも妻と相談して決めるので妻から結果を聞いてくれと言われたことがたびたびああった。

3 同3の取引の内容は認めるがそれが無意味な反復売買にあたるとの主張は争う。倉畑は昭和五八年九月当時の粗糖の相場動向を長期の上げと考えて、原告に買建玉を勧めたが、その後に下げ相場となったときなどに時々の動向に応じて利食いをするために、売玉を重ねたり、短期の買玉を建てたものであり、その時点でそれぞれに意味のある取引であった。また、長期間建てられていた買玉は、もともと粗糖は長期間の限月の商品として取引を始めたものであり、追証がかかってきた際はその徴収に訪れた際に仕切りを勧めたが、原告はそのときの損金額を確認して、仕切らずに建玉を続ける判断をしたものである。

4 同4について、両建が違法との主張は争う。前項主張のとおり、本件各取引はそのときの相場の動向にしたがって行なった意味のある売買であり、長期の買玉は原告が仕切りを肯んじなかった結果である。

5 協定の存在、原告の取引が協定の枚数を超えていることは認める。

四  同四及び事実及び主張は全て争う。

(被告の主張)

一  商品取引所法九四条はその違反に対する罰則規定の定められていないところより、取締法規や強行法規の性質を持たない商品取引委託の勧誘についての指針を示す訓示規定である。受託契約準則は普通契約約款であり、指示事項は取引所がその構成会員に対して与えた注意事項、新規委託者保護管理規則は商品取引員が各自で制定した自主規制であり、いずれも法規範性を持つ定めではないから、その規定違反行為があったとしてもただちに取引上の効力の無効を来すものでないことはもちろん、不法行為が成立するものでもない。さらに本件取引で外見上は新規委託者保護違反、両建、因果玉の放置等とみられる行為には以下のとおり、それぞれ合理的理由があり、不法行為の成立の余地はない。

二  被告の従業員が本件取引の勧誘に原告宅を最初に訪れたのは昭和五八年七月一五日であり、取引の開始が同年九月五日とその間約二ヶ月あり、被告従業員の倉畑や上司の戸田猛は四回程原告方を訪問して、商品取引の仕組み、証拠金の意味などを説明して原告の商品取引に関する知識、理解を高めた。原告が本件取引に入ったのはこのような説明により原告が先物取引への理解を深めた結果、原告の投機心が刺激されたからに他ならない。

三  取引所指示事項一〇が両建玉を禁止しているのは商品取引員が委託者に対し両建玉を積極的に勧誘することであって両建玉の受託まで禁止しているのではない。

本件取引で粗糖1番、2番の買玉が仕切られないまま同6番以下の売玉が建てられている限り形の上では両建の関係になっている。しかし同6番以下には売玉も買玉もあることからも明らかなようにこの売玉は1番、2番の買玉を支えるために建てられたのではなく、そのときの相場の動向に対応して倉畑が原告に儲けさせるために勧めたものであるに過ぎない。倉畑は海外相場の動向が上がり下がりしているので原告に「もし思惑通りに行かなかったときはいち早く仕切りましょう」と事前の承認を取り付けて売買を行なっていた。

いわゆる因果玉についても倉畑は昭和五八年一一月ころに相場の見通しを誤ったと思うようになってからは原告に仕切りを勧めたが原告が損切を嫌って仕切りを行なわなかったものであり、また昭和五九年四月一三日に被告の新任名古屋支店長佐藤薫夫が原告方を訪問した際にも右因果玉の仕切りを勧めたが原告が応じなかったもので原告の責任により損切をしなかった。

四  新規委託者保護管理規則は商品取引員の自主規制であり、そもそも当初の建玉を二〇枚に制限するのは一応の原則であって統括責任者が当該委託者についての諸般の事情を勘案して建玉枚数を定めることができるとされている。

本件原告はすでに被告との取引の数カ月前より他の業者と商品海外先物取引を行なっており、先物取引の意味内容は知っていたうえ、被告との取引開始前に戸田や倉畑が数回にわたり原告を訪問し、商品取引の仕組みを説明して知識理解を深めていたので、被告名古屋支店では原告を純粋の新規委託者とは考えなかった。しかし、原告は形式的には被告にとり新規委託者であることから戸田は、昭和五八年九月三日に原告へ電話した際に新規委託者の管理基準枚数が二〇枚であることを原告に説明し、規則の手続きにしたがって、当時の名古屋支店長呉羽利美が審査のうえ三〇枚の新規建玉を行なったのである。

(被告の主張に対する答弁)

被告の主張事実はすべて否認し、主張については争う。

第二 証拠<省略>

理由

一1  請求の原因一1の事実中原告は昭和五八年九月当時四二歳の男性で、中学卒業後菓子職人や、トラックの運転手をしたあと、青果商の見習いを経て二六歳から独立して妻と二人で露店方式の青果業を営んできたこと、原告はこれまで、昭和五八年七月ころに武友という悪質な海外商品先物取引業者との間で先物取引を行い、最終的に約金一〇〇〇万円の損害を受けたほか、株式を一回購入した経験のあることは当事者間に争いがない。

2  請求の原因一2の事実は当事者間に争いがない。

二  請求の原因二1の事実は当事者間に争いがない。なお、<証拠>によれば原告は昭和五八年一二月二七日に被告との間で東京金取引所で扱う商品についての売買取引の委託を申し出ていることが認められ、後に述べるとおり原告が銀の取引を始めたのは昭和五九年二月二八日からであるが、先物取引契約は一応昭和五八年一二月中に成立していたものと認められる。

同二2の事実中原告の行なった本件取引の内容、原告が被告へ委託証拠金を預託していたことは当事者間に争いがない。

<証拠>及び弁論の全趣旨によれば昭和五八年九月五日から昭和五九年四月二三日までの原告の被告への金員の預託状況は原告主張のとおりであること、原告は昭和五八年一一月一六日に保有する日本石油株式会社の株券一〇〇〇株を被告へ預託していたが、被告はこれを昭和五九年八月一〇日に総額金六三万円の評価額で返戻した形を取って、原告に代わり売却し、その売却代金八六万四一六〇円を新たな現金での預託金として入金扱いしていることが認められる。したがって、右の株式売却代金も原告の預託金と評価すべきであるから、原告が被告に対し、証拠金または損金(以下「証拠金等」という)として支払った額は合計金三四二三万二一六〇円であると認めることができる。

三  前記一及び二の各事実と<証拠>を総合すれば本件取引の経過について次の事実を認めることができる。

1  原告は昭和五八年七月五日ころより武友と称する海外商品先物取引業者との間で香港市場の大豆の先物取引をしていたが、そのころ原告方へ被告名古屋支社の電話による顧客の勧誘があり、被告営業部員においてそのことを知り、勧誘の見込みあるものと考えて、同支社営業部員倉畑が同月一五日に原告方を訪問し、原告の妻千枝子と合い、以後同年九月までに数回原告方に訪問あるいは電話をかけて、商品先取引の勧誘を行なった。

この訪問などの間に倉畑は原告及び千枝子(以下「原告ら」という)から原告が武友を通じて香港市場の大豆の商品先物取引をしているが上手くいっていないことを聞かされた。ことに同年八月末ころには原告らより武友に約一〇〇〇万円の証拠金を預託したが利益にならないという意味のことを話され、倉畑は原告らに対し「武友はブラック(悪質業者)で危ないからやめなさい」「うちはちゃんとした、政府から許可が下りている会社だから、うちなら大丈夫だから」「いま、粗糖が上がりつつあるから、粗糖は期間が一年もあるから」「一〇〇〇万円ぐらいなら一年ぐらいで取り戻せる」などと被告を通じて一年間粗糖の国内先物取引をすれば武友に注ぎ込んだ損失が確実に回復できるような口調で粗糖の取引を勧め、原告らはそれを信じて被告をつうじての粗糖の商品先物取引を承諾した。

倉畑は右のような勧誘の間の同年八月二四日には上司の戸田猛課長と原告方を訪問し、「商品取引委託のしおり」等を渡して、委託証拠金、追証などの商品先物取引の仕組みについて説明したが、原告らは前記の倉畑の言葉からこれを一年経てば利益が戻ってくる確実な取引と誤解をし、さらには商品先物取引制度について武友の営業員から不十分な説明を受けていたこともあって、相場は上がり、下がりがあるが最終的には利益になると漠然と考え、追証も相場が下がったときに入れておけばやがて利益とともに戻ってくる金というかたちでしか理解しないままに取引を決意することとなった。

2  原告は同年九月四日に被告へ商品先物取引委託の承諾書などの必要書類に署名押印して、被告へ提出し、同日倉畑らの「一二月はケーキの需要で値が上がる」などという勧めのままに一九八五年一月限月の粗糖買建三〇枚の取引を委託し、同月五日に委託本証拠金として金二七〇万円を被告へ預託した。

右委託による建玉に際し、原告らと倉畑及び戸田の間では九月初めころ電話で五〇枚の建玉の話があったが、この委託申込は被告の新規委託者保護管理規則、同基準の定める新規委託者の取引開始から三ヶ月は習熟期間とし、その期間内の建玉は原則二〇枚を限度としてそれを超える建玉は被告支店の統括責任者の許可を受けることとの基準に触れるため、右基準にしたがって戸田から名古屋支店の統括責任者呉羽利美に対し特別許可建玉の申請をしたところ、同人より三〇枚を限度とする許可を受けたため、取り合えず三〇枚で始めることとしたものである。

原告が建玉をした九月五日ころは粗糖の相場が高騰しており、取引所において基本証拠金一枚六万円に加えて、三万円の臨時増証拠金が付加されていたが、数日後これが解除され、その分の証拠金が返還できることとなった。原告はその金で、同限月の粗糖買建玉一〇枚を買増しして建玉し、その後も同月一七日に二五〇万円を追加預託して同日と二〇日で、同限月の粗糖買建玉を合計三〇枚を建てており、結局同月中に合計七〇枚の買建をした(但し、この三〇枚はいずれも同月中に短期間で処分されている)うえ、同月二八日には同限月の売玉一〇枚を建てている。これらの建玉についても戸田課長より呉羽統括へその都度建玉の許可申請がされているが、いずれも申請どおりとされ、同月中に七〇枚の建玉が許可されている。

こうした許可の手続きは原告と被告の取引開始三ヶ月後の同年一一月九日まで取られ、最終には二〇〇枚の建玉申請に対し、一八〇枚の限度で許可をしているが、許可に当たって呉羽は右のように多少許可枚数に制限を加えるものの、戸田課長らの申請書と営業担当者が記載した顧客管理カードの記載を参照したのみで、直接原告の意思、現実の取引能力の確認などはしていない。

3  その後の原告と被告の間では、別紙売買一覧表のとおりの粗糖、銀の委託取引が行なわれ、昭和五九年八月一六日まで粗糖五四回、銀二六回の建玉がされ、その間に原告は倉畑の請求にしたがい、株券の預託を含めて一五回に渡り証拠金または損金を被告へ預託しているが、原告らは倉畑から資金があればそのまま建玉を続けられ、一年経てば儲るといわれ、預金のような気持で追証等を渡し続けた。昭和五九年一月末ころ倉畑と戸田課長が原告方を訪ね、原告らに対し、粗糖は値動きがないから清算したらどうだ、このままでは出した金が全部損になる旨告げた。そのため原告らは一年持っていれば利益になると考えていたのに、このままでは損になると聞かされて驚き、これまで追証も出して維持してきたのになぜ一年待てないで今損になるのかを訊ね、これに対し倉畑は「三〇〇万円出せば全部損になるのは止められる。値が下がっても清算するまでにはその金は戻ってくる」等といい、同年二月一日にさらに金三〇〇万円を預託させた。

4  売買一覧表の建玉はいずれも倉畑が原告方へ訪問または電話して一応は原告の了解を取った形でなされているが、原告の側から積極的に連絡を取って建玉や仕切りの指示をしたことはなく、倉畑の説明のままに注文をしているに過ぎなかった。しかも原告は青果の販売で日中は家にいないことが多いため、倉畑は主に妻千枝子を相手に相場の動向や取引の話をし、千枝子の了解で、原告の承諾があったものとして取引を行なっていた。

昭和五九年四月一三日に呉羽に代わり、名古屋支店長として着任した佐藤薫夫が、挨拶を兼ねて、原告方へ取引状況の確認に赴いた際も、原告は不在で千枝子が確認書(<証拠>)へ署名押印している。もっとも原告自身、倉畑と話すことがあっても「妻に聞いてくれ」という態度で、このような状況を容認していた部分もあった。

5  ところで、この取引の期間中粗糖の相場は時に小刻みな上げがあっても、おおむね下げの方向で推移し、前記のとおり、原告の取引開始後まもなく取引所の臨時増証拠金は解除されている。その結果、初めに建てた粗糖1番、2番は継続して値洗差損を生じていた。また昭和五八年一二月ころには粗糖の相場はあまり大きな値動きがなくなってきたため、倉畑は当時市場が盛んになってきていた東京金取引所の銀の取引を勧め、「銀の相場が上がり調子だから少しかっておけば、粗糖の分をなんとか出来る」などといい、この際は千枝子が乗り気でなかったものの原告が承諾して、昭和五九年二月二八日に一〇枚を買建てし、以後同年八月一六日まで銀の建玉を行なった。この取引についても原告と千枝子は、倉畑の説明のままに、売り買いを続けていたが、原告の側から積極的に意見を出して、注文を行なうことはなかった。

なお、<証拠>中には原告は商品先物取引についても充分な知識経験があり、本件取引も原告の意図に従って行なわれた旨の部分があるが、本件取引にあたり、原告の方から積極的に売買の指示をしたことのないことは倉畑自身が認めるところであり、右認定に供した証拠に照らしても措信できない。

四  そこで本件取引の違法性の有無について判断する。

1  <証拠>によれば商品先物取引はきわめて投機性の強い取引行為で、少額の元手で、短期間の内に多額の利益を得ることが出来る反面商品相場の予想は複雑な要素が絡み、正確な予測は困難であり、思惑がはずれて短期間で多額の損金を生じる可能性も大きいという性質をもっている。また商品先物取引の制度上、取引を行なおうとする一般投資者は、商品取引員に取引の依頼をせねばならず、取引の実行については商品取引員か同外務員に全面的に依存することとなる。そのため、商品取引所法の各規定、商品取引所の指示事項、被告の管理基準等の規定は、商品先物取引のこのような特性に照らして委託者に不測の損害を被らせることを防ぐための配慮として設けられているものと認められる。してみると、これらの諸規定は取引員に対する内部規範というにとどまらず、具体的な個々の取引に当たっては取引員と委託者との関係でも注意義務の一内容を構成すると解釈するべきである。したがって、これらの規定の違反行為がただちに取引行為を違法無効とするものではないとしても、これらの規定に著しく反する行為は、商品先物取引としての相当性を欠き、その結果、委託者の自主的で自由な判断を妨げる態様で取引が行なわれたと認められる場合にはその行為は不法行為を構成し、商品取引員はその勧誘指導によって委託者が出損した金員を損害として賠償すべき責任があるというべきである。

これを本件取引につきみると、被告従業員倉畑と原告との間の取引の態様には以下に認めるような様々な問題があり、その結果取引全体に違法性があると認められる。

2  断定的判断の提供、利益保証

前記二で認定した各事実によれば、倉畑は原告及び妻に対し商品先物取引が投機的な行為であって短期間に大きな利益を得る可能性がある反面巨額の損失を被る危険も大きい取引であること、委託追証拠金が必要となる場合など、取引の性質、内容、仕組みなどに付いて十分な説明を行ない理解させたものとは認められず、かえって昭和五八年七月当時原告が武友での海外商品先物取引を開始後間もなくこれを知って被告での取引の勧誘に原告方を訪問するようになったもので、原告の武友での取引内容を正確に把握していないにしてもその概要は原告らから聞かされており、かつ本件取引を始めるころには原告が武友でかなりの損を出していることを知って、被告で取引をすればその損を一年で取り戻せるかのごとき言辞で勧誘を行ない、原告及び妻千枝子をして一年間被告へ投資すれば確実に利益が返ってくるかのように誤解させ、本件取引を始めさせその後もこのような誤解の上で建玉を維持すればやがて損を取り戻せると信じさせて取引を継続させることとなったのであるから倉畑の勧誘、指導は断定的判断の提供であり、その行為は商品取引所法などに違反する違法な取引というべきである。

<証拠>中には本件取引中に原告や千枝子に対し、たびたび手仕舞を勧め追証がかかった際などには手仕舞をして出直すようにいったとの部分があり、倉畑がある程度はそのような説明を原告らにしていたことは認められる。

しかしながら同人自身の証言によっても倉畑は追証の説明の中で「相場はいつ上向きに転じるかわからない状態だったので追証を入れて辛抱してみたら」「(途中で決済した人は)相場が下がって追証が払いきれないので決済した」等と原告らに話していたことが認められ、右証拠によっても倉畑が原告に自主的に取引の継続の是非を決めさせるような説明をしたとは認められない。倉畑は自己の当時の相場感として粗糖は値上がり傾向と考えていたと述べるが仮にそうだとすれば右のような手仕舞についての原告の判断を迷わせるような曖昧な言辞は相場感の過信から顧客に対し損切りをすべきかの自主的判断を求める誠実な説明を怠った結果というべきで、それ自体取引員の行為としては過失があると解することができる。

また<証拠>によれば、同人が昭和五九年四月一三日に原告を訪ねた際には同人は、千枝子に粗糖の損切りを勧めたと認められるが、原告本人に手仕舞を勧めたことはなく、千枝子が確たる相場感によって手仕舞を渋っているわけではないことが分かりながら、発生している損金の額を強調したのみで、その時点で手仕舞する意味を充分説明したものではない。また、その当時始めていた銀の取引については必ずしも益を出していたわけでないにかかわらず手仕舞を勧めておらず、むしろ粗糖の損を強調されたために原告においてはその後は銀の取引に重点を移すこととなり、結果として銀の取引による損を拡大させたというべきであり、この事実によって本件取引の違法性がないということはできない。

3  新規委託者保護管理協定違反について

前記一及び二認定のとおり原告は二〇年来夫婦で青果業を営んできたもので、原告本人尋問の結果によれば家に七坪程度の青果の貯蔵倉庫を持っており、その経歴からすれば、商品の現物取引については知識を持ち、理解力もあると認められる。しかしこのような知識経験では投機性が強く、相場の判断に複雑な要素が関係する商品先物取引に習熟した者といえないことは明らかである。また原告は本件に先立ち前記武友での海外商品先物取引を二ヶ月ほど行なっているが、それも業者に任せきりで自ら積極的に相場の検討や売買の指示をしたわけではなく、このような経験を持って原告が商品先物取引についての充分な経験と知識を持つ者ということはできない。したがって原告は形式的にはもちろん、実質的にも内規により保護されるべき新規委託者と認められる。

前記二の認定によれば、倉畑は一応原告と取引開始後三ヶ月間は原告の建玉の依頼を二〇枚を超える申込として内規にしたがって被告名古屋支店の統括責任者の審査と許可を受けて建玉をしている。しかし、その審査は原告の商品先物取引に対する知識経験、資力などについて許可権限を持つ呉羽利美が直接原告から確かめたものではなく、倉畑の許可申請書と、顧客管理カードの記載に基づいて判定したに過ぎず、右カードの原告の財産状況の記載は倉畑の推測による部分もあることや、保護育成期間内である約二ヶ月のうちに一八〇枚の建玉の許可をするに至っているなどの点からすればとうてい新規委託者保護規定の請求の趣旨にかなった手続きを行なったということはできない。してみると形式的には新規委託者保護の手続きを踏んでおり、このことのみでは違法とはいえないまでも、前記の勧誘の態様や、その後の取引態様に照らすと原告に当初から多数の建玉をさせた倉畑の行為には新規委託者保護の請求の趣旨に反し、問題があるというべきである。

4  一任売買、無断売買について

本件取引の態様は前記二4認定のとおりであり、取引全体を通じて原告が自己の相場感に基づいて建て落ちをしたことはなく、個々の取引は倉畑の勧めるままに行なわれたに過ぎない。しかも原告がそれを容認した結果であり、取引としては原告の取引と評価できるという意味でこれが無断売買には当たらないとしても現実には原告の妻千枝子の了解のみで取引をしたことが多いことは倉畑自身が認めるところであり、結局本件取引の大部分は原告がその意味を理解しないままに倉畑によって行なわれた実質的な一任売買といわなければならない。

倉畑はその証言で少なくとも千枝子には相場の動向により建玉を維持するか処分するかは了解を得ていた旨述べるが、粗糖6のような即日の手仕舞や同10から17のように連日の建玉と仕切りについてどの様に説明して了解を得たのか明らかでなく、このような取引について原告や千枝子が自主的に判断を下して取引をしたとは認めることができない。

5  無意味な反復売買及び両建について

本件取引において粗糖でも銀でも取引の多くが一日二日の短期間で建て落ちを繰り返していることは別紙売買一覧表のとおりであり、その取引が原告の理解のないまま倉畑の意思で行なわれたことは前項認定のとおりである。してみると倉畑は徒に手数料がかさむ危険の大きいこのような多数回の取引を一存で行なったことになり、前項の認定に照らしてこのような取引形態も問題があるというべきである。

倉畑はこの個々の取引はそのときの相場の予測にしたがってなされたものでその時点では意味があったと述べるが、個々の取引の意味について具体的な説明をしておらず、このような証言によって本件一連の取引の実行にあたり、倉畑が原告が自主的に取引の是非を判断できるように説明し、納得の上で委託を受けていたと認めることはできない。またこのような建玉の結果として原告の建玉がいわゆる両建の状態になっていることも認められるが、本件証拠によっても倉畑が原告に取引を続けさせるため、故意に損を確定させるよう両建をさせたとまでは認められない。

6  以上のとおり倉畑が本件取引にあたり行なった行為には商品取引法規において規制された内容に大きく反した部分が認められその結果として本件取引の全体が違法不当な受託行為といわざるをえず、倉畑の行為は全体として不法行為を構成すると認められる。

五  被告の責任

右倉畑の行為は原告と被告の商品先物取引の委託に関してされたもので、これが被告の事業の執行についてなされたことは明らかである。よって被告は倉畑の使用者として原告が倉畑の不法行為により被った損害を賠償する責任がある。

六  請求の原因四(損害)及び過失相殺

1  原告は前記認定のように被告従業員倉畑の不法行為により合計金三四二三万二一六〇円を証拠金、追証、損金などの名目で被告へ渡し、返還を受けられなくなったものであるからその支払いと同額の損害を被ったと認められる。

2  原告が本件取引を継続する中で次々と追証を求められるなどしてその金策のため相応の精神的苦痛を受けたことは充分推測できる。しかしながら、本来このような財産上の損害は財産上の請求によって回復を図る性質のものであり、それをもって回復し得ない特別の場合にのみ精神的損害の回復が考慮されるべきである。然るに前記二認定の経過によれば本件取引がこのように継続し損害が拡大したのには原告が利益にこだわるために手仕舞を渋った自己の責任もあるといえることを考慮すると、本件においては未だこのような特別の精神的損害の発生があるとまでは認めることはできない。したがって、本訴の慰謝料の請求は認容できない。

3  原告が本訴の遂行を弁護士に依頼したことは本件訴訟の経過から明らかであり、それにともない報酬の約束をしたことは弁論の全請趣旨から認められる。

そこで本件事案の性質、審理経過に照らして、右弁護士費用の内金二六〇万円を本件の損害と認めるのが相当である。

4  前記2のとおり、本件取引がおよそ一年継続し、そのために多額の損害を出したことには原告が利益にこだわるあまり、早めの手仕舞が出来なかったこと、取引をほとんど妻任せにして商品先物取引の仕組みについて自ら理解する機会を放棄したことにも相当な原因があるというべきである。確かに原告がそのように考えたのは倉畑の利益誘導、断定的な判断の提供により、冷静に自主的な判断ができない状態にあったためということが出来る。しかし前記二認定の本件取引の経緯に照らすと、原告は本件取引に先立ち武友と称する海外商品先物取引業者で商品先物取引を行ない同社の取引担当者に取引を任せたために約一〇〇〇万円の損害を被ったことが窺われる。原告がこの経験に照らしてみる態度があれば、取引開始時にはともかく度々の追証請求の時点、銀の取引開始時、佐藤支店長の訪問の際等早期に手仕舞を行なう機会は十分あったと認められる。

そこで、被告が賠償すべき損害額については以上の点を考慮して弁護士費用を除く損害額より四割を控除するのが相当である。

したがって、被告らの賠償すべき損害額は金三四二三万二一六〇万円より四割を控除した金二〇五三万九二九六円と前記弁護士費用の合計金二三一三万九二九六円をもって相当と認めるべきである。

七  結論

以上により原告の本訴請求は右金二三一三万九二九六円と本件不法行為成立後であり、本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和六〇年一一月一二日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条本文を仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鎌田豊彦)

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