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名古屋地方裁判所 昭和61年(ワ)2597号 判決 1988年2月26日

原告

大石恵子

被告

藤田昌弘

主文

被告は、原告に対し、金二六二一万四六八二円及びこれに対する昭和五八年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告に対し、金四五五三万七〇九九円及びこれに対する昭和五八年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和五八年一二月一八日午前三時四五分ころ

2  場所 名古屋市名東区猪高町大字高針字牧三九―一〇第二環状線

3  加害車両 普通乗用車・福井五六す七一六七

右運転者 被告

4  被害車両 普通乗用車・名古屋五九に六〇八五

右運転者 原告(昭和二九年一一月二日生まれ・事故時二九歳)

5  態様 原告が被告車両を運転して自車線内を正常に走行中、被告運転の加害車両が突然センターラインを越えて原告走行車線内へ進入し、被害車両と正面衝突をした。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

2  一般不法行為責任(民法七〇九条)

本件事故は、被告の前方注視義務違反・安全運転義務違反の過失によつて惹起されたものである。

三  損害

1  受傷、治療経過等

(一) 受傷

両膝蓋骨開放性骨折・右足関節内果骨折・右大腿骨外顆剥離骨折・左頸骨顆間部骨折・左後十字靱帯剥離骨折・歯槽骨々折

(二) 治療経過

入院 一七一日

昭和五八年一二月一八日から昭和五八年一二月二一日まで安井外科病院

昭和五八年一二月二一日から昭和五九年五月二日まで愛知医大附属病院

昭和五九年九月二九日から昭和五九年一〇月二六日まで国立名古屋病院

昭和六〇年一〇月二四日から昭和六〇年一〇月二九日まで旭労災病院

通院 六八五日中実日数二九五日

昭和五九年五月三日から昭和六一年四月二一日まで(実日数一九一日)愛知医大附属病院

昭和五九年一〇月二七日から昭和六〇年一月二一日まで(実日数六日)国立名古屋病院

昭和五九年一〇月三〇日から昭和六〇年九月二六日まで(実日数九五日)国立東名古屋病院

昭和六〇年一〇月一八日から昭和六〇年一一月五日まで(実日数三日)旭労災病院

(三) 後遺症 昭和六一年四月二一日症状固定

(1) 左右両膝の痛み、特に左膝の痛みが強い。

(2) 左膝の痛みの防止と靱帯損傷のため着地の際に膝が左右に振れるのを防止するため、常時左膝部に装具をつけている。装具をつけていないと、痛みのため一〇〇メートルも歩けない。

(3) 左膝部の醜状痕

2  治療関係費

(一) 治療費 九三万四〇九〇円

(1) 愛知医大附属病院 三万一九三〇円(国保患者負担分昭和六〇・八・三~六一・二・七)

(2) 旭労災病院 三万三一六〇円

(3) 国立東名古屋病院 三〇〇〇円(診断書料)

(4) 名東歯科 二三万一三〇〇円

(5) その他 六三万四七〇〇円(左膝外部術後瘢痕形成手術・将来予定分)

(二) 入院雑費 二三万二〇〇〇円

(1) 入院中一日一〇〇〇円の割合による一七一日分一七万一〇〇〇円

(2) ジヨイアツプ(家庭用リハビリ機械)二万五〇〇〇円

(3) コンタクトレンズ 三万六〇〇〇円

(三) 入院付添費 三四万四〇〇〇円

入院中母親が付添い、一日四〇〇〇円の割合による八六日分

(四) 通院交通費 二六万〇二七〇円

(1) 愛知医大附属病院 一九万一〇〇〇円(一回一〇〇〇円・一九一回分)

(2) 国立名古屋病院 六〇〇〇円(一回一〇〇〇円・六回分)

(3) 国立東名古屋病院 四万七五〇〇円(一回五〇〇円・九五回分)

(4) 旭労災病院 三〇〇〇円(一回一〇〇〇円・三回分)

(5) その他 一万二七七〇円(安井外科から愛知医大への転院した際のタクシー代)

3  物損 三五万八〇〇〇円

(一) 車両損害 被害車両(初年度登録昭和五三年・トヨタカローラ)は全損となり廃車処理を余儀なくされ、所有者中山隆夫に当時の時価三二万円を賠償したので、原告は同額の求償権を取得した。

(二) レツカー代 三万八〇〇〇円を支出した。

4  逸失利益

(一) 休業損害 一三六万円

原告は事故当時一級建築士として中山設計室に勤務し月給一四万九〇〇〇円を得ていたが、本件事故のため就労不能となり事故時をもつて退職となつた。同所では毎年四月に月額一万円昇給と定められていたので、昭和五九年四月分から昭和六一年三月分までの昇給分三六万円が休業損害となり、また勤務を継続したときは昭和五九年八月二〇万円、同年一二月二五万円、昭和六〇年八月二五万円、同年一二月三〇万円、合計一〇〇万円の賞与の支給を受けることができたから、症状固定時直前の月の昭和六一年三月までに一三六万円の収入を失つたことになる。

(二) 将来の逸失利益 三〇七九万八七三九円

原告の前記後遺障害は、自賠法施行令二条別表の第一〇級一一号に当たる。しかるところ、原告は昭和六一年七月五日一級建築士事務所の登録をし独立開業したが、建築士として監理業務遂行に際し、高所、仮設足場へ上がることも後遺症のため不可能であり、業務遂行に支障があるため一般の建築士に比し収入の低下は避けられない。しかして、原告の昭和六一年四月から一二月の収入は四八九万円、昭和六二年一月から八月までの収入は三七一万円で経費率は約二割であるから、これにより年収を算出すると五二〇万円ないし四四五万円となるところ、建築士の仕事、収入に男女差はないから、原告の将来の逸失利益を算出するためには、昭和六〇年度賃金センサスの大学卒男子労働者の平均年齢三五・八歳の企業規模計・産業計の平均賃金年収五〇六万三五〇〇円を基準とし、症状固定時の昭和六一年四月(満三一歳)から少なくとも六七歳までの三六年間にわたり、その三〇パーセントの得べかりし利益を失つたものとみるのが相当である。

そこで新ホフマン方式により中間利息を控除して逸失利益を算出すると三〇七九万八七三九円となる。

5,063,500×0.3×20.275=30,798,739

5  慰謝料 八〇〇万円

(一) 傷害入・通院分 三〇〇万円

(二) 後遺障害分 五〇〇万円

6  弁護士費用 四〇〇万円

四  損害の填補 七五万円

原告は自賠責保険金七五万円の支払を受けた。

五  本訴請求

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。)を求める。

第三請求原因に対する被告の答弁

一は認める。

二の1は否認し、2は認める。

三は不知。ただし、入院付添費についてはその必要性を欠くものであり、左膝外部手術後瘢痕形成手術については、事故後四年を経過した時点でも施術された事実はなく理由がない。また、後遺障害等級は第一四級程度である。

四は認める。

第四被告の主張

損害の填補 六七二万九六九二円

本件事故による損害については、原告が自認している分以外に、次のとおり損害の填補がなされている。

一  治療費 二二五万五一九〇円(安井外科病院五六万五七〇〇円・愛知医大附属病院一四九万六六一〇円・国立名古屋病院一一万六二一〇円・国立東名古屋病院七万六六七〇円)

二  休業損害 四〇五万九九九二円

三  通院費・雑費 四一万四五一〇円

第五被告の主張に対する原告の答弁

被告主張の事実は認める。原告が本訴において請求している分はこれを控除した填補未了分についてのものである。

第六証拠

記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一事故の発生

請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。

第二責任原因

請求原因二の2の事実は、当事者間に争いがない。したがつて、被告は民法第七〇九条により本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

第三損害

1  受傷、治療経過等

成立に争いのない甲第二ないし第一八号証及び原告の本人供述により真正に成立したものと認められる甲第四二号証並びに証人吉田一郎の証言及び右本人供述並びに鑑定の結果によれば、請求原因三1(一)(二)の事実が認められ、かつ、後遺症として同(三)掲記の症状(ただし、装具については、デスクワーク及び自宅内移動の場合は装着しない。)が固定(昭和六一年四月二一日ころ固定)したことが認められる。乙第一号証の二及び第二号証の一中、右認定に反する部分は、吉田証人の証言及び鑑定の結果に照らし採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  治療関係費 一三八万四四六〇円

(一)  治療費 八七万二八九〇円

成立に争いのない甲第一九ないし第二一号証、第二七号証の一ないし五、第二八号証の一ないし三四、第二九号証及び原告の本人供述によれば、請求原因2(1)愛知医大附属病院三万一九三〇円、(3)国立東名古屋病院三〇〇〇円、(4)名東歯科二三万一三〇〇円については、その全額を、(2)旭労災病院については二万九六六〇円の限度でこれを認めることができる。しかして、(5)の左膝外部術後瘢痕形成手術の費用六三万四七〇〇円については、成立に争いのない甲第四三号証及び原告の本人供述を総合すれば、右形成手術施行の必要性及び原告がこれを受ける事情にあることを肯認することができるから、これを損害と目するに妨げないものというべきであり、その額については右本人供述により真正に成立したものと認められる甲第三〇号証及び弁論の全趣旨によれば五七万七〇〇〇円を下回ることはないものと認められるから右の限度でこれを認めるのが相当である(これを超える部分については認定するに足りる証拠がない。)。

よつて、治療費の合計は八七万二八九〇円となる。

(二)  入院雑貨 一九万七八〇〇円

原告が一七一日間入院したことは、前記のとおりこれを認めることができ、右入院期間中一日八〇〇円の割合による合計一三万六八〇〇円の入院雑貨を要したことは、経験則上これを認めることができる(右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。)そして、原告の本人供述により真正に成立したものと認められる甲第三一、三二号証及び右本人供述によれば、ジヨイアツプ二万五〇〇〇円及びコンタクトレンズ三万六〇〇〇円についてもこれを認めることができる。

(三)  入院付添費 三〇万一〇〇〇円

原告の本人供述により真正に成立したものと認められる甲第二二号証及び右本人供述と経験則によれば、原告は前記愛知医大附属病院入院期間中八六日間付添看護を要し、その間一日三五〇〇円の割合による合計三〇万一〇〇〇円の損害を被つたことが認められる(右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。)。

(四)  通院交通費 一万二七七〇円

原告の本人供述によれば、原告は前記通院のため昭和五九年八月末ころまではタクシーで、その後は自家用車で通院したことが認められ、弁論の全趣旨によれば、原告の請求は自家用車使用分と解されるところ(乙第三号証によれば昭和五九年九月五日までのタクシー代三三万二三一〇円が支払済みである。)、自家用車使用分については、実費相当額について損害と認めることができるが、実費額についてこれを証するに足りる証拠はない。したがつて、通院交通費のうち(1)ないし(4)についてはこれを認めることができないが、(5)の安井外科から愛知医大附属病院へ転院した際のタクシー代一万二七七〇円については成立に争いのない甲第三三号証によりこれを認めることができる。

3  物損 三五万七〇〇〇円

成立に争いのない甲第三四号証、第三五号証の一、二、原告の本人供述により真正に成立したものと認められる甲第三八号証及び右本人供述によれば、請求原因三3(一)の事実及び(二)のレツカー代三万七〇〇〇円分を支出した事実を認めることができる。

4  逸失利益 一七八〇万五四二二円

(一)  休業損害 一三六万円

原告が事故当時二九歳であつたことは当事者間に争いがなく、原告の本人供述により真正に成立したものと認められる甲第二三号証、第二五号証及び第三七号証並びに右本人供述及び弁論の全趣旨によれば、原告は事故当時一級建築士として中山設計室に勤務し、一か月平均一四万九〇〇〇円の収入を得ていたが、本件事故により、間もなく退職を余儀なくされたこと、右事故にあわなければ、後記独立自営の時期(昭和六一年七月二五日)まで同所に勤務し得たこと、勤務継続中は毎年四月に月額一万円昇給し、かつ、昭和五九年八月に二〇万円、同年一二月に二五万円、昭和六〇年八月に二五万円、同年一二月に三〇万円の賞与を得られたものと認めることができる。

右事実によれば、原告は症状固定の直近月である昭和六一年三月までに、原告主張のとおり昇給分相当額三六万円、賞与相当分一〇〇万円計一三六万円相当の収入を失つたものということができる。

(二)  将来の逸失利益 一六四四万五四二二円

成立に争いのない甲第三六号証、原告の本人供述により真正に成立したものと認められる甲第三九ないし第四一号証及び右本人供述によれば、原告は昭和六一年七月二五日に一級建築士事務所の登録をして独立開業したこと、昭和六一年分の所得税の確定申告に際しては収入金額を四四七万六〇〇〇円として所得申告をしているが、昭和六一年四月から一二月の収入は四八九万一〇〇〇円、昭和六二年一月から八月までの収入は三七一万三八〇〇円であり、経費はその二割程度であることが認められる。

そして、すでにみたように、後遺症として請求原因三1(三)掲記の症状が昭和六一年四月二一日ころ固定したものであるところ、前掲甲第四二号証及び原告の本人供述によれば、原告は右後遺症により一級建築士としての職務ことに現場における監理業務の遂行が困難であり、設計図の作成、監理についてはビル内の店舗新築、平家建て建物に限定されるなど相当程度業務内容が制約されることが認められ、したがつて、独立開業している一般健常者の一級建築士に比し収入面においても相当の制約を受けるであろうことはこれを推認するに難くない。しかして、証人吉田一郎の証言及び鑑定の結果によれば、原告の右後遺症は、後遺障害別等級表第一〇級相当程度のものであると認めることができる。乙第一号証の二及び第二号証の一中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし採用することができない。

以上の事実を前提として、原告の症状固定時(昭和六一年四月満三一歳)以後の逸失利益につき検討すると、賃金センサス昭和六〇年第一巻第一表企業規模計・産業計・男子労働者学歴計・旧大新大卒三〇~三四歳の年収四四二万六〇〇〇円を基準(給与取得者の場合と異なり独立開業の一級建築士(資格は男女平等である。)であり、性差がセンサス上の賃金のように顕著な差異を生ずるものとはいい難いものであること及び前認定の収入実態からすると、女子労働者のそれによるよりも、男子労働者のそれを基準とすることの方が合理的である。)とし、六七歳時まで三六年間にわたり、その二〇パーセントの得べかりし利益を失つたものと見るのが相当である。

よつて、年別のホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して右逸失利益の事故時の現価を算出すると一六四四万五四二二円となる。

(計算式)

4,426,600×0.2×(21.3092-2.7310)=16,445,422

5  慰謝料 五八〇万円

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰謝料額は入・通院分二三〇万円、後遺症分三五〇万円、合計五八〇万円とするのが相当であると認められる。

第四損害の填補 八三万二二〇〇円

請求原因四の事実は、当事者間に争いがない。また、被告主張の損害の填補の点は、金員受領の点は当事者間に争いがないが、原告はこれを控除した填補未了分につき請求しているというので検討するに、前記第三2(一)掲記の各証拠並びに成立に争いのない乙第三号証、原本の存在及び成立とも争いのない乙第四号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、治療費・休業損害・通院費については、原告主張のとおりと認めることができる。しかしながら右乙第三号証によれば、雑費中昭和五九年一二月一八日から昭和六〇年五月三日までの一三七日分八万二二〇〇円については既に支払済みであり、原告主張の入院雑費から差し引くべきものと認めることができるから、原告の前記損害額合計二五三四万六八八二円から七五万円と八万二二〇〇円の合計八三万二二〇〇円を差し引くと残損害額は二四五一万四六八二円となる。

第五弁護士費用 一七〇万円

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は一七〇万円とするのが相当であると認められる。

第六結論

よつて、被告は原告に対し、金二六二一万四六八二円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和五八年一二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 上野精)

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