名古屋地方裁判所 昭和61年(行ウ)35号・昭61年(行ウ)36号 判決
甲事件・乙事件原告
角岡修(X1)
同
原田正三(X2)
同
千葉祐二(X3)
同
森山文一郎(X4)
同
大羽茂(X5)
右五名訴訟代理人弁護士
長屋誠
同
清水政和
同
高和直司
同
上田和孝
同
小林修
甲事件・乙事件被告
(元蒲郡市長) 大場進(Y1)
同
株式会社コクド(Y2)
右代表者代表取締役
堤義明
右両名訴訟代理人弁護士
平山雅也
右被告大場訴訟代理人弁護士
大場民男
甲事件・乙事件参加人
蒲郡市長 鈴木克昌
右訴訟代理人弁護士
平山雅也
同
大場民男
右指定代理人
山中昇治
同
足立守弘
事実及び理由
第三 争点に対する当裁判所の判断
一 本件株式譲渡に至る経緯等
〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。
1 蒲郡市が昭和五五年三月二七日に株式会社蒲郡ホテルの株式等を買い受けたのは、「蒲郡ホテル」の建物の破壊、付近の乱開発を防止して、郷土の文化遺産を守るためであり、蒲郡市では、株式会社蒲郡ホテル所有地を、市民の触れ合いの場、憩いの場として、すべての市民に開放したいとの基本構想を有していた。
そこで、蒲郡市では、同年四月、「蒲郡ホテル」の土地、建物を利用して、県立の博物館又は美術館を設置することを求める陳情書を愛知県に提出した。しかし、この計画は、全く進展しなかった。
2 蒲郡市から委託を受けた財団法人都市計画協会は、昭和五六年三月、本件建物を取り壊さずに利用し、「蒲郡ホテル」の跡地及びその周辺地区を公園とする計画を策定した。
一方、昭和五七年五月、蒲郡商工会議所から、蒲郡市に対し、「蒲郡ホテル」の土地、建物を利用して、リゾートホテルを開設し、民間委託によって営業すべきであるとの意見書が出された。
さらに、蒲郡市議会議長を座長とする蒲郡ホテル対策懇談会小委員会は、同年一〇月、蒲郡市に対し、本件建物を取り壊さずに多目的会館として利用することとし、同会館は、地元の民間の出資により設立した新会社が運営することが望ましいとの報告書を提出した。
3 昭和五八年二月、蒲郡商工会議所から、蒲郡市に対し、(一)本件建物を多目的会館とし同会館を地元の民間の出資により設立した新会社が運営することは、多額の改修費が必要である上、経営上も採算がとれない、(二)本件建物を取り壊して新しい建物を建てるか、本件建物を取り壊さずに別に新しい建物を建てて、リソートホテルを開設し、専門業者に委託して営業すべきであるとの意見書が出された。
4 蒲郡市では、昭和五八年八月に、市長の諮問機関として、「旧蒲郡ホテル活用検討委員会」を設置して、「蒲郡ホテル」の土地、建物の活用方法を検討した。同委員会では、蒲郡市と地元の民間で出資して新会社を設立し新会社が本件建物を改修した上ホテル業者に運営を委託する案などが検討されたが、蒲郡市が、財政事情などから新会社に出資することに難色を示すなどしたため、これらの案は、採用されなかった。そして、同年一一月には、同委員会において、「蒲郡ホテル」の土地、建物を一流のホテル業者に売却することにより、本件建物を残した上、これをホテルとして再活用することに一応決した。
5 蒲郡商工会議所では、約一〇社のホテル業者に対して、「蒲郡ホテル」の跡地でのホテル経営の可能性を打診していたが、これらの業者のうち、被告コクドと藤田観光を除いては、採算がとれないとの理由で乗り気ではなかった。
そして、蒲郡市では、藤田観光が和風の旅館を経営する希望を持っていたため、藤田観光が希望どおり和風旅館を経営すると、その営業が地元の既存の旅館業者の営業と競合する可能性があると判断し、藤田観光を検討対象から外した。
一方、被告コクドは、西武鉄道グループの中核をなす会社であって、西武鉄道グループが全国に多くのリゾートホテルを経営しており、しかも、古い建物を活かしてホテルとして使用している例があったことから、蒲郡市では、被告コクドは契約の相手方としてふさわしいと考えた。
そして、蒲郡市は、昭和五八年一一月、被告コクドに対し、株式会社蒲郡園地の株式を買い受けた上、本件建物を残して、そこでホテルの経営をする意向があるかどうかを打診し、その後、蒲郡市と被告コクドとの間で交渉が行われた。
6 昭和五九年二月二日、蒲郡市議会の全員協議会が開催され、旧蒲郡ホテル活用検討委員会会長の畑田与志夫議員から、同委員会で右4の一応の決定をしたこと及びあるホテル業者と交渉中であることの報告があり、これについて審議がされた。同委員会は、昭和五九年三月六日、「『蒲郡ホテル』の土地、建物は、一流のホテル業者に売却し、早期に活用すること、この活用に当たっては、歴史的に由緒ある『蒲郡ホテル』の建物を残し、ホテルとして再活用するとともに、『蒲郡ホテル』及び周辺の優れた景観及び自然環境を保持すること」との内容の答申をした。
7 その後、昭和五九年夏ころまでの間に、蒲郡市と被告コクドとの間で交渉が行われ、代金額についても話合いが行われた。当初、蒲郡市では、一五億円を提案したが、被告コクドは、本件建物を改修するには約一〇億円を要するとして、この提案を拒否したため、蒲郡市では、同年八月に、最低でも六億円で買って欲しいとの提案をしたところ、同年九月に、被告コクドから、六億円で買う旨の返答があった。また、株式会社蒲郡園地が株式譲渡後所有することとなる土地の範囲についても、右代金額と平行して交渉が行われ、同年九月には、別紙第三図面の赤色の線で囲まれた部分(本件土地)とすることにほぼ合意した。
8 しかし、蒲郡市の議会関係者などから六億円は低額すぎるとの話が出たので、蒲郡市では、昭和五九年一〇月と一一月に、被告コクドに対し、代金の増額交渉をしたが、断られた。
他方、蒲郡市では、同年一〇月に、名古屋観光ホテルに対して、株式会社蒲郡園地の株式を買い受けた上、本件建物を残して、そこでホテルの経営をする意向があるかどうかを打診したが、採算がとれないとの理由で断られた。
同年一二月一日、蒲郡市議会の全員協議会が開催された。被告大場らは、それまでの被告コクドとの交渉経過等を報告し、それについて審議が行われ、被告大場らは、議員の質問に答えた。また、蒲郡市は、同月一五日付けの広報紙において、それまでの被告コクドとの交渉経過等を市民に公表した。
9 蒲郡市では、昭和六〇年一月ころ、本件土地の実測面積を知るために、有限会社今泉調査測量事務所に本件土地の測量を依頼し、同社は本件土地の測量を行った。
また、株式会社蒲郡園地あるいは蒲郡市は、前記の鑑定<1>ないし<3>を依頼した。これらの鑑定書は、同年二月から五月にかけて提出された。
さらに、蒲郡市では、株式会社環境開発研究所に委託して、本件建物の調査を行い、その報告書が同年五月に出されたので、改修の設計書を作成し、これに基づく改修費用の見積りを三建築会社に依頼した。その見積書は、同年七月に提出された。見積書は、六億二〇〇〇万円、六億二八〇〇万円、六億〇五〇〇万円であった。
10 昭和六〇年九月から一二月にかけて、蒲郡市と被告コクドの間で、契約書の案文についての交渉が行われた。そして、昭和六一年二月末ころ、蒲郡市は、被告コクドに対し、代金額を五〇〇〇万円増額するよう要請し、被告コクドも、これを受け入れた。そして、同年三月一五日、蒲郡市と被告コクドとの間において、本件株式譲渡についての仮契約が締結された。
11 昭和六一年三月二二日、蒲郡市議会の全員協議会が開催され、被告大場らは、仮契約に至るまでの被告コクドとの交渉経過等を報告し、それについて行われた審議において、議員の質問に答えた。そして、蒲郡市は、同月二四日、本件株式を価格を低減して譲渡する旨の議案を蒲郡市議会に提出し、同月二六日、この議案は可決(本件議決)された。
12 昭和六一年八月一五日、本件株式譲渡契約が締結された。本件株式譲渡契約締結時における本件建物の状況は、次のとおりであった。
(一) 本件建物は、築後五〇年以上経過していたため、建物の損傷、劣化が生じている上、法規に適合しない部分も多かった。また、ホテルの営業を休止してから六年以上経過し、その間使用することなく放置されていたため、そのことによる損傷、劣化も見られた。
(二) 本件建物の外周部においては、屋根及びバルコニーからの漏水、サッシ、屋外階段等の鉄部の腐食等が見られた。一方、建物内部においては、床、壁及び天井の塗装、木材等の損傷が著しかった。給排水設備はすべて取り替える必要があった上、電気設備及び空調設備についてもかなりの補修を必要とした。防災設備については、防火扉の設置などの全面的な改修が必要であり、また、エレベーターは、使用不可能で、取り替える必要があった、さらに、家具、絨毯、食器等の備品すべて買い替える必要があった。
(三) 庭園も荒れており、補修が必要であった。
13 株式会社蒲郡園地は、本件株式譲渡契約の後、本件建物について、右12(一)ないし(三)の補修等を行ったが、そのために、約一一億五〇〇〇万円の費用を要した。そして、株式会社蒲郡園地は、昭和六二年八月、本件建物において、「蒲郡プリンスホテル」を開業した。
二 争点1について
1 地方自治法施行令一六七条の二第二号は、地方自治法二三四条二項を受けて、「その性質又は目的が競争入札に適しないものであるとき」には、随意契約によることができると定めている。
そして、右の「その性質又は目的が競争入札に適しないものであるとき」には、契約の性質又は目的に照らして競争入札の方法による契約の締結が不可能又は著しく困難というべき場合が該当することは疑いがない。しかし、必ずしもこのような場合に限定されるものではなく、競争入札の方法によること自体は不可能又は著しく困難とはいえないが、競争原理に基づいて契約の相手方を決定することが必ずしも適当ではなく、当該契約自体では多少とも価格の有利性を犠牲にする結果になるとしても、普通地方公共団体において当該契約の目的、内容に照らしそれに相応する資力、信用、技術、経験等を有する相手方を選定しその者との間で契約の締結をするという方法をとるのが当該契約の性質に照らし又はその目的を究極的に達成する上でより妥当であり、ひいては当該地方公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される場合もこれに該当するものと解すべきである。
そして、右のような場合に該当するか否かは、契約の公正及び価格の有利性を図ることを目的として普通地方公共団体の契約の締結の方法に制限を加えている地方自治法及び地方自治法施行令の趣旨を勘案し、個々の具体的な契約について、当該契約の種類、内容、性質、目的等諸般の事情を考慮して当該普通地方公共団体の契約担当者の合理的な裁量判断により決定されるべきものと解するのが相当である(最判昭和六二年三月二〇日民集四一巻二号一八九頁参照)。
2(一) 〔証拠略〕によると、本件株式譲渡契約の締結された当時の本件建物について、次の事実が認められる。
(1) 本件建物は、鉄筋コンクリート造りの建物の上に、和風の屋根を載せたもので、昭和初期に多く見られる「帝冠様式」によっている。
(2) 本件建物の外観は、周囲の自然と調和しており、美しい。
(3) 本件建物は、高台にあるため、蒲郡市内の多くの場所から見ることができ、蒲郡市の象徴ともいうべき存在になっていた。
(4) 本件建物の内部は、天井、壁は白色、木部はセプア色で統一され、荘重な雰囲気を感じさせる。
(5) 本件建物は、著名な作家の文学作品に登場するほか、雑誌等で、「クラシックホテル」として、紹介されたこともあった。
(6) 本件建物は、近代の名建築とされ、美術的な価値の高いものである。
(二) 右(一)認定の事実によると、本件建物は、文化的価値の高い貴重なものであって、本件建物及びその周囲の自然を保存することは、学術文化の保護奨励のために必要であったということができる。
そして、前記一で認定したとおり、蒲郡市は、「蒲郡ホテル」の土地、建物の活用方策を検討し、最終的には、本件株式をホテル業者に売却して、本件建物におけるホテルの再開を目指すこととなったのであるが、この最終的に決定した方策をとった場合、本件建物及びその周囲の自然が保存されるようにするためには、契約の相手方であるホテル業者に、本件建物及びその周囲の自然の保存を義務づける必要があったということができる。
(三) ところが、本件建物及び庭園は、前記一認定のとおり、大規模な補修を必要とし、そのために多額の費用を要する状況にあった。また、〔証拠略〕によると、本件建物の部屋数は少ない(「蒲郡ホテル」の当時で二九室、「蒲郡プリンスホテル」になってからは二七室)上、宴会場は一〇〇人程度を収容することができるものがあるのみであり、レストランの規模も小さいので、本件建物においてホテルを開業した場合、売上げの割には経費が多くかかり、採算性が悪い(現に昭和六二年八月に開業した「蒲郡プリンスホテル」は、開業後平成二年の末までの間に、合計約七億七〇〇〇万円の営業損失を出した。)と認められる。そして、これらの事実と、前記一認定のとおり、多くのホテル業者が採算がとれないとして、本件建物におけるホテルの営業に消極的であったことを総合すると、本件建物におけるホテル営業については、本件株式譲渡契約締結当時、採算の面においてかなりの困難が予想されたということができる。
(四) したがって、蒲郡市において、本件建物及びその周囲の自然の保存を義務づけた上で、本件株式を売却する場合には、その相手方は、単にホテル業者であれば足りるものではなく、本件建物及びその周囲の自然を保存しつつ本件建物においてホテルを経営していくことができるだけの資力、信用、経験等を有する業者を選定する必要があったということができる。
(五) 前記第二の一3(一)認定の事実及び前記一認定の事実からすると、被告大場は、被告コクドを、右(四)のような観点から、ホテル経営にふさわしい業者として選定し、同被告に対して本件建物及びその周囲の自然の保存を義務づけて、本件株式譲渡契約を締結したものと認められる。
(六) よって、被告大場が、本件株式譲渡契約をもって地方自治法施行令一六七条の二第二号に定める「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に当たると判断して、随意契約によって本件株式を譲渡したことには理由があり、その裁量判断に合理性を欠く点があるということはできない。
3 ところで、原告らは、本件株式譲渡契約に際して、被告コクド及び株式会社蒲郡園地が、本件建物の保存等を義務づけられたということはできないと主張する(前記第二の二2(二)(1))。
しかしながら、前記第二の一3(一)認定の本件株式譲渡契約に際して交わされた「覚書」(〔証拠略〕)では、被告コクド及び株式会社蒲郡園地において、本件建物及びその周囲の自然の保存義務を負う旨明記されている。したがって、右「覚書」には、株式会社蒲郡園地が当事者として記名押印してはいないが、蒲郡園地の全株式を取得した被告コクドにおいて、株式会社蒲郡園地をして右約定に従わせる義務を負担したものと認められるから、実質的には、株式会社蒲郡園地も右約定に従うことを期待できる内容の契約になっているものといえる。
なお、右「覚書」には、被告コクドが約定に違反した場合の制裁条項や現状回復の条項は存しないが、そのような条項がないからといって、被告コクドが右義務を負っていないということはできない。
また、証人小林紀雄は、本件株式譲渡契約後一〇年が経過すれば、被告コクドが本件不動産の現状を維持する義務はなくなる旨の証言をするが、そのようなことは、右「覚書」には何ら記載されていないのみならず、被告大場本人が、そのような趣旨の約定はなかった旨供述していることからして、証人小林紀雄の右証言は信用することができない。
4 次に、蒲郡市契約規則二一条の二によると、市長は、随意契約によろうとする場合において必要と認めるときは、予定価格を定めなければならず、また、同規則二二条によると、市長は、随意契約によろうとするときは、なるべく二人以上の者から見積書を徴さなければならないところ、弁論の全趣旨によると、本件株式譲渡契約については、これらの手続を経なかったものと認められる。しかし、右規則の規定自体から明らかなように、これらの手続は必ず経なければならないものではなく、「必要と認めるとき」又は「なるべく」経なければならないといたものにすぎないから、これらの手続を経なかったことから、本件株式譲渡契約が違法であるとすることはできない。
三 争点2について
1 本件株式譲渡契約において譲渡されたのは、本件不動産ではなく、本件株式であるから、その代金額が適正であるかどうかは、本件不動産ではなく、本件株式について判断しなければならない。
2 そこで、右の観点から検討するに、本件株式には取引相場がないから(弁論の全趣旨による。)、取引相場により本件株式の適正価格を決定することはできない。また、株式会社蒲郡園地と事業内容が類似する上場会社が存するとも認められないので、類似業種比準方式によって本件株式を評価することも困難である。
ところで、前記第二の一2及び3の事実に弁論の全趣旨を総合すると、株式会社蒲郡園地は、昭和五五年に経営不振のためホテル営業を中止し、それ以後は、主として所有土地の管理のみをしていたものであり、もはや、本件不動産を利用して自力でホテル営業を再開し、あるいは、その有効利用をする能力を有しておらず、本件株式譲渡契約の時点において、そのような状態が、すでに六年以上継続していたものと認められる。
そうすると、本件株式譲渡契約の時点において蒲郡市が有していた本件株式の客観的価額は、株式会社蒲郡園地を解散清算した場合に株主に分配される残余財産(純資産価額)を基準として決定するのが相当である。
3 そこで、進んで、右残余財産の額について検討する。
〔証拠略〕によると、本件土地は、市街化調整区域内にあるほか、自然公園法の定める第二種特別区域内にあり、また、海岸沿いの一部の土地は、海岸法の定める海岸保全地域に指定されており、これらの公法上の規制がなくなる具体的な見込みはなかったものと認められるから、本件不動産を評価するに当たっては、これらの公法上の規制があることを前提として評価をしなければならないというべきである。そして、そのようにして評価した場合の本件株式譲渡契約当時における本件不動産の価額は、鑑定<4>では、一四億一二二〇万円(原告ら主張額)であり、鑑定<1>ないし<3>では、これより抵額であるから、本件株式譲渡契約の時点における本件不動産の価額は、一四億一二二〇万円を上回らなかったものと認めることができる。また、〔証拠略〕によると、株式会社蒲郡園地の資本の金額は二五〇〇万円、資本準備金の金額は三億〇三三〇万七五二二円であったことが認められる。
そうすると、本件不動産の上限価額一四億一二二〇万円から、右資本及び資本準備金の合計額三億二八三〇万七五二二円を差し引いた残額一〇億八三八九万二四七八円に、本件株式譲渡契約当時における清算所得に対する法人税等の税率五七パーセント(相続税財産評価に関する基本通達一八六―二)を乗ずると、法人税等六億一七八一万八七一二円となり、これを、一四億一二二〇万円から差し引くと、本件株式の客観的価額の上限は、七億九四三八万一二八八円であったことになる(ただし、本件においては、残余財産額の正確な算定をするための前提事実につき十分な主張立証がないので、右額は、概算である。)。
4 ところで、本件株式譲渡契約に基づいて締結された「覚書」は、被告コクドに、ホテル営業の再開についての努力義務、ホテル本館の保存義務、景観の保持義務等を課しており(〔証拠略〕)、それによって、被告コクドは、本件株式譲渡契約において定められた本件株式の代金の支払義務以外に積務を負担することになるところ、本件株式譲渡契約と覚書とは、実質的に一体のものと認められるから(〔証拠略〕)、本件株式譲渡契約において定められた代金六億五〇〇〇万円は、本件株式をそのような負担付きで取得することに対する対価として合意されたものと認められる。
そして、本件株式譲渡契約の締結前から本件建物の改修費用として六億円余りの出費が見込まれていたことは前示のとおりであり、そのような状況下で、右覚書に従い、多額の投資をしてホテル営業を再開することには、企業経営上、大きなリスクを覚悟しなければならなかったものと認められる(実際、前示のように、株式会社蒲郡園地は、補修費用として約一一億五〇〇〇万円を支出し、開業後、平成二年末までの間に約七億七〇〇〇万円の営業損失を出している。)。
そうすると、前示のように、本件株式の客観的価額が概算で七億九四三八万一二八八円であったとしても、右のような負担付きであることを考慮すると、本件株式の対価として定められた六億五〇〇〇万円をもって、不相当な価額であったとすることはできない。
したがって、右代金額による本件株式の譲渡をもって、違法とすることはできない。
5 また、前記一で認定したとおり、蒲郡市議会は、昭和六一年三月二六日、本件株式について、価格を低減して被告コクドに譲渡することを承認する旨の議決(本件議決)をしている。
したがって、仮に、右価額が適正価額を下回るものであったとしても、本件株式譲渡契約は、地方自治法二三七条二項に反しないというべきである。
6 もっとも、原告らは、本件議決は「不存在」であるか、又は存在するとしても、本件株式譲渡契約を適法とする効果を付与すべきではないと主張する(前記第二の二3(二)(5))ので、以下、この点について判断する。
(一) まず、前記一で認定したとおり、被告大場らは、昭和五九年二月二日、同年一二月一日、昭和六一年三月二二日の三回にわたって、蒲郡市議会の全員協議会において、議員に対して、被告コクドとの交渉経過等を報告し、それについての質問に答えるなどしているので、被告大場らにおいて、被告コクドとの交渉経過等を議員に秘匿していたということはできない。
(二) 次に、〔証拠略〕によると、昭和五九年一二月一日に開催された全員協議会において、市長公室長であった小林信雄は、昭和五九年八月に六億円という金額を市の側から出したことを説明せず、同年九月に被告コクドから六億円で買い受ける旨の話があったと説明したことが認められるが、前記一で認定したとおり、蒲郡市は、最低額として六億円を提示したものであり、六億円で買い受けると言ってきたのは、被告コクドであると認められるから、右説明は、虚偽であるとまでいうことはできない。
また、〔証拠略〕によると、右全員協議会において、右小林は、本件土地は公法上の規制が厳しい土地であると説明して、代金額が六億円であることの正当性の根拠としたことが認められるが、右3で判示したとおり本件土地が公法上の規制の厳しい土地であることは事実であり、そのことが土地の価額に影響することは明らかであるから、右説明は、虚偽であるということはできない。
さらに、〔証拠略〕によると、右全員協議会において、助役であった足立調治は、被告コクドが本件建物においてホテルを経営することには、多額の改装費を要するなど支障となる点があり、被告コクドは本当は本件建物を取り壊したいと思っているなどと説明したことが認められる。しかし、前記二2で認定したとおり、本件建物は多額の補修費を要する等の状況にあり、そのため、本件建物におけるホテル経営は採算の面で大きな不安があったのであるから、右支障がある旨の説明は事実であり、また、そのことから、足立が、被告コクドは本当は本件建物を取り壊したいと思っていると被告コクドの立場を推測したことも、必ずしも不合理であるということはできない、したがって、これらの説明も虚偽であるということはできない、
(三) 〔証拠略〕によると、(1)昭和六一年三月二二日に開催された全員協議会において、蒲郡市は、鑑定<1>ないし<3>の評価額を平均した金額を記載した資料を提出したこと、(2)鑑定<1>は、本件不動産の土地、建物、庭園の各評価額を出した後、本件建物の改装に二億九〇〇〇万円を要するとして、これを右評価額から減額して最終的な評価額を出しているが、蒲郡市では、右資料を作成するに当たって、右改装費を減額する前の評価額を鑑定<1>の評価額として用いたことが認められる。
しかし、〔証拠略〕によると、蒲郡市では、本件不動産の適正価額を算出するには、右改装費を減額する必要はないと判断して、鑑定<1>における改装費減額前の評価額を鑑定<1>の評価額として用いたものと認められ、そのような取扱いをしたことには、合理的の理由があるというべきであるから、右資料の提出をもって議員に誤った情報を提供したとまでいうことはできない。
また、鑑定<1>ないし<3>は、〔証拠略〕によると、不動産鑑定士がその専門的な知識、経験に基づき行ったことが認められるのであるから、これらの鑑定が虚偽のものであるということはできない。
(四) その他、被告大場らが、虚偽の事実を述べるなどして、議員を騙して本件議決を行わせたと認めるに足りる証拠はない。
(五) したがって、本件議決が、地方自治法九六条、一三八条の二、二三七条二項の趣旨に著しく反するものであり、「不存在」であるか、又は存在するとしても、本件株式譲渡契約を適法とする効果を付与すべきではないとの原告らの主張は失当である。
7 なお、地方公共団体が議会の議決に基づき適正な対価なくして財産を譲渡した場合であっても、それが明らかに公益上の必要がないなど、議会が裁量の範囲を逸脱し、又は裁量権を濫用して議決をしたような場合には、その財産譲渡は、違法というべきであるが、本件株式の譲渡は、前記二で認定したように「学術文化の保護奨励」という公益上の必要に基づいて行われたものであって、本件においては、議会が裁量の範囲を逸脱し、又は裁量権を濫用して本件議決をしたとすべき事情を認めるに足りる証拠はない。
第四 結論
以上判示したところによると、原告らの甲事件及び乙事件における請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 森義之 田澤剛)