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名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)1552号 判決 1988年2月25日

原告 株式会社昭和

被告 国 ほか八名

代理人 加藤光明 尾崎慎 ほか二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  名古屋地方裁判所昭和六〇年(ケ)第八一号不動産競売事件につき、同裁判所の作成した別紙配当表(一)(以下「本件配当表」という。)を別紙配当表(二)の通り変更する。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告東京総合信用株式会社、同佐藤晃を除く被告らの請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  名古屋地方裁判所は、昭和六二年五月八日、同裁判所昭和六〇年(ケ)第八一号競売事件(以下「本競売事件」という。)において、その売却代金につき本件配当表を作成した。

2  しかし、右配当表は、次に述べるように、原告に対する配当額が誤つており、これを別紙配当表(二)の通り変更すべきである。

(一)(1) 原告は、訴外株式会社藤友商事(以下「訴外会社」という。)に対し、昭和五八年八月一九日、四二〇〇万円を弁済期昭和六三年八月三一日、利息年八・二パーセント、利息の支払期日毎月末日、遅延損害金年一〇パーセントの定めで貸し渡した。

(2) 原告は、前項の債務の履行を担保するため、昭和五八年八月一九日、別紙物件目録1ないし5記載の不動産(以下「本件不動産」又は同目録の番号順に「本件1ないし5の不動産」などという。)につき同目録記載の各所有者又は共有者の間で抵当権設定契約を結び、同年九月七日、別紙抵当権目録(一)記載の通り右抵当権の設定登記を了した。

(3) 訴外会社は、昭和五八年八月末日以降毎月末に支払うべき利息金の支払をせず、原告の催告にも応じなかつたので約定により、昭和五九年八月五日、期限の利益を喪失した。

(4) 従つて、原告は、訴外会社に対し、昭和六二年五月七日現在において、前記貸金四二〇〇万円、約定利息三三〇万二八二五円(昭和五八年八月二〇日から昭和五九年八月四日まで年八・二パーセントの割合による。)及び遅延損害金一一五八万七三九七円(昭和五九年八月五日から昭和六二年五月七日まで年一〇パーセントの割合による。)合計五六八九万〇二四九円の債権を有するが、右のうち、前記抵当権により優先弁済を受けることのできる債権は元本四二〇〇万円及び遅延損害金八四〇万円の合計五〇四〇万円である。

(二)(1) 本件配当表によれば、本件1、4、5の不動産のうち佐藤晃(以下「被告佐藤」という。)の持分に対する原告の抵当権が被告東京総合信用株式会社(以下「被告東京総合」という。)の仮差押え(以下「本件仮差押え」という。)の登記の後に登記されたものであるとしている。

(2) しかし、被告東京総合は、昭和六二年五月七日、本件仮差押申請を取下げたので、右仮差押えは失効した。

(三) 従つて、右仮差押えが有効であることを前提とする本件配当表は、別紙各当事者の本件配当表に対する意見一記載の通り、誤りであり、右表のうち、配当等実施額欄記載部分は、別紙配当表(二)の通りに変更されるべきである。

3  原告は、本競売事件の配当期日において、本件配当表のうち前項の部分につき異議を述べたが、異議が完結しなかつたので本訴に及んだ。

二  被告東京総合、同佐藤を除く被告らの請求の原因に対する認否

請求の原因1、2の(一)、2の(二)の(1)、3は認め、同2の(二)のうち、被告東京総合が、原告主張の日に本件仮差押えの取下げ手続をしたことは認め、その余は争う(本件配当表が適法であるとする理由は、別紙各当事者の意見二ないし七の通りである。)。

三  被告らの抗弁

1  国民金融公庫

(一) 同被告は、訴外会社及び被告佐藤に対し、それぞれ貸金債権一七〇万円及び執行費用債権一三五〇円の合計一七〇万一三五〇円の債権を有している。

(二) 被告国民金融公庫は、本件不動産につき、前項の貸金債権を被保全債権とする名古屋簡易裁判所の不動産仮差押命令を得、昭和五八年一一月一九日、右につき登記がされた。

2  財団法人名古屋市小規模事業金融公社

(一) 同被告は、被告佐藤に対し、貸金債権一五七万〇三七六円及び損害金七四万八七五五円の合計二三一万九一三一円の債権を有していた。

(二) 被告財団法人名古屋市小規模事業金融公社は、本件不動産に対する被告佐藤の持分につき、前項の債権を被保全債権とする不動産仮差押命令を得、昭和五九年一一月一三日右につき登記がされた。

3  財団法人公庫住宅融資保証協会

(一) 同被告は、被告佐藤との委託契約に基づき、訴外住宅金融公庫に対し、被告佐藤の同公庫に対する債務五〇九万七三八五円を代位弁済したことにより、被告佐藤に対し、右弁済金及びこれに対する遅延損害金等六八万一八七〇円の債権を有していた。

(二) 右のうち五六一万一九九一円は、右代位弁済により、同公庫から代位した本件4、5の不動産に対する別紙抵当権目録(二)記載の抵当権に基づき配当を受けたが、なお利息及び損害金一六万七二六四円の債権を有する。

4  千代田火災海上保険株式会社

(一) 同被告は、被告佐藤に対し、昭和五三年一二月一四日、被告佐藤と訴外第一住宅金融株式会社の間で締結した二〇〇〇万円の金銭消費貸借契約の被告佐藤の弁済を保証するため、同日被告千代田火災海上保険株式会社と被告佐藤の間で締結した住宅ローン保証契約により、被告佐藤が昭和五九年四月以降右訴外会社に対する弁済を怠つたことに基づき、被告千代田火災海上保険株式会社が右訴外会社に弁済したことによる保険金求償債権一九六一万四七六六円及び内金一八六二万一六九一円に対する昭和五九年一〇月一三日から昭和六二年五月八日までの年一四パーセントの割合による損害金六六九万九七二七円の債権を有していた。

(二) 右のうち二四九二万一二四四円は、本件4、5の不動産に対する別紙抵当権目録(三)記載の抵当権に基づき配当を受けたが、なお一四八万五六五四円の損害金債権を有する。

5  中小企業金融公庫

(一) 同被告は、昭和六二年五月七日現在、訴外会社に対し、昭和五四年五月一四日付けの金銭消費貸借契約に基づく貸金債権元金三一五〇万円及びこれに対する利息二五七万八六二〇円並びに遅延損害金一一四一万四八七四円の債権を有していた。

(二) 右のうち四〇六三万五〇〇〇円は本件不動産に対する別紙抵当権目録(四)記載の抵当権に基づき配当を受けたが、なお、遅延損害金四八五万八四九四円の債権を有する。

6  名古屋市

同被告は、被告佐藤に対し、別紙債権一覧表(一)記載の通りの地方税債権を有し、かつ右債権につき同表記載の通り、本競売事件において、交付要求をした。

7  国

同被告は、被告佐藤に対し、別紙債権一覧表(二)記載の通りの国税債権を有し、かつ右債権につき同表記載の通り、本競売事件において、交付要求をした。

四  抗弁に対する認否

抗弁はすべて認める。

第三  被告佐藤は、本件口頭弁論期日に出頭しないが、その陳述したと看做すべき答弁書には、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因1は認め、同2の前文、(二)、(三)及び4は争う旨の記載がある。

第四  被告東京総合は適式の呼び出しを受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

第五  証拠 <略>

理由

第一事実関係

一  原告と被告東京総合、同佐藤を除く被告らについて

請求の原因1、2の(一)、2の(二)の(1)、3及び2の(二)の(2)のうち被告東京総合が原告主張の日に本件仮差押えの取下手続を取つたこと並びに各抗弁事実は、原告と同被告らとの間に争いがない。

二  原告と被告東京総合について

同被告は、民事訴訟法一四〇条三項本文により、請求の原因を自白したものと見做す。

三  原告と被告佐藤について

1  請求の原因1は、原告と同被告との間に争いがない。

2  同被告は、請求の原因2の(一)を明らかに争わないから、民事訴訟法一四〇条三項本文により、これを自白したものと見做す。

3  請求の原因2の(二)の(1)、2の(二)の(2)のうち被告東京総合が原告主張の日に、本件仮差押えの取下手続をしたこと及び3は当裁判所に顕著な事実である。

四  全員について

<証拠略>によれば、次の事実が認められる。

1  被告東京総合が、東京簡易裁判所に対し、被告佐藤に対する立替金債権を被保全債権として、不動産仮差押えの申請をなし、右申請に基づく決定により、前記の原告の本件不動産に対する抵当権設定登記のなされる前である昭和五八年七月一九日、本件1の不動産に対する被告佐藤の持分四分の三、及び被告佐藤所有の本件4、5の不動産につき仮差押えの登記がなされたこと。

2  被告東京総合が、昭和五九年四月一一日、被告佐藤との間において、右仮差押債権につき、訴訟上の和解を成立させたこと。

3  本件1、4、5の不動産が昭和六二年二月二七日、本件競売事件において売却されたこと。

第二法律の適用

一  まず、本訴請求の原因のように配当表に対する異議の内容が手続法の解釈の誤り、即ち手続上の瑕疵を理由とする場合に、配当異議の訴を提起することができるかが問題となる。

1  手続上の瑕疵が結局配当表の実体上の瑕疵、即ち配当の額の不当をもたらす場合は、これによつて不利益を受ける債権者又は債務者は、手続上の瑕疵を理由として、配当異議の訴が許されるものと解すべきである。

2  本件において、もし作成された配当表に手続法についての解釈の誤りがあるとすれば、配当の額についても、誤りがあつたことになるから、右手続上の瑕疵を理由として、配当異議の訴が許される。

二  次に、原告が本件1、4、5の不動産の売却代金の配当を受ける権利があるかについて検討する。

1  仮差押執行のなされた不動産につき、右仮差押債権が判決等により確定して右仮差押執行が本執行に移行し(他の債権者による売却手続が開始した場合には、右仮差押債権が本執行の要件を具備しておれば、右仮差押えの執行は、右売却手続開始とともに、本執行に移行したものと同視される。)、仮差押えはその目的を達したものとしてその効力を失い(右の場合は担保権の実行としての競売につき、民事執行法一八八条により準用される同法八七条二項にいう「仮差押えがその効力を失つたとき」に当たるとして、仮差押債権者が売却代金に対する配当請求権を失い、これに対抗できない担保権者が右配当請求権を得ると解することができないことは、右仮差押えが失効する理由から明らかである。)、以後仮差押えの取下げによりその効力が失われる余地もなくなり、また仮差押えだけが取下げられても既に移行した本執行には影響がない。

2  さらに、当該不動産が売却されたときは、仮差押債権者に対抗できない右権利の取得は、その効力を失うことになり、ただ、右仮差押えにより保全された権利が配当表作成時において確定していない場合には、右仮差押債権に対する配当金が供託され、仮差押債権者が本案訴訟において敗訴し、又は右仮差押えが失効したときに、右債権に対抗できなかつた担保権者が配当を受ける権利を有するが、右仮差押債権が確定して本執行に移行し、あるいは前記の通り本執行に移行したと同視できる場合は、右仮差押債権者に対し、配当が実施され、右担保権者は、配当を受ける権利も生じる余地がなくなる。

3  本件において、被告東京総合が本件仮差押執行後、被告佐藤との間において、右被保全債権につき訴訟上の和解を成立させたことは、前記の通りであり、本件仮差押えの執行は本執行に移行したものと同視されるから、その後において被告東京総合が仮差押えを取下げしても、これによつて本件仮差押えの効力が失われることもなく、また本執行の効力にも影響を及ぼすものでもないし、さらに前記の通り、本件1、4、5の不動産が売却されたのであるから、原告の右不動産に対する権利の取得は効力を失い、右不動産の売却代金に対する配当請求権も生じる余地がない。

4  従つて、被告東京総合は本件仮差押えの取下げをしても、本件1、4、5の不動産の売却代金に対する配当請求権を失うものではなく、他方原告が右取下げにより右配当請求権を得ることはない。

三  よつて、原告の本訴請求は、その余を判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 福井欣也)

別紙 各当事者の意見

一 原告

1 民事執行法(以下「法」という。)八七条二項は、仮差押えの登記後に登記された抵当権を有する債権者は、「仮差押えがその効力を失つたとき」配当等を受けることができると定めている。同条は失効の場合をなんら限定しないものであるから、配当期日までに仮差押えが申請の取下げなどにより効力を失つた場合を含むものと解すべきである。

2 なお、法五九条三項は、仮差押えの執行が売却により効力を失うものと明定しており、同項が仮差押えの執行の失効を定めることが明らかである。売却によつて仮差押申請、命令そのものが失効するわけではない。

二 被告国民金融公庫

1(一) 法八七条二項にいう「仮差押えがその効力を失つたとき」とは、仮差押えが売却によりその効力を失う以前に執行申立ての取下げなどにより失効し、かつこれを証する書面が執行裁判所に提出された場合を意味すると解すべきである。従つて、仮差押えが売却により効力を失うまでに、仮差押申請の取下げがなされ、かつこれを証する書面が執行裁判所に提出された場合でなければ、同条項にいう仮差押えがその効力を失つたときに当たらない。

(二) 東京簡易裁判所昭和五八年(ト)第四二三号不動産仮差押事件の仮差押えの登記は、昭和六二年三月二日には競売による売却を原因として抹消されているが、被告東京総合が東京簡易裁判所に対し、右仮差押えの取下書を提出したのは昭和六二年五月七日である。従つて、同被告の仮差押えの取下げは配当手続との関係では無視されるべきである。

2(一) 東京簡易裁判所昭和五八年(ト)第四二三号不動産仮差押事件については、その被保全権利につき、東京簡易裁判所昭和五八年(ハ)第六一二二号事件が係属し、昭和五九年四月一一日、請求を全部認める旨の裁判上の和解が成立し、同被告は、昭和六〇年六月一四日執行文の付与を受け、これを名古屋地方裁判所に提出している。

(二) 従つて、仮差押債権者たる同被告は、本案訴訟において被保全権利につき債務名義を得ていたのであつて、右仮差押えの登記後に登記された抵当権者である原告が配当から排除されるのは当然であり、本配当表の記載は正当である。

三 被告財団法人名古屋市小規模事業金融公社

1 法八七条二項は、仮差押えの登記後に登記された抵当権を有する債権者は、右仮差押債権者が本案訴訟で敗訴し、又は仮差押えがその効力を失つたときに限り、配当を受けることができると規定している。すなわち、仮差押えの登記がされている場合、その仮差押えによる手続が進行している限り、その手続に参加できるすべての債権者との関係で右抵当権は無効とするというものであり、右仮差押えが換価時まで維持されている限り抵当権は無効とみなされるものである(いわゆる手続相対効の理論)。しかるに、被告東京総合の仮差押えの取下げは本件不動産の換価時より遙かに遅れ、昭和六二年五月七日である。

2 又、法は競売物件を買受ける人に負担のない物件を取得させるいわゆる消除主義の原則を採用している。よつて、仮差押えは、債権保全を目的とするものであるから、売却により当然効力を失い消除される(法一八八条、五九条三項)。従つて、法八七条二項の「仮差押えがその効力を失つたとき」とは、仮差押えが売却によりその効力を失う前に執行申立の取下げをする場合を指すのである。東京総合の仮差押えの取下げは、法律的には「消除された後の効力のない形だけの仮差押え」の取下げである。法八七条二項は、かかる効力のない仮差押えの取下げを対象としていない。

四 被告千代田火災海上保険株式会社

1 法八七条二項に「仮差押えがその効力を失つたとき」とは、仮差押えが売却によりその効力を失う(法五九条三項)までに執行申立ての取下げなどにより失効し、かつこれを証する書面が執行裁判所に提出された場合を意味する。従つて、仮差押申請の取下げについて云えば、仮差押えが売却により効力を失うまでになされ、かつこれを証する書面が執行裁判所に提出された場合に限られることとなる。

2 ところで、本件仮差押えの登記は、昭和六二年三月二日には競売による売却を原因として抹消されている。しかるに、被告東京総合が東京簡易裁判所に対し、右仮差押えの取下書を提出したのは、同年五月七日である。従つて、被告東京総合の右仮差押えの取下げは、配当手続との関係では法的に無視されるべきものである。

3 本件仮差押えの被保全債権につき、本案訴訟として東京簡易裁判所昭和五八年(ハ)第六一二二号事件が係属し、昭和五九年四月一一日、右被保全債権全額を認める裁判上の和解が成立し、昭和六〇年六月一四日執行文の付与を受けて、同年一一月債権計算書に添付されて執行裁判所である名古屋地方裁判所に提出されている。従つて、仮差押債権者たる被告東京総合は、本案訴訟において被保全債権につき債務名義を得ていたのであつて、右仮差押えの登記後に登記された抵当権者である原告が配当から排除されるのは当然である。

4 なお、仮に原告が被告東京総合に対し、前記和解調書記載の被告佐藤の債務(被保全債権)につき第三者弁済をしようとしても、債務者である被告佐藤の意思に反することが明白であり、原告の第三者弁済は無効となるのであるから、被告東京総合は依然債権を有するのであつて、これに配当するのは実質的にも相当である。

五 被告中小企業金融公庫

1 法一八八条は、担保権実行としての不動産競売につき、不動産の強制競売の規定を準用しており、法四四条、八四条、八五条、八七条、九一条、九二条の諸規定も準用されている。従つて、本件についていえば、本件仮差押えの取下げが配当手続終了後になされたとしたならば、法九一条により仮差押えの登記後に登記された抵当権があるため、配当額が定まらないときとして該当金額が供託され、その後右仮差押えが失効したとして供託金につき法九二条に従い配当が実施されるはずであつた。

2 ところで、配当異議の申し出は、配当期日において配当表が作成された後になされることを要するところ、配当期日前に本件仮差押命令の申請が取下げられたとの申し出のみをもつて配当表作成時に右仮差押えが失効しているものと取扱うべきものではない。

3 一般に保全命令の申請と保全執行の申請とは厳に区別されるべきであり、通常は同一書面により右各別の申請をしているものと解され、その逆の面として保全命令申請の取下げとその執行の取消しは本来別個のものであり、保全命令の申請の取下げがなされても保全執行が存続する場合もあるのである。尤も、不動産仮差押えの場合のように、仮差押命令発令裁判所が同時に執行裁判所の資格を兼併し、かつ保全執行が保全処分と密着し、命令の申請のみ取下げ、執行処分を存続させる実益がない場合には通常は右命令の取下げには同時に執行申請の取下げが包含されていると解され、保全処分の執行裁判所である保全命令管轄裁判所は保全処分の取下げにより執行取消し決定をし、仮差押えの登記の抹消登記の嘱託手続をすることになる。

4 担保権実行としての不動産競売手続の場合には代金完納による買受人への権利の移転登記の嘱託とともに仮差押えの登記の抹消登記の嘱託とともに仮差押えの登記の抹消登記の嘱託もなされ(法八二条の準用)、仮差押申請の取下げにより改めて仮差押えの登記の抹消登記の嘱託の手続は要しないが、それは競落した買受人との関係でなされるのであり、右仮差押えの登記が抹消されてもその後の競売手続の関係では観念的にはなお仮差押えの執行処分は存すると云わなければならない。

5 保全処分執行の取消しについてその取消し申請が当該保全処分命令申請人以外の者によるときは、法のもとでは保全命令の申請が取下げられた旨の保全命令管轄裁判所書記官の証明書が執行機関に提出されれば執行が取消しされることになつており、配当手続においても執行処分の取消しの意義は存すること、仮差押命令の管轄裁判所と不動産競売手続の配当をなす執行裁判所が異なることに鑑みれば、本件については、本件仮差押えの申請取下げについての同命令発令裁判所の証明書が配当をなすべき本件執行裁判所に提出されて初めて配当手続において本件仮差押命令が失効したものとして取り扱われるべく、右提出がなされない限り、なお本件仮差押えが存続するものとして取り扱わざるを得ないと解する。

六 被告名古屋市

1 法は、仮差押えの登記後に登記された抵当権を有する債権者は、仮差押債権者が本案の訴訟において敗訴し、又は仮差押えがその効力を失つたときに限り、配当を受けることができる(法八七条二項)と定めている。

2 この法八七条二項にいう効力を失つたときとは、仮差押えが売却により効力を失う(法五九条三項)までに執行申立ての取下げなどにより失効したことを指し、売却によりその効果として仮差押えが効力を失つた段階においてはもはや法八七条二項にいう「仮差押えの失効」とはならない。

3 原告の主張する抵当権が本件仮差押えの登記後に登記されていることは、原告の自陳するところである。

4 とすれば、本件仮差押えが昭和六二年五月七日取下げられたことをもつて、本件仮差押えが失効したとの主張はそれ自体失当である。

5 なお、被告千代田火災海上保険株式会社主張の3と同旨。

七 被告国

1 法八七条二項で明らかなように、仮差押えの登記後に登記された抵当権等は、仮差押債権者が本案で勝訴したときは無視されるが、本案で敗訴し、または仮差押えがその効力を失つたときは、その順位に応じた優先権に基づいて配当等を受けられるのである。従つて、この場合の配当表は、仮差押債権者がその本案において勝訴する場合と敗訴する場合の二種類を作成し、両者に共通する額のみ配当を実施し、その余は供託され、右本案の決着がついてから追加配当を実施しなければならない、とされている。ところで、本件仮差押えについては、東京総合が昭和五九年四月一一日、東京簡易裁判所において訴訟上の和解(昭和五八年(ハ)第六一二二号)が既に成立し、債務名義を有するものとして昭和六〇年一一月二一日名古屋地方裁判所に債権の届出をなしたので、同裁判所は本件仮差押えは債務名義を有する債権者として配当表を作成したものである。

2 本件のように他の債権者の申立てにより競売の実行がなされた場合、仮差押登記及びこれに劣後する抵当権設定登記が経由されている競売不動産の競売手続における仮差押え及び抵当権の帰趨については、売却許可決定確定までに仮差押えの執行が取消されない限り、売却許可決定の確定により、仮差押債権者は売却代金の配当を受け得る地位を取得する反面、仮差押えの執行及び仮差押債権者に対抗できない抵当権は売却によりその効力を失い、買受人がその代金を納付したときに仮差押登記は抹消されるので、もはや仮差押えの失効は考慮の対象とはならないものと云うべきである。そして、仮差押えに遅れる抵当権者が右競売手続における配当等に加えられるかどうかについては、法はこれを仮差押えの帰趨に係らしめることにし、前記の通り抵当権者は、仮差押債権者が本案の訴訟において敗訴し、又は仮差押えがその効力を失つたときに限り、配当を受けられることができるものとした。従つて、仮差押債権者が配当期日までに、本案訴訟において債務名義を得たうえ、これを執行裁判所に提出すれば、仮差押債権者はその被保全債権について配当等に加えられるが、これに劣後する抵当権者は配当から除外され反対に仮差押債権者が配当期日までに本案訴訟において敗訴し又は仮差押えが売却によりその効力を失うまでに執行申立の取下げなどにより失効したときは、これを証する書面が執行裁判所に提出されれば、仮差押債権者は配当手続から除外されるがこれに劣後していた抵当権者は配当に加えられることになる。ところで、本件では、前記の通り、原告の抵当権に優先する仮差押債権者である被告東京総合は、配当期日までに本案訴訟において和解によりその債権について債務名義を得たうえ執行文の付与を受け、執行裁判所に対し債権の届出をなし、また売却決定の確定前に執行申立の取下げをしたものでもないから、執行裁判所が被告東京総合に劣後する抵当権者である原告を無視して本件配当表を作成したことは適法である。

配当表 <略>

物件目録 <略>

抵当権目録 <略>

債権一覧表 <略>

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