名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)1913号 判決 1989年5月08日
原告 株式会社中京銀行(旧商号 株式会社中京相互銀行)
右代表者代表取締役 中野仁
右訴訟代理人弁護士 鈴木匡
同 大場民男
同 吉田徹
同 鈴木雅雄
同 中村貴之
被告 野﨑功一
右訴訟代理人弁護士 河上幸生
主文
被告は原告に対し金八八二万八〇〇〇円及び内金四六〇万円に対する昭和六二年二月五日から、内金四二二万円に対する昭和六一年一二月二六日から各完済まで年一四パーセントの割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
一、原告は、主文一、二項と同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり主張し、被告主張の事実は否認すると述べた。
1. 百合草昇三(以下「百合草」という)は原告に対し、昭和五八年三月三一日左記の内容を含む相互銀行取引約定をなした。
記
百合草が原告に対する債務を履行しなかった場合には、支払うべき金額に対し、年一四パーセントの割合の損害金を支払う。
2. 被告は、昭和六一年一〇月三一日、百合草の原告に対する相互銀行取引によるいっさいの債務について連帯保証した。
3. 原告は百合草に対し、昭和六一年一〇月三一日、別紙手形目録記載の約束手形にて弁済期を昭和六二年二月四日として金四六〇万円を貸付けた。
4. 原告は百合草に対し、昭和六一年一〇月三一日、左記約定のもとに金四三〇万円を貸付けた。
(1) (元金の返済期、方法) 昭和六一年一一月より毎月二五日限り金七万二〇〇〇円宛原告銀行の営業所へ持参して支払い、昭和六六年一〇月二五日完済する。
(2) (期限の利益の喪失) 債務の支払を一回でも遅滞したときは当然期限の利益を失い、ただちに債務を弁済する。
5. 被告は、右同日、百合草の原告に対する4項債務について連帯保証した。
6. 百合草は昭和六一年一二月二五日の支払を遅滞した。
7. よって原告は、3項の貸付金元金四六〇万円及び弁済期日の翌日である昭和六二年二月五日から完済まで、4項の貸付金残金四二二万八〇〇〇円及び履行遅滞となった日の翌日である昭和六一年一二月二六日から完済までの各遅延損害金の支払を求める。
二、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因5項は否認し、その余の事実はいずれも知らないと述べ、次のとおり主張した。
被告は、昭和五九年一二月中旬ころ百合草が借入れる金四〇〇万円について連帯保証人となったことがあり、その際印刷された部分以外は全て空白のままの何通かの書類に署名押印し、印鑑登録証明書を交付したことがあり、かつ右金四〇〇万円の借入金の借りかえのためと言われて書類に署名し、いわゆる実印を百合草に渡したことがあるが、本件は右書類等を冒用されて作成された書類に基づくものである。
三、証拠関係<省略>
理由
一、請求原因1、3、4、6項については、成立に争いのない甲第一号証の二、第四号証の二、三、証人早川紀之の証言とこれにより成立の認められる甲第一、三号証、第四号証の一(被告作成部分については後述)、第六号証、第七号証の一、二、第八号証の一、二(被告作成部分については後述)、弁論の全趣旨によってこれが認められ、右に反する証拠はない。
二、そこで、請求原因2、5項の被告の連帯保証(以下「本件保証」という)について判断する。甲第四号証の一の被告署名部分が被告の署名であることは当事者間に争いがなく、その余の部分についての成立は前記のとおりであるから全部真正に成立したと認められる甲第四号証の一、第七号証の一、二、第八号証の一、二、証人早川紀之の証言、甲第一号証、証人野﨑みさのの証言及び弁論の全趣旨によって成立の認められる甲第一一号証、証人野﨑みさのの証言及び被告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)によれば次の事実が認められる。
1. 原告と百合草とは、昭和五九年三月三一日ころから取引があり、同年一二月二〇日ころ百合草は原告から金四六〇万円を借入れ、被告はこれに連帯保証した。
2. 昭和六一年一〇月ころ、百合草から新規貸出の申入れがあり、原告は右借入金の未返済分の借りかえを含めて新規貸出をすることとした。
3. 原告従業員早川紀之(以下「早川」という)は、同月三〇日、甲第二号証の一、第四号証の一等の必要書類を百合草に渡すとともに印鑑登録証明書等をそろえるように言っておいた。
4. 早川は、同月三一日、被告に署名押印をしてもらうため、被告の勤務先に電話したところ、被告が百合草の事務所に赴くと言ったため、百合草の事務所で書類を作成することとした。そこで早川は右事務所に行ったが、被告はまだ来ておらず、早川は、被告が来る前に被告の印鑑登録証明書を中嶋美智子から渡された。
5. その日、百合草の事務所には、百合草、右中嶋美智子、百合草の妹夫婦、被告、早川が集まり、右百合草に対する貸付金に関する書類、すなわち、甲第二号証の一、第四号証の一、第七号証の一、二、第八号証の一、二が作成された。
三、被告は、この点につき、昭和六一年一〇月三一日に署名押印したのは甲第五号証のみであり、かつ、甲第五号証に被告が署名押印したときは印刷されたところ以外はすべて空白であった旨供述(乙第二号証を含む、以下同じ)する。しかし、証人辻野和彦の証言とこれによって成立の認められる甲第九、一〇号証によれば、甲第五号証は昭和六一年一〇月三一日に早川が百合草の事務所に持参して被告に署名してもらったものであるが、その際は甲第九号証のごとく、押印がなされず、日付、連帯債務者等の記載がなく不備であったため、辻野が指示して甲第一〇号証のごとく被告名下の押印、収入印紙に押印をもらい、下段の主債務者、日付を補充し、その後その余の空白欄を補充して甲第五号証となったことが認められる。したがって、甲第五号証の署名と押印は同一の機会になされたものではないから、同一機会に署名押印したという被告の供述はとうてい措信できない。また、被告は昭和六一年一〇月三一日以前にも書類を書かされたことがあるので甲第九号証はそのうちの一枚と思う旨供述(第二回)するが、甲第五、九、一〇号証は、前記の補充部分以外の手書押印部分を対照するとその配置、筆跡等が全く同一であるから、同一書面によるものであることが明らかであって、右供述は全く措信できない。右は供述と矛盾する客観的な証拠につじつまを合わせるために、後から考えたものと思われる。
ところで、証人早川は、甲第五号証は昭和六一年一〇月三一日に作成してもらったものではない旨証言する。しかし、同人の証言によれば、甲第五号証の証書の種類、記載金額、付属書類の各欄は同人が記載したこと、甲第五号証は、折れ目がなく郵送した形跡がないこと、同人は昭和六一年一一月一九日転勤により百合草との取引担当でなくなったことが認められる。右によれば、甲第五号証の早川記載の各欄は、昭和六一年一一月一九日より前に作成されたものであり、本件全証拠によるも被告は本件保証に関する書類作成のために原告の支店に赴いた形跡はないから、甲第五号証は原告の従業員が持参しこれに被告の署名や押印をもらったものと推認される。また証人辻野の証言によれば、同人は早川に甲第五号証によって保証意思を確認するよう指示したことが認められ、さらに、本件全証拠によるも昭和六一年一〇月三一日以降に被告が本件保証に関する書類に署名した形跡はない(被告本人も甲第五号証が最後である旨供述している)から、前記のような甲第五号証の作成経緯に照らし、甲第五号証の被告の署名は昭和六一年一〇月三一日に作成されたものと認められる。したがって、この点についての証人早川の証言は措信できないが、同証人は、直接保証人と面談していることは前記のとおり(被告も認める)であるから、甲第五号証の書類を作成する必要性はさほど大きくないうえ、前記のとおり、同日作成されたのは甲第九号証のごとき部分のみであり、いわば不完全な書類であったから、同証人の記憶に強く残らなかったとしても不自然とはいえず、この点は前記認定を左右するものではない。
四、さらに、被告は、甲第四号証の一、第七号証の一、二、第八号証の一、二の書類は、昭和六一年一〇月三一日以前に百合草に言われるまま印刷部分以外は全く空白の書類に署名押印した旨供述する。しかし、被告の供述によれば、被告は昭和五九年の金四六〇万円の借入れについて連帯保証人となる以前に被告の兄の保証人になっていたことが認められるから、保証の意味について充分認識していたものと考えられるところ、いくら信用していたとはいえ、客として出入りしていた関係で建ててもらったにすぎない百合草(被告の供述)に言われるまま印刷された以外の部分はすべて空白の借金に関する多数の書類に署名押印するということは極めて不自然である(被告の供述によれば、本件以外にも多数の書類がある)。右のうち、前記昭和五九年の連帯保証の際の書類については、証人野﨑みさのの証言によれば百合草と中嶋美智子の署名押印、金額欄の記載のある書類があったことが認められるから、この点についての被告の供述は措信できないことは明らかである。そして、甲第四号証の一、第七号証の一、二、第八号証の一、二の被告署名部分は、いずれも署名部分としては三人目、連帯保証人としては二人目に統一されており、被告以外の署名押印部分との間に不自然さは全くない。さらに、右各書類には収入印紙にも押印があるが、印刷以外の部分が全く空白の書類に収入印紙を貼用し、そこに押印をもらったというのは不自然の感を免れない。さらに、右書類の用紙は、いずれも原告あるいは愛知県信用保証協会に保管されているものであると考えられ、百合草、中嶋らが勝手に入手できる性質のものではなく、かつ、原告あるいは愛知県信用保証協会が、融資等も行なわないのに用紙のみを取引先等に渡すとは考え難いから、本件保証と無関係なときに右書類が作成されたとは考えられない。また、被告の供述によれば、昭和六一年一〇月二七日、同月三一日の書類作成のことは妻みさのには「内証ね」と言われたことが認められるが、同人は昭和五九年の保証の際に立会っており、右保証の書き換えであれば、債務、責任が特に加重されるわけではなく、やむを得ない部分もあるところであるから同人に内密にする必要性は乏しいうえ、証人早川の証言によれば、早川が被告と面談した目的は被告の保証意思の確認にあること、甲第五号証によれば、同書面は本来郵送による保証意思の事後確認のためのものであることがそれぞれ認められるところ、早川が被告と面談した際、甲第五号証のみが作成されたとは考え難く、むしろ本件保証に関する前記書類が作成されたものと考えるのが自然である。以上の事実によれば、前記認定に反する被告の供述はとうてい措信できず、他にこれを左右する証拠はない。
五、次に甲第二号証の一について判断する。被告は、同証の署名部分を否認し、自分の署名でない旨供述する。しかし、同証がたとえ被告の自署でないとしても、そのことから直ちに本件保証が否定されるものではなく、かえって、以上の認定事実、特に前記のとおりの甲第五号証の作成経緯に照らし、甲第二号証の一は昭和六一年一〇月三一日に作成されたものであり、被告は金四六〇万円の連帯保証に同意していたものと認められる。
付言するに、甲第二号証の一の被告署名部分が、被告の自署によるものかどうかは明らかではない。すなわち、同証と被告の自署とを比較すると、甲第二号証の一は比較的楷書体に近く、ていねいに書かれているから、他の書類とは単純に比較し難い部分も存し、さらに、「豊」の二画、「明」の六画、「市」の一画、「台」の二画等に差異が認められるが、「7」、「丁」、「6」、「﨑」の一ないし三画、「功」の一ないし三画等に類似の点が存しており相異部分が混在している。また、被告が本法廷で書いた署名にも相異部分が存する。被告の供述によれば、被告は中学校を卒業した後鉄工所の工員として勤めており、文章等を書く機会が乏しいことが認められる。右によれば、被告の筆跡には恒常性が存するか疑問であり、恒常性に疑問があれば、筆跡自体により、自署か否かを判断することは不可能であり、この点を検討していない鑑定結果はとうてい措信できない。そのうえ、鑑定では、確実度は差異約六五パーセントとしているが、この根拠は全く示されておらず、右のような確実度を数字で示すことは非科学的で合理性がなく、右鑑定は信用できない。
六、以上によれば、甲第二号証の一、第四号証の一についての被告の供述はいずれも措信できず、右各証はいずれも真正に成立したものであり、これに反する証拠はない。よって、右各証により本件保証の事実が認められる。
七、右事実によれば、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中谷和弘)
<以下省略>