名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)3781号 判決 1991年7月31日
原告
株式会社エース電研
右代表者代表取締役
武本孝俊
右訴訟代理人弁護士
小坂志磨夫
同
小池豊
同
吉田武男
右訴訟復代理人弁護士
森田政明
右輔佐人弁護士
柏原健次
同
笹井浩毅
被告
株式会社東海コスモ
右代表者代表取締役
中川法恵
右訴訟代理人弁護士
安田有三
同
宮嵜良一
右輔佐人弁護士
高山道夫
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、別紙一(物件目録)記載の薄形玉貸機を販売し、貸し渡し、又は販売若しくは貸渡しのために展示してはならない。
2 被告は、前項の薄形玉貸機を廃棄せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 本件特許権
原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有する。
発明の名称 遊技場における薄形玉貸機
出願日 昭和五一年六月三〇日
出願公告日 昭和六一年九月一二日
登録日 昭和六二年八月一一日
登録番号 第一三九二六八二号
2 特許請求の範囲
本件特許権の明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。
「複数台のパチンコ台を並べて配置した遊技場におけるパチンコ台間に配置される金銭の投入に応じて貸玉を放出する薄形玉貸機において、縦状の紙幣と硬貨の挿入口を設け、該両挿入口に連通する取り込み通路を別々に設け、該両取り込み通路の適宜の箇所に少くとも紙幣と硬貨の検定部を設け、前記両取り込み通路および検定部等でトラブルが発生したときに、外部に表示するトラブル表示部を別々に設けたことを特徴とする遊技場における薄形玉貸機。」
3 本件発明の構成要件
本件発明は、次の構成要件からなるものである。
A 複数台のパチンコ台を並べて配置した遊技場におけるパチンコ台間に配置される金銭の投入に応じて貸玉を放出する薄形玉貸機であること。
B 右薄形玉貸機において、縦状の紙幣と硬貨の挿入口を設け、該両挿入口に連通する取り込み通路を別々に設けてあること。
C 両取り込み通路の適宜の箇所に少なくとも紙幣と硬貨の検定部を設けたこと。
D 前記両取り込み通路および検定部等でトラブルが発生したときに、外部に表示するトラブル表示部を別々に設けたこと。
E 右AないしDを特徴とする遊技場における薄形玉貸機。
4 本件発明の作用効果
パチンコ店における玉貸機は、当初、店の入口付近や景品引換カウンター付近など数箇所に設置されていただけであり、遊技客は玉を必要とする度に当該設置場所まで出向かなければならなかった。その煩雑さを解決するために生まれたのが、各パチンコ台の間に設けられた硬貨専用の薄形玉貸機(これも原告が開発したものである。)であり、これによって遊技客はパチンコ台の前に座ったままで玉を交換し得るようになった。しかしながら、本件特許出願当時既にパチンコ愛好者は一時に数百円、千円といった金額を玉と交換してプレイすることが多く、紙幣による玉貸機が要望されるに至った。しかしながら、紙幣を機械に挿入する場合は、各種の自動販売機にみられるように、紙幣を横に寝かせて挿入する方式しか存在しなかった。このような方式では、当然玉貸機の幅が広いものとなり、パチンコ台の間にこれを設置することは不可能であった(パチンコ店においては、決められたスペースに一台でも多くのパチンコ台を設置することが必要であり、幅広の玉貸機を台の間に設置することはできない。)。
本件発明は、これまで全く考えられなかった縦状の紙幣挿入口を設けるという手段を採用することによって、かかる従来の課題を解決した。すなわち、本件発明の玉貸機は、パチンコ台間に設置された玉貸機に縦状の紙幣と硬貨の挿入口を設け、玉貸機の幅を従来の硬貨専用玉貸機と同じく極く薄形のものとし、遊技客が席についたままで紙幣をパチンコ玉と交換できるようにしたものである。
5 被告装置の販売
被告は、昭和六二年二月ころから、別紙一(以下「本件物件目録」という。)記載の薄形玉貸機(以下「被告装置」という。)を販売している。
6 本件発明と被告装置の対比
(一) 構成の対比
以下のとおり、被告装置は、本件発明の構成要件のAからEまでをすべて具備している。
(1) 被告装置は、パチンコ店のパチンコ台の間に設置される薄形の玉貸機であるから、本件発明の構成要件Aを具備する。
(2) 被告装置は、縦状に構成した千円札投入口10(本件物件目録記載のもの。以下同様。)と百円硬貨投入口3とを設けるとともに、千円札投入口10に連通する取り込み通路21(千円札識別機20の部分に形成されている。)及び百円硬貨投入口3に連通する取り込み通路(硬貨の通路12から百円硬貨選別機13を経て硬貨の通路15に至る。)を設けているから、本件発明の構成要件Bを具備する。
(3) 紙幣及び硬貨の各取り込み通路の部分に千円札識別機20及び百円硬貨選別機13並びに検出スイッチ16を設けているから、本件発明の構成要件Cを具備する。
(4) 被告装置におけるトラブル表示は、七本のセグメント①ないし⑦及び一つの点セグメント⑧からなり、各セグメントを構成する発光ダイオードの点灯の組合わせにより行うようになっている。そして、硬貨の通路の検出スイッチ16の部分で詰まりが生じた場合にはセグメント①及び④ないし⑥が点灯して「C」を表示し、紙幣の通路21で詰まりが生じた場合にはセグメント①ないし③及び⑤ないし⑦が点灯して「A」を表示し、両場合にそれぞれ別のセグメントの組合せによってトラブル表示をするものであるから、本件発明の構成要件Dを具備する。
(5) 被告装置が本件発明の構成要件Eを具備していることは、右に述べたところから明らかである。
(二) 作用効果の比較
被告装置は、前述の本件発明の作用効果と同一の作用効果をもたらすものである。
7 以上のとおり、被告装置は、本件発明の構成要件をすべて充足し、かつ、本件発明と同一の作用効果を奏するものであるから、本件発明の技術的範囲に属する。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(本件特許権)の事実は認める。
2 同2(特許請求の範囲)の事実は認める。
3 同3(本件発明の構成要件)の事実は認める。ただし、原告主張の構成要件Dは、「前記両取り込み通路および検定部等でトラブルが発生したときに、」及び「外部に表示するトラブル表示部を別々に設けた」の二つの要件に分説すべきである。
4 同4(本件発明の作用効果)は争う。
5 同5(被告装置の販売)の事実は、本件物件目録の二の5の記載及び同目録中の「千円札識別機」を除き、認める。本件物件目録の二の5の記載は別紙二記載のとおりに、同目録中の「千円札識別機」は「千円札鑑別機」とそれぞれ改められるべきである。
6 同6(本件発明と被告装置の対比)は争う。この点に関する被告の主張の要旨は次のとおりである。
(一) 「薄形玉貸機」(構成要件Eを欠く。)
原告主張によれば、本件発明は要件として鑑別機を有していないというのであるから、その主張に即して本件明細書を解釈すると、本件発明の技術的範囲には、紙幣鑑別機又は硬貨鑑別機を有する薄形玉貸機は含まれないと解すべきところ、被告装置は、玉貸機内にセンサとマイクロコンピュータを内蔵する汎用の一個の千円札鑑別機20(本件物件目録記載の千円札識別機20と同じ。以下同じ。)及び硬貨鑑別機たる硬貨選別機13を有しており、かつ、これを欠いては商品になり得ないものであるから、本件発明の技術的範囲には属しない。
(二) 「取り込み通路」(構成要件B、C及びDを欠く。)
本件発明は、原告主張によれば鑑別機を要件としないものであるから、被告装置の千円札鑑別機20内のトレイ21は、鑑別機内の紙幣の通路とはいえても、本件発明の紙幣の「取り込み通路」には該当しない。
(三) 「検定部」(構成要件C及びDを欠く。)
被告装置の千円札鑑別機20内のセンサ22a及び22bは、千円札の光の透過量又は磁気量を測定するにとどまり、いずれも、紙幣の鑑別に必要な情報を収集するものではない(千円札鑑別機20内のマイクロコンピュータ26が紙幣の投入を検知し、右物理量を紙幣の鑑別に必要な情報に処理して読むと同時に真贋を判別しているものである。)。また、原告は、本件発明は紙幣の鑑別機を要素としない旨主張するのであるから、被告装置の千円札鑑別機20又はその内部構造をもって本件発明の要件に該当すると主張することは失当である。さらに、被告装置の硬貨選別機13は、硬貨の正偽を判別するものであって、原告主張の「検定部」に該当しない。すなわち、右選別機13は、データ収集ではなく、直接硬貨の正偽を判別している。
(四) 「表示すべきトラブル発生部位」(構成要件Dを欠く。)
前記(二)及び(三)のとおり被告装置には紙幣の「取り込み通路」並びに紙幣及び硬貨の両「検定部」に該当する部材がないのであるから、本件発明に定められたこれらの部位のトラブル発生もない。また、被告装置は、硬貨選別機13でのトラブル発生を表示することもない。
(五) 「トラブル表示部」(構成要件Dを欠く。)
本件発明の「トラブル表示部」はトラブル発生のみを表示する部材と解すべきところ、被告装置の釣銭等表示部8は、釣銭の返却状況を常時確認するためのものであり、正常でない状態が生じたことを表示することはあるとしても、それは釣銭表示部8を例外的に兼用しているにすぎない。
(六) 「別々に設けたトラブル表示部」(構成要件Dを欠く。)
被告装置の釣銭表示部8は、一個の部材であって、「別々」のものではない。
(七) 作用効果の相違
原告主張によれば、本件発明は紙幣の真贋を判別する作用効果を有しないものであるが、被告装置は千円札の真贋を判別する作用効果を有するものであるから、両者の作用効果はおよそ異なるものである。これは、硬貨についても同様である。また、被告装置の釣銭表示部8は、顧客の苦情申出及びこれに関する紛争を抑止するという格別の作用効果を有するものである。
7 同7は争う。
三 被告の主張
1 要旨の変更
本件明細書は、原告が昭和六〇年一一月一八日に特許庁長官に提出した手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)を経た後のものであり、また、本件補正は、出願公告決定の謄本の送達前にされたものであるところ、以下に述べるとおり、本件発明、中でも構成要件C及びDは、当初の出願に添付された明細書(別紙三。以下「原明細書」という。)に記載した事項の範囲内のものではなく、その要旨を変更するものである。したがって、特許法(以下「法」という。)四〇条の規定により、本件特許出願は、右手続補正書を提出した時である昭和六〇年一一月一八日にしたものとみなされる。
(一) 「検定部」に鑑別機能を付加したこと
原明細書の記載内容は、薄形玉貸機とは別に一個の紙幣鑑別機を設けて複数個の薄形玉貸機で共用するというものであり、検定部と鑑別機は部材としても機能としても異なるものだったのであるから、「検定部」には鑑別機能がなかった。これに対し、本件明細書の記載内容は、薄形玉貸機の内部に紙幣鑑別機を組み込んだものであり、検定部に鑑別機能を追加している。
(二) 別々のトラブル表示部とし、特定箇所のトラブルを表示するものとしたこと等
原明細書には「トラブル表示釦」という記載があるだけであったのに対し、本件明細書では、トラブル表示部を二個とし、硬貨用トラブル表示灯及び紙幣用トラブル表示灯とした上、トラブルの内容についても、特許請求の範囲に「取り込み通路及び検定部等でトラブルが発生」というように玉貸機内の特定箇所のトラブルと定めている。また、原明細書の「トラブル表示釦」とは、遊技客がこれを押してトラブル発生を示すものであるのに対し、本件明細書のトラブル表示部は、トラブル発生時に薄形玉貸機がトラブル表示灯を点灯させるものであって、両者は全く異なる。
(三) 実施例を創出したこと
本件発明の実施例を示す別紙四の本件特許権に係る特許公報(以下「本件公報」という。)の第三図及びその説明は、本件補正により初めて創出されたものである。
(四) 未完成発明を完成させたこと
本件明細書の紙幣検定部は、少なくとも紙幣の真贋を判断する部材であるところ、原明細書提出当時は、紙幣鑑別機は大型で薄形玉貸機内に入らなかったのであるから、本件発明は未完成であり、本件補正により本件発明を完成させたものである。
(五) 発明の目的及び効果を作出したこと
原明細書に記載された発明の目的は、「鑑別機を玉貸機とは別に設けて複数の玉貸機で鑑別機を共用することにより安価で玉貸機の小型化を図ることができる構成とした玉貸機を提供する」ということであった。これに対し、本件発明の目的は、「薄形玉貸機であって、これ自体によって、五〇〇円紙幣及び一〇〇〇円紙幣等の紙幣とパチンコ玉を交換できる玉貸機を提供すること」であり、原明細書記載の目的と全く異なる。
また、原明細書に記載された玉貸機についての発明の効果は、「紙幣の鑑別を行う鑑別機を玉貸機と別に設けたので、玉貸機の小型化を図ることができ、パチンコ遊技場で小さなスペースに多数の玉貸機を設置することが可能となり、実用上極めて有効である」ということであった。これに対し、本件明細書に記載された効果は、「硬貨と紙幣が用いられる薄形玉貸機であって、硬貨と紙幣用のトラブル表示部を別々に設けたので、トラブル発生原因の解明が早くつき、トラブル修復を迅速に行うことができる効果」であり、原明細書記載の効果と全く異なる。
2 無効原因の存在を理由とする技術的範囲の限定解釈
(一) 前記1のとおり本件特許出願日が昭和六〇年一一月一八日とみなされるとすると、本件発明の実施品である原告装置が同日前に市販されていたのであるから、本件の特許は、法二九条一項の規定に違反し公知公用のものに対してされたということになり、明らかな無効原因(法一二三条一項一号)を有するものである。
(二) 本件特許権のように無効原因を有することが明らかな特許権については、その発明の技術的範囲は特許明細書に示された実施例に限定されると解すべきであるところ、本件明細書に示された実施例(以下「本件実施例」という。)と被告装置を対比すると、少なくとも以下の点で両者は異なるのであるから、被告装置は、本件発明の技術的範囲に属さないものである。
(1) 本件実施例では紙幣の鑑別機たる検定部9の位置が装置の上部にあるが、被告装置の千円札鑑別機は装置の下部にある。
(2) 本件実施例では五〇〇円と一〇〇〇円の両紙幣が用いられるが、被告装置では千円札だけである。
(3) 本件実施例には二個(10、11)の異なるトラブル表示灯があるが、被告装置は、一個の釣銭等表示部8をトラブル表示に兼用しているだけである。
(4) 本件実施例では玉貸機選択釦12が五個あるが、被告装置には三個しかない。
(5) 本件実施例には釣銭表示部がないが、被告装置には釣銭等表示部8がある。
(6) 本件実施例には釣銭切れ表示ランプがないが、被告装置には同ランプ9がある。
3 先使用による通常実施権
仮に、被告装置が本件発明の技術的範囲に属するとしても、以下のとおり、被告はコスモ・イーシー株式会社(以下「コスモ・イーシー」という。)の販売代理店として同社の製造する被告装置を販売しているところ、コスモ・イーシーは被告装置に関し先使用による通常実施権を有するのであるから、被告の被告装置販売行為は適法であり、本件特許権を侵害するものではない。
(一) 株式会社アイラブユー(以下「アイラブユー」という。)は、昭和六〇年春ころ、本件発明の内容を知らないで被告装置と同一の構成の薄形玉貸機の発明を完成し、日本国内において、「わざ」の商標で薄形玉貸機の製造販売事業を開始し、原告が前記手続補正書を提出した同年一一月一八日の時点でも、その事業を継続していた(<証拠>)。
(二) アイラブユーは昭和六一年一一月一五日破産宣告を受けたところ、同年一二月一五日、コスモ・ワールド株式会社(以下「コスモ・ワールド」という。)は、アイラブユー破産管財人との間で、アイラブユーが行っていた薄形玉貸機「わざ」の製造販売事業等を譲り受けること、コスモ・ワールドは、これを更に同社が新たに設立する会社に譲渡できること等を合意した(<証拠>)。
(三) コスモ・ワールドは、前項の合意に基づき、昭和六二年二月一〇日、コスモ・イーシーを設立し(<証拠>)、同社に対し、右合意により取得した薄形玉貸機の製造販売事業を譲渡した。
(四) コスモ・イーシーは、右設立日以降、アイラブユーが「わざ」の商標で販売していた薄形玉貸機を「コスモシステム一一〇〇」の商標で販売してきており(<証拠>)、被告は、右商品(被告装置)をコスモ・イーシーの販売代理店として販売している。
(五) 被告装置は、アイラブユーが製造販売していた薄形玉貸機「わざ」と同一のものである(<証拠>)。
4 出願時に公知の技術の実施
被告装置は、アイラブユーが昭和六〇年春ころに完成して「わざ」の商標で販売を開始した装置と同一のものであり、前記1のとおり本件特許出願日が昭和六〇年一一月一八日とみなされるとすると、出願前に公知となっていた技術を実施したものということになるのであるから、原告の権利を侵害するものではない。
5 権利の濫用
被告装置は、アイラブユーが昭和六〇年春ころに完成して「わざ」の商標で販売を開始した装置と同一のものであり、前記1のとおり本件特許出願日が昭和六〇年一一月一八日とみなされるとすると、出願前に公知となっていた技術を実施したものということになる上、原告は、被告装置が「わざ」と同一のものであることを熟知し、本件訴訟に先立つ仮処分申請事件において被告装置が「わざ」と同一であると主張していたのであるから、原告の本件権利の行使は、権利の濫用に当たり許されない。
6 訴訟上の信義則違反
原告は、硬貨及び紙幣の両「検定部」につき、昭和六〇年一一月一八日、手続補正により明細書及び図面を訂正し、本訴において、右補正後のものを権利の明細書及び図面として請求原因を主張しているのに、右主張並びに権利の明細書及び図面の記載と矛盾し、右両検定部はいずれも硬貨又は紙幣の真贋を判別するものではない旨主張して本訴を維持しているのである。両検定部に関する原告の右主張は、訴訟を不当に形成・維持するためのものであるから、民訴法上の信義則に違反するものというべきである。
四 被告の主張に対する認否
被告の主張はすべて争う。
五 原告の反論
1 本件発明と被告装置との対比について
(一) 鑑別機の有無等について
鑑別機の有無は本件発明の構成要件となっていないが、そのことは、「鑑別機が玉貸機内に設置されていない」ということを要件としていることとは異なるのであるから、被告装置がその内部に鑑別機を有する点で本件発明と相違する旨の被告の主張は、特許請求の範囲に記載のない事項を恣意的に加入してその技術的範囲を定めようとする被告独自の見解である。また、右見解に基づき、「取り込み通路」、「検定部」、「トラブル発生部位」等の存在を否定する主張も失当である。
(二) 検定部について
紙幣の真贋の判定は、そのための情報の検出収集を行う部門(検定部)とその情報による判定を行う部門(鑑別部)という二段階の部門に区分して行われることが必須であり、本件発明にいう「検定部」は、紙幣の真贋を選別ないし識別するための判断資料の検出収集の部門であるところ、被告装置においては、千円札識別機20内のセンサ22a及び22bで光電的、磁気的に千円札を検知したデータ(これが紙幣の鑑別に必要な情報に当たると解すべきである。)が、電気信号となってマイクロコンピュータ26に送られ、そこで紙幣の真贋の判定を受けるのであるから、センサ22a及び22bの存する部分は本件発明の「検定部」に該当する。
また、被告装置の硬貨選別機13は、本件特許出願当時周知慣用されていた機械式選別機(コインセレクタ)、すなわち、主として硬貨の形状、寸法、重量等の形態的・力学的特徴を検出することによって、即時機械的に真贋の判断をも行うものであり、これが「検定部」の要件を充足していることは明らかである。
(三) トラブル表示部について
本件発明の「トラブル表示部」はトラブル以外の表示を兼ね得ないものではないし、被告装置の釣銭表示部8は、トラブルが硬貨又は紙幣のいずれの関係で生じたのかをそれぞれ別異のセグメントの組合せにより表示するものであるから、「トラブル表示部を別々に設けた」ものということができる。
2 要旨の変更がないことについて
(一) 「要旨の変更」の意義
「発明の要旨」は出願明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定められる技術的範囲であり、「明細書の要旨」は出願明細書又は図面に記載された技術事項の範囲によって画されるものであるが、出願公告決定謄本の送達前の補正については、「明細書の要旨」の変更か否かが適否判定の基準となり、出願明細書及び図面の範囲(すなわち、「明細書の要旨」)内で「発明の要旨」の変更を行うことが許される。したがって、出願人は、出願明細書で特許請求された発明に代えて、特許明細書又は図面に記載された事項の範囲内で別個の発明を抽出構成し、特許請求された発明を新たな発明に変更することが当然予定されているのであり、本件補正は正にそのような補正である。なお、右の出願明細書に記載された事項の範囲内とは、出願明細書に直接的に表現されたものにとどまらず、出願時において当業者が客観的にみて記載されたものと同視できる自明事項を含めて出願明細書に開示された技術事項の範囲内ということを意味すると解すべきである。
以上の見解を前提にしてみると、本件明細書の特許請求の範囲に記載された本件発明の内容は、原明細書の特許請求の範囲に記載された発明の内容を変更するものではあるが、すべて原明細書又はこれに添付された図面に記載された、又は記載されたものと同視できる事項に含まれるものであり、本件補正は明細書の要旨を変更するものではないというべきである。
(二) 検定部について
本件発明の「検定部」とは、紙幣及び硬貨の真贋判別の判断資料を収集し、これを電気信号に変えて鑑別部に電送する部門であって、これは原明細書に記載された検定部と全く同義である。すなわち、本件補正に当たっては、紙幣の検定部については、出願時において検定部と一体化したコンパクトな鑑別部を備えた紙幣識別機が公知であったことに鑑み、鑑別機、鑑別部、鑑別等の構成要件ないし機能を一切取り込むことなく、発明の構成要件としては「少なくとも検定部」の存在することをもって足りるとしたのであり、また、硬貨の検定部については、出願時に存在した種々の硬貨選別機により行われていた周知の知見に基づき、硬貨の寸法、重さ等の測定機構のみをとらえて、これを「少くとも検定部」を設けることとしたものであるから、「検定部」は鑑別機能を有しないものであることが明らかである。
(三) トラブル表示部について
原明細書の「トラブル表示釦」が玉貸機の硬貨部門と紙幣部門の両方に生ずるトラブルを外部に表示する部門であることは当業者に自明の事柄であって、本件補正は、当業者に自明な原明細書の記載を明確にしたものにすぎない。また、「釦」という用語には、それを遊技者等が押すものや形状を釦状のものに限定する技術的意義は何らないものである。
(四) 発明の完成について
本件補正においては、紙幣鑑別部を薄形玉貸機と別体に設けるか、それとも検定部と鑑定部を一体化したコンパクトな紙幣識別機を採用して一体化するかという点については、実施に当たっての選択に譲り、発明の必須の構成要件としないこととしたにすぎず、本件補正により本件発明を完成させた旨の被告主張は失当である。
(五) 実施例及び目的効果の作成の主張について
本件明細書第3図は原明細書と同一ではないが、これは原明細書の第3図及び第4図並びに出願当時既に汎用されていた硬貨用薄形玉貸機の周知自明な構成に基づいて補充訂正したり、トラブル表示釦を詳細かつ明瞭に表現したものにすぎない。
また、原「明細書の要旨」(記載された技術事項)の範囲内から原明細書の「発明の要旨」(特許請求の範囲)と異なった発明を抽出することが許される以上、それに伴って発明の作用効果が異なることは当然予定されているところである。
3 先使用による通常実施権について
コスモ・ワールドがアイラブユー破産管財人から譲り受けたのは、「パチンコ自動玉貸機について破産管財人が有する一切の実用新案権及び特許権並びにこれらに付随する権利」であって、本件特許権に係る先使用権(通常実施権)はその対象に含まれていないし、玉貸機を製造販売する営業を譲渡の対象とするものでもない。したがって、コスモ・イーシーは、アイラブユーの先使用による通常実施権を承継していない。
また、破産会社の実施に係る事業というものは考えられない。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1(本件特許権)及び同2(特許請求の範囲)の各事実は、当事者間に争いがない。また、同3(本件発明の構成要件)の事実は、原告主張の構成要件Dを「前記両取り込み通路および検定部等でトラブルが発生したときに、」及び「外部に表示するトラブル表示部を別々に設けた」の二つの要件に分説すべきであるか否かの点を除いては争いがなく、右の点は、いずれに解しても、本件発明と被告装置との対比をするに当たり、特段の差異を生じないものということができる。
二被告は、本件の特許は公知公用のものに対してされたもので無効原因を有するから、本件発明の技術的範囲は明細書に示された実施例に限定されると解すべきである旨主張する(被告の主張2)。
しかしながら、特許権は、行政処分である設定の登録(法六六条)により発生するものであり、特許を無効とすべき旨の審決が確定したときは初めから存在しなかったものとみなされる(法一二五条本文)反面、右審決の確定までは、設定の登録に重大かつ明白な瑕疵のない限り、適法かつ有効に存続するものであるところ、本件においては、設定の登録に存する瑕疵が明白であることについての主張立証がないので、本件特許権は適法かつ有効に存続するものとして扱わざるを得ない。そして、当該特許発明の技術的範囲は願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(法七〇条)とされているのであるから、仮に、特許発明が出願時に全部公知であったり、公然実施されていたとしても、当該特許権を無効とする審決が確定しない以上、当該特許発明の技術的範囲は明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定められると解すべきであって、被告主張のように実施例に限定されると解することは、法七〇条の規定に反するものであって許されない。もっとも、特許権は、出願時の技術水準と比べて新規で進歩性のある発明に対して付与されるのであるから、いかなる発明に対し特許権が与えられたのかを考察するに際しては、出願当時の技術水準を考えざるを得ず、出願当時において公知であり、又は公然と実施されていた技術が明細書の特許請求の範囲の記載中に含まれていたとすれば、その特許発明の技術的範囲を具体的に確定するに当たっては、右公知公用の部分を除外して新規な発明の趣旨を明らかにするように制限的に解釈するのが相当である。しかし、明細書の特許請求の範囲に記載された事項の全部が公知であったり、又は公然実施されていたものであった場合にも右の考察方法を推し及ぼせば、特許請求の範囲は皆無であるとせざるを得ず、当該特許権を無効と解する場合と何ら差異がないこととなり、設定の登録の行政処分性に照らして相当でない結果をもたらす。したがって、右のように公知公用の部分を除外すると新規な発明として意味をなさない場合には、制限的解釈が相当でない場合であるとして、当該特許発明の技術的範囲は、明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきであるというほかない。このように解したとしても、公知公用の技術に対して誤って付与された特許権に基づく権利行使は、特段の事情のない限り権利の濫用として許されないと考えられるし、また、裁判所としては、必要があるときは審決が確定するまで訴訟手続を中止することもできる(法一六八条二項)のであるから、被告の主張を採用しなくても、不合理な結果を招くことを避けることが可能である。むしろ、被告の主張による場合には、特許権が公知公用の技術に対し誤って付与された場合でも、明細書に記載された実施例に限っては、特許権に基づく使用の差止めを認めるという不合理な結果となるし、また、技術的にあまり意味のない細部の構成が実施例と異なる場合にも非侵害と認めるか否か等の疑問を払拭することができないのである。
したがって、本件発明の技術的範囲を本件明細書記載の実施例に限定すべき旨の被告の主張は、本件特許権に無効原因が存するか否かについて判断するまでもなく理由がないので、採用することができない。
三そこで、本件明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて、被告装置が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて検討する。
1 構成要件Aについて
本件物件目録のうち当事者間に争いのない二の1及び7の記載並びに第1図ないし第3図(ただし、「千円札識別機」を「千円札鑑別機」とすべきか否かの点は暫く措く。以下同じ。)によれば、被告装置が複数のパチンコ台を並べて配置した遊技場におけるパチンコ台の間に配置される金銭の投入に応じて貸玉を放出する薄形玉貸機であることは明らかであるから、被告装置は、本件発明の構成要件Aを充足するものということができる。
2 構成要件Bについて
本件物件目録のうち当事者間に争いのない二の2の記載並びに第2図及び第3図によれば、被告装置には縦状の千円札投入口10と縦状の百円硬貨投入口3が設けられていることを認めることができる。また、同目録のうち当事者間に争いのない二の4及び7の記載並びに第3図によれば、被告装置には百円硬貨投入口3に連通する硬貨の通路12が硬貨選別機13に至るまで設けられており、硬貨選別機13には硬貨の通路14及び15が連通していること、硬貨を百円硬貨投入口3より投入すると、硬貨は通路12を経て硬貨選別機13に入り、真の百円硬貨の場合は硬貨の通路15に送られるものであり、右硬貨の通路12及び15は硬貨挿入口に連通する取り込み通路であると認めることができる。さらに、本件物件目録の二の5の記載のうち、千円札投入口10に接続して千円札識別機(被告の主張によれば千円札鑑別機。以下右の留保を前提として「千円札識別機」という。)20が設けられていること、千円札が千円投入入口10から投入されると千円札搬送用モータ24が駆動して千円札搬送用ベルト23によって右千円札を紙幣の通路たるトレイ21内に搬送すること、及び右千円札が真であれば千円札搬送用モータを正方向に駆動させてこれを回収することはいずれも当事者間に争いがなく、これに同目録のうち当事者間に争いのない第4図を合わせると、被告装置のトレイ21は千円札投入口10に連通する紙幣の取り込み通路であると認めることができる。以上の事実によれば、被告装置は、縦状の紙幣と硬貨の挿入口を設け、該両挿入口に連通する取り込み通路を別々に設けてあるということができるので、本件発明の構成要件Bを充足するものということができる。
被告は、本件発明は鑑別機を要素としないものであるから、千円札鑑別機20内のトレイ21は、鑑別機内の紙幣の通路といえても本件発明の紙幣の「取り込み通路」には該当しない旨主張するが、後記四の1において詳述するとおり、本件発明の「検定部」は鑑別の機能を有する(鑑別機は玉貸機内部にある)ものであると考えられるのみならず、そもそもトレイ21が「取り込み通路」に該当するか否かの判断に当たり、それが鑑別機の中にあるか否かは関わりのないことというべきであるから、被告の右主張は採用することができない。
3 構成要件Cについて
(一) 紙幣の検定部について
本件物件目録の二の5の記載のうち、紙幣の通路たるトレイ21の中央部にセンサ22bが設けられていることは当事者間に争いがなく、トレイ21が取り込み通路であることは前記2のとおりであるところ、<証拠>によれば、センサ22bは、光学的又は磁気的センサにより、紙幣の真贋の判定に必要な紙幣の形状、寸法、透かし、紙質等のデータを検出するものであり、本件明細書記載の実施例における検定部91、92・・に該当するものであることをそれぞれ認めることができるから、被告装置は、センサ22bをトレイ21の中央部に設けることにより、紙幣の取り込み通路の適宜の場所に少くとも紙幣の検定部を設けるという要件を充足するものということができる。
被告は、センサ22bは、千円札の光の透過量又は磁気量を測定するにとどまり、紙幣の鑑別に必要な情報を収集するものではない(千円札鑑別機20内のマイクロコンピュータ26が紙幣の投入を検知し、右物理量を紙幣の鑑別に必要な情報に処理して読むと同時に真贋を判別している。)旨主張するが、<証拠>によれば、紙幣の鑑別ないし識別を行うのはマイクロコンピュータ26であるが、マイクロコンピュータに判断をさせるためには判断に必要な情報を当該マイクロコンピュータに入力する必要があること、センサ22bは光センサ及び磁気センサから成り、マイクロコンピュータが紙幣の真贋を判断するために必要な情報たる紙幣の光の透過量又は磁気量を測定し、その結果得られた情報を電気信号に変換してマイクロコンピュータに送るものであることを認めることができるのであるから、センサ22bは紙幣の鑑別に必要な情報を収集するものであり、本件発明における検定部の一部分を構成するものであるということができる。
(二) 硬貨の検定部について
前記2のとおり、被告装置の硬貨選別機13は硬貨の取り込み通路である通路12及び15の間に設けられているところ、本件物件目録のうち当事者間に争いのない二の4の記載及び第3図によれば、通貨選別機13は、百円硬貨セレクタであって、投入された硬貨が真の百円硬貨であれば硬貨の通路15に、異なるものであれば硬貨の通路14にそれぞれこれを送るものであるから、被告装置は、硬貨選別機13を通路12及び15の間に設けることにより、硬貨の取り込み通路の適宜の場所に、少なくとも硬貨の検定部を設けるという要件を充足するものということができる。
被告は、原告主張によれば本件発明の検定部は鑑別機を要件としないものであるところ、硬貨選別機13は、硬貨のデータを収集するものではなく、直接硬貨の真贋を判別する鑑別機であるから構成要件Cを充足しない旨主張するが、後記四の3において詳述するとおり、本件発明の「検定部」は鑑別の機能を有する(鑑別機は玉貸機内部にある)ものであると考えられるのみならず、仮に、本件発明の検定部が硬貨のデータを収集するものであり、かつ、被告装置の硬貨選別機13が<証拠>記載の機械式であり、直接硬貨の真贋を判別するものであったとしても、硬貨選別機13は、硬貨の重量、寸法等を測定し、それぞれ基準値と比較して真贋を判定しているのであるから、真贋の判定に必要な情報を収集するものであると認めることができるので、いずれにしても、被告の主張は採用することができない。
4 構成要件Dについて
本件明細書の記載によれば、本件発明のトラブル表示部は、硬貨部門と紙幣部門のいずれでトラブルが発生したかを別々に外部に表示するものでなければならないと解されるところ、本件物件目録のうち、当事者間に争いのない二の2、6及び7の各記載並びに第2図ないし第5図によれば、次の事実が明らかである。
(一) 被告装置の外部正面下部に設けられた釣銭等表示部8は、一つの文字を表示する七セグメント発光ダイオードであり、七本のセグメントと一つの点セグメントから成り、各セグメントの点灯の組合せにより玉貸機の状態に応じた文字を表示するものである。
(二) 釣銭等表示部8は、貸出ランプ2の点滅状態において、例えば次の表示をする。
(1) 千円札識別機20の内部で紙幣づまりが発生したとき、A文字。
(2) 百円硬貨又は千円札を受け付けていないのに玉が貸し出されたとき、b文字。
(3) 硬貨が硬貨回収通路18に排出されず検出スイッチ16の部分に詰まったとき、c文字。
(4) 釣銭返却時に、返却・回収用モータ19に過負荷がかかったとき、d文字。
(5) 百円硬貨を、硬貨回収通路18、同排出口18aを経て硬貨回収ラインに回収している際に、返却・回収用モータ19に過負荷がかかったとき、d文字。また、このとき百円硬貨が排出口18aではなく返却口7に出たとき、d文字。
(6) 返却されるべき釣銭が返却口7に出てこないか、硬貨の払出に時間がかかったとき、E文字。
(三) 釣銭等表示部8は、貸出ランプ2の消灯状態において、例えば次の表示をする。
(1) 千円札識別機20が投入された千円札の真贋の判定を完了しない間に、紙幣回収ラインが右紙幣を取り込んだとき、o文字。
(2) 薄形玉貸機1内の貸玉が切れたとき、o文字。
以上の事実によれば、被告装置の釣銭等表示部8は玉貸機にトラブルが発生したときに貸出ランプ2の点滅又は消灯と併用して特定のセグメントを作動させることにより、トラブルの発生原因別に異なった表示をさせるものであり、例えば、紙幣づまり、硬貨づまり等のトラブルの発生原因をそれぞれ別個の形状で表示できるように構成されているのであるから、硬貨と紙幣のトラブルをそれぞれ原因別に区別して表示できるものということができる。したがって、被告装置の釣銭等表示部8は、貸出ランプとともに、本件発明のトラブル表示部を構成するものということができる。
被告は、被告装置には紙幣の取り込み通路も紙幣及び硬貨の検定部もないのでこれらの部位のトラブル発生もない旨主張するが、被告装置に紙幣の取り込み通路及び紙幣及び硬貨の検定部があることは前記2及び3のとおりであって、被告の主張は採用することができない。
次に、本件明細書にはトラブル表示をトラブル表示専用のものとする旨の限定はされていないのであるから、被告装置の釣銭等表示部8が釣銭の返却状況等を表示する機能を有するものであることは、それを本件発明のトラブル表示部と認めることの妨げとなるものではないと解すべきである。また、本件発明の「トラブル表示部を別々に設けた」とは、硬貨部門と紙幣部門のいずれでトラブルが発生したかを別々に外部に表示するものであることに技術的意味があると解されるのであるから、右の各別の表示がされるのであれば、表示部の部材が別個であるか共用であるかは右構成要件充足の有無の判断に関係がないものと解するのが相当である。さらに、<証拠>によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の実施例について「硬貨取り込み返却関係部門でトラブルが応(「生」の誤りか。)じたときは、トラブル表示部10が点灯して硬貨部門においてトラブルが発生したことを外部に知らせる。又紙幣取り込み返却関係部門でトラブルが発生したときは、トラブル表示部11が点灯して紙幣部門においてトラブルが発生したことを外部に知らせる。このトラブル表示については、更に細かく、例えば、硬貨部門及び紙幣部門の特定の箇所においてトラブルが発生したことを表示するようにしてもよい。」と記載されている(<省略>)ことを認めることができ、これを考慮すると、本件発明の「両取り込み通路および検定部等」は、トラブル発生部位を例示したにとどまるものであって、硬貨及び紙幣のそれぞれについて少なくとも取り込み通路及び検定部でのトラブルを表示することを必須の要件としているものとは考えられない。したがって、これらの点に関する被告の主張はいずれも採用することができない。
以上のとおりであるから、被告装置は、本件発明の構成要件AないしDのすべてを充足し、同構成要件Eも充足するものであるということができ、かつ、本件発明と同様の作用効果を有するものと認めることができるのであるから、本件発明の技術的範囲に属するものということができる。
四そこで、被告主張の先使用の事実の有無を判断する基準時となる本件特許権出願日がいつであるのかという点について検討する。
1 明細書の要旨とは特許請求の範囲に記載された技術的事項をいい、したがって、明細書の要旨の変更とは特許請求の範囲に記載された事項が実質的に変わる場合をいうものと解すべきであるが、出願公告をすべき旨の決定謄本の送達前にした補正については、出願当初の明細書又は図面に記載された事項の範囲内である限り、特許請求の範囲を変更しても要旨の変更とはされない(法四一条)ところ、明細書に直接表現されていなくても出願時に当業者に自明な事項は右の「記載された事項」に含まれるものと解すべきであるが、このような自明な事項に当たるというためには、その発明の技術分野では周知の事項であり、しかも明細書に記載された発明の目的から当業者が判断すれば当然その発明に利用できることが分かるような場合であって、その事項自体が明細書に記載されていたのと同視できるものであることを要すると解すべきである。
2 <証拠>によれば、原告は、昭和五一年六月三〇日、本件特許権に関し当初の特許出願をしたところ、右出願の願書に添付された明細書及び図面に記載された事項は、原明細書記載のとおりであること、すなわち、原明細書に記載された発明は、パチンコ遊技場においては、硬貨用自動玉貸機がコンパクトな形状でパチンコ台の各間隙等に設置されることによって店内に多数配置されているのに対し、紙幣用自動玉貸機は、紙幣の鑑別に高価で大型の紙幣鑑別機を要するので、店内に一、二台程度しか設置できないのが現状であるという問題認識に立ち、この欠点を除去するために、鑑別機を自動交換機とは別に設けて複数の自動交換機で鑑別機を共用する構成を採用することにより、自動交換機の小型化を安価に実現することを目的とするものと記載されていること、原明細書には、実施例として、紙幣用自動玉貸機における鑑別機を除いた部分と硬貨用自動玉貸機とを組み合わせた自動玉貸機が例示され、複数の右自動玉貸機と鑑別機が信号線で接続される構成のものが記載され、また、右自動玉貸機の紙幣投入口から投入された紙幣は取込用ローラにより内部に取り込まれて検定部で検定され、すなわち紙幣に関するデータが取り出され、この検定部からのアナログ又はディジタルの検定信号は信号線によって鑑別機の記憶部に伝送されて記憶され、複数の自動玉貸機の検定部から送られて右記憶部に記憶された検定信号は制御部の働きによって順次取り出されて鑑別部で鑑別され、その結果が鑑別信号として信号線によって各自動玉貸機に返送されるというように作動するものと記載されていることをそれぞれ認めることができる。以上の事実を総合すると、原明細書に記載された発明は、紙幣鑑別機を内部に含まない複数の自動玉貸機を信号線で紙幣鑑別機に接続することにより紙幣用自動玉貸機を小型化してパチンコ台間に設置可能にするものであって、自動玉貸機内の検定部は紙幣の鑑別機能を有しないものであることが明らかである。したがって、紙幣の鑑別機能を内部に含む紙幣用自動玉貸機をパチンコ台間に設置できるようにするという技術は、原明細書には記載されておらず、また、原明細書に記載されていたのと同視できるものでないことも明らかである。
確かに、原明細書においても紙幣を縦に挿入することは実施例の図面に明記されているが、原明細書に記載されているように、本件特許出願当時は、紙幣用自動玉貸機を小型化するためには紙幣用鑑別機が高価で大型であることが問題となっていたのであるから、単に紙幣投入口を縦状にしたとしても、それだけでは紙幣用自動玉貸機をパチンコ台間に設置することは不可能であると出願人自身が認識していたものと考えられるのであるから、当業者において、原明細書の記載から、紙幣投入口を縦状にすることのみでパチンコ台間に配置可能な紙幣用薄形自動玉貸機が得られると考えることができたものとは到底いえない。
なお、原告は、本件特許出願当時、小型の紙幣鑑別機は当業者に周知となっており自明の事項であった旨主張するが、原告提出の証拠によっても、当時市販されいてた紙幣用鑑別機はいずれもパチンコ台間に設置可能な薄形玉貸機の内部に設置することができるほど小型化されたものであったとは認めることができず、また、ある程度小型化された紙幣鑑別機でも相当高価で薄形玉貸機に利用することは事実上できないものであったことが認められるのであるから、右原告の主張は採用することができない。
3 他方、<証拠>によれば、原告は、昭和六〇年九月三日に当初の特許出願につき拒絶査定がされたので、同年一一月一八日、手続補正書を提出して本件補正を行い、昭和六一年九月一二日に本件特許権の出願公告がされたところ(出願公告の事実は当事者間に争いがない。)、本件補正は、発明の名称を「自動交換機」から「遊技場における薄形玉貸機」に変更したほか、特許請求の範囲を含む原明細書の全文を訂正し、第1図、第2図、第4図及び第5図を削除し、第3図を一部補正して第1図とし、新たに第2図及び第3図を付加したものであり、その内容は、本件公報に記載されているとおりであること、すなわち、本件発明は、紙幣用玉貸機の幅を従来の硬貨用玉貸機と同じくらいに薄くし、パチンコ台間に配置できるようにすることを目的とするものであり、右目的を達成するために幅の広い紙幣を縦に挿入するようにするなどしたものであること、本件発明に係る薄形玉貸機は紙幣及び硬貨の各取り込み通路の適宜の場所に検定部を設けるものとされていること、そして、本件公報には、右検定部について次のような記載がされていることを認めることができる。
(一) 紙幣と硬貨の正偽等を判別する検定部(<省略>)
(二) 紙幣の検定に応じて挿入口に戻す戻し機構(<省略>)
(三) 貨幣をチェックするための検定部(<省略>)
(四) 自動玉貸機21は従来の硬貨用自動玉貸機と同様にその硬貨を検定して、本物であれば一〇〇円分のパチンコ玉を取出口151に送出して遊技客に出す。又自動玉貸機21は、その硬貨が偽物であるか、又は一〇〇円以外の硬貨であれば硬貨返却口171へその硬貨を送出して遊技客に返却する。又遊技客が千円札等紙幣を自動玉貸機21の紙幣挿入口51より投入すると、その紙幣は自動玉貸機21において取り込みローラ131により内部に取り込まれて検定部9で検定され、本物であればそのまま取り込み通路内に取り込まれ、そうでなければ遊技客に返却される。そして、本物の場合は玉貸額選択釦121を点灯させる。(<省略>)
右の事実によれば、本件明細書においては、検定部は紙幣及び硬貨の真贋判定の機能を有するもの、すなわち、原明細書にいう検定部及び鑑別部を合わせたものとして記載されているということができる(なお、<証拠>によれば、「検定」という用語に「鑑別」の機能を含めて用いることは異例のことではないと認められる。)。
そうであるとすれば、紙幣鑑別機能を内部に含む紙幣用自動玉貸機をパチンコ台間に設置できるようにするという技術は、原明細書には記載されておらず、また、原明細書に記載されていたのと同視できるものでないことは前記2のとおりであるから、本件補正は、出願当初の原明細書又は図面に記載された事項の範囲を超えて特許請求の範囲を変更したもの、すなわち、明細書の要旨を変更したものと認めることが相当である。
したがつて、その余の点について判断するまでもなく、法四〇条の規定により、本件特許権の出願は、本件補正に係る手続補正書を提出した昭和六〇年一一月一八日にしたものとみなされるというべきである。
五<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
1 アイラブユーは、本件発明の内容を知らずに薄形玉貸機「わざ」システム一一〇〇を研究開発して、昭和六〇年一月ころから同年四月ころまで名古屋市内の京楽観光グループの高針店等で稼働実験をして完成した上、同年七月ころからその大量販売を開始した。その結果、同年一〇月ころまでの間に、名古屋市、東京都等を中心としたパチンコ店に約四八〇台の薄形玉貸機「わざ」が設置されるに至った。アイラブユーは、本件特許出願の日とみなされる同年一一月一八日の時点でも引続き薄形玉貸機「わざ」システム一一〇〇の製造販売の営業を行っており、昭和六一年に入っても同様の営業を継続していた。
2 アイラブユーは昭和六一年一一月一五日破産宣告を受けて右営業を中止したところ、コスモ・ワールドは、薄形玉貸機「わざ」システム一一〇〇が好評であったため、同年一二月一五日、アイラブユー破産管財人との間で、同破産管財人の有するパチンコ自動玉貸機についての①一切の実用新案権及び特許権並びにこれらに付随する権利、②製造に関するノウハウ、③製造設備、工具類及び金型、④既に完成した商品類、製造中の商品類及び資材、部品等の一切の物品、⑤顧客リスト及び代理店等とのネットワーク並びに顧客と締結しているメンテナンス契約に関する権利義務、⑥設置作業中の地位等を有償で譲り受ける旨、並びにコスモ・ワールドは右合意に基づく地位を、アイラブユーが従前行っていた事業を遂行する目的のためにコスモ・ワールドが設立する別会社に対して譲渡することができる旨の合意をした。そして、右合意に従って、昭和六二年二月一〇日、コスモ・ワールドが全額出資してその子会社であるコスモ・イーシーが設立され、同社は、アイラブユーの営業を実質的に承継して、アイラブユーが「わざ」システム一一〇〇の商標で製造販売していたのと全く同一の薄形玉貸機をコスモシステム一一〇〇の商標で製造販売することを始めた。なお、コスモ・イーシーは、アイラブユーで薄形玉貸機「わざ」システム一一〇〇の製造販売の営業に従事していた従業員を相当数雇用してコスモシステム一一〇〇の製造販売の営業を行っている。
3 アイラブユーは、東京地区では相手先ブランドで販売する契約(いわゆるOEM契約)のもとに薄形玉貸機「わざ」システム一一〇〇を株式会社東邦に供給し、同社は「ビルサンド」の商標でこれをパチンコ店に販売納入していた。また、東海地区においては、株式会社日本ベンディングがアイラブユーの販売代理店となって「わざ」の商標でこれを販売していたが、昭和六一年三月一二日、株式会社ベンディングのパチンコホールの玉貸し及び金銭管理システム事業部門が独立して被告が設立され(当時の商号は株式会社東海アイラブユー)、被告は、同年一一月一五日にアイラブユーが破産宣告を受けるまで「わざ」の販売を続けた。
被告は、コスモ・イーシーが前記2のとおり昭和六二年二月一〇日に設立されてアイラブユーの営業を実質的に承継すると、同日、商号を株式会社東海アイラブユーから株式会社東海コスモに変更し、コスモ・イーシーの販売代理店となって、コスモシステム一一〇〇の販売を行うに至った。なお、被告は、アイラブユーの製造に係る在庫品については「わざ」システム一一〇〇の商標で販売した。
4 コスモ・イーシーが製造し、その販売代理店として被告が販売する薄形玉貸機コスモシステム一一〇〇が本件の被告装置であり、被告装置は、アイラブユーが製造販売していた薄形玉貸機「わざ」システム一一〇〇と全く同一のものである。
以上の事実によれば、薄形玉貸機「わざ」システム一一〇〇したがって被告装置は、本件発明の技術的範囲に属するものであるというべきところ、アイラブユーは、本件発明の内容を知らずに自ら薄形玉貸機「わざ」システム一一〇〇を研究開発し、本件特許権の出願の日とみなされる手続補正書の提出日である昭和六〇年一一月一八日当時、現に日本国内においてその製造販売事業を行っており、コスモ・イーシーは、コスモ・ワールドを介してアイラブユー破産管財人から薄形玉貸機の製造販売事業とともに先使用による通常実施権を譲り受けたというべきであるから、コスモ・イーシーは被告装置の製造販売事業の目的の範囲内において先使用による通常実施権を有する者であると認めることができ、コスモ・イーシーの販売代理店として被告装置をコスモ・イーシーから買い受けてこれを販売している被告の営業は、本件特許権を侵害するものではないというべきである(なお、原告は、破産会社の実施に係る事業というものは考えられない旨主張するところ、会社が破産したからといって、当然に従前実施していた事業がなくなるものではないし、また、破産会社が破産宣告により先使用権の対象となる発明を実施する事業を中止したからといって、当然に先使用権を放棄したものということはできないので、破産管財人において破産会社が従前に実施していた事業とともに先使用による通常実施権を譲渡することは可能であり、右譲渡がされた場合にも、法九四条一項の要件を具備するものと解するのが相当であるから、原告の右主張は採用することができない。)。
六よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官瀬戸正義 裁判官杉原則彦 裁判官後藤博)
別紙一 物件目録<省略>
別紙二 <省略>
別紙三 原明細書
明細書
発明の名称 自動交換装置
特許請求の範囲
所定の商品交換媒介物の検定信号より商品交換媒介物を鑑別する鑑別機と、この鑑別機を共用しそれぞれ投入された所定の商品交換媒介物を検定して検定信号を前記鑑別機に伝送すると共にこの鑑別機から伝送されてきた鑑別結果に応じて商品交換媒介物と商品との少くとも一方を送出する複数の自動交換機とを具備することを特徴とする自動交換装置。
発明の詳細な説明<省略>
別紙第1図ないし第5図<省略>
別紙四 特許公報
特許出願公告
昭六一―四一〇三六
公告 昭和六一年(一九八六)九月一二日
特許請求の範囲
1 複数台のパチンコ台を並べて配置した遊技場におけるパチンコ台間に配置される金銭の投入に応じて貸玉を放出する薄形玉貸機において、
縦状の紙幣と硬貨の挿入口を設け、該両挿入口に連通する取り込み通路を別々に設け、
該両取り込み通路の適宜の箇所に少くとも紙幣と硬貨の検定部を設け、
前記両取り込み通路および検定部等でトラブルが発生したときに、外部に表示するトラブル表示部を別々に設けたことを特徴とする遊技場における薄形玉貸機。<以下略>