名古屋地方裁判所 昭和62年(行ウ)34号 判決 1990年2月28日
原告 後藤邑子
被告 半田税務署長
代理人 深見敏正 佐野武人 ほか二名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、原告の昭和六〇年六月八日付の同五六年分短期譲渡所得の金額及び納付すべき税額を零円とする更正請求に対してなした同六一年四月二三日付の更正すべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1(一) 原告は、昭和五六年分の所得税の確定申告書に分離課税の短期譲渡所得金額一八九五万五七五〇円、納付すべき税額七二四万五〇〇〇円と記載し、これを申告期限までに提出した。
(二) 原告は、右申告に誤りがあったため、昭和五七年六月三〇日、修正申告書に分離課税の短期譲渡所得金額五一四一万八一五〇円、納付すべき税額二七八四万〇七〇〇円と記載して提出した。
2 前項の各申告は、原告を売主、末永桂子を買主として、昭和五六年四月七日に締結した愛知県東海市加木屋町陀々法師二番一所在の山林一三七一平方メートル、同所二番七所在の山林四六二平方メートル、同所二番六所在の愛知用水路三九平方メートル及び同所一四番二五六所在の愛知用水路二六平方メートル合計一八九八平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)を代金合計金七四八五万四八〇〇円で売買する旨の契約(以下「本件売買契約」という。)による売買代金収入を基礎とするものである。
3(一) 原告は、不動産業者である末永桂子(実質的には、同人の夫である末永博明)及び伴野修(以下「買主ら」という。)から租税特別措置法により税額は売買代金額の一割程度であるといわれたのを信じて本件売買契約を締結し、買主らの指示に従って1の(一)記載のとおりの確定申告をしたが、その後、買主らのいうような特別の減税措置はなく右申告が誤りであったことが判明したため、とりあえず1の(二)記載のとおりの修正申告をした上で、昭和五八年一二月二八日、買主らを被告とし、本件売買契約は錯誤により無効であるとして、本件土地の返還(法形式上は、所有権移転登記等の抹消登記手続)を求める訴えを名古屋地方裁判所半田支部に提起した(右訴訟事件を以下「別件訴訟」という。)。
(二) 別件訴訟において、昭和六〇年四月一六日、原告と末永桂子の間で裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立し、本件売買契約は合意解約された。
4 そこで、原告は、被告に対し、国税通則法(以下「法」という。)二三条二項一号に該当することを理由に、昭和六〇年六月八日付で短期譲渡所得金額及び納付すべき税額を零円とする更正の請求(以下「本件更正請求」という。)をした。
5 これに対し、被告は、原告に対し、昭和六一年四月二三日付で、更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件処分」という。)をした。
6 原告は、本件処分を不服として、昭和六一年六月二三日に異議申立てをしたが、右異議申立ては、同年九月二二日付で棄却された。そこで、原告は、同年一〇月二二日に審査請求をしたが、右審査請求は、同六二年六月一八日付で棄却された。
7 本件処分は、法二三条二項一号の規定に違反する違法な処分であるので、その取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。ただし、売買代金合計は、七六八二万〇八〇〇円である。
3 同3の事実について、(一)のうち、原告が請求原因1の(一)記載のとおりの確定申告をしたこと、その後、同1の(二)記載のとおりの修正申告をしたこと、原告が別件訴訟を提起したことは認め、その余は不知、(二)のうち、別件訴訟において、原告と末永桂子の間で昭和六〇年四月一六日に裁判上の和解が成立したことは認め、右和解において本件売買契約が合意解約されたことは否認する。
4 同4の事実は認める。
5 同5の事実は認める。
6 同6の事実は認める。
7 同7は争う。
三 被告の主張
1 本件和解の実質について
(一) 本件売買契約から本件和解に至る経緯
原告は、昭和五六年四月七日、東福ハウジングこと末永桂子に対し、本件土地を金七六八二万〇八〇〇円で売り渡し、同月二〇日までに右代金の支払を受けたが、同五七年三月一五日、本件売買契約に係る売買代金を金四四三五万八四〇〇円に圧縮仮装して昭和五六年分所得税の確定申告をし、その旨の虚偽の記載がされた土地売買契約書を被告に提示した。しかし、原告は、その後の税務調査により右事実を把握した被告の指摘を受けて、その非を認め、同年六月三〇日付で真実の売買代金によった修正申告書を被告に提出し、右仮装隠ぺいにつき同年一一月一一日に原告に対してされた金六一七万八五〇〇円の重加算税賦課決定に対しても何らの異議も申し立てなかった。
原告は、本件売買契約後三年近く、右重加算税賦課決定からでも一年余りを経過した昭和五八年一二月二八日に至って、突然買主らに対して本件土地についてされた所有権移転登記の抹消登記手続を訴求するに至った。
(二) 本件和解契約の内容
本件和解の和解条項においては、一方で本件売買契約を解約するとの体裁が整えられているものの、他方では、本件土地を再度原告から末永桂子に売り渡す旨の条項も設けられており、そのため、本来売買契約の解約に関して定められるべき原状回復に関する約定は全くされておらず、本件売買契約の際に行われた売買代金の授受、本件土地の占有、その所有権移転登記等は、本件和解の前後において、いずれも従前の状態が維持され、何ら変更が見られないのであって、本件和解によって、当初発生した所得が消滅したとは認められない。換言すれば、実質的、経済的には、本件和解においては、金五〇〇万円の和解金の授受をもって、従前の契約関係を確定させ、当事者間の紛争を解決したにすぎず、解約条項を付した本件和解によっても既に発生した経済的効果が消滅したとは認められず、課税標準に変動はないものというべきである。
(三) 本件和解の実質
前記(一)及び(二)の事実に照らして考えると、原告は、その租税ほ脱の目的が発覚した後に、既に確定した税負担を不法、不当に免れる目的で別件訴訟を提起し、本件和解を結ぶに至ったものである。
2 本件処分の適法性
(一) 法二三条二項について
法二三条二項の規定は、申告時に予測し得なかった一定の事由が後発的に生じた場合に、例外的に、更正の請求を認めて納税者の救済を図ったものと解されるのであるから、単に形式的に同項所定の要件を備えているからといって直ちに同項の規定が適用されるものではなく、当該事由が納税申告書を提出した者の責めに帰することができない客観性ないし合理性のあるものでなければ、同項の適用はないものといわなければならない。
したがって、専ら当事者間で税金を免れる目的の下に馴れ合いでされた和解など客観的・合理的根拠を欠くものは同項一号にいう「和解」に含まれないものと解すべきである。
本件和解に基づく本件売買契約の解約(翻って鑑みれば、別件訴訟を提起したこと自体)は、何らの実態を伴ったものではなく、かつ、合理性のないものであって、専ら一旦成立、確定した税負担を不法に免れる目的で行われたものであるから、本件和解による本件売買契約の解約を根拠とする本件更正の請求は到底許容しがたいものである。
(二) 実質課税の原則
租税法の解釈運用等に当たっては、当事者の選択した法律的形式などの形式的、表見的事実だけでなく、その経済的実質に従うべきである(実質課税の原則)。
この実質課税の原則の観点から本件を見ると、本件和解においては、一方で本件売買契約を解約するとの体裁が整えられているものの、他方では、本件土地を再度原告から末永桂子に売り渡す旨の条項も設けられ、本件売買契約の際に行われた売買代金の授受、本件土地の占有、その所有権移転登記は、いずれも本件和解の後においても従前の状態が維持され、何らの変更が見られないのであって、本件和解によって、当初発生した所得が消滅したとは認められない。換言すれば、本件和解においては、本件売買契約の解約については何ら積極的な合理性がなく、実質的には、金五〇〇万円の和解金の授受をもって、従前の契約関係を確定させ、当事者間の紛争を解決したにすぎないのであるから、本件和解によって、既に発生した経済的効果が消滅したとは認められず、課税標準に変動はないものというべきである。
3 本件更正請求を認めた場合の結果の不合理性について
(一) 重加算税の免脱
重加算税制度は、特に悪質な態様により税を免れようとした納税者に対して加重された加算税を賦課することにより、かかる悪質な税の免脱を防止し、ひいては適正、公平な課税の実現を図ることを目的とするものであるが、本件原告のように、自己の税申告について現実に税額の仮装、隠ぺい等悪質な行為を行い、これにより一旦重加算税の賦課を受けた者が、その後において、課税の基礎となった収入を生じた契約の合意解除等の状況の変化を演出して、たやすく右重加算税の賦課を免れるに至るということでは、重加算税制度の設けられた趣旨が没却されることは明らかである。
(二) 分離の短期譲渡所得による課税の免脱
実質課税の原則に即して考えれば、およそある資産の譲渡があったか否かを判断するに当たっては、当該資産が現実に、社会的、経済的意味において譲渡されたのがいつかという観点から検討すべきであるが、原告主張どおりに、本件和解によって本件土地が譲渡されたとされるならば、分離の長期譲渡所得となり、低い課税税率が適用され、原告は著しく不当な利得をすることとなる。
四 原告の反論
1 本件売買契約締結の経緯
昭和五六年二月から三月ころまで買主らが毎晩のように原告方を訪れ、同月二五日ころには現金五〇〇万円を手付金として無理やり置いていくなどして、原告に対し本件土地の売却を執ように迫る一方、売却代金に対する課税が特別措置により長期譲渡の場合と同様に代金の一割程度であり、手取り金額が六〇〇〇万円程度になる旨申し向けたことから、原告はやむなく本件土地の売却を決意し、同年四月七日、本件売買契約が締結されるに至ったものである。その際、買主らが不動産業者として専門的知識を有することから、本件土地譲渡をめぐる契約書の作成はすべて買主らが行い、原告の納税申告も買主らの指示に従って行うこととされたものであり、原告には、昭和五六年分の確定申告を行うに当たり、事実を隠ぺいしたり、違法に課税を免れようとする意図などはなかった。
また、原告としては、昭和五七年一月一日以降は本件土地の売却代金収入は長期譲渡所得となることが明らかなものであるから、それを待たずに本件売買契約を締結して無理な脱税工作をする必要はなかったものである。
2 別件訴訟提起に至る経緯
原告は、修正申告、重加算税賦課決定等により予想外に多額の納税をしなければならないことが明らかになった直後から、買主らに対し、善処を求め、さらに、昭和五七年末ころからは本件売買契約の解約を求めていたものであるが、買主らがこれに応じなかったため、区役所の法律相談、愛知県の不動産取引に関する相談所の相談等を受けるなどした末、右相談所で相談を担当していた原告代理人に依頼して別件訴訟を提起するに至ったものである。したがって、別件訴訟提起の唯一の目的は本件土地の取戻しであり、税金の軽減の目的で別件訴訟を提起したものではない。
3 本件和解の経緯
別件訴訟においては、昭和五九年七月四日、裁判所から、本件土地の返還を前提とする和解の勧告がされ、原告が本件土地の返還を受けるについて買主らに返却すべき金額が問題となったが、買主らが原告に支払われた売買代金額を大きく上回る金額の返却を主張したことから、和解の交渉は難航した。
また、買主らの間で利害の対立が生じて和解の交渉が一層困難になる一方、本件売買契約の代金を借入金で支払っていた末永桂子が、原告に対し、和解の成立が遅れた場合には、借入金の金利について原告に対して損害賠償の請求をする旨の警告をするに至ったことから、やむなく、裁判所の勧告もあって、本件売買契約を合意解約し、和解期日に改めて原告から末永桂子に売り渡すという内容の本件和解が成立するに至ったものである。
別件訴訟は、本件売買契約代金の税引き後の手取りの金額について要素の錯誤があって紛争になったものであるが、本件売買をやり直すことにすれば、短期譲渡ではなく長期譲渡として低い税率が適用になり、既納税金の還付分に新規売買代金と旧売買代金との差額五〇〇万円を合わせると原告が当初予定していた収入に近くなるとの話合いによって、本件和解が成立するに至ったものである。
したがって、本件和解は、既に確定した税負担を不当不法に免れる目的で形式を整えたものではない。
第三証拠<略>
理由
一 請求原因1(確定申告及び修正申告)、同2(本件売買契約の締結。ただし、売買代金額を除く。)、同3のうち、原告が別件訴訟を提起し、原告と末永桂子との間で昭和六〇年四月一六日に裁判上の和解が成立したこと、同4(本件更正請求)、同5(本件処分)及び同6(不服申立ての棄却)については、いずれも当事者間に争いがない。
二 原告は、本件和解において本件売買契約が合意解約されたことにより原告の昭和五六年分の短期譲渡所得がなかったことになるにもかかわらず、本件更正請求を棄却した本件処分は、法二三条二項の規定に違反するもので違法である旨主張し、他方、被告は、本件和解による本件売買契約の合意解約は、専ら租税負担を回避するために便宜上定められたものであり、同項は適用されない旨主張するので、この点について判断する。
1 法二三条は、一項において、納税申告書を提出した者は、当該申告に係る課税標準等又は税額等の計算が誤っていたこと等により、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大である場合等には、その法定申告期限から一年以内に限り、更正の請求をすることができる旨定めているが、更に、二項においては、一項の更正請求ができる期間後であっても、判決(これと同一の効力を有する和解等を含む。)により、申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定した場合等には、その翌日から二か月以内であれば、更正の請求ができる旨定めている。これは、納税申告時には予想し得なかった事由が後発的に生じ、これにより課税標準等又は税額等の計算の基礎に変更を生じ税額の減額をすべき場合にも更正の請求を認めないとすると、帰責事由のない納税者に酷な結果が生じる場合等があると考えられることから、例外的に、一定の場合に更正の請求を認めることによって、保護されるべき納税者の救済の途を拡充したものであると解される。そして、税務署長は、更正の請求があった場合には、その請求に係る課税標準等又は税額等について調査し、更正をし、又は更正をすべき理由がない旨をその請求をした者に通知することと定められている(同条四項)。
ところで、裁判上の和解は判決と同一の効力を有するものであるから、当該和解によって課税標準等又は税額等の基礎となった事実を変更した場合には、当該納税申告者は、法二三条二項一号の規定に基づき更正の請求をすることができるのであるが、たとえ裁判上の和解の条項中に納税申告者の権利関係等を変更する旨の記載がされていたとしても、それが、専ら租税負担を回避する目的で実体とは異なる内容を記載したものであり、真実は権利関係等の変動がないような場合には、右規定の趣旨に照らし、当該更正の請求は更正をすべき理由がないとして棄却されるべきものと解するのが相当である。
2 そこで、右のような観点から本件和解について検討するに、前記一の争いのない事実と、<証拠略>を総合すると、次の各事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。
(一) 本件売買契約は、原告所有の本件土地を東福ハウジングこと末永桂子に対し代金七六八二万〇八〇〇円で売り渡すというもので、昭和五六年四月七日付で締結され、右代金の支払は、同日、手付金として現金五〇〇万円、同月二〇日に、現金三二四六万二四〇〇円及び小切手額面三九二五万八四〇〇円を交付することによって履行された。また、同日付で本件土地につき原告から末永桂子への本件土地の所有権移転登記がされた。
本件売買契約の締結に際しては、東福ハウジングの従業員であった伴野修(以下「伴野」という。)及び末永桂子の夫で東福ハウジングの実質的な経営者である末永博明が、原告との交渉に当たったが、原告が本件土地を譲渡することを躊躇したこともあったことから、伴野らは、原告に対し、税金が多くかからないようにきちっとやるから何も心配しなくてよい旨を述べて説得するとともに、納税申告に際しては、税務署との関係をうまくやるために、原告の納税申告を担当する税理士に対しては本件売買契約の内容等を絶対に言わず伴野らの指示どおりにするよう申し向けた。
(二) 原告は、右の伴野らの指示に従い、伴野らが作成した本件土地の一部を売買物件と表示して売買代金を金四四三五万八四〇〇円と記載した土地売買契約書に基づき、被告に対し、昭和五七年三月一六日、同五六年分の所得税の確定申告書に分離課税の短期譲渡所得一八九五万五七五〇円(収入金額四四三五万八四〇〇円から必要経費二五四〇万二六五〇円を控除したもの)、納付すべき税額七二四万六〇〇〇円と記載して提出した。
しかし、原告は、右申告後間もなく、税務調査の結果事実関係を把握した被告から申告漏れがあることを指摘されたため、税理士の指導に従い、被告に対し、昭和五七年六月三〇日、修正申告書に分離課税の短期譲渡所得五一四一万八一五〇円(収入金額七六八二万〇八〇〇円から必要経費二五四〇万二六五〇円を控除したもの)、納付すべき税額二七八四万〇七七〇円と記載して提出するに至った。さらに、被告は、原告に対し、同年一一月一一日、当初の確定申告につき課税標準又は税額等の基礎となるべき事実を仮装し、又は隠ぺいしたものであるとして、金六一七万八五〇〇円の重加算税を賦課した。この結果、原告は、本件売買契約に関し、延滞税金一三〇万九八〇〇円を含め、合計三五三二万九〇〇〇円を納税することとなった。
(三) 予想もしなかった多額の納税を行うことになったのに驚いた原告は、買主らに抗議して善処を求めたが応じてもらえなかったため、不動産業者に相談したり、法律相談等を受けたりした末に、昭和五八年一二月二八日、名古屋地方裁判所半田支部に対し、末永桂子及び伴野を被告として、本件土地の所有権等移転登記の抹消登記手続を求める別件訴訟を提起した。
別件訴訟においては、昭和五九年七月に和解勧告がされ、数度の和解期日を経て、同六〇年四月一六日、本件和解が成立するに至った。和解交渉の過程では、当初は、本件土地を原告が取り戻すことを前提に、原告が買主らに対して売買代金の返還に加えていくらの金額を支払うかが問題となり、同五九年一〇月ころには、買主らが本件土地につき宅地造成の費用等を支出したことも考慮して、原告が金九三〇〇万円程度の支払をすることで話がまとまりかけたが、末永桂子ないしその夫の博明と伴野との間で利害の対立が生じたこともあって、結局その話は御破算になった。そこで、一転して、本件土地を買主らに保有させることを前提に、逆に、末永桂子の方から原告に対し、金員の支払をする方向で和解の話が進み、右支払金額について、当初末永は三〇〇万円を希望したが、最終的には、これを五〇〇万円とすることで本件和解が成立した。
(四) 本件和解の条項は、本件和解の期日において、原告と末永桂子との間で同日本件売買契約を解約し、改めて原告は末永桂子に対し本件土地を売り渡すこと、末永桂子は原告に対して本件土地の新代金額と支払済みの旧代金額との差額五〇〇万円を支払うこと等を主な内容とするものであった。
右条項においては、本件売買契約を一旦解除して直ちに再度売り渡すという法形式が採られているが、これは、本件売買契約が短期譲渡に当たるとして高い税率が適用されたのに対し、このように本件土地の売買をやり直すことにすれば、本件和解期日における売買については、長期譲渡として低い税率が適用されることになり、これによる既納税金の還付分に新たに支払われる五〇〇万円を加えると、原告は本件売買契約を締結する当時に考えていた手取り金額に近い金額を得ることができると考えて、当事者間(実際には、訴訟代理人間)の話合いであえてこのような条項を定めたものであった。
すなわち、右のような租税負担回避の目的のほかは、本件売買契約を解約する合理的な理由はなかったものであり、本件和解の前後で、本件土地の占有関係、登記関係等には何らの変動はなく、実際上は、本件和解期日に末永桂子から原告に対し金五〇〇万円が支払われただけであった。末永側の実質的な当事者である末永博明も、本件売買契約の解約は形式だけで、同人にとっては何ら必要性のあるものではなく、和解金ないし紛争解決金として金五〇〇万円を支払ったことで和解ができたという認識を有しているものである。
3 以上認定の事実を総合すると、本件和解の条項中には本件売買契約を解約する旨の記載があるが、これは、専ら本件土地の譲渡につき原告に課せられた多額の所得税等の負担を免れるために形式上そのような記載をしたにすぎないもので、実体に反するものであるというほかなく、これによって、当初発生した所得が実質的に消滅したということもできないものである。結局、本件和解の条項中の本件売買契約解約の記載は、原告と末永桂子との間に真実の権利変動がないにもかかわらず、専ら租税負担回避の目的でされたものであるから、本件和解に基づき法二三条二項一号の規定によってされた本件更正の請求につき、更正すべき理由がないとしてこれを棄却した本件処分は適法というべきである。
三 よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 浦野雄幸 杉原則彦 岩倉広修)