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名古屋地方裁判所 昭和62年(行ウ)40号 判決 1990年5月25日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六一年三月二八日付で原告の同五八年一一月一日から同五九年一〇月三一日までの事業年度の法人税についてした更正のうち所得金額金七四〇〇万二〇七九円を超える部分及び右更正に伴う過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、肩書地に本社を有し、金型販売業を営む同族会社である。

2(一)  原告は、被告に対し、原告の昭和五八年一一月一日から同五九年一〇月三一日までの事業年度(以下「本件係争年度」という。)の法人税につき、別表一の確定申告欄記載のとおりの確定申告をした。

(二)  これに対し、被告は、別表一の更正及び賦課決定欄記載のとおりの更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」という。)をした。

(三)  そこで、原告は、国税不服審判所長に対し、別表一の審査請求欄記載のとおりの審査請求をしたが、同所長は、原告に対し、同表の審査裁決欄記載のとおりの裁決をした。

3(一)  本件更正は、原告の元代表取締役傍島慎朗(以下「慎朗」という。)が昭和五九年五月三〇日に死亡して原告を退職したことにより、原告が同年八月二〇日慎朗の遺族に対して、退職給与金二八二二万〇八三一円を支出した(以下右退職給与を「本件退職給与」という。)ところ、被告が、このうち金一七五五万円を超える金一〇六七万〇八三一円は法人税法三六条(過大な役員退職給与の損金不算入)所定の「不相当に高額な部分の金額」に当たると認定し、右金額は損金に算入されないとしてされたものである。

(二)  しかし、被告の右認定は、事実及び法令の解釈適用を誤ったもので違法である。

4  よって、本件更正のうち所得金額が申告金額である金七四〇〇万二〇七九円を超える部分は違法であり、また、これに伴う本件決定も違法であるから、これらの処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の(一)の事実は認め、(二)は争う。

4  同4は争う。

三  被告の主張

1(一)  法人税法三六条及び同法施行令七二条の規定は、役員に対する退職給与の額が、当該役員の業務従事期間、退職事情、同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員退職給与支給状況等に照らし、相当であると認められる金額を超える場合には、その超える部分について損金の額に算入しない旨を定めているが、その趣旨は、役員に対する退職給与が、使用人に対する退職給与と異なり、益金処分たる性質を含んでいることから、実体に即した適正な課税と租税負担の公平を期すために、右基準に照らし職務執行の対価として一般に相当と認められる金額に限り、収益を得るために必要な経費として損金算入を認め、右金額を超える部分は益金処分として損金算入を認めないこととし、もって、いわゆる「穏れたる利益処分」による租税回避行為を規制しようとしたものである。

(二)  右の規定の趣旨に照らせば、役員退職給与が不相当に高額であるか否かについては、その判定の対象となる法人(以下「判定法人」という。)と同種の事業を営み、かつ、同程度の事業規模を有する法人における退職事情の類似する役員退職給与の支給事例を抽出して、右の抽出に係る法人(以下「比較法人」という。)の役員退職給与の額が当該役員の退職時における最終報酬月額に在職年数を乗じた金額にいかなる倍率(以下「功績倍率」という。)を乗じたものであるかを求め、この功績倍率を比較して判断する方法が、右規定の趣旨に合致し合理的であるというべきである。

2(一)  被告は、前項で述べた判定方法を適用するために、原告の所在地である小牧税務署管内及び近隣税務署(岐阜南、岐阜北、大垣、関、多治見、名古屋北、名古屋西、名古屋中村、尾張瀬戸、一宮及び津島の各税務署)管内において原告と同種の事業を営み、かつ、原告と同様次の基準(以下「本件基準」という。)のすべてに該当する法人の抽出調査を行った。

(1) 昭和五八年六月一日から同六〇年五月三一日までの間に代表者等が退職していること。

なお、代表者等とは、法人の代表者(実質上代表者であると認められる者及び代表者に準ずる者を含む。)であり、かつ、当該法人の創業者又は準創業者(一五年以上代表取締役の地位にあった者)であった者をいう。

(2) 当該役員に対し、退職金等が支払われていること(未払計上を含む。)。

(3) 日本標準産業分類の分類項目表による大分類[1]-卸売・小売業、飲食店のうち、中分類五〇-繊維・機械器具・建築材料等卸売業に含まれる事業を営んでいること。

(4) 当該役員の退職事業年度及び前二事業年度の平均売上金額が金一五億円を超え金一二〇億円以下であること(右金額は、調査日現在で確定している申告又は調査後の金額による。(5)ないし(7)において同じ。)。

(5) 当該役員の退職事業年度及び前二事業年度の平均所得金額が赤字でないこと。

(6) 当該役員の退職事業年度直前の事業年度の総資産価額が金三億五〇〇〇万円以上であること。

(7) 当該役員の退職事業年度直前の事業年度の資本金額が金一億円以下であること。

(二)  本件基準に対応する原告の各状況を示すと、次のとおりである。

(1) 昭和五九年五月三〇日、原告の創業者であり、当時代表取締役であった慎朗が死亡により原告を退職した。

(2) 原告は、昭和五九年八月二〇日、慎朗の遺族に対して、弔慰金三〇〇万円とは別に、退職給与金二八二二万〇八三一円を支払った。なお、慎朗の死亡時の報酬月額は金五〇万円であり、役員在職年数は九年九か月であった。

(3) 原告の事業種目は金型販売業であり、日本産業分類によると、大分類[1]-卸売・小売業、飲食店のうち、中分類五〇-繊維・機械器具・建築材料等卸売業に含まれ、更に、細分類五〇四一-一般機械器具卸売業に属する事業である。

(4) 原告の本件係争年度及び前二事業年度の売上金額は、それぞれ金二二億四九六一万三〇〇二円、金二五億八〇七七万六〇八七円及び金二一億七七八八万八六五一円であった。

(5) 原告の本件係争年度及び前二事業年度の所得金額は、それぞれ金七四〇〇万二〇七九円、金一億四一三九万九三三四円及び金一億一八〇六万九八五六円であった。

(6) 慎朗の退職事業年度直前の事業年度の総資産価額は金八億〇五三〇万一七六八円であった。

(7) 慎朗の退職事業年度直前の事業年度の資本金額は金九九〇〇万円であった。

(三)  右(一)の抽出調査の結果、本件基準に合致する比較法人は四社であり、その退職給与の支給状況、功績倍率等は別表二記載のとおりである。

なお、別表二の比較法人の役員退職給与支給状況に対応する本件退職給与の支給状況は別表三記載のとおりである。

(四)  前項の調査結果によれば、功績倍率の最高は三・一八、最低は一・五五で、その平均は二・五となるので、右平均値に基づき本件退職給与の額のうち損金算入が認められる適正額を算出すると、次の算式のとおり金一二一八万七五〇〇円となる。

(最終報酬月額) (在職年数)

500,000(円)×99/12(年)×

(功績倍率) (相当な退職給与の額)

2.5=12,187,500(円)

したがって、本件退職給与の金額金二八二二万〇八三一円のうち、右適正額金一二一八万七五〇〇円を超える部分の金額金一六〇三万三三三一円は、不相当に高額な部分の金額として損金算入を否認されることとなる。

(五)  よって、原告の本件係争年度の課税所得金額は、申告所得金額金七四〇〇万二〇七九円に本件退職給与のうちの右損金不算入金額金一六〇三万三三三一円を加算した金九〇〇三万五四一〇円となるのであるから、この範囲内でされた本件更正及びこれに伴って国税通則法六五条一項の規定により納付すべき税額に五パーセントの割合を乗じて過少申告加算税額を算定してされた本件決定はいずれも適法である(本件更正及び本件決定の際に被告が認定した損金不算入金額は金一〇六七万〇八三一円であった。)。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1について、(一)のうち当該法令の規定の存在は認める。(二)のうち被告の主張する功績倍率方式が退職給与算定の一方式であることは認める。

2  同2について、(一)の事実は知らない。(二)のうち、(1)ないし(3)及び(7)の各事実は認め、(4)ないし(6)の事実は明らかに争わない。(三)のうち、前段の事実は知らない。後段の事実は明らかに争わない。(四)は争う。(五)のうち、申告所得金額が金七四〇〇万二〇七九円であること、本件決定に係る過少申告加算税額の算定の方法、本件更正の際に損金不算入額が金一〇六七万〇八三一円とされていたことは認め、その余は争う。

五  被告の主張に対する原告の反論

1  本件退職給与の金額金二八二二万〇八三一円は、慎朗が在任した各役職(取締役及び代表取締役)についてそれぞれ定められた役位係数(一倍及び五倍)をそれぞれの役職在任期間の年数(一年四か月及び八年五か月)と慎朗の最終報酬月額(金五〇万円)に乗じた結果の金額を合算した金額(金六六万六六六六円と金二一〇四万一六六〇円を合算した金二一七〇万八三二六円)に、功労加算割合(三〇パーセント)を乗じて得た金額(金六五一万二五〇五円)を加算したものであるが、右算出方法は合理的なものであり、かつ、多くの法人が採用しているものであるから、本件退職給与の金額は適正額と認められるべきものである。

2  被告の算定方式(いわゆる平均功績倍率方式)は、次の点で不合理である。

(一) 本件基準について

(1) 資本金額金一億円以下の企業に限定して調査しているが、原告の資本金は金九九〇〇万円で金一億円に達しないことわずか金一〇〇万円であるから、右のように限定すると、原告より規模の劣った法人とだけ比較することになる。また、法人の規模を比較するためには、形式的な資本金額によるよりも、資本積立金額と利益積立金額を加えたいわゆる自己資本金額によるべきである。

(2) 調査対象地域を名古屋国税局管内の岐阜県及び愛知県下の一部税務署に限定しているが、原告程度の規模の法人については、経済事情の類似する東京国税局又は大阪国税局の管内の有力県下をも調査対象に含めるべきものである。

(3) 原告の事業は形式的には日本標準産業分類の分類項目表による大分類[1]-卸売・小売業、飲食店のうち、中分類五〇-繊維・機械器具・建築材料等卸売業に属するものであるが、原告の販売商品は「試作金型」という極めて独自のもので、特定の受注によって販売する点でむしろ請負に近い要素を含むものであるから、原告の事業は、同種同様の商品を提携的に反復継続して販売することが予定されている右産業分類の事業種目とは本質的に異なっている。

(4) 原告の販売方式が注文先から個別に「試作金型」の製品製造を受注し、これを関連会社に加工させた上で納入するというもので、原材料は大部分注文先からの無料支給によっているため、原告の売上金額は、実質的には加工賃に販売口銭を加えたものであって、他の法人よりも著しく低額であるから、比較法人と売上額を比較する場合には、通常であれば売上金額に含まれるべき材料費相当金額を推定加算して原告の売上金額を二倍ないし三倍して比較すべきものである。

(二) 慎朗の最終報酬月額金五〇万円は、原告が極めて良好な営業成績を挙げていたにもかかわらず、比較法人の役員報酬や原告の最高給従業員の給与などと比べて著しく低額である。これは、慎朗が関連会社数社からそれぞれ報酬を得ていたことから、相当部分を遠慮辞退していたためである。したがって、右金五〇万円を算出の基礎とすることは不当であり、さしあたり金一〇〇万円程度を慎朗の最終報酬月額として計算をすべきである。

(三) 比較法人として抽出された四社の功績倍率の平均値によって適正金額が算定されているが、平均値を超えればすべて不相当に高額であるとすることは不当であるから、右算定に当たっては功績倍率の最高値を用いるべきである。

3  慎朗の最終報酬月額が被告抽出の比較法人と比較して著しく低額であることは明らかであるから、適正な退職給与の額の算定方式としては、平均功績倍率方式ではなく、比較法人における退職役員の在職期間一年当たりの平均退職給与の額に慎朗の在職年数を乗じる方式(一年当たり平均額法)によるべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1(原告)、同2(課税の経緯)及び同3の(一)(本件更正の内容)の各事実は当事者間に争いがなく、本件訴訟の争点は、被告が本件退職給与の金額金二八二二万〇八三一円のうち金一七五五万円を超える金一〇六七万〇八三一円が法人税法三六条(過大な役員退職給与の損金不算入)所定の「不相当に高額な部分の金額」に当たると認定し、右金額の損金算入を否認して本件更正及び本件決定をしたことが、被告主張の平均功績倍率方式により適法であるということができるか否かにあるので、以下、この点について判断する。

二1  法人税法三六条は、法人がその退職した役員に対して支給する退職給与の額のうち、損金経理をした金額で不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、その法人の所得の計算上、損金に算入しない旨規定し、これを受けて、同法施行令七二条は、右の損金に算入しない金額は、法人がその退職した役員に対して支給した退職給与の額が、当該役員のその法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額とする旨規定している。右各規定の趣旨は、法人の役員に対する退職給与が法人の利益処分たる性質を有している場合があることから、業務従事期間、退職事情、比較法人の退職給与支給状況等に照らして一般に相当と認められる金額に限り必要経費として損金算入を認め、右金額を超える部分は利益処分として損金算入を認めないとすることによって、個々の退職給与の実体に即した適正な課税を行おうとするものであると解される。

平均功績倍率方式は、判定法人と同種の事業を営み、かつ、事業規模が類似する法人で役員退職事情が同じものにおける役員退職給与支給事例を抽出調査し、右各事例における退職給与の額を役員退職時の最終報酬月額及び在職年数を乗じた結果の数値で除して功績倍率を算定し、その平均倍率と判定法人における功績倍率を比較検討することによって、判定法人の退職給与の額の相当性を判断するものであるところ、役員の最終報酬月額は、退職間際に当該役員の報酬が大幅に引き下げられたなどの特段の事情がない限り、役員在職中における法人に対する功績の程度を最もよく反映しているものであり、功績倍率は、最終報酬月額と在職期間以外の退職給与金額算定に影響を及ぼす一切の事情を総合評価した係数であると考えられるのであるから、平均功績倍率方式は、そのような最終報酬月額と功績倍率を用いて前記政令の規定所定の各考慮要素を考慮し、判定法人の退職給与と比較法人の退職給与支給事例との適切な比較検討を行うことができるものであるということができ、比較法人の退職給与支給事例の抽出が合理的に行われる限り、法令の規定の趣旨に合致するものであるというべきである。

2  そこで、本件退職給与についてみるに、<証拠>によれば、被告が被告の主張2の(一)のとおり本件基準による抽出調査を行い、同(三)のとおりの調査結果を得、比較法人四社の退職給与の支給状況、功績倍率等が別表二記載のとおりであること、同(四)のとおり、右調査結果の功績倍率の平均値が二・五であり、これを慎朗の最終報酬月額及び役員在職年数に乗じると、金一二一八万七五〇〇円となることが認められ、右認定に反する証拠はない。

他方、本件基準に対応する原告の状況については、被告の主張2の(二)の(1)ないし(3)及び(7)の各事実は当事者間に争いがなく、同(4)ないし(6)の各事実は原告において明らかに争わないから自白したものとみなす。また、前記調査結果に対応する本件退職給与支給状況が別表三記載のとおりであることは原告において明らかに争わないので自白したものとみなす。

なお、慎朗の退職事由が死亡であることは当事者間に争いがないところ、<証拠>によれば、本件基準によって抽出された比較法人四社の役員の退職事由もいずれも死亡であったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

3  以上の事実を前提にして、まず、被告の平均功績倍率方式の適用の前提となる本件基準が合理的なものであったか否かについて検討する。

(一)  まず、本件基準が、昭和五八年六月一日から同六〇年五月三一日までの間に代表者又はこれに準ずる者で当該法人の創業者又はこれに準ずる者が退職し、その者に対し退職金等が支払われていることを内容としていることは、原告の創業者であり、かつ、代表者であった慎朗が昭和五九年五月三〇日に退職していることに照らし、合理的であることが明らかである。

(二)  次に、本件基準が日本標準産業分類の分類項目表による大分類[1]-卸売・小売業、飲食店のうち、中分類五〇-繊維・機械器具・建築材料等卸売業に含まれる事業を営んでいることを内容としていることは、原告の事業種目が金型販売業であり、右中分類に含まれるものである事実が当事者間に争いがないことに照らし、合理的であるというべきである。

この点に関し、原告は、原告の販売商品は「試作金型」という極めて独自のもので、特定の受注によって販売する点でむしろ請負に近い要素を含むものであるから、同種同様の商品を提携的に反復継続して販売することが予定されている右分類の事業種目とは本質的に異なっている旨主張するが、法人税法施行令七二条の規定にいう「同種の事業を営む法人」とは業種業態が全く同一であることを要するものではなく、判定法人との間で退職給与の額の水準が同程度であると考えられる範囲内のものであれば足りるというべきであるところ、右産業分類は個々の法人にそれぞれ特殊な事情があり得ることは当然の前提としつつも、可能な限り類似の事業種目の企業を合理的に分類をしているものであることが明らかであるから、原告及び比較法人四社がいずれも繊維・機械器具・建築材料等卸売業という事業分類(中分類)に属するものであることからすると、原告主張の点を考慮にいれても、本件基準が合理的でないとはいえないというべきである。

(三)  次に、本件基準が売上金額、所得金額、総資産価額及び資本金額において原告と類似の法人を抽出するように定められていることは、右各事項がいずれも事業規模を示す指標であることに照らすと、前記法令の規定の趣旨に沿うものであり、合理的であるというべきである。

原告は、原告の資本金は金九九〇〇万円で金一億円に達しないことわずか金一〇〇万円であるにもかかわらず、本件基準が資本金額金一億円以下の企業に限定していることは、原告より規模の劣った法人とだけ比較する結果を招くものであって不合理である旨主張する。株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律二二条ないし二七条、法人税法六六条、中小企業基本法二条一号その他の法令の規定において資本金一億円を境にして法人に対する取扱いを異にする例がみられることなどから、資本金一億円で線を引くことには一定の合理性はあるものの、確かに、本件基準のうち資本金額に関する部分だけを取り出してみると、事業規模の類似する比較法人の選定基準として必ずしも十分でないきらいがあるが、しかし、法人の事業規模を示す指標としては、資本金額よりもむしろ売上金額、所得金額、総資産価額等の方がより適切な指標として重視されるべきものと解されるところ、<証拠>によれば、被告が抽出した比較法人四社の<1>過去三年間の売上金額、<2>同所得金額及び<3>役員退職事業年度直前の事業年度の総資産価額についてそれぞれ原告を一〇〇として事業規模を対比すると、別表四記載のとおり、原告の事業規模対比比率合計三〇〇に対し、比較法人のそれは最高が五八四・八、最小が二九一・三であることが認められ、右四社は事業規模において原告に劣るものではなく、かつ、類似性を欠く程度に優るものでもないというべきであるから、結局、本件基準が合理性を欠くものであるということはできない。

(四)  原告は、原告が販売する「試作金型」の材料が注文主から無償で支給されるため、原告の売上金額は他の法人よりも著しく低額であるから、比較法人と売上金額を比較する場合には、通常であれば売上金額に含まれるべき材料費相当金額を推定加算して原告の売上金額を二倍ないし三倍して比較すべきものである旨主張する。

確かに、原告代表者本人尋問の結果によれば、原告販売商品の材料が注文主の自動車メーカー等から無償支給されるのが通例であることが認められるが、そのこと自体、比較法人との対比に当たり原告の売上金額を二倍ないし三倍して比較しなければならないとする十分な根拠とはいい難い上、もともと本件基準のうち売上金額に関する部分は、過去三年間の売上金額が金一五億円以上一二〇億円以下というもので原告の同売上金額(約二三億円)のおよそ三分の二以上五倍以下という相当幅をもった基準であるから、右のような原告の商品販売形態の特殊性を考慮しても合理性が否定されるものではないというべきである。

(五)  更に、原告は、本件基準による調査対象地域を名古屋国税局管内の岐阜県及び愛知県下の一部税務署に限定していることは不合理であり、東京国税局又は大阪国税局の管内の有力県下をも調査対象に含めるべきである旨主張するが、一般的に判定法人の比較の対象となるべき法人を選択するに当たっては、判定法人の所在地と近接した経済事情の類似する地域に存する法人を調査することが最も適当であるというべきであるから、被告が調査対象地域をまず原告の本店所在地を管轄する税務署及び近隣税務署管内に限定したことは合理的であり、それによって比較法人を得ることができた以上、原告主張のようにあえて他の国税局の管轄地域まで調査対象地域を広げる必要はないというべきである。

(六)  以上に判示したとおり、本件基準は、原告と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似したものを抽出する基準として合理的なものであり、前記法令の規定の趣旨に沿うものであるということができる。

4  更に、原告は、被告の平均功績倍率方式について、問題点を指摘して反論するので、これについて順次検討することとする。

(一)  まず、原告は、慎朗の最終報酬月額金五〇万円は、著しく低額であるから、さしあたり金一〇〇万円程度を慎朗の最終報酬月額として計算をすべきである旨主張する。

しかしながら、原告主張のように慎朗の最終報酬月額を金一〇〇万円とすべきであることを認める合理的根拠は何ら存在しないし、かえって、<証拠>によれば、慎朗は、死亡時まで、原告のほか別表五記載の関連会社五社の代表取締役を兼務しており、各社における過去五年間の報酬月額は同表記載のとおりであったこと、原告並びに同表記載の東亜機器株式会社、偕行産業株式会社、大通商事株式会社及び株式会社テアンズは、同表記載の鳥羽工産株式会社の子会社で同社の販売部門、製造系統、仕入れ部門、リース部門等を独立させて法人化したものであることをそれぞれ認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はないところ、右事実によれば、慎朗の右各社に対する責任度合や業務執行度合は分散されて相対的に低いものとなっていたものと推認することができる。また、<証拠>によれば、慎朗の報酬月額が昭和五三年に金六〇万円から金八〇万円に増額された後、同五六年に金六〇万円に、更に同年中に金五〇万円に引き下げられているが、この間、慎朗は、同五四年四月ころに脳血栓で倒れて同年九月ころまで入院し、その後は、引き続き原告の代表者として活動を行っていたものの、従来の常勤をやめて一週間に二回程度出社していたにすぎないこと、原告が営業等で外回りの仕事の多い会社であったため、慎朗は、病気したことによって外回りをなるべく抑えて製造等の内部的な業務に自己の職務の重点を置く意味で、右のように原告における代表取締役報酬を引き下げ、大通商事株式会社及び偕行産業株式会社から右引き下げ分に相当する代表取締役報酬を受けるようになったこと、また、慎朗は、その後同五八年七月ころに再び倒れて入院し、同年一二月にいったん退院したが、翌五九年二月に三度目の入院をし、同年五月三〇日に死亡したことをそれぞれ認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。以上の事実によれば、原告における慎朗の最終報酬月額は原告における慎朗の責任度合や業務執行度合とその内容に応じた相当な金額であったものと認めることができ、右最終報酬月額金五〇万円が著しく低額である旨の原告の主張は採用することができない。

(二)  次に、原告は、退職給与の額として相当な金額を算定するに当たっては、比較法人として抽出された四社の功績倍率の平均値ではなく、最高値を用いるべきである旨主張する。

しかしながら、原告主張のように最高の功績倍率値をもって比準する方式によると、比較法人の中にたまたま不相当に過大な退職給与を支給しているものがあったときには明らかに不合理な結論となるし、抽出された比較法人の功績倍率の平均値を算出することによって、比較法人間に通常存在する諸要素の差異やその個々の特殊性が捨象され、より平準化された数値が得られるのであるから、平均値を用いることは、法令の規定の趣旨に沿うものであり、合理的であるというべきである。

なお、本件においては、仮に、被告が抽出した比較法人のうち最高の功績倍率値三・一八(別表二の岐阜北ア。小数点第二位を切り上げて三・二として計算する。)をもって比準したとしても、次式のとおり、本件退職給与のうち不相当に高額とされる部分は金一二六二万〇八三一円となり、本件更正において不相当に高額と認定された金額である金一〇六七万〇八三一円を上回るものである。

(本件退職給与の額)-(最終報酬月額×28,220,831(円)-(500,000(円)×在職年数×功績倍率)=(不相当に高額な部分)99/12(年)×3.2)=12,620,831(円)

(三)  更に、原告は、慎朗の最終報酬月額が著しく低額であるので、退職給与の額として相当な金額を算定する方式としては、平均功績倍率方式ではなく、比較法人における退職役員の在職期間一年当たりの平均退職給与の額に慎朗の在職年数を乗ずる方式(一年当たり平均額法)によるべきである旨主張するが、前述のとおり、慎朗の最終報酬月額が著しく低額であるとはいえないのであるから、右主張は前提を欠く失当なものである。

5  以上のとおりであるから、本件基準を用いる平均功績倍率方式は合理的なものということができ、これによれば、本件退職給与のうち慎朗に対する退職給与として相当であると認められる金額は金一二一八万七五〇〇円であり、本件退職給与のうち右金額を超える金一六〇三万三三三一円の損金算入は否認されるべきものであるから、損金算入が否認されるべき金額を右の範囲内で金一〇六七万〇八三一円としてした本件更正及びこれに伴う本件決定は、結局いずれも適法であるというべきである。

三  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浦野雄幸 裁判官 杉原則彦 裁判官 岩倉広修)

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