大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所一宮支部 平成15年(ワ)337号 判決 2005年9月05日

愛知県一宮市●●●

原告

●●●

同訴訟代理人弁護士

瀧康暢

鈴木含美

東京都千代田区大手町1丁目2番4号

被告

プロミス株式会社

同代表者代表取締役

●●●

同訴訟代理人弁護士

●●●

主文

1  被告は,原告に対し,31万2689円及び内30万0265円に対する平成15年5月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決は,第1項及び第3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告に対し,31万2691円及び内30万0267円に対する平成15年5月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第2事案の概要

本件は,貸金業者である被告と金銭消費貸借契約を締結して借入れと返済を繰り返してきた原告が,利息制限法所定の制限利率を超える利息を支払ったとして,被告に対し,不当利得の返還を請求している事案である。

1  前提事実

(1)  被告は,貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)3条所定の登録を受けた貸金業者である(弁論の全趣旨)。

(2)  原告は,被告と,平成4年11月6日,継続的消費貸借契約を締結し,同日10万円を借り入れ,以後,別紙計算書の「年月日」欄,「借入金額」欄及び「弁済額」欄記載のとおり借入れと返済を繰り返してきた(争いがない。以下「第一借入れ」という。)。

(3)  原告は,平成10年8月31日,23万9511円を支払って,第一借入れは完済となった(争いがない。)。

第一借入れの取引を利息制限法の制限利率に引き直し計算すると,平成10年8月31日の時点で過払金が発生している(争いがない。)。

(4)  原告は,被告と,平成12年12月13日,継続的消費貸借契約を締結し,同日40万円を借り入れ,以後平成15年5月8日まで,別紙計算書の「年月日」欄,「借入金額」欄及び「弁済額」欄記載のとおり借入れと返済を繰り返してきた(乙2,乙9の9,弁論の全趣旨。以下「第二借入れ」という。)。

2  当事者の主張

(1)  第二借入れにおけるみなし弁済の成否

(被告の主張)

被告は,原告,被告間で平成12年12月13日に締結された契約に基づき,別紙取引表の各取引年月日欄記載の年月日に同表の各貸付金額欄記載の金銭を原告に貸し付けた。上記各貸付けに際しては,被告はいずれの場合にも,下記アのとおり貸金業法17条1項所定の記載事項を記載した書面を原告に交付した。被告は,同取引によって,原告に貸し付けた金銭について,別紙取引表の取引年月日欄記載の年月日に,同表の弁済額欄記載のとおりの弁済を受け,弁済を受けた金銭は同表の利息欄記載の利息金の支払と,同表の元金返済欄記載の元金の返済に充当された。上記利息金の支払や元金の返済を受けるに際し,被告は,いずれの場合にも,下記イのとおり,貸金業法第18条1項所定の記載事項を記載した書面を原告に交付した。原告の利息の支払には,みなし弁済の適用がある。したがって,被告は,原告に対し,第二借入れの金銭消費貸借取引においては,別紙取引表記載のとおり,貸金残金33万3421円及びこれに対する原告の弁済が遅延した平成15年6月6日以降完済に至るまで年29.2パーセントの割合による遅延損害金債権を有している。

ア 貸金業法17条1項所定の書面(17条書面)の交付について

被告と原告との平成12年12月13日以降の金銭消費貸借取引は,原・被告間で同日に締結された極度借入基本契約(乙2)に基づくものであるが,極度借入基本契約書(乙2。以下「基本契約書」という。)には,貸金業法第17条1項各号の記載のうち,下記の事項が記載されている。

(ア) 貸金業者の商号,名称又は氏名及び住所(1号)

(イ) 貸付けの利率(4号)

(ウ) 返済の方式(5号)

(エ) 返済期間及び返済回数(6号)

契約期間は,基本契約書の契約規定第3条第1項及び第2項において,契約成立の日から5年間とする,ただし,契約期間満了日から起算して30日さかのぼった日より前に,当事者の一方から本契約を継続しない旨の意思表示がないときは,本契約はさらに5年間自由継続するものとし,以後も同様とする旨定められているが,返済期間及び返済回数は,同規定に拘わらず,返済回数については元金の返済について毎月5日限りとする残高スライド元利定額リボルビング方式をとっているので,借入前残元金と借入金を合算した後の元本を基本契約書の「残高スライド元利定額」欄の返済額で除した結果得られた月数(小数点以下切り上げ)を返済回数とする。したがって,返済回数が終了するまでの間が返済期間となる。残高スライド元利定額リボルビング方式では,返済回数及び返済期間は個々の借入れ返済によって変更されていき,返済回数及び返済期間という概念そのものがそぐわないので,これを一義的に契約書面に記載することは極めて困難である。

被告が個別貸付けの際に原告に交付する利用明細書には,次回支払予定日,次回返済予定額や借入残高等が明記されて原告に注意を喚起しており,原告が基本契約書に記載されている計算式にあてはめれば,容易に利息や遅延損害金も算出することができる。また,原告が被告の店頭に来店し,あるいは被告のATMにカードを挿入すれば,いつでも返済する以前に利息,借入残高,返済予定額等を確認することができるので,これらの事実を総合考慮すれば,被告が原告に対して交付した契約書面は返済回数及び返済期間についても,原告が自己の債務の内容を正確に認識し,弁済計画の参考とし得る程度に具体的かつ明確な記載がなされているということができ,17条書面の要件を満たしている。

(オ) 賠償額の予定に関する定め(7号)

(カ) 内閣府令で定める下記の事項(9号)

a 貸金業者の登録番号

b 契約の相手方の商号・名称又は氏名及び住所

c 貸付けに関し,貸金業者が受け取る書面の内容

「書面授受記録」欄に,被告は原告から本契約書の原本1通,借入申込書1通を受け取った旨記載されている。

d 債務者が負担すべき元本及び利息以外の金銭に関する事項

e 契約の相手方の借入金返済能力に関する情報を信用情報機関に登録するときは,その旨及びその内容

f 利息の計算方法

g 返済の方法及び返済を受ける場所

h 各回の返済期日及び返済金額

i 期限の利益喪失の定めのあるときは,その旨及びその内容

j 当該契約に基づく債権につき,物的担保を供させるときは,当該担保の内容

物的担保をとっていないので記載がない。

k 当該契約について保証契約を締結するときは,保証人の商号・名称又は氏名及び住所

保証契約を締結していないので記載はない。

(キ) 契約の年月日(2号)及び貸付けの金額(3号)

基本契約書には,貸金業法第17条1項の記載事項のうち,契約の年月日及び貸付けの金額の記載がないが,被告は,銀行局長通達に従い,包括契約書に記載できない包括契約に基づく個々の貸付けの金額及び貸付けの年月日並びに包括契約の契約番号を,個々の貸付けの際に交付する書面に記載している。

すなわち,原告が被告の店頭に来て貸付けを受けたときは,「領収書兼ご利用明細書」と題する書面を交付し,同書面の「契約番号(会員番号)」欄には,原告の包括契約の契約番号である5117-11252が記入され,「平成 年 月 日」欄に貸付年月日が,「出金金額」欄に貸付金額が,「貸付残高」欄に貸付け後の貸付残高が記入される。原告が被告のATMを利用して貸付けを受けたときは,「ATM領収書兼ご利用明細書」が原告に交付され,「お取引日時」欄に貸付年月日が,「お取引金額」欄に貸付金額が,「契約番号」欄に包括契約の契約番号が記入される。

イ 貸金業法18条1項書面(18条書面)の交付について

被告は,被告の店頭において原告より弁済を受けたときは,「領収書兼ご利用明細書」と題する書面を,原告が被告のATMを利用して弁済したときは,「ATM領収書兼ご利用明細書」を原告に交付した。これらの書面には,契約番号が記載されているので,①弁済を受けた旨を示す文字,②受領金額及び利息,損害金,元本への充当額,③弁済後の残存債務の額,④債務者以外のものが弁済した場合は,その旨の名称を記載すれば足りる(貸金業法施行規則15条2項)。

被告の店頭において弁済を受けた場合に交付される「領収書兼ご利用明細書」には,①表題部に「領収書」と記載され,弁済を受けた旨を示す文字が記載され,②「領収額」欄に受領金額が,「利息」欄に利息への充当額が,「遅延利息」欄に遅延損害金が,「元本返済額」欄に元本への充当額がそれぞれ記載され,③「未精算利息」欄に残存する利息債務額や残存遅延損害金額が,「貸付残高」欄には弁済後の残存債務額が記載され,④債務者以外の者が弁済した場合には,その旨の名称が「氏名」欄に記載される。

原告が被告のATMを利用して弁済した場合に交付される「ATM領収書兼ご利用明細書」では,①表題部に「領収書」と記載され,弁済を受けた旨を示す文字が記載され,②「お預り金額」欄に受領金額が,「お利息」欄に利息への充当金額が,「遅延利息」欄に遅延損害金が,「元本へのご返済額」欄に元本への充当額がそれぞれ記載され,③「お取引後の過不足金」欄に残存する利息債務額や残存遅延損害金額が,「お取引後のご利用残高」欄には弁済後の残存債務額が記載される(乙13)。なお,ATMによる弁済の場合,会員カードを利用して弁済されるので,第三者による弁済はない。

ウ 支払の任意性について

原告が店頭に来て借受金やその利息の支払をなすときは,原告が弁済をなす前に約定利率による利息金が幾らになるかを説明し,原告が弁済しようとする金額のうち幾らが利息金に充当され,幾らが元本の弁済に充当されるかについて納得の上,原告の自由な意思に基づいて返済することになっており,もし,万一利息の支払について納得できないときは,その弁済を拒否できることになっている。また,被告が使用しているATMは,利用者が弁済しようとする金額のうち幾らが利息に充当されるかが表示され,利用者が表示された利息金額について納得できれば「確認」ボタンを押すと,ATMに表示された利息金額が利息として充当され,ATMから貸金業法18条1項の所定の各事項を記載した「ATM領収書兼ご利用明細書」が出てきて利用者に交付されることになっており,利用者がATMに表示された利息金額や元本充当額等について納得できなかったときは「取消」ボタンを押すと利用者が弁済しようと思ってATMに挿入した金員はATMから出てきて利用者に返還されることになっていて,利用者の自由な意思によって利息や元本の弁済ができるようになっている。したがって,原告が被告の店頭で,又は被告のATMを利用してなした利息の返済は,いずれも原告の自由な意思に基づき任意に弁済したものであり,有効な利息の弁済といえる。なお,原告は,ATMによる返済は,弁済者が任意に返済したとはいえず,みなし弁済が成立する余地はないと主張するが,被告は,原告に対し,債務の返済について被告のATMの利用のみを強制しているわけではなく,ATMを利用して任意の支払ができないのであれば,ATMを利用せずに被告の店舗に来て支払をすればよいのであるから,原告の主張には理由がない。

(原告の主張)

ア 貸金業法17条1項所定の書面(17条書面)の交付について

(ア) 貸付けに関し,貸金業者が受け取る書面の内容

平成12年12月13日,原告が被告より40万円を借入れするにあたり,原告は,被告に対し,運転免許証と健康保険証の原本を渡し,被告担当者はそのコピーをとったにもかかわらず,被告は17条書面の「書面授受記録」欄にその記載をしていない。

(イ) 返済期間及び返済回数(6号)

a 基本契約書には,返済期間及び返済回数につき,具体的な数字で記載された部分はない。被告は,「借入前残元金と借入金を合算した後の元本を基本契約書の『残高スライド元利定額』欄の返済額で除した結果得られた月数(小数点以下切り上げ)を返済回数とする。」と主張しているが,基本契約書にはその旨の記載はない。返済期間及び返済回数を17条書面の必要的記載事項とした趣旨は,いつまでに何回かけて毎月幾らを返済するのかその内容を明記した書面を発行して,借入れ時点で借主をして契約の内容を熟知させ,弁済計画の参考に資することにあり,返済回数の記載は債務者が借入金の返済計画を立てる上で欠くことができない最重要事項であり,この記載の欠缺は17条書面の欠缺としては致命的であり,基本契約書は17条書面の要件を満たしていない。

b 包括貸付契約締結時に交付する書面だけでなく,個別的貸付け時に交付する書面にも,17条1項が定める記載事項の全部が記載されなければならないが,被告が個々の貸付けの都度交付した17条書面(乙9の2,3,6,7,10,12,14,15,18,21,23,24,26)にも,返済期間,返済回数(17条1項6号)の記載がなく,基本契約書と個々の貸付け時に交付した書面を併せて考慮しても,17条書面の要件を満たしていない。

イ 貸金業法18条1項所定の書面(18条書面)の交付について

被告が18条書面として提出した乙第9号証には,「領収書」の表示,「お預かり金額」欄,「お利息」欄,「遅延利息」欄,「元本へのご返済額」欄,「お取引後の過不足金」欄,「お取引後のご利用残高」欄のいずれも存在せず,意味内容を理解することの困難な数字が羅列してあるだけで,「債務の内容を正確に認識し,弁済契約の参考とし得る程度の一義的,具体的,明確なもの」とはいえないから,18条書面の記載要件を満たしていない。

ウ 支払の任意性について

原告がATMを利用して返済する場合,元本利息の充当関係の画面が表示された時点で,被告の指定する充当方法を拒絶して「取消」ボタンを押すと,画面が変更されて返済者が任意に弁済の充当関係を指定できるようにATMがプログラムされていないから,返済者は自由に充当を指定することはできず,かつ「取消」ボタンを押したことで返済全部が拒絶されてしまう。この場合,債務者は,返済期限に遅れることとなり,弁済が遅れたことで期限の利益を失い,遅延損害金の支払を余儀なくされる立場に追い込まれ,さらに信用情報機関に通知されて事故扱いとなり,その後の金融機関からの借入れができない立場に追い込まれる。この立場に追い込まれないためには,被告の一方的な充当指定を受け入れるほかはない。このように,被告の指定する充当関係を受け入れるか拒絶するかの選択しかできないATM機による返済は,債務者の自由な意思に基づいた任意の返済とはいえず,みなし弁済が成立する余地はない。

(2)  第一借入れ完済時に発生していた過払金は,第二借入れによる借入金に当然充当されるか

(原告の主張)

ア 第一借入れと第二借入れの一体性

原告は,第一借入れ時に締結された継続的包括的消費貸借契約に基づいて第二借入れをしたものであり,第一借入れと第二借入れは同一の継続的消費貸借契約に基づくものである。したがって,第一借入れ完済時に発生していた過払金は,第二借入れの借入金に当然に充当される。第一借入れと第二借入れが一連一体の契約に基づくものである理由は以下のとおりである。

(ア) 第一借入れ,第二借入れともに契約番号(5117-11252-01)が同じである。

(イ) 第一借入れと第二借入れの識番も01,02と連続しており,被告自身が,原告が第一借入れの基本契約を継続させた上で,二度目の借入れをしたことを表示している。

(ウ) 基本契約書(甲25)によれば,継続的消費貸借契約は借主が解約の申出をしない限り契約は終了しないが,原告は平成10年8月31日に完済したときも,その後も,契約を終了させる意思表示をしておらず,2年4か月後に再び借入れをしている。

(エ) 第一借入れの完済に際し,PALカードの返却をしていない。

(オ) 第一借入れも第二借入れも,借入れの条件が①貸付限度額が50万円であること,②利息計算が借入れ残高×借入れ利率÷365日×支払期日以前利用日数であること,③返済方法は毎月一定日とされていること,④毎月の返済額も一定額を支払うリボルビング方式であることなど,基本的な契約内容に変わりがない。なお,被告は,第一借入れの条件と第二借入れの条件が,①借入年月日,②遅延損害金,③各回の返済金額,④返済期日が異なることから,同一の契約に基づくものではないと主張するが,本件における原告と被告との消費貸借契約の本質的な要素は,借入限度枠の中で,継続して借入れと返済が行われることであり,被告の主張する貸付条件が異なることで別異の独立した貸付けと解することはできない。

(カ) 原告の意思としても資金需要の必要が生じれば,再び被告より借入れをする意思であり,被告としても,完済した顧客は優良顧客であるから,次の借入れの申込みがあれば直ちに貸付けをする意思であった。

(キ) 口座番号が「01」で同一であれば,被告としても,第一借入れと第二借入れを連続して扱い,仮に第一借入れで過払金が発生した場合,第二借入れの借入金に当然充当する意思であることが認められる。

イ 仮に,第一借入れと第二借入れが別個の消費貸借契約に基づくものとしても,借主の通常推定される合理的な意思解釈の帰結として,過払金の充当関係が定まると解されるところ(最高裁判所平成15年7月18日判決・民集57巻7号895頁),借主の通常の意思としては,継続的な貸付債務が存在するその一方で過払金の不当利得返還請求権が累積するといった複数の法律関係が併存するような事態は望んでおらず,むしろ新規借入れの元本に過払金が充当され,早期に元本が弁済されて縮小し,利息の負担が軽減されることを望んでいるから,当然充当することが当事者の合理的な意思解釈として妥当であること,当然充当を認めないと,貸金の利息は高利(利息制限法によっても15パーセント以上)であるのに対し,不当利得返還金に付される利息は5ないし6パーセントであり,衡平に反することなどからは,なお第一借入れの完済により発生した過払金は,第二借入れの借入金に充当される。

(被告の主張)

ア 第一借入れと第二借入れとは,以下の理由により,別個独立の契約に基づくものと言わざるをえず,第一借入れによって仮に過払金が生じたとしても,その過払金でもって第二借入れによって生じた借受金の弁済に充当することはできない。

(ア) 第一借入れと第二借入れとでは,契約の内容の主要な条件が以下のとおり著しく異なっている。

a 借入年率

第一借入れの借入年率は29.2パーセントであるのに対し,第二借入れの借入年率は25.55パーセントである。

b 遅延利息

第一借入れの遅延利率(遅延損害金)は32パーセントであるのに対し,第二借入れの遅延利率(遅延損害金)は29.2パーセントである。

c 各回の返済金額

第一借入れでは,元金の返済額は毎月5000円で支払を行うまでの利息を添えて支払う元金定額リボルビング方式であるのに対し,第二借入れでは,残高スライド元金定額方式をとっており,借入残高が変わることによって各回の返済額が異なる。

d 返済期日

第一借入れでは,毎月末としているのに対し,第二借入れでは毎月5日と定めている。

(イ) 原告による平成8年8月27日以降の利息の支払や元本の一部弁済は,すべて振込であったが,原告は,平成10年8月31日に第一借入れの残債務を全て完済して取引を終了させる意思でわざわざ被告の店頭に来て残債務全額を完済するのと引換えに,第一借入れの極度借入契約書(包括契約書)の原本の返還を受けている。また,その際,原告は,被告との取引を終了させるために「アコム」から借りて被告の債務を完済した。これらの事実からも,原告,被告ともに,第一契約に基づく金銭消費貸借取引を終了させる意思のあったことは明白である。

(ウ) 原告の第一契約の契約番号は5117-11252-01-01であり,第二契約の契約番号は5117-112520102である。5117-11252は,契約書に明記されているように,契約番号ではなく,会員番号,つまり顧客の背番号や顧客を特定する番号であり,最初の包括契約に基づく取引が終了し,全く異なる新たな包括契約を締結して金銭消費貸借取引を始める場合でも,顧客が同一人であれば,原則として,先の包括契約の会員番号(契約番号)を使用しているので,第一借入れの会員番号と,第二借入れの会員番号が同じであるからといって,第一借入れ時の包括契約を基本契約として平成12年12月13日以降の貸付けをしていることにはならない。なお,原告は,被告は,第二借入れにおいて,第一借入れと同一契約に基づいて借換え,借増しが行われたことを示す識番「02」と記載したと主張するが,識番「02」は,被告が原告との間で2回目の包括契約を行ったことを表すものであって,同一契約に基づいて借換え,借増しが行われたことを示すものではない。

(エ) 第一借入れの完済時に,PALカードが仮に返還されていなかったとしても,原告が第二借入れの基本契約を締結した際には,被告から新たなPALカードの交付を受け,そのPALカードで第二借入れの取引をしていたのであるから,第一借入れと第二借入れとは全く別のPALカードで取引がされていた。

イ 過払金が生じた段階で別口の債権が存在しなければ,充当の問題は発生しないと解すべきであり,新たな他の債権が発生した時点で当然に新たな債権の元本に充当されると解することはできない。

ウ 第二借入れには,みなし弁済の適用があるから,被告は原告に対し,別紙取引表記載のとおり,貸金残金33万3421円及びこれに対する原告の弁済が遅延した平成15年6月6日以降完済に至るまで年29.2パーセントの割合による遅延損害金債権を有している。そこで,仮に第一契約に基づく金銭消費貸借取引で,別紙被告計算書1記載のとおり34万3325円の過払金が発生していたとしても,被告は,平成16年12月22日(第11回弁論準備手続期日),被告の原告に対する前記貸金残金33万3421円及びこれに対する平成15年6月6日から平成16年12月22日までの遅延損害金15万3106円の合計48万6527円のうち原告の被告に対する不当利得返還請求権34万3325円と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

また,仮にみなし弁済が認められないとしても,平成16年12月22日(第11回弁論準備手続期日),被告は原告に対し,別紙被告計算書2記載のとおり,第二借入れに係る貸金残金24万7139円及びこれに対する平成15年6月6日から平成16年12月22日までの遅延損害金11万3462円の合計36万0601円のうち,原告の被告に対する不当利得返還請求権34万3325円と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(3)  相殺(原告の予備的主張)

(原告の主張)

平成12年12月13日の時点で,原告の被告に対する過払金返還請求権と被告の原告に対する貸付債権は,相殺適状になっており,第二借入れは完済に至っていないので,相互の債権債務は対立している。よって,原告は,平成16年6月18日(第7回弁論準備手続期日),相殺の意思表示をした。これにより相殺適状時に遡って相殺の効力を生じるので,原告の第二借入れに過払金が当然充当されたことと同じ結果となる。

(被告の主張)

相殺の遡及効といえども,相殺の意思表示をする以前に生じた事実を覆すことはできない。すなわち,相殺適状を生じても,受働債権が弁済され,又は受働債権の不履行によってその発生原因となった契約が解除された後には,相殺することができない。

3  争点

(1)  第二借入れにおけるみなし弁済の成否

(2)  第一借入れ完済時に発生していた過払金は,第二借入れによる借入金に当然充当されるか

(3)  相殺(原告の予備的主張)

第3争点に対する判断

1  第二借入れにおけるみなし弁済の成否(争点(1))

(1)  貸金業法43条1項は,貸金業者が業として行う金銭消費貸借上の利息の契約に基づき,債務者が利息として任意に支払った金銭の額が利息の制限額を超え,利息制限法上,その超過部分につき,その契約が無効とされる場合において,貸金業者が,貸金業に係る業務規制として定められた貸金業法17条1項及び18条1項所定の各要件を具備した各書面を交付する義務を遵守したときには,利息制限法1条1項の規定にかかわらず,その支払を有効な利息の債務の弁済とみなす旨定めている。貸金業者の業務の適正な運営を確保し,資金需要者等の利益の保護を図ること等を目的として,貸金業に対する必要な規制等を定める法の趣旨,目的(貸金業法1条)と,上記業務規則に違反した場合の罰則が設けられていること等にかんがみると,同法43条1項,3項の規定の適用要件については,これを厳格に解釈すべきものであり,17条書面には,同法17条1項所定の事項のすべてが記載されていることを要する(最高裁判所平成16年2月20日第二小法廷判決・民集58巻2号475頁参照)。また,その記載の程度も,債務者が自己の債務の内容を正確に認識し,弁済計画の参考とし得る程度に一義的,具体的で明確なものでなければならないと解すべきである。

なお,本件のごとく包括的な契約を締結して貸付限度額を定め,その範囲内で貸付けと返済を繰り返す場合,包括的契約を締結する際に法17条1項所定の事項を全て具体的に記載することは不可能であるが,当該時点では同条項所定の事項のうち特定し得る事項を記載するとともに,個々の貸付けを行う際に,その余の事項を記載した書面を交付し,これらを併せて見たときに,同条項所定の事項に記載もれがないことが必要と言うべきである。

(2)  これを本件についてみると,第二借入れにおける継続的消費貸借契約締結時に原告に交付された基本契約書(乙2)にも,被告が個々の貸付けの都度交付したとして提出している「領収書兼ご利用明細書」(乙9,13)や計算書(乙8)にも,「返済期間及び返済回数」につき具体的な記載がなされているとは言えない。確かに,個々の貸付けの都度交付された「領収書兼ご利用明細書」等に記載されている貸付残高と,基本契約書の「支払い方式及び約定支払額」欄の記載の「残高スライド元利定額」による約定支払額に基づいて計算すれば,返済期間及び返済回数を計算することは不可能ではないが,被告自身,「残高スライド元利定額リボルビング方式では,返済回数及び返済期間は個々の借入れ返済によって変更されていき,返済回数及び返済期間という概念そのものがそぐわないので,これを一義的に契約書面に記載することは極めて困難である」としているのであるから,一般の債務者が各借入れの都度,その時点における返済期間及び返済回数を正確に計算することはほとんど不可能であるといえ,債務者が自己の債務の内容を正確に認識し,弁済計画の参考とし得る程度に一義的,具体的で明確な記載がなされているとは言い難い。

(3)  以上から,基本契約書と個々の貸付けの都度交付された「領収書兼ご利用明細書」などの書面を併せてみても,「返済期間及び返済回数」の記載がなされているとはいえないから,17条書面の交付があったとは認められない。したがって,その余の点について判断するまでもなく,第二借入れに係る各弁済は,貸金業法43条1項の適用がない。

2  第一借入れ完済時に発生していた過払金は,第二借入れによる借入金に当然充当されるか(争点(2))

(1)  証拠(甲25,48,乙2,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 原告は,平成3年ころから,平成15年ころまでの間,被告以外にも6社の貸金業者から借入れをしていたが,被告との取引が長くなっていることや,1社でも借入れ先を少なくしたいと考えたことなどから,当時借入れをしていた貸金業者の1社である「アコム」から借入れをして,平成10年8月31日,被告に対し,23万9511円を返済して第一借入れを完済した。その際,原告は,被告から領収書兼ご利用明細書(甲27の2)を受け取った。原告は,その他の貸金業者との取引はその後も続けていた。

イ その後,被告から,原告に対し,二,三回貸付けを勧誘する電話があった。

ウ 原告は,平成12年12月,借入れの必要が生じたが,当時取引していた他の貸金業者からは極度額まで借入れしていたため,被告から再度借入れすることにし,同月13日,第二借入れをした。その際,原告は,被告から第一借入れ時とは異なる新しい「PALカード」の交付を受け,以後それを使用して取引をした。

エ 第一借入れと第二借入れにおいて,それぞれ継続的消費貸借契約に係る契約書が作成された(第一借入れについては甲25,第二借入れについては前記基本契約書《乙2》。)。

それらによれば,第一借入れと第二借入れでは,共に契約番号のうち会員番号部分の「5117-11252」と,口座番号部分の「01」は同一であり,その後に続く識番部分は,第一借入れについては「01」,第二借入れについては「02」である。

また,第一借入れと第二借入れでは,契約の主要な内容のうち,借入れ極度額が50万円であることは同一であるが,借入れ年率(第一借入れは29.2パーセント,第二借入れは25.55パーセント),遅延利率(第一借入れは32パーセント,第二借入れは29.2パーセント),各回の返済金額(第一借入れは元金定額リボルビング方式,第二借入れは残高スライド元金定額方式),返済期日(第一借入れは毎月末,第二借入れは毎月5日)は異なっている。

(2)  以上の認定した事実によれば,原告は,第一借入れについて,平成10年8月31日,23万9511円を支払って完済し,一旦は被告との取引を終了させたが,約2年4か月後の平成12年12月になって新たな借入れの必要が生じたため,再度被告と継続的消費貸借契約を締結し,取引を開始したもので,第一借入れ時とは内容の異なる基本契約書(乙2)が作成されていることにも照らすと,第一借入れと第二借入れとが同一の継続的消費貸借契約に基づくものであるとか,一連一体の契約に基づくものであるということはできない。第一借入れと第二借入れは,別個独立の継続的消費貸借契約に基づく借入れであると言わざるをえない。

(3)  そこで,第一借入れと第二借入れが別個独立の継続的消費貸借契約に基づくものであることを前提に,第一借入れによる過払金が,第一借入れ完済時には未だ存在していない第二借入れによる借入金に充当されるかを検討する。

同一の貸主と借主との間で基本契約に基づき継続的に貸付けが繰り返される金銭消費貸借取引において,借主がそのうちの一つの借入金債務につき法所定の制限を超える利息を任意に支払い,この制限超過部分を元本に充当してもなお過払金が存する場合,この過払金は,当事者間に充当に関する特約が存在するなど特段の事情がない限り,民法489条及び491条の規定に従って,弁済当時存在する他の借入金債務に充当され,当該他の借入金債務の利率が法所定の制限を超える場合には,貸主は充当されるべき元本に対する約定の期限までの利息を取得することができないと解されている(最高裁判所平成15年7月18日第二小法廷判決・民集57巻7号895頁)が,本件においては,第二借入れは第一借入れとは別個独立の継続的消費貸借契約に基づくものであることから,第一借入れによる過払金は第二借入れの借入金に充当されないのではないかが問題となる。思うに,同一当事者間において,同一の基本契約に基づいて継続的に貸付けとその返済が繰り返されている場合に,過払金が他の借入金債務に当然充当されるのは,そのような場合,借主は,借入れ総額の減少を望み,複数の権利関係が発生するような事態が生じることは望まないのが通常と考えられるから,特段の事情のない限り,弁済当時存在する他の借入金債務に対する弁済を指定したものと推認できるためである。そうすると,本件の第二借入れは,第一借入れによる借入金完済から2年4か月余り経過後に,原告に新たな資金需要が生じたことから,別個の基本契約を締結してなされた借入れであるが,同一当事者間における,借入限度額を定めて継続的に借入れと返済を繰り返すことが予定された同種の継続的金銭消費貸借契約であることからすると,原告が,一方で第一借入れの過払金につき被告に対する不当利得返還請求債権を有しながら,他方で第二借入れの借入れ債務を負担するという債権債務が併存する状態を望んでいたとは推認できず,第一借入れの過払金を,新規の借入れである第二借入れの元本に充当し,早期に元本が縮小して利息の負担が軽減されることを望んでいたと推認できる。また,第一借入れの過払金発生当時,第二借入れの借入れ債務は存在しないから,充当の問題は発生しないのではないかという点についても,第一借入れと第二借入れは,同一当事者間における同種の継続的金銭消費貸借取引であるのに,第一借入れの過払金については不当利得返還請求権が発生し,民法所定の年5パーセントの割合による利息が発生するに止まるのに,第二借入れの借入金については,約定による利息が発生すると解するのであれば,公平に反するものであり,これを取得させるべきではないこと,原告の,第一借入れの過払金を第二借入れの借入れ元本に充当する意思は,第二借入れが第一借入れによる過払金発生後に生じたものであることによって変わるものではないと推認されることからは,第一借入れによる過払金は,その後に生じた第二借入れの借入金に当然充当されるものと解される。したがって,第一借入れと第二借入れが別個独立の継続的消費貸借契約に基づくものであっても,本件においては,第一借入れの過払金は第二借入れの借入金に充当されるものと解するべきである。

(4)  そこで,その余の争点について判断するまでもなく,第一借入れによる過払金を第二借入れの借入金に充当して,第一借入れ及び第二借入れを利息制限法の制限利率に引き直して計算すると,別紙計算書記載のとおりであり,過払金が,30万0265円,これに対する未払利息が1万2424円となる。(なお,被告は,原告が返済期日に1日又は2日遅れて返済した8回について,32パーセントの遅延損害金を付して計算しているが《いずれも第一借入れに関する返済,別紙被告計算書1参照》,被告が,それらの返済後に,期限の利益を喪失したとして残額について一括請求していたことを窺わせる証拠はなく,むしろその後も変わらず弁済金を受領し続けていたことが認められるから,原告に対し,期限の利益喪失を宥恕し,遅滞の効果を免責したものと認めるのが相当であり,別紙計算書記載のとおり計算すべきである。)

第4結論

以上より,原告の請求は,被告に対し,31万2689円及び内30万0265円に対する平成15年5月9日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法64条ただし書,61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 新井紅亜礼)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例