名古屋地方裁判所一宮支部 平成17年(ワ)411号 判決 2007年6月28日
愛知県一宮市●●●
原告
A
愛知県清須市●●●
原告
B
上記2名訴訟代理人弁護士
瀧康暢
同
大辻美玲
同
小野晶子
名古屋市西区則武新町三丁目5番7号
被告
株式会社ユアーズ
上記代表者代表取締役
●●●
主文
1 被告は原告Aに対し,24万4952円及び内9万4952円に対する平成17年6月11日から支払済みまで,内15万円に対する平成17年10月28日から支払済みまで,それぞれ年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は原告Bに対し,27万1888円及び内12万1172円に対する平成16年3月2日から支払済みまで,内15万円に対する平成17年10月28日から支払済みまで,それぞれ年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用はこれを10分し,その6を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。
5 この判決は,1項及び2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1 被告は原告Aに対し,50万4642円及び内10万3650円に対する平成17年5月10日から支払済みまで年6分の割合による金員,内40万円に対する平成17年10月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は原告Bに対し,70万3265円及び内30万1115円に対する平成16年3月2日から支払済みまで年6分の割合による金員,内40万円に対する平成17年10月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)3条所定の登録を受けた貸金業者である被告から,利息制限法所定の制限利率を超える利息を支払う約定で金員を借り入れた原告らが,①約定利息を支払い続けた結果,過払金が生じたとして,民法704条に基づき,過払金及びこれに対する利息の支払を求めるとともに,②取引履歴の不開示により精神的苦痛を被ったとして,民法709条に基づき,損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。なお,被告は,本件の訴訟手続を被告支配人に追行させようとしたが,原告らは,被告支配人と称する者は会社法上の支配人ではないとして,その訴訟代理権を争った。
1 請求原因
(1) 原告A(以下「原告A」という。)の請求
ア 過払金及び利息金請求
(ア) 原告Aは,平成9年8月2日,被告との間で消費貸借契約を締結し,別紙1のとおり,借入及び返済を繰り返した。
(イ) 原告Aと被告の取引は,「●●●4890」の取引と「●●●4891」の取引があるが,いずれの契約も名古屋駅前支店扱いで契約されていること,利息,損害金,返済日,返済場所,充当順位,追加借入の方法が同じであること,返済日や追加借入日も同日で同じ店舗で返済しているなど,継続的消費貸借契約の主要部分はすべて同一であるから,この2つの取引は,同一当事者間の同一の金銭消費貸借として一体の取引として合体連続して計算すべきである。
なお,上記主張が認められない場合に備え,原告Aは被告に対し,平成19年5月14日,本件口頭弁論期日において予備的に,「●●●4890」の借入により発生した過払金債権と「●●●4891」の借入により残存する貸金債務とを対当額にて相殺する旨の意思表示をした。
(ウ) 原告Aと被告の取引を利息制限法の制限利率に照らし,引き直し計算すると,10万4642円(利息合計残金992円を含む。)の過払が発生している。
(エ) 被告は,利息制限法を超える利息で貸付をしていることを知りながら,貸付を行っているので,悪意の利得者であり,かつ,被告は貸金を業とする商人であるから,年6分の利息を付すべきである。
(オ) よって,原告Aは被告に対し,①過払金元金10万3650円,②平成17年5月9日までの商事法定利率年6分の割合による利息992円,③上記①に対する平成17年5月10日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息の支払を求める。
イ 取引履歴不開示による損害賠償請求
(ア) 原告Aは,平成17年6月2日,債務整理を原告ら代理人弁護士に依頼し,被告に対し,弁護士を通じて約3か月間繰り返し取引履歴の開示を求めた。しかし,被告はこれを無視し,平成16年5月12日以降の取引履歴しか開示しなかった。そして,本訴に至った後,やっと平成15年1月17日以降の取引を開示したが,未だ全部の取引履歴を開示しない。
(イ) 原告Aは,弁護士に依頼した後も,債務整理を進めるに当たり,5か月以上も被告に対していくらの残債務が残っているのか,あるいは過払金の請求ができるのかその目処が立たず,不安な日々を送った。そして,被告が取引履歴を開示しないことにより,弁護士に依頼して,訴訟手続で過払金の請求をすることを余儀なくされた。
(ウ) 被告の取引履歴不開示により,原告Aが被った精神的損害は,金20万円を下らない。また,弁護士費用として金20万円の支出を余儀なくされた。
(エ) よって,原告Aは被告に対し,不法行為に基づく損害賠償請求として,40万円及び不法行為の日の後である平成17年10月28日(本訴提起日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 原告B(以下「原告B」という。)の請求
ア 過払金及び利息金請求
(ア) 原告Bは,遅くとも平成8年4月24日,被告との間で継続的消費貸借契約を締結し,別紙2のとおり,借入及び返済を繰り返した。
(イ) 原告Bは被告との間で,ユアーズとのスタンダードの消費貸借契約,ユーレディース(被告の別名商品)との消費貸借契約を締結しているが,いずれの基本契約も貸主を同じくし,約定利息も同じで,返済方法も残高スライドのリボルビング方式で,貸付と返済を継続的に行う消費貸借契約である。したがって,別口で引き直し計算する必要はなく,いずれからの貸付,いずれへの返済であっても,日付順に貸付金と返済金を組み入れて一連一本のものとして計算すべきである。
なお,上記主張が認められない場合に備え,原告Bは被告に対し,平成19年5月14日,本件口頭弁論期日において予備的に,ユーレディース取引の貸金残債務とユアーズ取引によって発生した過払金債権を対当額にて相殺する旨の意思表示をした。
(ウ) 原告Bと被告の取引を利息制限法の制限利息に照らし,引き直し計算すると,30万3265円(利息合計残金2150円を含む。)の過払が発生している。
(エ) 被告は,利息制限法を超える利息で貸付をしていることを知りながら,貸付を行っているので悪意の利得者であり,かつ,被告は貸金を業とする商人であるから,年6分の利息を付すべきである。
(オ) よって,原告Bは被告に対し,①過払金元金30万1115円,②平成16年3月1日までの商事法定利率年6分の割合による利息2150円,③上記①に対する平成16年3月2日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息の支払を求める。
イ 取引履歴不開示による損害賠償請求
(ア) 平成16年8月10日,原告Bは,債務整理を原告ら代理人弁護士に依頼し,被告に対し,弁護士を通じて1年近く繰り返し取引履歴の開示を求めたが,被告はこれを無視し続けた。本訴に至った後,被告はやっと平成13年5月21日以降の取引を開示したが,未だ全部の取引履歴を開示しない。
(イ) 原告Bは,弁護士に依頼した後も,債務整理を進めるに当たり,1年2か月以上も被告に対していくらの残債務が残っているのか,あるいは過払金の請求ができるのかその目処が立たず,不安な日々を送った。そして被告が取引履歴を開示しないことにより弁護士に依頼して,訴訟手続で過払金の請求をすることを余儀なくされた。
(ウ) 被告の取引履歴不開示により,原告Bが被った精神的損害は20万円を下らない。また,弁護士費用20万円の支出を余儀なくされた。
(エ) よって,原告Bは被告に対し,不法行為に基づく損害賠償請求として,40万円及び不法行為の日の後である平成17年10月28日(本訴提起日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 原告Aの請求について
ア 過払金及び利息金請求について
否認ないし争う。原告Aと被告との取引は,平成13年1月17日に開始されたものである。
イ 取引履歴不開示による損害賠償請求について
否認ないし争う。原告Aは,当初昭和60年の取引開始を主張していたところ,被告の取引調査では平成13年1月17日以降の取引しか存在せず,原告Aの主張とは大きく相違するものであった。このため,被告の担当者は,このまま調査結果に基づく取引を開示しても,原告ら代理人が納得せず,被告に取引開示請求を続けることとなるものと考え,まず,原告Aの主張する昭和60年からの取引につき,その根拠の説明を求めたものである。これに対し,原告Aは立証も訂正もすることなく昭和60年からの取引を主張し,被告に取引開示を請求し続けたので,被告は,双方の主張する取引期間の誤差の大きさから困惑し,平成13年当時からの取引についても提出する機会を逸し,本件訴訟に至ったものである。
(2) 原告Bの請求について
ア 過払金及び利息金請求について
否認ないし争う。
イ 取引履歴不開示による損害賠償請求について
否認ないし争う。被告においては,取引の完済後,3年を経過した取引データについては破棄を行っているため,既に開示した取引履歴以外のものは現存せず,開示は不可能である。
3 原告Bに対する抗弁(相殺)
被告は,原告らによる本訴提起前,原告Bに対し,過去の契約において発生したであろう不当利得金を受働債権とし,貸付債権の残存する現在契約を自働債権とし,相殺の意思表示を行った。また,平成17年12月8日,本件口頭弁論期日において,答弁書により相殺の意思表示を行った。
4 抗弁に対する認否
同一当事者間における継続的消費貸借契約において,一度完済したことにより発生した過払金は,当事者の相殺の意思表示を待つまでもなく,次の貸付に当然充当される。よって,完済により発生した過払金債権と,次の貸付債権が同時に併存して存在することはなく,発生した過払金は次の貸付金に当然充当されるので,被告の相殺の主張は誤っている。
第3当裁判所の判断
1 被告支配人の訴訟代理権について
本件において,被告代理人支配人と称する●●●田●●●(以下「●●●田」という。),●●●(以下「●●●」という。),●●●村●●●(以下「●●●村」という。)が,被告の訴訟代理人として,準備書面を陳述し書証を提出するなど,訴訟行為をしようとしたことは記録上明らかである。これらの3名はいずれも被告の支配人として登記されている者ではあるが,株式会社の支配人とは,会社に代わってその事業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を与えられた使用人をいうのであり(会社法11条1項),これに当たるというためには,形式的に支配人として登記されているだけでは足りず,実質的にみても,上記のような事業上の包括的な権限を与えられていることが必要である。そこで,以下,●●●田,●●●,●●●村が,上記のような事業上の包括的権限を与えられている被告の支配人と認められるか否かについて検討する。
(1) 本件訴訟の経緯等
後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被告は,貸金等を業とする資本金10億1500万円の株式会社であり,現在,登記簿上では14の支店を有している。(甲35)
イ 平成17年12月8日,本件訴訟の第1回口頭弁論期日が開かれ,被告代表取締役名で提出された答弁書が擬制陳述された。第2回口頭弁論期日からは,被告本店の支配人として登記されている●●●田が出廷し,支配人としての訴訟代理権を主張したが,原告らは,●●●田には支配人性が認められないとして,同人の訴訟代理権を争った。なお,被告は,平成17年12月28日付「求釈明申立ならびに意見書に対する意見書」において,●●●田が被告の唯一の支配人であると主張していた。(当裁判所に顕著な事実)
ウ 当裁判所は,●●●田の支配人性について審理するため,平成18年8月7日の第7回口頭弁論期日において,●●●田の証人尋問を行った。●●●田は,同証人尋問において,①債権管理の法的手続は全て本店の債権管理部で行っており,裁判への出廷も債権管理部の担当者がしていること(地裁は●●●田が,簡裁は係員が出廷),②過払金返還訴訟について和解をするか否かの決裁権限は全て●●●田にあること,③被告の従業員の採用は本店において全て最終決定していること,④金融機関から被告への融資は本店の財務部において一括して扱っていること等を証言した。また,被告は,上記イの書面において,●●●田が被告従業員の異動人事に関する決裁権を有していると主張していた。(証人●●●田,当裁判所に顕著な事実)
エ 当裁判所は,平成18年11月10日の第8回口頭弁論期日において,審理の結果,●●●田については支配人性が認められないので,今後は●●●田による訴訟追行を認めない旨の判断を口頭で示した。(当裁判所に顕著な事実)
オ 被告は,平成18年11月27日,名古屋地方裁判所において,●●●田が訴訟上の代理権を有しないことを確認する中間判決を受けた。(甲20)
カ 平成18年11月28日,被告は各支店につき支配人11名を選任したとして,支配人登記を行った。この際,これまで支店登記されていなかった名古屋市中川区高畑二丁目144番地所在の営業所(以下「高畑支店」という。)について支店設置の登記がされ,同時に●●●村が同店の支配人として登記された。また,●●●は,平成18年12月6日,名古屋市中村区名駅四丁目22番22号所在の営業所(以下「名駅前支店」という。)の支配人として登記された。(甲35)
キ 平成18年12月25日,本件訴訟の第9回口頭弁論期日に,●●●及び●●●村が被告代理人支配人として出廷した。また,平成19年2月22日の第10回口頭弁論期日において,●●●及び●●●村は,訴訟に関する権限は,今回の権限委譲により全て支店の権限となり,●●●田は支店に委譲された権限に関し,現時点では何らの判断権限も有していないと述べた。(当裁判所に顕著な事実)
ク ●●●田は,他の訴訟においては,現在もなお,被告の訴訟代理人支配人として訴訟追行している。(甲49)
(2) ●●●田の訴訟代理権
以上の認定事実を前提に,まず●●●田の訴訟代理権についてみるに,被告は現時点では●●●田が支店に委譲された事項について何ら権限を有していないことを認め,本件につき訴訟代理権を有する支配人として,●●●及び●●●村を本件口頭弁論期日に出廷させているから,●●●田は本件について何ら訴訟代理権を有していないと認められる。
(3) ●●●及び●●●村の訴訟代理権
次に,●●●及び●●●村の訴訟代理権について検討するに,被告は,各支店はこれまでも会社法上の支店としての実体を備えていたものであるが,今般,さらに各支店に権限を委譲することになったので,支配人を配し,一部の営業所については支店登記することにしたと主張する。
しかしながら,被告は,平成17年12月28日の時点では支配人として●●●田1人しか選任していなかったにもかかわらず,当裁判所及び名古屋地方裁判所において●●●田の支配人性が否定されるや,直後に11名もの支配人を登記し,新たな支配人を弁論期日に出廷させたものであって,その不自然な経過からは,支配人性が否定された●●●田の代わりに訴訟を追行させるために,新たな支配人を選任したのではないかと疑わざるを得ない。被告の主張を精査しても,●●●田の支配人性が否定されたこと以外に,この時期に各支店について支配人を選任しなければならなかった理由があったとは認められない。
また,●●●は名駅前支店,●●●村は高畑支店の支配人として選任されているものであるから,●●●及び●●●村が会社法上の支配人であるというためには,名駅前支店及び高畑支店が会社法上の支店に該当することが前提になる。会社法上の「支店」というためには,本店を離れて一定の範囲において対外的に独自の事業活動をなすべき組織を有する従たる事務所たる実質を備えている必要があるが(最高裁昭和37年5月1日第三小法廷判決・民集16巻5号1031頁参照),●●●田の証言等によれば,被告においては,債権管理・人事・資金調達のいずれの権限も本店に集約されていたことが認められる上,顧客への融資実行について支店長に裁量があったのかも不明であるから,●●●田が証言した平成18年8月7日の時点で,被告の支店が会社法上の支店たる実質を備えていたとは認められない。そして,被告は,今般,各支店にこれまで以上の決裁権を委譲することになったと主張しているが,これを確認するに足る決裁権限規程や取締役会議事録等の書面は何ら提出されていないのであって,上記主張は到底信用することができない(被告は全て口頭の言い渡しで行っていると主張するが,被告ほどの規模の会社において大幅な決裁権限の変更を全て口頭で済ませるというのはいかにも不合理である。)。したがって,支配人登記がされている被告支店は,そもそも会社法上の支店とは認められない。
以上によれば,被告は,弁護士でない者に裁判上の行為をさせる目的で,支店としての実質を有しない営業所について支配人選任登記をしたと推認されるのであって,●●●及び●●●村に支配人としての訴訟代理権を認めることはできない。
2 原告Aの請求について
(1) 過払金及び利息金請求について
ア 取引開始時期
原告Aと被告の取引開始時期について,原告Aは,長女●●●の長男●●●(平成9年4月●●●日生)が生まれた約三,四か月後に,被告との取引を始めたと供述している。上記供述には客観的な裏付証拠は存在しないものの,①孫の誕生という記憶に残る出来事を基準に述べており,具体性があること,②原告Aの長女●●●も,●●●が1歳になる前に,原告Aと一緒に被告店舗のあるビルに行ったと陳述していること(甲21),③原告Aは友達から新しく店ができたのでそこで借りられるのではないかと聞いて,被告の一宮店に借りに行ったと供述しているところ,一宮店ができたのは平成9年5月12日であり(甲11),原告Aの供述は客観的事実とも整合していることが認められるから,原告Aの上記供述は信用することができるというべきである。したがって,原告Aの主張のとおり,原告Aと被告の取引開始時期は,平成9年8月2日であると認めるのが相当である。
イ 取引内容
次に,原告Aと被告との取引内容について検討するに,平成13年1月17日以降の取引については,被告が取引履歴を開示しており(甲32の1及び2),原告Aが主張する取引内容もこれと同じである。もっとも,後記ウのとおり,別紙1は二つの取引が合体して記載されているので,これを取引ごとに分けると,原告Aと被告は,別紙3及び別紙4のとおり,取引を行ったことが認められる。
次に,平成9年8月2日から平成13年1月16日までの取引内容については取引履歴は開示されていないところ,原告Aは,当初は20万円を借りた,返済は概ね1万円から1万2000円くらいを返していた,借りるときは最低でも1万円は借りたと供述している。上記供述も客観的な裏付証拠は存在しないが,これに従って再現した取引内容を約定利息で計算すると,現在の残高と概ね整合することが認められるし(甲30,甲31,甲39),本件証拠を精査しても,上記供述の信用性を否定するに足る証拠は何ら提出されていないから,原告Aの上記供述は信用することができる。よって,原告Aは被告との間で,平成9年8月2日から平成13年1月16日まで,別紙1のとおり(別紙3も同じ),借入及び返済を行ったと認めるのが相当である。
ウ 計算方法
原告Aと被告との取引は,2つの取引に分かれていることが認められるところ,原告Aは2つの契約の主要部はすべて同一であるから,同一当事者間の同一金銭消費貸借として一体の取引として合体連続計算すべきであると主張する。
しかしながら,証拠(甲30,甲31,甲32の1及び2,甲42,甲43)によれば,①「●●●4890」の契約(以下「第1契約」という。)は,会員が50万円の極度額の範囲内で繰り返し貸付を受けることができ,返済は残高スライドリボルビング方式で行うというカードローン包括契約であるのに対し,「●●●4891」の契約(以下「第2契約」という。)は,最初に貸し付けられた10万円の貸金を,毎月5000円の元利均等により返済するという金銭消費貸借契約であり,内容が大きく異なること,②原告自身も第1契約に基づく債務と,第2契約に基づく債務を別々に返済していること,③被告も両契約を別々に管理していることが認められるから,2つの契約を同一の金銭消費貸借契約であると認めるのは困難である。そして,第1契約と第2契約を包括するような基本契約も存在しない。したがって,第1契約と第2契約はそれぞれ別個に,利息制限法の制限利率により引き直し計算するのが相当である。
エ 受益に関する被告の悪意
弁論の全趣旨によれば,被告は,原告Aとの取引における約定利息が利息制限法における制限利率を超えるものであること,原告との間で別紙3及び別紙4のとおりの取引が行われたことを認識していたと認められるところ,民法704条にいう「悪意」であるというためには,当該利得を得るにつき法律上の原因がないことを基礎付ける事実関係を認識していれば足りるから,被告は過払金が発生した時点から受益について悪意であったと認められる(仮に,被告がみなし弁済が成立すると解していたとしても,それは法令解釈を誤ったに過ぎず,基礎となる事実関係を認識している以上,被告が悪意であったとの認定を妨げるものではない。)。よって,被告は過払金に利息を付して返還すべき義務を負う。
オ 過払利息の利率
原告Aは,過払金に付される利息は商事法定利率によるべきであると主張する。しかしながら,商法514条の適用又は類推適用されるべき債権は,商行為によって生じたもの又はこれに準ずるものでなければならないところ,上記過払金についての不当利得返還請求権は,高利を制限して借主を保護する目的で設けられた利息制限法の規定によって発生する債権であって,営利性を考慮すべき債権ではないので,商行為によって生じたもの又はこれに準ずるものと解することはできない。よって,悪意の受益者が返還すべき過払金に付すべき民法704条前段所定の利息の利率は,民法所定の年5分と解するのが相当である(最高裁平成19年2月13日第三小法廷判決・判時1962号67頁)。
カ 計算結果
以上を前提に,原告Aと被告との取引を利息制限法の制限利率により引き直し計算すると,別紙3及び別紙4のとおりとなる。そして,原告Aは,第1契約と第2契約の合体連続計算が認められない場合に備えて予備的に相殺の意思表示をしているので,第1契約に基づく過払金返還請求権と第2契約に基づく貸金返還請求権が相殺適状になる時期を検討するに,まず,過払金返還請求権は不当利得返還請求権であって期限の定めのない債権であるから,発生すると同時に権利行使可能な債権である。他方,第2契約に基づく借入は,毎月10日までに元利金合計5000円を支払うとの約定の借入であり,返済を1回でも怠ったときは期限の利益を喪失する旨の約定が定められているところ(甲43),原告Aは平成17年5月9日まで期限の利益を放棄することなく返済を行ったが,同年6月10日の支払日には弁済を行わず期限の利益を失ったことが認められるから(甲32の2),第1契約に基づく過払金返還請求権と第2契約に基づく貸金返還請求権は,平成17年6月10日の経過によって相殺適状となったと認められる。そして,同日時点における第1契約による過払金返還請求権は元金が17万1302円,利息が2510円であり,第2契約による貸金返還請求権は元金が7万7635円,利息が1225円であるから,これを対当額で相殺すると,過払金返還請求権の元金9万4952円が残る。
よって,被告は原告Aに対し,過払金元金9万4952円及びこれに対する平成17年6月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息を支払う義務を負う。
(2) 取引履歴不開示による損害賠償請求について
ア 取引履歴の開示をめぐる経過
甲1の2ないし5,弁論の全趣旨及び当裁判所に顕著な事実によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 原告Aは平成17年6月ころ,債務の返済に行き詰まり,原告ら代理人に債務整理を依頼した。
(イ) 原告ら代理人は,平成17年6月2日,被告を含む全債権者に対して書面で,原告Aの取引経過全部の開示を求めた。これに対し,被告は,平成16年5月12日以降の取引履歴しか開示しなかったため,原告ら代理人は,本人は昭和60年ころからの取引開始と記憶している旨を指摘して,平成17年8月5日,同月19日,同年9月13日の3度にわたって,契約書及び取引当初からの取引履歴について再度調査の上,開示願いたいとの文書を送付したが,被告はこれに応じなかった。
(ウ) このため,原告ら代理人は原告Aの債務整理を速やかに進めることができず,原告Aは,被告に対して貸金債務が残っているのか,過払金請求ができるのか分からないまま不安な状態に置かれた。結局,原告Aは,平成17年10月28日,当庁に本件訴訟を提起した。
(エ) 被告は,本訴提起後になって,平成13年1月17日以降の取引履歴を開示した。
イ 不開示の違法性及び損害額
貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情がない限り,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,保存している業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものを含む。)に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負い,貸金業者がこの義務に違反して取引履歴の開示を拒絶したときは,その行為は,違法性を有し,不法行為を構成すると解される(最高裁平成17年7月19日第三小法廷判決・民集59巻6号1783頁)。
これを本件についてみるに,原告Aの取引履歴開示要求が濫用にわたるなどの特段の事情は認められない。そして,原告Aは弁護士を通じて被告に対し,複数回にわたって取引履歴の開示を求めたが,被告が平成16年5月12日以降の取引履歴しか開示しなかったため,4か月以上も債務整理ができずに不安な状態に置かれ,結局,本件訴訟を提起するに至ったというのであるから,被告の上記開示拒絶行為は違法性を有し,これによって原告Aが被った精神的損害については,過払金返還請求が認められることにより損害が填補される関係には立たず,不法行為による損害賠償が認められるというべきである。
そして,上記アの認定事実を総合すると,被告の取引履歴開示拒絶行為によって原告Aが被った精神的損害に対する慰謝料は10万円と認めるのが相当である。また,被告の上記違法行為と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害金は5万円と認めるのが相当である。
ウ 小括
よって,被告は原告Aに対し,不法行為に基づく損害賠償として,15万円及びこれに対する不法行為日の後である平成17年10月28日(本訴提起日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
3 原告Bの請求について
(1) 過払金及び利息金請求について
ア 取引内容
(ア) 証拠(甲33の1ないし3,甲47)及び弁論の全趣旨によれば,原告Bと被告の取引はユアーズのスタンダード取引分とユーレディース取引分があり,平成13年5月21日以降の取引内容は,それぞれ別紙5及び別紙6のとおりであることが認められる。なお,被告提出の取引履歴(甲33の1ないし3)と原告Bの銀行口座の取引明細(甲47)とを比較すると,貸付及び返済が振込で行われているために貸付金額及び返済日に若干のずれがあるが,実際の入金金額を貸付金額,被告への入金日を返済日と認めるのが相当である。
(イ) 次に,平成8年4月24日から平成13年5月20日までの取引内容については,被告が取引履歴を開示していないが,貸付日及び貸付金額については,銀行の取引明細(甲47)により別紙5及び別紙6のとおり認められる。
他方,返済日及び返済金額については,銀行の取引明細(甲47)からは完全に再現することはできないが,原告Bは,①平成8年4月から平成9年6月までは,旧東海銀行上飯田支店の口座から振込返済したり,現金振込の方法により返済をしていた,②平成9年7月から旧東海銀行尾張新川支店の口座(甲47)から振込返済するようになり,同月から同年12月までは,家業の元請からの支払日である毎月16日の数日後ないし1週間後以内に返済していた,③平成10年以前は,ユアーズ取引分とユーレディース取引分の合計額2万5000円をまとめて振り込んでいたが,平成10年初めから約1年間はユアーズ取引分を月初めに1万円,ユーレディース取引分を毎月20日ころに1万5000円という形で分けて返済していた,④平成11年4月から元請からの支払日が毎月25日に変更になった,⑤これらを前提として取引内容を再現すると別紙2のとおりとなると陳述しており(甲45),上記陳述の信用性を否定する証拠は特に提出されていない。もっとも,甲46及び弁論の全趣旨によれば,原告Bと被告との取引の約定利率は平成12年6月1日までが年36.5パーセント,その後が年28.95パーセントであったと認められるところ,別紙2を上記約定利率で計算すると途中で過払になってしまうから,別紙2のうち過払になる時点以降の再現内容については採用することができない。また,原告Bは,平成11年1月4日以降の月2万円の返済を,ユアーズ取引とユーレディース取引のそれぞれにいくらずつ充てていたか明確な記憶がないと主張しているので,この点については提出証拠から推認するほかないが,同日返済前の残元金を約定利率で計算すると,ユアーズ取引分が21万3663円であり,ユーレディース取引分が8万3187円となるから,①平成12年6月30日までは,概ね上記残元金の比率に従い,ユアーズ取引に1万4000円,ユーレディース取引に6000円を,②平成12年7月27日には,ユーレディース取引に1804円(これにより完済),ユアーズ取引に1万8196円を,③平成12年8月28日以降はユアーズ取引に2万円全額を(ただし,平成12年10月26日には約定利率によっても完済になるので,返済は同日まで),それぞれ充てていたと推認するのが相当である。以上によれば,返済状況は別紙5及び別紙6のとおりであったと推認される。
イ 充当方法
次に充当方法について検討するに,原告Bは,ユアーズ取引分とユーレディース取引分については一連一本のものとして計算すべきであると主張する。しかしながら,上記2つの取引は別個の基本契約に基づくものであって,被告も両取引を別個に管理し(甲33の1ないし3),貸金の振込もそれぞれ別個に行っている(甲47)。また,原告Bの上記陳述によれば,ユアーズの返済日とユーレディースの返済日は必ずしも常に同一ではなかったことも窺われる。以上によれば,両取引は別個の基本契約に基づく取引であることが認められるから,両取引を一連一本のものとして計算することはできないというべきである。
次に,上記アによれば,原告Bと被告との取引は,ユアーズ取引・ユーレディース取引とも,いったん完済した後に再び借入を行っていることが認められるため,完済前に発生していた過払金を,その後の借入に当然充当できるか否かが問題となる。この点,原告Bの取引については契約書等の書証が何ら提出されていないため,具体的な契約内容は不明であるが,原告B供述及び弁論の全趣旨によれば,①原告Bの契約は,完済前も後も,一定の極度額の範囲内で借入と返済を繰り返す包括的金銭消費貸借契約であり,返済方法は残高スライドリボルビング方式であったこと,②原告Bが完済時に前の契約書を返還してもらったことはなく,完済時に契約を終了させるという話は全くなかったこと,③完済後に新たな契約書が作成されたとの証拠も提出されていないことが認められるから,原告Bと被告との間の取引は,完済前も後も同一の基本契約に基づく取引であると推認するのが相当である。そして,このように借主は極度額の範囲内で繰り返し金員を借り入れることができ,毎月の返済額はその時点での借入残高に応じて決まることとされている基本契約の場合には,当該基本契約に基づく債務の弁済は同契約に基づく借入金全体に対するものであって,充当の対象となるのはこのような全体としての借入金債務であると解されるから,同基本契約には,過払金が発生した場合には,その時点で他の借入金債務が存在しないときでもその後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意を含んでいるものと解するのが相当である(最高裁平成19年6月7日第一小法廷判決参照)。
よって,原告Bと被告との取引は完済の前後を問わず一連計算されるべきであって,完済前の取引による過払金債権と完済後の取引による貸金債権の相殺を主張する被告の抗弁は理由がない。
ウ 受益に対する被告の悪意,過払利息の利率
被告が悪意の受益者と推認されること,過払利息の利率は民法所定の年5分と解すべきであることは,前記2,(1),エ及びオのとおりである。
エ 計算結果
よって,被告は原告Bに対し,ユアーズ取引による過払金として,①過払金元金8万8223円,②平成16年3月1日までの民法所定の年5分の割合による利息489円,③上記①に対する平成16年3月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息を支払うべき義務を負う。
また,被告は原告Bに対し,ユーレディース取引による過払金として,①過払金元金3万2949円,②平成16年3月1日までの民法所定の年5分の割合による利息227円,③上記①に対する平成16年3月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息を支払うべき義務を負う。
(2) 取引履歴不開示による損害賠償請求について
ア 取引履歴の開示をめぐる経過
甲2の2ないし5及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 原告Bは,平成16年8月ころ,債務の返済に行き詰まり,原告ら代理人に債務整理を依頼した。
(イ) 原告ら代理人は,平成16年8月10日,被告を含む全債権者に対し受任通知を送付し,同年10月28日,被告に対して原告Bの取引履歴の開示請求をした。しかし,被告は,同年11月16日,取引履歴を開示できないとの回答をした。
(ウ) このため,原告ら代理人は原告Bの債務整理を速やかに進めることができず,原告Bは,被告に対して貸金債務が残っているのか,過払金請求ができるのか分からないまま不安な状態に置かれた。結局,原告Bは,平成17年10月28日,当庁に本件訴訟を提起した。
(エ) 被告は,本訴提起後,平成13年5月21日以降の取引履歴を開示した。
イ 不開示の違法性及び損害額
そこで検討するに,本件証拠を精査しても,原告Bの取引履歴の開示要求が濫用にわたるなどの特段の事情は認められない。また,被告は,原告Bとの取引が平成13年5月21日より前から存在することを認めつつも,取引の完済後3年を経過した取引データについては破棄をしていると主張するが,被告のような消費者金融会社は顧客から過払金返還請求訴訟を提起される可能性が多分にあるのであり,同訴訟において貸付及び返済の内容を主張立証するためには,取引履歴が必要となることが自明であるから,被告が取引完済後3年で全ての取引データを破棄しているとは俄に考え難い。しかも,被告は取引データを破棄したことを裏付ける証拠も何ら提出していない。よって,被告の上記主張は採用することができない。
そして,原告Bは弁護士を通じて被告に対し,複数回にわたって取引履歴の開示を求めたが,被告が取引履歴を全く開示しなかったため,原告Bは1年2か月以上も債務整理ができずに不安な状態に置かれ,結局,本件訴訟を提起するに至ったというのであるから,被告の上記開示拒絶行為は違法性を有し,これによって原告Bが被った精神的損害については,過払金返還請求が認められることにより損害が填補される関係には立たず,不法行為による損害賠償が認められるというべきである。そして,上記アの認定事実を総合すると,被告の取引履歴開示拒絶行為によって原告Bが被った精神的損害に対する慰謝料は10万円と認めるのが相当である。また,被告の上記違法行為と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害金は5万円と認めるのが相当である。
(3) よって,被告は原告Bに対し,不法行為に基づく損害賠償として,15万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成17年10月28日(本訴提起日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
4 結論
以上によれば,原告Aの請求は,①過払金9万4952円及び平成17年6月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息,②不法行為に基づく損害賠償金15万円及びこれに対する平成17年10月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,原告Bの請求は,①過払金元金及び利息合計12万1888円及び内12万1172円に対する平成16年3月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息,②不法行為に基づく損害賠償金15万円及びこれに対する平成17年10月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから認容し,その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり,判決する。
(裁判官 福田千恵子)
<以下省略>