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名古屋地方裁判所一宮支部 昭和52年(ワ)186号 判決 1979年6月29日

愛知県江南市大字和田勝佐字西郷勝堂一〇五番地

原告

倉知徳幸

右法定代理人親権者父

倉知治

母 倉知佳子

右訴訟代理人弁護士

伊藤敏男

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

古井喜実

愛知県小牧市大字小牧一九五〇番地

被告

小牧税務署長

右両名指定代理人

松津節子

太田健治

横並昌治

川合晋

加藤勝

柳原国正

主文

原告の被告小牧税務署長に対する訴えをいずれも却下する。

原告の被告国に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  請求の趣旨

1(一)  主位的請求

名古屋地方裁判所一宮支部昭和四七年(ケ)第四三号不動産競売事件につき作成された昭和五二年一〇月七日付配当表(更正)中被告らに対する配当額全額を取消す。

(二)  予備的請求

被告らは原告に対して被告小牧税務署長が昭和四八年一二月五日付で賦課決定した贈与税本税金四三万二二〇〇円、無申告加算税四万三二〇〇円、延滞税二〇万九六〇〇円の債務が存在しないことを確認する。

2  被告らは原告に対して連帯して金一〇万円及びこれに対する昭和五二年一〇月七日から完済迄年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決と仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

三  請求原因

1  訴外倉知広吉は東海銀行のために江南市大字和田勝佐字西郷勝堂一〇五番地所在六三一・四〇平方メートルの宅地(以下、「本件土地」という。)に、名古屋法務局江南出張所昭和四四年二月二〇日受付第一順位、昭和四六年九月六日受付第二順位の各根抵当権を設定していたところ、同年一〇月二七日原告に対し本件土地を贈与し同年一一月一五日所有権移転登記を経由した。

2  そこで被告小牧税務署長は右根抵当権の負担を無視して贈与事実に基づき昭和四八年一二月五日原告に対し贈与税四三万二二〇〇円無申告加算税四万三二〇〇円の賦課決定処分をなした。

3  ところが名古屋地方裁判所一宮支部は、昭和四七年(ケ)第四三号不動産競売事件において、同年九月五日本件土地の競売手続開始決定を経て昭和五一年六月二一日競売代金の配当表を作成したが、原告の配当異議の訴に基づき第三順位の根抵当権者浅越博に対する配当額全額を取消す判決をなしたので、右配当額の金四九万八三一四円は原告に還付されるべきものとなった。

4  そして右根抵当権の債務者倉知建設株式会社は、昭和四八年四月一八日破産宣告を受け、原告の同会社に対する求償権を事実上行使できない事情にあるので原告の本件土地受贈による実質的利益は右の金四九万八三一四円に確定した。

5  およそ贈与税は贈与行為により受贈者が現実に得た利益に課税すべきものであるから(実質課税の原則)、本件土地の贈与課税対象は前記金額でなければならない。

従って、右の根抵当権の負担を無視した被告小牧税務署長の贈与税賦課処分は抵当権実行の結果後発的に無効となった。

6  そこで昭和四六年当時の贈与税の基礎控除額金四〇万円を控除すると原告の納付すべき贈与本税は金九八〇〇円となるから原告は昭和五二年八月二〇日右金員を郵便局において被告小牧税務署長宛郵送を寄託した。

7  しかるに名古屋地方裁判所一宮支部は被告小牧税務署長の贈与税(延滞税二〇万九六〇〇円を含む)による交付要求に対し、前記競売事件の競売代金から被告国に対し金六七万五二〇〇円を交付する旨の(更正)配当表を作成したので、原告は昭和五二年一〇月七日の配当期日において被告国の配当額について異議を述べた。

8  仮に、被告小牧税務署長の課税処分が当然無効でないとしても、同被告は前記の後発的事情を考慮し税法上の実質課税原則又は正義公平の原則により、右処分を更正すべき義務があるのに原告の催告を無視し不作為の違法を犯している。

このような場合、被告国の配当要求は明らかに民法上の不当利得を実現しようとする行為であるから原告はこれを阻止する権利を有する。

9  以上の次第で被告らの行為は一方で国家賠償法上の不法行為にもあたるところ、原告は弁護士に依頼して本訴提起をやむなくされ弁護士費用金一〇万円を支出したから、被告らは連帯して原告に対し損害賠償金一〇万円と右配当期日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

10  よって原告は被告らに対し請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

11  なお、当事者の表示中被告小牧税務署長吉沢専一とあるのを被告吉沢専一と訂正する。同被告に対する訴は小牧税務署の長たる機関としてではなく職務を担当した公務員個人に対する国家賠償法に基づく損害賠償であるから、これを明白にするため「小牧税務署長」の肩書を削除するものであり当事者の変更には該らないというべきである。

四  本案前の主張

本訴のうち小牧税務署長に対する各請求は、いずれも被告適格を誤った不適法なものである。

すなわち、本件主位的請求のうち配当異議の訴え、予備的請求のうち租税債務不存在確認の訴えはいずれも国の債権の存在ないし額を争うものであり、国家賠償法に基づく金一〇万円の損害賠償請求とともに、私法上の請求であるから権利義務の主体となるべきものを被告とすべきものである。原告が被告としている「小牧税務署長」は行政庁であって権利義務の主体となり得ないものであるので、本訴においては当事者能力を有しない。

よって、小牧税務署長を被告とする各訴えは、いずれも不適法なものであり却下を免れえない。

五  請求の原因に対する答弁

1  請求原因1、2の事実は認める。

同3のうち、原告主張の競売開始決定のあったことは認めるが、その余は争う。

同4、5は争う。

同6のうち、基礎控除額と金九八〇〇円郵送の事実は認めるが、その余は争う。

同7の事実は認める。

同8、9は争う。

同11は争う。

2  本件訴状の記載によれば、原告は、被告欄に国の行政機関である「小牧税務署長吉沢専一」と表示していることは明らかであり、これを単に一私人にすぎない「吉沢専一」と訂正することは、次に記載の事項からみても当事者の表示の訂正にとどまらず、任意的当事者の変更となるもので許されるべきではない。

(一)  被告は、既に第一回口頭弁論期日において陳述した答弁書において、本訴の被告が行政庁である小牧税務署長であることを前提として、同税務署長が民事訴訟における当事者能力を有しないことを理由として本案前の申立てを行っている。

原告が吉沢専一個人を被告としたのであれば、当然右申立てに対し当事者能力を有する旨反論すべきところ、第八回口頭弁論期日に至るまで右のような反論、あるいは個人を被告とした旨の主張はいっさい行っていない。

右事実に鑑れば、原告は交付要求の主体である国のみを被告とすべきところ、税務署長が国の機関として交付要求を行うことから、誤って小牧税務署長を被告に加えたものと考えられ、被告を小牧税務署長吉沢専一としたことは表示の誤りとは到底いいがたい。

(二)  一私人としての吉沢専一が国の国税債権について何ら権利義務を有さず、滞納処分、交付要求等をなし得ないのは明らかであって、同人を被告とする配当異議等請求がまったく無意味であることはもちろん、国の機関として交付要求を行う「税務署長」と一私人とを同格に扱い単なる表示の訂正とすることは許されないというべきである。

3  本件課税処分の根拠

(一)  原告は、その贈与事実に基づいて相続税法(以下、「法」という。)二八条所定の申告書を法定申告期限である昭和四七年三年一五日までに所轄小牧税務署長に提出しなければならなかったのにこれをしなかった。

そこで、被告小牧税務署長は、左記のとおり、贈与税については国税通則法二五条の規定により課税価格及び贈与税額を決定するとともに、無申告加算税については、同法三二条の規定により賦課決定し、昭和四八年一二月五日付でその旨原告に通知した。

<省略>

(二)  贈与税は、贈与によって財産を取得した場合に、その取得した者に課され(法一条の二、二条の二)、その納税義務は贈与による財産の取得の時に成立(国税通則法一五条二項)する。

財産の評価については、法二二条に、「贈与に因り取得した財産の価額は、当該財産の取得のときにおける時価により当該財産の価額から控除すべき債務の金額はその時の現況による」と規定されている。

法二二条の規定する時価とは、一般に適正な市場価額であるといわれるが、その価額は「相続税財産評価通達」の定めるところによって評価した価額によることとされている。

(三)  本件土地について右通達を適用すると財産取得時である昭和四六年一〇月二七日における本件土地の時価は次に述べるように二一九万二六八〇円である。

即ち、本件土地は、相続税財産評価通達の評価方式にいう、いわゆる「市街地的形態を形成する地域にある宅地以外の宅地」に該当するのであるが、この場合の評価の方式は倍率方式によって行うこととされている。

ところで、本件土地の昭和四六年度の固定資産評価額は、七八万三一〇〇円であり、名古屋国税局長が江南市和田勝佐について定めた倍率は二・八である。

したがって、本件土地の昭和四六年一〇月二七日における時価は、左の算式により二一九万二六八〇円となる。

固定資産評価額 倍率 時価

算式 783,100円×2.8=2,192,680円

(四)  しかして贈与財産に抵当権が設定されていても、受贈者が、受贈に際し、被担保債務の債務引受けをしたなどの事実がない限り(原告は前記各根抵当権の被担保債務の引受をしていない。)、税法上の取扱いとしては贈与税の課税にあたって贈与財産の価額から当該被担保債務の額を控除して課税価格を決定すべきものではない。

即ち、贈与された不動産に抵当権が設定されている場合でも、受贈者はいつでも抵当権の滌除、あるいは抵当権者への任意弁済をすることによって債務者に対する求償権を取得し得るのである。一方、受贈時においては、債務者自身によって弁済がなされることが考えられるばかりでなく、共同抵当になっている他の不動産がある場合には当該不動産の実行により債権者が満足を得る可能性があることから贈与財産について抵当権の実行が行われるか否か、仮に行われた場合にも受贈者に還付される金額がいくらになるかは極めて不確定であり、被担保債権額を贈与財産の価額から控除して課税価格とするのは不合理である。

これらを併せ考えれば、贈与税の課税価格の決定にあたっては、被担保債務の額を控除すべきではないというべきである。

(五)  しかるに原告は、被告小牧税務署長の右処分に対し、国税通則法七五条一項一号に規定する不服申立を法定期間内にしなかったので、右処分は適法に確定した。

(六)  原告は受贈時前に本件土地に設定されていた根抵当権の実行が不服申立期間経過後に行われ根抵当権者への配当等がなされたことにより、贈与税の課税価格は本件土地の価格から右配当額等を控除したものとすべきことになり、右控除をせずになした本件処分は後発的に無効となった旨主張するが行政処分が無効であるというためには、その処分の瑕疵が重大でありかつ処分成立の当初から明白であることを要するものとされており、一旦有効に成立した処分が後発的原因によって無効となることはありえない。

(七)  また原告は、被告らはこの後発的無効原因に基づき本件処分の更正決定を行う税法上の義務があると主張するが、本件課税の根拠は右に述べるとおりであり、被告小牧税務署長には何ら本件処分を更正すべき理由はなく、贈与がなされた後に抵当権の実行がなされ、受贈財産から配当がなされたとしても、相続税法上これを考慮して受贈財産自体の価額からこれを控除し、事後的に課税価格の決定を変更すべき規定はない。

したがって、原告の主張は、法律上の根拠がなく失当といわざるを得ない。

六  証拠

1  原告

(一)  甲第一ないし第四号証、第五号証の一、二、第六号証の一ないし八、第七号証。

(二)  乙号各証の成立は認める。

2  被告

(一)  乙第一ないし第三号証。

(二)  甲号各証の成立は認める。

理由

一  当事者の確定について

本件訴状の当事者欄には被告小牧税務署長吉沢専一と表示されているところ、原告は右の者に対する訴は行政機関たる小牧税務署長ではなく吉沢専一個人を当事者にしたものであると主張し、表示の訂正を申立てるのでまずこの点について判断するに、訴状の表紙に被告小牧税務署長外何名と記載されているほか、配当異議並びに租税債務不存在確認請求においては請求原因中二か所で被告小牧税務署長と明記され、同被告が「原告に対し贈与税賦課処分をした」旨、又「被告ら」は「原告に対し………の贈与税等の請求権がある」として「配当要求し」「被告らに………円を交付する旨の配当表」が作成されたが「被告らは贈与税賦課処分を更正する義務がある」旨記載されており、そもそも吉沢専一なる者は小牧税務署長たる地位を離れては国の租税債権について何らの権限を有するものでないことと考え併せると、右請求は行政機関たる小牧税務署長を被告として提起されたものと解するほかない。次に損害賠償請求の原因は前記請求の表示に付加して「そのような法律上の原因を欠いているのに贈与税等の名目で原告から金員を徴収しようとしている被告らの行為は国家賠償法上の不法行為にあたる」と記載があるから、当該被告は前記配当異議等請求と同一の被告を指称することは明らかであり、これを異別に解すべき余地はない。

そうすると、被告の表示中小牧税務署長の肩書を削除し吉沢専一と訂正することは当事者の同一性を害し許されないこととなる。

二  当事者適格について

そこで被告小牧税務署長の当事者適格について考えると、およそ国の行政機関である小牧税務署長の行為はすべて国の行為と認められそれから生ずる法律上の効果は国に帰属するのであるから、小牧税務署長は権利義務の主体となる余地はなく本件民事訴訟について当事者能力を有しないことになる。されば小牧税務署長を被告とする原告の各請求は被告適格を誤った不適法なものであるから訴却下を免れない。

三  課税処分について

請求原因1、2(課税処分)の事実は当事者間に争いがなく成立に争いがない乙第一ないし第三号証と弁論の全趣旨によれば、被告主張の3の(一)、(二)、(三)の各事実(課税処分の根拠)が認められるところ、原告主張の贈与の際、贈与財産に設定されていた根抵当権が確定し、あるいは原告が債務引受した事実を認めるにたる証拠はないから、法二二条に基づき贈与財産の価額から控除すべき債務として受贈者の負担に帰するかどうか及びその金額は未定であったのであり、従って、被告小牧税務署長が課税価格の決定にあたり被担保債権の金額を控除しなかったのは適正妥当というべきである。

そして原告が法定期間内に課税処分に対する不服申立、税額納付の手段をとらなかったことは弁論の全趣旨により明らかである。

そうすると本件課税処分は適法有効に成立し、且つ、確定したものというべきである。

四  後発的無効原因について

本件土地に設定せられた根抵当権に基づき昭和四七年九月五日競売手続開始決定があり、競売代金の配当手続が行われたことは当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第三号証、第六号証の七によれば、右根抵当権の債務者である倉知建設株式会社は昭和四八年四月一八日当庁で破産宣告を受けたことが認められる。

ところで、原告は贈与税の基本原則について贈与税は贈与行為により現実に受贈者が得た利益に課税するものであると論じ、根抵当権の主債務者の破産により原告の求償権が事実上行使できない結果原告の本件土地の贈与により取得した利益は右配当手続において昭和五二年六月一二日原告に還付されるべきことに確定した金四九万八三一四円であるから、これが、課税価格でなければならないとして本件課税処分の効力を争う。

しかし右課税価格の主張は、その評価の時期及び方法の点で贈与財産の価格は当該財産の取得の時における時価による旨を定めた法二二条の趣旨に沿わないことは明らかであり主張自体失当といわなければならない。

次に原告は前記の如く贈与財産につき根抵当権実行による任意競売の末配当手続が実施された場合には、控除すべき債務の評価につき現況主義に則った本件課税処分を維持することは正義公平の原則に反するので是正されるべきであると主張する。

成程この場合物上保証人たる原告に代位弁済的効果として求償権が発生するのであるが、主債務者が無資力なためこれに対する求償権の行使が事実上不能であるに拘らず税制上何らの考慮が払われていないとすれば問題である。

ところが所得税法によれば抵当権実行のための任意競売は、同法三三条の資産の譲渡に該当し競売代金納付の時に譲渡所得が発生したものとして右代金が課税の対象とされるのであり、物上保証人の求償権が事実上取立不能なるときは、同法六四条二項が適用され求償権の行使ができない金額を回収不能額として譲渡所得の総収入金額の計算上なかったものとみなし、あるいは同法一五二条の規定による更正の請求ができることが明らかである。

そうすれば原告の求償権行使が不可能であるとしても、贈与税賦課処分について重ねて何らかの救済を認めるべき必要性はなく、これを是正すべき実質的理由もないというべきである。

五  よって原告の被告国に対する本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないことになるから、いずれもこれを棄却すべきであり、なお被告小牧税務署長に対する訴を不適法としていずれも却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原行雄)

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