大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所一宮支部 昭和55年(ワ)51号 判決

一 本件商標権が金逸において別紙第一目録記載のとおりイトオテルミー治療具の商標として登録したものであつて、金逸が権利者であつたこと、本件商標権につき、被告のため別紙第一目録記載のとおり移転登録がされ、かつ、別紙第三目録記載のとおり存続期間の更新登録がされていること、金逸が昭和四四年八月一〇日死亡し、原告ら主張の相続人が相続したこと、また、原告会社が原告ら主張の業務を営む会社で、原告元明が代表社員であること、原告会社が製品に原告会社商標を使用していること、被告が原告らを商標権侵害で刑事告訴したこと、原告らが現に被告が本件商標権者であることを争つていることは、いずれも当事者間に争いがない。

二 被告は、主位的請求はいずれも不適法である旨主張する。

しかし、商標権の移転登録(ただし相続その他の一般承継を除く。)及び存続期間の更新登録は、登録原因が無効なとき、なんら登録による効力を生ずるに由なく、存続期間の更新登録の無効審判についての商標法四六条は、同条所定以外の無効原因については特許庁の審判事項としているものでなく、この場合、同法四九条所定の除斥期間も適用がないことは明らかである。

そうだとすれば、原告ら主張のように被告と金逸間の譲渡が無効であれば、被告のための本件商標権の移転登録及びこれを前提とする存続期間の更新登録もまた効力を生ずるものではないから、本件商標権について前記のとおり利害関係を有する原告らは、登録名義人たる被告に対し裁判所に右各登録の抹消登録手続を求めることができるとともに、本件商標権の不存在確認を求める利益の存することも明らかである。

よつて、被告の前記主張は採用できない。

三 次に、被告は昭和四三年一〇月九日ごろ金逸から本件商標権の譲渡を受け、現に被告が本件商標権者である旨主張するので、この点について判断する。

成立に争いのない乙第一ないし第一一号証の各二、第一二、一三号証、第二七、二八号証、第三二ないし第四一号証、第六一、六二号証の各一、二、原本の存在と成立に争いのない甲第四号証、乙第五四、五五号証、官署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分の成立については証人伊藤佐紀子の証言により真正に成立したものと認められる乙第一ないし第一一号証の各一、右証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証の一、第一号証の四、第一号証の六、証人三宅宏、同伊藤佐紀子の各証言、証人伊藤一男の証言の一部(後記信用しない部分を除く。)、被告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

1 金逸(明治一六年七月二〇日生)は医師で、自己の発明創見登録燻料一名イトオテルミン療法の宣伝並びにイトオテルミン及び器具の販売を目的として設立の、愛知県一宮市今伊勢町本神戸字中町九六七番地国産治術イトオテルミー合名会社(以下国産治術会社という。)の代表社員としてこれを経営するとともに、本件商標権者として国産治術会社に、別紙第一目録記載の指定商品について登録商標を使用させていた。

2 被告も医師であるが、金逸から養子として懇願され、昭和二七年一月一六日、金逸の五女伊藤佐紀子と同女の氏を称する婚姻の届出をしたものの、昭和三六年一月二四日金逸の妻たね死亡による相続にあたり、自己が法律上養子でなく相続権のないことに気付き、同年一〇月三日、金逸との間で正式に養子縁組の届出をした。当時、金逸には佐紀子のほか、長男京逸、長女せつ子の三人の子どもがいたが、既に京逸は医師として東京で生活をしており、せつ子もまた婚姻して別居していたため、金逸は佐紀子と生活を共にしていた。そして、佐紀子は、被告が岐阜県下の病院に勤務し単身赴任していたため、金逸の身の回りの世話をしながら、国産治術会社の仕事に従事していた。

3 被告は、昭和三八年夏ごろ、金逸から跡取りとして財産譲渡の話を持ちかけられた。当時、金逸は八〇才を超える高齢のため身体も衰弱気味で健康状態がすぐれなかつた。

被告は、右財産譲渡につき、税金対策上、これを少しずつ順次贈与を受けることとし、まず同年一二月一五日、国産治術会社の金逸の出資持分の一部譲渡を受け、入社して代表社員に就任し、同月二〇日、その旨の登記を了した。しかし、被告はそのころ岐阜県多治見市の多治見市民病院の外科部長として勤務していたので、国産治術会社の業務に直接携つていたわけでなく、金逸が引続き代表社員としてこれを取り仕切つていた。

ところが、金逸が同年一二月二五日脳溢血で倒れ、病床に伏するようになつたため、被告は昭和三九年三月末日多治見市民病院を退職し、以来、金逸と同居して佐紀子とともに金逸の生活上の面倒をみながら、国産治術会社の業務に従事するに至つた。

4 被告は、前記財産譲渡の一環としての本件商標権の譲渡を受けるにあたり、税金対策上、昭和三九年ごろから数年間にわたり、従来国産治術会社が金逸に支払つていた商標使用料の支払を中止したうえ、昭和四三年一〇月九日ごろ、金逸から本件商標権の贈与を受け、前記一のとおり、被告のため移転登録を了した。

右移転登録手続は、金逸の指示に基づき、佐紀子が事実上金逸に代わつて三宅宏弁理士に依頼し、同弁理士が佐紀子の協力のもとに、金逸名義の譲渡証書(乙第一ないし第一一号証の各一)、移転登録申請委任状(甲第一号証の一、第一号証の四、第一号証の六)のほか必要関係書類を整え、同弁理士によつてなされた。本件(1)(3)(4)商標権の移転登録日が本件(2)(5)ないし(11)商標権のそれより遅れたのは、右弁理士の右申請手続上の過誤によるものであつた。

被告は、右移転登録までの間に、金逸から不動産等の贈与も受けた。

5 その後、被告は本件商標権につき前記一のとおり存続期間の更新登録をし、別紙第三目録記載のとおり更新登録の出願をしている。

そして、金逸は昭和四四年八月八日国産治術会社を退社し、代表社員も同日資格喪失により退任し、同月二一日、その旨の登記を経由した。

右認定に反する証人伊藤一男の証言は前掲各証拠と対比して措信できない。

また、成立に争いのない甲第二号証、第三号証の一、二(ただし、第三号証の一のうち、(大切)の記載部分を除く。)及び被告本人尋問の結果を総合すると、金逸が京逸からの問合せに対し京逸にあてた昭和四〇年二月一四日付(甲第三号証の一の封筒表面の作成日付である昭和四〇年一月一四日は、裏面の作成日付である二月一四日の記載及び甲第二号証の作成日付と対比して昭和四〇年二月一四日の誤記と認める。)返信書簡(甲第三号証の二)中には、現在被告は国産治術会社になんの権限もなく、ただ雇人、使用人となつている旨の記載があるけれども、他方、これは、京逸がもともと酒ぐせが悪く、酒を飲んでは乱暴することがあつたうえ、当時、金逸と京逸との親子関係は国産治術会社等の財産関係をめぐつて対立状態にあつたため、金逸が京逸を刺激し紛争が拡大されることをおそれて、敢えて真相を書くことを避けるためであつたことがうかがわれるから、甲第三号証の二の右記載もまた前記認定を妨げるものではない。

他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

以上の事実によれば、被告はその主張のとおり金逸から本件商標権の譲渡を受けて移転登録を了し、かつ、存続期間の更新登録ないし更新登録の出願をしているのであるから、現に被告が本件商標権者であることは明らかである。

原告らは、右譲渡及び移転登録につき、被告が金逸名義の譲渡証書、移転登録委任状を偽造してなしたものであつて、金逸の意思に基づくものでないから無効である旨主張するけれども、右譲渡及び移転登録の経緯はさきに認定したとおりであり、右主張はこれを認めるに足る証拠もなく採用できない。

四 以上のとおりであるから、原告らの主位的請求及び予備的請求はいずれもその余の点を判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却し、被告の反訴請求は理由がある。

〔編註その一〕 本件における当事者の主張は左のとおりである。

一 本訴につき

1 主位的請求原因

(一) 原告会社は健康療法イトオテルミーの器具及びイトオテルミー線の製造販売を業とする会社であり、原告元明は原告会社の代表社員である。

健康療法イトオテルミーは、原告元明の祖父伊藤金逸(以下金逸という。)が昭和四年に永年にわたる研究の結果発明創見したもので、特殊の熱源であるイトオテルミー線を用いる温熱刺激療法である。そして、原告会社はイトオテルミーの熱源及び冷温器(熱源を収納する治療具)を、別紙第二目録記載の商標(未登録、以下原告会社商標という。)で販売している。

(二) 本件商標権は、金逸が別紙第一目録記載のとおりイトオテルミー治療具の商標として登録したものであつて、金逸が権利者であつた。

しかし、金逸が昭和四四年八月一〇日死亡したため、本件商標権は、相続により、同人の長男伊藤京逸、長女中島せつ子、五女伊藤佐紀子及び養子の被告が承継取得したものの、その後、右共同相続人全員によつて存続期間の更新登録がされなかつたから、いずれも存続期間満了により、別紙第一目録権利消滅日欄記載の各日時に消滅した。

(三) ところが、本件商標権につき、被告が昭和四三年一〇月九日金逸から譲り受けたものとして、別紙第一目録記載のとおり被告のために移転登録がされ、かつ、被告によつて別紙第三目録記載のとおり存続期間の更新登録がされている。

しかし、右譲渡及び移転登録は、被告が金逸の承諾も得ないで勝手に金逸名義の譲渡証書及び移転登録委任状を作成してなしたものであるから無効である。そして、存続期間の更新登録もまた、実体の存しない形骸のみの商標登録について行われたものであるから当然無効である。

それにもかかわらず、被告は原告らに対し、原告会社商標が本件(1)(8)(11)商標権を侵害するものとして差止請求ないし損害賠償の請求をし、刑事告訴をするに至つている(もつとも、右刑事告訴につき原告らは不起訴処分になつた。)。本件(2)ないし(7)、(9)(10)商標権についても、右と同一ないし類似のものを指定商品とする商標であるから、原告らは同じく被告から侵害差止請求ないし損害賠償請求をされるおそれがある。のみならず、本件商標権は、原告会社が製造販売する熱源及び冷温器につき、原告会社商標として登録をするにあたつて障害となる。

(四) よつて、原告らは被告に対し、本件商標権につき、被告のための譲渡による移転登録の抹消登録手続及び被告の存続期間の更新登録の抹消手続を求めるとともに、本件商標権がいずれも存続期間満了により消滅したことの確認を求める。

2 予備的請求原因

(一) 本件商標権は、主位的請求原因(二)のとおり、もと金逸が権利者であつたが、同人の死亡により長男伊藤京逸、長女中島せつ子、五女伊藤佐紀子及び養子の被告が共同相続し、これを承継取得した。

ところが、伊藤京逸は昭和四九年四月一四日死亡し、同人の妻地主子及び長男の原告元明が共同相続したが、地主子もまた昭和五一年八月三一日死亡したため、原告元明が単独相続した。

したがつて、原告元明は、本件商標権につき、いずれも四分の一の共有持分権を有する。

(二) ところが、本件商標権につき、主位的請求原因(三)のとおり、被告のため移転登録がされ、存続期間の更新登録がされており、被告は原告元明の右共有持分権を否認している。

(三) よつて、原告元明は被告に対し、本件商標権につき、原告元明がいずれも四分の一の共有持分権を有することの確認と、登録名義人の表示をいずれも原告元明の持分四分の一とする更正登録手続をすることを求める。

3 主位的請求に対する本案前の答弁

(一) 主位的請求(1)について

本件商標権のように、既に存続期間の更新登録が行われた後においては、更新登録前の移転登録につき抹消登録手続をする余地はない。けだし、もし存続期間の更新登録前になされた移転登録の抹消を認め、商標登録をそのまま存続させるものとするときは、存続期間更新登録の出願をしなかつた移転登録前の商標権者のために、存続期間更新登録後の商標権を存続させることになり、存続期間の更新を更新登録の出願に基づいてのみするとしている商標法一九条二項の建前が没却されるからである。

殊に、本件商標権は、被告が反訴請求原因(二)のとおり移転登録をし、その後に出願の存続期間の更新登録の日から五年を経過しているから、更新登録前の移転登録の効力を争う利益が存在せず、訴えの利益を欠くものである。

(二) 主位的請求(2)について

右請求は過去に生起した事実についての確認を求めるものにほかならないから、現在の権利又は法律関係の確認を求めることのみ許される確認訴訟の訴訟物たりえない。

(三) 主位的請求(3)について

商標権の存続期間更新登録の抹消は、商標法四八条により更新登録の無効審判請求の手続をし、その審決の確定をまつてのみ始めてなしうるものである(商標登録令七条四号)。したがつて、右の無効審判手続を経ていない右請求は不適法である。

4 本案前の答弁に対する反論

被告のための本件商標権の譲渡及びこれに基づく移転登録は主位的請求原因(三)のとおり無効であるから、右移転登録は抹消されるべきである。そして、特許庁は商標法四六条、四八条所定の場合に審判権を有するが、商標権移転の原因たる譲渡の有効無効を審判する権限を有しない(商標法上かかる審判を認める規定は存しない。)から、これに争いがあり、譲渡が無効であるときは、裁判所に訴えを提起し、その判決に基づいて移転登録の抹消登録手続をすることになる。右移転登録が無効の場合、仮にその登録名義人によつて存続期間の更新登録がされたとしても、更新登録によつて新たな権利が設定されるわけではなく、有効な移転登録に転換さるべきいわれはないから、移転登録の無効原因を伴つたまま、つまりもとの正当な商標権者のまま商標登録の存続期間が延長されたものと解すべきである。そして、商標権の移転登録の無効に基づく抹消登録手続請求の訴えに除斥期間の定めはないから、存続期間更新登録が行われた後であつても、かかる訴えを提起することができるものと解される。

また、原告らに本件商標権の不存在確認を求める利益の存することは、主位的請求原因(三)のとおり明らかである。

(以下略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!