名古屋地方裁判所半田支部 平成23年(ワ)112号 判決 2013年9月10日
原告
X1(以下「原告X1」という。)
原告
X2(以下「原告X2」という。)
原告
X3
以下、「原告X3」といい、上記原告2名と併せて「原告ら」という。)
上記原告ら訴訟代理人弁護士
伊藤健二
同
近藤信彦
同
榊原尚之
同訴訟復代理人弁護士
伊藤聡
同
木庭龍二
同
後藤睦恵
被告
株式会社Y
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
河本毅
同
上松信雄
同
酒巻宏志
同
荒川正嗣
同
本多芳樹
同
山口純子
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は、原告X1に対し、4040万0895円及びこれに対する平成22年7月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告X3に対し、4150万1390円及びこれに対する平成22年7月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告X2に対し、260万6912円及びこれに対する平成22年7月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、被告の従業員であった亡B(平成22年7月2日死亡。以下「亡B」という。)が被告の店舗内において脳幹出血により死亡したことについて、亡Bの父母ないし兄である原告らが、被告が亡Bに対する安全配慮義務を怠ったため、亡Bが過重な労働により脳幹出血を発症して死亡したなどと主張して、被告に対し、債務不履行ないし不法行為に基づき、損害賠償金合計約8450万円及びこれに対する亡Bの死亡日である平成22年7月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 当事者等
ア 亡Bは、被告との間で、平成22年1月5日、業務内容を丼、うどん類の製造、販売及びこれに付帯する業務、雇用期間を同日から同年12月31日まで等として雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結した。そして、亡Bは、同年1月7日から、主としてa店(以下「a店」という。)で勤務していたが、同年7月2日、a店内において、脳幹出血により死亡した。
原告X1及び原告X3は亡Bの父母であり、原告X2は亡Bの兄である。
(書証<省略>)
イ 被告は、飲食店の経営等を目的とする株式会社である。
(2) 労働者災害補償の不支給とこれに対する不服申立て
原告X3及び原告X2は、国(処分行政庁・半田労働基準監督署長)に対し、遺族補償一時金又は葬祭料を請求したが、国は平成24年8月21日付けで各不支給決定をした。
原告X3及び原告X2は、上記各処分を不服として、愛知労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をしたが、同審査官は平成25年3月21日付けで各審査請求をいずれも棄却した。
(書証<省略>)
(3) 関係法令の定め
ア 事業者は、常時使用する労働者を雇い入れるときは、当該労働者に対し、次の項目について医師による健康診断(以下、この健康診断を「雇入時の健康診断」といい、診断項目を「雇入時の診断事項」という。)を行わなければならない(労働安全衛生法66条、労働安全衛生規則43条本文)。
(ア) 既往歴及び業務歴の調査
(イ) 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
(ウ) 身長、体重、腹囲、視力及び聴力の検査
(エ) 胸部エックス線検査
(オ) 血圧の測定
(カ) 貧血検査
(キ) 肝機能検査
(ク) 血中脂質検査
(ケ) 血糖検査
(コ) 尿検査
(サ) 心電図検査
イ 事業者は、深夜業を含む業務等に常時従事する労働者に対し、当該業務への配置替えの際及び6月以内ごとに1回、定期に、前記(3)アの診断項目に喀痰検査を加えた診断項目について医師による健康診断(以下、この健康診断を「特定業務の健康診断」という。)を行わなければならない(労働安全衛生法66条、労働安全衛生規則13条、45条1項本文)。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 被告に亡Bの労働時間等を適切に管理すべき義務を怠った過失があるか
ア 原告らの主張
使用者である被告は、その従業員である亡Bに対し、その労働時間や労働条件等を適切に管理するなどして、亡Bの業務の遂行に伴う疲労等が過度に蓄積して労働者の心身の安全を害することのないよう配慮すべき義務(以下「本件配慮義務」という。)を、具体的には、法定の休憩及び休日を付与し、勤務時間帯を一定にした上で、複数人による勤務体制をとるべき義務(以下「原告ら主張配慮義務①」といい、本件配慮義務と併せて、「原告ら主張配慮義務①等」という。)を負っていた。
しかるに、被告は、亡Bに対し、次のとおり、勤務時間が著しく不規則なシフトを設定した上、法定の休憩及び休日を取得させないまま、長時間にわたって精神的緊張を伴う過重な業務に従事させ、かつ、被告は平成22年3月には亡Bの長時間労働等の事実を認識したのであるから、被告には遅くとも同年4月1日までに原告ら主張配慮義務①等を尽くすべき義務があったのに、被告はこれを怠った。
したがって、被告には原告ら主張配慮義務①等を怠った過失がある。
(ア) 亡Bによる不規則かつ休憩及び休日のない長時間労働
亡Bは、別表1「労働時間等に関する主張一覧表」(省略)の原告ら主張欄記載のとおり、亡Bの脳幹出血発症前6か月間にわたって、長時間の時間外労働(週当たり40時間を超える時間外労働時間をいう。以下、時間外労働ないし時間外労働時間という場合には、週当たり40時間を超える時間外労働ないし時間外労働時間のみをいい、一日当たり8時間超の労働時間は含まない。)に従事しており、しかも、昼間の勤務と夜間の勤務が混在した不規則かつ休憩及び休日のない勤務に従事していた。
なお、亡Bは、被告のタイムカード上、ナイトロング勤務(通常、午後10時から翌午前8時までの勤務をいう。以下単に「ナイトロング勤務」という。)においても休憩を取得したものとされているが、ナイトロング勤務は、一人勤務であり、従業員が休憩を取得するのは不可能であるから、亡Bは、ナイトロング勤務の際、休憩を取得していなかったというべきである。
(イ) 亡Bの業務が精神的緊張を伴う労働密度の濃い業務であったこと
亡Bの業務は、被告の店舗において、店舗内で飲食する客及びドライブスルーの客の商品の調理並びに接客、販売等という客に責任を持って接しなければならない精神的緊張を伴う業務であり、かつ、労働密度も高い業務であった。
イ 被告の主張
被告が、亡Bに対し、一般の安全配慮義務である本件配慮義務を負っていたことは認めるが、原告ら主張配慮義務①の内容の義務を負っていたことは争う。
亡Bの業務は、次のとおり、過重なものではなく、被告は、亡Bに対し、安全配慮義務を尽くしていたものであるから、被告には同義務を怠った過失はない。
(ア) 不規則かつ休憩及び休日のない長時間労働とはいえないこと
まず、勤務の不規則性については、亡Bの昼間の勤務は合計で17日間にとどまり、亡Bの勤務全体の87パーセントが夜間の時間帯であることからすると、勤務が不規則であるとはいえない。
次に、休憩時間については、ナイトロング勤務においても勤務時間中に二人勤務の時間帯があるため、被告は、亡Bに対し、その時間帯に休憩を取得するよう指示しており、現に亡Bはその時間帯に休憩を取得していた。また、亡Bは休日も取得していた。
以上を前提とすると、亡Bの勤務は、別表1「労働時間等に関する主張一覧表」(省略)の被告主張欄記載のとおり、亡Bの死亡前6か月間における週当たり40時間を超える時間外労働時間(以下、時間外労働時間という場合には、週当たり40時間を超える労働時間のみをいう。)が、脳幹出血発症前1か月から発症前6か月まで順に、0時間、2時間24分、25時間54分、13時間51分、0時間、2時間12分であるなど、疲労が蓄積されない勤務形態であり、原告らの主張するような不規則かつ休憩及び休日のない長時間労働の勤務形態ではなかった。
(イ) 精神的緊張を伴う労働密度の濃い業務とはいえないこと
亡Bの被告店舗における業務が原告らの主張の業務であることは認めるが、これらの業務は、定型的なものであって、いわゆる精神的緊張を伴う業務ではない。
また、亡Bが一人勤務となる時間帯は、売り上げが少なく、手待時間も多い時間帯であって、いわゆる労働密度の濃い業務ではなかった。
(2) 被告に健康診断の実施を怠った過失があるか
ア 原告らの主張
亡Bは、本件雇用契約の更新によって1年以上使用されることが予定されており、かつ、深夜業務に従事していたものであるから、被告は、亡Bに対し、雇入時及び6か月以内ごとに所定の健康診断を実施すべきであった。
また、被告が亡Bに前記のとおり休日及び休憩時間のない長時間労働に従事させていたこと等からすれば、被告は、亡Bに対し、雇用期間が6か月となる平成22年7月を待たずに、健康診断を実施すべきであった(以下、上記の各健康診断実施義務を併せて、「原告ら主張配慮義務②」という。)。
しかるに、被告は、亡Bに対し、雇入時及び平成22年7月までに健康診断を実施しなかったから、被告には原告ら主張配慮義務②を怠った過失があることは明らかである。
イ 被告の主張
(ア) 事業者が労働者に対して雇入時の健康診断を実施する義務を負うのは、常時使用する労働者を雇い入れる場合であるところ(労働安全衛生法66条、労働安全衛生規則43条)、本件雇用契約は、1年未満の期間が定められた雇用契約であり、かつ、更新は例外的なものであったことからすれば、亡Bは、労働安全衛生規則43条にいう「常時使用する労働者」には当たらない。
したがって、被告は、亡Bに対し、雇入時の健康診断を実施する義務を負うものではない。
(イ) また、亡Bには前記のとおり長時間労働等はなかったことからすれば、被告には、亡Bに対し、雇用期間が6か月となる平成22年7月を待たずに健康診断を実施すべき義務を負っていなかったことは明らかである。
(3) 被告の各過失と亡Bの脳幹出血による死亡との間に相当因果関係があるか
ア 原告らの主張
(ア) 被告の原告ら主張配慮義務①等違反と亡Bの死亡との因果関係
亡Bには高血圧症の基礎疾患はなく、その他の脳血管疾患の危険因子もなかったこと、前記(1)アのとおり、被告の業務により亡Bに過重な負荷がかかっていたことからすれば、被告による原告ら主張配慮義務①等違反と亡Bの脳幹出血による死亡との間に相当因果関係があることは明らかである。
(イ) 被告の原告ら主張配慮義務②違反と亡Bの死亡との因果関係
被告が原告ら主張配慮義務②を履行していれば、亡Bの業務が軽減された上、適切な治療によって血圧を下げることも可能であったから、亡Bは脳幹出血により死亡することが回避できたといえる。
したがって、被告の原告ら主張配慮義務②違反と亡Bの脳幹出血による死亡との間に相当因果関係があることは明らかである。
イ 被告の主張
前記のとおり、被告には、亡Bに対する安全配慮義務違反は存在しないが、仮に、被告に何らかの安全配慮義務違反があったとしても、次のとおり、同違反と亡Bの脳幹出血による死亡との間に相当因果関係は存在しない。
すなわち、①前記のとおり、亡Bの被告における業務は過重なものではなかったこと、②亡Bは、平成22年10月25日の時点で、202/120mmHgの重症高血圧であり、心肥大も起こっていたこと(書証<省略>)、から明らかなとおり、脳出血と特に強い関係を有するとされる高血圧症に罹患していたと考えられ、かつ、平成22年7月までこれを放置していたこと等からすれば、亡Bは、自然の経過により脳幹出血を発症して、死亡に至ったものというべきである。
したがって、被告の安全配慮義務違反と亡Bの脳幹出血による死亡との間に相当因果関係がないことは明らかである。
(4) 損害の有無及び額
ア 原告らの主張
(ア) 亡Bの損害 合計7045万6172円
亡Bの死亡慰謝料は、亡Bが27歳の若さで死亡したこと等に照らすと、2500万円が相当である。
亡Bの逸失利益は、基礎収入を529万8200円(平成21年賃金センサスにおける男性労働者平均賃金)、就労可能年数を40年(同年数に対応するライプニッツ係数:17.1591)、生活費控除率を50%(男性単身者を前提)として算定すると、次の計算式のとおり、4545万6172円となる。
計算式:5,298,200×17.1591×0.5≒45,456,172
以上によれば、亡Bの損害額は合計7045万6172円となる。
(イ) 原告X1の損害(相続分を含む。) 合計4040万0895円
亡Bの損害中、原告X1の相続分は、亡Bの上記損害額に2分の1を乗じた金額である3522万8086円となる。
原告X1の固有の損害額は、固有の慰謝料150万円及び弁護士費用367万2809円である。
したがって、原告X1の損害額は合計4040万0895円となる。
(ウ) 原告X3の損害(相続分を含む。) 合計4150万1390円
亡Bの損害中、原告X3の相続分は、亡Bの上記損害額に2分の1を乗じた金額である3522万8086円となる。
原告X3の固有の損害額は、固有の慰謝料250万円、戸籍謄本取寄費用450円、弁護士費用377万2854円である。
したがって、原告X3の損害額は合計4150万1390円となる。
(エ) 原告X2の損害 合計260万6912円
原告X2の損害は、葬儀関係費用136万9920円、固有の慰謝料100万円及び弁護士費用23万6992円である。
したがって、原告X2の損害は合計260万6912円となる。
イ 被告の主張
原告らの主張は、否認ないし争う。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
前記第2の1の前提事実、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 亡Bの健康状態等
亡B(昭和58年○月○日生の男性)は、平成20年10月25日の健康診断において、血圧が202/120mmHgであり、BMI値が35.4の肥満と診断される状態にあり、胸部エックス線検査では心陰影の拡大が認められた。
なお、亡Bの近親者には、高血圧の者が複数存在する。
(証拠<省略>)
(2) 亡Bの勤務形態等
亡Bは、a店において、当初、おおむね夕方頃から翌午前2時頃までの時間帯に勤務していたが、平成22年2月下旬頃から、月に10日前後、ナイトロング勤務(通常、午後10時から翌午前8時までの勤務)にも従事するようになった。ナイトロング勤務においては、拘束時間10時間、休憩時間2時間の実労働時間8時間とされており、その他の勤務においては、5時間15分までの拘束時間の場合には休憩時間はなく、6時間から7時間45分までの拘束時間の場合には45分間の休憩時間とされ、8時間から9時間30分までの拘束時間の場合には1時間の休憩時間とされていた(以下、前記の各休憩時間を「所定の休憩時間」という。)。
ナイトロング勤務においては、従業員は、上司から、ナイトショート勤務(午後10時から翌午前1時又は翌午前2時までの勤務をいう。以下「ナイトショート勤務」という。)の者が勤務している時間帯に休憩を取得するよう指導されており、亡Bを含む従業員は、1時間当たりの売上げが1万円を超えるような繁忙状況の場合及びナイトショート勤務の者がいない場合を除いて、上記時間帯に所定の休憩時間を取得していた。なお、亡Bがナイトロング勤務に従事していた日には、ナイトショート勤務の時間帯に1時間当たりの売上げが1万円を超えること自体少なかったが、1時間当たりの売上げが1万円を超える場合があっても、その状態がナイトショート勤務の時間帯中継続していたことはなかった。
亡Bを含む従業員は、上司から休憩を取得できなかった場合には付箋を用いてその旨申告することとされており、亡Bも、複数回にわたって、その旨の申告をしていた(なお、亡Bが、複数回にわたって、所定の休憩時間を取得できなかった旨の申告をしていたことは、タイムカード実績照会〔書証<省略>〕上、休憩時間を2時間取得した場合の修正ではなく、所定の休憩時間を取得できなかった場合の修正がされていることから明らかである。)
(証拠<省略>)
(3) 亡Bの業務内容及びその労働密度等
亡Bの業務は、商品の調理、接客及び調理器具の清掃等であった。
亡Bがa店において担当していたナイトロング勤務においては、午前2時から午前8時までの間、研修期間を除いて一人勤務が常態化していたが、上記時間帯の1時間あたりの売上金額(平均)は、約1700円~約3300円程度であり、いわゆる手待時間が多い勤務状況であった。
なお、亡Bの自宅からa店までの通勤時間は約36分であった。
(証拠<省略>)
(4) 被告における従業員の勤怠管理等
a店においては、亡Bが当店に勤務していた当時のタイムカード実績照会システム(以下「本件システム」という。)上、休憩時間が2時間とされていたナイトロング勤務の場合であっても、自動的に休憩時間が1時間30分とされるため、これに対応する形で従業員の退勤時間が実際の退勤時間より30分切り上がって表示されていた。
そのため、本件システム入力者は、従業員から所定の休憩時間を取得していない旨の申告がなかった場合には、本件システム上の退勤時間を実際の退勤時間より1時間早める形で修正し、所定の休憩時間を取得できなかった旨の申告があった場合には、自動表示された退勤時間をその時間分調整することにより修正するなどして、従業員の申告に応じた実労働時間が表示されるよう退勤時間を適宜修正していた。
なお、出勤時間については、本件システム上、従業員が操作したとおりの出勤時間が記録されていた。
(証拠<省略>)
2 脳内出血等に関する医学的知見
証拠(書証<省略>)よれば、脳内出血等に関する医学的知見として、次のとおり認められる。
(1) 脳内出血について
脳内出血とは、脳実質内に出血が生じる病態であり、その大部分は高血圧が原因となる高血圧性脳出血であるが、脳動脈瘤及び脳腫瘍等、高血圧以外の原因による脳出血もある。
脳幹部出血を起こす責任血管は脳底動脈の正中橋枝とされる。
(書証<省略>)
(2) 脳内出血の危険因子について
脳血管疾患の危険因子としては、①性別(男性は女性の2倍程度の発症率)、②年齢、③家族歴(遺伝)、④高血圧、⑤飲酒、⑥喫煙、⑦高脂血症、⑧肥満、⑨糖尿病、⑩ストレスがあるとされる。
脳内出血は、高血圧と特に強い関係があり、飲酒とは強い関係があり、肥満とは関係があるとされる。
(書証<省略>)
(3) 過重な業務が脳血管疾患に与える影響について(書証<省略>)
ア 脳内出血を含む脳血管疾患は、その発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤等の基礎的病態(以下「血管病変等」という。)が長い年月の生活の営みの中で形成され、それが徐々に進行し、増悪するといった自然経過をたどり発症するとされる。
しかし、業務による過重な負荷が加わることにより、発症の基礎となる血管病変等をその自然の経過を超えて著しく増悪させ、脳血管疾患を発症させる場合があるとされる。
業務による過重な負荷としては、脳血管疾患の発症に近接した時期における異常な出来事や短期間の過重負荷のほか、長期間(発症前おおむね6か月間)にわたる疲労の蓄積による負荷が挙げられる。
イ 業務の過重性の判断に当たっては、発症前6か月間における就労態様について、労働時間、勤務の不規則性、拘束時間の長さ、出張の多さ、交代性勤務や深夜勤務の有無・程度、作業環境、精神的緊張を伴う業務か否かなどの諸要素を考慮して、特に過重な身体的・精神的負荷が認められるかという観点から総合的に評価することが相当である。
このうち疲労の蓄積の最も重要な要因である労働時間に着目した場合、発症前1か月間におおむね100時間を超える時間外労働に従事していた場合や発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務と脳血管疾患の発症との関連性が強いと評価できるが、発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合には、業務と脳血管疾患の発症との関連性が弱いとされる。
(4) 亡Bの死体を検案したC医師の意見
亡Bについては、死後の脳CT検査にて脳幹部に出血を認めた。
その原因としては、若年の出血から、脳動脈奇形あるいはもやもや病の可能性が考えられる。
(書証<省略>)
(5) 愛知県労働局地方労災医員D(以下「D医員」という。)の意見
亡Bの傷病名は、脳幹部出血である。
亡Bの頭部CT検査では、脳幹部のほぼ全域に出血しており、発症から死亡まで数分から十数分であったと考えられる。
亡Bの脳幹部出血の原因としては、脳動静脈奇形に加えて、出血量の多さから、脳底動脈瘤が破裂した可能性も考えられるが、脳血管撮影の画像がない以上、その原因疾患は特定できない。なお、もやもや病の異常血管は内頚動脈流域にあり、正中橋枝の所属する粗骨脳底動脈系には発生しないため、亡Bの脳幹部出血の原因としてもやもや病は否定できる。
亡Bの業務と脳幹部出血の発症との関連性については、亡Bの勤務時間の観点からみると、①亡Bの発症1週間前の勤務状況は、発症の前々日が休日で、5日前と6日前は連休であり、時間外労働時間はないこと、②発症前1か月は、休日をほぼ定期的に取得しており、時間外労働時間はないこと、③それ以前の時間外労働時間は、発症前2か月平均9時間37分、発症前3か月平均17時間15分、発症前4か月平均17時間47分、発症前5か月平均15時間31分、発症前6か月平均12時間57分であることからすると、時間外労働時間が身体に負荷を及ぼし、脳疾患を発症させる原因となり得るとされる時間外労働時間に遠く及ばず、過重な労務に従事したとはいえない。また、亡Bの勤務態様についてみると、ナイトロング勤務であって、その出勤時刻のほとんどが午後9時50分台であり、退勤が午前1時から午前8時までの間となっており、まれに午前中等の勤務もあるが、出勤のパターンが著しく変化し、そのために負荷がかかるという程度にはない。
したがって、亡Bの業務が過重であって身体的・精神的な負荷が高度となり、脳幹部出血を発症させたとは考えられない。
(書証<省略>)
3 争点1(被告に亡Bの労働時間等を適切に管理すべき義務を怠った過失があるか)について
(1) 亡Bの実労働時間等について
前記1認定事実によれば、①従業員は、上司から、ナイトショート勤務の者が勤務している時間帯に所定の休憩時間を取得するよう指導されており、亡Bを含む従業員は、1時間当たりの売り上げが1万円を超えるような繁忙状況の場合及びナイトショート勤務の者がいない場合を除いて、上記時間帯に所定の休憩時間を取得していたこと、②亡Bを含む従業員は、上司から所定の休憩時間を取得できなかった場合には付箋を用いてその旨申告するものとされており、亡Bも複数回にわたってその旨の申告をしていたこと、③本件システム上、出勤時間は従業員が操作したとおりの出勤時間が記録されており、退勤時間のみ、従業員の休憩時間に関する申告に応じた実労働時間が表示されるよう適宜修正されていたことが認められる。
これらの事実に、証拠(書証<省略>)及び弁論論の全趣旨を併せ考慮すると、亡Bの勤務時間及び休憩時間等については、別表2「労働時間等に関する裁判所認定表」(省略)のとおりであると認められる(ただし、同表中の週当たりの時間外労働時間中、脳幹出血発症前ごとの月をまたぐものについては、発症に近接した月の時間外労働時間として認定し、勤務シフト上、亡Bが一人勤務の場合には、亡Bは休憩を取得しなかったものとして認定し、二人勤務の時間帯がある場合には、亡Bは本件システム上の修正内容に応じた休憩時間を取得したものとして認定した。)。
(2) 原告ら主張配慮義務①違反の有無について
原告らは、被告が、亡Bに対し、休日及び休憩を付与し、勤務時間帯を一定にした上で、複数人による勤務体制をとるべき義務(原告ら主張配慮義務①)を負っていたのに、これを怠った過失がある旨主張する。
ア そこで、まず、休日の付与の点について検討するに、使用者は、労働者に対し、毎週少なくとも1回の休日又は4週間を通じ4日以上の休日を付与すべき義務を負い(労働基準法35条。以下、同条にいう休日を「法定休日」という。)、その休日とは、特段の事情がない限り、暦日をいうものと解されるところ、被告の就業規則等において、休日の意義について、上記と異に解すべき記載はない。そして、前記3(1)認定事実によれば、被告は、亡Bに対し、脳幹出血発症前2か月(平成22年5月)の期間を除いて法定休日を付与していないことが明らかである。
したがって、被告には、亡Bに対し、上記の期間、法定休日を付与すべき義務を怠った過失があることは明らかである。
イ 次に、休憩の付与の点について検討するに、使用者は、労働者に対し、労働時間が6時間を超える場合においては少なくとも45分、8時間を超える場合においては少なくとも1時間の休憩を労働時間の途中に与えなければならないところ(労働基準法34条。以下、同条にいう休憩を「法定休憩」という。)、前記3(1)認定事実によれば、被告は、亡Bに対し、平成22年4月26日及び同年6月28日の勤務(なお、翌日にわたる勤務を含む。)において、いずれも法定休憩を全く取得させていないというのであるから、被告には、上記義務を怠った過失があることは明らかであるが、その余の勤務については、亡Bは、法定休憩を取得しているものと認められ、被告に上記義務を怠った過失があるとは認められない。
ウ これに対し、使用者が従業員に対して勤務時間帯を一定にすることや複数人による勤務体制をとるべき義務については、その法的根拠が明らかでない上、本件において被告がそのような義務を負うべき特段の事情を認めるに足りる証拠もないから、被告が亡Bに対して上記各義務を負っていたとは認められない。
したがって、被告に上記各義務を怠った過失があるとはいえない。
(3) 本件配慮義務違反の有無について
ア 原告らは、被告は、平成22年3月には亡Bの長時間労働等の事実を認識したのであるから、同年4月1日までに本件配慮義務を尽くすべきであったのに、これを怠った旨主張する。
(ア) 前記2の医学的知見によれば、脳内出血を含む脳血管疾患は、その発症の基礎となる血管病変等が長い年月の生活の営みの中で形成され、それが徐々に進行し、増悪するといった自然経過をたどり発症するとされるものの、業務による過重な負荷が加わることにより、発症の基礎となる血管病変等をその自然の経過を超えて著しく増悪させ、脳血管疾患を発症させる場合があるとされる。
したがって、被告は、その被用者である亡Bに対し、その労働時間や労働条件等を適切に管理するなどして、亡Bの業務の遂行に伴う疲労等が過度に蓄積して労働者の心身の安全を害することのないよう配慮すべき義務(本件配慮義務)を負っていたというべきであり、被告が当該義務を負うこと自体については当事者間に争いがない。
そして、前記2の医学的知見によれば、業務による過重な負荷としては、脳血管疾患の発症に近接した時期における異常な出来事や短期間の過重負荷のほか、長期間(発症前おおむね6か月間)にわたる疲労の蓄積による負荷が挙げられ、発症前6か月間における就労態様について、労働時間、勤務の不規則性、拘束時間の長さ、出張の多さ、交代性勤務や深夜勤務の有無・程度、作業環境、精神的緊張を伴う業務か否かなどの諸要素を考慮して、特に過重な身体的・精神的負荷が認められるかという観点から総合的に評価することが相当であるとされている。
そこで、以下、上記観点から、原告らの主張するように亡Bの業務が平成22年3月までに過重なものとなっていたかについて検討する。
(イ) まず、前記1の認定事実によれば、亡Bの業務は、商品の調理、接客及び調理器具の清掃等であり、一人勤務となる時間帯も長かったものと認められ、かつ、亡Bは業務に真面目に取り組んでいたことがうかがわれるが、その業務内容等に照らして、亡Bの業務がいわゆる精神的緊張を伴う業務であるとまでいうことは困難である。
また、亡Bが担当していたナイトロング勤務中の午前2時から午前8時までの時間帯は、いわゆる手待時間が多い勤務状況であって、その労働密度が濃いものであったということも困難である。
そして、前記3(1)の認定事実によれば、亡Bの労働時間及び休日等は、①脳幹出血発症前6か月(平成22年1月)の時点において、月当たりの時間外労働時間は約2時間である上、各勤務ごとの時間的間隔も、少なくとも13時間以上確保されており、24時間以上確保されている日も5日間(うち4日間は38時間以上確保されている。)あること、②発症前5か月(平成22年2月)の時点において、月当たりの時間外労働時間は0時間である上、各勤務ごとの時間的間隔も、おおむね13時間以上確保されており、39時間以上確保されている日も5日間あること、③発症前4か月(平成22年3月)の時点において、月当たりの時間外労働時間は約14時間である上、各勤務ごとの時間的間隔も、おおむね13時間以上確保されており、24時間以上確保されている日も6日間(うち4日間は36時間以上確保されている。)あることが認められる。
このような時間外労働時間の程度及び勤務ごとの時間的間隔に照らすと、平成22年3月までに、亡Bが被告の業務のために適切な休養を取得することができず、疲労が蓄積するような状況であったということは困難である。なお、亡Bに対しては、日をまたぐ勤務の特殊性から法定休日が適切に付与されていないものの、業務の過重性を考慮するに当たって重視すべきであるのは、労働者の疲労等が過度に蓄積するような勤務状況であるか、すなわち、労働者に対して休養に必要な時間が付与されているかであって、上記のとおり、亡Bの脳幹出血発症前6か月ないし発症前4か月の各時間外労働時間が短時間であり、勤務時間ごとの間隔も相当程度付与されていたことからすれば、法定休日が適切に付与されていないこと等をもって、亡Bの勤務状態が疲労等の蓄積を招くようなものということはできない。このことは、前記2の医学的知見上、発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合には、業務と脳血管疾患の発症との関連性が弱いとされることに照らして、明らかである。
そうすると、亡Bの基本的な勤務形態は夜間勤務であるのに、日中の勤務も1か月当たり約1.7日(平成22年1月から3月までの平均)あったこと、亡Bの勤務シフトには事後に一定程度の変更があったこと、亡Bにはa店以外の店舗での勤務もあったこと、亡Bに対して上司から勤務時間外に電話連絡されることもあったこと(ただし、原告らの主張するような亡Bの休養を殊更に阻害する態様の架電があったとは認められない。)等の諸事情を考慮しても、亡Bの業務による負荷が平成22年3月までに脳内出血発症の基礎となる血管病変等をその自然の経過を超えて著しく増悪させる程度に過重なものとなっていたとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。以上の認定判断は、おおむね同様の事実関係に基づき、亡Bの業務が過重であったとはいえない旨のD医員の意見にも沿うものである。
したがって、被告において、亡Bに対し、平成22年4月1日までに、亡Bの労働時間等について制限するなどして本件配慮義務を積極的に履行すべき状態にあったということはできないから、被告に本件配慮義務違反があったということはできない。
イ なお、念のため、平成22年4月1日以降の期間における被告の本件配慮義務違反の有無についても、以下、検討する。
前記3(1)の認定事実によれば、亡Bの時間外労働時間等は、前記の脳幹出血発症前6か月から発症前4か月の期間について指摘した事項に加えて、①発症前3か月(平成22年4月)の時点においては、月当たりの時間外労働時間が約26時間である上、各勤務ごとの時間的間隔もおおむね12時間以上確保されており、24時間以上確保されている日が5日間(うち4日間は少なくとも31時間以上確保されている。)あること、②発症前2か月(平成22年5月)の時点においては、各勤務ごとの時間的間隔が9時間前後のものが少なくなく、十分な勤務間隔が付与されているとは評価し難いものの、比較的短時間の勤務間隔で勤務を終えた後には、次の勤務までに20時間から2日間程度の勤務間隔があるなど、長時間の勤務間隔がおおむね設けられており、月当たりの時間外労働時間も約2時間にとどまっていること、③発症前1か月(平成22年6月)の時点においては、各勤務ごとの時間的間隔が8時間程度のものが4日間あるものの、比較的短時間の勤務間隔で勤務を終えた後には、次の勤務までに20時間から2日間程度の勤務間隔があるなど、長時間の勤務間隔が設けられており、月当たりの時間外労働時間が0時間、月当たりの休日も5日間であることからすれば、脳幹出血発症前1か月間ないし6か月間において、被告の業務のために亡Bが適切な休養を取得することができず、疲労が蓄積するような状況であったということは困難である。このことは、前記2の医学的知見上、発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合には、業務と脳血管疾患の発症との関連性が弱いとされることに照らして、明らかである。
そして、亡Bの業務がいわゆる精神的緊張を伴う業務であるとか、その労働密度が濃いものであるとはいえないことは、前示のとおりである。
そうすると、亡Bの基本的な勤務形態は夜間勤務であるのに、日中の勤務も1か月当たり約2.7日(発症前6か月間の平均)あったこと、亡Bの勤務シフトには事後に一定程度の変更があったこと、亡Bにはa店以外の店舗での勤務もあったこと、亡Bに対して上司から勤務時間外に架電されることもあったこと(ただし、原告らの主張するような亡Bの休養を殊更に阻害する態様での架電があったとは認められない。)等の諸事情を考慮しても、亡Bの業務による負荷が脳内出血発症の基礎となる血管病変等をその自然の経過を超えて著しく増悪させる程度に過重なものとなっていたとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。以上の認定判断は、おおむね同様の事実関係に基づき、亡Bの業務が過重であったとはいえない旨のD医員の意見にも沿うものである。
なお、本件においては、亡Bが脳幹出血を発症した時期に近接した時期に、業務による過重な付加があったとは認められない。
したがって、被告において、亡Bに対し、亡Bの雇用期間を通じて、その労働時間等について制限するなどして本件配慮義務を積極的に履行すべき状態にあったということはできないから、被告に本件配慮義務違反があったということはできない。
4 争点2(被告に健康診断の実施を怠った過失があるか)について
原告らは、被告が、亡Bに対し、雇入時及び平成22年7月までに、原告ら主張配慮義務②を履行すべきであったのに、これを怠った旨主張する。
(1) まず、被告が亡Bに対してその雇入時に健康診断を実施すべき義務を負っていたかについて検討するに、事業者が、労働安全衛生法66条、労働安全衛生規則43条にいう雇入時の健康診断を実施しなければならないのは、「常時使用する労働者」を雇い入れる場合であるところ、前提事実によれば、本件雇用契約は雇用期間を平成22年1月5日から同年12月31日までとするものであるから、亡Bの雇用期間が更新される可能性があることを考慮しても、亡Bの雇入時点で、亡Bが労働安全衛生規則43条にいう「常時使用する労働者」に当たるとは認められない。
したがって、亡Bの雇入時点で、被告が亡Bに対して雇入時の健康診断を実施すべき義務を負っていたということはできない。
(2) 次に、被告が平成22年7月までに亡Bの健康診断を実施すべき義務を負っていたかについて検討するに、前記3で説示したところによれば、被告が亡Bに対して休日及び休憩時間のない長時間労働に従事させていたなどの事情は認められないのであって、被告が亡Bに対して雇用期間が6か月となる平成22年7月4日を待たずに健康診断を実施すべき義務を負っていたことを基礎付ける特段の事情があるとは認められない。そうすると、被告が、亡Bに対し、雇用後6か月が経過しない時点である平成22年7月を待たずに、健康診断を実施すべき義務を負っていたということはできない。
なお、亡Bは深夜業務を含む業務に従事するようになった後、その死亡時までに6か月を経過していないから、被告には、亡Bに対して特定業務の健康診断を実施すべき義務を怠った過失はない。
(3) したがって、原告らの上記主張は採用することができない。
5 争点3(被告の各過失と亡Bの死亡との間に相当因果関係があるか)について
前記3(2)で認定判断したとおり、被告には、亡Bに対し、法定休日及び法定休憩を付与すべき義務を怠った過失があることは明らかである。
しかしながら、前記2の医学的知見のとおり、脳血管疾患の発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合には、業務と脳血管疾患の発症との関連性が弱いとされるところ、亡Bの時間外労働時間は、脳幹出血発症前1か月間で0時間、同発症前2か月間で月当たり1時間12分(平均)、同発症前3か月間で9時間26分(平均)、同発症前4か月間で10時間32分(平均)、同発症前5か月間で8時間25分(平均)、同発症前6か月間で7時間23分(平均)であると認められ、上記の1か月当たり45時間ですら大幅に下回っている。このことに、亡Bの休日数、休憩時間、勤務ごとの時間的間隔、業務内容及び勤務形態等の業務の過重性において考慮すべき諸要素を併せ考慮しても、亡Bの業務と脳幹出血発症との関連性は相当に弱いといわざるを得ない。
この点、亡Bに対しては、日をまたぐ勤務の特殊性から法定休日が適切に付与されていないものの、脳血管疾患の発症の原因となり得る業務の過重性を検討するに当たって重視すべきであるのは、労働者の疲労等が過度に蓄積するような勤務状況であるか、すなわち、労働者の休養に必要な時間が付与されているかであって、前記のとおり、亡Bの脳幹出血発症前1か月ないし発症前6か月の各時間外労働時間は短時間であり、各勤務ごとの時間的間隔も疲労の蓄積を招かない程度には付与されていたことからすれば、亡Bに対して法定休日及び法定休憩が適切に付与されていないことをもって、亡Bの業務による負荷が脳内出血発症の基礎となる血管病変等をその自然の経過を超えて著しく増悪させる程度に過重なものとなっていたとは認められない。このことは、おおむね同様の事実関係に基づき亡Bの業務が脳幹部出血を発症させたとは考えられない旨のD医員の意見にも沿うものである。本件証拠上、亡Bの脳幹出血の原因については、脳動静脈奇形や脳底動脈瘤が破裂した可能性があるものの、亡Bの脳血管撮影の画像がないため、その原因疾患を特定できないこと、亡Bが高血圧症にり患していたとまでは断定できないことは、何ら前記判断を左右するものではない。
そうすると、被告が亡Bに対して法定休日及び法定休憩を付与すべき義務を怠った過失と亡Bの脳幹出血発症との間に相当因果関係があるとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告の上記各過失と亡Bの脳幹出血による死亡との間に相当因果関係があるとは認められない。仮に、亡Bが上司に申告していない労働時間が一定時間あったとしても、亡Bの月当たりのナイトロング勤務日数及びその際の売上額の程度等に照らして、未申告の労働時間はわずかであると考えられることからすれば、上記事情は前記判断を左右するものではない。
なお、亡Bは、被告の勤務時間外に、ハローワークに頻繁に通うなどして就職活動を行ったり、友人と遊ぶなどしていたことが認められ(証拠<省略>)、そのために亡Bの睡眠時間が減少していた可能性があるものの、上記事情は被告の業務の過重性の判断に影響を与えるものではない。
6 結論
以上によれば、被告の業務と亡Bの脳幹出血による死亡との間に相当因果関係があることを前提とする原告らの損害賠償請求は、その前提を欠くものであって、理由がない。
よって、原告らの請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 大原哲治)
(別表<省略>)