大判例

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名古屋地方裁判所半田支部 昭和26年(ワ)44号 判決

原告 新井玉子

被告 新井錫済

一、主  文

原告と被告とを離婚する。

原被告間の長男佐賀夫、二男弘治の親権者を原告と定める。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告は主文同旨の判決を求め、其の請求の原因として、原告は昭和二十年三月十六日被告と婚姻の届出を為し爾後同棲し、其の間に長男佐賀夫、二男弘治を儲けたが被告は二男弘治姙娠中の昭和二十二年四月二日無断家出した儘帰宅せず諸々方々捜索したが今に至る迄判明しない。勿論其の間原告や子供を放置した儘で一回の通信も一銭の仕送りもしないで悪意を以て原告を遺棄したから、原告は被告に対し主文の様な判決を求める為本訴請求に及ぶと陳述した。

被告は本件口頭弁論期日に出頭せず且答弁書其の他の準備書面も提出しない。

<立証省略>

当裁判所は職権を以て原告本人を訊問した。

三、理  由

公文書であるから当裁判所が真正に成立したものと認める甲第一号証(戸籍謄本)に証人鈴木ふく、家田盛員の各証言並原告本人の訊問の結果に依ると、原告は元愛知県幡豆郡一色町大字味浜字東乾地五十六番地に本籍を有する外山松五郎の長女として生れた日本人であつたが、昭和十七年十一月被告と婚姻の式を挙げて事実上の婚姻を為し爾後知多郡河和町の大字古布又は大字浦戸に於て一家を構え同棲し、昭和十九年八月二十六日には其の間に一子佐賀夫を儲けたので昭和二十年三月十六日原被告婚姻の届出を為すと同時に右佐賀夫の出生届を為し、更に昭和二十二年七月三日二男弘治を生んだ事実並被告は右弘治の出生に先ち同年四月二日頃原告の当時の住居より就職口を探すと云つて家を出た儘今日に至る迄一度の通信も一厘の仕送りもせず、爾後五年間全く行方不明である事が明であるから、被告は悪意を以て遺棄したものと見るを相当とする。而して原被告は何れも外国人であるから法例第十六条に依り本件離婚の準拠法は其の原因たる事実の発生した時に於ける即ち本件に於ては被告が原告を遺棄した時に於ける夫たる被告の本国法に依るべきものである事が明であるが、本件離婚原因発生当時即ち昭和二十二年四月頃の朝鮮に施行せられて居た法令の内容は原告の明にしないところであるばかりでなく、当裁判所に於て調査するも之を明確にし得ないから斯る場合は日本の法令に依り其の原因の有無を判断するを相当とする。而して我民法第七百七十条第一項第二号に依ると本件の如き事由は法律上正当な離婚原因となるから原告の本件離婚請求を正当とし、尚本件の如き事情の下に於ては原被告間の主文表示の未成年の子は原告を親権者とし原告をして子の為の一切の処置を為さしめるを相当と認め原告を右二子の親権者と定め、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 栗本義之助)

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