大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所岡崎支部 平成20年(ワ)788号 判決 2011年3月28日

原告

同訴訟代理人弁護士

中谷雄二

田巻紘子

加藤悠史

被告

株式会社Y

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

中根常彦

坂口良行

平林奈純

同訴訟復代理人弁護士

井上洋一

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の請求

1  原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、370万0505円及びこれに対する平成20年9月10日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告に対し、平成20年7月から、毎翌月15日限り、35万6888円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  第2、3項につき仮執行宣言

第2事案の概要

本件は、原告が、被告と株式会社a(以下「a社」という。)との間の業務請負契約に基づき、請負労働者として被告の工場で就労し、その後、被告と株式会社b(以下「b社」という。)との間の業務請負契約又は労働者派遣契約に基づき、請負労働者又は派遣労働者として被告の工場で就労していたが、被告に対し、①原告と被告との間に黙示の雇用契約が成立している、②仮にそうでないとしても、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「派遣法」という。)40条の4の直接雇用義務に基づき原告と被告との間に雇用契約が成立している、③仮にそうでないとしても、信義則上の雇用契約締結義務に基づき原告と被告の間に雇用契約が成立している、さらに、④被告が原告に対し行った解雇の意思表示は解雇権の濫用ないし不当労働行為に該当し無効であるなどと主張して、雇用契約上の地位確認及び解雇後の未払賃金の支払を求めた事案である。

1  前提となる事実

次の各事実は、当事者間に争いがないか、書証(省略)、原告本人、人証(省略)、及び後掲各証拠(省略)並びに弁論の全趣旨により、認めることができる。

(1)  当事者等

ア 原告は、1954年にブラジルで出生した日系ブラジル人であるが、平成10年8月27日に来日し、a社及びb社などと雇用契約を締結して、同年9月1日から平成19年7月20日まで、後記のとおり商号変更や合併等を行った被告の工場で就労していた労働者である(書証省略)。

イ 被告は、自動車部品の切削加工・組付(トランスミッション部品)、各種試作部品の精密砂型鋳造・切削加工・組付などを目的とする株式会社である。被告は、昭和38年に商号をc鉄工株式会社(以下「c鉄工」という。)として設立されたが、昭和56年に試作部門を分離独立させて株式会社Y(以下「旧Y社」という。)を設立させ、平成18年5月1日、旧Y社を再び吸収合併して株式会社Yに商号を変更し、現在に至っている(書証省略。以下、c鉄工について「被告」ともいう。)。

ウ a社は、平成3年10月1日に電子機器、自動車部品、家庭電化製品、食品等各種製造会社(工場)の機械コントロール及び機械操作の技術指導並びにラインの請負業務などを目的として設立された株式会社である(書証省略)。

エ b社は、平成3年8月20日に有限会社bとして設立され、平成9年12月に株式会社へ組織変更して、代表取締役をB、本店所在地を岐阜県大垣市<以下省略>とし、自動車・航空機等輸送用機器部品及び工作機械の組立・溶接・塗装・仕上げ等の請負、派遣法に基づく一般労働者派遣事業及び特定労働者派遣事業などを目的とする(書証省略)。

オ b1社、有限会社b2、有限会社b3

(ア) b社の取締役であるC(昭和25年生、以下「C」という。)は、b1社の屋号で機械組立請負を目的とする個人事業を営んでいたが、平成15年3月24日に同事業を廃止し、同日、本店所在地をb社と同所、代表取締役をCとし、b社と同様に、自動車・航空機等輸送用機器部品及び工作機械の組立・溶接・塗装・仕上げ等の請負などを目的とする有限会社b2(以下「b2社」という。)を設立した。b2社は、社会保険に加入することを希望しない日系ブラジル人労働者のみが在籍し、日本人労働者は在籍しなかった。同社はその後、休眠状態となった(書証省略)。

(イ) 有限会社b3(以下「b3社」という。)は、平成17年10月7日にb社及びb2社同様、自動車・航空機等輸送用機器部品及び工作機械の組立・溶接・塗装・仕上げ等の請負などを目的として本店所在地を岐阜市に置き設立された有限会社で、平成18年2月に本店を名古屋市中村区に移転し、取締役がDであり、b2社の業務を承継した(書証省略)。

(ウ) b社、b2社及びb3社は、いずれもC、その夫であるB及び子のEなどを取締役とする同族会社である(書証省略。以下、b1社、b2社及びb3社の3者を併せて「b社関連会社」という。)。

(2)  原告とa社及び被告との関係

原告は、平成10年8月27日に来日し、同年9月1日、a社との間で雇用契約を締結し、平成13年3月まで、a社の従業員として、同社と業務請負契約を締結していた幡豆町にある旧Y及びc鉄工の工場において就労していた(書証省略)。c鉄工とa社は平成11年3月8日に業務請負契約を締結した(書証省略、以下「本件請負契約Ⅰ」という。)。

(3)  原告とb社、b社関連会社及び被告との関係

原告は、平成13年4月から平成19年3月までの間、b1社ことC、b2社及びb3社との間で順次雇用契約を締結し、請負労働者として幡豆町にあるc鉄工及び被告の工場において就労し、同年4月から同年7月20日までの間、b社の派遣労働者として被告の工場において就労した(書証省略)。b社は平成13年2月26日にc鉄工と業務請負契約を締結した(書証省略、以下「本件請負契約Ⅱ」という。)。派遣法の改正により平成16年3月1日以降、製造業に対する労働者派遣事業が可能となり、b社は、同年9月1日労働者派遣ができるように労働局から認可を受けた(書証省略)。

平成18年7月から8月に、朝日新聞が偽装請負キャンペーンを行ったが、その後、各地の労働局が業務請負会社に労働者派遣へ切り替えるように指導した。そのため、b社は、商号変更後の被告と平成19年4月1日、労働者派遣基本契約を締結した(書証省略、以下「本件派遣契約」という。)。

(4)  b社の西尾営業所長であるF(以下「F」という。)及び従業員のG(以下「G」という。)は、同年7月20日午前8時30分ころ、原告の自宅で原告に、b社を作成名義人とする解雇通知書を手渡した(書証省略)。

(5)  原告は平成18年11月18日に地域一般労組である名古屋ふれあいユニオン(以下「ユニオン」という。)に加入していたが、ユニオンは、b社による原告に対する上記解雇通知後の平成19年9月13日、被告に対し、原告が同組合の組合員であることを通知した(書証省略)。原告及びユニオンは、同月14日、同月20日、同年11月8日及び同月20日、4回にわたって被告との間で団体交渉を行った。被告は、この交渉の中で、原告に対し、同人が被告の駐車禁止場所に駐車していたこと、被告で規定する作業服及び名札を使用しなかったこと、b社の管理担当者に暴言を吐き、その指導・指示を遵守しなかったことなどを反省し、被告の就業規則を遵守するとの誓約書を提出すること、業務内容を工場内切粉回収及び附帯業務とすること、6か月間の期間雇用とすることなどを条件として原告を直接雇用する提案をした。しかし、原告が期間雇用である点及び業務内容に難色を示したため、交渉は打ち切られた(書証省略)。

2  争点

(1)  原告と被告との間の黙示の雇用契約の成否(争点1)

(2)  派遣法40条の4の直接雇用義務に基づく原告と被告との間の雇用契約の成否(争点2)

(3)  信義則上の雇用契約締結義務に基づく原告と被告との間の雇用契約の成否(争点3)

(4)  解雇の有効性(争点4)

(5)  被告の原告に対する未払賃金額(争点5)

3  各争点についての当事者の主張

(1)  争点1(原告と被告との間の黙示の雇用契約の成否)について

(原告の主張)

ア 本件請負契約Ⅰ、Ⅱ(以下、併せて「本件各請負契約」という。)及び本件派遣契約、並びに原告とa社、b社及びb社関連会社(以下、a社、b社及びb社関連会社を併せて「b社ほか4者」という。)との各雇用契約はいずれも無効である。

本件では、被告が原告を直接指揮命令していたといえるところ、以下のとおり、本件各請負契約、本件派遣契約、並びに原告とb社ほか4者との間の各雇用契約はいずれも公序良俗に反し無効であるから、原告と被告間には黙示の雇用契約が成立していて、被告は、同雇用契約に基づき原告に対し直接指揮命令をしていたというべきである。

労働者派遣は、派遣法の定める要件を充たす限りにおいて違法性が阻却され有効と認められるものであるところ、本件各請負契約は、いずれもいわゆる偽装請負に当たり、適法な労働者派遣といえないから、職業安定法44条に違反する労働者供給に該当し、公序良俗に反し無効であり、無効な労働者供給のために締結された原告とb社ほか4者との各雇用契約もまた公序良俗に反し無効である。

仮に偽装請負が派遣法に違反する労働者派遣であっても直ちに職業安定法44条に違反する労働者供給に該当するわけでないとしても、①原告は、来日して約2週間、a社との雇用契約を締結しないまま被告の工場において就労していたこと(書証(省略)の雇用契約書を作成したのは早くとも平成10年9月10日ころである。)、②その後、原告は、a社との間で雇用契約を締結したが、平成13年3月末日限りでa社との雇用契約が終了した後、平成14年8月19日付け雇用契約書(書証省略)によりb1社との雇用契約が成立するまでの間、b社関連会社等との雇用契約を締結しないまま被告の工場において就労していたこと、③原告は、b社との間で雇用契約書を作成したことはなく、b社関連会社の労働者であったのであるから、b社にとって、派遣法2条1号が定める「自己の雇用する労働者」には当たらず、同条1号の「労働者派遣」の定義に該当しないことなどに照らすと、本件各請負契約は職業安定法44条で禁止される労働者供給に当たり、本件各請負契約、原告とb社ほか4者との各雇用契約は、いずれも公序良俗に反し無効である。

仮に本件が労働者供給に当たらないとしても、①平成15年6月13日法律第82号による改正前の派遣法では製造業派遣が禁止されていたのであり、原告が被告の工場において就労を始めた平成10年から上記法改正までの間の原告の被告における就労は、禁止された製造業派遣に該当する。②原告は、約9年間の長期にわたって被告に派遣されて被告における恒常的業務を担ってきたのであり、原告の派遣は常用雇用の代替であったといえる。③原告が偽装請負によって就労していた期間を含めると、原告は、派遣法40条の2第2項2号が定める1年の派遣可能期間の制限を超えて就労していたといえる。④本件請負契約Ⅱは、平成13年2月26日に締結され、1年間の期限が定められていたが、まったく更新の手続が取られておらず、派遣契約に移行してからも、個別契約書(同法26条)や、派遣先管理台帳(同法42条)の作成、派遣労働者の氏名、健康保険及び厚生年金への加入についての通知(同法35条)、派遣可能期間制限に関する抵触日の通知(同法35条の2第2項)などを怠っていて、本件派遣契約が形骸化していた。以上のことに照らすと、本件各請負契約、本件派遣契約、原告とb社ほか4者との各雇用契約の違法性は重大であり、これらを無効とすべき特段の事情がある(最高裁平成21年12月18日第二小法廷判決・民集63巻10号2754頁参照)。

イ 原告と被告との間に黙示の雇用契約が成立した。

使用者と労働者との間に個別的な労働契約(雇用契約と同旨、以下同じ。)が存在するというためには、両者の意思の合致が必要であるとしても、労働契約の本質を使用者が労働者を指揮命令し、監督することにあると解する以上、明示された契約の形式のみによることなく、当該労務供給形態の具体的実態を把握して、両者間に事実上の使用従属関係があるかどうか、この使用従属関係から両者間に客観的に推認される黙示の意思の合致があるかどうかにより決まるものと解するのが相当である(最高裁平成10年9月8日第三小法廷判決・労働判例745号7頁、大阪高裁平成10年2月18日判決・労働判例744号63頁参照)。

本件において、原告は、被告の工場内で被告の正規従業員と混在して労働しており、正規従業員と同様の指揮命令系統に組み込まれて、被告の管理職の指揮監督の下に製造業に従事し続けてきたことに加え、①原告が来日するに際し、被告は事前に履歴書を確認して原告を受け入れることを決定するなどa社における原告の採用に被告が関与していること、②原告がa社からb社関連会社に移籍する際に被告が関与していること、③a社及びb社と被告との契約は、請負契約の形式をとりながら原告の労働時間を単位として請負代金が支払われていた上、原告の働きぶりに応じて、直接被告から原告に作業慰労金等が支給されたりするなど、被告が原告の賃金額の決定に事実上関与していたこと、④原告は、被告の従業員から担当業務の変更の指示を受けていた上、実際の業務内容に合わせる形で雇用契約書記載の業務内容が変更されるなど、被告が原告の具体的就業態様を決定していたこと、⑤原告とa社との間の雇用契約の終了及びb社による原告の解雇において、被告が実質的な決定権を有していたこと、⑥原告とb社ほか4者、被告とa社及びb社との各契約関係について契約書類が整備されていなかったにもかかわらず、被告、b社ほか4者は、特段の問題も感じずに原告を被告の工場において就労させていて、原告とb社ほか4者並びに被告とa社及びb社との契約関係は形式的なものにすぎなかったこと、⑦被告は、原告に対して被告の従業員と同様に出勤簿を書かせ、被告のマネージャーが原告の残業時間の確認を行い、被告が原告の残業時間の計算を行っていたなど、被告が原告の労働時間を管理していたことなどが認められる。これらを総合すると、原告と被告間に、雇用契約を成立させる黙示の意思の合致があったと客観的に推認でき、黙示の雇用契約が締結されたといえる。

(被告の主張)

ア 本件各請負契約、本件派遣契約、原告とb社ほか4者との各雇用契約がいずれも無効であるとの原告の主張は争う。上記各契約はいずれも有効である。

原告とa社及びb社との間にはそれぞれ雇用契約が成立していて、a社及びb社は「自己の雇用する労働者」を派遣していたから、派遣法2条1号の労働者派遣に当たり、職業安定法4条6号の労働者供給に該当しない。なお、原告とb社の雇用契約に関しては、契約書上、b社関連会社が雇用主となっているが、これらはすべてb社の関係子会社等であり、法形式上は、b社がこれら関係子会社等に自社に対する出向を求め、出向社員を被告に対し派遣していた。また、本件派遣契約に切り替えられた後のb社と原告との雇用契約書に原告の署名はないが、原告は、当該契約書記載の就業条件で現実に派遣労働を行い、b社から賃金を支払われていたから、原告とb社との間に雇用契約関係が存在することは明らかである。

そして、本件において、派遣労働者たる原告の保護法益が直接的に侵害された事実は認められないから、公序良俗違反とは評価できない。

イ 原告と被告との間に黙示の雇用契約は成立していない。

a社は、被告に対し、請負業務に従事する従業員のリストを届けているが、従業員の履歴書を提出したことはなく、被告とa社との間には資本関係や人的交流関係は存在しなかったから、原告がa社に採用される際、被告の関与が存在しないことは明らかである。また、原告は、b社の提案があって初めてb社に移籍したのであって、被告は、その移籍の仲介をしていないし、原告とb社との雇用契約書上の雇用主がb社関連会社であることを知らなかった。その上、b社は被告よりも規模の大きい会社で、被告に支配される状況になかったから、原告がb社に採用される際、被告がその採用手続に関与したことはない。

被告は、原告に対し具体的な現場指示を行っていたものの、賃金額の決定、労務管理、安全衛生管理、労働時間管理、備品・制服の支給及び懲戒処分の決定、原告の就労のための生活上の管理、住居の手配、入国管理及び保険等の手続等については、a社又はb社が行っていて、a社又はb社が、原告の具体的就業態様について決定をなし得る地位にあった。そうすると、b社に対し法人格否認の法理が適用されたり、b社が被告の賃金支払の代行機関になっていた場合には当たらない。

したがって、原告と被告との間に雇用契約を成立させる黙示の意思の合致があったと推認することはできない。

(2)  争点2(派遣法40条の4の直接雇用義務に基づく原告と被告との間の雇用契約の成否)について

(原告の主張)

平成16年3月1日施行の改正派遣法により、製造業に対して労働者派遣を行うことが可能となったが、派遣先は、その事業所のほか派遣就業の場所ごとの同一の業務について、派遣元事業主から派遣可能期間を超える期間継続して労働者派遣の役務の提供を受けてはならないとされており、製造業については、同期間は1年間に制限されている。そして、同期間の制限を超えて派遣労働者を使用する場合には、派遣先は派遣労働者に対して、直接、雇用契約の申込みをしなければならない義務を負う(派遣法40条の4)。この規定の趣旨や派遣法の労働者保護法としての性格を考え合わせれば、上記規定は、行政取締法規としての効力のみならず、私法上の効力も有すると解すべきであり、派遣先が同期間の徒過した後も派遣労働者を就労させていた場合には、派遣先は、当該派遣労働者に対し、直接雇用の申込みをしたものと解すべきである。

本件において、被告は、平成16年3月1日、製造業に対する労働者派遣事業が解禁されてから、1年間の派遣制限期間を超えて原告を派遣労働者として受け入れ続けたから、平成17年3月1日、派遣法40条の4に基づき原告を直接雇用する義務を負い、その後も原告の労務提供を受け続けたことにより、原告を臨時的・一時的な労働力需要を満たすためではなく、常時労働者として受け入れていることを明らかにしたのであるから、被告は原告に対して直接雇用を申し込んだといえる。これに対し、原告は、被告の下で直接働く意思を有して派遣労働期間制限経過後も引き続き被告において労務の提供を続けたから、被告に対し上記申込みを承諾したと認められる。

したがって、被告による雇用契約の申込み及び原告による承諾があったといえるから、原告と被告間には、期間の定めのない雇用契約が成立している。

(被告の主張)

派遣法40条の4に基づき直接雇用の申込義務が発生するのは、派遣元事業主が、派遣先に対し、派遣期間の制限に違反することになる日の前日までに、労働者派遣を停止する旨の通知をしたにもかかわらず(同法35条の2第2項)、なおもこれに違反して派遣労働者を継続使用していることが必要であり、この派遣停止通知がなければ、派遣先には直接の雇用の申込義務は発生しないと解されている。本件では、b社が被告に対し労働者派遣を停止することを通知していないため、被告には、原告に対する直接雇用申込義務が発生していない。

また、原告は、被告が原告による労務の提供を受け入れていることが被告の直接雇用の申込みに当たる旨を主張するが、会社には採用の自由があり、特定の労働者の採用を強制されることはなく、いかなる労働条件で雇用契約を成立させるかは、当事者の協議によって定めるべき性質の事柄で、あくまで当事者の合意によってのみ雇用契約は成立する。そうすると、派遣法40条の4に基づく派遣先の直接雇用申込義務は、あくまで国の派遣元事業主に対する雇用政策上の行政的な義務付けであって、私法上、派遣労働者に対して雇用請求権を付与したり、派遣先に対して雇用義務を課したりしたものではない。

したがって、派遣法40条の4により原告と被告との間に雇用契約が成立したとは認められない。

(3)  争点3(信義則上の雇用契約締結義務に基づく原告と被告との間の雇用契約の成否)について

(原告の主張)

仮に被告が派遣法40条の4に基づき原告に対し直接雇用を申し込む義務を負わないとしても、被告は、信義則上、原告との間で雇用契約を締結する義務を負う。すなわち、被告は、平成16年に製造業に対する労働者派遣事業が法律上許容されるより前から継続して原告を製造業の派遣労働に従事させ、製造業に対する派遣事業が法律上許容された後も、法定の期間制限を超えて原告を使用し続けてきた。その結果、被告は、原告をして、被告において継続して働くことができると思わせるに至ったのであるから、原告が被告との直接の雇用契約を望んだ場合に、被告がこれを拒否することは、それまでの被告の行動と実質的に矛盾するが、かかる矛盾する行為をすることは許されず、被告は、原告と雇用契約を締結する信義則上の義務を負う。

(被告の主張)

原告の主張を争う。原告は、a社又はb社に雇用されていた者で、被告は、信義則上も原告を雇用すべき義務を負わない。

(4)  争点4(解雇の有効性)について

(原告の主張)

原告と被告間に雇用契約が成立しているが、被告は、b社を通じて原告を解雇した。

解雇理由は、原告が、①駐車場の指定外場所に駐車していること、②ルールを守らないこと、③誓約書にサインしないことであるが、原告には被告のルールを守りたくても守れない事情があるにもかかわらず、かかる事情を一切無視して一方的に原告のルール違反を述べるものであり、被告による解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められないから、解雇権の濫用として無効である(平成19年12月5日法律第128号による改正前の労働基準法18条の2)。

また、被告は、原告が被告の従業員に対してユニオンの労働組合員であることを告げた後から原告を追い出そうとするようになり、原告を解雇するに至ったもので、原告が労働組合に加入したこと及び労働組合活動を理由に解雇したものと認められるから、被告の原告に対する解雇は、不当労働行為に当たり無効である(労働組合法7条1号、3号)。

(被告の主張)

原告の主張を否認する。被告は、原告に対して解雇及び解雇通知を行っておらず、b社が、その就業規則に従い、自らの判断において原告を解雇した。

また、原告は、b社の担当者から駐車禁止場所に駐車しないよう指導を受けても改善せず、さらに、同担当者から、駐車位置を守ること、作業服及び名札を必ず着用するといった内容の誓約書に署名を求められてもこれを拒否し、また、作業態度にも問題があったことから、b社が派遣労働者の入替え案を出したため、被告はこれに賛成したものである。

さらに、原告は労働組合に加入したことを理由として解雇されたと主張するが、被告は、平成19年9月13日、原告がユニオンの組合員である旨の通知が届いた時点で初めて、原告が労働組合に所属していることを知ったのであり、原告の主張は事実に反する。

(5)  争点5(被告の原告に対する未払賃金額)について

(原告の主張)

被告は、原告に対し、毎月末日締めの翌月15日払いで賃金を支払っており、原告の平成19年4月分ないし同年6月分の月額平均賃金は35万6888円である。

また、平成19年7月21日から平成20年6月末日までの未払賃金は合計405万2405円であるところ、被告は、原告に対し、b社を通じて解雇予告手当35万1900円を支払ったため、原告は、平成19年8月8日付けでこれを未払賃金額に充当する旨の通知を行った。

したがって、平成19年7月分から平成20年6月分までの未払賃金は、合計370万0505円であり、同年7月分以降の未払賃金は月額35万6888円である。

(被告の主張)

原告の主張を否認する。原告が主張する賃金額は、b社より支給されていた賃金額(書証省略)、解雇通知(書証省略)に記載の賃金額と異なり、残業手当も含まれている。しかし、一般的に、必ずしも、毎月一定時間の残業があるわけではなく、残業をすることが保証されているものでもない。

第3当裁判所の判断

1  原告が被告の工場で雇用された経緯等

前提となる事実と、書証(省略)、人証(省略)、及び後掲各証拠(省略)並びに弁論の全趣旨によると、次の各事実を認めることができる。

(1)  原告の雇用契約の相手方等

ア 被告

被告は、従業員約400人を雇用する会社であり、b社のほか、d株式会社、株式会社eなどから派遣労働者を受け入れていた(書証省略)。

また、被告は、平成18年5月1日にc鉄工が旧Y社を吸収合併してできた会社であり、c鉄工と旧Y社は、それまで別の法人格を有していたにもかかわらず、同社らの職制表の表題は「c鉄工株式会社職制表(株式会社Y)」とされていただけでなく、旧Y社が、c鉄工の試作グループ又は試作部としてc鉄工の職制表に組み込まれ、c鉄工の一部門であるかのような職制表が作成されるなど、c鉄工と旧Y社は、明確に区分されていなかった(書証省略)。

イ a社

昭和55年に設立された株式会社a1興産の電算事業部が平成3年10月1日に分離し、a社が設立された。そして、株式会社a1興産は、平成9年10月1日、株式会社fほか関連会社3社を統合した上で商号変更し、株式会社a2(以下「a2社」という。)となった。a2社は、電子機器、自動車部品、家庭電化製品、食品等の各種製造会社(工場)の機械コントロール及び機械操作の技術指導並びにライン請負業務などを目的とし、a社とは、代表取締役等の役員が共通する関連会社である。a2社は、平成17年時点で従業員の80パーセント以上がブラジル、ペルーなどの南米出身の日系人で構成されていて、ブラジルのサンパウロ州に海外駐在事務所を有していた。

a社及びa2社と被告との間に、資本関係及び人事交流等はなく、また、a社は、業務請負又は業務委託の受注を被告のみに依存していることもない(書証省略)。

ウ b社及びb社関連会社

b社は、被告を含めた複数の取引先を有しており、その主な得意先は、岐阜県大垣市に本社のあるg株式会社であった。b社は、平成13年8月から平成14年7月までの間、全取引に占めるg株式会社からの受注割合は全体の78.3パーセントを占めているのに対して、被告からの受注割合は0.5パーセントにすぎないほか、平成13年8月から平成18年7月までの間の被告からの受注割合は、最大でも7.4パーセント(平成17年8月から平成18年7月まで)にすぎなかった(書証省略)。

b社及びb社関連会社は、原告が雇用されていたころは、全体として、500人から600人の派遣従業員を雇用しており、平成13年2月から平成20年10月までの間、被告において最小で1名(平成13年2月)、最大で37名(平成17年3月)の派遣労働者を就労させていた(書証省略)。

なお、b社及びb社関連会社と被告との間に、資本関係及び人事交流等はない(書証省略)。

(2)  原告の来日経緯

原告は、ブラジルのサンパウロ市において、原告を含めて従業員3名の縫製工場向けのミシンの設置・販売・修理を行う会社を経営していたが、平成10年、GMIコンサルタント商事(以下「GMI」という。)の求人広告を見て応募し、同社の代表取締役であるHと面接した上、日本で働くこととなった。この際、原告は、「幡豆」という地域で働く旨を説明されたが、被告及びa社の名称、請負労働者として働くことなどは説明されず、以下の内容が記載された書面を渡されたのみであった(書証省略)。

就業場所:愛知県(幡豆郡)

職種:エレクトロニクス

給与:時給1300円 時間外手当25%増

住居:寮費2万8000円から3万2000円(諸費用込)

各アパートに4名入居

日本語能力:30%

勤務形態:2交替制(昼勤・夜勤)

(3)  原告の渡航費について

原告は、ブラジルにおいて、渡航費として約5000ドルを要すること、この費用は立替払され、原告の給料から天引きされる旨の説明を受け了解していた。Iは、原告の渡航費48万8000円やほかの労働者の渡航費を立替払して、a社に対し、平成10年9月7日、原告及びほかの労働者の渡航費の立替費用及び手数料として合計199万6000円を請求した。そして、a社が原告来日のための渡航費48万8000円を全額立替払いし、原告は、来日後、平成10年10月から平成11年2月まで毎月20日に9万7600円ずつをa社に対し返済する旨の渡航費貸借契約書に署名した。なお、上記返済日はa社の給料日に合わせて毎月20日となっており、原告の給料から渡航費が差し引かれた(書証省略)。

(4)  原告とa社との間の雇用契約

ア 原告は、a社の従業員であるJから、a社との間で次のとおりの雇用契約を締結する旨の雇用契約書(平成10年9月1日付け)を渡され、これに署名押印した。なお、同契約書の冒頭には、「乙(労働者)は甲(会社)が各種企業との請負契約に基づく構内請負業務を目的とすることを認識し本日下記の通り合意する。尚 下記以外の労働条件については 当社臨時従業員規則によるものとする。」との記載がある(書証省略)。

雇用期間 平成10年9月1日から同年12月31日まで

就業場所 (工場名)旧Y社

(仕事内容)レーザー加工

就業時間 午前8時から午後5時まで

午後5時から午前2時まで

賃金 定時 1時間当たり1300円

深夜・残業 1時間当たり1625円

計算方法 毎月末日締め切り、毎月20日支払

給与より控除する項目 寮費毎月2万5000円

作業着(夏)800円、(冬)1500円

帽子100円、作業靴1600円、他100円

イ その後、原告は、就業場所をc鉄工、仕事内容を車部品加工と変更するほかは上記ア記載の雇用契約とおおむね同じ内容で雇用契約を更新し、上記ア及び本項の期間を通じて、平成10年9月1日から平成13年3月まで、被告の工場において、a社の従業員として就労することを了解して、a社から給与を受給していた(書証省略)。

(5)  原告とb社及びb社関連会社との間の雇用契約

ア 続いて、原告は、以下のとおりb社あるいはb社関連会社との間で雇用契約を締結し、平成13年4月2日から平成19年7月20日までの間、被告の工場において就労していた(書証省略)。

イ 原告とb1社との間の雇用契約

原告は、平成14年8月19日、b1社との間で、次のとおりの雇用契約を締結し、その後、おおむね同じ契約内容で契約を更新し、b1社が事業を廃止する平成15年3月ころまで、b1社から給与を受給していた(書証省略)。

雇用期間 平成14年9月25日から同年12月24日まで

就業場所 b社請負職場

仕事内容 自動車部品の組立・加工

就業時間 午前8時5分から午後5時まで

午後9時から午前5時55分まで

賃金 定時 1時間当たり1320円

深夜・残業 1時間当たり1650円

計算方法 毎月末日締め、毎月10日支払

ウ 原告とb2社との間の雇用契約

原告は、平成15年、b2社との間で、次のとおりの雇用契約を締結し、その後、同じ契約内容で契約を更新し、平成17年10月ころまでb2社から給与を受給していた(書証省略)。

雇用期間 平成15年7月1日から同年12月31日まで

就業場所 b社請負職場(c鉄工)

仕事内容 自動車部品の組立・加工、その他会社が指定した場所仕事

就業時間 午前8時5分から午後5時まで

午後9時から午前5時55分まで

賃金 定時 1時間当たり1320円

深夜・残業 1時間当たり1650円

計算方法 毎月末日締め、毎月10日支払

エ 原告とb3社との間の雇用契約

原告は、平成17年11月5日、b3社との間で、次のとおりの雇用契約を締結し、その後、賃金の計算方法が毎月末日締め毎月15日支払となったほかはおおむね同じ契約内容で契約を更新し、平成19年3月ころまでb3社から給与を受給していた(書証省略)。

雇用期間 平成17年11月1日から同年12月31日まで

就業場所 b社請負職場(c鉄工)

仕事内容 自動車部品の組立・加工、その他会社が指定した場所仕事

就業時間 午前8時5分から午後5時まで

午後9時から午前5時55分まで

賃金 定時 1時間当たり1320円

深夜・残業 1時間当たり1650円

計算方法 毎月末日締め、毎月10日支払

オ 原告とb社との間の雇用契約

原告は、平成19年3月31日、b社との間で、次のとおりの雇用契約を締結し、その後、同じ契約内容で契約を更新し、平成19年7月20日に解雇されるまでb社から給与を受給していた。なお、雇用契約書及び就業条件通知書の冒頭には、「あなたをクライアントである派遣先企業に対する当社を代表する派遣労働者として雇入れます。」との記載がある(書証省略)。

派遣先企業名 被告

雇用期間 平成19年4月1日から同年6月30日まで

期間限定契約

雇用開始日 平成13年4月2日

就業時間 午前8時5分から午後5時まで

午後9時から午前5時55分まで

仕事内容 自動車部品の生産・組立て・検査

賃金 基本給 1時間当たり1320円

時間外労働 1時間当たり1650円

計算方法 締め日月末、翌月15日振込

(6)  被告とa社との間の契約関係について

ア 被告は、遅くとも平成10年9月1日までには、a社との間で業務請負契約を締結した(書証省略)。

イ c鉄工は、平成11年3月8日、a社との間で、次のとおりの業務請負契約を締結した(本件請負契約Ⅰ、書証省略)。

契約期間 平成11年3月8日から平成12年3月7日まで

書面による意思表示がない場合には1年間更新

業務内容 (1) 製品検査、得意先不良対策

(2) 自動車部品、切削加工

請負代金 (1) 製品検査、得意先不良対策 1個につき100円

(2) 自動車部品、切削加工 1個につき350円

支払方法等 請負代金の計算期間は、当月1日から当月末日までを当月分とする。

a社は、当月分の請負代金を翌月5日までに請求し、被告は翌月の末日までに銀行振込で支払うものとする。

また、c鉄工は、平成11年3月8日、a社との間で、a社が上記請負契約を遂行するに当たって必要な機械等を賃貸する旨の機械等の賃貸借契約、現場事務所を賃貸する旨の賃貸借契約をそれぞれ締結したが、いずれも賃貸借の目的物や賃料等の具体的な定めはなされていなかった(書証省略)。

(7)  被告とb社との間の契約関係について

ア 本件請負契約Ⅱ

c鉄工は、平成13年2月26日、b社との間で、契約期間を同日から平成14年2月25日までとし、当事者のいずれかから期間満了の1か月前までに書面による意思表示がない限り6か月間契約を更新する旨の業務請負委託契約を締結した(書証省略)。

また、c鉄工は、平成17年11月1日、b社との間で、同日から平成18年10月31日までの請負代金を、次のとおりとする旨の合意をした。なお、部品加工・切削・研磨①は、通常勤務の場合、部品加工・切削・研磨②は夜勤の場合の金額である(書証省略)。

部品加工・切削・研磨① 1時間当たり1800円

部品加工・切削・研磨② 1時間当たり2000円

イ 本件派遣契約

被告は、平成19年4月1日、b社との間で、本件派遣契約を締結したが、その内容は、契約期間を契約締結日から1年間とし、期間満了の1か月前までに契約当事者のいずれかから書面により契約終了の意思表示がされない限り、期間満了の翌日から1年間契約を更新するというものであった。なお、時間外労働の派遣料金は、基本の派遣料金の1.25倍とすることとされていた。

また、本件派遣契約においては、派遣法26条所定の事項を定めるべき労働者派遣契約(いわゆる個別契約)は締結されておらず、派遣労働者の氏名、健康保険及び厚生年金への加入についての通知(派遣法35条)や、派遣先管理台帳の作成(同法42条)もされなかった(証拠省略)。

(8)  原告がb社へ移籍した経緯

a社による被告の工場で就労する労働者が病気罹患した際の管理が問題となったことから、b社は、被告に対し、原告を含めた労働者の管理を的確に遂行することを条件として、原告をb社で雇用することを提案した。b社は、原告の日本語能力のチェック等は行わず、a社で雇用されていた際よりも賃金額が下がらないように配慮して、通常、1時間当たり1250円の給与で労働者を雇用しているところ、原告については1時間当たり1320円の給与で雇用することにした。原告は、平成13年3月ころ、被告の総務経理グループのリーダーであったKやa社の担当者であったJから、a社を辞めてb社と雇用契約を締結するよう告げられて、同年4月からb社との間で雇用契約を締結することとなった(証拠省略)。

(9)  b社とb社関連会社の関係

b社及びb社関連会社において、日系ブラジル人労働者は、厚生年金の受給要件である就労期間が不足し、同要件を満たすことができないことから、社会保険の加入(社会保険料の控除)を嫌がることが一般的であったため、社会保険に加入しない日系ブラジル人をb社関連会社で、社会保険に加入する日本人の従業員をb社で雇用することとしていた。b社関連会社で雇用する労働者についても、b社の社員が労働者の管理を行っており、b社とb社関連会社との間で派遣料金や業務管理委託料などのやり取りはなかった。

原告も、社会保険料が控除されることを好まなかったため、b社関連会社で雇用される扱いとなっていたが、b社が原告に対する管理を一貫して行い、b社は、原告がb社関連会社に在籍していた間も原告がb社に在職していることを証明する在職証明書(平成17年7月12日付け、平成18年10月31日付け。書証省略)を作成した。

b社は、被告に対し、原告の雇用主が、b1社、b2社、b3社に順次替わったことについての連絡を一切しなかったため、被告は、平成13年4月2日以降、原告をb社の従業員であると認識していた(証拠省略)。

(10)  原告の就労状況について

原告は、平成10年8月27日に来日し、空港まで原告を迎えに来たI及びa社の関係者と食事をとった後、寮へ案内された。その後、原告は、I及びa社の関係者と共に被告の工場へ行き、就労を開始した。

原告は、レーザー加工職場で就労することとなり、「Y GROUP」と記された帽子、ユニホーム及び名札を支給された。そして、原告は、旧Y社の従業員で試作グループのリーダーであったL(以下「L」という。)を紹介され、Lは、原告に対し、名札と帽子を必ず着用するように指示し、レーザー操作に関する仕事の概要のほか作業の際には旧Y社の従業員の指示に従わなければならないことなどを説明するなど、Lが、具体的な作業等について原告を指揮命令していた。

また、原告は、平成10年12月ころ、Lから、c鉄工のギア職場へ異動するよう指示され、c鉄工の正規の従業員と同じ製造ラインの中に入り就労していたが、c鉄工の従業員で第2製造グループのリーダーであるM(以下「M」という。)から、c鉄工の従業員と同様に、作業方法等を教示され、その後、毎日、作業内容及び残業等の指示を受けたほか、第2製造グループのほかのリーダーからもMからと同様に作業内容等の指示を受けるなど、具体的な作業等について指揮命令を受けていた(証拠省略)。

(11)  a社及びb社による労働者の管理状況

ア a社

a社は、一戸建ての建物を賃借し、a社の従業員寮として原告及び他のa社の労働者らに使用させ、原告らの給与から寮費を控除していたほか、a社の従業員であったJが、原告に対して、雇用契約書に署名を求めたり、給与明細を渡すなどしていた。

a社の被告における現場責任者は、本件請負契約Ⅰの履行について被告との連絡調整に当たり、a社を代表して個別注文事項を請負処理し、a社の従業員を管理し、直接指揮命令することとされていたが(同契約6条1項)、実際には、現場責任者が被告に常駐していたことはなく、具体的な作業について指揮命令することもなかった(証拠省略)。

イ b社

b社は、被告の本社所在地に近い西尾市内に三河営業所を設けた上、被告の社内にb社専用の事務スペースを設けて、原告ら労働者の賃金額の決定、帰国の手配、入国管理局の許可申請手続及び社宅の手配・管理等を行っており、b社の従業員であるN(以下「N」という。)及びGは、少なくとも週に二、三回被告に来社して、原告に対し、雇用契約書に署名を求めるなどしていた。

b社の被告における現場責任者は、本件請負契約Ⅱの履行について被告との連絡調整に当たり、b社を代表して個別注文事項を請負処理し、b社の従業員を管理し、直接指揮命令することとされていたが(同契約6条1項)、現場責任者が、被告の工場に常駐していたことはなく、具体的な作業について指揮命令をすることはなかった(証拠省略)。

(12)  労働時間の決定及び管理

原告に対する昼勤・夜勤というシフトに関する指示や残業に関する指示は、被告の従業員であるLやMが行っており、原告の労働時間の決定は被告の従業員が行っていた。また、原告は、被告の従業員とは異なる出勤簿によって管理されており、原告が被告の工場で働き始めてから1か月間は、Lが出勤簿を作成していたが、原告は、その後、自ら出勤簿に出勤状況を記入するようになった(証拠省略)。

被告の総務担当者は、原告の残業時間及び夜勤の日数の集計を記入し、被告マネージャーがその確認をして確認印を押印していた。そして、b社の担当者は、1か月間の始業時間、終業時間、休憩時間などが記載された勤務時間報告書及び出勤簿のコピー等を作成した上、被告又はb社の三河営業所から、b社の本社に対して上記各書面をファクシミリで送信するなどして原告の勤務時間を把握し、給与の計算を行い、原告に対する給与の支払時に、原告にそのコピーを交付しており、原告の給与支払のための労働時間の管理を行っていた(証拠省略)。

(13)  その他の事情

ア 原告は、平成11年7月ころ、当時被告の会長であったOと話し、同人から名刺を受け取った。この際、会長から、原告がブラジルにおいてミシンの仕事をしていたことを確認された(証拠省略)。

イ 被告は、原告に対し、平成15年6月及び平成16年6月、業績慰労金として各5000円を直接支給したほか、原告が不良品を見つけた際にナイスカバーとして500円を直接支給していた。上記業績慰労金は、被告の業績が良い場合に、お祝いという趣旨で、正社員全員に1万円を、請負・派遣社員全員に5000円を直接支給したものであり、被告の賃金規定に基づくものではなかった(証拠省略)。

ウ 平成13年12月に発行された被告の創業50周年記念誌には、「製造部 第2製造グループ」の被告従業員と原告が一緒に撮影された写真が掲載されているほか、原告は、給与明細と共に被告の社長からのメッセージを渡されたことがあった(書証省略)。

(14)  解雇の経緯

ア 被告は、平成19年5月7日、b社の担当者に対し、原告が被告の工場敷地の駐車禁止場所に駐車することなどを理由として派遣労働者を原告から他の労働者に入れ替えることを打診したところ、翌8日、被告の総務担当者及びb社管理担当者らは、原告の入替えに関する検討をした。そして、b社の担当者は、同月9日、原告に対し、駐車禁止場所に駐車したことを謝罪し、もう二度としないこと、会社のルールを守り、作業服と名札の使用を約束することなどが記載された誓約書に署名するよう求めた。しかし、原告は、反抗的な態度をとってこれを拒否した。

さらに、被告からb社に対し、原告の作業態度について次のような問題点の指摘があった。

(ア) 平成14年3月ころ、改善活動であるローギア自主研の際、サイクルタイム測定をしている時に、原告は被告の従業員に対して「邪魔だ」と言って改善活動を妨害した。

(イ) 雨の日など製品が錆びる可能性があるため、窓を閉めても、原告は、指示を無視して開けてしまう。雨の日はほぼ毎日。

(ウ) 原告は、冬の寒い時期にもかかわらず窓を全開にしている。周りの作業者から「寒い」とのクレームが出ている。

(エ) 原告は決められた作業をしない。平成16年10月ころ、二製品を掛け持ちして回るのが決まりだが、原告は一製品しか回らず、指示しても言うことは聞かない。

(オ) 原告は、2年間位、朝礼やラジオ体操に参加しない。b社は、義務ではないが、労働安全上、参加するように促すが、決して参加しない。

(カ) 決められた作業服の着用が安全上重要だが、原告は着るように言っても着ない。

(キ) 原告は自己主張が強く、他の従業員との協調性がない。

イ そのため、b社の西尾営業所長のFらは、平成19年7月20日午前8時30分ころ、原告に対し、その住所地で、b社を作成名義人とする解雇通知書を手渡し、通常解雇の意思表示をした。解雇通知の内容の要旨は、以下のとおりである(証拠省略)。

『 株式会社b社(以下、甲という)は、派遣社員X(以下、乙という)を平成19年7月20日付をもって解雇するものとする。以下に甲が乙を解雇するに至った経緯を解雇事由として書き記すものとする。

解雇理由報告書

X 1954年○月○日(××歳)。2001年4月2日よりY社(旧c鉄工)製造部製造第2グループに勤務、勤続年数6年1ヶ月

2007年4月上旬、同人が当社指定外のエリアに毎回駐車していることが発見。b社の管理担当者の指導を受けるも、改善の気配なし、逆に管理担当者に対して暴言を浴びせかけるような状況。

2007年5月7日管理担当者が同人の駐車位置を確認するとやはり指定外に駐車。この日、Y社の総務担当に管理担当者より同人の入れ替案の打診を受ける2007年5月8日同人の入れ替えに関する検討会を実施(AM10:30~11:30)

参加者b社管理担当者、Y社総務GL、他担当2名、

同人の最大の問題点は(ルールを守らないこと)

上記は他従業員に悪影響を及ぼすため、Y社総務担当は管理担当者の入れ替えに対する打診にも賛同。

最後に管理担当者は誓約書(駐車位置、作業服、名札を必ず着用するといった旨のもの)を作成。

2007年5月9日管理担当者は上記誓約書を同人に渡し、署名を求めるも、同人は署名を拒否。

以上の事由により、当社就業規則の第50条(懲戒解雇)の⑨号並びに⑪号に該当するものと考え、乙を解雇するものとする。今回の件は、甲としては懲戒解雇としては扱わず、解雇予告手当を支払った上での解雇とする。(以下、省略)』

ウ b社の就業規則は、以下のとおり規定している(書証省略)。

『 第50条(懲戒解雇)

派遣社員が次の各号の1つに該当する場合は、懲戒解雇に処する。但し、情状によっては、通常の解雇または減給または出勤停止にとどめることがある。

⑨号 第23条(出退勤)から第28条(面会)まで、または第38条(服務の基本原則)から第40条(服務心得)の規則に違反した場合であって、その事案が重大なとき。

⑪号 会社または派遣先において暴行・脅迫・監禁その他、社内の秩序を乱す行為をしたとき。(性的に強要なセクシャル・ハラスメントのケースも含む)』

2  争点1(原告と被告との間の黙示の雇用契約の成否)について

(1)  本件各請負契約、本件派遣契約、原告とb社ほか4者との各雇用契約の効力

ア 原告は、原告と被告間に雇用契約が成立したことの前提として、原告とb社ほか4者との間の各雇用契約が無効であると主張するので、検討する。

請負契約においては、請負人は注文者に対して仕事完成義務を負うが、請負人に雇用されている労働者に対する具体的な作業の指揮命令は専ら請負人にゆだねられている。したがって、請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、たとい請負人と注文者との間において、請負契約という法形式がとられていたとしても、これを請負契約と評価することはできない。そして、上記の場合において、注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、上記三者間の関係は、派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきであり、職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はないものというべきである。派遣法の趣旨及びその取締法規としての性質、さらには派遣労働者を保護する必要性等にかんがみれば、仮に派遣法に違反する労働者派遣が行われた場合においても、特段の事情のない限り、そのことだけによっては派遣労働者と派遣元との間の雇用契約が無効になることはないと解すべきである(最高裁平成20年(受)第1240号同21年12月18日第二小法廷判決・民集63巻10号2754頁参照)。

イ これを本件についてみるに、前記認定のとおり、原告は、平成10年9月1日から平成13年3月までの間、a社との間で雇用契約を締結し、被告とa社との間の本件請負契約Ⅰに基づいて被告の工場内で就労し、平成13年4月2日から平成19年3月までの間、b社関連会社との間で雇用契約を締結し、被告とb社との間の本件請負契約Ⅱに基づいて被告の工場内で就労していたが、この間、原告は、a社あるいはb社及びb社関連会社の従業員から具体的な作業等についての指揮命令を受けたことはなく、被告従業員から具体的な作業等についての指揮命令を受けていた上、原告に対する昼勤・夜勤というシフトに関する指示や残業に関する指示等による労働時間の決定についても被告従業員が行っていた事実が認められる。

ウ そうすると、平成11年3月8日及び平成13年2月26日に被告がa社ないしb社とそれぞれ締結した本件各請負契約はいずれも請負契約と評価することは困難であり、むしろその実体は労働者派遣(派遣法2条1号)に該当すると認められる。また、b社は、労働局の指導に従い、平成19年4月1日に被告との間で、従前の業務請負契約を廃止して本件派遣契約を締結したが、原告は、同月1日から同年7月20日までの間、b社との間で従前どおり雇用契約を締結し、被告とb社との間の本件派遣契約に基づいて被告の工場内で被告の指揮命令に基づき就労していたと認められる。したがって、同年4月1日以降の原告、被告、b社の三者の関係は、労働者派遣に該当するといえる。

エ これに対し、原告は、①来日当初、a社との雇用契約を締結しないまま被告において就労していたこと、②平成13年3月末日限りでa社との雇用契約終了後、平成14年8月19日付け雇用契約書によりb1社との雇用契約が成立するまでの間、b社関連会社等との雇用契約を締結しないまま被告において就労していたこと、③原告は、被告との間で偽装請負契約を締結していたb社の労働者ではなく、b社関連会社の労働者であったことから、b社にとって、「自己の雇用する労働者」(派遣法2条1号)には当たらず、上記①ないし③の時期においてはいずれも同法2条1号の「労働者派遣」の定義に該当しないので、職業安定法44条で禁止される労働者供給に当たり、本件各請負契約、原告とb社ほか4者との各雇用契約は、いずれも公序良俗に反し無効であると主張する。

(ア) しかし、①については、原告は、a社との間で、平成10年9月1日から雇用契約を締結していたと認められ、これ以前に原告が被告において就労していたと認めるに足りる証拠はない。

(イ) ②については、第3の1(5)アのとおり、原告は、平成13年4月からb社あるいはb社関連会社との間で雇用契約を締結していたと認められ、平成13年3月のa社との雇用契約終了後、平成14年8月19日にb1社との雇用契約が成立するまでの間、原告がb社関連会社等との雇用契約を締結しないまま被告において就労していたとはいえない。

(ウ) ③については、確かに、原告は、b社関連会社との間で雇用契約を締結し、被告とb社との間の本件請負契約Ⅱに基づき、被告において就労していたことが認められるが、b社及びb社関連会社においては、社会保険に加入しない日系ブラジル人をb社関連会社で雇用し、社会保険に加入する日本人をb社で雇用していたこと、b社の従業員がb社関連会社で雇用する労働者の管理を行っていたこと、b社とb社関連会社との間で派遣料金や業務管理委託料等の授受はなかったこと、原告がb社関連会社に在籍していた際、b社に在職している旨の在職証明書が作成されていたことなどが認められる。それらを総合考慮すると、このような取扱いが妥当であるか否かは別として、b社関連会社は、社会保険に加入しない日系ブラジル人と社会保険に加入する日本人とを区別して管理するためだけに設立された会社であり、実質的にはb社と一体の会社であったと認めるのが相当である。そうすると、原告は、b社にとって、実質的には「自己の雇用する労働者」に該当すると認められる。

(エ) 一方、被告は、b社が、原告を雇用するb社関連会社に対し原告の出向を求め、原告を出向社員として被告に派遣していた旨主張する。しかし、出向とは、出向元事業主と何らかの関係を保ちながら、出向先事業主との間において新たな雇用契約関係に基づき相当期間継続的に勤務する形態をいうところ、前示のとおり、b社関連会社は、実質的にはb社と一体の会社であったと認められるから、原告、b社及びb社関連会社の法律関係を出向と評価することは相当ではない。

(オ) 以上によると、本件各請負契約、原告とb社ほか4者との各雇用契約に基づく法律関係は、その実体として、自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人である被告の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させるという労働者派遣の定義に該当するといえる。したがって、原告の上記各契約が職業安定法44条で禁止される労働者供給に当たり無効であるとの主張は採用できない。

オ 派遣法所定の手続の不履行により雇用契約が無効となるかについて

a社及びb社による原告の派遣は、派遣法26条、35条及び42条等所定の諸手続がされていないが、このような同法に違反する労働者派遣が行われた場合に、派遣労働者と派遣元との間の雇用契約を無効とすべき特段の事情があるか、進んで検討する。

この点、原告は、①平成10年から派遣法の平成15年6月13日法律第82号による法改正までの間の原告の被告における就労は、禁止された物の製造業務についての派遣に該当すること、②原告は、約9年間の長期にわたって被告に派遣されており、原告の派遣は常用雇用の代替であったといえること、③原告は、いわゆる偽装請負によって就労していた期間を含めると、1年の派遣可能期間の制限を超えて就労していたといえること(同法40条の2第2項2号)、④本件請負契約Ⅱは、平成13年2月26日に締結され、1年間の期間が定められていたが、まったく更新の手続が取られておらず、本件派遣契約に移行した後も、個別契約書(同法26条)や派遣先管理台帳(同法42条)の作成、派遣労働者の氏名、健康保険及び厚生年金への加入についての通知(同法35条)、派遣可能期間制限に関する抵触日の通知(同法35条の2第2項)等がなされておらず、本件派遣契約が形骸化していたといえることなどを指摘して、本件各請負契約、本件派遣契約、原告とb社ほか4者との各雇用契約をいずれも無効とすべき特設の事情があると主張する。

(ア) しかし、①については、確かに、原告が主張するとおり、平成10年9月1日から派遣法の平成15年6月13日法律第82号による改正までの原告の被告における就労は、禁止されていた物の製造業務についての派遣に該当するといえるものの、近年の社会経済情勢の変化を背景とした労働者の就業形態や就業意識の多様化に伴い、労働力の多様なニーズに対応した需給の迅速かつ的確な結合を促進し適正な就業の機会の拡大を図るべく、物の製造業務に対する労働者派遣が派遣禁止業務から除外されたという経緯を踏まえると、当時、物の製造業務に対する労働者派遣が禁止されていたことをもって直ちに上記各契約を無効とすべきとまでいうことはできない。

(イ) 次に、②及び③について、派遣法は、派遣可能期間を設け、これに抵触した場合に派遣先に対して直接雇用の申込義務を課すことによって、労働者派遣が派遣先の常用雇用の代替となることを防止しようとしているが、派遣可能期間に抵触する労働者派遣契約や派遣元と派遣労働者との間の雇用契約を無効とすることまでは規定していない上、直ちに労働者派遣契約及び派遣労働者と派遣元との間の雇用契約を無効としてしまうと派遣労働者の雇用の安定が害されるおそれがある。したがって、必ずしも派遣契約及び派遣労働者と派遣元との間の雇用契約をいずれも無効とすることが相当であるとはいえない。

(ウ) さらに、④については、本件請負契約Ⅱは、契約更新の手続が取られていなかったものの、契約期間満了の1か月前までに書面による意思表示のない限り6か月間契約期間を更新する旨の条項が含まれており、契約更新の手続がなかったことのみをもって本件請負契約Ⅱが形骸化していたということはできない。また、確かに本件派遣契約は派遣法の規定に違反した杜撰なものであったことが認められるが、派遣労働者が従事する業務内容や派遣就業場所などのいわゆる個別契約書(同法26条)において定めるべき事項などについては、派遣労働者が就労する前提として、被告とb社との間で協議がなされていたものとうかがわれる。したがって、派遣法に違反していたことをもって直ちに本件派遣契約が形骸化していたということはできない。

(エ) そうすると、原告とb社ほか4者との間の各雇用契約は、雇用の安定及び派遣労働者の保護の必要性等の事情を踏まえてもなおこれらの雇用契約を無効としなければならないとまではいい難く、上記各雇用契約を無効といずれもすべき特段の事情があるとは認められない。

カ まとめ

以上によると、原告とb社ほか4者との間の各雇用契約は、いずれも有効に成立していたものと認められる。

また、上記の事情にかんがみれば、本件各請負契約、本件派遣契約についても、これらをいずれも無効とすべき特段の事情は認められず、有効に成立していたと認められる。

(2)  原告と被告との間の黙示の雇用契約の成否

第3の1で認定した各事実によると、次のとおり認めることができる。

ア 被告による原告の採用手続への関与の有無

原告は、平成11年7月ころ、当時被告の会長であったOと話し、同人から名刺を受け取った際、会長から、原告がブラジルにおいてミシンの仕事をしていたことを確認された事実が認められるものの、会長がいかなる経緯で原告のブラジルにおける職業を知ったのかが明らかではなく、かかる事実のみをもって、被告が、a社による原告の採用に関与していたと認めることはできない。

また、原告は、原告がa社からb社関連会社に移籍する際、被告がb社に対して原告を雇用するよう求めるなどして、b社による原告の採用に関与していた旨を主張する。しかし、前記認定事実によると、原告をa社からb社へ移籍させることを提案したのは、被告ではなくb社であり、被告がb社に対して原告を雇用するよう求めたという事実は認められない。

したがって、被告がa社及びb社による原告の採用手続に関与していたと認めることはできない。

イ 賃金支払に関する被告の実質的決定権の有無

a社から原告に支給される給与額は時給制により定められていたのに対して、本件請負契約Ⅰの請負代金は、製品1個あたりの単価を基準として定められていた。b社及びb社関連会社から原告に支給される給与額並びに本件請負契約Ⅱの請負代金はいずれも時給制により定められていたものの、b社及びb社関連会社から支給された原告の給与は、1時間当たり基本給1320円、時間外労働手当1650円(基本給の1.25倍)であったのに対して、被告からb社に支払われた請負代金は、1時間当たり通常勤務1800円、夜勤2000円(通常勤務の約1.11倍)であり、これらに関連性は認められない。そして、被告は、原告に対し、業績慰労金として5000円、原告が不良品を見つけた際にナイスカバーとして500円をそれぞれ直接支給したことがあったが、上記業績慰労金は、被告の業績が良い場合にお祝いとの趣旨で被告の賃金規程に基づくことなく支給されたもので、例外的なものにすぎない。

以上によると、原告がb社ほか4者から支給を受けていた各給与の額を被告において事実上決定していたといえるような事情はうかがわれず、被告が原告の賃金支払に関して実質的な決定権を有していたと認めることはできない。

ウ 配置、懲戒及び解雇等に関する権限の有無

原告は、被告従業員から具体的作業に関する指揮命令を受けていたのみならず、旧Y社のレーザー加工職場からc鉄工のギア職場へ異動するよう指示されるなど、被告が被告の工場内における原告の配置を決定する権限を有していたことが認められる。

もっとも、被告が原告に対して懲戒処分を行ったなどの事実が認められないことや、被告がb社に対して、派遣労働者である原告の入替案を打診した際、b社は、直ちに原告を解雇するのではなく、原告に対して、被告の工場におけるルールを守ることなどが記載された誓約書に署名するよう求めるなどの措置を講じた上で、原告がその署名を拒否したため解雇に至っており、被告による原告の入替案が直ちに原告の解雇に結びついているとはいえないことなどにかんがみると、原告の解雇は、b社が同社の就業規則に従い、同社の判断において行ったものであり、被告が原告の懲戒、解雇に関する権限を有していたとは認められない。

エ 上記アないしウによると、被告が、a社及びb社による原告の採用手続に関与していたとは認められず、原告がb社ほか4者から支給を受けていた各給与の額を被告が事実上決定していたといえるような事情はうかがわれず、原告の賃金支払に関して被告が実質的な決定権を有していたとは認められない。さらに、被告が原告の懲戒、解雇に関する権限を有していたという事情も認められない。

他方、被告が原告に対して具体的な作業についての指揮命令を行い、被告の工場内における原告の配置を決定する権限を有していたほか、本件各請負契約、本件派遣契約、原告とb社及びb社関連会社との間の各雇用契約は、いわゆる偽装請負にあたるものであったり、派遣法の規定に違反したものであったり、形式的には原告がb社関連会社の労働者であるにもかかわらず、b社の労働者として被告に派遣されていたりと、いずれも問題を含んだものであったことは否定できない。しかし、これらの事実によっても、原告と被告間に黙示の雇用契約が成立していたと評価することはできない。

以上によると、原告と被告との間に黙示の雇用契約が成立していたとは認められない。

3  争点2(派遣法40条の4の直接雇用義務に基づく原告と被告間の雇用契約の成否)について

(1)  派遣法は、平成15年6月13日法律第82号によって、物の製造業務へ労働者派遣を可能とする旨の改正が行われ、同法が平成16年3月1日に施工されたところ(なお、改正法施行の日から起算して3年を経過する日までの間、物の製造業務に対する派遣可能期間については1年とするものとされた。平成15年6月13日法律第82号制定法附則4項、5項)、前記認定事実によると、原告は上記改正派遣法施行後も1年以上にわたって、b社から被告に派遣され、被告の工場において派遣労働者として就労していたことが認められる。そうすると、被告は、b社から1年間の派遣可能期間に抵触することとなる日以降の労働者派遣を行わない旨の通知を受けた場合において、抵触日以降も継続して原告を使用しようとするときは、原告に対して直接雇用の申込みをしなければならない(同法40条の4、35条の2第2項)。

しかし、本件においては、そもそもb社は、被告に対し、上記派遣可能期間に抵触することとなる日以降は原告を派遣しない旨の通知をしておらず、被告において直接雇用の申込義務が生じる要件を欠いている。

また、派遣先が同法40条の4における直接雇用の申込義務を履行しない場合に、厚生労働大臣による指導及び助言(同法48条)、雇用契約申込みの勧告(同法49条の2第1項)、企業名の公表(同条3項)などの措置が加えられることがあるとしても、同法40条の4は、派遣先による直接雇用の申込みが実際にない場合であってもこれがあるものと擬制する規定と解することはできないから、被告が原告に対して直接雇用の申込みをしたということはできない。

したがって、原告が、被告の下で直接働く意思を有し、派遣可能期間が経過した後も引き続き被告の工場において労務の提供を続けたとしても、承諾の前提たる申込みを欠くものというべきである。

(2)  よって、派遣法40条の4の直接雇用義務に基づく原告と被告間の雇用契約の成立を認めることはできない。

4  争点3(信義則上の雇用契約締結義務に基づく原告と被告との間の雇用契約の成否)について

(1)  原告は、被告が製造業に対する労働者派遣事業が法律上許容される以前から継続して原告を被告の業務に従事させ、製造業に対する派遣事業が解禁された後も1年間の期間制限を超えて原告を使用し続けてきた結果、原告に対し、被告においてその後も継続して働くことができると思わせるに至ったのであるから、原告が直接の雇用契約を望んだ場合に被告が拒否することは、それまでの被告の行動と実質的に矛盾するもので許されず、被告には原告と雇用契約を締結する信義則上の義務があると主張する。

しかし、すでに説示したとおり、被告が、a社及びb社による原告の採用手続に関与していたとは認められず、原告がb社ほか4者から支給を受けていた各給与の額を被告が事実上決定していたといえるような事情は窺われず、原告の賃金支払に関して被告が実質的な決定権を有していたとは認められない。また、被告が原告の懲戒、解雇に関する権限を有していたという事情も認められない。そうすると、原告が、被告の下で直接働く意思を有し、派遣可能期間が経過した後も引き続き被告の工場において労務の提供を続けたとしても、被告が、原告に対し、被告との間で雇用契約を締結した上で、被告において継続して働くことができると思わせるに至ったとまでいうことはできない。

(2)  よって、原告が主張する信義則上の雇用契約締結義務に基づく原告と被告との間の雇用契約の成立を認めることはできない。

第4結論

以上の次第であるから、原告の本件各請求は、その余の争点4、5について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水谷正俊 裁判官 澁谷輝一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例