名古屋地方裁判所岡崎支部 平成21年(ワ)965号 判決 2014年4月14日
原告
Aこと X1 (以下「原告X1」という。)
原告
Bこと X2 (以下「原告X2」という。)
原告
Cこと X3 (以下「原告X3」という。)
原告
Dこと X4 (以下「原告X4」という。)
上記4名訴訟代理人弁護士
荒川和美
同
梅村浩司
同
加藤悠史
同
清水ちはる
同
田中智
外5名
同訴訟復代理人弁護士
室穂高
被告
Y1株式会社 (以下「被告Y1社」という。)
同代表者代表取締役
E
同訴訟代理人弁護士
外井浩志
同
藤原宇基
同訴訟復代理人弁護士
浦辺英明
同
草開文緒
被告
Y2株式会社 (以下「被告Y2社」という。)
同代表者代表取締役
F
同訴訟代理人弁護士
石嵜信憲
同
山中健児
同
鈴木里士
同
江畠健彦
同
橋村佳宏
同
土屋真也
同
塚越賢一郎
同訴訟復代理人弁護士
爲近幸恵
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 原告X1
(1) 原告X1と被告Y1社との間において、原告X1が、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
(2) 被告Y1社は、原告X1に対し、平成21年1月15日限り24万3921円及び平成21年2月から毎月15日限り各27万1931円並びにこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3) 被告らは、原告X1に対し、連帯して、250万円及びこれに対する平成21年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(5) 上記(2)(3)につき仮執行宣言
2 原告X2
(1) 原告X2と被告Y1社との間において、原告X2が、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
(2) 被告Y1社は、原告X2に対し、平成21年3月15日限り33万9589円及び平成21年4月から毎月15日限り各39万5449円並びにこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3) 被告らは、原告X2に対し、連帯して、250万円及びこれに対する平成21年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(5) 上記(2)(3)につき仮執行宣言
3 原告X3
(1) 原告X3と被告Y1社との間において、原告X3が、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
(2) 被告Y1社は、原告X3に対し、平成21年9月から毎月15日限り各34万8037円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3) 被告らは、原告X3に対し、連帯して、250万円及びこれに対する平成21年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(5) 上記(2)(3)につき仮執行宣言
4 原告X4
(1) 原告X4と被告Y1社との間において、原告X4が、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
(2) 被告Y1社は、原告X4に対し、平成21年6月15日限り22万6808円及び平成21年7月から毎月15日限り各24万1680円並びにこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3) 被告らは、原告X4に対し、連帯して、250万円及びこれに対する平成21年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(5) 上記(2)(3)につき仮執行宣言
第2事案の概要
本件は、被告Y2社との間で労働契約を締結し、被告Y2社と被告Y1社との間の業務請負契約に基づき、被告Y1社の工場で稼働している原告X3及びかつて稼働していた原告X1、原告X2及び原告X4が、(1)被告Y1社に対し、上記業務請負契約はいわゆる偽装請負であり、原告らと被告Y1社との間で黙示の労働契約が成立していたと主張して、原告らそれぞれにつき、<ア>労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、<イ>月例賃金及び各賃金に対する各支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払いを求めるとともに、(2)被告らに対し、被告らが共同で職業安定法の禁止する労働者供給又は平成24年法律第27号による改正前の労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(同改正後の法律の名称は、「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」、以下「労働者派遣法」という。)に違反する労働者派遣を行ったことにより、精神的苦痛を被ったと主張して、原告らそれぞれにつき、共同不法行為に基づき、連帯して、慰謝料200万円、弁護士費用50万円及びこれらに対する訴状送達日の翌日である平成21年9月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。
1 前提となる事実(各項末尾に証拠<省略>等を記載のもののほかは、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告らは、いずれもブラジル共和国国籍を有する外国人労働者である。
イ 被告Y1社は、自動車用各種リレー、電子コントローラーの製造を主たる業務とする株式会社であり、本社工場(愛知県安城市)と岡崎工場(愛知県岡崎市<以下省略>)を所有している。
ウ 被告Y2社は、自動車、建設機械等の生産工程等の業務請負を主たる業務とする株式会社である。
(2) 被告Y1社と被告Y2社との間の請負契約(証拠<省略>、弁論の全趣旨)
ア 被告Y2社は、被告Y1社との間で、平成8年7月31日、構内製作加工請負に関する「請負基本契約書」及び「構内請負作業に関する取り決め」を取り交わし、被告Y2社の従業員を被告Y1社の岡崎工場(以下、単に「岡崎工場」という。)などで稼働させてきた。
イ 被告Y2社は、被告Y1社との間で、平成16年12月27日に「構内作業請負基本契約書」を、平成18年9月12日に「業務委託に関する注文仕様覚書」をそれぞれ取り交わし、引き続き、被告Y2社の従業員を岡崎工場で稼働させてきた(以下、被告Y2社と被告Y1社との間の請負契約を、まとめて「本件請負契約」という。)。
なお、上記「業務委託に関する注文仕様覚書」には、委託内容については、「自動車部品:電装部品製造」の作業内容等が「生産委託の範囲は製品の組立て及び検査・梱包工程までとし、詳細仕様は製品図面による」と記載され、また、「素子挿入・表面実装」の作業内容等が「生産委託の範囲は素子組付・実装及びチェック修正工程までとし、詳細仕様は製品図面による」と記載されており、委託料については「単価連絡表による」と記載されている。
(3) 原告らと被告Y2社との間の労働契約、原告らの稼働状況(証拠<省略>、原告X1、原告X2及び原告X3各本人)
原告らは、次のとおり、いずれも被告Y2社との間で労働契約を締結し(以下「本件各労働契約」という。)、本件請負契約に基づき、岡崎工場で稼働し、または、稼働していた(ただし、後記のとおり、原告らは本件各労働契約及び本件請負契約の有効性を争っている。)。
ア 原告X1(1981年○月○日生)は、平成17年12月5日に被告Y2社との間で、期間の定めなく、業務内容を「電子製品及び部品製造、検査」とする雇用契約書を交わし、岡崎工場で稼働していた。被告Y2社は、原告X1に対し、平成20年11月3日から自宅待機を命じ、同年12月7日付けで原告X1を解雇した。
イ 原告X2(1968年○月○日生)は、平成12年5月9日に被告Y2社との間で、期間を平成13年4月25日までとし、業務内容を「電子部品及び製品製造」とする雇用契約書を交わし(但し、入社日は平成12年4月17日)、岡崎工場で稼働していた。その後、原告X2は、平成20年4月8日に被告Y2社との間で、期間の定めなく、被告Y2社の岡崎事業所の「リーダー」とする雇用条件確認書を交わし、引き続き、岡崎工場で稼働していた。被告Y2社は、原告X2に対し、同年12月24日から自宅待機を命じ、平成21年2月12日付けで原告X2を解雇した。
ウ 原告X3(1975年○月○日生)は、平成9年7月ころから、被告Y2社との間で、期間を3か月とする雇用契約書を交わし、その後、雇用期間(3か月)が経過する毎に再契約をして、岡崎工場で稼働し、平成10年4月5日に被告Y2社を退社した。そして、同年6月24日に再び被告Y2社との間で、期間を同年7月1日から同年9月30日までとする雇用契約書を交わし、前回同様に、雇用期間が経過する毎に再契約して、岡崎工場で稼働し、平成11年11月12日に再び被告Y2社を退社した。さらに、原告X3は、平成12年3月24日に再び被告Y2社との間で、期間を同月27日から平成13年4月25日までとし、業務内容を「電子部品及び製品製造」とする雇用契約書を交わし、雇用期間が経過する毎に再契約して、現在まで岡崎工場で稼働している。
エ 原告X4(1980年○月○日生)は、平成15年7月ころに被告Y2社との間で、期間の定めなく、業務内容を「電子製品及び部品製造、検査」とする雇用契約書を交わし、岡崎工場で稼働していた。被告Y2社は、原告X4に対し、平成21年4月1日から自宅待機を命じ、同年5月11日付けで原告X4を解雇した。
(4) 被告らによる消滅時効の援用
被告らは、原告らに対し、平成25年11月11日の本件第4回弁論準備手続の期日において、原告らの主張する共同不法行為に基づく損害賠償請求について、消滅時効を援用するとの意思表示をした。
2 争点
(1) 原告らと被告Y1社との間の黙示の労働契約の成否
(2) 原告らの賃金請求権の有無
(3) 被告らの共同不法行為の成否、原告らの損害
(4) 消滅時効
3 当事者の主張
(1) 争点(1)(黙示の労働契約の成否)について
(原告らの主張)
ア 本件請負契約が労働者供給にあたること
被告Y2社は使用者としての実態を一切有していないから、本件請負契約は労働者供給にあたり、本件請負契約、本件各労働契約ともに公序良俗違反として無効となる。
(ア) 採用の権限がなかったこと
被告Y2社は、独自の権限で労働者を採用することなく、労働者の選別や採用の可否について、常に被告Y1社の許可を必要としていた。すなわち、原告らについて、形式的には被告Y2社が面接を行ったが、採用については、被告Y2社としては合格であるが、最終的には「被告Y1社の許可」が必要であると述べており、最終的な採用決定は被告Y1社の許可を待ってからであった。
(イ) 日常的な指揮命令が皆無であったこと
原告らは、被告Y1社の従業員と混在してライン作業に従事していた時期があり(以下、当該ラインを「混在ライン」という。)、被告Y1社の班長などから直接指揮命令を受けて業務に従事した。また、被告Y2社の従業員のみでライン作業に従事する場合も、一貫して被告Y1社の班長などから指揮命令を受けており、被告Y2社のリーダー、グループリーダーは通訳に過ぎなかった。原告らに対する残業や休日出勤は被告Y1社の班長などが指示していた。原告らの労働時間は、被告Y2社とともに被告Y1社も管理していた。原告らの有給休暇の取得には、被告Y1社の班長の承認が必要だった。
他方で、被告Y2社の管理者は、原告らの就業場所にほとんど顔を出すことなく、原告らの日常的な就業状況を一切把握していなかった。
(ウ) 原告らの評価及び配置転換について
原告らに対する評価、原告らの担当業務の変更や配置転換は、いずれも被告Y1社の判断によってなされていた。
(エ) 原告らへの懲罰や教育、報奨について
原告らは、不良品を見逃すなどのミスがあった場合に、被告Y1社の班長から注意されており、再教育を行うのも被告Y1社の班長であった。逆に、不良品を発見した労働者は、被告Y1社から表彰されることもあり、被告Y1社から直接、慰労金賞として手当が支払われた。
(オ) 被告Y2社が賃金支払代行機関であったこと原告らは、形式的には被告Y2社から賃金の支払いを受けていたが、被告Y2社は、被告Y1社から原告らの労働時間に応じた請負代金を受領しており、そのうち被告Y2社の中間搾取分を除いた残金を、原告らの労働時間に合わせて賃金として支払っていたものであり、被告Y1社の賃金支払代行機関に過ぎなかった。
被告らは、請負代金は請負成果物の個数に応じて支払われていると主張する。しかし、混在ラインについては、請負成果物に応じて請負代金を支払うことは不可能である。混在ラインでない場合も、例えば、被告Y1社のラインで残された基盤を被告Y2社の残業者が検査することがあり、成果物は混在していた。したがって、原告らの実労働時間に応じて請負代金が支払われていたとしか考えられない。
イ 本件請負契約が違法な労働者派遣にあたること
仮に本件請負契約が労働者供給にあたらないとしても、上記ア(ア)ないし(オ)によれば、適正な請負契約とは認められず(「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」昭和61年4月17日労働省告示第37号。以下「告示37号」という。)、労働者派遣にあたるものである。
そして、次のとおり、本件における労働者派遣法違反は多岐にわたっており、被告らは、これらの違法行為を認識しながら、形式的に被告らのラインを分ける、実態にそぐわない役職を設けるなどして、意図的に偽装請負を隠ぺいしようとしている。高裁平成21年12月18日第二小法廷判決(民集63巻10号2754頁<パナソニックプラズマディスプレイ(パスコ)事件)は、労働者派遣法に違反する労働者派遣が行われた場合でも、特段の事情のない限り、派遣労働者と派遣元との間の雇用契約が無効になることはないと判示したが、本件の被告らの行為は「特段の事情」にあたり、本件請負契約、本件各労働契約ともに公序良俗違反として無効となる。
(ア) 禁止された製造業派遣であったこと
労働者派遣法が製造業派遣を派遣対象業務としたのは、平成15年法律第82号による改正(施行は平成16年3月1日)においてである。しかし、被告らは、遅くとも原告X3が就労を始めた平成9年から、上記改正まで禁止されていた業務について偽装請負を行ってきた。
(イ) 常用雇用の代替であったこと
被告Y1社では、被告Y2社の労働者が基幹的業務を担当していた。被告Y1社による原告らの受入れは、常用雇用の代替として行われたものであり、労働者派遣法の趣旨に真っ向から反するものである。
(ウ) 派遣可能期間の制限に違反すること
労働者派遣法上、派遣受入期間については最大でも3年間という制限が設けられているところ、被告Y1社は、原告らの担当する業務について、いずれも3年を超えて被告Y2社から労働者を受け入れていた。
ウ 原告らと被告Y1社との間の黙示の労働契約の成立
(ア) 本件請負契約、本件各労働契約はいずれも無効であるところ、それにもかかわらず継続していた実体関係を法的に根拠づけうるのは、原告らと被告Y1社との間の黙示の労働契約しかあり得ない。次の事情を踏まえれば、原告らと被告Y1社との間には、当初から直接の労働契約を締結する黙示の意思の合致があったといえるのであり、期間の定めのない労働契約が成立している。
a 原告らの採用については、上記ア(ア)のとおり、まさに披告Y1社によって決定されたものであった。
b 原告らの賃金については、上記ア(オ)のとおり、被告Y2社は、実態としては被告Y1社の賃金支払代行を行っていたに過ぎないから、被告Y1社による請負代金の決定が事実上原告らの賃金の決定にあたる。さらに、被告Y1社は、原告らに対して不良品を発見した際の報奨金を直接支払っていた。これは、被告Y1社による直接の賃金支払いに他ならない。
c 原告らの日常的な指揮命令、評価、配置転換、懲罰、教育、報奨については、上記ア(イ)ないし(エ)のとおり、被告Y2社が行うことはなく、すべて被告Y1社が行っていた。
(イ) また、現行の労働諸法規は直接雇用の原則をとっているから、その例外として社外労働者を利用する場合には、信義則上、同労働者に対し、法規制に合致して利用する義務を負っているというべきである。同義務に違反して社外労働者を利用した場合には、もはや請負や派遣とは認められず、直接雇用でなければできないようなやり方で社外労働者を働かせたものとして、指揮命令権を行使した事実自体から黙示の労働契約の成立が認められるべきである。被告Y1社による原告らの受入れはまさにこの場合にあたるから、原告らとの間に黙示の労働契約が成立している。
(被告Y1社の主張)
ア 本件請負契約が労働者供給にあたらないこと
原告らは、岡崎工場における就労形態が「偽装請負」にあたると主張しているところ、前記最判によれば、偽装請負の事案について、注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきであり、職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はないと判示しており、本件が労働者供給に該当する余地はない。原告らの主張ア(ア)ないし(オ)も、次のとおり事実に反するものである。
(ア) 原告らの採用について
被告Y1社は、被告Y2社の請負社員(原告らを含む。)の採用に一切関与していない。
(イ) 原告らの指揮命令について
被告Y2社は、岡崎工場に統括管理者、製造責任者、教育品質担当者を置き、請負社員らの管理を行わせている。また、各製造ラインにグループリーダー、リーダーを置いて、請負社員を直接管理している。さらに、労務管理事務所を設けて請負社員の勤怠や日常生活を管理している。被告Y1社の社員が被告Y2社の請負社員に対して指揮命令を行うことはない。原告らは、被告Y1社の社員から指揮命令を受けていたと主張するが、原告らは日本語を解さない日系ブラジル人であり、被告Y1社の社員はポルトガル語を解さないから、指揮命令することは不可能である。
被告Y1社の社員が原告らに対して、直接、残業や休日出勤を命じたことはない。被告Y1社が、被告Y2社の請負社員の労働時間を管理したことはないし、有給休暇の取得に関与したこともない。
(ウ) 原告らの評価及び配置転換について
被告Y1社が、原告らの評価や配置転換を行ったことはない。
(エ) 原告らへの懲罰や教育、報奨について
被告Y1社は、被告Y2社の請負社員の懲戒や教育に関与したことはなく、請負社員個人に対して慰労金を支払ったこともない。
(オ) 原告らへの賃金支払について
被告Y1社が被告Y2社に対して支払う請負代金は、「納入個数×単価」で算定されている。混在ラインにおいても、被告Y2社の請負社員が就労するラインの生産個数を算定することは容易であり、同様の算定による。被告Y1社は、岡崎工場で就労していた被告Y2社の請負社員の人数を知らないから、請負社員の労働時間に従い請負代金を算定することはできない。
これに加えて、被告Y2社は、被告Y1社以外からも業務を請け負っており、その請負代金も原告らの賃金の原資となっていること、被告Y2社には管理運営業務を行う社員も存在し、その賃金も請負代金を主な原資として支払われていることなどからすれば、被告Y1社が被告Y2社に支払う請負代金と原告らが被告Y2社から受け取る賃金との間には全く同一性がないことは明らかである。
イ 本件請負契約が労働者派遣にあたらないこと
上記ア(ア)ないし(オ)のとおり、本件請負契約は適正な請負契約であり、労働者派遣にはあたらない。
ウ 原告らと被告Y1社との間の黙示の労働契約の不成立
(1)被告Y2社と被告Y1社との間には人的関係も資本関係もなく、被告Y2社は実体を有する独立した請負会社であること、(2)被告Y1社が原告らの採否を事実上決定した事情がないこと、(3)被告Y2社が原告らの賃金額を決定していたことは、いずれも明白であり、原告らと被告Y1社との間に黙示の労働契約が成立する余地は全くない。
加えて、(4)原告らが被告Y2社に自ら連絡して、被告Y2社の事務所で被告Y2社の従業員の面接を受け、同従業員から時給の説明を受け、昼夜勤や残業、休日出勤が可能か尋ねられていたこと、⑤原告X3が、平成10年4月ころ、被告Y2社によって解雇され、再雇用されていたこと、原告らが被告Y2社から解雇を告げられ、原告らの所属する労働組合が被告Y2社と交渉していたこと、⑥原告X3は、現在も被告Y2社に在籍し、被告Y2社から賃金を得ていることは、原告らも争っていない。これらの争いのない事実からも、原告らは被告Y2社を使用者と認識しており、原告らと被告Y1社との間に黙示の労働契約が成立しないことは明白である。
(2) 争点(2)(原告らの賃金請求権の有無)について
(原告らの主張)
原告らは被告Y1社に対して賃金請求権を有するところ、その金額は、それぞれ平成20年の月額平均賃金と考える。原告らに対する被告Y1社の賃金支払いは、毎月末日締め、翌月15日払いである。
ア 原告X1
平成20年の月額平均賃金は27万1931円、就労拒絶日は平成20年12月12日であるから、原告X1は、被告Y1社に対して、平成20年12月分の賃金として24万3921円(既払金2万8010円を控除)及び平成21年2月以降毎月15日限り各27万1931円の賃金請求権を有する。
イ 原告X2
平成20年の月額平均賃金は39万5449円、就労拒絶日は平成21年2月12日であるから、原告X2は、被告Y1社に対して、平成21年2月分の賃金として33万9589円(既払金5万5860円を控除)及び同年4月以降毎月15日限り各39万5449円の賃金請求権を有する。
ウ 原告X3
平成20年の月額平均賃金は34万8037円であるから、原告X3は、被告Y1社に対して、平成21年9月以降毎月15日限り各34万8037円の賃金請求権を有する。
エ 原告X4
平成20年の月額平均賃金は24万1680円、就労拒絶日は平成21年5月11日であるから、原告X4は、被告Y1社に対して、平成21年5月分の賃金として22万6808円(既払金1万4872円を控除)及び同年7月以降毎月15日限り各24万1680円の賃金請求権を有する。
(被告Y1社の主張)
原告らが被告Y1社に対して賃金請求権を有していることは争う。原告らの平成20年度の収入は不知。なお、原告X3は現在も被告Y2社から賃金を受領しているから、同人の賃金請求は主張自体失当である。
(3) 争点(3)(共同不法行為の成否、原告らの損害)について
(原告らの主張)
原告らは次のような精神的苦痛を受けており、原告らそれぞれにつき、慰謝料200万円、弁護士費用50万円が相当である。
ア 被告Y1社は、原告らに対して、使用者として雇用を維持する責任を放棄するばかりか、原告らの保険及び年金の加入、福利厚生など使用者として果たさなければならない責任を免れており、被告Y1社の従業員よりもはるかに安い賃金で原告らを使用し、利益を上げてきた。被告Y2社は、これを承知の上で、形式的に原告らの使用者となり、被告Y1社に対して原告らを供給し、中間搾取を続けてきた。これらの行為は、職業安定法に違反する労働者供給を共同で行うものであり、共同不法行為を構成する。
原告らは、上記不法行為により、被告Y1社が使用者として果たすべき責任を全く果たさず、被告Y1社の従業員と同じ労務を指示されながら低賃金での労働を余儀なくされ、その利益を被告Y2社に中間搾取され、原告らの労務提供を拒むことによりいつでも雇用責任を放棄することが可能な違法な労働環境で就労させられたことにより、多大な精神的苦痛を被った。
イ 本件請負契約が労働者供給にあたらず、労働者派遣であるとしても、労働者派遣法は派遣先企業に対して厳重な派遣受入期間の規制を及ぼしており、これを超えて労働者を受け入れる場合には、受入労働者に対して直接雇用の申込みをしなければならず、受入労働者は同申込みを受けられる期待権を有している。偽装請負により、派遣受入期間を超えて労働者を受け入れた場合には、この期待権を侵害することになり、当該労働者に対する不法行為を構成する。
原告らは、実態は労働者派遣であるにもかかわらず、請負作業の従事者として扱われたことにより、安全衛生等の責任の所在が曖昧な地位に長期間置かれ、直接雇用の申込みを受けて被告Y1社に雇用される機会を奪われた。被告らは、原告らの作業実態に正当な評価及び法的保護を与えなかったものであり、このような被告らの扱いにより、原告らは精神的苦痛を受け続けているものである。
(被告Y1社の主張)
不法行為が成立することは争う。原告らは自ら業務内容と賃金額を確認した上で被告Y2社に入社し、岡崎工場で請負業務に従事していたのであるから、原告らに精神的損害が生じる余地はなく、また、上記(1)(被告Y1社の主張)ア(ア)ないし(オ)のとおり、本件請負契約は適正な請負契約であるから、不法行為は成立しない。
(被告Y2社の主張)
ア 不法行為が成立することは争う。本件請負契約は次のとおり適正な請負契約である。かつ、職業安定法及び労働者派遣法は公法であるから、これらに違反した場合でも、公法上の責任が生じることはあっても、私法上の責任は生じえない。よって、原告らの不法行為の主張は失当である。
イ 職業安定法44条が禁止する労働者供給は、雇用関係にはないが、事実上の支配関係にある者について他人に使用させ、利益を上げるものに限られるところ、原告らは、被告Y2社との間で雇用契約を締結し、実質的な雇用関係があったのであるから、本件は職業安定法44条の問題ではない。
かつ、本件請負契約は、以下のとおり告示37号の定める基準を満たしており、適正な請負契約である。
(ア) 労務管理上の独立性
a 被告Y2社は、岡崎工場に統括管理者、製造責任者及び教育・品質担当者を常駐させ、昼夜を問わず、各課にグループリーダーを、各ラインにリーダーを置き、実作業者(ライン又はライン外で製造作業に従事する被告Y2社の従業員)の管理監督を行っている。被告Y1社から被告Y2社に対する指示は、グループリーダー及びリーダーに対してなされるのみであり、実作業者に対しては一切行われない。
b 被告Y2社は、実作業者に対する入社時、異動時の教育及び評価、リーダーやグループリーダーへの登用、教育及び評価、再入社に備えての退職者の評価を独自に行っており、被告Y1社は一切関与していない。
c 被告Y2社は、従業員の勤務時間管理を自ら行っており、時間外労働及び休日労働も、グループリーダー及びリーダーが必要性を判断して指示している。
d 被告Y2社の従業員に対する注意、指導及び懲戒処分は、被告Y2社が独断で行っている。従業員の配置の決定及び変更も、被告Y2社が独自の判断で行っている。
e 以上によれば、被告Y2社が被告Y1社に対して労務管理上の独立性を有することは明らかである。
(イ) 事業経営上の独立性
被告Y2社は、業務の処理に要する資金につき、すべて自らの責任の下に調達し支弁している。被告Y2社は、被告Y1社からの受託業務から損害を発生させた場合を含め、法律に規定された事業主としての全ての責任を負う。被告Y2社は、被告Y1社から機械設備及び機械装置を有償で賃借している。
以上によれば、被告Y2社が被告Y1社に対して事業経営上の独立性を有することは明らかである。
(4) 争点(4)(消滅時効)について
(原告らの主張)
本件は継続的不法行為であり、原告らの解雇時まで(仮に偽装請負が解消されたとしても、少なくとも平成21年まで)、不法行為は継続していた。原告らは平成21年に本訴を提起したから、消滅時効期間は経過していない。
(被告らの主張)
争う。本訴の提起から3年以前に生じたものは消滅時効が完成している。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(黙示の労働契約の成否)について
(1) 労働契約は黙示の意思表示の合致によっても成立するところ、社外労働者と受入企業との間に黙示の労働契約が成立するためには、(1)採用時の状況、(2)指揮命令及び労務提供の態様、(3)人事労務管理の態様、(4)対価としての賃金支払いの態様などに照らして、社外労働者と受入企業との間に労働契約関係と評価するに足りる実質的な関係が存在し、その関係から両者間に客観的に推認される黙示の意思表示の合致があることが必要である。
(2) そこで、本件について検討するに、前記前提となる事実に加え、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(なお、原告X3については、黙示の労働契約の成否が問題となるのは平成12年3月27日以降の稼働であるから、特に断らない限り、同稼働の状況のみ認定する。)。
ア 被告Y1社から被告Y2社への業務の発注、代金の支払いなどについて(証拠・人証<省略>、弁論の全趣旨)
(ア) 被告Y1社は、資本金10億円、従業員数1460名(平成20年当時)の株式会社であり、自動車用各種リレーや電子コントローラー等を本社工場と岡崎工場で製造している。
岡崎工場には、生産部門として複数の生産課があり、各生産課には昼勤及び夜勤の複数の製造ライン(以下「ライン」という。)がある。ラインでは被告Y1社の従業員が稼働しており、そのほか、被告Y2社の従業員、訴外株式会社aの従業員などが稼働している。管理間接部門としては生産管理部などがある。
(イ) 被告Y2社は、資本金3000万円、従業員数129名(平成24年当時)の株式会社であり、被告Y1社と資本関係、人事交流はない。
被告Y2社は、平成8年に本件請負契約を締結して以降、現在に至るまで、被告Y1社から岡崎工場の生産課のうちの一部の業務を受託し、従業員を稼働させてきた。岡崎工場内の設備、機材などは、被告Y2社が被告Y1社から有償で賃借しており、業務に必要な部品などは被告Y1社が被告Y2社に無償で支給している。
なお、被告Y2社は、いわゆる平成20年9月のリーマンショック以前は、被告Y1社以外に4社の取引先を有していたが、リーマンショック以後は、被告Y1社が唯一の取引先である。
(ウ) 岡崎工場の業務については、被告Y1社は被告Y2社に対し、毎月15日に翌月以降3か月分の生産計画を示し、毎月末日に翌月分の正式な発注を行っている。同発注に基づく日々の発注製品や発注量などについては、被告Y1社の生産管理部が、製造する品番、納期、生産指示数、ラインなどの情報を記載した製造指示書(以下「カンバン」という。)を作成し、被告Y2社のグループリーダー(役割は後記ウに記載)に渡して指示している。
(エ) 請負代金については、被告Y2社は被告Y1社に対し、四半期に一度、各受注業務(以下「品名」という。)の単価を示す見積書(証拠<省略>)を提出している。被告Y2社は、毎月末日に各品名の納入個数を集計し、見積書で示した単価を調整した上で、被告Y1社に請負代金を請求している。被告Y1社は、「仕入明細」(証拠<省略>)を作成し、各品名の納入個数に単価を乗じて請負代金を算出し、被告Y2社に支払っている。
(オ) 原告らは、被告Y1社が被告Y2社に支払う請負代金について、(1)混在ラインについては請負成果物に応じて請負代金を支払うことは不可能であること、(2)混在ラインでない場合も、被告Y1社の成果物と被告Y2社の成果物は混在していたことを根拠として、原告ら実作業者の労働時間に応じて算出されていたと主張する。
しかし、上記(2)の主張については、これを認めるに足りる証拠はない。また、上記(1)の主張についても、被告Y1社作成の「仕入明細」(証拠<省略>)によれば、被告Y1社は、遅くとも平成10年9月(すなわち混在ラインが存在した時期)から、品名、納入個数、単価などの情報により被告Y2社に発注した業務を集計していたことが認められるのであり、原告らの上記主張を採用することはできない。
イ 採用時の状況について
(ア) 原告X1について(証拠・人証<省略>、原告X1本人、弁論の全趣旨)
a 原告X1は、姉が働いていた被告Y2社の人員募集に応募し、平成17年11月末ころ、被告Y2社の岡崎事務所で被告Y2社の担当者の面接を受けた。
面接の際、原告X1は、パスポート、外国人登録証、証明写真や、被告Y2社から渡された履歴書に所定事項を記載して提出し、作業のテストを受けた。さらに、面接時に、時給や休日などの説明があった。
b 被告Y2社の担当者は、上記書類を岡崎工場内にある被告Y2社の事務所に送付し、その後、入社日や配置の連絡を受けたので、原告X1にその旨の電話連絡をし、同年12月5日に岡崎工場に行くよう指示した。
c 原告X1は、同日、岡崎工場において、被告Y2社の社員(G)に工場内を案内され、設備見学のほかに、不良品の見分け方を教えてもらい、被告Y2社との間で雇用契約書を作成した。
(イ) 原告X2について(証拠・人証<省略>、原告X2本人、弁論の全趣旨)
a 原告X2は、b社から派遣されてc社の工場で働いていたが、被告Y1社で働いている友人(H)から自分より高い給料をもらっていることを聞いて、働きたいと考えた。上記友人は、被告Y2社から被告Y1社に送られて働いていると言ったことから、原告X2は、被告Y2社に電話して、面接を申し込み、平成12年3月ころ、被告Y2社の浜松事務所で被告Y2社の担当者の面接を受けた。
面接の際、原告X2は、パスポート、外国人登録証、証明写真や、被告Y2社から渡された履歴書に所定事項を記載して提出し、作業のテストを受けた。さらに、面接時に、時給や休日などの説明があった。
b 被告Y2社の担当者は、上記書類を岡崎工場内にある被告Y2社の事務所に送付し、その後、入社日や配置の連絡を受けたので、原告X2にその旨の電話連絡をした。また、被告Y2社の社員(I)は、同年4月17日に岡崎工場に行くよう指示した。
c 原告X2は、同日、岡崎工場において、被告Y2社の社員(I)に工場内を案内され、同日から岡崎工場で働くようになり、同年5月9日に被告Y2社との間で雇用契約書を作成した。
(ウ) 原告X3について(証拠・人証<省略>、原告X3本人、弁論の全趣旨)
a 原告X3は、求人広告を見て、被告Y2社に電話し、平成9年6月ころ、被告Y2社の浜松事務所で被告Y2社の担当者の面接を受けた。
面接の際、原告X3は、パスポート、外国人登録証、証明写真や、被告Y2社から渡された履歴書に所定事項を記載して提出し、作業のテストを受けた。さらに、面接時に、時給や休日などの説明があった。
b 被告Y2社の担当者は、上記書類を岡崎工場内にある被告Y2社の事務所に送付し、その後、入社日や配置の連絡を受けたので、原告X3にその旨の電話連絡をした。
c 原告X3は、被告Y2社の担当者の指示により、同年7月1日ころに岡崎工場に行き、被告Y2社の社員(I)に工場内を案内され、同日から岡崎工場で働くことになった。しばらくしてから、原告X3は被告Y2社との間で雇用契約書を作成した。
d 原告X3は、平成10年4月5日ころ被告Y2社を解雇されたが、同年6月ころには、再び被告Y2社の浜松事務所で面接を受けて(この時には、作業のテストを受けていない。)、岡崎工場で働くことになった。雇用契約書は、同月24日に原告X3と被告Y2社との間で作成された。
(エ) 原告X4について(証拠・人証<省略>、弁論の全趣旨)
a 原告X4は、平成14年ころ、被告Y2社の浜松事務所で被告Y2社の担当者の面接、作業のテストを受けたが、採用されなかった。
b その後、原告X4は、平成15年6月29日に、再び被告Y2社の浜松事務所で被告Y2社の担当者の面接を受けた。
面接の際、原告X4は、パスポート、外国人登録証や、被告Y2社から渡された履歴書に所定事項を記載して提出し、目の検査等を受けた。
c 被告Y2社の担当者は、上記書類を岡崎工場内にある被告Y2社の事務所に送付し、その後、入社日や配置の連絡を受けたので、原告X4にその旨の電話連絡をした。
d 原告X4は、同年7月1日から岡崎工場で働くようになり、その後、被告Y2社との間で雇用契約書を作成した。
(オ) 原告らは、原告らの採用については、被告Y1社の許可が必要であったと主張し、原告らはこれに沿う陳述をしているところ(証拠<省略>、原告X1本人、原告X2本人、原告X3本人)、被告らはこれを否定している。
ところで、原告らの上記陳述部分は、いずれも、被告Y2社の面接時の担当者から「被告Y1社の許可が必要である」旨を言われたことを根拠とするものであるが、上記で認定したとおり、岡崎工場内には被告Y2社の事務所があり、現場管理者が常駐していたこと(証拠・人証<省略>)からすれば、岡崎工場内の被告Y2社の事務所に連絡して「入社日」や「配置」を決めていたものと考えられ、他に、被告Y1社が原告らの採否に決定権限を有していたことを窺わせる証拠はなく、原告らの上記陳述部分をもって、直ちに原告らの上記主張を採用することはできない。
ウ 指揮命令及び労務提供の態様について(証人J、ほか証拠・人証<省略>、原告X2本人、原告X1本人、原告X3本人、弁論の全趣旨)
(ア) 被告Y1社は、岡崎工場の生産部門に数名の工場長を置いており、その下に各生産課の課長、係長、班長を置いている。
(イ) 被告Y2社は、管理運営業務を行う者として、岡崎工場に統括管理者、製造責任者を各1名、教育・品質担当者を2名置き、従業員の管理や被告Y1社の工場長らとの連絡を行わせている(統括管理者の職位は、平成21年当時は存在したが現在は廃止されており、被告Y2社の常務取締役であるJがその役割を担っている。)。
被告Y2社は、実作業者に指揮命令する者として、各ライン(各製品の組立、検査を行う作業ライン)にリーダーを置いている。リーダーは、基本的には製造作業は行わず、実作業者の管理監督、トラブルへの対応などを主な業務としている。平成17年からは、生産課(5課)ごとに、昼勤、夜勤それぞれについて、リーダーの上にグループリーダーを置いており、リーダーの管理や被告Y1社の班長らとの連絡を行わせている。平成22年からは、生産課を統括する役職として、グループリーダーの上に統括グループリーダーを置いている。
被告Y2社の実作業者(原告らを含む。)は、いずれもブラジル共和国国籍の外国人労働者であり、被告Y2社のリーダー、グループリーダーも同じく外国人労働者もしくはポルトガル語を解する者である。
また、被告Y2社は岡崎工場内に労務管理事務所を設けており、労務管理者に従業員の勤務時間などを管理させている。
(ウ) グループリーダー(不在の場合はリーダー)は、毎日、被告Y1社の生産管理部からカンバンを受け取り、ラインごとに仕訳してリーダーに配布する。リーダーは、カンバンの内容を検討してラインの日々の作業順序を決定し、リーダーが整理したカンバンに従って実作業者が製造作業に着手する。実作業者に対する業務指示、トラブルへの対応などは、リーダーがポルトガル語で行い、リーダーが対応できない事柄はグループリーダーが対応している。残業、休日出勤は、ラインの進捗状況を考慮して、グループリーダーがリーダーと協議して指示している(以下、まとめて「業務指示など」という。)。
被告Y2社は、リーダーに対して1時間あたり150円、グループリーダーに対して1時間あたり450円程度の役職手当を支給している。
(エ) 原告らの稼働ラインないし稼働部署は、次のとおりである。
a 原告X1 「エアコン7ライン」(平成17年12月6日から平成20年11月3日の自宅待機の前まで)
b 原告X2 「ITS」(平成12年4月17日から同年6月末日まで)、「フラッシャー製造ライン」(同年7月1日から平成17年7月末日まで)、「ボデー20ライン」(同年8月1日から同年11月末日まで)、「ボデー19ライン」(同年12月1日から平成20年12月24日の自宅待機の前まで)
c 原告X3 「実装」の検査業務(平成12年3月27日から平成21年4月末日まで、同年7月1日から現在まで)
d 原告X4 「実装」の検査業務(平成15年7月1日から平成21年4月1日の自宅待機の前まで)
e 原告らは、基本的には、被告Y2社のリーダー、グループリーダーから業務指示などを受けていた。原告X2は、平成18年1月にリーダーに登用されており、リーダーとしての役割を果たしていた。
ただし、平成18年ころまでは、岡崎工場の一部のラインで混在ライン(被告Y1社の従業員と被告Y2社の従業員が混在して稼働しているライン)があった。上記「ITS」のライン、「フラッシャー製造ライン」は、原告X2が稼働していたときには混在ラインであり、「ボデー19ライン」(原告X2が稼働)、「実装」の検査業務のライン(原告X3及び同X4が稼働)は、平成18年ころまでは混在ラインだった。また、上記「フラッシャー製造ライン」には常駐のリーダーがいなかった。したがって、これらのラインにおいては、被告Y1社の従業員が原告らに日本語で業務指示などをすることもあった。
(オ) 原告らは、原告らの日常的な指揮命令は被告Y1社がしており、被告Y2社の指揮命令は皆無だったと主張し、それに沿った陳述をしている(証拠<省略>、原告X2本人、原告X1本人、原告X3本人)。
そこで、検討するに、被告Y2社の実作業者のほとんどは、日本語を十分には理解できないこと(弁論の全趣旨)からすれば、ポルトガル語を解さない被告Y1社の従業員が、専ら業務指示などを行っていたとは考えにくく、他方、被告Y2社は、各ラインにリーダーを、平成17年からはリーダーの上にグループリーダーを置いていたことに照らせば、被告Y2社のリーダー、グループリーダーが、実作業者に対してポルトガル語で業務指示などを行っていたと認められる(もっとも、上記で認定したとおり、混在ラインで、常駐のリーダーがいない部署では、被告Y1社の従業員が日本語で業務指示などをすることもあった。)。
また、原告X2についても、リーダーの役割に加えて、被告Y2社からリーダーとしての教育、待遇を受けていたこと(証拠<省略>)によれば、リーダーが単なる通訳にすぎないとはいえない。
以上によれば、原告らの日常的な指揮命令は被告Y2社が行っているものと認められ、被告Y1社の指揮命令に従っていたとは認められない。なお、原告らは、カンバンこそが被告Y1社による直接の指揮命令にほかならないとも主張するが、カンバンは日々の発注製品や発注量などを示す製造指示書であり、カンバンをもとに被告Y2社のリーダーが日々の作業順序を決定するのであるから、同主張も採用できない。
エ 人事労務管理の態様について(証拠・人証<省略>、原告X2本人、原告X1本人、原告X3本人、弁論の全趣旨)
(ア) 勤務時間については、被告Y2社は、平成19年11月までは労働時間管理表によって従業員の勤務時間を管理していた。平成19年11月からは被告Y2社専用の磁気カードリーダーを岡崎工場下足口に設置して従業員の勤務時間を管理している。被告Y2社の労務管理者は、磁気カードリーダーとは別に、毎日、従業員の欠勤、早退、遅刻などを「異動報告書」(証拠<省略>)に記載し、被告Y2社の浜松事業所に報告している。また、従業員の残業時間を記録する一覧表(証拠<省略>)を作成し、従業員の日々の残業時間を記録している。他方、被告Y1社がこれらの情報を収集、管理することはない。
(イ) 有給休暇については、原告らは、被告Y2社の労務管理者に対して有給休暇の取得を申請していた。労務管理者は、ラインごとに有給休暇の申請を管理しており(証拠<省略>)、グループリーダーと協議の上、有給休暇の取得を許可していた。
(ウ) 配置については、原告らは、岡崎工場で稼働を始めた際、被告Y2社の担当者から稼働ラインを指示された。原告X2は稼働ラインが数回変わり、平成18年1月にはリーダーに登用されたが、これらを指示したのも被告Y2社の担当者だった。
教育については、被告Y2社は、原告らに対し、入社教育を初めとして各種の教育を行っており、筆記試験(ポルトガル語で実施)などを添付した「個人教育履歴」(証拠<省略>)を原告らそれぞれについて作成していた。被告Y2社は、原告X2をリーダーに登用した際、同人に対してリーダーとしての育成教育を行い(証拠<省略>)、また、リーダーとしての作業習得レベルを調査して評価していた(証拠<省略>)。
(エ) 懲戒などについては、被告Y2社は、原告X1に対し、「注意書」(証拠<省略>)、「警告書」(証拠<省略>)を交付して、無断欠勤などについて注意、警告していた。原告X3及び原告X4については、「個人指導履歴」(証拠<省略>)を作成して、指導内容を記録していた。
(オ) 原告らは、原告らの労働時間は被告Y1社も管理していた、原告らの有給休暇の取得には被告Y1社の班長の承認が必要だった、原告らの評価や配置転換は被告Y1社が判断していた、原告らの懲罰や教育も被告Y1社の班長が行っていたと主張する。しかし、原告らの上記主張を認めるに足りる証拠はない。
オ 賃金支払いの態様について(証拠・人証<省略>、原告X2本人)
(ア) 原告らの賃金は、本件各労働契約に基づき、被告Y2社から原告らに対して支払われていた(毎月25日締め、翌月16日払い)。その額は、本件各労働契約の次の定めに基づき、原告らの稼働時間に応じて算出されていた(ただし、原告X2は、平成18年2月から月給制で賃金の支払いを受けていた。)。
a 原告X1、原告X2及び原告X3について
時給 所定勤務 1300円
残業・休日勤務・深夜勤務(所定内時間) 1625円
深夜勤務(超過勤務時間) 325円
皆勤手当 1万円
b 原告X4について
時給 所定勤務 1000円
残業・休日勤務・深夜勤務(所定内時間) 1250円
深夜勤務(超過勤務時間) 250円
皆勤手当 1万円
(イ) 原告X2が、リーダー登用直後の平成18年2月に被告Y2社に退職を申し出たところ、被告Y2社は原告X2の賃金を時給制から月給制に変えて原告X2を引き留めた(月額の基本給30万円、住宅手当5万円、年に2回21万円の賞与あり)。その約2年後、被告Y2社は原告X2に対し、賃金を月給制から時給制に戻したいと打診したが、被告Y2社と原告X2は、話し合いの末、上記月給制を維持する内容の「雇用条件確認書」(証拠<省略>)を取り交わした。
カ 原告らの解雇、その他について(証拠・人証<省略>、原告X2本人、原告X1本人、原告X3本人、弁論の全趣旨)
(ア) 平成20年9月のリーマンショックにより、被告Y2社が被告Y1社から受注する業務量が減少したため、被告Y2社は自主退職者を募った後、原告X1、原告X2及び原告X4を解雇した。なお、被告Y2社は、解雇に先立ち、原告X2及び原告X4に自主退職を提案したが、同人らが拒否している。
上記解雇については、平成20年12月以降、原告らの所属する労働組合(「dユニオン」、以下「組合」という。)が、被告Y2社と団体交渉していた。
原告X3は、上記受注量の減少により、平成21年5月1日から同年6月末日までの間、被告Y2社から自宅待機を命じられていた。
(イ) 被告Y1社は被告Y2社に対して、請負代金とともに、被告Y2社の従業員が品質不良品を発見したことなどに対する報奨金(以下「報奨金」という。)をまとめて支払っており、被告Y2社は、原告X1、原告X2及び原告X3に対して、被告Y1社から受領した報奨金を支払っていた(原告X4に支払われたことはない。)。
但し、平成16年ころまでは、被告Y1社の従業員が、原告X2及び原告X3に対して、報奨金を直接渡していた。
(3) 以上をもとに、原告らと被告Y1社との間の黙示の労働契約の成否、すなわち、原告らと被告Y1社との間に労働契約関係と評価するに足りる実質的な関係が存在し、労働契約を成立させる黙示の意思表示の合致があったと推認できるかを検討する。
ア 原告らは、(1)原告らの採用は被告Y1社が決定したこと、(2)被告Y2社は、被告Y1社から原告らの労働時間に応じた請負代金を受領していたから、被告Y1社の賃金支払代行機関にすぎず、被告Y1社による請負代金の決定が事実上原告らの賃金の決定にあたること、(3)原告らの日常的な指揮命令、評価、配置転換、懲罰、教育、報奨は、すべて被告Y1社が行っていたことを主張して、原告らと被告Y1社との間に黙示の労働契約が成立していたと主張する。
イ しかし、上記(1)の主張については、前記のとおり、原告らの採用を被告Y1社が決定したと認めることはできない。
上記(2)の主張についても、前記のとおり、被告Y2社が被告Y1社から原告らの労働時間に応じた請負代金を受領していたとは認められない。そして、原告らは被告Y2社から本件各労働契約に基づく賃金の支払いを受けており、原告X2の賃金を月給制としたのも被告Y2社であったこと、被告Y2社は、被告Y1社との関係において独立した別会社であり、被告Y1社から本件請負契約に基づいた請負代金を受領しており、平成20年までは被告Y1社以外からも請負代金を受領していたことに照らすと、原告らの賃金は被告Y2社が決定していたとみるほかなく、被告Y1社による請負代金の決定が事実上原告らの賃金の決定にあたると認めることはできない。なお、原告らは、被告Y1社の従業員が原告X2らに報奨金を渡していたことをもって直接の賃金支払いにほかならないと主張するが、報奨金は賃金の一部とは認められないから、上記認定を左右するものではない。
上記(3)の主張については、前記のとおり、被告Y1社の従業員が平成16年ころまでは原告X2らに報奨金を渡したことはあったものの、原告らの人事労務管理(勤務時間、配置の決定及び変更、教育、評価、懲戒など)は被告Y2社が行っていたと認められるのであり、被告Y1社が行っていたとは認められない。原告らへの指揮命令は、被告Y1社の従業員が行うこともあったが、基本的には被告Y2社のリーダー、グループリーダーが行っていたと認められるのであり、原告ら主張のようにすべて被告Y1社が行っていたとは認められない。
ウ したがって、上記(1)ないし(3)の主張のうち事実として認められるものは、被告Y1社の従業員が平成16年ころまで原告X2らに報奨金を渡していたこと、被告Y1社の従業員が原告らに指揮命令を行うこともあったことの2点にとどまる。
他方、前記認定事実によれば、原告ら自身も、被告Y2社に雇用されていることを前提とする行動をしていたと認められる。すなわち、原告らは、自ら被告Y2社の人員募集(被告Y1社の名前は出ていない。)に応募し、被告Y2社の事務所で面接を受け、被告Y2社の担当者に指示されて岡崎工場に出勤した。原告X3は、現在も被告Y2社に在籍して被告Y2社から賃金を受領しており、原告X2も、月給制の賃金を維持するかどうかについて被告Y2社と交渉していた。原告X1、原告X2及び原告X4は被告Y2社から解雇され、その解雇については原告らの所属する組合が被告Y2社と団体交渉していた。これらの事実に照らすと、原告らは、岡崎工場で稼働していた当時(原告X3は現在においても)、自らを被告Y2社の従業員と認識しており、被告Y1社の従業員とは認識していなかったと認めるのが相当である。
エ 以上によれば、原告X1、原告X2及び原告X4については、岡崎工場で稼働していた当時、原告X3については、平成12年3月27日から現在まで、被告Y1社との間に労働契約関係と評価するに足りる実質的な関係が存在していたと認めることはできず、原告らと被告Y1社との間に労働契約を成立させる黙示の意思表示の合致があったと認めることはできない。
オ なお、原告らは、本件請負契約は労働者供給または違法な労働者派遣にあたるから、本件請負契約及び本件各労働契約はいずれも公序良俗違反として無効であり、原告らが継続していた実体関係を法的に根拠づけうるのは、原告らと被告Y1社との間で黙示の労働契約が成立していたためであるとも主張する。
しかし、仮に、請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、これを請負契約と評価することはできず、注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、労働者派遣に該当すると解すべきであり、職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はない。そして、労働者派遣法の趣旨及びその取締法規としての性質、さらには派遣労働者を保護する必要性等に鑑みれば、仮に労働者派遣法に違反する労働者派遣が行われた場合においても、特段の事情のない限り、そのことだけによっては派遣労働者と派遣元との間の雇用関係が無効となることはないと解される(最高裁平成21年12月18日第二小法廷判決・民集63巻10号2754頁)。
そして、前記認定事実によれば、上記特段の事情も認められないことは明らかである。
そうすると、原告らの上記主張は採用することができず、また、原告らと被告Y1社との間に労働契約関係と評価するに足りる実質的な関係が存在していたとは認められないことは上記のとおりである。
カ 以上によれば、本件において、原告らと被告Y1社との間に黙示の労働契約が成立していたと認めることはできない。
2 争点(2)(原告らの賃金請求権の有無)について
上記のとおり、原告らと被告Y1社との間に黙示の労働契約が成立していたとは認められないから、原告らの被告Y1社に対する賃金請求も理由がない。
3 争点(3)(被告らの共同不法行為の成否、原告らの損害)について
(1) 原告らは、本件請負契約は偽装請負であり、被告Y2社は使用者としての実態を一切有していないから、本件請負契約は労働者供給にあたり、被告Y1社と被告Y2社は、職業安定法に違反する労働者供給を共同で行ったものであり、原告らは違法な労働環境で就労させられたことにより精神的苦痛を被ったと主張する。
しかし、前記認定事実によれば、被告Y2社が使用者としての実態を一切有していないとは認められない。かつ、原告らが被告Y2社と労働契約を締結しており、被告Y1社とは労働契約を締結していないこと(被告らの間で、原告らを被告Y1社に雇用させることを約していたとも認められないこと)に照らすと、仮に本件請負契約が偽装請負であったとしても、原告らと被告らの関係は、労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきであり、職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はない(前記最判)。
したがって、本件請負契約が労働者供給にあたることを前提とする上記原告らの主張には理由がない。
(2) 原告らは、偽装請負により、派遣受入期間を超えて労働者を受け入れた場合には、直接雇用の申込みを受けられるという労働者の期待権を侵害することになり、不法行為を構成すると主張する。同主張は、労働者派遣法40条の4の規定に基づき、派遣先は派遣労働者に対して労働契約申込義務があり、派遣労働者は同申込みを受けられる期待権を有しているとの主張であると解される。しかし、上記規定は、その実効性を確保するために労働者派遣法が定めている措置の内容(厚生労働大臣による指導及び助言[同法48条]、労働契約の申込みの勧告[同法49条の2第1項]、勧告に従わない場合の公表[同条3項])に照らすと、あくまでも公法上の義務として労働契約申込義務を定めたものと解されるのであり、上記規定によって私法上の労働契約申込義務が発生するとは解されない。
したがって、仮に本件請負契約が偽装請負であったとしても、被告Y1社から直接雇用の申込みを受けられるという原告らの期待は、法的保護を受けるべきものとは認められない。
なお、原告らは、被告らが原告らの作業実態に正当な評価及び法的保護を与えなかったことにより精神的苦痛を被ったとも主張するが、仮に本件請負契約が偽装請負であったとしても、それのみで直ちに原告らの作業実態が正当な評価及び法的保護を与えられなかったとはいえず、本件全証拠によるも、これを認めるに足りず、同主張も理由がない。
(3) 以上によれば、原告らの被告らに対する慰謝料請求も理由がない。
4 結論
以上によれば、原告らの請求は、その余の争点を判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤真弘 裁判官 岩田澄江 裁判官本松智は、転補につき署名、押印できない。 裁判長裁判官 佐藤真弘)