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名古屋地方裁判所岡崎支部 平成8年(ワ)510号 判決 1997年6月12日

《住所省略》

原告

初見勝

愛知県豊田市トヨタ町1番地

被告

トヨタ自動車株式会社

右代表者代表取締役

奥田碩

右訴訟代理人弁護士

手塚一男

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  主位的請求

被告の平成8年6月26日開催の第92回定時株主総会における各決議は,いずれもこれを取消す。

二  予備的請求

被告の平成8年6月26日開催の第92回定時株主総会における各決議のうち「第92期利益処分案承認」の決議は,これを取消す。

第二事案の概要

本件は,被告の第92回定時株主総会における各決議は,被告の説明義務不履行と虚偽説明及び議長による権利乱用により,決議方法が法令に違反し,かつ,著しく不公正であったとして,その決議の取消しを求めた事件である。

一  争いのない事実

1  原告は被告の株式を有する株主である。

2  被告は,平成8年6月26日に第92回定時株主総会を開催した。

3  原告は,右総会に出席するに先立って,被告に対し,商法237条の3に基づき,予め質問する事項を書面にし,相当の期間をおいて,これを通知した上,右総会に出席した。

4  右総会において,議長(代表取締役奥田碩)による報告事項の報告と監査役による監査報告があった後,議長は,株主から予め書面によって質問のあった事項につき,一括して回答をしたが,原告は,その場で,右回答は自分の質問に答えておらず納得できないとして,改めて質問を行った。その後,全ての予定する決議事項の承認決議がなされて総会は閉会した(甲4)。

二  争点

被告の第92回定時株主総会における各決議は,決議に影響を及ぼす重大な法令違反ないし著しく不公正な決議方法によったものであるか。

第三争点に対する判断

一  証拠(甲1,2の1,3の1,4,8,乙1,検乙1,原告本人)及び前記争いのない事実によると,以下の事実を認めることができる。

1  本件株主総会の開催に先立って,原告が被告に通知した質問書による質問の内容は,① 企業会計において,資産の原価算出方法・棚卸資産の評価方法・減価償却資産の償却方法等については何通りかの計算方法があるが,被告の当期決算報告書はいずれの方法によったものか。また,右各方法によって計算した場合のそれぞれの資産価額は幾らになるのか。② 税法上の取扱規定により,少額備品として消耗品扱いした備品の数量・金額を明らかにされたい。また,「少額備品取扱い」についての社内規準があれば,これも明らかにされたい。③ 税務申告に際し,損金性を「自己否認」して「使途不明金扱い」にした金額・回数等その明細を明らかにされたい。更に④ 次の点を明らかにされたい。aリベートの支払い・受入れの各回数と金額,その相手 b水増し売上分の返戻金の受入れ・支払いの各回数と金額,その相手 c交際費の額とその支払先,接待先 d取引先への付け届金・謝礼金の額,回数とその相手 e施主(被告)に対する建設会社からの戻し金の額,その回数と建設会社名 f株主対策費・組合対策費の額,支払回数とその支払先 g貸付金・借入金のウラ利息の額とその受入れ(支払い)先 h情報提供謝礼金の額,支払回数と支払先,情報内容 i製品苦情処理費の額,支払回数と支払先,苦情内容 j取引先等からのクレーム等に対する和解金の額,支払回数と支払先,クレーム内容 k役員への渡し切り経費の額,その回数とその役員名 ⑤ その他関連する事項(以上,要約)というものであった。

2  本件株主総会において,議長(代表取締役奥田碩)は,自ら営業報告書,貸借対照表及び損益計算書に基づき,当期の事業内容について報告,説明をした後,監査役会の監査報告を求め,監査役沼田準二は,「株主総会招集通知書」に掲載の監査報告書に基づいて,監査の結果,報告事項及び決議議案については法令・定款違反または不当な事項は認められなかった旨の報告をした。次いで議長は,株主(原告)から予め書面により質問があった事項につき,質問事項を整理した上,一括して説明をした。議長の説明は,原告の質問を整理すると「資産の評価方法等会計処理規準」及び「交際費等諸経費の使用状況と使途不明金」についての質問に尽きるとした上,前者は,株主に会社の財産及び損益の状況について,適正に報告するため,計算書類規則をはじめ各種法令等に認められた会計処理規準に従って,毎期継続的に会計処理を行っており,その結果が貸借対照表と損益計算書に記載のとおりであって,その内容については,会計監査人及び監査役会のいずれからも適正である旨の監査を受けており,何ら問題はないというものであり,後者については,各経費の使用については,内容を厳しくチェックし,効率的な支出に全社を挙げて取組んでいるし,日常の個々の取引についても適正に行われるよう社内での内部牽制が働く体制づくりを心がけており,使途不明金その他の不正な支出は一切ないし,取引先等からの不正な資金の受領等も一切ないというものであった。議長は,株主からの書面による質問に対する回答は以上で終え,続いて出席株主に対して質問を促した。

3  原告は,書面による質問事項については,改めて指名を受けて口頭で質問するものと考えていたところ,指名もなく,報告事項の報告後,突然,議長から,質問事項を一括して簡単に説明されたことに驚き,すかさず質問に立ち,関連質問として,税務申告に際して損益性を自己否認し,使途不明金扱いにして処理した事実の有無等を中心にして,かなり激しく質問を続けた。議長は,右質問に対し,終始,会計上も税務上も使途不明金ないしは使途不明金扱いをしたものはなく,その他にも何ら問題となるような会計処理をした事実はない旨の回答を繰返し,約10分後,質問に対しては完全に説明をしたとして,原告が納得しないまま質疑を打切った上,直ちに決議事項の審議に移り,間もなく同事項は絶対多数の賛成で承認決議を得て本件株主総会を閉会した。

二  ところで,原告は,本件株主総会における決議の方法は,法令に違反し,かつ,著しく不公正であった旨主張するのであるが,前記認定の本件株主総会における議事進行の経緯から,決議に影響を及ぼすべき被告による説明義務の懈怠や虚偽説明の事実を直ちに窺い知ることはできないし,議長による権利の乱用の事実も認め難く,総会での決議の方法が法令に違反し,著しく不公正であるとするに足る証拠は他に見当たらない。原告は,議長が原告からの口頭による質問を受けず,予め提出された質問事項を一方的に整理して一括回答したことや,原告が納得していないのに議長が一方的に質疑を打切ったこと等をもって,議長による権利の乱用があり,説明義務の懈怠があると言うかも知れないが,限られた時間に効率的に議事進行をはかるため,原告からの質問のように多岐にわたり,かつ,議案との関連性の少ない質問事項は,これを整理して一括回答するのはむしろ当然のことであり,これをもって議長による権利の乱用や説明義務懈怠による違法・不当があるとは到底いえないし,また,原告が納得していないからといって同じ質疑を徒に繰返す要もなく,社会通念に従って相当とみることのできる時に質疑を打切ることも何ら差し支えないものというべく,この点にも違法・不当はないといわざるをえない。

以上の次第によると,原告の本訴請求は理由がない。

(裁判官 大橋英夫)

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