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名古屋地方裁判所岡崎支部 昭和33年(ワ)203号 判決 1960年6月28日

碧南市字北松江七六番地の二

原告

同和産業有限会社

右代表取締役

杉浦昭二郎

右支配人

久野勝利

碧南市大字西端字上一一一番地

被告

鳥居つね

右訴訟代理人弁護士

小林淳三

右当事者間の昭和三三年(ワ)第二〇三号所有権確認等請求事件について当裁判所は左のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、

(1)  被告は別紙目録記載物件が原告の所有であることを確認する。

(2)  被告は原告に対し、別紙目録記載物件を明け渡し、かつ昭和三三年八月四日以降明渡ずみまで一日金一五〇円の割合による金員の支払いをせよ。

(3)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並に(2)について仮執行の宣言を求め其の請求の原因として

(一)  原告は被告に対し、訴外鳥居和俊と連帯して昭和三一年一一月一〇日金五〇、〇〇〇円を弁済期は同年一二月八日、利息は日歩金二〇銭、期限に支払いを怠つたときは日歩金三〇銭の割で遅延損害金を支払うという約定で貸付けた(以下本件債務等という)

(二)  被告は前項金員借受けと共に原告に対し、別紙目録記載の物件(以下本件物件という)につき左の各項を主たる内容とする売買一方の予約をした。

(1) 被告において前項の借用金債務不履行の場合は、原告は何時でも本件物件を代金一四〇、〇〇〇円をもつて一方的に売買完結の意思表示をして之を買受けることができる。

(2) 売買完結の場合は被告は一〇日以内に無条件にて本件物件を明渡すこと。

(3) 売買完結の場合には被告が負担する前項の借用金債務と売買代金とをその対当額で相殺すること、但し被告の受取分勘定のあるときは本件物件明渡完了後に支払つてよいこと。

(4)  被告が本件物件の明渡不履行のときは明渡完了まで一日金三六〇円の割合による損害金を原告に支払うこと。

而して原告は右売買一方の予約を登記原因として昭和三一年一一月一〇日名古屋法務局碧南出張所受付第六〇〇〇号をもつて本件物件につき手形債務を所定期日に支払を怠つたときは原告の売買完結の意思表示により所有権を移転する旨の停止条件付所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。

(三) 然るに被告並に訴外鳥居和俊は本件借用金債務の弁済ができずその支払いの猶予を求め且つ昭和三二年七月一四日までの特約による遅延損害金を支払つたまま爾後の遅延損害金は勿論元金の支払いも全くなさない。

よつて原告は再三再四弁済を求めるため面会並に文書による請求をしていたが全く誠意がみられず、特に昭和三三年六月一一日附書留内容証明郵便にて売買完結予告付催告を発信しても被告は全くこれを無視している状態である。

(四) よつて原告は已むを得ず昭和三三年七月二四日前記売買一方の予約にもとずき本件物件について売買完結の意思表示をなし、茲に本件物件の所有権を取得した。よつて原告は被告に対し特約に基き昭和三三年八月三日迄に本件物件を明渡すよう請求したが被告は未だに之に応じない。

その後昭和三三年一〇月一一日まで原告は被告の本件物件買戻金の提供を期待していたが被告は買戻の申出をしないので本件物件につき所有権移転の本登記手続を経由した。

入金日

入金額

充当関係

昭和三一年一一月一〇日

二、五〇〇円

昭和三一年一二月八日迄の利息に充当

同三二年五月九日

二、五〇〇

同三二年一月八日迄の遅延損害金に充当

同年五月三一日

一〇、〇〇〇

同年五月一四日迄の遅延損害金に充当

同三三年二月一〇日

五、〇〇〇

同年七月一四日迄の遅延損害金に充当

合計

二〇、〇〇〇

(五) そこで原告は被告に対し、

(1) 本件物件が原告の所有であることの確認

(2) 第二項の特約に基き本件物件の明渡

(3) 同上特約に基き昭和三三月八月四日(売買完結の意思表示の日から一〇日後)以降完全明渡ずみに至るまで一日金一五〇円の割合による明渡不履行による損害金(特約によれば一日金三六〇円の割であるが特に右のとおり減額請求する)の支払いを各請求する。

と陳述し、

更に被告の主張に対し、

(六) 原告は被告から本件貸金元金の支払を受けたことはなく被告は唯左記金額を利息損害金として入金したにすぎない。

遅延損害金の特約は当初日歩金三〇銭の割合であつたが右入金の際被告の懇望により利息並に遅延損害金を一カ月五分若しくは日歩金二〇銭の割合で計算し、之を超過する分は免除したものである。

(七) 被告は本件貸金に際し利息、費用を天引されたと抗弁するが天引した事実は全く無い。原告は一旦金五〇、〇〇〇円を被告に交付した上被告から一ケ月分の利息を任意に前払を受けたものである。

利息の天引とは一定の金額を元金として貸付ける場合に利息を予め計算して元金より差引いた金額を交付することを言うのであるこれに反し利息の前払いは貸主は貸付元本額を現実に借主に交付するのであるから借主はその受領金全額の所有権を取得し、これをもつて支払うかどうかについては一応自由の立場にあるのでこれをもつて天引と同視することができないのは勿論のこと借主はこの際利息を先払いするか後日支払うかどちらが便宜かを(利息の前払いにより後日支払わなければならない義務観念から開放されることを望んだり又後日の支払いに利息分だけでも軽減しようとすることが金融取引上の借主側においてこそ要望するのが実情である)考慮して契約若しくは利息支払いをするのであるからこの点貸主が利得確保に優越的立場において借主の意思にとらわれないでする利息の天引とはその性質を全く異にする(大審昭和一四年二四三号、同年九・二六参照、民法判例総覧債権各則中三一頁)

(八) 何故売買完結しなければならない事情になつたかについて。

本件物件につき原告の権利として行使した売買完結の意思表示については勿論直接には被告の債務不履行に依るが更に左の様な事情が存する。

被告は本件物件に付、原告に対し本件売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記のほかに債務担保の目的をもつて抵当権の設定がなされていたが被告は債務不履行したため原告において先づ抵当権の実行をなすべく準備のため司法書士や裁判所に相談したところ、その当時すでに金融業者訴外原田美貴夫が被告に対する貸金債権をもつて本件物件につき強制競売を申立ててあつたのでこれを待つていたところ昭和三三年三月頃競落され、ようやく解決のきざしが見えたと思つたが被告は突然訴外原田の強制執行につき停止決定を求め調停に持ち込んだ結果遂に二カ年半に亘る分割払いにすることに成功してしまつたので原告に対する関係においては二年半後に解決が持ち越されてしまつた、原告は致し方なく最後の手段として売買完結権を行使し本訴に至つたもので被告の主張する如く最初から本件物件を取り上げるつもりで為したのでなく被告の返済意欲の欠除と被告と訴外原田との間の貸借関係を悪用して原告の抵当権実行を不可能にしたことにより原告は遂に売買完結に踏み切つたものである。

(九) 本件物件の売買代金算出について。

不動産の売買額価を定めるについては如何なる基準があるかと言うと建物の場合は空家であるか人が現に居住しているかによつて区別して考えねばならない、空家であつて売買成立時まで若しくは売買予約のある場合は後日売買完結実現時まで現状(空家としての)維持のできるものなれば空地と同様利用価値が見込めるから再建築費や経過年数等の事情を勘案して客観的評価をなすに困難でない、ところが現に人の居住したままにおける家屋若しくは土地付家屋についてはこのような簡単な評価はできない。

まづ貸家であるか売買予約者自身が居住しているかを区別し貸家の場合は利用価値は認められないから、家賃、敷金、固定資産税その他の事情を勘案して純収益を資本に対する利潤率によつて評価するが妥当であろう、売買予約者自身が居住する家屋については売買完結が実現された場合にその取得者は売買予約者に対して明渡を求める権利があるから利用価値の可能性は期待できるがその時期は将来に属し未定と言わねばならない、例えば売買完結が実現されたものとしても売買予約者が依然居住して占有を引渡さないとすれば所有権取得者としては已むを得ず家屋明渡請求の訴訟を提起して占有取得の目的を達するように努むるほかないであろう、そうなると相手方の出様次第で相当長期に亘つて争いが続けられ三審級の段階を経て勝訴の確定判決を得、さらに執行吏に委任して強制明渡を完了するまでには実に容易なことではない。この間三年も五年もかかる例も希有でない、またそれまでには多額の費用も要し心労も甚しいものがある。

よつて代物弁済若しくは売買一方予約契約についてはその目的物の価額の当否は当時の事情に左右され本件物件の如き現に人の居住する建物についてはその明渡の困難なる現時の社会情勢並びに負担即ち登記費用、諸税金及び請求諸費用、訴訟費用等多額の費用且つ物件取得時から現実の処分時までの投下資本額に対する金利等の点を考慮すると売買と同時に物件引渡可能の状態における評価額以下の価額で売買価額を取極めるのがむしろ当然であつて若し通常取引における価額と同様に評価されたもので引受けさせられたら恐らく莫大な損害を招くことになる。

斯る意味において売買予約時に本件物件の売買価額を金一四〇、〇〇〇円と定めたものであつて今日に至つて被告が金七〇〇、〇〇〇円の価値があると主張しているが、たとえ自由処分できる状態にあつても斯様な高額な価値を有する筈はなく、又算定の基礎とされた時期、状態並びに方法はどのようにしてなされたものか明らかでなく全く実情に副わない被告の一方的な算出による無意味な価額である。

尚売買物件の時価が売買代価に比し高額である場合は公序良俗違反で売買が無効となるかについて考えれば従来の判例に徴するも投資額(債権額)の三倍程度の価額を有する不動産の代物弁済契約を有効と認めているものが数多くあれば(東京地裁昭和三一年六、二一判決、下裁判集七、六、一六〇一、名古屋地裁昭和二九年(ワ)第一七六九号判決、東京高昭和二八年九、二九判決、下裁判集四、九、一三六一、東京地裁昭和三〇年八、二〇判決、下裁判集六、八、一六五七)本件における物件評価鑑定結果からみればこの売買予約に不当性は全く無い。

(一〇) 本件物件の明渡不履行による損害金について。

原告が主張する本件物件の明渡不履行による損害金は甲第二号証の二(売買予約証書)第五項に定めた明渡損害金であつて本件物件の使用のための使用料的性質を有する損害金でなく被告が本件物件明渡と言う債務の履行を怠り遅延したことに課された純粋なる制裁的意義において契約した違約金的性質を有する損害賠償の予定である。

従つて右のような違約罰は間接強制たる性質を有するものであるから本来の地代家賃等使用料に類するものより遙かに高額に決定しなければその目的を遂げないものである。

依つて債権者である原告は債務不履行の事実(被告の本件物件明渡不履行)の事実を証明すれば、損害の発生及びその額を証明せずに予定賠償額を請求しうる、又債務者である被告において実際の損害額の少ないことを挙証して減額を請求することをえないのみならず、実際の損害絶無なることを挙証しても賠償責任を免れえない即ち賠償額の予定を為す当事者の意思は普通これによつて債務の履行を確認すると共に不履行の場合における損害の有無及び範囲に関する争を一掃せんとするにあるからである。(大審明三九年(オ)六一八号同四〇年二、二、民録一三、三六)(大審大一一年(オ)三二四号、同年七、二六)(東京地方明四三年(レ)二五五号判決年月日不詳参照)(以上民法判例総覧債権総則上五一一、五一二頁)以上のように明渡損害金は本件物件の使用料的性質を有する損害金ではないから地代家賃統制令適用除外物件であることは勿論であるが仮りに賃料的な使用損害授受を目的として地代家賃統制令を超過する契約を為したものであつた場合果して地代家賃統制令(以下令と称する)の適用を受けるべきかどうかを考えると本件家屋は被告において八百屋及び菓子屋等を営んでおり店舗十五坪と併用して居住にも使用するものであることは間違いない、これは公簿面においても明白である。

よつて斯様な家屋のうち令の適用を受けるものはどのようなものであるかを考察すると令第二三条(適用除外に関するもの)の第三項において適用を受ける併用住宅の範囲は建設省令で定められていることになつているから令施行規則第一一条をみると右に関し左のとおり規定されている。

施行規則第一一条

令第二三条第三項に規定する建設省令で定める同条第二項但書に規定する併用住宅と認められるものの範囲は七坪以下の同項第四号から第七号までの用に供する部分(以下「事業用部分」と言う)と三十坪以下の居住の用に供する部分とを有する住宅で次に掲げる要件を満たすものとする。

一、当該住宅の借主が当該住宅に居住するものであること。

二、当該住宅の借主が当該事業用部分で行う事業の事業主であること。

よつて建設省住宅局住宅計画課編さんの「地代家賃統制事務必携(昭和三二、四、二〇発行、株式会社大成出版社発行)の解説によれば、右規則の三つの要件即ち(1)七坪以下の同項第四号から第七号までの用に供する部分(即ち事業用部分)と三十坪以下の居住の用に供する部分とを有するもの、(2)借主が居住するもの、(3)借主が事業主であること、を満したものに限り「併用住宅」と称してその敷地と共に統制しようとするものである右要件のうち一つでも欠けた場合は事業用の建物として適用外となるものであると述べられている。

然るところ本件建物は店舗として使用する部分が別紙平面図に示すとおり一五坪以上あるから(本件家屋は公簿面は三〇坪二合であるが実測では三四坪ある)結局本建物及び敷地は令の適用を受けない物件であることは明白である。

と陳述し、

立証(省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め其の答弁並に抗弁として

(一) 原告の請求原因事実中、被告が原告主張の日にその主張の金額を利息月五分の約定で借りたことは認めるが其の余の事実は否認する。

(二) 被告は本件借用金について左のとおり弁済した。(中略)

合計    五三、〇〇〇円

(三) 原告の主張する利息並に遅延損害金は利息制限法(以下単に法ということあり)に違反する高利であつて同法所定の制限(本件については利息は年二割、損害金はその倍額)を超過する部分は無効である。

よつて被告の前記弁済金を同法所定の制限に従つて計算するに、

(1) 原告は貸付に際し、金二、五〇〇円(外に手数料と称して一、五〇〇円程を差引かれた)利息として天引しているので法の規定により借用元金は金四八、二九二円と看做される。

(2) 右元金を基準として計算すれば仮りに本件につき損害金の特約があつたとしても、該遅延損害金は一カ月金一、六〇九円(年四割として)であるから前掲入金を之に充当するときは昭和三二年七月一〇日現在に於ける元残金は金三八、九五五円である。爾後の損害金は一カ月金一、二九八円となり、同年九月一〇日現在で残元金は三一、五五一円となる。

更に爾後の損害金は一カ月金一、〇五一円となり、昭和三三年二月一〇日現在に於て残元金は二九、三〇六円と減少し爾後損害金は一カ月金九九三円となり、昭和三三年一〇月本件物件の所有権移転登記がなされた当時においては元金残額は金二六、二五七円である。

(四) 本件物件に対する売買一方の予約の無効について。

(1) 被告は文盲にして自分の氏名を記載判読する程度の知識しかない上に金員借用の経験にも乏しく訴外和俊も殆んど同様の状況である。従つて被告は当時二、三万円の金の工面に窮した揚句唯金を借りるということにのみ汲々として貸借条件等は検討する余地もなく借用金に関する書類、殊に本件物件の売買予約に関する契約書についても原告側の本件貸金担当者杉浦昭二郎(本訴係争中に代表取締役となる)の指示する個所にその指示のままに文字を記入したに過ぎず、又印鑑も右杉浦において色々事を構えて被告より受取り文書を作成又は押捺したものである。被告が契約書等の読み聞けを求めたり又は文書の閲覧を求めると金を貸さない等というので已むなく之等関係書類の内容を了知しないままに終始したのである。

(2) 本件借用金額は金五〇、〇〇〇円、実際は利息天引の関係で金四八、二九五円であるが貸付の日が昭和三一年一一月一〇日弁済期は同年一二月八日で貸付期間一カ月という短期間である上に売買予約については右期日に支払を怠ることによつて一方的に原告に於て本件物件を取得するが如き契約は本件物件がその場所、面積等より時価七〇〇、〇〇〇円を下らない価値のあるものであること、即ち売買予約の目的物件が債務の十数倍に相当するものであつてみれば、かかる僅少の債務の為に而も債務者に極めて酷な条件の下に莫大な価格の物件を一方的に買取る如き契約は当然公序良俗に反し無効と謂わねばならない。

(3) 特に本件貸借成立の状況、従つて売買予約及び之に附随する各契約が被告の無智、窮迫の状態の下に原告側に於て一方的に行われたこと及び原告が売買完結ありとして所有権移転の本登記をした昭和三三年一〇月現在に於て被告の負担する債務が僅かに金二六、二五七円に過ぎざる事実を綜合すれば原告主張の売買予約は前項主張のように無効であること論をまたない。

従つてかかる無効の契約に基く爾後の法律行為の無効なること即ち本件物件の所有権が原告に移転したという主張の理由がないこと明白である。

(4) 原告は色々と契約書等に被告をして署名等を自筆させてこれを根拠に彼此主張するようであるが、内容も知悉させず(しかもその内容たるや前述の如く著しく公序良俗に反するもの)又その機会すら与えずに行つたことを前提にすればむしろかかる無効な契約を隠蔽せんための手段にすぎないものと謂うべきである。

(5) 本件物件の売買一方の予約は当時被告としては全く知らず本件物件につき通常の抵当権を設定したものなりと信じて前記杉浦昭二郎の云うがままに署名押印等をさせられたもので若し原告の一方的意思表示により被告の唯一の生活の本拠たる本件物件を原告に取られてしまうというような特別の契約であるならば、原告から本件金員を借用しようとは決してしなかつたのである。よつて仮りに売買一方の予約が公序良俗に反し無効であるとの主張が理由がないとしても被告の意思表示には要素の錯誤があるものであるから無効である。又右契約は原告が被告を欺罔してなさしめたものと謂うことができるから被告は詐欺による意思表示として之を取消す。

(6) 原告の主張する明渡不履行による損害金は不当に高く暴利行為であり且つ脱法的行為として無効である。加之本件建物は地代家賃統制令にいわゆる併用住宅であるから同令の適用を受けるものと考えられるから原告の主張は失当である。

と陳述し、

立証(省略)

理由

(一)  争のない事実。

(1)  原告は被告に対し昭和三一年一一月一〇日訴外鳥居和俊連帯責任の下に金五万円を弁済期は同年一二月八日の定めで貸付けたこと。

(2)  原告は被告に対し甲第三号証の催告書並に甲第四号証の売買完結の意思表示書と題する書面を発信したこと。

(3)  原告は昭和三三年一〇月一一日本件物件につき昭和三三年七月二四日売買完結の意思表示を原因として原告への所有権移転本登記を経由したこと。

(二)  本件貸金契約の条件について。

(1)  本件貸金の際被告は一カ月分の利息として金二、五〇〇円を支払つたことは当事者間に争いがないが、右は利息制限法にいわゆる利息の天引に該当するか。

原告は一旦貸付元本全額即ち金五万円を現実に被告に交付し、即ち借主たる被告がその借用金全額の所有権を取得したのち任意に一カ月分の利息の前払をしたものであるから所謂利息の天引ではないと主張するが、法第三条の趣旨から云つても本件の場合被告が支払つた右利息金二、五〇〇円は法第二条にいう利息の天引に該当するものと解すべきである。

而して本件貸金の制限利息は年二割であるから一カ月間の制限利息は50,000円×0.2÷12=833円であるから天引利息二、五〇〇円より八三三円を控除した金一、六六七円だけ元本の支払に充当されることになる。よつて被告の借用元本は金四八、三三三円と看做すべきものとする。

(2)  原告は本件貸金の約定利息は日歩二〇銭、遅延損害金は日歩三〇銭である旨主張し、被告は遅延損害金の特約を認めず利息は月五分の約定であつたと云うが、証人杉浦昭二郎の証言と甲第七号証によると原告の主張通りであると認めるを相当とする。

(3)  本件物件について原告主張のような債務不履行の場合における売買一方の予約がなされたか。

この点については証人鳥居和俊(第一、二回)、被告本人の各供述によると甲第二号証の二の鳥居つねの署名押印は自らしたことが認められるが、その内容については殆んどその意味を解することなく署名押印したものと認めるを相当とする。之の点に関する証人並に原告本人杉浦昭二郎の供述(第一、二回)は輙く措信し難い。

よつて原、被告間に売買一方の予約が有効に成立したと認むべきや否やについては極めて疑問と解せざるを得ない。果して売買一方の予約が成立しなかつたものと解し得るとせば、原告の本訴請求は既にこの点において全部失当として棄却を免れない。以下は現在金融業者と金借申入をなす者との実情からみて一応有効に成立したものとの前提に立つて立論する。

(三)  本件貸金に対する弁済金額について。

原告は原告の請求原因事実(六)記載の四回に合計金二〇、〇〇〇円入金があつたのみであるといい、被告は答弁(二)記載のとおり一〇回に合計金五三、〇〇〇円を支払つたと主張するにつき之の点について検討する。

原告は入金の都度受領証を交付していると主張し、被告は受領証を受取つたことはない旨述べているが、

証人鳥居和俊(第一、二回)、新美アサノの各供述によると入金の都度杉浦昭二郎は一回も受取書の交付をしなかつたものと認むべく証人杉浦昭二郎の供述は本件弁論の全趣旨からも窺知せられるように高利金融業者の常套手段として受取書を発行しないのがむしろ常態であることは当裁判所に顕著なる事実であることから考えて之を措信することができない。

而して、(中略)その他本件弁論の全趣旨を綜合すれば、被告主張のように一〇回に合計五三、〇〇〇円の入金があつたものと認めるを相当とする。この点に関する杉浦昭二郎の証言は措信しない。

(四)  本件物件の価格その他について。

現場検証の結果、被告本人の供述その他弁論の全趣旨によると被告は未亡人で本件家屋で細々と駄菓子屋をして辛うじて生活をしている状態で本件土地家屋が唯一の資産であり之を失えば忽ち生活の本拠を失い路頭に迷うに至ること必至の有様である。

さて本件物件の時価であるが鑑定人浅井広次の鑑定の結果と証人鳥居広一、鳥居満治の各供述を綜合すれば金四〇〇、〇〇〇円以上と認定するを相当とする。原告の全立証によるも右認定を左右することはできない。

(五)  本件物件に関する売買完結の意思表示は有効か。

(1)  本件物件に対する売買一方の予約について。

(イ)  証人鳥居和俊(第一、二回)、新美アサノ、被告本人の各供述によれば被告は文盲に近く、自己の氏名をどうにか書ける程度であり、金銭借用の経験も乏しく訴外和俊も殆んど同様の状況である。当時被告は僅かの金に困り原告の代表者杉浦昭二郎の云うがままに内容を検討する余裕も与えられないでその提示する各種書類にその指示のとおり署名押印したものであつて、果して被告が唯一の財産たる本件不動産につき売買一方の予約という重要な法律行為をする意思があつたと認められるか否か極めて疑問といわねばならない。

少くとも右予約は原告が被告の無智、窮迫に乗じて被告から搾取する手段として該書類に署名押印させ以て不当の高利をむさぼり、あわよくば本件物件を奪取せんとしたものと認めざるを得ない。この点に関する右杉浦昭二郎の供述は措信しない。

(ロ)  本件貸金元本は僅か金五〇、〇〇〇円であるのに、本件物件の価格は少くとも金四〇〇、〇〇〇円以上であること前段認定のとおりである。即ち貸金の八倍以上の家屋敷を債務不履行のときに取られて仕舞うような契約は右認定のように借主の無智、窮迫に乗じてなされたと認むべき場合には公序良俗に違反するか若しくは信義誠実の原則に違反し無効なりと解するを相当とする。

(ハ)  なお原告は代金一四〇、〇〇〇円で買取る予約であるから正当であると主張するようであるが、一面において遅延損害金を日歩三〇銭と約定せしめている点に注目しなければならない。日歩三〇銭とすると元金五〇、〇〇〇円に対し一カ月四、五〇〇円となりみるみるうちに損害金はふくれ上り結局は金五〇、〇〇〇円で本件物件を取られてしまうという結果になりかねないことは多言を要しない。

又代金一四〇、〇〇〇円が不当に安価であることは云う迄もないのである。従つて右原告の弁解は聊も右予約の不法性を正当化するものとは認められない。

(ニ)  又本件建物明渡不履行の場合の損害金を一日金三六〇円と約定せしめている点も一カ月につき金一〇、八〇〇円の計算となり、その暴利性を暴露するものと謂うべく之亦被告の無智窮迫に乗じて売買予約をなさしめたことを推認するに足る一資料と謂うべきである。

(2)  本件物件に関する売買完結の意思表示について。

(イ)  原告が売買完結の意思表示をしたのは昭和三三年七月二四日であり、右売買完結の意思表示に基いて本件物件について原告名義に所有権移転の本登記をしたのは同年一〇月一一日であるが、当時の本件貸金残金はどれだけであつたか。

① 被告は前記認定のように一〇回に金五三、〇〇〇円を入金したものと認むべきであるから之の見地に立つて計算してみると左のとおりである。(中略)

以上の計算は本件貸金の利息は利息制限法の制限に従い年二割、遅延損害金は年四割の割合によつてなされたものであるが、右計算表のように原告の売買完結の意思表示の当時の残存元本は僅かに金二八、八七九円、之に損害金の未払金五、二三〇円を加算しても金三四、一〇九円に過ぎない。

又売買完結による本登記の時における残存元本は更に減少し金二一、三七九円でそれ迄の遅延損害金は支払済の計算となつているのである。

② 仮りに原告主張のように四回に金二〇、〇〇〇円の入金があつたに過ぎないとすればその計算は左のとおりとなる(中略)

以上のように入金が原告主張のとおりとしても、原告の売買完結の意思表示の当時における残存元本は僅かに金四五、一〇七円であり之に損害金の未払金一五、七三九円を加算しても金六〇、八四六円に止まる。

又売買完結による本登記のときにおける残存元本は同じく金四五、一〇七円であり之に損害金の未払金を加算しても金六四、七〇二円に過ぎないのである。

③ 又仮りに原告の主張のとおり右四回の入金を日歩二〇銭の割合で計算したものとし、利息の天引を認めないものとしたときはどうなるか。(かかる計算方法は現行利息制限法により認められないことは勿論である)

原告は昭和三二年六月三日以降の損害金も日歩二〇銭若しくは三〇銭にて計上し、売買完結の意思表示をなし爾後更に家屋明渡不履行による損害金として一日金三六〇円(一カ月につき金一〇、八〇〇円)を請求し、もつて売買予約による代金一四〇、〇〇〇円は之と相殺せんとする意図であること明かであるが、売買完結の意思表示による売買代金をもつて未払損害金に充当することは法に所謂「任意の支払」に該当しないこと明らかであるから、少くとも昭和三二年六月三日以降は法の制限に従い最高年四割以上の損害金は認められないこと勿論である。(右の表はこの見地に立つて計算した)

(ロ)  以上計数上の説明により明らかなように当裁判所の認定する入金をもつてすれば売買完結の意思表示の当時においては残存元本は僅かに金二八、八七九円(之に損害金未払を加算しても金三四、一〇九円)原告が認める入金のみにより計算すれば金四五、一〇七円(之に損害金の未払を加算しても金六〇、八四七円)又原告の主張する日歩二〇銭の損害金計算によるも金五〇、〇〇〇円(之に損害金の未払を加算しても金七一、九九六円)に過ぎない。

(ハ)  残存元本が金二八、〇〇〇円、高々金四五、〇〇〇円であるのに原告が優に時価金四〇〇、〇〇〇円以上の本件不動産につき貸付のとき以下認定のような事情下に一括して被告に署名押印させておいた書類中の売買一方の予約書を盾に売買完結の意思表示をなすことは果して法律上許されるであろうか。

当裁判所は所謂公序良俗違反に非ずんば、信義則違反若しくは所謂権利の濫用として右売買完結の意思表示は無効であると解せざるを得ない。

(3)  以上の結論をなお詳説すれば(前示各証拠並に本件弁論の全趣旨による認定)

(イ)  被告の全財産ともみるべき本件物件は被告の生活の本拠たる家屋敷であつて、一朝之を喪えば一家は路頭に迷うことは火をみるよりも明らかである。

(ロ)  本件物件は宅地七〇余坪、平家建店舗建坪三〇坪余であつて此の時価は少くとも金四〇〇、〇〇〇円以上とみられる反面、売買完結の当時の本件貸金残元本は金二八、〇〇〇余円之に損害金未払分を加えても金三四、〇〇〇余円にすぎず正に一坪の建築費にも満たない金額であり、右不動産は債務額の一〇倍以上に相当するものである。(尤も原告は売買価格は金一四〇、〇〇〇円であると主張しその正当性を強調するが原告の企図するところは本項(2)(イ)(3)の後段説示のように解せられ結局日歩金三〇銭の違約損害金並に家屋明渡不履行による損害金等の名目により相殺し、要は本件五〇、〇〇〇円の貸金によつて之を奪取せんとするものであることに注目しなければならない。)

(ハ)  本件金員貸付に際しては文盲に近い被告の無智、窮迫に乗じ、原告の代表者杉浦昭二郎は「すぐ登記をしなければならないが登記所へ行くのに時間が間に合わないから早く書類に署名してくれ」とか、被告の息子和俊が「書類を見せてくれ」と云つたら杉浦は「忙しいのでこんな少しの金でどうのこうの云うなら貸すのはやめだ」とかといい文面をわざと見られないようにして署名させ、署名が終るとすぐ自己のカバンに入れて読み聞かせもせず被告は如何なる内容の書類かも知らされずに署名してしまつたのであつて、かかる手段は往々にして高利金融の場合に見受けられるところであり、杉浦昭二郎の供述は措信するに値しないものと認める。

(ニ)  被告は本件物件について抵当権を設定するつもりであつたが、一方的に取られて仕舞うような「売買一方の予約」などという法律観念が判る筈もなく、又かかる苛酷な条件ならば原告から金借しなかつた旨供述しているが、この供述は必ずしも作為に出でたものとは考えられない。

(ホ)  甲第二号証の二によれば、用意周到にも畳、建具等の造作その他の諸施設も含むこととなつているが然りとせば本件物件の価格は金五〇〇、〇〇〇円以上なりという被告の主張も首肯するに足る。然りとすれば売買完結の意思表示の当時の残債務の一〇倍以上に該当すること論を俟たず(売買代金と指定する金一四〇、〇〇〇円に比しても三倍以上)取引上著しく不当であり苛酷である。

(ヘ)  要するに本件は原告が被告の無智窮迫に乗じ苛酷な条件で契約書を差入れしめ被告を絶望的境地に陥れ以つて正当の利潤とは到底認められない巨利を博せんと策謀した悪質の金融手段にして弱者たる被告の将来を暗黒にして顧みないものと謂わなければならない。斯くの如き金銭貸借並に之に基く本件物件の売買完結の意思表示は私法秩序を紊すものとしてその効力を否定せざるを得ない。換言すれば右売買完結の意思表示は公序良俗に違反する法律行為に該当し、無効と解するを相当とする。

(六)  結び。

以上の理由によつて原告が昭和三三年七月二四日本件物件につきなした売買一方の予約に基く売買完結の意思表示は無効と解すべきである。

よつて爾余の争点について判断するまでもなく原告の本件物件が原告の所有であることの確認及びその明渡並に明渡不履行による損害金の請求はいずれも失当として棄却すべきものとする。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のように判決する。

名古屋地方裁判所岡崎支部

裁判官 織田尚生

目録(省略)

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