名古屋地方裁判所岡崎支部 昭和54年(ワ)307号 判決 1982年7月21日
原告 松下長春こと 卞長春
右訴訟代理人弁護士 二村豈則
被告 東名ゴルフ株式会社
右代表者代表取締役 加藤清
右訴訟代理人弁護士 相澤登喜男
被告兼右被告補助参加人 水島澄雄
右訴訟代理人弁護士 岡本弘
同 矢田政弘
主文
一 原告の請求をすべて棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告と被告東名ゴルフ株式会社(以下「被告会社」という)及び被告水島澄雄との間において、別紙目録記載のゴルフクラブ会員権(以下「本件会員権」という)を原告が所有するものであることを確認する。
2 被告会社は原告に対し、本件会員権につき、原告を権利者とする旨の名義書替手続をせよ。
3 被告水島は本件会員権につき、これを第三者に譲渡したり質権その他の担保を設定する等一切の処分及び被告会社に対する名義書替申請手続をしてはならない。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告会社は、東名古屋カントリークラブを設営し、入会保証金を納入する等の所定の条件を具備するに至った者を会員とし、会員はゴルフ場の施設を利用する等の権利を有し、この資格を第三者に譲渡することができる旨を定めている。
2(一) 原告は、訴外中川雅雄こと季鍾勛に対して有していた貸金債権を被担保債権として、右訴外人から昭和五三年九月一九日付公正証書契約によって右訴外人所有の本件会員権に譲渡担保権の設定を受け、これに基づき、右会員権を表章する「保証金預託証書」(指図証券たる有価証券に当る)の裏書、交付を受けている。
そして、右債権の弁済期である昭和五三年一〇月一〇日までに弁済がなかったので、右会員権は原告に完全に帰属するに至った。
(二) 仮に、本件会員権は指名債権であって、右証書が有価証券でないとしても、本件ではその譲受けを第三者に対抗するに必要な民法四六七条所定の通知―譲渡人(訴外季)から債務者(被告会社)に対する、確定日付ある証書による譲渡の通知―はなされていると解すべきである。
即ち、原告から被告会社に対し昭和五四年八月一〇日付内容証明郵便により前記譲渡担保設定の通知がなされているところ、一般にゴルフ会員権については預託金証書の交付をもって譲渡がなされる取引慣行が存在しており、且つ現に訴外李から原告へ預託金証書の交付がなされていること、被告会社では右通知に対しとかく異存ある旨の態度を表明していないことから、かかる事実関係のもとでは虚偽の通知の頻発するおそれがなく、右通知は譲渡人である右訴外人の通知と見るか、あるいは譲受人が譲渡人に代位して行なったものと考えられる。
3 ところが、被告水島澄雄は本件会員権につきこれを所有するとして、被告会社に対し自己への名義書替の申出をなし、被告会社もこれに応じる旨の回答をなしている。
4 よって、原告は被告らに対し請求の趣旨のとおりの判決を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の(一)の事実中、訴外李が本件会員権及びこれに関する保証金預託証書を所有していたこと、原告、右訴外人間で本件会員権に譲渡担保権を設定する旨の昭和五三年九月一九日付公正証書が存することは認め、原告が右証書の裏書、交付を受けていることは不知、その余の事実は否認する。本件会員権は指名債権であって、これに関する保証金預託証書は有価証券ではなく、単なる証拠証券にすぎないから、その譲受を債務者や第三者に対抗するには、右証書の取得如何は無意味であり、民法四六七条所定の通知が採られなければならない。
同(二)の事実は争う。原告作成名義で被告会社に対し原告主張内容の昭和五四年八月一〇日付内容証明郵便が送達されたことは認める。
右内容証明郵便は、訴外李が発したものでないばかりか、後記の仮差押決定、差押命令が発効した後に発せられたものであるから、債務者たる被告会社や第三者たる被告水島に対抗することはできない。
3 同3の事実は認める。
三 抗弁
1 被告水島は訴外李に対し約束手形債権(合計七九四万円)の一部に基づいて、昭和五四年三月五日名古屋地方裁判所から本件会員権の仮差押決定(同月六日被告会社に、同月一〇日右訴外人に各送達)を得たうえ、同年四月一二日右訴外人を被告として同裁判所へ右手形の原因債権たる貸金債権七九四万円の支払を求める訴訟を提起し、同年七月一六日全部勝訴の判決を受けた。そして、右判決の執行力ある正本に基づき同裁判所から同年八月六日本件会員権の差押命令(同月七日被告会社に、同月一〇日右訴外人に各送達)を得たうえ、同月二七日本件会員権を「支払に換え金三〇〇万円にて債権者被告水島に譲渡する。」旨の譲渡命令(同月二八日右訴外人に、同月二九日被告会社に各送達)を受けた。
2 原告が主張する訴外李からの本件会員権の譲受は、右訴外人が被告水島から差押を免れるため原告と通謀してこれを仮装したもので、通謀虚偽表示として無効である。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実(但し、差押命令と譲渡命令の各送達日は除く)は認める。
しかし、被告水島が仮差押決定を得た時は、既に本件会員権は原告に帰属していたものであるから、結局譲渡命令は第三者所有の権利に対して発せられた状態となっており、その効力を有するに由ないものである。
また、本件会員権は保証金預託証書に表章されているから、右権利の移転には右証書を伴うことが要件であるところ、被告ら主張の譲渡命令は右要件を備えていないから、その効力を有するものではない。
2 抗弁2の事実は否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1、3の事実は当事者間に争いがない。
二 《証拠省略》によれば、原告は、訴外中川雅雄こと李鍾勛に対し昭和五三年七月一〇日に四〇〇万円を弁済期同年一〇月一〇日の約定で貸渡したこと、同年九月一九日公正証書の作成を得て同人からその所有する本件会員権とそれに関する保証金預託証書に譲渡担保権の設定を受け、右証書は占有改定の方法により引渡を得たこと、右期限までに同人から返済がなかったため、後に右証書の交付を受けたことが認められる(右訴外人が本件会員権及び保証金預託証書を所有していたこと、右公正証書が存することは当事者間に争いがない)。なお、抗弁2の通謀虚偽表示の事実を認めうる証拠はない。
三 抗弁1の事実は当事者間に争いがない(差押命令と譲渡命令の各送達日が、被告ら主張どおりであることは、《証拠省略》によって認められる)。
四1 そこで、本件会員権の原・被告水島への移転、対抗関係につき検討するに、まず、本件会員権が原告の主張するがごとく有価証券に当るかを判断する。
《証拠省略》によれば、本件会員権は被告会社が設営する東名古屋カントリークラブ・ゴルフ場施設について「個人正会員」(他に「法人正会員」等があり、利用権の内容に差がある)としての利用権及び所定の条件のもとでの入会保証金の返還請求権―但し、年会費その他の料金の未払い分があるときは入会保証金のうちから相殺される(右クラブ会則六条)―と毎年所定の会費を納入すべき義務から成る権利ないし法律上の地位であるというべきところ、本件会員権に関する「保証金預託証書」には、右権利内容については「本保証金は5ヵ年据置とし以後は御請求により3ヵ月以内に本証書と引換えに返却いたします。」との記載があるのみで、その余の点については明らがではないこと、右クラブ会則九条では会員権の譲渡にはクラブ理事会の承認を要する旨定められており、その旨右証書に「クラブ会則九条に基づき譲渡することができます。」と記載されていること、右証書裏面には会員氏名欄が設けられており、「入会登録年月日」「会員住所氏名」、「本人印」、前記クラブ理事会の「承認印」欄が数段設けられているが、この体裁からは会員の異動とこれに対する理事会の承認の有無を明らかにしようとする目的のものであることは明らかであるが、これが転々流通を予定した裏書欄とは認められず、もとより指図文句の記載もないこと等の点に鑑みると、右保証金預託証書が本件会員権を表章しその譲渡は証書の移転によってなされる有価証券とは解し難く、本件会員権は指名債権といわざるをえない。
2 してみると、訴外李から本件会員権を譲受けたとする原告は、これに関する保証金預託証書の交付を得ていることをもって、被告会社や右会員権につき前記仮差押決定、差押命令、譲渡命令を順次得ている被告水島に対抗することはできず、民法四六七条所定の確定日付ある証書をもって右訴外人から被告会社に譲渡の通知がなされなければならない。
しかるに、原告が主張するところでは、右訴外人が現に右通知を発したということはなく、又主張の事実関係のもとでも同人が右通知を発したとは解されないし、さらに原告が右訴外人に代位して右通知を発することはできないから、主張自体失当というほかない。
のみならず、原告が確定日付ある証書と主張する昭和五四年八月一〇日付内容証明郵便は、前記仮差押決定が右訴外人や被告会社に対し送達された後に、発せられたことになるから、この点からしても被告らに対抗しえない。
五 以上によれば、原告は被告らに対し本件会員権の譲受を対抗しえず、原告の本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 坂主勉)
<以下省略>