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名古屋地方裁判所豊橋支部 平成11年(わ)79号 判決 2000年11月10日

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中四五〇日を右刑に算入する。

押収してある覚せい剤一袋(平成一一年押第八号の35)及び一般旅券発給申請書一通(平成一一年押第八号の34)の偽造部分を没収する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、

第一  みだりに、平成一〇年一二月二日午前四時ころ、愛知県豊橋市新栄町字鳥畷四五番地ホテルリラックス駐車場において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する結晶粉末四・九一九グラム(平成一一年押第八号の35はその鑑定残量)を所持した

第二  大岩義明、武藤勇夫と共謀の上、自己の顔写真を貼付した武藤勇夫名義の一般旅券を不正に入手しようと企て、平成一一年一月二七日、名古屋市中村区名駅一丁目一番二号名古屋ターミナルビル七階所在の愛知県商工部観光交流課愛知県旅券センター旅券申請窓口において、行使の目的をもって、ほしいままに、一般旅券発給申請書の氏名欄に「武藤勇夫」、生年月日欄に「260929」、本籍欄に「愛知県岡崎市羽根町字若宮2番地19」、現住所欄に「岡崎市洞町字向山35番地1」等と各冒書し、右一般旅券発給申請書の顔写真欄に自己の顔写真を貼付し、もって、右武藤名義の一般旅券発給申請書一通を偽造した上、即時同所において、同旅券センター窓口係員毛受晴美に対し、右一般旅券発給申請書一通(平成一一年押第八号の34)をあたかも真正に成立したもののように装って、提出行使した

ものである。

(証拠)省略

括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。

(事実認定の補足説明)

第一  判示第一の事実について

判示第一の事実について、被告人はこれを全面的に否認し、弁護人において、被告人は無罪である旨主張する。

すなわち、被告人は、平成一〇年一二月一日午後九時ころ、知人の近田二郎とともに、被告人の自動車(シーマ)を右近田が運転して判示第一記載のホテルリラックスへ行き、翌二日午前七時ころに右ホテルの部屋を出たこと、右ホテルに居る間に自己のセカンドバッグを紛失したこと、右ホテル従業員からセカンドバッグは警察にあることを聞き、警察に取りに行ったことは認めているが、そのセカンドバッグの中に入っていたという覚せい剤(以下「本件覚せい剤」という。)については、自分のものではなく、全く身に覚えがないと供述している。そして、弁護人は、本件覚せい剤は、被告人に恨みを持つ右近田が被告人のセカンドバッグに入れたうえ、右ホテル駐車場に放置したものであると主張する。

一  まず、関係各証拠によれば、本件覚せい剤の発見の経過を見ると次のとおりである。

足立和子及び足立圭子(旧姓山下圭子)親子は、平成一〇年一二月二日午前四時ころ、ホテルリラックス北側駐車場において、同所に一列に並ぶように落ちていた黒色セカンドバッグ、携帯電話、黒色革製財布を発見した。右足立和子は、それらを拾い、右セカンドバッグの中に右携帯電話及び財布を入れ、右足立圭子とともに愛知県豊橋警察署に向かい、同日午前四時二〇分ころ、拾得物として届け出た。右警察署警察官が右セカンドバッグの在中品を調べたところ、右セカンドバッグの中から日産自動車株式会社発行の〓橋栄一(被告人の実兄)宛の代金七二七万円の領収証に包まれたビニール袋入り本件覚せい剤一袋及び注射器二本が発見されたほか、被告人名義の国民健康保険被保険者証、パスポート、印鑑登録証、自動車運転免許証、診察券、キャッシュカード、銀行振込カード及びメンバーズカード等が発見され、さらに前記財布には現金一三〇万円が入っていることが確認された。

二  被告人は、当公判廷において、本件証拠品のセカンドバッグ(以下「本件セカンドバッグ」という。)について自分のものかどうか分からない旨供述する。しかし、前記発見経緯によれば、本件セカンドバッグは被告人が紛失したというホテルリラックスの駐車場で発見され、警察署に拾得物として届けられて押収されたものであること、その中には被告人名義の免許証やパスポート、健康保険証、印鑑登録証等の貴重品が入っていたこと、右バッグ内に明らかに第三者の物と認められる物が混入している事実はないこと(前記日産自動車発行の領収証は被告人が兄名義で自動車(シーマ)を購入した時の領収証)からすると、本件セカンドバッグは被告人のものであると認められる。

三  そこで、本件セカンドバッグ内に入っていた本件覚せい剤について、被告人がその存在を認識して所持していたものか否かについて、以下検討する。

1 被告人がホテルリラックス駐車場において、自己のセカンドバッグを探していた事実

(一) 第三回公判調書中の証人〓橋洋一(ホテルリラックスの支配人)の供述要旨は次のとおりである。

平成一〇年一二月二日午前七時、四〇五号室の客がチェックアウトした後すぐに右部屋に行き、清掃を始めたところ、客が戻ってきて、バッグはないかと尋ねられたので、ないと答えたところ、客は自分で部屋の中を探していた。約一〇分くらい四〇五号室で清掃を行った後、事務所に戻り、フロント係の山田佳正に四〇五号室で忘れ物をして探しに来た人がいる旨の話をした。右山田は、四〇五号室をチェックアウトした客が駐車場でバッグを探していたと述べた。

(二) また、第五回公判調書中の証人山田佳正の供述要旨は次のとおりである。

平成一〇年一二月二日午前七時ころ、四〇五号室の客がチェックアウトした直後、監視カメラに駐車場をうろうろと歩き回り何かを探している様子の人物が見えたので、駐車場に行って声を掛けると、その人は、鞄を探している旨答えた。その前後に他の客の出入りはなかったので、その人は四〇五号室の客であると思う。その後、警察から鞄が拾得物として届けられている旨の連絡を受けた。同日午前九時半ころ、勤務を終えて帰ろうとしていたところ、ホテル駐車場の四〇五号室のほぼ真下辺りの通路に、自動車(シーマ)が停車しており、その中に先ほどの鞄を探していた人物が乗っていたため、声を掛け、警察が鞄を保管している旨伝えた。午前七時ころ及び九時半ころの二回にわたり話をした右客は被告人に間違いない。

(三) 被告人は、当公判廷において、午前七時ころホテルの部屋を出たが、自己のセカンドバッグが無くなっていることを思い出し、確認のために部屋に戻り、掃除をしていた男性に尋ねたが、忘れ物はないということだった旨供述しており、この点については前記〓橋洋一の供述に合致している。そして、被告人はホテルの部屋を出た午前七時過ぎころ、ホテル駐車場に行き、ホテル従業員と話をしたこと自体は認めているので、前記〓橋洋一及び山田が接した四〇五号室に在室していた客は被告人であると認められる。

そして、右山田の供述は具体的、詳細で特に不自然、不合理なところはなく、その供述の信用性に疑いを差し挟むべき余地はない上、右〓橋洋一の供述とも一致するので、同人の供述は十分信用できるものである。

したがって、被告人が平成一〇年一二月二日午前七時過ぎころに、ホテルリラックスの駐車場において、自己のセカンドバッグを探していた事実は優に認められる。

2 本件セカンドバッグ等がホテルリラックス四〇五号室真下付近の駐車場において発見された事実及び発見時の状況

前記足立親子がホテルリラックス駐車場において本件セカンドバッグ、黒色革製財布、携帯電話を発見した場所は、被告人が在室していた右ホテル四〇五号室のほぼ真下にあり、四〇五号室の風呂場北側窓、寝室北側窓、東側窓から出ることのできる三階屋上北西角いずれから見ても、右セカンドバッグ等を確認することができ、寝室北側窓中央部及び屋上北西角から右セカンドバッグ等までの距離は約十二、三メートルである(甲三三)。

そして、前記のように、本件セカンドバッグと右財布、右携帯電話は一列に並ぶように落ちていたものであり、本件セカンドバッグと右財布との距離は一・三メートル、本件セカンドバッグと右携帯電話との距離は〇・九メートルほどであり(甲六)、右セカンドバッグの口は閉じていたが、留め金は外れており、右財布の口は開いていて、札束が入っているのが見える状態であった(前記足立和子の供述)。

3 被告人が知人らに覚せい剤入りのバッグをホテルの部屋から投げ捨てた旨告げていたこと

(一) 安藤英晴(以下「安藤」という。)の捜査段階における供述要旨(甲三二)

平成一一年一月二〇日前後、携帯電話が欲しかったので、被告人に付いて来てもらい、その時大岩義明も携帯電話を買いに来て、三人で一緒に居た時に、被告人が、「ホテルでシャブによれてしまって、持っていたバッグを部屋の外に投げてなくした。金もちょっとやそっとの額じゃない金が入っている。」と言って深刻そうな顔をしているので、さらに聞くと「シャブも入っている。バッグは警察の手元にある。何とかならないか。助かるかなあ。一度警察に取りに行ったが、その日は帰ってきた。」と言ったほか、「三人でホテルへ行った。それぞれ女を呼んだ。しかし一人は途中で帰っていき、一人は部屋から出てこなくなり、一人になってバッグを投げ捨てた。」などと言った。

(二) 安藤の右供述の信用性

安藤は、第四回公判において、被告人に聞いたのか、大岩に聞いたのか、または他の場所で聞いたものを本人に聞いていると思って勘違いして警察で話したのか分からないとか、話を作って言っているかもしれないとか、鞄がなくなったという話を聞いただけであるなど、右捜査段階の供述とは異なる内容の供述をしている。

この点、安藤は、平成一一年一月二日ころ、指詰めをして化膿から苦しんでいたところに被告人の訪問を受けて被告人に伴われて病院で治療を受け、その際治療費も被告人が負担してくれたということがあるなど、被告人に世話になった人物であり、自分が被告人の分まで刑に服してもいいという気持ちを持っていたほど、被告人に恩義を感じている者である。そして、第四回公判において、「わしがそういうふうに思っていっとるけど、本人が違うといって頑張ってるやつをわしが今さら間違いないと足引っぱるようなことはわしも言えせんし。」「本人を目の前にして警察や検事さんの前で取った調書と同じことを言えと言ったって言えんということをわしは言っとるです。」などと述べ、被告人の面前では被告人に不利な証言を避ける態度で供述している。

他方、捜査段階においては、被告人が逮捕されて同じ警察署の留置場に留置されたこと、被告人が否認していることを知り、早く事実を認めて保釈で出てほしいとの気持ちから、被告人のためを思い、自ら担当警察官に同人が知る事実について供述するに至ったものであり(この点は当公判廷でも認めている)、同人の捜査段階における供述は真実を述べたものと考えるのが相当である。

弁護人は、安藤が自己の罪を軽くしてもらおうという動機から、被告人の「犯行状況」をストーリー風に仕立てたものである旨の主張をしているが、安藤自身は、第四回公判において、「友達の足を引っ張ってまで自己の刑を軽くしてほしいという気持ちはない、求刑が自分の思ったより軽かったので、自分が被告人のことを話して供述調書になったのが、多少影響したのかと、後ろめたい気持ちになった。」と述べており、前記のように安藤は被告人に恩義を感じている人物であることを併せ考えると、安藤がことさらに被告人に不利な話を作り上げたとは考え難い。

以上によれば、右安藤の捜査段階の供述は十分信用できるものである。

(三) 第六回公判調書中の証人大岩義明(以下「大岩」という。)の供述要旨

平成一一年一月二四日ころ、被告人、大岩、木村の三人で豊橋駅前の「花びし」という喫茶店に居たときに被告人の携帯電話に電話が掛かった。被告人は、「ガンジー」という男と近田二郎と三人でホテルに行ったときに、覚せい剤を使ってよれてしまって、船がどんどん離れていくようないやな気持ちになり、現金一二〇万円、覚せい剤一〇グラム、免許証やパスポートが入っているバッグをホテルの窓から外の駐車場へ投げてしまった、それを拾われて豊橋署に保管されている、弁護士にもみ消しを頼んでいたが、今の電話で出頭するようにと言われた旨述べた。そして、大岩に対し、五〇〇〇万円くらいやるから、身代わりとして警察に出頭してくれないか、身代わりになってくれなければ自殺するなどと述べた。その後大岩は身代わりの件について一旦は考え、警察署に行って知り合いの警察官に相談する等したが、ホテルの防犯カメラに写っているからだめだと言われた。そこで、被告人がフィリピンへ逃げるという話を持ち出し、自己名義のパスポートで出国すると時効が停止しないので、他人名義のパスポートが欲しいと言われた。そして、二〇〇〇万円くらいやるから大岩も一緒に逃げてくれと言われた。

(四) 第七回公判調書中の証人木村正夫(以下「木村」という。)の供述要旨

平成一一年一月中旬以降(日にちは明確ではないが、同年一月中旬に西浦温泉に被告人と大岩らと旅行に行った後)、豊橋駅前の喫茶店「花びし」で大岩、木村と被告人が話しているとき、被告人の携帯電話に弁護士から電話が掛かった。被告人から、カーホテルで覚せい剤を使用して、よれて船が岸から離れていくような錯覚に陥り、バッグを窓の外へ捨てた、その中には覚せい剤一〇グラム前後、パスポート、現金一五〇万円くらい、免許証などが入っていた、そのバッグを警察官に拾われたか、誰かが警察に届けたかは分からないが、警察署にあるので、そのバッグを取り戻したいということを弁護士に相談していたが、だめだと言われたという話を聞いた。被告人はもう一〇中八、九逮捕されるのではないかと心配し、どんな手を使ってでも捕まりたくないから、大岩に身代わりになってくれとか、それがだめなら被告人が費用を出すので(大岩と木村双方に一〇〇〇万円くらい)、三人でフィリピンにでも逃げようかと言った。三人のうち誰かが本人名義のパスポートでは時効が停止しないということを言い出し、大岩と木村は、被告人から名義を貸してくれる人を探してくれと頼まれた。

(五) 右大岩、木村の各供述の信用性

大岩は、当公判廷において、前記のように、平成一一年一月に被告人から同人がホテルで覚せい剤が入ったバッグを投げた状況を聞いたこと、被告人が逮捕を免れるために国外逃亡を図り、偽造パスポートを取得しようとした状況について、具体的かつ、詳細に供述している。木村の当公判廷での供述については全体的に曖昧、不明確な印象はあるものの、被告人から聞いた話の内容については具体的であり、右大岩の供述内容とほぼ一致している。

この点、弁護人において、大岩は、判示第二の事実の共犯者として起訴されている者であり、被告人と大岩のどちらが右犯行を主導していたか、情状が異なることや、同人が平成一一年二月九日、都合のよい金蔓であった被告人との関係を断ち切る内容の念書を書かされたので、被告人に対し逆恨みの感情を抱いていたことから、被告人に不利な内容の供述をした旨主張し、さらに木村は大岩と又従兄弟の関係にあるので、被告人に対し抱いている感情は大岩とほぼ同じである旨主張している。

たしかに、判示第二の犯行の首謀者が誰かということは、重要な情状事実であり、判示第一の犯行を被告人が犯したことは、被告人が判示第二の犯行の首謀者であることに結びつきやすいことは事実であるが、大岩、木村が打ち合わせの上、全くの架空の事実を作り上げる動機としては弱いと思われる。また、同人らが被告人との関係を断ち切る内容の念書を書かされたからといって、長年来の付き合いである被告人を無実の罪に陥れるほどの憎しみを抱くに至ったとは考え難い。そして、同人らは、被告人の覚せい剤使用については、いずれも使用していなかった旨の供述をしており、この点については被告人に不利な供述はしていないほか、同人らの供述は、前記安藤の捜査段階の供述内容と相互に矛盾せず、さらに、前記2の本件セカンドバッグ等の発見時の客観的状況にも矛盾しない。

よって、右両名の各供述は十分信用できるものといわなければならない。

(六) 以上によれば、被告人が右安藤、大岩、木村らに対し、「覚せい剤を使用して、よれてホテルの部屋から覚せい剤が入ったセカンドバッグを投げ捨てた」旨供述していた事実が認められる。

4 被告人がホテルリラックスで覚せい剤を使用し、残量の覚せい剤を所持していたこと

(一) 第八回公判調書中の証人近田二郎(以下「近田」という。)の供述要旨

平成一〇年一二月初旬、被告人から女と遊ぼうという誘いがあり、午後九時ころ、被告人の黒色シーマを近田が運転してホテルリラックスに行った。ホテルの部屋に入り、被告人が覚せい剤を使おうと言い出したので、一緒に覚せい剤を打った。被告人は覚せい剤一袋を持っていたが、注射器を持っていないというので自分の注射器を使った。まず、被告人が注射し、次に近田が注射した。袋には何十回も使えるくらいの量の覚せい剤が入っており、二人で使い終わった後もまだ残っていた。被告人は近田に注射器をくれと言って、覚せい剤と注射器、バッグを持って部屋を移った。二人が覚せい剤を注射したのは部屋に入って二、三分後くらいで、被告人が部屋を出たのは一〇分か一五分後だと思う。部屋を移った後、被告人から電話が掛かってきて、バッグが置いてないかと尋ねられ、探したが見当たらなかった。その後、被告人の携帯に電話を掛けたが出なかったので、自動車の鍵をフロントに預けて帰った。

(二) 右近田供述の信用性

弁護人は、近田は、被告人に傷害の濡れ衣を着せられ、その取調べの時に尿の提出を求められて服役するに至ったという事情があり、被告人を恨みに思っている者である旨主張する。

この点、近田自身も第八回公判において右事実を認めているので、被告人を無実の罪に陥れるために虚偽の事実を供述する動機は一応認められる。

しかしながら、近田は被告人と覚せい剤を使用した状況等を右のように具体的かつ詳細に供述していること、右公判において、被告人に恨みごとがある旨明言しながら、右のような供述をしていること、被告人を陥れる意図で虚偽の事実を述べているとすれば、自己が覚せい剤を使用した事実まで述べる必要はないこと、同人は、検察官の事情聴取に対し、当初供述を拒んでいたこと等からすると、右近田の供述は十分信用できるものである。

(三) 弁護人は、近田は被告人を陥れるために本件覚せい剤を被告人のセカンドバッグに入れたものであり、近田が本件覚せい剤所持の真犯人である旨主張するが、近田が被告人を真実陥れようとしたのであれば、その直後に警察に申告、供述するなどの方法を採り得たのであるし、検察官の事情聴取に対しても自ら積極的に供述したと思われる。

また、弁護人は、平成一二年一二月二日午前三時三四分にホテルリラックスから近田方所在地付近まで向かったタクシーがあることを捉えて、近田が被告人のセカンドバッグをホテル駐車場に置き去ったものと推測しているが、近田自身ホテルを退室した時刻やタクシーで帰宅したか否かの記憶がない旨供述しており、右事実をもって、近田が覚せい剤を被告人のバッグに入れて置き去ったと考えるのは飛躍があり、他に弁護人の主張を裏付ける的確な証拠はない。

(四) よって、被告人がホテルリラックスにおいて、近田とともに覚せい剤を使用し、その残量の覚せい剤を所持していた事実が認められる。

5 被告人が国外逃亡を計画したこと

被告人が本件覚せい剤所持罪の逮捕を免れるために、国外逃亡を企て、判示第二の犯行に及んだことは被告人自身が認めるところである。この点、被告人は、逮捕されるかもしれないという恐怖心から冷静な判断を失った旨述べるが、真実罪を犯していないのであれば、新たに犯罪を犯してまで逃亡を企てることは通常考え難い。

6 被告人の捜査段階における供述

被告人は捜査段階においても、本件覚せい剤所持の事実を否認しているところ、平成一〇年一二月二日の昼前に豊橋警察署から当時住んでいた豊橋市南松山町の実家に電話があり、「バッグを落とさなかったか」と尋ねられ、初めてバッグ等を無くしたことに気付いた旨、当公判廷における供述と異なる供述をしているほか、ホテルリラックスに行ったことがあるか否かについては記憶が曖昧で、はっきりとは答えられない旨供述している(乙四)が、被告人が右のような供述をする合理的な理由は見当たらない。

四  以上の事実を総合すると、被告人は、ホテルリラックスにおいて覚せい剤を使用した後、その影響で、本件覚せい剤入りのセカンドバッグを右ホテル四〇五号室から投げ捨てた事実が認められる。

五  本件覚せい剤「所持」罪の成否について

弁護人において、本件セカンドバッグが発見されたのはホテルリラックスの屋外駐車場の路上であるから、被告人の占有下にはなく、被告人の覚せい剤「所持」の事実は認められない旨主張する。

覚せい剤所持罪における「所持」の意義は弁護人の主張するように、人が物を保管する実力的支配関係を内容とする行為をいい、必ずしも物を握持する事実を要するものではない。そして、その実力的支配関係の持続する限り所持は存続するものというべく、かかる関係の存否は、各場合における諸般の事情に従い社会通念によって決定されるべきものである。

前記事実関係によれば、被告人はホテルリラックスの部屋から本件覚せい剤入りのセカンドバッグを投げ捨て、その後被告人は右ホテル駐車場において右バッグを探していたのであるから、被告人において、本件覚せい剤を発見して自己の元に戻す意思を有するとともに、判示第一記載の日時ころには被告人が右ホテル駐車場付近で右覚せい剤入りのバッグを発見し、自己の手元に戻すことが可能な状態にあったのであるから、未だ本件覚せい剤は被告人の事実上の支配管理に属しているものと見るのが相当である。

よって、被告人は、平成一〇年一二月二日午前四時ころ、ホテルリラックスにおいて覚せい剤を「所持」していたものといえる。

六  結論

以上によれば、被告人には判示第一記載のとおり、覚せい剤所持罪が成立する。

第二  判示第二の事実について

判示第二の事実について、被告人は、共犯者武藤勇夫との共謀の事実を否認する。

なるほど、被告人は武藤勇夫と面識はなく、大岩を介して武藤勇夫名義を冒用する意思を形成したことが認められるが、共同実行の意思は、必ずしも数人が相互に面識あること及び犯罪に関して直接謀議したことを必要とするものではなく、その中のある者を介して間接的に生じたものであってもよいのであるから、本件については武藤勇夫との間にも共謀があったものと認められる。

よって、被告人の右主張は採用しない。

(累犯前科)

一  事実

1  平成六年一月一七日 名古屋地方裁判所豊橋支部宣告

覚せい剤取締法違反の罪により懲役二年

平成七年一一月二七日右刑の執行終了

2  平成八年四月一五日 名古屋地方裁判所豊橋支部宣告

右1の刑執行終了後に犯した覚せい剤取締法違反の罪により懲役二年六月

平成一〇年九月二五日右刑の執行終了

二  証拠

前科調書、判決書謄本

(適用法令)

罰条

判示第一の所為について 覚せい剤取締法四一条の二第一項

判示第二の所為について

有印私文書偽造の点について 刑法六〇条、一五九条一項

偽造有印私文書行使の点について 刑法六〇条、一六一条一項、一五九条一項

科刑上一罪の処理(牽連犯)

判示第二の罪について 刑法五四条一項後段、一〇条(一罪として犯情の重い偽造有印私文書行使罪の刑で処断。)

累犯加重

判示各罪について いずれも刑法五九条、五六条一項、五七条(三犯)

併合罪 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重。ただし、短期は判示第二の罪の刑のそれによる。)

未決勾留日数の算入 刑法二一条

没収

判示第一の罪について

(覚せい剤一袋につき) 覚せい剤取締法四一条の八第一項本文

判示第二の偽造有印私文書行使の罪について

(一般旅券発給申請書一通の偽造部分につき)

刑法一九条一項一号、二項本文

訴訟費用の不負担 刑事訴訟法一八一条一項ただし書

(量刑の理由)

本件は、被告人が覚せい剤を所持したという事案(判示第一)及び共犯者らと共謀の上、他人名義の一般旅券発給申請書を偽造し、これを行使したという事案(判示第二)である。

判示第一の犯行は、前刑の覚せい剤取締法違反の罪による懲役二年六月の刑の執行終了後わずか二か月余り後の犯行であり、被告人が昭和五八年ころに覚せい剤を使用し始め、昭和五九年以降前記累犯を含む覚せい剤取締法違反により五回服役している同種前科があることからすると、本件は常習的犯行であって、被告人の覚せい剤に対する親和性、依存性は顕著であり、再犯の危険性は極めて高いものと考えられる上、本件覚せい剤所持量は約五グラムと多量であることからすると、被告人の刑事責任は重大である。

しかも、被告人は本件覚せい剤の所持を否認して反省の態度が見られず、逮捕を免れるために国外逃亡を企て、判示第二の犯行に及んだことに鑑みると、犯情極めて悪質である。

この点、弁護人において、判示第二の犯行は大岩、木村の主導により計画、実行されたものである旨主張し、被告人もこれに沿う供述をするが、関係各証拠によれば、被告人は相談していた弁護士から判示第一の事実での逮捕がほぼ確実である旨の連絡を受け、大岩に身代わりの話を持ち掛ける等して、何としてでも逮捕を免れたいと考え、本件犯行に及んだところ、共犯者武藤がパスポートを受領するための葉書を捨てたために被告人は偽造パスポートを取得できなくなり、平成一一年二月九日、大岩及び木村は、被告人の妻から、今後一切金員の請求をせず、被告人に関わらない、本件について他言を一切しない旨の念書を書かされたという経緯が認められる。大岩及び木村が報酬目当てで被告人に協力したことは否めないが、同人らが積極的に犯罪を犯してまで国外逃亡するような事情はなく、右のように、何としてでも逮捕を免れたいと考えていた被告人が判示第二の犯行の首謀者であることは明らかである。

したがって、被告人が本件判示第二の犯行の事実関係については概ね認め、反省の情を示していることなど、被告人のために酌むべき事情を考慮しても、被告人を主文掲記の刑に処するのが相当であると判断した。

(検察官淺野哲夫、私選弁護人高和直司、川崎浩二各出席)

(求刑 懲役五年、覚せい剤及び一般旅券発給申請書の偽造部分の没収)

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