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名古屋地方裁判所豊橋支部 平成14年(わ)361号 判決 2003年5月28日

主文

被告人を懲役3年に処する。

この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成14年9月14日午前零時ころ,大型貨物自動車を運転して,愛知県宝飯郡音羽町の東名高速道路上り線を進行していた。そのころ,同車の二,三十メートル後方を走行していた大型貨物自動車のフロントガラスに物が当たり,ガラスにひび割れが入った。この車を運転していたA(当時33歳)及び助手席にいたBは,ひび割れの原因を問い質そうとして,被告人運転車両を追い越し,同県豊川市市田町東堤上9番地2の同高速道路上り線赤塚パーキングエリア入り口付近ゼブラゾーンに車を止めて降車し,続いて停車した被告人に向かって,車から降りるように求めた。ところが,被告人は,Aらの求めを無視して,被告人運転車両を発進させようとした。とっさに,Aは,これを阻止するために,被告人運転車両フロントバンパーに足を乗せてよじ登り,フロントガラス前に立ちふさがった。ところが,被告人は,そのまま発進,走行すれば,Aが転落し,路面との衝突,自車又は後続車両との衝突,これら車両による轢過などにより死亡する危険性が高いことを認識しながら,あえて,同日午前零時14分ころ,自車を発進させ,同所から同市千両町数谷原517番地1同高速道路上り線272.8キロポスト付近まで約1.3キロメートルの間,約1分30秒間にわたり,同人が自車前部にしがみついた状態で,最高速度時速約40キロメートルまで加速して走行した。さらに,同ポスト地点において,Aに替わってBが運転する大型貨物自動車が被告人運転車両を追い越して割り込むと,これを抜き返して,同市麻生田町字山之神80番地の同高速道路上り線豊川インターチェンジ出入口付近まで約4.2キロメートルの間,約4分間にわたり,Aがしがみついた状態のまま,最高速度時速約95キロメートルまで加速して走行した。この間少なくとも2回フロントガラスのワイパーを作動させた。しかし,Aがサイドミラーステイを左腕で抱え込むなど必死の努力をして転落を防いだため,同人を死亡させるに至らなかった。

(証拠の標目)

省   略

(事実認定の補足説明及び弁護人の主張に対する判断)

1  弁護人は,本件の経緯について,検察官の主張する事実を一部争うとともに,

①  被害者が走行中の被告人運転の大型貨物自動車から転落する具体的危険性はなく,客観的に殺人の実行行為に該当しない,②被告人は被害者が死亡する危険性を認識しておらず,殺人の故意がない,③被告人の行為には正当防衛,過剰防衛,誤想防衛又は誤想過剰防衛が成立する,と主張するので,以下順に検討する。

2  本件の事実関係について

(1)  本件の被害者である証人A,同Bの公判供述及びその他の関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。

① 被害者は,本件の前日である午後11時30分ころ,大型貨物自動車(以下「被害者トラック」という。)を運転し,小牧インターチェンジから東名高速道路上り線に入り,東京方面に向かって走行していた。そして,愛知県宝飯郡音羽町にある278.2キロポスト付近において,第2車線を走行していたところ,被告人が運転する大型貨物自動車(以下「被告人トラック」という。)が,20から30メートル先で,第1車線から車線変更して前方に入った後,先行車を追い抜いてまた第1車線に戻った。その時,被害者トラックのフロントガラスに何かが当たり,合わせガラスの外側に直径9センチメートルの穴があいた。

② 被害者トラックの助手席に座っていたBは,前方にいた被告人が缶などを投げたか,タイヤで石を巻き上げた飛び石の可能性があると考え,被告人から事情を聞くため,被害者に対し,被告人トラックを停止させるよう指示した。そして,まず被告人トラックの真横まで追いつき,運転席を見たところ,被告人は運転席横のカーテンを閉めていた。そこで,Bは,被害者にトラックを少し前に出させ,被告人に対し,止まるよう手で合図した。その後,被害者トラックが被告人トラックの前方に入り,そのまま少しずつ速度を落とし,赤塚パーキングエリア入り口のゼブラゾーンに停止した。被告人もこれに続き,被害者トラックの約20メートル後方の同ゼブラゾーン上に,少し第1車線にはみ出して停止したが,エンジンは停止しなかった。

③ 被害者とBは,すぐに車を降りて被告人トラックに向かったが,被告人が降りてこなかったため,被害者は「飛び石だ,開けろ。」などと,Bは「おい,降りてこい。」などと声をかけた。2人とも,運転席に聞こえるように大きな声を出したが,怒鳴るほどの声ではなかった。Bは助手席側に向かい,弾みでステップに片足をかけたり,ドアを軽く叩いたことはあったが,バンパーやステップには乗らなかった。被害者は運転席側に向かったが,カーテンが閉まったままだったので,ドアをノックしたりドアノブを動かしたりした後,トラック前方に回った。すると,被告人がトラックを少し動かしたので,止めようと思い,運転席前のバンパーに乗り,右手でフロントガラスを叩きながら「開けろ,開けろ。」と声をかけた。

④ すると,被告人は,被害者をバンパーに乗せたままトラックを発進させ,第1車線を走り始めた。被害者は,フロントガラスを叩きながら「止めろ」と叫んだが,トラックのスピードが上がる一方だったので,右手で携帯電話を取り出し,110番通報して救助を求めようとした。しかし,実際には,「1」のボタンを押しただけで,通報はできなかった。被害者は,右手でフロントガラス上下どちらかの取っ手を,左手でサイドミラーのステイをつかんでいたが,次第に手がしびれてきたので,ミラーステイに左腕を巻き付け,右手は上下の取っ手を順に持ち替えて体を支えた。

⑤ 被告人は,そのまま時速約40キロまで加速したが,Bがトラックを運転して前に割り込み,減速して停止させようとしたため,発進して約1分30秒後,272.8キロポスト付近において,いったん速度をゼロ近くまで落とした。しかし,停止をほとんど継続せず,直ちにトラックを発進させ,その後時速約95キロまでほぼ一気に加速して走行を続けた。

⑥ 被告人は,走行中,ワイパーを少なくとも2往復作動させた。その際,被害者は,驚くとともに,バンパーに乗せた足の感覚が薄れてきたこともあって,足がはずれ,左腕だけで体を支える状態になった。

⑦ 被害者は,271キロポスト付近において,隣の車線を走行中の4トントラックに助けを求めた。4トントラックの運転手は,被告人トラックの前に割り込んで,蛇行運転などしながら止めようとしたが,それでも被告人は停止せず,結局豊川インターチェンジまで走行を続けた。

(2)  以上の点に関し,被告人は,当公判廷において,以下のとおり供述している。

① 被害者トラックに割り込まれてから赤塚パーキングエリア入り口付近で停止するまで,2回車線変更して追い抜こうとしたが,その都度前に割り込まれて妨害された。なぜこのようなことをされるのか理解できず,恐怖を感じた。

② 赤塚パーキングエリア入り口付近においては,様子を見るため,被害者トラックの停止位置の後方約86メートル当たりから徐行し,後方約48メートルの第1車線上で停車した。そのまま20秒から30秒待った後,再び徐行し,被害者トラックにほぼ並ぶ位置に来たところ,突然被害者とBが2人同時にドアから出てきて,第1車線上で停止させられた。

③ 被害者らは,いきなりバンパーに飛び乗り,被告人トラックのボディを殴ったり蹴ったりしながら,「出てこい,降りてこい。」と怒鳴り続けた。そして,被告人が運転席側の窓を少し開けて話をしようとすると,被害者は力任せにつかみかかるような勢いで手を入れてこようとした。被告人は,トラックを降りたら2人に殴られると思い,トラックを発進させた。Bはすぐに飛び降りたが,被害者は乗ったままであった。

④ 走行中,被害者は,「止めろ,降ろせ。」と言い始めたので,これなら話し合いができるかと思い,トラックを停止させ,窓を開けて話をしようとした。Bが運転するトラックに割り込まれて停止したのではない。しかし,被害者は,バンパーから降りなかったばかりか,再び窓から手を入れてつかみかかろうとしてきたので,これでは話し合いはできない,近くのインターチェンジまで行って助けを求めるしかないと思い,トラックを発進させた。被害者が携帯電話をかけたのを見ていたので,仲間のトラックが来たらまたかぶせられて停止させられ,酷い目に遭うと思い,恐怖心から時速95キロまで加速した。

⑤ 走行中,被害者の体勢は安定しており,落ちそうな様子はなかった。

⑥ ワイパーは1回だけ作動したが,偶然左手が当たって動いたのであり,意図的にしたのではない。

(3)  しかし,被告人の供述は,以下のとおり,その内容自体や関係証拠からみて不自然である。

① まず,赤塚パーキングエリア入り口付近において,被告人をわざわざ停止させた被害者らが,30秒以上もトラックから出てこず,被告人トラックが近くに来てからいきなり飛び出すなどという行動をとるとは考えられない。また,金曜日から土曜日にかけての深夜の東名高速道路は,比較的交通量が多いにもかかわらず(証人Cの公判供述,甲17),第1車線上で停止や徐行をするという危険な行為に及んだというのもやや不自然であるし,被害者らに停止させられていたとする約2分間もの間,抜いていく車は1台もなく,後方で待っていたとする供述は到底信用し難い。

② 赤塚パーキングエリア入り口付近から発進後の速度について,被告人は「体感的には徐行している感じでした。」などと供述するが,トラック運転手である被告人が,アクセルを踏んで時速40キロまで加速しながら,そのような感覚でいたとは考え難い。この点の供述は,捜査段階において,いったん「約10キロの速度」「いつでも止まれる速度」(乙4)などと供述していたところ,タコメーターの記録と矛盾が生じたため,つじつまを合わせたにすぎないと認められる。

③ その後いったん停止したとする点についても,ある程度の時間停止していればタコメーターに平坦な停止線が表れるはずであるが(甲24,53),被告人トラックのタコメーターの記録(甲24)はそうなっておらず,被告人が窓を開けて話し合いを試みたとは思われない。

④ 被告人トラックのワイパーは,スイッチをひねらない限り作動しない構造であり(甲29,48),手などが当たって偶然動くとは通常考え難い。被告人は,当公判廷において,捜査段階の実験では作動したかのような供述もしているが,その供述自体あいまいで変遷が多い上,関係証拠(甲29,30,乙5,押収してあるビデオテープ)からみても,実験では作動しなかったものと認められる。

⑤ その他,被告人の供述は,捜査段階におけるもの(乙3ないし5,8ないし10)と比較すると,赤塚パーキングエリア入り口に至るまで車線を変更した回数,同所での被告人トラックの停車位置,ワイパー作動ボタンに当たった左腕の箇所,当たった感覚を覚えているかどうか,停止を求められた理由について当時推測したこと,走行中の被害者に対する心情などに多くの変遷がみられるが,これらの変遷について合理的な説明はない。

(4)  以上によれば,被告人の供述は信用性に欠けるものというほかなく,これを採用することはできない。

これに対し,被害者及びBの公判供述は,内容も自然で,関係証拠に照らしても概ね矛盾する点はなく,信用性は高いものと認められる。

3  殺人の実行行為性について

(1)  被告人の行為は,フロント部に被害者がしがみついた状態のまま,深夜の高速道路において,まず約1.3キロメートルを,約1分30秒にわたり,最高速度時速約40キロメートルで走行し,続いて,約4.2キロメートルを,約4分間にわたり,最高速度時速約95キロメートルで走行したというものである。

(2)  被告人のトラックには,フロントガラスの上下にそれぞれ取っ手がついており,バンパーの幅は5センチメートルで,足踏み場所としてゴムが取り付けられている。足踏みゴムとヘッドライトカバーの間には4から4.5センチメートルの隙間がある。被害者は,足先をこの隙間に入れて右足を足踏みゴムに乗せていたが,それでも足の半分ほどしか乗せられず,左足は横向きにバンパーに乗せていた(A公判供述,甲14,28)。

被害者の態勢は,つかまる場所こそあるが,安定したものとはいい難い。

かかる状態において,上記のような速度で約5分30秒も走行した場合,ハンドル操作や路面の凹凸による振動,風圧,更に被害者に当然生じる心理的動揺を考え併せれば,それだけでも,転落により被害者が死亡する具体的危険性は十分認められる。被告人はワイパーを作動させ,その際被害者は足がはずれて宙づりになっているのだから,なおさらである。

(3)  したがって,被告人の行為は,客観的に殺人の実行行為に当たる。

4  被告人の故意について

本件の客観的態様や被害者の様子は既に述べたとおりであり,これを運転席で目の当たりにしていた被告人が,被害者が死亡する危険性を認識していなかったとは通常考え難いところである。

これに対し,被告人は,当公判廷において,被害者の態勢は終始安定しており,転落する危険性はないと思ったと供述するが,そのようなことを考える余裕はなかったとも供述しており,必ずしも明確なものではない。

他方,被告人は,捜査段階の一時期においては,被害者が死亡する危険性を認識していたことを認める供述をしている(乙1,3,4,8)。弁護人は,これらの供述について,理詰めの尋問や「免許を取り上げる。」という威嚇によってなされたものであるとして信用性を争っているが,その内容は,「Aさんを乗せて走っている時にAさんに対して,心の中で『落ちるなよ,落ちるなよ』等と言い聞かせておりました。」(乙3)など,具体的で自然なもので,客観的状況にも沿ったものであり,公判廷における供述と比較すると,その信用性は高い。

そうすると,被告人が被害者の死亡する危険性を認識していたことは明らかであり,かかる心理状態で運転を継続し,更にワイパーを作動させる行動にも出ていることからすると,被告人には,少なくとも殺人の未必の故意を認めるのが相当である。

5  正当防衛,過剰防衛,誤想防衛又は誤想過剰防衛の成否について

(1)  まず,正当防衛ないし過剰防衛について検討するに,被害者らの言動は既に述べたとおり,急迫不正の侵害に当たるものではないし,被害者らの公判供述からも,被害者らにそのような意図はなかったことが認められるから,正当防衛ないし過剰防衛は成立しない。

(2)  次に,誤想防衛ないし誤想過剰防衛について検討する。

① 被告人は,当公判廷や捜査段階において,被害者らから殴られたり蹴られたりする,更には殺されるなどと恐怖を抱き,助けを求めるために豊川インターチェンジまで走行したと供述する。

② しかしながら,被害者らの言動が被告人の供述するようなものでなかったことは,既に述べたとおりである。被害者らは,運転席のカーテンを閉めたりトラックから降りてこない被告人に対し,何か物を投げたのではないかと疑っていたこともあり,その言動に多少粗野な面があったと思われるが,それを考慮しても,通常直ちに暴行を加えられると誤想させるほどのものとはいえないし,被告人はキーをロックしてトラックの運転席にいたのだから,フロントガラスを破られでもしない限り,危害を受けることはない。

③ また,その後の被告人の行動には,かかる恐怖を感じたにしては不自然な点が余りにも多い。

まず,救助を求める方法としては,赤塚パーキングエリア入り口においてそのままパーキングエリアに入る,直ちに携帯電話で110番通報する(被告人は携帯電話を所持し,被害者が携帯電話で通報する姿も目の当たりにしており,思いつかなかったというのは不自然である。),4トントラックに止められようとした際これに従い,その運転手に事情を話すなど,ほかの手段はあったにもかかわらず,何も助けを求めないまま豊川インターチェンジまで走行している。

また,豊川インターチェンジ料金所において,確かに職員に110番通報を依頼しているが,直ちにではなく,3,4分ほどは何もせず停止している。その後,零時31分ころ,配送が遅れる旨勤務先に携帯電話で連絡し,6分後の零時37分ころ,ようやく自ら110番通報しているが(甲34),その内容も,「なんかちょっとトラブっちゃって,急に止められちゃったんですよ」(甲3)などという切迫感の乏しいものである。さらに,警察官が到着してからも,約5分間も降車しようとしなかった(甲1)。

これらの事情からすれば,被告人が現実に暴行を受けるかも知れないという切迫した危険を実際に感じていたとは考え難く,単に,何らかの交通トラブルで追及されることに漠然と恐れを抱き,それを避けようとしたにすぎないと推認される。

そうすると,被告人は,その主観面において,急迫不正の侵害と評価できるほどの危険を認識していなかったものといわざるを得ない。

④ したがって,本件には,誤想防衛ないし誤想過剰防衛も成立しない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法203条,199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

被告人は,本件の動機について被害者らを恐れたことを強調するが,その恐怖に対する対処として,被告人の行動は余りにも非常識である。被害者を車両前面の外部にしがみつかせたまま行われた,本件走行自体の危険性が高い上,ワイパーを作動させてその危険を増大させており,非常に悪質である。被告人は,トラック運転を職業とする者として,運転に伴う危険を十分認識して,安全運転に努める義務があり,その責任は一層重い。被害者には,落ち度といえる行動はなく,それにもかかわらず本件犯行により極めて大きな恐怖を感じさせられている。被告人は,一応反省を口にするものの,不合理で場当たり的な弁解を繰り返しており,真摯な反省は認め難い。このように,被告人の刑事責任は重大であるといわざるを得ない。

その一方,幸にも被害者は転落せず,何の傷害も負わなかったこと,被害者に対し,慰謝料として130万円が支払われ,示談が成立し,被害者は被告人を宥恕していること,被告人に殺人の確定的故意は認められないこと,これまで交通違反を除き前科前歴はないこと,被告人が扶養すべき妻と幼い子がいること,被告人の勤務先の社長が監督を約束していることなど,被告人にとって酌むべき事情もある。

以上を総合考慮し,今回に限り,刑の執行を猶予することとし,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役4年)

(裁判長裁判官 冨田守勝 裁判官 齋藤巌 裁判官 賴晋一)

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