名古屋地方裁判所豊橋支部 平成17年(ワ)255号 判決 2007年12月21日
原告
株式会社ミマス
上記代表者代表取締役
A
上記訴訟代理人弁護士
中村成人
被告
Y1
被告
Y2
上記被告両名訴訟代理人弁護士
寺部光敏
被告
Y3
被告
Y4
被告
Y5
被告
ネバーホワイトこと
Y6
被告
Y7
被告
Y8株式会社
上記代表者代表取締役
B
被告
Y9
上記被告両名訴訟代理人弁護士
宮谷隆
同
浜口厚子
同
大室幸子
主文
1 被告Y2は、原告に対し、101万7766円及びこれに対する平成17年7月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告Y2に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを50分し、その49を原告の負担とし、その余は被告Y2の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告らは、原告に対し、連帯して、4427万8986円及びこれに対する平成17年7月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、訴外農事組合法人渥美有機栽培協同組合(以下「渥美有機」という)に対する売掛金債権を有していた原告が、同債権の一部を被保全債権として、渥美有機の被告Y8株式会社(以下「被告Y8社」という)に対する売掛金債権を仮差押えしたところ、その後まもなく、いずれも渥美有機の理事である被告Y1、被告Y2、被告Y3、被告Y4及び被告Y5、渥美有機と同一の業務を「ネバーホワイト」の名称でやり始めた被告Y6、渥美有機と「ネバーホワイト」の唯一の経理担当者である被告Y7、渥美有機から農作物を購入していた被告Y8社並びに被告Y8社に在籍し渥美有機との取引の担当者であった被告Y9らが、従前渥美有機が行っていた仕入と出荷を全て「ネバーホワイトことY6」の名称ですることにし、被告Y8社に対する売上金の入金口座も変更するなどして原告のその後の執行を妨害したとして、被告らに対し民法709条に基づき、さらに被告Y8社に対しては被告Y9の使用者として民法715条1項に基づき、加えて、被告Y9及び被告Y8社を除くその余の被告らに対しては、農事組合法人の理事としての損害賠償責任に基づき、原告の被った損害金とこれに対する仮差押えの目的たる債権を本執行して回収した日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。
第3前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
1 当事者
(1) 被告Y1(以下「被告Y1」という)、被告Y2(以下「被告Y2」という)、被告Y3(以下「被告Y3」という)、被告Y4(以下「被告Y4」という)及び被告Y5(以下「被告Y5」という)は、いずれも渥美有機の理事である(甲1号証、被告Y1本人、被告Y2本人、被告Y3本人、被告Y4本人、被告Y5本人)。
(2) 被告Y6(以下「被告Y6」という)は、被告Y2の息子で、「ネバーホワイト」の屋号で農産物の生産・販売をしていた者であり、被告Y7(以下「被告Y7」という)は、被告Y2の姉である(被告Y2本人、弁論の全趣旨)。
(3) 原告は、渥美有機に農作物を販売していた業者である(原告代表者)。
(4) 被告Y8社は、渥美有機が扱う全農作物の8割程度を購入していた業者(渥美有機の超大口得意先)である(甲2号証、被告Y9本人、弁論の全趣旨)。
(5) 被告Y9(以下「被告Y9」という)は、被告Y8社に在籍し、渥美有機との取引を担当していた者である(争いがない)。
2 被保全債権の存在
原告は、渥美有機に対し、平成13年12月17日から平成15年5月30日までの間に売り掛けた農作物の売掛金債権4668万5451円及びこれに対する平成16年5月9日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金債権(以下「本件債権」という)を有していた(名古屋地方裁判所豊橋支部平成16年(ワ)第131号売掛金請求事件、平成17年1月13日判決)(甲3号証、原告代表者)。
3 本件債権の一部回収
(1) 原告は、平成16年4月13日、本件債権の一部(2000万円)を被保全債権、渥美有機の被告Y8社に対する売掛金債権のうち、同年3月1日から平成17年3月1日までの間に弁済期が到来するものを仮差押債権とする仮差押決定(名古屋地方裁判所豊橋支部平成16年(ヨ)第20号)を得、同仮差押決定は、平成16年4月14日被告Y8社に、同月17日渥美有機に、それぞれ送達された(以下「本件仮差押え」ともいう)(甲4号証、原告代表者、弁論の全趣旨)。
(2) 原告は、本件仮差押えの目的たる債権を本執行することにより、平成17年7月27日、600万0587円を回収した(甲3号証、5号証、弁論の全趣旨)。
(3) 本件債権について、上記回収時において、督促費用として、印紙代16万1000円、郵券6700円、執行費用として1万1350円、平成16年5月9日から平成17年7月27日までの間の遅延損害金341万5072円が発生していたところ、上記600万0587円を、民法491条1項に基づき費用・利息・元金の順に充当すると、残元本は計算上4427万8986円となる(弁論の全趣旨)。
第4争点
1 被告ら9名の共同不法行為(執行妨害行為)の成否。
2 被告Y1、被告Y2、被告Y3、被告Y4及び被告Y5は、農事組合法人の理事として、原告に対し損害賠償責任を負うか否か。
第5争点に関する当事者の主張
1 原告の主張
(1) 上記仮差押決定後、まもなくして、被告ら9名は、これまでのように、渥美有機が被告Y8社に農作物を売り続けていたのでは、その売掛金債権が、原告の得た上記仮差押決定の目的となり、また、本件債権の残部(2668万5451円と遅延損害金)を被保全債権とする新たな仮差押決定の目的となりかねないことから、これらを妨害する目的で、次のような工作をした。
① 平成16年5月13日、蒲郡信用金庫に「NEVER WHITE Y6」(以下「ネバーホワイト」ともいう)名義の口座を開設し、以後の渥美有機の被告Y8社への売上金は、同口座に入金させることとした。
② また、そのころから、渥美有機の事務所・機材等に「NEVER WHITE」の表示を掲げ、渥美有機の事務所・機材や従業員をそのままネバーホワイトの名前で使い、渥美有機の業務を事実上ネバーホワイトでやるようになった。
③ 渥美有機が被告Y8社に売るという取引形態も、そのままでは具合が悪いことから、同年5月20日以降、夢市場株式会社(以下「夢市場」という)の帳合を使って、「NEVER WHITE Y6」が夢市場に売り、夢市場が被告Y8社に売った形にして、直接、被告Y8社の名前が出てこないようにする取引形態にした。
④ その上で、被告Y8社は、夢市場の名前を借りて、上記①記載の口座に次のとおり入金した。
ア 平成16年6月4日 380万円
イ 同年6月25日 750万円
ウ 同年7月5日 199万1645円
エ 同年7月30日 99万9580円
オ 同年8月5日 139万9580円
カ 同年8月10日 59万9580円
⑤ その後、被告Y8社は、夢市場の帳合を外し、直接、「NEVER WHITE Y6」から仕入れる取引形態にした。
(2) 被告らが、上記(1)のような執行妨害工作をしなければ、原告の得た上記仮差押決定は、目的債権(渥美有機の被告Y8社に対する売掛金債権のうち、平成16年3月1日から平成17年3月1日までの間に弁済期が到来するものが仮差押債権)を失うことなく、被保全債権(2000万円)の限度まで保全でき、その後、本件債権の残部(2668万5451円と遅延損害金)についても、同様の仮差押えをしてその分も保全し、本執行を得て、本件債権全額を回収できたはずである。
(3) 被告ら9名の責任
よって、被告らは共同不法行為に基づき、さらに、被告Y8社は被告Y9の使用者として民法715条1項に基づき、原告の受けた前記損害を賠償する責任がある。
(4) 被告Y1、被告Y2、被告Y3、被告Y4及び被告Y5の農事組合法人の理事としての責任
① 被告Y1、被告Y2、被告Y3、被告Y4及び被告Y5は、農事組合法人の理事であるから、その職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったときは、第三者に対し連帯して損害賠償の責めに任ずる(旧農業協同組合法73条2項、33条3項)。
② したがって、上記被告らが上記執行妨害工作に自ら関与しているときは悪意による損害賠償責任が発生することは勿論、仮に自ら直接には関与していない場合であったとしても、以下のとおり、重過失により監視義務懈怠の責任を免れない。
すなわち、渥美有機においては、(ア)上記執行妨害工作の数年前から、真実の財務状況や取引の内容を反映しない帳簿及び決算書の作成がなされ、取引先にいつ何時被害を与えかねない状況にあり、(イ)平成13年10月ころから平成14年10月ころまでの間には、株式会社物産アグリリテールシステムズ(以下「物産アグリ」という)と本来の取引量を上回る数量を取り引きしたことにする不明朗な取引をして、平成15年9月1日には、同社に1億9187万4946円もの負債のある状況を生みだし、取引先にさらなる被害の危険性を生ぜしめたのに、これらの業務の監視を怠り、その上で、(ウ)平成16年5月20日ころ、前記のような、渥美有機の業務を事実上「NEVER WHITE Y6」でやるという渥美有機にとっては廃業もどきのことをも黙認し、かつ、それは、(エ)刑法96条の2の強制執行妨害罪(仮差押決定の執行を含むと解されている。)にも該当しかねない重大な違法行為であったのであるから、理事としての監視義務懈怠も甚だしい。
よって、上記執行妨害工作に自ら関与しない理事がいたとしても、重過失による監視義務懈怠の責任を免れない。
2 原告の主張に対する被告らの認否及び反論
(被告Y1、被告Y2、被告Y7及び被告Y6)
(1) 原告の主張(1)ないし(4)は争う。
(2) 被告Y1、被告Y2、被告Y7及び被告Y6の反論
ア 本件で、被告Y8社に対する販売が当初は渥美有機を経て行われ、その後はネバーホワイトを経て行われたことは事実であるが、この点は、執行妨害ではなく、生産者としての当然な合理的な選択の結果である。
イ そもそも、渥美有機は、自らが農産物を生産していたわけではなく、生産者の生産する農産物を取りまとめ、被告Y8社に販売していたに過ぎず、被告Y8社から回収した生産物の代金で生産者への支払をしていた。そして、原告の本件仮差押えにより、被告Y8社から渥美有機への代金の支払いがなされなくなり、その結果、渥美有機が生産者に生産物の代金の支払ができなくなったため、生産者が渥美有機に農産物を出荷しなくなったものであり、生産者として当然の選択の結果であって、渥美有機そのものによる執行妨害ではない。
ウ 原告の主張を前提とすれば、生産者は代金が払われないことを承知で渥美有機に出荷を続け、原告の強制執行が成り立つように協力をしなければならないということになるが、生産者は債務者ではないから、自らの労働でもって、損失を出すことを承知の上で、原告の渥美有機に対する強制執行が成り立つように協力しなければならない義務はない。
(被告Y3)
原告の主張(1)ないし(4)は全て否認する。
(被告Y4及び被告Y5)
原告の主張(1)ないし(4)は全て争う。
(被告Y8社及び被告Y9)
(1) 原告の主張(1)の冒頭部分は否認する。
同①のうち、蒲郡信用金庫に「NEVER WHITE Y6」名義の口座を開設したことは不知。渥美有機の被告Y8社に対する売上金を前記口座に入金させることとしたとの点は否認する。被告Y8社は、平成16年5月13日以降に発生した渥美有機に対する買掛金についても、従前同様、全額、渥美有機に支払っていた。
同②は不知。
同③ないし⑤については否認し争う。
(2) 原告の主張(2)は否認し争う。被告Y8社及び被告Y9は、執行妨害工作を一切行っていない。
(3) 原告の主張(3)は争う。
(4) 被告Y8社及び被告Y9の反論
ア 被告Y8社と渥美有機との間の取引基本契約においては、渥美有機が差押え又は仮差押えを受けた場合、被告Y8社は即時に契約を解除できる旨が定められている(乙1号証、第12条3号)。被告Y8社は、高品質の農産物を安定的に供給しうる仕入先のみを選択して取引を行っており、仕入先が生産農家等への支払を遅滞したことにより仮差押え・差押え等を受けた場合、当該仕入先については農作物の安定的供給が困難であると判断されるため、かかる仕入先と継続的な商取引ができないのは当然である。被告Y8社が、渥美有機が仮差押えを受けた後、まもなく渥美有機との取引を停止して仕入れを打ち切ったことは、正当な経営判断であって、何ら執行妨害行為に該当しない。
イ そもそも、契約自由の原則の下、被告Y8社は取引先選択の自由を有しており、被告Y8社が渥美有機に対して発注を継続しなければならない義務はない。ましてや、渥美有機との取引停止は、渥美有機が生産農家から仮差押えを受けたという正当な理由に基づくものであり、原告に対する執行妨害行為に該当しないことは勿論、いかなる不法行為をも構成しない。
このことは、被告Y8社の従業員である被告Y9においても同様である。
ウ 被告Y8社は、有機農業を普及させて各家庭に安全で栄養価の高い農産物を行き渡らせることを究極の目的としている。そのために、有機農業に理解のある農家を流通面で支えるべく、供給農家から安定的に購入を行って経済面でサポートするとともに、販売の市場を広く各家庭に求め、もって良質な農産物の需要・供給を好循環させて、そこにビジネスチャンスを見出すことを企図している。
農事組合法人である渥美有機は、いわゆる農協と同様に生産農家を糾合した生産者団体として活動していた。したがって、渥美有機が売掛金債権の仮差押えを受けるなどして現金収入が受けられなくなれば、各生産農家自身が渥美有機から支払を受けられなくなり、最終的には、渥美有機が生産農家から農作物の仕入れを行い得なくなるから、渥美有機の被告Y8社に対する農作物の安定的供給に支障をきたすことは必定である。他方、かような事態が生じても、渥美有機を構成していた各生産農家は、農業生産活動を継続している以上、渥美有機以外の出荷先を求めて営業を続けることになる。被告Y8社が、良質な農産物の安定的な供給が確保できる限り、直接あるいは夢市場を通じてこれらの生産農家から仕入れを行うことは、健全な営業活動の一環であり、また、有機農業に理解のある農家を支援するという被告Y8社の経営理念にも資することにもなる。
本件において、被告Y8社が、仮差押えを受けた渥美有機との取引を停止し、一方で、夢市場を通じてネバーホワイトへの発注を行うことも、被告Y8社の健全な営業活動の一環であり、何ら執行妨害に該当するものではないし、そもそも、仮差押え対象債権の消滅を企図して行った行為では全くない。
エ 原告は、平成17年7月中旬ころ、被告Y8社に対し、原告の渥美有機に対する債権を回収するために、ネバーホワイトと被告Y8社との取引を仲介する事務局として取引に関与したい旨申し入れている。当該申し入れの際、原告は、被告Y6とネバーホワイトとの取引が原告に対する執行妨害に当たるなどという主張は一切行っていなかったのであり、原告自身も、被告Y8社によるネバーホワイトからの仕入れが、執行妨害ではない通常の取引と認識していたものである。
3 被告Y1の抗弁(免責許可決定の確定)
被告Y1は、破産者であったところ、平成18年9月5日、名古屋地方裁判所豊橋支部から免責許可決定を受け、同決定は平成18年10月5日確定した。
4 被告Y1の抗弁に対する原告の認否
争う。
第6当裁判所の判断
1 本件の経緯について
前記前提事実、<証拠省略>及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(1)ア 渥美有機は、被告Y1及び被告Y2らが中心となって、平成5年5月18日、組合員の生産物の販売に関する事業等を目的として設立された農事組合法人である。渥美有機は、生産者から買い取った農産物を外部に販売し、入金された販売代金の中から生産者に農産物の代金を支払っていた。
イ 本件仮差押えがなされた平成16年4月当時、渥美有機の登記上の理事は、被告Y1、被告Y2、被告Y3、被告Y4及び被告Y5であり、理事長は被告Y1とされていたが、経営の実権は被告Y2が握っていた。また、渥美有機の経理関係は、被告Y7が担当していた。
(2) 被告Y1は、渥美有機が設立された当初からの理事であるが、理事としての報酬は得ておらず、ほぼ毎日出勤して、他の従業員と同様、渥美有機の畑や自己の畑で作付けや収穫などの農作業に従事していた。また、平成16年当時、渥美有機の経営への実質的な関与はしておらず、経理内容も把握しておらず、本件仮差押えがなされたことさえ知らなかった。
(3)ア 被告Y3は、被告Y1及び被告Y2らから農事組合法人を設立するについての協力を求められ、家畜に与える微生物製剤の販売会社に勤務していたことから、その知識を生かして渥美有機の設立に協力をしたが、当初は理事に就任せず、その経営や経理関係にも関わらないで、渥美有機の販売先の開拓や納品用の車の運転など営業関係の仕事を担当してきた。しかし、被告Y3は、販売先の開拓をする上で理事という肩書があった方が販売先に対して立場を説明する上でやりやすいとの理由で、平成8年9月30日、理事に就任し、平成13年ころまで理事として月約10万円の報酬を得ていた。
イ 被告Y3は、渥美有機での上記業務を行う一方で、渥美有機の出荷先である物産アグリ(三井物産の子会社である。)の契約社員として同社本部長の肩書を有し、同社のためにも活動していたところ、渥美有機が物産アグリに対して多額の負債を負うに至ったことから、平成14年12月、物産アグリを退職し、渥美有機とも関わらなくなった。その後、平成15年9月1日現在の渥美有機の物産アグリに対する負債額は、1億9187万4946円に達していた。
ウ 被告Y3は、本件債権に関する原告の渥美有機を相手とする前記売掛金請求事件(前記第3の2)の裁判において、被告Y2に依頼されて渥美有機の代表者理事として出廷し、原告の主張する金額について争う旨の被告Y2の作成した準備書面を提出するなどの訴訟活動を行った。
エ 被告Y3は、渥美有機と被告Y8社との取引状況は知らなかった上、被告Y2から、被告Y6に将来ネバーホワイトを設立させる予定がある旨を聞いたことがあるものの、ネバーホワイトの業務内容については知らなかった。
オ 被告Y3は、渥美有機の理事に就任した後、長年にわたって理事会が開催されていないことを知りながら、渥美有機に対し、平成15年及び平成16年に理事会の開催を要求したことはなく、決算書の開示を要求したこともないなど、経営状態をチェックすることはなかった。
(4)ア 被告Y4及び被告Y5は、いずれも、平成8年ころ、被告Y2から渥美有機の理事になってほしいと頼まれ、渥美有機に野菜を出荷したり、被告Y2が農業の後輩でもあった関係から、これに協力することにし、名前だけの理事になるつもりで、平成8年9月30日、理事に就任した。
イ 被告Y4及び被告Y5は、渥美有機の経営や経理関係に関与せず、渥美有機の具体的な業務内容や詳しい出荷先は分からず、被告Y8社へ出荷していることは知ってはいたものの、その農産物の種類や出荷量は知らなかった。また、渥美有機と原告との取引状況やネバーホワイトのことも知らなかった。
ウ 被告Y4及び被告Y5は、それぞれ、上記理事就任後、被告Y2に対し理事会の開催を要求したことがあったが、正式な理事会が開催されることはなかった。また、被告Y4及び被告Y5は、いずれも、渥美有機の決算書を見たことはなく、理事としての報酬を受け取ったこともなかった。
(5) 被告Y9は、平成4年、被告Y8社に入社し、平成16年当時は、商品本部農産部農産仕入課長として、全国からの農産仕入れについて管理調整を任されており、渥美有機からの仕入れも担当していた。
(6) 有限会社産福(以下「産福」という)は、被告Y2や被告Y1から買い取った農産物や、仕入れた農産物を渥美有機に出荷する会社であり、その代表取締役は被告Y2であった。
(7) 渥美有機は、前記のとおり、物産アグリとの取引に失敗し、多額の負債を負ったことから、農産物の仕入先である原告への買掛金の支払いが滞る状況となったため、被告Y2が原告の担当者と話し合った結果、渥美有機が原告に農産物を出荷し、それで原告の渥美有機に対する売掛金を解消することになった。そして、以後、渥美有機が月々500万円程度の農産物を原告に出荷するようになったが、天候に左右されたり他の出荷先との兼ね合いから、原告に農産物を順調に出荷できなかった。
(8) 被告Y8社は、会員に農産物を販売する年間150億円以上の売上げを有する株式会社であり、渥美有機の取引先としては最も優良な会社であったところ、平成15年9月、渥美有機に対し、同年11月以降4か月間の買掛金と相殺するという返済計画を立てさせた上で、500万円の貸付けを行った。しかし、同年の冬は例年に比べて冷え込みが厳しく、農産物の出荷が予定よりも遅れたため計画通りの返済を受けられず、平成16年2月末の渥美有機に対する貸付金残高が175万円あったものの、一月遅れで500万円全額を回収した。
(9)ア 平成16年4月13日、原告の渥美有機に対する本件仮差押えがされたが、その当時、渥美有機は、自己の畑で収穫した農産物やa農園(C)や被告Y4などの生産者から仕入れた農産物を販売していて、月1000万円程度の売上があり、その売上額の約9割を被告Y8社が占めていた。そのため、本件仮差押えにより被告Y8社に対する売掛金が入金されなくなったことで、渥美有機の経営が困難となり、被告Y2や被告Y7の収入も減少してその生活も困難となった。そして、渥美有機の実質的経営者の被告Y2と経理担当の被告Y7は、本件仮差押え決定を受け、「このままだと売上げを全部原告にとられてしまう。支払ができなくなってしまう。なんとかしなければ。」などと話すことがあった。
イ 本件仮差押え当時、渥美有機と産福は、事務所や出荷場が同じ所にあり、渥美有機の従業員としてD及びパートのEが、産福の従業員としてはF(以下「F」という)がいたが、これら3名は、いずれも、渥美有機が借りた畑で、作付け・農薬散布・収穫・荷造り・出荷などの農作業をしていた。
(10)ア 被告Y9は、被告Y8社が本件仮差押命令の送達を受けた後、被告Y2に電話をかけ事情を確認したところ、渥美有機の原告に対する買掛金の支払が滞っていたので原告から仮差押えを受けたことが分かった。そこで、被告Y9は、渥美有機と被告Y8社との間で締結されている青果物取引基本契約第12条3項で渥美有機が仮差押えの申立てを受けたときには直ちに同契約を解除することができる旨規定されていることから、被告Y2に対し、このままでは被告Y8社と渥美有機の取引を継続することはできない旨伝えると、被告Y2から、「原告と交渉してみるからちょっと待って欲しい。」旨頼まれたため、これに応じて少し待つことにした。
イ その後、平成16年5月のゴールデンウィークころ、被告Y2は、一人で被告Y8社を訪れ、「原告との交渉がまとまらなかったので被告Y8社との取引をやめざるを得ない。」旨報告したため、被告Y8社も、もはや渥美有機から安定的に質の高い農作物の仕入れを行い得なくなると判断し、渥美有機との取引を停止することに決めた。
しかし、被告Y2は、収入を得るため、息子の被告Y6に有機栽培した農産物を出荷する団体を新たに設立させ、その団体を使って農産物を出荷しようと考え、被告Y9に対し、「息子の被告Y6らが新しい若い世代の団体を作るので、そのときはよろしく。」と伝えた。被告Y2から、以前から息子らの若い世代で新しい団体を作りたいという話を聞いていた被告Y9は、近日中にそのような団体を立ち上げるのではないかと予測した。
(11) 被告Y2が被告Y8社を訪れた数日後、被告Y9は、被告Y2から電話で、「息子がネバーホワイトという団体を立ち上げた。ネバーホワイトと取引をしてほしい。」旨依頼された。被告Y9は、被告Y8社としても若い世代の団体を支援したいと考えたが、被告Y8社がネバーホワイトから直接商品を受け入れるための取引口座がなかった。そこで、被告Y9は、被告Y8社の取引先の一つで被告Y8社と同じような有機栽培の農産物などを扱う夢市場の社長と被告Y2が古いつきあいであることを知っていたことから、被告Y2に対し、被告Y8社との間で既に取引口座が開設されている夢市場にネバーホワイトから農産物を出荷してみるよう提案した。
(12) その後、被告Y2は、被告Y6及びFと共に、夢市場の社長、社長室の社員、商品卸本部長及び夢市場の子会社の株式会社にんじんの商品部課長らと面談し、協議の結果、ネバーホワイトの関係する取引について、中間に夢市場を介在させること、金の流れは「被告Y8社、夢市場、ネバーホワイト被告Y6」の順に、出荷物の流れは「ネバーホワイト被告Y6、夢市場、被告Y8社」の順とすることが決められた。
(13) 上記決定後、被告Y2は、ネバーホワイトの名義で口座を開設することにし、平成16年5月13日、ネバーホワイトのことを知らない被告Y1に、事前の相談もなく、いきなり、「ネバーホワイトを立ち上げるので一緒に金融機関に行って欲しい。」旨頼み、被告Y1を連れ、被告Y7及び被告Y6らと共に蒲郡信用金庫渥美支店に赴き、「NEVER WHITE Y6」名義の普通預金口座を開設した。
上記ネバーホワイトの口座には、開設後、いずれも夢市場から、平成16年6月4日380万円が、同年7月5日199万1645円が、同年7月30日99万9580円が、同年8月5日139万9580円が、同年8月10日59万9580円が、それぞれ振込入金されている。
(14) ネバーホワイト設立後、平成16年5月19日ころから、ネバーホワイトを農産物の受注者、夢市場を農産物の発注者とし、被告Y8社が夢市場からその農産物を仕入れる形態の取引が行われるようになり、以後の取引は全て、渥美有機ではなくネバーホワイトの名称で行われるようになった。こうして、農産物の出荷の流れは、「ネバーホワイト、夢市場、被告Y8社」の順で、代金の流れは、「被告Y8社、夢市場、ネバーホワイト」の順となった。そして、渥美有機は、平成16年5月下旬ころから休業状態となった。
(15)ア ネバーホワイトは、代表者の名義が被告Y6であったが、その実質的な経営は被告Y2が行い、被告Y7が上記口座開設の直後からネバーホワイトの通帳を預かり、出金手続に関与するなどして経理関係を担当するようになった。
イ ネバーホワイトが用いる取引先への発注書、納品書、請求書などの用紙類は、渥美有機が使用していたものがそのまま使われ、事務所や倉庫、運搬用リフト、什器・備品も、渥美有機のものをそのままネバーホワイトが使い、農作物を収納するコンテナにはネバーホワイトの名称を掲示し、渥美有機の従業員Dや産福の従業員Fらが耕作する畑や農作物に変更はなく、同人らの仕事内容も渥美有機が営業していたときと同様で変わりはなかった。
ウ 渥美有機は、耕作畑や作付作物、その出荷予定時期について半年単位の作付計画を被告Y8社に提出していたが、その作付計画や栽培管理カードなどの書式はネバーホワイトでも使われた。
エ 渥美有機が収穫した農産物やa農園(C)及び被告Y4らから仕入れていた農産物についても、ネバーホワイト設立後はネバーホワイトで被告Y8社に販売するようになり、渥美有機が使っていた事務所、作業場及び出荷場などもネバーホワイトが使うようになった。
(16) 産福は、平成16年5月25日、渥美有機が被告Y8社に卸売りした農作物の中には、産福が渥美有機に卸売りしたものが相当部分あると主張して名古屋地方裁判所豊橋支部に債権差押及び転付命令の申立てをし、同支部は、平成16年6月3日、同申立てに基づき、産福が平成16年2月1日から同年5月17日までの間に渥美有機に売り渡した農産物に係る代金債権の弁済に充てるため、動産売買の先取特権(物上代位)に基づき、渥美有機が被告Y8社に対して有する売買代金債権〔原告の行った前記仮差押えに係る仮差押債権の相当部分(平成16年3月1日から同年5月17日までの売掛金1898万2234円)のうちの1226万6605円〕を差し押さえ、その差し押さえた債権を産福に転付する旨の債権差押及び転付命令をした。そして、被告Y8社は、同命令に従い、平成16年6月25日、上記1226万6605円を産福に支払った。
(17)ア 被告Y9は、平成16年6月ころ、Fや渥美有機のパート従業員のE、生産者のCなどから、賃金や作物の代金が支払われていないのでそれらを被告Y8社に支払ってほしい旨の電話が直接被告Y8社にかかってきたことから、何かのトラブルの種になりかねないと心配し、その事情を確認するためと、ネバーホワイトの畑の栽培状況を確認する目的で、渥美町を訪れた。
イ そして、被告Y9は、上記Cに会って、農産物の代金は一部支払い済みで残りも支払われる見込みであることを確認し、この件は特に大きなトラブルにはならないだろうと判断し、また、Cの農作物の栽培内容の確認などもした。さらに、このとき、被告Y9は、被告Y2にも会い、ネバーホワイトの畑の作物の栽培状況の説明を受けたが、原告の仮差押えに関する話題は出なかった。
(18) 原告の代表取締役A(以下「A」という)は、被告Y9が渥美町を訪問した直後の平成16年6月8日、被告Y8社を訪問して被告Y9と面会し、渥美有機がネバーホワイトの名前で仕入・売上をするようになったため原告の行った本件仮差押えの効力が及ばなくなって困っている旨問い質したところ、被告Y9は、「若い芽を育てるためには、渥美有機や被告Y2たちが巨額の負債を抱えていたのではいけない。これを被告Y6がそのまま引き継いだのでは、若い芽を摘んでしまうことになる。そのため、全く新しくネバーホワイトの名前で商売をやるということを了解した。」旨答えた。そこで、Aは、被告Y9に対し、「原告を被告Y8社とネバーホワイトの取引の間に入れ、毎月、被告Y8社とネバーホワイトとの取引量の1割程度に相当する一定額(マージン)を原告の渥美有機に対する売掛金の返済金額に充てるようにしてほしい。」旨提案した。これに対し、被告Y8社では、生産者と仲介業者の関係が悪化していれば品質管理等に問題が生じると考えたことから、被告Y9が、Aに対し、「原告が取引に介入することをネバーホワイトが拒むようであれば当社も応じられないが、ネバーホワイトが了承するのであれば、当社も原告の申出に応じる。」旨を伝えた。
その際、被告Y9は、Aに対し、「被告Y8社とネバーホワイトとの取引について、第三者から苦情が出るような事態が生じているのであれば、被告Y8社としてはネバーホワイトとの取引を停止することも考える。」旨伝えたところ、Aは、「それでは債権を回収できる可能性がなくなるので困る。原告を通して手数料が入るのであれば、被告Y8社とネバーホワイトの取引は打ち切らないで続けてほしい。」旨頼んだ。
(19) その後、被告Y2は、Aから、「ネバーホワイトが支払う金について、まず原告が受けとって渥美有機に対する売掛金の支払に充てることを了解して欲しい」旨依頼されたが、被告Y2は、渥美有機の買掛金はあくまでも渥美有機の買掛金であるから、そういう依頼を受け入れる理由はないとして、断った。その結果、結局、原告を被告Y8社とネバーホワイトの取引の間に入れるというAの上記提案は実現されないまま終わった。
(20) 産福は、平成16年6月21日、渥美有機に2085万7736円の売掛金債権があると主張して支払督促(同年7月14日仮執行宣言付与)を得た上、これに基づき、同年8月16日、原告のした前記仮差押に係る仮差押債権の残存部分671万5629円について差押えをした。そのため、差押えが競合することとなり、異議のあった原告は、平成16年10月、産福を相手に配当異議訴訟を上記支部に提起し、その結果、平成17年7月20日、和解が成立し、原告が上記671万5629円のうち、600万0587円を回収することができた。
(21) 被告Y8社は、平成16年11月ころから、ネバーホワイトについて、夢市場を通してある程度の実績を確認できたことと、ある程度の規模もあるし、栽培内容も間違いないということを確認できたため、直接取引の方が情報のやり取り等もスムーズに行くし、その方が望ましいとして、夢市場と打ち合わせの上、ネバーホワイトから直接農産物を仕入れるようになった。
(22) 被告Y8社は、平成17年6月、ネバーホワイトに対し、翌月以降の買掛金と相殺するという返済計画を立てた上で、700万円の貸し付けを行ったが、被告Y6が後記のとおり夜逃げをしたため、結局、一部については貸し倒れになった。
(23) 被告Y2、被告Y6及び被告Y7は、平成17年8月、夜逃げをした。
2 被告Y2、被告Y6及び被告Y7に対する請求について
(1) 被告Y2に対する請求について
ア 前記認定事実によれば、渥美有機を実質上経営していたのは被告Y2であり、ネバーホワイトを実質上経営していたのも被告Y2である。しかも、前記2の(9)のような渥美有機が本件仮差押えを受けた後の被告Y2の言動、(10)記載の被告Y9との折衝経過や新しい若い世代の団体を作る旨の言動、(11)記載のネバーホワイトと被告Y8社との取引を依頼したこと、(12)の夢市場の社長らとの協議内容、(13)のネバーホワイトの口座開設への関与状況や同口座への入金状況、(15)のようなネバーホワイトと渥美有機との書類や従業員の共通性などを総合して検討すると、被告Y2は、渥美有機が本件仮差押え後も被告Y8社に農作物を売り続けていたのでは、その売掛金債権が本件仮差押え決定の目的となってしまうため、これを妨害する意図でネバーホワイトを設立したものと推認することができる。そして、このことは、原告に対する不法行為を構成するものということができる。
イ 原告に与えた損害額について
原告は、本件債権の一部2000万円を被担保債権とし、渥美有機の被告Y8社に対する売掛金債権のうち、平成16年3月1日から平成17年3月1日までの間に弁済期が到来するものを仮差押債権として仮差押えしたのであるから、上記執行妨害による損害は最大でも2000万円であるというべきである。
原告は、本件仮差押え後、さらに、本件債権の残部2668万5451円と遅延損害金についても同様の仮差押えをしてその分も保全し、本執行を得て、本件債権全額を回収できたはずてある旨主張するが、それは、本件仮差押え後、本件債権の残部についても同様の仮差押えができる可能性があったというに過ぎず、渥美有機と被告Y8社との取引状況や渥美有機の他の債権者が差押えをするかどうかの動向にも左右されることを考えると、原告が実際に本件債権全額が回収可能であったということはできない。
そして、平成16年5月時点で、本件仮差押えに係る売掛金債権額は、前記のとおり1898万2234円であるところ、前記認定事実(16)記載のとおり、産福が上記売掛金のうち、1226万6605円については動産売買の先取特権に基づく物上代位として債権差押及び転付命令を得て回収し、残りの671万5629円については、前記認定事実(19)のとおり産福が差し押さえたため、原告が配当異議訴訟を提起し、和解により、原告がそのうち600万0587円を回収したのである。したがって、上記2000万円から1898万2234円を差し引いた101万7766円が、本件仮差押え自体によって得られるはずであった損害ということができる。
(2) 被告Y6に対する請求について
前記認定事実のとおり、被告Y6は、被告Y2の息子であり、ネバーホワイトの名目上の代表者となったこと、被告Y2及び被告Y7とともに蒲郡信用金庫渥美支店に赴き、ネバーホワイトの口座開設をしたこと、夢市場の社長らとの協議の場には同席し、被告Y8社とネバーホワイトの取引の中間に夢市場を入れることを知っていたことは認められる。しかし、被告Y6は、渥美有機の経営や経理関係に関わってはいないことが認められる上、ネバーホワイトの実質的な経営に関与したと認めるに足る証拠もない。したがって、本件仮差押えの執行妨害行為として原告が主張する事実に関して、被告Y6の関与が上記の程度に止まることからすれば、被告Y6について不法行為は成立しないといわざるを得ない。
(3) 被告Y7に対する請求について
前記認定事実のとおり、被告Y7は、被告Y2の姉であり、渥美有機の経理を担当していたこと、本件仮差押え決定を受け、前記2の(9)アのとおりの言動があったこと、ネバーホワイトの口座開設のため、被告Y2及び被告Y6とともに信用金庫に赴いたこと、同口座開設後、ネバーホワイトの通帳を預かり、出金手続をするなどネバーホワイトの経理を処理していたことは認められる。しかし、被告Y7がネバーホワイト設立の経緯をどの程度認識していたかや、被告Y8社、夢市場及びネバーホワイトの関係をどの程度把握していたかは未だ判然としない部分があるといわざるを得ない。したがって、本件仮差押えの執行妨害行為として原告が主張する事実に関して、被告Y7の関与が上記の程度であることからすれば、被告Y7について不法行為は成立しないといわざるを得ない。
3 被告Y1、被告Y4、被告Y5及び被告Y3に対する請求について
(1) 被告Y1に対する請求について
ア 前記認定事実によれば、被告Y1は、渥美有機設立時からの理事であるが、平成16年当時は、渥美有機の経営への実質的な関与はしておらず、経理内容も把握しておらず、本件仮差押えがなされたことさえ知らなかった上、被告Y2にいきなり言われてネバーホワイトの口座の開設をしたとはいえ、普段はほぼ毎日出勤して農作業に従事していたのであり、それ以上に原告の主張する執行妨害工作に関与したという証拠はない。したがって、被告Y1には不法行為は成立しない。
イ 前記認定事実によれば、被告Y1は、被告Y2とともに渥美有機を中心となって設立し、当初から理事に就任し、理事長の地位にあったこと、しかし、渥美有機は被告Y2が実質上経営し、被告Y1は経理内容も全く把握しておらず、毎日出勤して、他の従業員と同様、農作業に従事していたこと、本件仮差押えがなされたことも知らなかったこと、理事としての報酬も受けていないことが明らかである。
ところで、農事組合法人の理事は、組合の業務執行の全般についてこれを監視し、必要があれば臨時総会を招集し、総会等を通じて農事組合の業務の執行が適正に行われるようにするべき職責を有するものである。
しかし、前記認定事実によれば、渥美有機はその実質においては被告Y2及び被告Y7の家族経営と同視すべきものであり、その経営の一切を被告Y2が実質的に取り仕切っていたこと、被告Y1の渥美有機での地位や就労状況、被告Y1と渥美有機の関わり合いの状況、さらに被告Y1が理事に就任してから本件仮差押えがなされるまでには約11年近い年月があること、この間、被告Y1は無報酬であったことを考えると、本件において、被告Y1に対し理事としての職責を尽くすよう求めることは困難であると認められるから、渥美有機を実質上経営していた被告Y2が前記認定のような経緯でネバーホワイトを設立して被告Y8社と取引を開始したことについて、被告Y1が渥美有機の理事としての職務を行うにつき故意又は重大な過失があったものということはできない。
ウ したがって、被告Y1の免責許可決定の有効性を判断するまでもなく、被告Y1には不法行為が成立せず、また、農事組合法人の理事としての損害賠償責任はないというべきである。
(2) 被告Y4及び被告Y5に対する請求について
ア 前記認定事実によれば、被告Y4及び被告Y5は、いずれも、渥美有機の出荷先に被告Y8社があることは知っていたものの、その農産物の種類や出荷量は知らず、渥美有機と原告との取引状況やネバーホワイトが設立されたことは知らなかったというのであり、原告の主張する執行妨害工作に関与したという証拠もない。したがって、被告Y4及び被告Y5に不法行為は成立しない。
イ 前記認定事実によれば、被告Y4及び被告Y5は、いずれも、被告Y2から理事就任を要請され、渥美有機に野菜を出荷したり被告Y2の農業の後輩でもあったことから、名前だけの理事のつもりでこれに応じたこと、平成8年9月30日に理事に就任して以降、本件仮差押えの時点まで、渥美有機の経営に参画したことはなく、経理関係も把握しておらず、理事の報酬も受けていないこと、被告Y2が渥美有機を実質上経営し、被告Y7がその経理を担当していることを知っていながら、決算書を見たこともなかったこと、被告Y2に対し、過去において理事会の開催を要求したことがあったが、結局開催されなかったことが明らかである。
ところで、農事組合法人の理事には、前記のような監視義務があり、このことは上記のとおりたとえ名目的に就任した理事であっても変わるところはないというべきである。
しかし、渥美有機の前記のような経営実態、被告Y4及び被告Y5が渥美有機の理事に就任するに至った事情、被告Y4及び被告Y5と渥美有機の関わり合いの状況、さらに被告Y4及び被告Y5が理事に就任してから本件仮差押えがなされるまでには約7年6か月の年月があることを考えると、本件において、無報酬であった被告Y4及び被告Y5に対し理事としての職責を尽くすよう求めることも困難であると認められるから、被告Y1と同様、被告Y4及び被告Y5が渥美有機の理事としての職務を行うにつき故意又は重大な過失があったものということはできない。
(3) 被告Y3に対する請求について
ア 前記認定事実によれば、被告Y3は、渥美有機と被告Y8社との取引状況は知らず、被告Y6に将来ネバーホワイトを設立させる予定があると聞いてはいたものの、ネバーホワイトの業務内容については知らなかったというのであり、原告の主張する執行妨害工作に関与したという証拠もない。したがって、被告Y3に不法行為は成立しない。
イ 前記認定事実によれば、被告Y3は、被告Y2及び被告Y1から頼まれ、渥美有機の設立に協力したが、当初は理事に就任しなかったこと、その後、渥美有機の営業担当者として理事の肩書が必要となり、平成8年9月30日に理事に就任し、平成13年ころまでは理事としての報酬を月額約10万円を得ていたこと、しかし、平成14年12月以降本件仮差押えの時点まで、渥美有機の経営に参画したことはなく、経理関係も把握しておらず、理事の報酬も受けていないこと、被告Y2が渥美有機を実質上経営し、被告Y7がその経理を担当していることを知っていながら、決算書の開示を要求したこともなかったこと、被告Y2に対し、平成15年及び平成16年に理事会の開催を要求したことはなかったことが明らかである。
そうすると、農事組合法人の理事について前記のような監視義務があるとはいえ、渥美有機の前記のような経営実態、被告Y3と渥美有機の関わり合いの状況や程度などを考えると、本件において、本件仮差押え当時無報酬であった被告Y3に対しても、理事としての職責を尽くすよう求めることはいささか困難であるといわざるを得ない。したがって、被告Y3も、被告Y4及び被告Y5と同様、渥美有機の理事としての職務を行うにつき故意又は重大な過失があったものということはできない。
(4) したがって、被告Y4、被告Y5及び被告Y3についても、いずれも、不法行為は成立せず、農事組合法人の理事としての損害賠償責任も認めることはできない。
4 被告Y9及び被告Y8社に対する請求について
(1) 被告Y9に対する請求について
前記認定事実、すなわち、被告Y9は、渥美有機が本件仮差押えを受けたことを知り、渥美有機と被告Y8社との間で締結されていた青果物取引基本契約の即時解除の条項に基づき、渥美有機との取引を停止しようとしたこと、しかし、被告Y2から原告と交渉をしてみるから取引停止を待って欲しい旨頼まれ、これに応じたこと、その後、被告Y2から、原告との交渉がまとまらなかったとの報告を受け、渥美有機との取引を停止したこと、その後、被告Y2から、息子の被告Y6が新しい農業生産者団体のネバーホワイトを立ち上げたので、被告Y8社がネバーホワイトと取引してほしい旨頼まれ、夢市場を中間に入れ、ネバーホワイト、夢一市場、被告Y8社の順の取引形態をとることを提案したこと、そこで、被告Y2は、夢市場の社長らと協議し、上記取引形態をとることを決定したこと、その後、上記取引形態が行われてきたこと、その後のネバーホワイトと被告Y9の関与状況などに照らすと、被告Y9が、本件仮差押えの執行を妨害するため、単独で、あるいは渥美有機の理事である被告Y2らと共謀の上、渥美有機とは別のネバーホワイトという主体を仕立て上げさせたり、夢市場を中間に入れさせるという上記取引形態を作り出したということはできない。
また、前記認定事実によれば、原告代表者のAは、平成16年6月、被告Y9と面会した際、被告Y9に対し、原告を被告Y8社とネバーホワイトの取引の間に入れ、ネバーホワイトの売上の一部である一定額を原告の売掛金の返済金額に充当したい旨提案したり、被告Y9から、被告Y8社とネバーホワイトの取引を停止することも考えると伝えられると、被告Y8社とネバーホワイトの取引は打ち切らないでほしいと被告Y9に頼んだりしたのであり、このことは、原告自身、被告Y8社とネバーホワイトの取引に違法性はないと考えていたことを推測させる。
さらに、原告は、本件仮差押えの執行を妨害するため、被告Y9が、被告Y2らに対し、渥美有機と被告Y8社と行っていた取引を、ネバーホワイトと被告Y8社とで持続してするよう助言した旨主張するが、前記認定事実に照らすと、原告の主張するような助言を被告Y9がしたということはできない。
その他、原告が、被告Y9について、本件仮差押えの執行妨害行為をしたとして主張する点を検討しても、いずれも理由がない。
したがって、被告Y9に不法行為は成立しない。
(2) 被告Y8社に対する請求について
被告Y9について、上記のとおり不法行為が成立しないから、被告Y8社に民法715条1項の使用者責任も生じない。
また、前記認定事実のもとでは、被告Y8社が、原告に対し、原告の主張する執行妨害行為を行ったということはできないから、被告Y8社についても不法行為は成立しない。
5 結論
よって、被告らの共同不法行為は成立せず、被告Y2単独の不法行為が成立するというべきである。
また、被告Y1、被告Y3、被告Y4及び被告Y5の農事組合法人の理事としての損害賠償責任も成立しない。
以上の次第で、原告の被告Y2に対する請求のうち、101万7766円及びこれに対する本件仮差押えの目的たる債権を本執行した日の翌日である平成17年7月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、その余の被告らに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 伊東一廣)