名古屋家庭裁判所 昭和36年(家イ)907号 審判 1962年1月19日
本籍 京都府 住所 愛知県
申立人 山川喜江(仮名)
(国籍 アメリカ 住所 アメリカ合衆国ルイジアナ州)
相手方 ジョン・ハワード・ローガン(仮名)
主文
申立人と相手方とを離婚する。
理由
申立人の戸籍謄本及び同人の審問の結果によると、申立人は日本国籍を有する者であるが、昭和三十五年五月六日アメリカ合衆国ルイジアナ州国籍を有する相手方と名古屋市所在米国領事館に赴いて適法な婚姻をなすとともに、同日名古屋市中区長に対しても婚姻の届出を了し申立人の現在住所において夫婦生活を始めたことが認められる。
よつて、当事者の一方である申立人が日本国籍を有する本件離婚については、日本の裁判所は管轄を有するものというべく、したがつて申立人の住所地を管轄する当家庭裁判所において本件を処理することができる(家事審判規則第一二九条、第四条第一項参照)。法例第一六条によれば、離婚については離婚原因たる事実の発生当時における夫の本国法によるべきところ、夫たる本件相手方の本国はアメリカ合衆国であるが、同国は各州によりそれぞれ法律を異にするいわゆる不統一法国である。しかるに相手方は離婚原因たる事実の発生当時ルイジアナ州に住所(ドミシル)を有することが認められるので、上記の夫の本国法はルイジアナ州法であるということができる。
ところで、アメリカ合衆国においては、離婚は当事者の双方または一方の住所(ドミシル)の存する法廷地の法律に依るべきことが一般に認められ、この点はルイジアナ州の国際私法においても同様であると考えられる。
しかるに本件申立人は出生以来日本に居住していることが顕著であるので、ルイジアナ州の国際私法によれば、本件離婚は日本法によるべき場合に該当し、したがつて法例第二九条が適用され、本件離婚はもつぱら日本法に依りうることとなる。
しかして、相手方は夫婦生活を始めてからわずか三日後突然帰米した。その後、相手方は申立人の渡米を求めたのであるが、申立人は渡米後の生活に極度の不安を抱き、渡米を躊躇する間、三ヶ月を経過した。その間、相手方の申立人に対する書簡を通じ申立人は更に不安をつよめ、性格の相異ならびに言語上の障碍を痛感し、遂に離婚を決意し、昭和三十五年八月頃相手方に対しその意思表示をなしたところ、それに対する返答はなく、申立人に対する生活費の支送りをも中止するに至つた。
しかるに相手方は同年十一月頃に至り書簡により申立人に対し正式に離婚の意思を表明し、併せて昭和三十六年十一月二十五日附委任状により離婚手続上の一切の権限を弁護士である本件相手方代理人深井正男に委任した。申立人は昭和三十六年十二月二十五日当家庭裁判所に離婚を求めたのであるが昭和三十七年一月十九日における調停委員会においては離婚についての合意はみとめられたが財産上の請求について完全な合意の成立をみるに至らなかつた。
よつて当裁判所は調停委員の意見を聴き諸般の事情を考慮し、家事審判法第二四条にもとづき調停に代わる審判をなすを相当と認め、主文のとおり審判する。
(家事審判官 中林利一)