名古屋家庭裁判所 昭和46年(少)3407号 決定 1971年9月18日
少年 M・K(昭二六・九・二〇生)
主文
少年を名古屋保護観察所の保護観察に付する。
理由
(非行事実)
少年は、昭和四五年一一月一日A、B、C、Dらと共に名古屋市南区○○町所在の「○○工業高等学校」へ折から開催中の同校の文化祭を見に行つた際に、偶々友人らと連だつて同校の文化祭を見に来ていた高校生T・T(当時一七歳)に、Bが「お茶でも飲みに行こう。」と誘つたところ同女がこれに応じて、同区○○町所在の喫茶店「○リー○」で一緒に飲食したことから、同女と初めて知り合つたものであるが、同日午後三時頃から午後四時過ぎ頃までの間に、少年が当時居住していた同区○町×丁目××番地「○の○荘」第七号室において、A、B、D、Cらとともに、同女と性交したものであつて、自己及び他人の徳性を害する行為をする性癖を有し、その性格・環境に照して、将来、罪を犯す虞のあるものである。
(適用法令)
少年法三条一項三号ニ。
なお、本件は「少年はA、B、D、Cと共謀のうえ、昭和四五年一一月一日午後二時四〇分頃、T・Tを上記「○の○荘」第七号室に連れ込み、A、Bの両名が抵抗する同女を布団に押し付け、学生服や下着を脱がせるなどの暴行を加え、A、B、D、C、少年更にA、B、Dの順で、強いて同女を姦淫したものである」旨の強姦保護事件として送致されたものであるところ、証拠調べの結果、当裁判所は、少年らのT・Tに対する姦淫行為が刑法一七七条前段所定の「暴行又ハ脅迫」、即ち、同女の抗拒を著るしく困難ならしめる程度の暴行・脅迫を用いてなされたものである、との十分な心証を形成することができず、結局、少年について強姦罪の成立を否定し、上記のとおりぐ犯事由に該当するものと認めたのであるが、その理由の要旨は以下のとおりである。
一 先ず、本件が発覚するに至つた経緯とその後の状況をみるに、当審判廷における証人T・T、同T・S、同C、同○江○一の各証言、Cの司法警察員に対する供述調書、司法警察員作成の捜査報告書を総合すると、次の各事実を認めることができる。
(一) 本件当日の午後五時過ぎ頃、C(以下、単にCという。)は普通乗用自動車を運転してT・T(以下、単にT・Tという。)をその自宅付近の神社前あたりまで送つていき、そこで同女と別れたが、その途中の車内でも同女は立腹しているなど別段変つた様子もみせず、Cが「つきあつてくれ。」と言うと同女も承諾したので、更にCは当時よく出入していた喫茶店「○ン○ン」のマッチ箱を手渡し電話してくれるように伝えたところ、その後一週間程してT・Tから前記「○ン○ン」に居たCに電話があり、以来二人は本年五月初旬頃まで交際し、性交渉も継続的にもつていた。
(二) 本年二月二〇日頃、AがCらと犯した別件の強姦事件で逮捕され、次いでCも三月一〇日頃に逮捕され、その際本件についても千種署で取調べを受けたが、CはT・Tから二月末日頃に会つた際に同女に不利なことは言わないで欲しい旨言われていたこともあつて、同女の名を秘匿しとおし、Aら他の共犯者らは同女の氏名等を知らなかつたため、同署では、本件は被害者不明で未処理のまま、その後は捜査も中断されていた。
(三) 本年四月半ば頃に至つて、T・Tは妊娠しているらしいことに気付き、五月一一日に診察を求めたところ妊娠三ヶ月であることが判明し、かつ中絶する時には保護者と同伴でくるよう指示されたため、同女はやむなく同日夜両親に妊娠していること、相手はCであることを打明け、翌一二日中絶手術を受けたが、同月一五日にCとT・T双方の両親がこの件につき話し合つた結果、金銭賠償の方法でCとT・Tの関係を清算することになり、当初T・T側から三〇万円の要求額が示されたが結局一五万円で合意が成立し、即刻C側から支払われたが、その当時は、双方の両親とも本件事実を全く知らず、T・Tの父T・Sにおいても、当審判廷での証言によると、「好き同志で、できたと思い、しようがないと思いながら娘の話を聞いていました。」という状況にあつて、この時点では未だT・Tは両親にもCや少年らに強姦されたと訴えてはいなかつたことが明らかである。
(四) ところが、T・Tの父親はなおも同女にCと交際するに至つたいきさつを追求し、更にはT・Tが実子ではないことまでも打明けるに至つて、それまでは本件については一切語つていなかつた同女が五月一八日頃になつて母親にあてたメモを書き、そのなかで本件を打明け、ここで初めてCや少年ら五名の者に強姦されたことを訴え、父は翌一九日頃に本件を母親から知らされた。
(五) そこで、本年五月二〇日頃、T・Tの母親がC方をたずねCの父親に本件を語りCに事実を確かめたが、その日は慰籍料の支払いなど具体的な話はなんらでないまま終り、改めて同月二六日にT・Tの父がC方へ赴きその父親らと話合い、その際に「金額で相談してくれるか。」との話がC側から出されたもののそれ以上の進展もないまま、T・Tの父はC方を辞して同日午後に名古屋南警察署防犯係へ本件について「困り事相談」に赴き、更に翌二七日にT・Tを伴つて来署し係官から事情を聴取され同女の供述調書が作成されたが、T・T並びにその父親とも告訴の手続をとらなかつた。
(六) 一方、Cの父親は本年六月末日頃、少年を除く本件関与者とその保護者らを自宅に集め本件の処理方法について相談し、その結果T・T側から具体的な金額の提示があるまで待つことになつたところ、T・Tは本年六月一七日に至つて名古屋市南警察署へ告訴の手続をとり、その後南署において本件の本格的捜査が開始され、同月末頃にCらが同署に呼び出されたため、(なお、少年のみは、本年七月二一日に身許が判明し、同日呼び出されている。)、Cの父親は少年を除く仲間らの保護者と連絡をとつたうえ、本年七月初め頃にT・T方へ架電し、一人当り一〇万円で示談してくれるよう話したところ、金額が少な過ぎるとして断られ、更に三日程後に改めて架電して一人当り一五万円の金額を示したところ、考えておく旨の返答があり、その旨仲間の保護者らに伝え、T・T側からの連絡をまつたが、以後しばらくの間連絡がなかつた。
(七) その後、Cの父親は警察から早く示談を進めた方が良い旨勧められたため、本年七月中旬頃に、少年を除く仲間の本人及び保護者らが各一〇万円あての現金を用意してT・T方を尋ねたが、その際に、T・Tの父親から一人宛五〇万円位の金額を考えている、知つている暴力団の組員がおり、また一〇月には刑務所を出所してくる者もいる、と言つた話がなされ、強硬な態度に終始したため、示談成立には至らず、その後は双方の連絡は断たれていて示談の話はなんらの進展もみせていない。
本件が捜査機関に発覚するに至つた経緯等は概ね以上のとおりであるが、T・Tが両親に本件を強姦として訴えるに至つた経緯殊に妊娠中絶直後であつて心身とも不安定な状況にあつたと思われるT・Tに対し、しかも、ともあれCとの関係が清算された直後に、何故に、同女に深刻な衝撃を与えることが明白な同女が実子でない旨の事実を、あえて暴露してまでCとの交際の端緒を追求したのか、いささか釈然としないものがあり、その後の示談交渉の経緯とともに、この点は、本件の真相を究明するにあたり、わけてもT・Tの証言や供述記載の信用性の如何を判断するにあたつて、看過しがたい示唆を与えるものと言わなければならない。
二 次に、以上を前提におきつつ、AとBの両名がT・Tを姦淫するにあたり、送致事実の要旨に記述したが如き暴行を加えたか否かを検討する。
T・Tは当審判廷において概ね送致事実に副う証言をしており、同女の司法警察員に対する各供述調書並びに告訴調書中にも同趣旨もしくは更に暴行の程度や抵抗の様子を強調した供述記載があり、一方、Bは当審判廷において、「T・Tは、セーラー服が汚れるからと言つて立つて、セーラー服とスカートを脱いで、部屋の隅にひもが引いてあつたので、それに自分でかけ、ブラウスと下着をつけて、蒲団の中に入つたのです。私とAの二人がいたのです。そして、三人一緒に蒲団に入りました。ブラウスとシミーズを私が脱がせ、下の方はAが脱がせ、Aが先にやりました。T・Tは抵抗することなく普通でした。Aがやつている時に、私は横にいました。T・Tは、いやがりません。横にねていただけです。」と証言し、Aも同様の証言をしており、しかもB、Aの司法警察員に対する供述調書中にも同趣旨の供述記載があつて一応首尾一貫しているが、B、Aらは警察官の取調べを受ける以前に本件につき前記(一の(六))のとおり相談しあつており、その際打合せをしたのではないかとの疑いがないではなく、ために、真相は容易に把握しがたい状況にあるものと言わざるを得ない。
ところで、T・Tは当審判廷において「二人にぬがされる時に、助けて、やめてと大きな声を出しました。部屋の外に聞えるように大きな声を出したつもりですが、どうかわかりません。」と証言し、同女の司法警察員に対する供述調書(昭和四六年五月二九日付のもの)中には「私はびつくりしていやだと大きな声を出して抵抗しました。」との供述記載があるが、当裁判所の検証調書並びに司法警察員作成の実況見分調書によると、本件現場である「○の○荘」第七号室の出入口の戸はベニヤ板製の粗雑なもので、第七号室内の極く普通の話し声ですら廊下で容易に聞き取り得る程であり、本件は日曜日の午後のことであり、少年の当審判廷の陳述によると隣室の第八号室には在室者があつた模様であるが、少年らはなんらその点を念慮した形跡もなく、更に本件全証拠を精査するも、T・Tの前記証言並びに供述記載の信実性を窺せるに足る資料は一切なく、従つて、たやすく措信し難く、却つて、B、Aらは多数の強姦事件を惹起しているのであるが、当裁判所の取寄せに係る当庁昭和四六年少第七一一号・一、二一五号事件などの一件記録によると、同人らは本件以外の事件については強姦であることを素直に認めており、この点をも併せ考えると、同人らの証言・供述記載には、にわかに排斥し難いものがあると言わねばならない。
更に、少年らがT・Tを姦淫するにあたり、以上検討を加えた以外の時点であるいはそれ以外の態様の暴行・脅迫を加えているかどうかの点については、本件全証処を仔細に検討するも、これを肯認するに足る十分な証拠はない。
なお、少年らの司法警察員に対する各供述調書中には、部分的にしろ強姦の点を認めるかの如き供述記載があるが、それらはいずれも姦淫の事実それ自体を認めるにすぎない趣旨に解するのが相当であり、B並びにAの前引の証言によつても明らかな如く、自から蒲団の中へ入り横たわつていたT・TのブラウスとシミーズをBが、パンティーをAがぬがせたことが認められるが、この程度の有形力の行使は、強姦であると和姦であるとを問わず姦淫行為に通常伴うものであつて、未だ同女の抗拒を著るしく困難ならしめるに至らず、刑法一七七条前段にいわゆる「暴行」に該当しないものというべきである。
三 以上の次第で、少年につき本件を強姦罪と認めるに足る十分な証拠がなく、結局前記認定のとおりぐ犯事由に該当するものと判断したのであるが、当裁判所は、かかる場合には、あえて立件手続を経る必要はなく同一番号の保護事件として審判し得るものと解するが、この点につき若干の付言をすると、本件送致に係る強姦事実と認定に係るぐ犯事実との間には事実の同一性があることは言うまでもなく、しかもいわゆる縮少認定の場合であつて、改めて立件手続をとらなくともなんら少年に防御上不利益を与えることがないのみならず、翻つて考えてみるに、少年保護事件は犯罪事実・ぐ犯事由の存在を前提とするものではあるが、その目的は、犯罪行為それ自体に対して判断を下し評価を加えるところにあるのではなく、当該少年に対して性格の矯正及び環境の調整をはかることによつて少年の健全な育成を期するところにある(少年法一条前段参照)のであるから、この点に鑑みてもかく解することが相当である。
(要保護性)
一 本件は初回係属事案であり、本件にあつても少年は状況の進展に巻き込まれてしまつた感があり、またA、B、D、Cらはいずれも本件と類似した点の多い強姦行為を多数回に亘り敢行しているが、少年については他に非行はなく、Aらとの交遊も本件の三週間程前からのものにすぎず、本件以後は彼らとの交遊も断つていて、少年の非行性は左程高くはない。
二 少年は、高校へ進学したものの学業を好まず一年生時の一月に退学し、就職したものの永続性がなく、現時点までに八回にのぼる転職をくりかえし、最も長期の職場でもその期間は八ヶ月間にすぎず、近時は二・三ヶ月で転職していて頻回転職傾向を示めしており、また実父は少年に対しても厳格ではあるが固執的で抑圧的態度が強く、ために少年はこれに反撥して家庭離反傾向をも示めしており、従つて、状況如何んによつては容易に不良交遊に逃避しかねないおそれが強い。
三 そこで、その他諸般の事情を考慮して、少年を保護観察に付して、家庭環境の調整と少年の性行面での指導をはかることとし、少年法二四条一項一号・少年審判規則三七条一項により、主文のとおり決定する。
(裁判官 川原誠)