名古屋家庭裁判所 昭和48年(少)1483号 決定 1973年8月01日
少年 U・T(昭二九・六・一〇生)
主文
少年を名古屋保護観察所の保護観察に付する。
昭和四八年少第二〇九三号事件のうち、非現住建造物放火、同未遂については、少年を保護処分に付さない。
理由
(非行事実)
少年は
1、昭和四八年五月二〇日午後五時頃、名古屋市熱田区○○町×丁目×番地○○荘×号室○野○枝方居室において、同人所有のネックレス二本(時価一、〇〇〇円相当)を窃取し、
2、同月二四日午後七時四〇分頃、名古屋市中村区○○町××番地○○アパート二階○川○子方居室内へ金品窃取の目的で侵入し、同室内を物色中、同人が帰宅して発見されたため、その目的を遂げず、
3、同年七月五日午後七時一〇分頃、名古屋市中村区○○町×丁目××番地○○社(氏子総代○釟○管理)の物置小屋において、自宅(肩書住居)からビールビンに入れて持ち出した灯油を同小屋内に撒き、所携のマッチで点火し、同小屋を焼燬しようとしたが、早期に発見、消火されたためその目的を遂げなかつた
ものである。
(適用法令)
1、につき刑法二三五条
2、につき同条、二四三条
3、につき同法一〇九条一項、一一二条
(非行事実を認定しない部分について)
1、昭和四八年少第二〇九三号事件の司法警察員作成の追送致書犯罪事実欄第一、二項記載の各事実はいずれも認めることができないので、以下その理由を述べる。
2、上記各送致事実については、いずれも捜査段階において少年の自白調書が作成されているが、少年は当審判廷においてその犯行を否認する。
そこで、まず上記追送致書犯罪事実欄第一項の事実(以下送致事実(1)という)について検討すると、司法警察員作成の昭和四八年四月七日付火災状況報告書、○田○行および○寺○郎の司法巡査に対する各供述調書によれば、送致事実(1)のとおり日時、場所において不審火が発生し、第一発見者○寺○郎はその付近で少年外一名の子供が「火事だ」と騒ぐ声により同火災を発見したことが認められるにすぎず、結局同火災が少年の放火によるものであることを証明し得る証拠としては、少年の司法警察員に対する昭和四八年六月一四日付供述調書(以下単に自白調書という)があるのみである。
ところで、少年は後記のとおりの精神薄弱者であり、言語能力、抽象的思考力が著しく劣り、被暗示性も強く嘘言傾向もあることが、本件鑑別結果および当審判廷における供述態度から顕著に認められるので、自白調書の信用性については特に慎重な検討を要する。そこで自白調書中の送致事実(1)に関する部分を検討すると、少年が隣家の子供とバドミントンで遊技中に送致事実(1)の倉庫敷地内に飛込んだ羽根を拾いに同敷地内へ入つた際放火を思いついた旨の供述があるが、この犯行直前の少年の行動に関する重要な供述部分について、これを裏付け得る証拠が全く存在せず、また、犯行後の行動についての供述部分は直ちに帰宅し、消防自動車が来てから表へ出て火事を見に行つたとなつているが、これは火災の第一発見者である前記○寺○郎の少年が「火事だ」と騒いでいたことから火災を発見した旨の供述と明らかに矛盾する。
次に、自白調書作成の経過をみると、前記火災状況報告書、司法巡査作成の昭和四八年六月二三日付捜査報告書、証人倉見○の証言によれば、捜査当局は捜査開始当初から少年を容疑者として注目していたが、前記送致書犯罪事実欄第二項記載の第二の放火事件の現場で収集されたロール缶から採取された指紋が少年の指紋と符合するとの愛知県警察本部刑事部鑑識課の同年六月一日付回答を得たうえで、事件発生後既に約二ヶ月半を経過した同月一四日少年の取調べを実施したことが認められ、捜査官の強い予断のもとに取調べが行なわれたとの疑いが生じる。更に、本件捜査においては、少年の取調べに保護者等を立会わせていないことが明らかである。しかし、一般に年少者に対する取調べに当つては、捜査官は、年少者が法律的知識に乏しく、防禦能力が弱く、かつ、被暗示性が強いという特性を有することに十分な理解をもち、その情操を害することのないよう深甚の配慮を払うべきであり、少年警察活動要綱九条三号に面接上の留意事項として「やむを得ない場合を除き、少年と同道した保護者等その他適切と認められる者の立会の下に行なうこと」と規定しているのも上記趣旨に出るものと解せられるのであり、前記のとおり知能低格で被暗示性が強いと認められる本件少年の場合は、特に保護者等の立会の必要性が大きいといわなければならない。しかるに保護者が立会うことなく行なわれた本件取調べは、上記条項の趣旨に反し、違法とまでは断定し得ないまでも、極めて公正、妥当を欠くものというべきである。(本件少年の場合、供述調書の読み聞けも保護者等の立会の下になされなければ殆んど実質上意味がないであろう。)なお、前記火災状況報告書、出火原因欄には、少年の「火遊び若しくは放火と思料されるも、同人は知能程度が極めて劣り、しかも父親が常に付添つていて全く事情聴取が不可能である」旨の記載があり、これによれば本件捜査においては反つて保護者の立会が取調べを阻害するものとしてこれを排斥しようとする捜査官の態度が窺われるのである。(ちなみに、本件非行事実3、記載の事実に関する取調べは、少年が少年鑑別所在鑑中に、当裁判所の要請により父親の立会の下に行なわれ、その供述調書の体裁も問答式になつており、上記自白調書とはかなり趣きを異にしている。)
以上のとおり、自白調書の内容の真実性を客観的に裏付け得る証拠が存在しないこと、自白調書が事件発生後約二ヶ月半も経過して、しかも少年が精神薄弱者であることに対する十分な配慮を欠く妥当でない取調べにより作成されており、また、捜査官は強い有罪の予断を抱いて取調べを行なつた疑いがあり、従つて、虚偽の自白がなされる危険性が大きいと考えられること等の諸点を総合的に考慮すると、自白調書の信用性は到底認められないといわざるを得ない。
従つて、送致事実(1)については、少年の非行と認めるに足りる証拠はない。
3、次に前記送致書犯罪事実欄第二項の事実(以下単に送致事実(2)という)について検討すると、司法巡査作成の昭和四八年四月三〇日付火災状況報告書、同作成の捜査見分書、○三○の司法巡査に対する供述調書によれば、送致事実(2)のとおりの日時、場所において不審火が発生し、第一発見者○三○が少年の火事を知らせる声により火災を発見したことが認められる。そして、司法巡査作成の昭和四八年五月二五日付現場指紋等採取報告書、証人○口○雄の証言によれば、上記火災現場の流し台において発見されたロール缶(ビールの空缶)から二個の指紋が採取され、愛知県警察本部刑事部鑑識課警部補細○文○作成の昭和四八年六月一日付現場指紋等確認報告書によれば、上記現場指紋のうち一個が少年の左手小指の指紋に符合するとなつている。ところで、証人○口○雄の証言によれば、前記ロール缶より採取した指紋はいずれも不鮮明で、これのみを資料にして、不特定の対照指紋の中からこれと符合するものを割出すことは不可能であつたため、前記鑑識課への送付を保留していたが、予てから容疑者と目されていた少年が偶々本件非行事実2、記載の窃盗未遂により現行犯逮捕された機会に、送致事実(2)の捜査も進めるべく前記現場指紋と少年の指紋との照合を前記鑑識課に嘱託したことが認められる。そして、前記現場指紋等確認報告書添付の写真を些細に検討すると、現場指紋の符号二、八、一〇、一一の特徴点は比較的鮮明であるが、その余の特徴点は鮮明でなく、むしろより鮮明な被疑者指紋の特徴点から推測された特徴点にすぎないのではないかという疑いがあり、前記現場指紋等確認報告書の作成者である証人細○文○も一部分その事実を認めているのである。そうすると、前記現場指紋と少年の指紋とが符合するというある程度の蓋然性は認められるけれども、なおかなりの程度の推測の余地を残していることが同現場指紋の証明力の評価のうえで十分考慮に入れられなければならない。従つて、上記指紋照合の結果のみで直ちに少年と前記ロール缶および送致事実(2)の事件現場との結びつきを断定し得ないことはもちろん、更に、仮に前記ロール缶と少年との結びつきが証明されたとしても、同ロール缶と送致事実(2)の放火との結びつきが証明されない限り、少年の非行の証明としては十分ではないことはいうまでもない。そして、上記指紋の他に少年と送致事実(2)の事件とを結びつけ得る証拠としては、自白調書があるのみであるから、次に自白調書の信用性を検討する。
まず、自白調書中送致事実(2)に関する部分に、少年は前記ロール缶に自宅にあつたリヤカー用の油を入れ、送致事実(2)の現場流し台横の窓の外において、上記ロール缶の油を所携の新聞紙につけ、所携のマッチで点火した旨の供述部分があるが、同ロール缶内の油の有無、種類等は全く確認されておらず、同ロール缶と放火との関係について裏付けの証拠がない。(なお、本件関係証拠物は全て捜査段階で廃棄されており、捜査当局の証拠保全の方法にも疑問を抱かざるを得ない)。また、自白調書中、上記点火の方法として、上記流し台の横の窓の外で油をかけた新聞紙にマッチで点火し、ロール缶と新聞紙を窓から流し台へ投げ込んだ旨の供述部分は、前記捜査見分書によれば流し台の中にロール缶、炭化した紙片の他に燃え残りのマッチの軸六本が発見され、このような現場の状況からは流し場の中で点火したものと推測されることとくい違う。
以上のとおり、自白調書の放火の手段に関する重要な部分についての裏付け証拠がなく、かつ、現場の客観的状況ともかなり重要なくい違いがみられるうえ、自白調書作成の経過および取調べの状況について、前述したところと同様の問題が存する等の諸点を総合的に考慮すると、自白調書の信用性は認め難いといわざるを得ない。
そうすると、前記ロール缶に付着した現場指紋と少年との関係、同ロール缶と放火手段との関係のいずれについても証拠上疑問が残り、少年の非行を認定するには証拠が不十分であるといわなければならない。
4、よつて、送致事実(1)、(2)については少年の非行が認められないので、この部分につき少年を保護処分に付さないこととする。
(処遇)
1、少年は、精神薄弱者(鑑別結果IQ=三〇前後)であり、言語能力、抽象的思考力が劣り、自己の行動が妨げられたり、承認を得られなくなると興奮し、或いは泣く等幼児的態度をとり、或いは虚言を弄するなどし、内的な行動の規制力が欠如していることが認められ(鑑別結果参照)、本件各非行はかような少年の能力的性格的負因によるところが大きいと考えられる。
2、本件非行事実2、の窃盗の手口はドライバーで施錠をはずして侵入したものであり、また、本件非行事実3、の放火は灯油を利用したものであつて、いずれもその犯行の手段は悪質かつ危険なものであるといわなければならないが、(但し放火は容易に発見され得る時刻、場所においてなされている)少年自身には、非行に対する罪の意識は殆んど窺われない。しかし、少年は、過去一回窃盗の非行歴(当庁昭和四八年四月一六日審判不開始)と昭和四五年三月中学校卒業後自家の金銭持出し、家出をたびたびくり返すという問題行動があるのみで、本件窃盗も自家からの金銭持出しと同次元のものとも考えられるのであり、また、少年は昭和四五年六月から精薄者職能訓練室で訓練を受けたうえ、昭和四六年一一月頃から名古屋市の精神薄弱者援産施設「○○作業所」において稼働しているが、同作業所内では落着きに欠けるほかは特に問題行動はなく、むしろ明るく生活しており、稼働状況も中の上程度であると認められ、以上の諸点からみると、少年は、特に強い反社会性を有するに至つているものとは考えられない。
3、少年は、本件非行事実3、の非行の前日も大阪方面へ家出、放浪して補導されており、今後も同種非行ないし問題行動の発生は予想され、特に家庭における生活指導の困難さ、放火等の非行内容の危険性に照らすと、少年院収容による処遇も十分に考えうるところであるが、上記のとおり少年の反社会性が未だそれ程強度とは認め難いこと、両親は共働きをしながらも少年の監護に熱意を有しており、また、少年は前記○○作業所で継続して稼働し得るところから、少年にとつては家庭と同作業所での人間関係を通じて実践的な社会生活の訓練を続けることが最も望ましいと考えられること、少年自身本件観護措置による身柄拘束によつて、本件非行が「悪いこと」であることを体験的に学習し、今後の非行の規制となることも期待できないわけではないこと等の諸点を総合的に考慮すると、現段階においては、少年院収容は時期尚早であり、少年を保護観察に付して、社会内処遇を試みるのが相当である。
なお、処遇に当つては、少年自身に対する働きかけのほかに、特に両親に対し、一貫した持続的な少年の指導をするよう、家庭内での少年との接し方等についての専門的な適切な助言、指導を施し、また、万一少年が怠業、家出等の問題行動に出る事態になつた場合には適宜精神薄弱者収容施設へ入所させる等の指導をする必要があると考える。
(結論)
よつて、保護処分につき少年法二四条一項一号、少年審判規則三七条一項を、不処分の部分につき少年法二三条二項をそれぞれ適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 多田元)